電話越しの夫の声は、まるで他人のもののようだった。「お前さ、俺仕事中なの?分かってる?」その言葉に、私は喉の奥で息を飲んだ。毎日毎日、義母から受ける嫌がらせに耐えかねて、すがる思いでかけた電話だったのに。出張中の夫に助けを求めた私への返事は、冷たい非難だけだった。「嫁なんだから、どんなことされても我慢して耐えろよ。それができないなら、はっきり言って嫁失格だから。もしまた電話してきたら承知しないからな。いいか、俺に迷惑かけるな。母さんの言うことを聞け。以上だ。」
私の言葉を聞こうともせず、一方的に電話は切られた。離婚でもいい。とにかく助けてほしかった。泣きながら何度も発信したが、夫が電話に出ることはなかった。ああ、そうか。この人は私を助けてはくれないんだ。私は泣きながら目を閉じた。そして5日後、この世で最も大切な人を失ったとしても、夫は電話に出ることはなかった。
私の名前は直子。夫の大輔とは3年前に結婚した。新入社員として入社した会社で、営業をしている先輩だった彼に、直属の部下として仕事のいろはを教えてもらった。当時は仕事ができる彼を素敵だと思っていたし、彼からアプローチを受けた時は天にも登る気持ちだった。入社して1年も経たずに交際が始まり、2年目の冬にはプロポーズされた。私は結婚しても仕事を続けるつもりだったが、大輔はそれを断固拒否した。「夫は嫁に楽をさせるのが仕事だ。それに子供や将来のことを考えるなら、その方が都合がいいだろう。」彼の言い分も分かるけれど、私には仕事を続けたいという強い思いがあった。せっかく積んだキャリアを手放すのは惜しいし、何より人とのコミュニケーションを大切にする今の仕事に誇りを持っていた。
しかし、最終的に私の意見が通ることはなかった。強引に退職を進められた私は、社会人3年目を迎えることなく、泣く泣く仕事を辞めることになった。結婚にあたって、一番気になっていたのは住居のことだった。2人とも一人暮らしだったのに、大輔は結婚を機に新しい家に引っ越そうと言い出した。「家は俺が責任を持って用意するから。今住んでいる家の契約は終わらせておいてくれ。もう物件の目処も立っているから、すぐに住めるぞ。」どんな家か質問しても、大輔は一向に教えてくれなかった。サプライズだと言っていたが、私にとっては不安でしかなかった。彼が迷いなく自分の家の契約を終了させていたので、私も急いで手続きをした。
そうして連れて来られたのが、大輔の実家だった。さすがに苦言を呈したが、むしろ大輔の方が不機嫌そうに返事をするばかりだった。「俺の母は数年前に親父がいなくなってから、ずっと一人で暮らしていたんだ。かわいそうだとは思わないか?自分の夫の家族なんだから、そんな嫌そうな顔するなよ。」「そうだとしても、事前に一言言ってくれてもいいんじゃないの?私の意見も聞いてよ。」「なんだよ。そんなに同居が嫌なのか。俺の周りの人にも色々聞いてみたけど、お前みたいに極端に嫌がる人はいなかったぞ。なお子の性格が悪いんじゃないか。」
まるで私の方が非常識だと言いたいのか。彼はやれやれと首を振った。言い返したいことは山ほどあったが、会社も家も失った私に拒否権なんてなかった。こうして私と義母との生活が始まったのだった。義母との同居は、はっきり言って地獄の毎日だった。最初は小さな嫌がらせばかりだった。朝起きると私の仕事道具がゴミ箱に捨てられている。私が作った料理を「こんなもの食べられない」と全部捨てられる。夜になると、リビングの電気を消されて誰もいない暗がりに取り残される。
「あんたみたいな人間が、私の息子と結婚するなんておかしいのよ。」義母はいつもそう言った。「大輔はもっと良い人と結婚すべきだったの。あなたみたいな、働きもせずにうちに転がり込んでくる女には、ふさわしくないのよ。」どんなに辛くても、大輔に電話で相談しようものなら「母さんがそんなことするわけないだろ。お前が被害妄想になってるんじゃないか?」と一蹴された。彼は義母が他人に冷たくする姿を決して見ようとしなかった。完璧な息子として振る舞う大輔と、私にだけ牙を剥く義母。私は完全に孤立していた。
ついに限界を迎えて、出張中の大輔に泣きながら電話をしたのが先週のこと。あの日の夫の冷たい言葉で、この人に何を言っても無駄だということがはっきりと分かった。そして5日後、一人暮らしをしている私の父が、持病の悪化で突然この世を去った。葬儀の連絡を受けた私は、泣きながら大輔に電話をかけた。何度も何度も。だが、これまで何度も無視されてきたのと同じように、彼は電話に出ることはなかった。義母に至っては「あんたの実家の事情なんて、うちには関係ないわよ。知らない人を葬式に入れるわけにはいかないから」と、実家にも帰らせてくれなかった。私は父の最期にも立ち会えず、葬儀にも参列することができなかった。父が一人で亡くなったことを思うと、胸が張り裂けそうだった。
葬儀が終わってから、夫はようやく電話に出た。「何だよ、今度は何の用だ?仕事の邪魔をするなって言っただろ。」私はこれまでのすべてを告げた。父が亡くなったこと。葬儀にも行けなかったこと。義母から毎日受けている仕打ちのこと。それでも大輔の返事は、相変わらず冷たかった。「父さんが亡くなったのは気の毒だったな。でも、俺は今大事な取引の真っ最中なんだ。そんな話を今されても困る。そんなことより、母さんに何かしたんじゃないだろうな?」私はその瞬間、すべての希望が消えるのを感じた。何を言ってもこの人は分かってくれない。この人にとって私は、義母の言いなりになるだけの道具なんだ。いいえ、いや、私はもう我慢しない。父を失って、もう失うものは何もない。この状況を変えるために、私はある行動を起こそうと決意したのだった。



