宴会の席で、元上司が酔った勢いで俺を「ワンと泣いてみろ」と見下した。だが俺は静かに「あなたは今日でクビです」と言い放ち、会場を凍りつかせた。数ヶ月前、俺は彼の罠に嵌められ、会社を追われる寸前まで追い込まれた。偽造された書類、捏造された数字、すべての責任を被せられたのは俺だった。だが、俺は黙って泥を被ることを選ばなかった。陰で調べ上げた証拠を手に、今日こそ、あの男の嘘を暴いてやる。…

宴会の席で、元上司が酔った勢いで俺を「ワンと泣いてみろ」と見下した。だが俺は静かに「あなたは今日でクビです」と言い放ち、会場を凍りつかせた。数ヶ月前、俺は彼の罠に嵌められ、会社を追われる寸前まで追い込まれた。偽造された書類、捏造された数字、すべての責任を被せられたのは俺だった。だが、俺は黙って泥を被ることを選ばなかった。陰で調べ上げた証拠を手に、今日こそ、あの男の嘘を暴いてやる。...

「ほら、ワンと泣いてみろよ」
男はグラスを掲げながら、酔いで真っ赤になった顔で大笑いした。その傲慢さは、かつて俺の上司だった頃と少しも変わっていない。あの日、俺はこの男に仕事の失敗を押し付けられ、会社を辞めることになった。長年積み重ねてきた信頼も、評価も、全部あの一日で崩れ去ったのだ。

だが、今の俺はあの頃の俺ではない。
俺は静かに男の目を見据え、冷たい声で言い放った。
「あなたは、今日でクビです」

その瞬間、会場の空気が凍りついた。周囲の視線が一斉に男へと向かい、ざわめきが広がる。男の顔からは、みるみるうちに血の気が引いていく。あの日の屈辱が、ようやく報われる時が来たのだ。

俺の名前は松田。あるグループ企業の子会社で営業をしている。入社以来ずっと営業畑でやってきて、特別に頭がいいわけではないが、相手の立場に立った仕事ぶりが評価され、自分のことを信頼してくれる取引先も多かった。職場の雰囲気も明るく、俺は充実した日々を過ごしていた。

だが、数ヶ月前からその日常に影が差し始めた。原因は、新しく営業部長としてやって来た関口さんだ。彼は親会社からの出向組で、元々は部長補佐を務めていたらしい。肩書きだけ見れば昇進のようにも思えるが、どうも彼自身はこの人事を「子会社への左遷」だと思い込んでいるようだった。

それゆえ、元々子会社に勤めていた社員たちを見下すような言動が目立ち、些細なことにもやたらと当たりが強かった。また、一刻も早く実績を上げて親会社へ戻りたいという気持ちが先行しているのか、無理なやり方で営業をかけては周囲に迷惑をかけることもしばしばあった。

おかげで、あれほど明るかった職場も、関口部長が来てからはどこかピリピリとした空気に包まれている。

そんなある日のこと。俺は出勤するや否や、一人で部長室に呼ばれた。
「これに、俺の判を押すんですか?」

目の前に掲げられたのは、一枚の書類。細かい文字がびっしりと並んでいて、一目では何の書類か見当もつかない。内容を確かめようと俺が書類に顔を近づけると、まるでそれを避けるかのように、関口部長はひらりと書類を俺の視界から遠ざけた。

「この企画書は、会社の将来を左右する重要なものだ。営業部全体で進めている案件で、早急に上の承認を取らなければ時期を逃してしまう。いいから、ここに判を押せ」

「え、でも…」
確かに、そんな重要な書類に、平社員の俺が判を押すのはおかしい。そう思って戸惑っていると、もたもたする俺を叱責するように、関口部長がさらに声を荒げた。
「でももクソもない。ちんたらすんな。さっさと押せ」

「あ、はい…」
あまりの剣幕に、俺はしぶしぶ自分の印鑑を取り出し、指定された場所に押した。すると関口部長は、ちらっと俺の判を確認するや否や、やはり俺の目を避けるようにして書類を素早く引き出しへと押し込んだ。

早急に承認がいるのではなかったのか。そう内心首をかしげていると、そんな俺の様子が鼻についたのか、彼は犬でも追い払うように手を振った。
「おい、要件は済んだんだ。早く出て行け」

