「お母さんの字、途中で止まってるよ」 34年間毎日書いてきた自分の名前。最後の払いが右へ伸びる「安」の字が、その書類では途中で止まっていた。 その紙を書いたのは誰? なぜ私が入院していた5日間を選んだの? この家のローンを360回払ったのは私なのに。家族だからと30年我慢してきたのは私なのに。 今、私は全部手放すことに決めた。夫も、息子も、家も——そして970万円分の「家族」という言葉も。

「お母さんの字、途中で止まってるよ」 34年間毎日書いてきた自分の名前。最後の払いが右へ伸びる「安」の字が、その書類では途中で止まっていた。 その紙を書いたのは誰? なぜ私が入院していた5日間を選んだの? この家のローンを360回払ったのは私なのに。家族だからと30年我慢してきたのは私なのに。 今、私は全部手放すことに決めた。夫も、息子も、家も——そして970万円分の「家族」という言葉も。

「この書面は偽造です」

柏木先生が5枚目の紙を机に置いたとき、会議室の空気が凍りついた。私は34年間、毎日看護記録に自分の名前を書いてきた。最後の払いが右へ長く伸びる「安」の字。それが途中で止まっている書類を見た瞬間、すべてを理解した。

柴田正尾さん、この紙は名前を書いたご本人が自分の意思で作ったものだとは言えなくなりました。

正尾が隣を見た。義理の娘のさやかが椅子を後ろにずらして立ち上がった。声は低く、8年間で聞いたことのない声だった。

「私が書きました」

その一言で、私の35年の結婚生活が崩れ始めた。いや、崩れていたのはずっと前からだったのかもしれない。

私はこの家に30年住んだ。ローンは頭金の500万円も、360回の返済も、すべて私が払った。正尾が家に入れたのは最初の5年間だけ、月3万円の生活費。それは私が作ったご飯の代金だった。

「お父さんは自分じゃ何もできないじゃないですか」

さやかが吐き捨てるように言った。彼女は去年の10月、私が入院していた5日間を選んだ。私がいない日を。でも病院は単位で時刻を残す。私は34年間、毎日それを書いてきた。私がいなかった場所が病院だったこと、それを彼女は考えなかった。

「なぜ10月14日にしたんですか?」

さやかは少し考えてから答えた。こぼれるように。

「その5日間だけお母さんが家にいなかったから。契約書なんて書いたことがなかったので、日付は作った日を書くものだと思ってました」

私は驚きもせずに聞いた。怒りも来なかった。来る場所がもうなかった。

事実はこうだ。さやかは私の筆跡の見本を取るために遺書を書かせ、弁護士の紙と筆ペンを私に渡した。そして私がいない間に契約書を偽造し、正尾に「課長になったら譲ってやる」と言って財産を奪おうとした。正尾は何も知らされていなかった。知っていたのはり介だけ。息子は途中から分かっていたのに、黙っていた。

「お母さんに謝るとかあるでしょ」

「お前が先だろう。私は書いただけ」

「書いたのが一番悪いだろうが」

3人の声が重なった。私はその声を聞きながら、机の上の増与契約書を見ていた。あの日私は麻酔の中にいた。その同じ時間に、この家では紙が1枚作られていた。

もうこの人たちに何かを期待することはやめた。

「家は売ります」

私の声は自分でも驚くほど平らだった。

「売ったお金は私の老後の資金にします。1円もお渡ししません」

正尾が身を乗り出した。

「待ってくれ。俺はどこに住めばいいんだ?」

「知りません」

「そんな言い方があるか。夫婦だぞ」

「夫婦でした」

私は正尾を見た。彼は寿司屋の前で言ったのだ。「俺はお前にこの家を30年住ませてやった」と。逆だった。住ませていたのは私の方だった。

さやかは立ち上がって叫んだ。

「出ていきませんから。そんな紙1枚で人を家から追い出せると思ってるんですか? 私絶対に出ませんからね」

その時、沈黙していたり介が口を開いた。ずっと通知書を手に持ったまま、汗で髪の橋が柔らかくなっていた。

「もうやめよう」

「あんた何言って」

「母さんの30年にこれ以上泥塗るな」

り介は初めて大きな声を出した。そして私の方を向いた。

「母さん、4ヶ月あれば部屋は探せる。俺の給料でも二間くらいなら……ごめん。本当にごめん」

深く頭を下げられても、私は頷かなかった。

「あなたは知っていて黙っていた。途中から分かってたとさっき自分で言ったわね。分かっていて去年の入院の書類がどこにあるかを私に聞きに来た。私が許すかどうかはあなたが決めることじゃない」

