兄嫁のルミさんが結婚の挨拶に来た日、私は初めて「ああ、この人とはうまくやっていけないかも」と思った。在宅で仕事をしていると話した瞬間、ルミさんは失礼な笑みを浮かべて言ったんだ。「あら、じゃあ引きこもりのニートみたいなもの?」
「いえ、収入もありますし、家事もしていますけど」と私が困惑しながら答えると、彼女は「分かりますよ。でも、いつまでも現実逃避するのは良くないですよ」と笑った。何が分かるって言うんだ。
兄は若くて可愛いルミさんにデレデレしていて、私が乾いた笑いを浮かべても、兄は「まあまあ」と軽く流すだけだった。その場にいた全員が、兄の結婚に不安を覚えた瞬間だった。
私の名前はゆ香。35歳。実家で両親と同居しながら、在宅の仕事をしている。兄は結婚して家を出て、弟も結婚して家庭を持っている。私もそろそろ結婚したいなあと思いつつ、仕事の合間に家事を手伝いながら充実した毎日を送っていた。
ある晩、両親と夕飯を食べていると、母が私に聞いてきた。「年屋の新居祝い、いつ行くことになったの?」
兄は実家からさほど遠くないところに土地を買って家を建てていて、先日ようやく完成した。私は「ああ、来週の月曜日」と答えた。すると父が不服そうな顔で味噌汁をすする。
数週間前、兄とルミさんから「新築完成のお祝いに久しぶりに家族みんなで会おう」と連絡があったんだ。しかし、最近になってルミさんが急に「やっぱり大勢の相手はだるい」と言い出した。確かにうちの両親、私、弟夫婦が一度にお邪魔するのは大変かもしれない。だけど、そっちが言い出したことなのに、と私も両親も困惑した。
「ごめん。ルミがどうしてもって聞かないんだ」と兄は言うばかりで、結局、人数を分けてそれぞれ別の日に行くことになった。私は弟の嫁と一緒に、来週の月曜日に行くことに。曜日もルミさんの希望だった。とはいえ、弟は平日は仕事だから、弟嫁と私の二人きりの訪問になるだろう。
父は未だに納得できていない。「全く何を考えているんだか。月曜日じゃ、兄の都市はもう仕事でいないだろう。我が息子ながら、嫁の尻に敷かれて情けない」
父の言っていることも一理ある。せめて家を建てた兄が新居にいられる日を選ぶべきではないか。でも、兄はルミさんにべったりで、何も言えない様子だ。
当日、私は弟嫁の里美と一緒に兄の新居を訪れた。玄関を開けたルミさんは、私たちを見るなり「あら、来たの」と、まるで面倒くさそうな表情を浮かべた。
「お邪魔します」と言って中に入ると、新築の家は本当に綺麗だった。でも、ルミさんの態度はそっけない。私たちが持ってきたお祝いの品を「ああ、どうも」と受け取り、適当な場所に置いてしまった。
リビングに通されて、紅茶を出されたが、ルミさんは私たちと会話しようとせず、スマホをいじり始めた。里美が「お家、すごく綺麗ですね」と声をかけても、「まあね。でも、まだ片付けるところがたくさんあって」と、興味なさそうに答えるだけ。
私は居心地の悪さを感じながらも、話題を探そうとした。するとルミさんは唐突に「そういえば、ゆ香さんって、まだ結婚する気ないの?」と聞いてきた。
「いえ、できればしたいと思っていますけど」と私が答えると、ルミさんは「そう。まあ、今は仕事って形になってるけど、正直あれじゃあねえ」と、意味深な笑みを浮かべた。
「あれって何ですか?」と私が聞き返すと、ルミさんは首を傾げて言った。「だって、在宅で仕事って言っても、実際はネットで何かしてるだけじゃない? 私、そういうの詳しいから分かるのよ。ちゃんとした会社で働いてるわけでもないし」
里美が慌てて「ゆ香さんは、立派に仕事としてやってるんですよ」とフォローしてくれたけど、ルミさんは「まあ、私は何も言いませんよ。でも、この歳で実家暮らしって、やっぱりちょっとね」と、笑いながら言った。
