あの日、私は清掃員として最後の仕事を終えた。解雇を言い渡された瞬間、私の手元には証拠がいっぱい詰まったダンボール箱があった。
二重帳簿の写真、不正入札の記録、耐震偽装のデータ。15年間、中野グループの本社ビルを掃除しながら少しずつ集めてきた証拠だ。上司は辞表を出せば口を閉ざすと言ったが、私は黙ることを拒んだ。娘の美央が信彦から受けた暴力を、もう見逃すわけにはいかなかったから。
「助けてください。お願いします。信彦さんが私のお腹を蹴ったんです」
深夜、美央が血まみれで私のマンションに転がり込んできた夜。エコー写真の赤ちゃんは無事だった。でも、私は悟った。もうこの家族と戦うしかないと。
翌朝、私は高橋記者に電話をかけた。中野グループの不正の証拠をすべて渡すと。彼女は長年、中野グループの疑惑を追っていたジャーナリストで、私の話を聞いた瞬間に声のトーンが変わった。
「それ、うちの新聞社が追っていた情報と一致します。特ダネにできますよ」
私は清掃員として集めた証拠を彼女に手渡した。建築基準法違反の疑いのある物件のデータ、ダミー会社を介した裏金の流れ、固定資産を過小申告している国税局に提出された書類のコピー。すべて、私が清掃中にオフィスのシュレッダーから奇跡的に回収したものだった。
数日後、高橋記者から電話があった。「国税局が中野グループに強制調査に入りました」
ニュース速報が流れた。中野グループの会長が脱税容疑で逮捕された。信彦も業務上横領の容疑で逮捕された。
あの電話の日、義母の鈴蘭は高笑いしていた。「ただの喧嘩でしょ。大げさに言いすぎよ、清掃員の分際で」
だけど今、鈴蘭は私の玄関の前で土下座していた。「お願い、助けて。私たちのすべてが終わってしまう」
あのとき、私の頭をよぎったのは、娘の悲鳴だった。病院の待合室での孤独な時間だった。トイレの個室で見つけた妊娠検査薬の陽性反応と、泣き崩れていた調査員の女性の姿だった。
私は静かにドアを閉めた。「お引き取りください。もう遅いんです」
半年後、美央は元気な女の子を出産した。私たちは古い商店街の小さな店で、娘と孫を抱えて新しい暮らしを始めた。正和が遺してくれたエコー写真と万年筆が飾られていない棚の前で、美央が微笑んだ。「お母さん、ありがとう」
私の人生で選んだ最も大きな決断。それは、ただ涙を拭いて前に進むことだった。