こうして雑に部長室から追い出された俺は、数日後、思いもよらない事態に巻き込まれることになる。
その日、俺は再び呼び出され、会議室へと足を運んだ。そこに待っていたのは、子会社の役員たちと、俺を呼び出した張本人である関口部長だった。

「失礼します。営業一課の松田です」
張り詰めた空気の中、俺はおずおずと入室した。役員たちの表情は全く読めない。何の話かも分からないまま、俺は適当な席に座った。

「松田君。この書類に見覚えはあるか?」
そう言って差し出されたのは、あの日俺が判を押した企画書だった。俺が頷くと、役員の一人が重々しい口調で続けた。
「この企画書に、松田君の名前が勝手に使われている。君は、この企画の責任者として記載されているんだが…」

「は? え、どういうことですか?」
慌てて書類を確認すると、確かに企画責任者の欄には俺の名前が記されていた。だが、そんな話は聞いていない。あの日、俺はただ言われるがままに判を押しただけだ。

「私は、ただ部長に言われて判を押しただけで…」
「ふざけるな!」

突然、関口部長が机を叩いて立ち上がった。
「お前が勝手に企画を進めて、大損害を出したんだろう! 俺は知らないぞ!」

あまりの逆恨みに、俺は言葉を失った。この企画書を作ったのは間違いなく関口部長だ。俺はただ、あの日の剣幕に負けて判を押しただけに過ぎない。なのに、今や全ての責任を俺に被せようとしている。

「これは、一体どういうことですか?」
俺は震える声で問いかけた。だが、役員たちの冷たい視線は、俺に向けられたままだった。

「松田君。君は、この責任をどう取るつもりだ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。

「私は何もしていません。私は、ただ…」
「もういい!!」

関口部長の怒鳴り声が、冷たい会議室に響き渡った。俺の弁明を聞こうとする者は、誰もいなかった。

「お前は、今日から謹慎だ。いいな?」
それだけ言い残して、役員たちは立ち去った。一人残された俺は、ただ机の上に置かれた書類を見つめ続けることしかできなかった。

あの日から、俺の会社での立場は一変した。これまで信頼してくれていた同僚たちも、どこか腫れ物に触るような態度を取るようになった。中には「後輩を売った」などと陰口を叩く者までいた。

何もしていないのに。俺は、ただ判を押しただけなのに。

悔しさで胸が張り裂けそうだった。眠れない夜が続き、鏡に映る自分の顔は別人のようにやつれていた。それでも毎日、会社に足を運び、無言のまま席に着く。辛かった。悲しかった。だが、何よりもこのまま黙って泥を被せられることが、我慢ならなかった。

京都中の書類を調べ上げた。関口部長が過去に同じような手口でトラブルを起こしていた事実も掴んだ。そして、あの企画書の数字が、実際には大きく水増しされていたことも突き止めた。

俺は静かに資料を揃え、全ての真相を役員たちの前で明かすことを決意した。

そして今日、同じ会議室に、俺はあの日とは違う顔で立っている。
関口部長は、こちらを見て青ざめていた。

「松田君…?」

俺は一枚の封筒を取り出し、役員たちの前に置いた。
「こちらを、ご覧ください」

封筒の中には、関口部長の不正を証明する資料が入っていた。会議室の空気が、今度こそ凍りつく。

「これで、あなたの嘘は全て明らかになる」
俺はそう静かに言い放った。

関口部長の顔色は見る見るうちに真っ青になっていった。
「こ、これは…」
「今年に入ってからの、あなたの『数字』です。全部、証拠があります」

役員たちが関口部長へと視線を向ける。彼は「ち、違います!」と喚いたが、もはや誰も信じてはいなかった。

「関口部長。あなたには、取締役会で説明をしてもらう」
そう言い残して、役員たちは立ち去った。残された関口部長は、机に突っ伏したまま動かなかった。俺は、そんな彼を一瞥することもなく、会議室を後にした。

あの日、会社を追い出された俺はいない。今の俺は、あの日の屈辱を胸に、真実を勝ち取った男だ。だが、これで終わりではない。彼が一体なぜ、こんなことをしてまで数字を誤魔化そうとしていたのか。その背後にもっと大きな闇が隠されている気がしてならない。

俺は、これから先もこの闇を追い続けるつもりだ。

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