義母が、夕食の席でテレビも見ずに私をじっと見て言った。「あんたみたいな、親もいない身空の女が、よくうちの息子と結婚できたわね。」私は箸を持つ手を震わせながらも、何も言い返せなかった。それが始まりだった。毎日の嫌味、無視、そしてついに「お前の面倒を見るのやめた。嫌なら出ていっていいわよ」と言われた時、私は満面の笑顔で言い返した。「オッケー。私は嫁をやめます。」夫はまだ何も知らない。数時間後、私…

義母が、夕食の席でテレビも見ずに私をじっと見て言った。「あんたみたいな、親もいない身空の女が、よくうちの息子と結婚できたわね。」私は箸を持つ手を震わせながらも、何も言い返せなかった。それが始まりだった。毎日の嫌味、無視、そしてついに「お前の面倒を見るのやめた。嫌なら出ていっていいわよ」と言われた時、私は満面の笑顔で言い返した。「オッケー。私は嫁をやめます。」夫はまだ何も知らない。数時間後、私...

義母がテレビから目を離さずに言った。
「お前の面倒を見るのをやめた。嫌なら出ていっていいわよ。」

その言葉に、私はゆっくりと息を吸い込んだ。そして怒鳴る代わりに、満面の笑みを浮かべた。
「オッケー。私は嫁をやめます。」

義母は一瞬固まり、鼻で笑って手をひらひらさせた。冗談だと思ったらしい。
でも、それは楽観的な考えすぎだった。義母は自分の身勝手な振る舞いが原因で、やがて地獄を見ることになる。誰も彼女を助けようとはしなかった。

私の名前は西田はか。46歳の専業主婦だ。
4歳の時に両親を事故で失い、親戚の家をたらい回しにされて育った。経済的な理由で大学進学は諦め、高校を卒業すると同時に親戚の家を出た。
親戚は中学1年生の頃から私を引き取ってくれたが、愛情を持って接してくれたわけではない。年齢の近い娘がいて、その子を育てるのに必死だったのだ。本当の子供ではない私に構う余裕などなかった。

早く家を出たかった私は、高校時代からアルバイトに明け暮れ、一人暮らしの費用を必死に貯めた。
そして今日からここが私の家。
初めての我が家は、会社の近くにある狭いワンルームだった。就職先は輸入食品を扱う会社で、給料の低い経理事務職。けれど、私にとっては初めて手にした自由な日々だった。
この生活は絶対に手放さない。そう誓って、一生懸命仕事に打ち込んだ。

努力が実を結び、24歳で経理部の主任に昇進した。給料も少し上がり、生活に余裕が出てきた。
周りの社員は私の事情を知っていて、たまに食料品のおすそ分けや手作りのおかずをくれた。課長の奥さんが作ってくれた肉じゃがは特に美味しかった。
自宅に持ち帰って、誰もいないアパートで「ごちそうさま」と呟く。返事はない。
やっぱり、自分だけの家族が欲しい。
両親を失った私がずっと抱き続けてきた夢。いつか幸せな家庭を築きたい。その思いが常に胸の中にあった。

太地と出会ったのは28歳の時だった。
近くの商店街が主催する大規模なイベントが開かれることになり、地元企業が多数参加することになった。私と太地の会社も参加企業の一つで、私たちはそれぞれ担当者に指名された。
イベント準備のための会議で顔を合わせ、同じ年頃で共通の話題も多かったことから、会うたびに雑談を交わすようになった。だんだん仲良くなっていくのがわかった。

イベントが終わった後、太地が顔を真っ赤にして言った。
「連絡先を交換しませんか?」

私は笑顔で電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡した。
それから29歳になる直前、太地に告白された。
「俺と付き合ってください。」

交際が始まった。太地と過ごす日々は、それまでの人生で一番楽しい時間だった。
彼は誠実で優しい人だ。女性に持てるだろうに、なぜ私を選んだのだろう。
疑問に思って尋ねると、太地は照れながら言った。
「誰にも頼らず頑張っているのに、苦労を表に出さずにいつも笑っている姿がかっこいいと思ったんだ。」

