「無糖のカフェオレじゃないとダメなんだよ。」 そう言って、先輩医師の藤堂は俺が買ってきたコーヒーをゴミ箱に捨てた。 毎日のように続く嫌がらせ。忘れもしないあの日、教授の前で「患者のオペを組み忘れた」と濡れ衣を着せられ、俺は田舎の病院へ左遷された。 「こんなの茶番だ。」 そう思ったけど、それで終わりじゃなかった。 数ヵ月後、俺のもとに一通の書類が届く。…

「無糖のカフェオレじゃないとダメなんだよ。」 そう言って、先輩医師の藤堂は俺が買ってきたコーヒーをゴミ箱に捨てた。 毎日のように続く嫌がらせ。忘れもしないあの日、教授の前で「患者のオペを組み忘れた」と濡れ衣を着せられ、俺は田舎の病院へ左遷された。 「こんなの茶番だ。」 そう思ったけど、それで終わりじゃなかった。 数ヵ月後、俺のもとに一通の書類が届く。...

「おい、お前、この間教授に頼まれてた患者のオペをスケジュールに組み込むの忘れてたんだろう。」
「え?あの、何のことですか?」
俺は身に覚えがなかったから、先輩医師にそう聞き返した。でも、この先輩はいつも俺を目の敵にして嫌がらせをしてくる男だった。

俺は無実を訴えたけど、教授はその高慢な先輩の言葉を信じた。
「君、この状態で開き直るつもりか?先輩に頼まれたことも忘れ、その上自分のミスを素直に認めず言い訳ばかりする。そんな無責任な奴とは一緒に仕事ができない。もう一度、社会人としての常識から身につけてこい。お前には田舎の病院へ行ってもらう。」

それは事実上の左遷だった。俺は何も悪いことをしていないのに。
「こんなの茶番だ。」
でも、この事件が彼らの転落人生の始まりになろうとは、この時誰も知る由もなかった。

俺の名前はハミシ。都内の大学病院で下働きをしている。
ただし、下働きと言っても、この病院ではまだまだ新人扱いで、いつも先輩に怒鳴られてばかりだ。
特に俺が配属されている第二科は、教授が東大出身ということもあって、派閥が出身大学によって大きく割れている。
有名でも一流でもない地方の三流大学出身の俺は、どの派閥にも誘われることもなく、片身の狭い思いを強いられていた。

加えて、この病院に入ってから、なぜか俺に辛く当たってくる先輩がいる。
その医師は藤堂と言って、何かにつけて俺を目の敵にしてくる男だ。
年は俺と二つしか違わないのに、とにかく偉そうで、いつも俺を顎で使う。

今日もいつも通り、藤堂の使い走りをさせられ、一階の自販機コーナーに飲み物を買いに行かされていた。
「藤堂先生、これ頼まれてたコーヒーです。」
「おう。で、お前、これ無糖じゃないか。俺は無糖のミルク入りを買ってこいって言ったんだぞ。ったく、こんな簡単な使いもできねえのか。マジでクズだな。」

正直、無糖のミルク入りなら無糖のカフェオレでもいいんじゃないかと思うけど、この男は変なこだわりがあるらしく、あくまでもコーヒーなのだと言う。
「先生、でも先生がおっしゃる無糖のコーヒーは下の自販機からもう無くなってましたよ。もしかして人気がないんですかね。」
「はあ?俺が飲むんだから、売店に行って淹れてもらえ。ないなら外のコンビニにでも買いに行けよ。ったく、使えねえな。」

いつもこの調子だ。もう頭に来るとか怒鳴るとかいうレベルを遥かに通り越して、どうでもいい域にまで到達していた。
仕方がないから、スーパーで何本か買ってきてどこかに隠しておこうか。俺がそんなことを考えていると、医局長がやってきて藤堂に声をかけた。
「藤堂先生、今日の夕方の勉強会で使う資料の準備はできてるか?」
「え?ああ、はい。」
「おい、ハミ、この前俺が頼んだよな。準備できてるだろ?」
「は?そんな話は初耳ですが。」

「おいおい、いい加減にしろよ。」
「局長、こいつまた忘れたみたいで、俺から注意しておくんで少しお待ちください。」
「え?大丈夫なのか?」
「はい。」
「ちゃんと準備しておけよ。」

「おい、ハミ、夕方までにちゃんと準備しておけよ。」
まったく、そんな話は初耳だった。
おそらく藤堂は、自分が医局長に頼まれていたことを忘れていて、その責任を俺になすりつけたいのだろう。
本当に勘弁してほしい。
今日の資料をすぐに準備しろとか、どれだけ人を使い倒せば気が済むのだろうか。

俺はそんな不満を抱えながらも、病院内の図書室へ急いで足を運んだ。
すると、そこに見覚えのある顔があった。

「やあ、ハミシ君。久しぶりだね。」
「田辺先輩!お元気そうで何よりです。」
田辺先輩は、かつて俺が大学病院で研修医だった頃、一番お世話になった先輩だ。
今は別の病院に移ったと聞いていたけど、どうしてここに?

「ちょっと用があってね。君、この病院で大変だって聞いたけど、大丈夫か?」
「まあ、なんとかやってますよ。それより先輩、どうしてここに?」
「実は、この病院で変な噂を聞いてね。それで確かめに来たんだ。」

変な噂?
「何の話ですか?」
「この病院の第二科で、最近、手術前に患者のカルテが勝手に書き換えられる事件があったらしいんだ。それも、結構深刻なやつが。」

俺は息を飲んだ。
もしかして、それは藤堂の仕業なのか?
それとも、俺に関係があるってのか?

田辺先輩は、周りを見渡してから声を潜めた。
「ハミシ君、実はな、この件について調べているのは俺だけじゃない。上の方でも動きがあるらしい。このままだと、誰かが身代わりにされるかもしれない。」
「身代わりって…まさか、俺ですか?」

田辺先輩は答えず、俺の目をじっと見つめた。
その瞳は、何かを知っているような、それでいて何も言えないような、苦しげな色をしていた。

「ハミシ君、氣をつけろ。この病院には、誰かを嵌めてでも自分の立場を守ろうとする奴がいる。お前が思っている以上に、この場所は深い闇に蝕まれてる。」

そう言い残して、田辺先輩は立ち去った。
俺はその場に立ち尽くしたまま、先輩の言葉が頭の中で反響していた。

そして翌日、俺は信じられない光景を目の当たりにする。
教授室の机の上に、俺の署名入りの書類が置かれていた。
そこには、こう書かれていた。
「患者のカルテを改竄したのは、研修医のハミシである。」

俺には、全く身に覚えがない。
でも、署名は確かに俺のものだった。
誰が、どうやって…。

俺の手は震えていた。
そして、その時、後ろから声が聞こえた。

「お前、ついにやったな。」
振り返ると、藤堂が笑っていた。

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