「おい、新山、お前なんでその席に座ってるんだ? パーティションの席はマナーが決まってるだろ。そんな常識も知らないのか。だから本社から左遷されるんだよ」
ヒロトは、高校の頃から何かにつけて俺を見下すような言葉を投げかけてくる男だった。あの頃も今も、性格が変わっていないことにむしろ感心してしまうくらいだ。
「そういえば、昔お前、英語の成績とかめちゃくちゃ悪かったよな。笑えるくらいだったぜ」
昔のことを蒸し返して笑いものにする。それがヒロトという人間だ。俺は深く息を吐き、できるだけ落ち着いた声で言った。
「俺の名前は新山。42歳だ。どこにでもいる普通のサラリーマンさ」
俺は子供の頃から植物が大好きだった。自然豊かな田舎で育ち、小学校に上がる頃には花や木の名前をたくさん覚えていた。クラスでは「プラント博士」なんて呼ばれたこともある。親に褒められるのが嬉しくて、もっと詳しくなっていった。
大学を卒業してからは、国内でも大手の花の販売会社「フラワーラビット」に就職した。全国に店舗を持つその会社で、俺は長く働いてきた。だが先日、グループ企業の一つである「カラフルフラワー」へ移動することになった。いわゆる左遷だ。
カラフルフラワーは花のデリバリーサービスを手がける会社だが、最近売上が伸び悩んでいる。特に営業部の成績がひどいらしい。俺はその原因を突き止め、少しでも改善したいと思っていた。
オフィスに到着すると、営業部の社員たちは礼儀正しく挨拶してくれた。基本をきちんと守ることは、営業職にとって何よりも大事なことだ。俺はそういう基礎を大切にしてきた。だが、その日の空気はどこか重かった。
デスクの整理をしていると、一人の男が入ってきた。営業部係長の溝口ヒロト。その瞬間、オフィス全体の空気がどんよりと変わった。業績悪化の原因は、もしかするとこいつにあるのかもしれない。
ヒロトは俺の肩を馴れ馴れしく叩きながら言った。
「よお、新山じゃないか。久しぶりだなあ」
俺とヒロトは高校時代の同級生だ。ただ、当時から仲が良かったわけではない。奴はとにかくプライドが高く、自分の成績や部活の活躍をひけらかすタイプだった。俺はそういう人間が苦手で距離を置いていたが、ヒロトは他人の心にずかずか踏み込んでくる男だった。
特に俺の英語の成績をからかうのが好きで、何度も何度も持ち出しては笑っていた。その屈辱は今でも忘れられない。ふとした拍子に思い出すだけで、腹が立ってくるのだ。
だが俺は、この日に備えて準備をしてきた。言葉ではなく、結果で奴を黙らせるつもりだ。
「ヒロト、俺はお前に伝えたいことがある」
俺の声に、オフィスのざわめきがピタリと止まった。ヒロトは嘲笑を浮かべたまま、俺を見下ろしている。
「なんだよ、改まって。左遷の愚痴でも聞いてほしいのか?」
「違う。カラフルフラワーの営業部の業績がなぜ落ち込んでいるのか、その原因を今夜の役員会で発表するつもりだ。お前の名もな」
ヒロトの笑みが消えた。その顔色は一瞬で青ざめていった。俺はポケットからUSBメモリを取り出し、机の上に置いた。
「これは、ここ数年のお前の経費精算と、架空取引の記録だ」
オフィス中が静まり返る。ヒロトは何も言えず、ただ立ち尽くしていた。その姿は、昔俺をからかっていたあの男とは別人のようだった。
ヒロトは震える声で言った。
「…お前、いつから知ってたんだ」
「お前がこの会社に入ったときから、ずっと調べてたんだよ」
俺はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。役員会は今夜。これで終わりにしよう。長年の屈辱に、ようやく決着をつける時が来たのだ。