その言葉が心に沁みた。生まれて初めて、誰かに認められた気がした。
交際から2年後、私たちは結婚した。
挙式はしなかったけれど、市役所で婚姻届を出した日、太地は朝からずっと笑っていた。
「はかと結婚できて、本当に幸せだ。」
私も同じ気持ちだった。これからこの人と家族になる。子供も欲しい。ずっと夢見てきた幸せな家庭を、今度こそ手に入れられる。

結婚して最初の1年は、本当に穏やかだった。
太地は優しく、帰宅すれば必ず「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。休日には一緒にスーパーへ買い物に行き、安い食材で美味しいご飯を作った。
私は家事を大切にした。朝は早く起きてお弁当を作り、夜は仕事で疲れて帰ってくる太地を温かいご飯で迎える。
「今日も美味しい。ありがとう。」
その一言だけで、どんなに疲れても頑張れる気がした。

しかし、私たちの穏やかな生活は、義母の出現で少しずつ崩れ始める。
結婚して1年後、義父が他界した。葬儀の後、太地が申し訳なさそうに切り出した。
「母さんが一人になったんだ。しばらく一緒に住んでくれないか?」

私は一瞬躊躇した。しかし夫の悲しそうな顔を見て、承諾した。
「わかった。お母さんを一人にするのは忍びないものね。」

そうして義母が私たちの家に引っ越してきた。
最初は穏便にやっていこうと思っていた。しかし、義母は私が思っていた以上に厄介な人だった。
「はかさん、味噌汁の作り方も知らないの?うちの息子はこんな薄い味、好まないわよ。」
「掃除が行き届いていないわ。仕事してた人間は、やっぱり家事が雑ね。」
「早く孫の顔が見たいわ。いつまで子供を作らないつもり?」

最初のうちは苦笑いでやり過ごしていた。しかし義母の小言はエスカレートしていく。
朝起きれば何かしら文句を言われる。買ってきた食材にも「何でこんな高い物を買ってくるの?」と嫌味を言われる。
太地は義母の前では何も言えなかった。
「母さんは悪気があるわけじゃないんだ。年寄りだから、大目に見てやってくれ。」
その度に私は自分の気持ちを押し殺した。夫のためだと、私はそう言い聞かせていた。

しかし、義母の態度はどんどんひどくなっていく。
ある日、私が洗濯物を干していると、義母が突然こう言った。
「あんたね、太地にはもったいないわよ。あの子は見た目もいいし、仕事もできる。なんであんたみたいな、親もいない身空の女が、うちの太地と結婚できたんだか。」

私は瞬間、洗濯物を持つ手が震えた。
しかし何も言い返せなかった。義母の言う通り、私は親もなく、学歴もなく、家柄もない。太地と釣り合わないというコンプレックスは、ずっと心の奥にあったから。
義母は私の反応を面白がるように続けた。
「でも安心しなさいよ。孫が生まれたら、あんたの居場所はなくなるからね。太地は私の言うことを聞く男よ。」

夜、太地にその話をしようとした。
しかし太地は疲れた顔で「今日はもう寝よう」と言い、すぐに眠ってしまった。
私は一人、布団の中で涙をこらえた。この家の中で、私は家族になれないのだろうか。

そんな日々が続く中、私は苦しさを抱えながらも、家事を完璧にこなすことで自分を保っていた。
しかしある日、帰宅した太地の顔が暗く沈んでいた。
「どうしたの?何かあった?」
太地は椅子に座り、ため息をついて言った。
「会社で、お前の部署の…いや、何でもない。」
「言ってよ。何かあったんでしょ?」
「…母さんが会社に電話してきたんだ。お前が家事をしないから、仕事を辞めさせてほしいって。」

私は言葉を失った。
「何でそんなことを…私は毎日、ちゃんと家事をしてるわ。」
「わかってるよ。だけど母さんがああ言ってる以上、会社も変な噂を立てかねない。お前…家と会社、どっちを取るの?」

太地の言葉に、私は静かに立ち上がった。
「私は…家だけじゃない。仕事も自分の人生も大事よ。それに、ちゃんと家事もしてる。」
太地は何も言わずにうつむいた。

私は翌日、義母に直接言った。
「母さん。私が家事をしていないと会社に言ったのは、どういう意味ですか?」
義母はテレビを見ながら、けろっとした顔で答えた。
「事実でしょ。最近、あんたのご飯は美味しくないし、部屋も散らかってるじゃない。」
「そんなこと、ありません。私は一生懸命やっています。」
「はっ。一生懸命?親もなく育った人間が、何を一生懸命やったって、所詮その程度よ。」

