渡辺部長が俺の肩に手を回した瞬間、部屋の空気が凍った。
「こいつは天然記念物の中卒だ。どうして俺たちと同じ部屋にいるんだろうな」
その言葉に、誰も笑わなかった。いや、渡辺部長だけが高笑いしていた。
俺の名前は鹿島。25歳。この会社に10年以上いる。中卒で入って、営業成績を上げ続けて課長補佐まで登り詰めた。母は弟を産んで亡くなり、父と二人で弟を守ってきた。家計を支えるため、中学卒業と同時に働くことを決めたんだ。
この会社を選んだのは、学歴不問と募集要項に書いてあったからだ。現社長も無名校卒で苦労した過去があると聞いていた。
俺は自分の実力でここまで来た。同世代より結果を出している自負もある。先月だって30億円の商談を成立させたばかりだ。
なのに、渡辺部長は俺の名前を「無能」に変えた。その場の全員の前で。
悔しさで拳が震えた。でも、俺は何も言い返せなかった。相手は部長だからだ。
あの日から、俺の社内での扱いは一変した。渡辺部長は俺にだけ雑用ばかり押し付けた。重要な商談からは外され、同僚たちも距離を置き始めた。
それでも俺は耐えた。現場にいれば、いつかまた結果を出せる。そう信じていた。
だが、ある日、渡辺部長が俺を呼び出した。
「お前、今月の成績が振るわないな。このままじゃ営業部にいられないぞ」
俺は歯を食いしばった。成績が落ちたのは、部長が重要なクライアントを全て奪ったからだ。
「部長、それは……」
「何か文句あるのか?無能の中卒が」
その時、俺のスマホに一本の着信が入った。相手は、以前取引したことのある大手企業の社長だった。
俺はその電話を取った。
「もしもし、鹿島です」
「鹿島さん!あの案件、君に任せたいんだが、今週中に会えるか?」
渡辺部長が青ざめた顔で俺を見ていた。
俺は小さく笑った。
「承知しました。詳細は後ほど」
電話を切った後、俺は渡辺部長に向き直った。
「部長、報告があります。私、来月から独立して、自分の会社を立ち上げます」
渡辺部長の顔が引きつった。
「な……何だと?」
「営業部で得た人脈と実績を全部、持っていきます。あの大手企業の社長も、私についてきます」
言いながら、俺は机の引き出しから資料の束を取り出した。それは、渡辺部長が横領していた証拠だった。
「これは……!」
「部長、あなたの不正の証拠です。私が知らないと思ってましたか?半年間ずっと、あなたの行動を監視してましたから」
部長の顔色が真っ白になっていく。
「く……警察に通報する気か?」
「まさか。そんなことしませんよ。その代わり、あなたには静かに辞表を書いていただきます」
俺は資料をしまい、立ち上がった。
「そして、私は自分の力で、もう一度一から始めます。学歴なんて関係ない。この会社で学んだのは、人の心を動かす力は、肩書きじゃなくて実績で示すものだってことです」
渡辺部長は何も言えず、机に突っ伏した。
翌週、俺は退職届を提出した。
そして、新会社の設立登記を完了させた。
あの時、俺を侮辱した渡辺部長は、今頃どこで何をしているだろうか。
俺の電話が鳴る。相手は、以前の取引先の社長たちだ。
「鹿島社長、ぜひ御社と仕事がしたい」
俺はスマホの画面を見つめながら、小さく微笑んだ。
ようやく、自分の居場所を手に入れた。
この物語が伝えたいのは、学歴や肩書きが人の価値を決めるわけではないということ。
そして、侮辱された者が、いつか必ず立ち上がるということだ。
俺は今、新しい一歩を踏み出している。
誰にも邪魔されない、自分の力で作った道を。



