夫と共に義実家に帰省することになった私は、重たい気持ちを引きずっていた。義母はことあるごとに私を責め立てる。いわゆる「嫁いびり」に、私は頭を悩ませていたのだ。実家では休むことが許されず、家の修繕や掃除を言いつけられる。
すべて終わらせた時には、私の体は冷え切っていた。体を温めようと風呂に入り、温かいお湯に包まれると涙が溢れた。「あと1日の辛抱だ」と自分に言い聞かせながら風呂から上がると、義母が仁王立ちになって待っていた。
「勝手に風呂に入るなんて、本当に情けない嫁だね。はい、5000円」
義母は入浴料を請求してきたのだ。「受益者負担だ。当然だろ」その場にいた夫も義母に同調した。
「分かったらさっさと払いなさい」
私はあきれながら5000円を手渡し、寝室へ向かおうとすると、義母の怒声が振りかかる。
「あんたの寝床は物置よ」
その日の深夜、私は家族たちが寝静まった頃を見計らい、物置を抜け出し、アプリで呼んだタクシーに乗り込んだ。夫と離婚しよう。離婚を決意した私だが、やられっぱなしで終わるのは悔しすぎる。私は義家族たちに反撃することを決意したのだ。
私は木原ゆ子、32歳。大手企業で働きながら、2歳年上の夫・新一と一緒に暮らしている。大学を卒業し、今の会社に入社してから必死に働き、28歳の時にシニアマネージャーに昇格した。多忙な毎日ではあるが、年収は1500万を超え、部下からも頼られる存在となっており、私は今の仕事に誇りを持っているのだ。
新一は大学の先輩で、3年交際を続け、私の卒業を機に結婚した。当時新一は大手企業に就職し、安定した収入を得ていたため、経済的にも何も問題がなかった。入社して5年が経つ頃には仕事も決まり、新一の会社員人生は順調に進んでいたのだ。
新一との結婚生活はとても満たされたものだった。お互いに忙しく仕事する中でも、週末に過ごす二人の時間を大切にし、時々旅行にも出かけながら、笑顔の絶えない毎日を送っていたのだ。この時はこの幸せがずっと続いていくものだと信じていたのである。
しかし3年前、新一が仕事で重大なミスを犯した。当時の新一は自分の力を過信していたのかもしれない。新規事業の立ち上げを任され、大きなプロジェクトを引き受けていたのだが、その規模を過小評価していた。取引先との調整不足が重なり、大事な契約を逃してしまったのだ。それだけで済めばよかったのだが、さらに悪いことに、新一は焦って別の取引で無理な約束をしてしまった。その結果、会社に大きな損害を与えてしまったのである。
新一はその後、会社を辞めざるを得なくなった。それまでのプライドが邪魔をして、新しい仕事を探すにも前向きになれず、何度か面接を受けたものの、うまくいかなかった。新一は次第に家で何もしない日が増えていった。私はその間も仕事を続け、家計を支えていた。
最初のうちは、新一も落ち込んでいるだけだろうと思っていた。しかし、そんな状態が1年以上続いた時、私はさすがに不安を感じ始めた。貯金も少しずつ減っていく。それでも私は、新一を責めることはしなかった。彼がどれだけ辛い思いをしているか、分かっていたからだ。
ある日、私は新一に「一緒に頑張ろう」と言った。しかし新一は、拗ねたような表情で「分かってるよ」と言うだけで、何も変わらなかった。私はその態度に、少し寂しさを感じたが、夫を支えるのが妻の役目だと思い、必死に働き続けた。
そんな中、義母からの電話が頻繁にかかってくるようになった。最初は「新一の様子はどう?」という心配の言葉だったが、次第に「あなたがちゃんと支えているの?」という責めに変わっていった。義母は、新一が会社を辞めたことを、私のせいだと思っているようだった。