義母の言葉に、私は唇を噛んで堪えた。この人には何を言っても伝わらない。そう確信した。

そして、ある日。
買い物から帰ると、義母が私の部屋の引き出しを開けているところだった。
「何をしているんですか!」
義母は慌てずに、私の古い日記帳を持ち上げた。
「ちょっと掃除してあげようと思って。あら、こんな物を大事に取ってあるの?」
「それは、私の大事な日記です。触らないでください。」
「日記なんて書いてる女は、ろくなもんじゃないわよ。余計なことを考えてるから、子供もできないんだわ。」
私は震える手で日記を受け取り、義母から離れた。
その瞬間、何かが心の中で大きく音を立てて折れた。

その夜、太地に言った。
「太地、お母さんと別々に暮らすことを考えられない?」
太地は顔を上げた。
「はか、何言ってるんだ。母さんは一人で生きられないんだよ。父さんが死んでから余計に不安定になってるんだ。」
「私だって、あなたの母さんに毎日言われ続けたら…」
「お前は強いだろ。今までいろいろ耐えてきたんだから、これくらい」
「…これくらい?」
太地の言葉を聞いて、私はその後の言葉を飲み込んだ。

そして、あの日の朝が来た。
義母がリビングのテレビを見ながら、何気なく言った。
「お前の面倒を見るのやめた。嫌なら出ていっていいわよ。」

その瞬間、私は決めた。
「オッケー。私は嫁をやめます。」
義母は笑っていた。冗談だと思っていたのだ。
しかし私は笑顔のまま、寝室へ行き、旅券と貯金通帳を取り出した。
太地は出勤していて、まだ何も知らない。
私はバッグに最低限の荷物を詰め、義母に言った。
「お世話になりました。太地によろしく伝えてください。」
義母は「はいはい、わかったわよ」と面倒そうに手を振った。

私は静かに家を出た。
振り返りもしなかった。

それから私は、離婚届を郵送した。
太地からの連絡は、何度かあった。
「はか、話し合おう。」
「母さんが悪かった。謝らせるから、戻ってきてくれ。」

しかし私は返事をしなかった。
私はアパートを借り、再び小さな生活を始めた。
経理の経験を活かして、地元の小さな会社でパートとして働き始めた。
給料は低いけれど、心は軽かった。誰に何を言われることもなく、自分だけの時間を取り戻した。

数年が過ぎた。
ある日、商店街を歩いていると、見覚えのある顔に声をかけられた。
「西田さん…ですよね?」
それは、かつて一緒にイベントを担当した、別の会社の課長だった。
「ああ、お元気でしたか。何だか聞いたんですよ。ご結婚されていたんですか?」
「ええ、まあ…もう離婚しましたけどね。」
「そうですか…実は、あの後ですね。お義母さまの話、耳にしまして。太地さんが意地を張って離婚を認めなかったって聞きました。お義母さまが会社に押しかけて、太地さんがノイローゼになったとか、あちこちで悪いうわさが立ってるみたいで。」

私は何も答えなかった。心の中で、義母の顔を思い浮かべた。あの日、私を「身空の女」と笑った義母は、今、どこで何をしているだろう。
「まあ、西田さんには関係ない話ですね。あ、これ、よかったら。」
そう言って差し出されたのは、商店街のお菓子屋さんの包装だった。
「また会うことがあれば、よろしくお願いします。」

私はお菓子の包みを抱え、アパートへ帰った。
一人で湯を沸かし、お茶を入れ、頂いたお菓子を摘まんだ。
「ごちそうさま。」
誰もいない部屋に、私の声が響いた。
あの時とは違う。今は、自分の家で、自分だけの人生を生きている。
義母は、自分の身勝手さで、息子を失い、狂ったのだろう。
しかし、それはもう私の物語ではない。
私は笑った。そして、明日も仕事に行こうと思った。

あの日、家を出た時、私は何も持っていなかった。
でも今は、何かを失うことの怖さを知った分、確かに少し強くなっていた。

Thumbnail