結婚して五年、冬花はいつも笑っていた。見合いで出会ったとき、俺は38歳で彼女は29歳。歳の差はあったけど、お互いにすぐに惹かれて、三か月で結婚を決めた。冬花は母子家庭で育ったから、母は最初から彼女を気に入っていなかった。片親の子は「血が汚れている」とまで言いやがった。でも俺には、一人で子供を大学まで育てた母親に感謝している冬花の方が、よほど立派に見えた。
母が見合いをセッティングしたのは、俺が四十歳近くになっても独身だったからだ。近所の噂を気にして、適当に相手を用意しただけ。正直、母のことは好きじゃない。でも冬花と出会わせてくれたことだけは感謝していた。
結婚当初は、実家との関係も悪くなかった。俺の転勤で実家から車で二時間ほどの場所に住んでいたから、冬花が母に会うのは盆と正月くらい。それに父は冬花を可愛がってくれて、実家に行くと父が冬花を独占するから、母が何かする機会もないと思っていた。
ところが、結婚して一年ほど経った頃から、実家から帰ると必ず冬花の体調が悪くなるようになった。頭痛、吐き気、めまい。最初は車酔いだと思った。実家に早く着こうと、でこぼこした山道を飛ばすから。母の料理が合わないのかもしれないとも考えた。でも道を変えても、食事を抜いても、冬花は変わらず具合が悪くなる。
「大丈夫?」と聞くと、冬花はいつも「うん、心配しないで」と言うだけだった。
もしかして、母に何か言われているのか。そう考えたけど、確証はなかった。冬花は何も言わないし、母に聞いても「何もしてないわよ」と取り合わない。
ある年の盆休み、俺たちは実家に帰った。その日、冬花は台所で母の手伝いをしていた。二人きりになったとき、母の声が聞こえた。
「あんたみたいな連れ子が、よくうちの息子と釣り合うわね」
冬花は何も答えなかった。
「まあ、子作りさえしてくれればいいのよ。跡取りさえ産めば、後はどうでもいいから」
その言葉を聞いた瞬間、頭の血が引くのが分かった。俺は台所に飛び込んだ。
「母さん、今なんて言った?」
母は何事もなかったように「何も言ってないわ」と笑った。冬花は顔を伏せて、震えていた。
その夜、冬花は泣いた。初めて見る涙だった。
「ごめんね、迷惑かけて」
「違う、悪いのは俺だ。気づかなくて」
冬花はぽつりと話した。母からは結婚前から嫌味を言われていた。冬花の育ち、仕事、服の趣味、何をしても否定された。でも俺に心配をかけたくなくて、ずっと黙っていたのだ。
俺は怒りで震えた。次の日、実家に一人で行って母と言い合いになった。
「冬花に謝れ」
「何言ってるの。私はあの子のためを思って言ってるのよ」
「あんな言葉がどこがためになるんだ」
母は最後まで謝らなかった。父も母をかばった。「年寄りの言うことだ。聞き流せ」
その日から、俺は実家との縁を断つことにした。冬花を守ることが先決だと思った。
あれから三年が経つ。冬花は今も俺の隣で笑っている。実家には帰っていない。母からの電話も無視している。
時々思う。母は本当に俺の幸せを願っていたのだろうか。それとも、ただ自分の思い通りにしたいだけだったのか。
答えは出ない。でも一つだけ分かっている。冬花を選んで正解だった。この選択を後悔したことは一度もない。



