高級寿司屋で一人、酒を傾けていると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「おい、もしかして菊池か?」
振り返ると、そこにはかつての同期、安西の姿があった。彼は見るからに羽振りが良さそうで、値の張るスーツを着こなし、得意げな笑みを浮かべている。
「久しぶりだな。聞いてくれよ、俺、明日、業界採用手のIT企業と10億の契約を結ぶんだ」
そう言って、彼は自慢げに語り始めた。自分は勝ち組だ、お前みたいな奴から見たら雲の上の存在だろう、と。
俺は彼の言葉に、かつての記憶がフラッシュバックするのを感じた。あの日、俺たちは二人で大口の契約を任された。会社の将来を左右する、3億円規模の大事な案件だ。俺と安西は必死に働いた。上司に相談し、先輩に指導を仰ぎ、資料を徹夜で作り上げた。あの時、俺たちは最高のコンビだった。
なのに、契約が目前に迫ったある日、安西は忽然と姿を消した。連絡もなく、会社にも来ない。そして、彼が戻ってきた時には、すべてが終わっていた。取引先は激怒し、契約は白紙に戻った。会社は大きな損害を被り、俺はその責任を問われる形で、左遷された。
安西は何も語らなかった。すべての責任を俺に押し付け、自分は上手く立ち回って、別の会社に転職していったのだ。
「おい、聞いてるのか? お前、元気にしてたか?」
安西の声で、俺は現実に引き戻された。彼は自分の成功談に酔いしれ、俺が誰なのか、何をしたのか、完全に忘れているようだ。
「ああ、まあ、ぼちぼちな」
俺は、込み上げる怒りを必死に抑えて、愛想笑いを浮かべた。この場で感情を爆発させるわけにはいかない。ここは高級店だ。醜態を晒すのはごめんだ。
「そうかそうか。まあ、お前も頑張れよ。俺みたいにはなれないかもしれないけどな」
安西は軽く笑い、自分の席へと戻っていった。背中には、数年前の傲慢な姿が重なって見える。
俺は彼の姿が見えなくなるのを確認すると、静かにスマートフォンを取り出した。そして、ある人物にメッセージを送る。
「明日、例の件、決行する」
画面の向こうからは、すぐに「了解」という返事が返ってきた。
気分良さそうに酒を飲んでいる安西を横目に、俺はそっと口元を歪めた。気分良くしていられるのも、今のうちだ。俺はお前の鼻を折り、どん底に突き落とすための札を、ずっと握りしめてきたのだから。



