「もしもし、あみ美? 私だけど」
父の定年退職と誕生日を一緒に祝おうと、こっそりプレゼントを買って浮かれていた私の耳に、妹・り子から突然電話がかかってきたのは、その1ヶ月前のことだった。電話なんて滅多によこさない彼女からの連絡に、嫌な予感がした。
「お父さん、もうすぐ退職でしょ? 偽体住宅、お父さんの退職金で建てようと思ってるの」
「は? 偽体住宅って、誰が住むのよ」
「私と夫の健造に決まってるじゃない」
「あんたたち、新築タワマン買ったばかりでしょ!」
「ああ、実は私、妊娠したの。だから実家の方が何かといいかと思って」
ようやく合点がいった。り子は昔からこうだ。自分が欲しいものを手に入れるためなら、誰かを踏み台にすることも厭わない。私は32歳の独身で、しっかり者と評判だが、それが裏目に出たのか彼氏すらいない。り子は私より2歳下で、幼い頃からアイドルのように可愛らしく、誰からも愛された。特に母の偏愛ぶりは異常で、小学生になると芸能事務所に所属させたほどだった。
芽が出なかったのは、私のせいだとも言われて育った。母は「姉がブサイクだから、り子もそう見られたに違いない」と笑い飛ばした。お風呂はいつも私が最後。食事は妹だけが豪華で、私には油身ばかり。父も会社の部下を家に呼ぶと、紹介するのはいつもり子だけだった。「モデルみたいですね」と褒められ、目尻を下げる父の横顔を、私は何度も見てきた。
そんな妹が、今度は父の退職金をあてにしている。しかも「お母さんから孫の面倒を見たいって言ってきたんだから」と、子育ても親に押し付ける気満々だ。
「健造さんは、あんたの実家に住むことになってOKなの?」
「あいつの意見なんか関係ないの。お金だけ出してくれればいいんだから」
呆れて物が言えない。金づる扱いされている夫が不憫でならない。週末に実家へ行くと、り子と母がリビングで住宅メーカーのパンフレットを広げ、設計士と打ち合わせをしていた。どうやら二人だけで話を進めているらしい。
「あみ美も見てちょうだい。この間取り、素敵でしょ?」
母は嬉しそうだが、パンフレットの端に書かれた見積もりをちらりと見て、私はその数字に目を疑った。提示されていた額はあくまで偽体住宅本体の建築費のみ。古い家の解体費用や処分費用が一切含まれていないのだ。ぼったくりもいい加減にしろ。私はメーカーの担当者に、その場で指摘した。
「解体費と処分費は、別途かかるんですか? それとも込みの価格ですか?」
担当者はしどろもどろになりながら、「別途になります」と白状した。母やり子は、それまで聞かされていた金額の上乗せを聞いて顔色を変えた。追い討ちをかけるように、私は言った。
「移転費用や引っ越し代は用意してあるの? り子、あんたたち、本当にお金あるの?」
「うるさいわね! 余計なこと言わないでよ!」
り子の顔が怒りで歪む。だが、私はもう引き下がるつもりはなかった。今まで妹に譲ってきたものは数え切れない。今回は、譲るわけにはいかない。この家の、父の退職金の行方を決めるのは、私だ。
「あんたの都合だけで進めないで。私もこの話に関わらせてもらうから」
そう言って、私は設計士の前でパンフレットを指差した。母とり子が、驚いた顔で私を見つめている。そこへ、父が買い物から戻ってきた。私は、父にこれまでの経緯を伝えるべきか、それとも黙っておくべきか、一瞬迷った。しかし、私の頭の中では、もう一つの計画が動き始めていた――。



