定年を迎えた後、縁あって再就職した先は、世界各国から人が集まるグローバル企業だった。61歳、高卒の俺は、若手社員の教育係として迎えられたが、早速前途多難な予感がしていた。
初出勤の日の自己紹介を終え、部長に案内された部屋で聞かされたのは、教育担当になる高橋正太という24歳の男の話だった。超難関国立大卒のエリートで、能力はあるが態度が最悪だと。
「さっき、入口のところで壁に寄りかかっていたのが高橋です」
確かに、俺の自己紹介中も、ポケットに手を突っ込んだまま、まるで「じじいに何ができるんだ」と言わんばかりの目で睨んでいた男がいた。
翌日から教育を始めたが、高橋はこちらの話を聞こうともしない。こちらが何か指摘すれば、冷笑を浮かべ、目も合わせない。
「あんた、何大学出たの?」
ある日、仕事の合間に突然そう聞かれた。正直に「高卒だ」と答えると、高橋の表情がみるみる曇っていく。
「は? 高卒? 大学も出てないのに、大卒の俺に教育しよってんですか?」
さらに数日後、海外企業との商談を控えた日。高橋はこちらの顔をチラリと見て、意地悪く笑いながら言った。
「せっかくですから、遠藤さんも商談に出てみます? どうせ英語も話せないんでしょ? それとも、俺に教えられるって言うんですか?」
周りの若手社員たちも、それを聞いてクスクスと笑っている。高卒のじじいが英語を話せるわけがないと、嘲笑うような目だった。
俺は何も言わず、その場を離れた。
そして、商談の当日。高橋は得意げな表情で俺の隣に立ち、英語で話し始めた。だが、その英語は文法こそ正しいものの、どこかぎこちない。
すると、相手企業の担当者が突然、俺に向かって流暢な英語で話しかけてきた。
高橋が固まった。
俺はゆっくりと息を吸い、英語で応答した。
「――では、うちの会社の事業内容について、私の方から改めて説明させていただきます」
流暢なビジネス英語が、次々と紡ぎ出される。高橋の顔色が、見る見るうちに青ざめていった。
「どうして……じじいのくせに、高卒のくせに……」
俺は高橋を見ずに、淡々と話を続けた。
若手社員たちの嘲笑は、誰一人として戻ってこなかった。