私は怒りで体が震えた。この人の前では、何を言っても無駄だ。私は「今日はありがとうございました。そろそろ失礼します」と言って、立ち上がった。里美も慌てて後を追う。
帰り道、里美が「ごめんね、ああいう人なんだよ。私も最初にあった時、びっくりしたけど」と言ってくれた。「ルミさん、兄が仕事でいないと、いつもあんな感じなんだって」
私は何も答えられなかった。ただ、胸の中に冷たい何かが積もっていくのを感じた。
数日後、私は母と電話で話した。母は「ルミさん、何か言ってなかった? 」と心配そうに聞いてきた。私は「別に、何も」と答えた。本当のことを言っても、母が余計に悲しむだけだと思ったから。
でも、その週末、実家に帰った時、父が珍しく私を呼び止めた。「ゆ香、ちょっと話がある」
父は私に、兄の家に一人で行った時のことを話してくれた。ルミさんは父に対しても、同じような態度だったらしい。「あの嫁、私らをバカにしてるんじゃないかと思うんだ」と父は言った。
「月曜日に、ゆ香って子が行くんだろう? 私もその日、仕事を休んで一緒に行こうか」
私は驚いた。父はいつも仕事一筋で、家族のイベントに積極的ではない人だからだ。でも、父の目は真剣だった。「兄ちゃんのためにも、あの人にちゃんと言わなきゃいけないことがあると思うんだ」
私は迷った。でも、ルミさんの態度を思い出すと、父の言っていることも理解できた。月曜日、私は父と一緒に、もう一度兄の新居を訪れることになった。
家に着くと、ルミさんはまたあの嫌な笑顔で私たちを迎えた。「あら、また来たの? 今日は何人ですか?」
父は静かに中に入ると、リビングのソファに座った。ルミさんは「どうぞ」と適当にお茶を出して、向かいのソファに腰を下ろした。「今日は、私の父がどうして?」とルミさんが皮肉っぽく言った。
父はしばらく沈黙した後、口を開いた。「ルミさん、一度言わせてもらいます。私たちは、あなたを家族としてもっと大事にしたいと思っています。でも、あなたの態度は、私たちを蔑ろにしているように見えます」
ルミさんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。「何言ってるんですか? 私はただ、正直に言ってるだけですよ。私だって、自分の人生がありますから」
「あなたの人生を否定するつもりはありません」と父は続けた。「でも、私たちも大事にしてください。兄のためにも、家族としてうまくやっていきたいんです」
ルミさんはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。「分かりましたよ。じゃあ、言いますけどね。私は、この家の皆さんが好きじゃありません。特に、ゆ香さんみたいな、何の取り柄もない人が一番嫌いです」
私は言葉を失った。父も、静かにお茶のカップを置いた。
「もう帰ります」とルミさんは言って、立ち上がった。「あなたたちには、もう会わないでください」
父も立ち上がった。「それは、兄さんにも言えることですか?」
ルミさんは振り返り、「いいえ、主人には言いません。主人は私のものですから」とだけ言って、二階に上がってしまった。
私はその場に立ち尽くした。父の顔も、見る影もなく疲れていた。「…帰ろう」と父が言った。
私たちは無言で家を出た。車の中、父がため息混じりに言った。「あんな人と、兄ちゃんは幸せになれるのかな」
その日から、ルミさんと私たちの間には、明確な一線が引かれた。私は、兄に真実を伝えようとは思えなかった。兄はルミさんを選んだ。それなら、私が家族の平和を守るしかない。
しかし、数日前、私のスマホに兄からメッセージが届いた。「ゆ香。明日、ちょっと話がある。一人で来てくれないか?」
私はためらった。でも、兄からの頼みを無視することもできず、約束の時間に、もう一度兄の家へ向かった。



