俺の名前は村田。五十一歳。幼い頃に父を失い、母と幼い弟たちを養うために高校進学を諦めて働きに出た。中卒で正社員の仕事は見つからず、近所の定食屋でアルバイトをしていた。中学を卒業して半年後、出勤途中に男の人が目の前でひったくりに遭った。元陸上部の短距離選手だった俺は、自転車のひったくり犯を追いかけ、奪われた鞄を取り戻して返した。すると男の人は「助かったよ」と言い、俺は「うちの定食屋に食べに来てください」と告げてその場を離れた。翌日、その男の人が店に来た。三沢と名乗るその人に、「君みたいな若くて体力のある人に来てほしい。うちの会社で働かないか」と誘われた。正社員になりたかった俺は、迷わずその誘いに乗った。俺は働きながら勉強し、仕事に必要な知識を身につけていった。最初は現場作業員だったが、三十歳で営業部に異動になった。指導係になったのは、当時係長だった斎藤さん。斎藤さんは大卒で、噂では俺と同じ貧しい家の出身らしい。奨学金を借りて苦労して大学を卒業したそうだ。同じような境遇だから気が合うかと思ったが、斎藤さんは学歴にこだわりが強く、中卒という理由だけで俺を見下してきた。「俺とお前は違うんだよ。俺は苦労して大学を出た。中卒のお前と俺は積み上げてきたものが違うから。」指導初日にそう言われた。今思えば、あの人は俺を見下すことでしか自分の苦労に意味を与えられなかったのだろう。その後も、仕事を教えてくれないどころか、学歴をネタに馬鹿にされた。しかし、俺はこの程度でへこたれない。斎藤さんが教えてくれないなら、他の人に聞けばいい。こっそり斎藤さんの仕事を盗み見て覚えることもした。コツコツと努力を重ね、五年後には営業部の成績トップとなった。それでも斎藤さんは俺を認めず、「中卒のくせに」と嫌味を言い続けた。やがて、斎藤さんは部長に昇進し、俺は営業課長になった。斎藤さんは部長になっても俺を目の敵にした。俺の成績を認めず、上司に報告もせず、異動の話も潰した。それでも俺は黙々と働き続け、会社のために尽くしてきた。三沢社長が亡くなったのは、俺が四十二歳の時だった。三沢さんの息子で、東京から戻ってきた若い男が新社長に就任した。三沢さんの息子は、昔から俺を「父に取り入って会社を乗っ取ろうとしている」と疑っていた。新社長は就任早々、俺にこう言った。「村田さん、うちの会社にはあなたのような中卒の人間は必要ない。辞めてください。」俺は驚いて聞き返した。「私がこの会社のためにやってきたことは、社長もご存じのはずでは?」すると新社長は冷笑して言った。「お父さんはあなたに騙されていただけです。あなたの成績だって、全部教えてもらっただけでしょう。無能の中卒は、さっさと辞めたほうがいい。」俺は悔しさで拳を握りしめた。しかし、逆らうことはできなかった。これまで会社のために必死で働いてきたのに、その報いがこれか。……だが、俺には考えがあった。俺はこれまで、取引先の大手企業の社長や幹部と深い付き合いがあった。その信頼は、決して学歴で判断されるものではない。俺はまず、その大手企業の人事部に連絡を取った。すると、向こうから「ぜひうちで働いてほしい」と即答された。続けて俺は、新社長宛てに一通の書類を送った。それは、これまで俺が会社のために積み上げてきた成果の記録、そして新社長の不正の証拠だった。新社長は、就任早々から会社の金を私的に流用していたのだ。俺は外部の監査機関にも通報した。数週間後、新社長は解任され、逮捕された。会社は新たな社長を迎え、俺は取引先の大手企業に転職した。今度は、俺が部下を持つ立場だ。「学歴なんて関係ない。大切なのは、どんなに辛くても努力を続けることだ。」俺は、かつて斎藤さんに言われた言葉を、今度は自分が部下に伝える。俺は村田。五十一歳。ようやく、俺の人生が報われた気がした。斎藤さんや新社長は、きっと地獄で俺への愚かな行いを後悔していることだろう。