その時、床で音がした。正尾が膝をついていた。

「安子、頼む」

両手をついて、額を床につけた。

「悪かった。俺が全部悪かった。離婚だけは勘弁してくれ。家を売るのもやめてくれ。頼む。この通りだ」

62の男が事務所の床に頭をつけている。この人が私に頭を下げたことは1度もない。正尾の母が寝たきりの時も、私が手術を受けた時もだ。初めて下げたのが、住むところを失うと分かった時だった。

「正尾さん、顔をあげてください」

彼は顔を上げた。目が濡れていた。

「その書類のことですが、これを警察に持っていくかどうかは私が決めます。今日は決めません。来月も決めないかもしれません。ただ、その紙は今日、柏木先生が預かりました。病院の記録は初めから私が持っています」

私はカバンを持って立ち上がり、ドアの手前で一度だけ振り返った。3人は座ったままだった。誰も誰の顔も見ていなかった。

外は晴れていた。11月の風が冷たくて、私は襟を立てた。柏木先生が隣に並んだ。

「30年って長いですね」

「長いです」

先生はそれだけ言って笑った。

あれから1年が過ぎた。り介たちが2階を出たのは通知から4ヶ月後の2月の終わり。隣の市の二間のアパートで、家賃は6万2000円。さやかの実家の借金はそのまま残っている。

正尾の離婚も同じ月に成立した。土地は私が父から受け継いだものと認められ、建物についても36冊の通帳の前では正尾の言い分が立たなかった。渡ったのは200万円に満たない。最後まで判を押すのを渋ったが、知恵子さんがアパートまで行ってその場で離婚届に判を押させたそうだ。

正尾は最雇用の契約が更新されなかった。無断で休む日が増えて、最後は自分からやめるような形になった。今は駅から遠いアパートで1人。年金が出るまであと2年あるらしい。親戚の間では「ローンを払った妻を追い出した男」と呼ばれている。り介も同じように言われている。

さやかはあれから実家に頼ることが増えたらしい。頼る先に金がないのだからどうにもならない。私が担ってきた迎えも夕飯も洗濯も、今は自分たちでやっている。

り介からは年に2度、蒼太の写真だけが届く。運動会と正月の分で、手紙は入っていない。写真の蒼太が伸びて前歯が抜けていた。私はまだ返事を書いていない。書ける日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。決めるのは私で、期限はない。

あの紙のこともまだ決めていない。決められないでいることが私の側にある。

家は8月に売れた。西尾さんに任せて2950万円。さやかが取った査定書より150万円安い。私が30年でこの家に入れたのは3920万円。差は970万円になる。損をしたとは思わない。970万円は「家族」という言葉の代金だったのだと思うことにした。

売れた日、私は最後にあの家を見に行った。1階の和室の窓のカーテンは外されていて、壁紙が見えた。正尾の母がいた部屋だ。庭の隅に父が植えた柿の木がまだ立っていた。新しく住む家族が残してくださるそうだ。それを聞いた時だけ少し泣いた。

仏壇は父の遺品ごと私の部屋へ移した。正尾の母の遺品は正尾に渡した。受け取る時、正尾は何も言わなかった。

今は駅から歩いて6分のマンションに住んでいる。2階の角部屋で南に窓がある。買ったのではなく借りた。この年で長い借金を背負うのはもう懲りた。

勤務は週3日にした。看護部長に相談したら、病棟ではなく外来の相談窓口に回してくれた。長く働きたいならその方がいいと言われた。窓口にはいろいろな人が来る。先日は70過ぎの女性が来た。息子夫婦と同居していて、家のことで揉めているという。制度の説明をして、1つだけ付け足した。

「通帳と支払いの控えは捨てないでくださいね」

女性は不思議そうな顔をして、それから頷いた。

名前も戻した。安子。届けを出した日、更衣室で名札を見てリツ子が笑った。

「35年かかってやっと名札と本人が同じになったわね」

「遅いですよね」

「遅くないわよ。私なんてまだ夫の姓のままだもの」

リツ子とは来月、2泊で温泉に行く。旅行らしい旅行は何十年ぶりだろう。行き先を決めるだけで1ヶ月楽しめる。それを59にして知った。

それから月に2度、料理教室に通っている。習っているのはイタリア料理だ。家では家族が和食しか食べなかったから。自分のために作るものくらい、自分で決めたい。

朝目が覚めると、まず窓を開ける。毎月10日が来ても、もう何も引き落とされない。あの日に何も起きないということに慣れるまで、半年かかった。

ローンを完済した日、私は家を失ったとは思った。本当に手放したのは「家族だから」と我慢し続けた30年の方だった。

これからは自分のために10日を迎えたい。

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