そして今回の帰省、義母は私にとって耐え難い仕打ちを続けた。家の掃除や修繕を延々と言いつけ、休む間も与えなかった。さらに風呂に入っただけで5000円を請求したのだ。私は以前から義母とはうまくいっていなかったが、ここまで露骨に嫌がらせをされるとは思っていなかった。ショックで言葉を失った。
義母は「新一はあなたのせいで仕事を失ったんだ」とも言った。心の奥で何かが切れる音がした。確かに新一のミスを防げなかったのは、私のせいかもしれない。でも、新一が仕事を辞めた後、私が必死に働いて、家計を支えてきたのは事実だ。その努力を無視されて、こんな扱いを受けるなんて、これ以上耐えられなかった。
私は物置きの中で、涙が止まらなかった。スマホを見ると、新一から何本か着信が入っていたが、取る気になれなかった。代わりに、私は職場の同僚にメッセージを送った。「今すぐ出張扱いにしてほしい」。同僚は驚いていたが、私の声が震えていたせいか、何も詮索せずに手配してくれた。
帰りのタクシーの中で、私は新一に離婚届を突きつけることを想像した。でも、それだけでは私の溜飲は下がらない。義母に『勝手に風呂に入って5000円払え』と言ったくせに、私は夫の生活費を全部支えているんだ。その事実を義母は知らない。新一も、義実家に「仕事を辞めた」と話していない。だから、私が仕送りしていることも知らないのだ。
私は反撃することを決意した。私は仕事を辞めるつもりはなかった。むしろ、これからは私の稼ぎを一切、義実家にも新一にも渡さない。そして、離婚の際には、今までの生活費や慰謝料をきっちり請求する。新一のプライドを傷つけるかもしれないが、もう我慢する必要はない。
家に帰ると、新一はソファでテレビを見ていた。私の顔を見るなり「お袋から電話あったぞ。お前、いきなりいなくなるってどういうことだ」と言った。
私はコートを脱ぎながら、静かに言った。「離婚する」
新一は笑った。「何言ってんだよ。お前、頭でもおかしくなったのか?」
「本気だよ。今までさんざん耐えてきた。もう限界だ」
新一は立ち上がった。「ふざけるなよ。俺が仕事を辞めたのは、お前がもっとしっかりしてれば防げたかもしれないんだぞ」
私は冷たく返した。「それは、あなたのミスでしょ。私が仕事を辞めて、あなたを養えって言うの?」
新一は黙ってしまった。私はリビングを出て、書類棚から離婚届を取り出した。新一は慌てた様子で追ってきたが、私の決意は固かった。
「毎月の生活費を払っていたのは私。あなたは何もしていなかった。今度は、あなたが私に生活費を払う番よ」
新一はその言葉に何も言い返せなかった。私は離婚届をテーブルに置いた。「サインして。今日は無理なら、また明日」
新一は顔を真っ赤にして「お前、後悔するぞ」と吐き捨てた。
それから1週間後、私は新一に離婚届を突きつけ、署名を求めた。新一は最初こそ抵抗したが、私が「これ以上話し合いに応じないなら弁護士に相談する」と言うと、しぶしぶサインした。
離婚は成立した。私は新一に慰謝料と、結婚生活中に私が払った生活費の半分を請求した。新一は文句を言いながらも、離婚を急いでいたのか、思ったよりも早く支払いに応じた。
その後、私は新一の連絡先をすべてブロックした。義母からは何度か電話がかかってきたが、出なかった。私は一人で新しいアパートに住み始め、仕事に打ち込んだ。新しい生活に不安はあったが、何よりも晴れやかな気持ちだった。
あの家を出た日のことを思い出す。物置きに閉じ込められた夜、私は泣いた。でも、あの夜がなければ、私はずっと我慢を続けていたかもしれない。義母の言葉、夫の無関心――それらが私を強くしてくれた。
私は今、自分の人生を歩いている。誰かに邪魔されることなく、自分のペースで生きている。その日、物置きで泣いたことは、もう過去の話だ。私はもう泣かない。



