「お前は10億の収益チャンスを潰したんだ。責任を取ってやめろ」 上司にそう言い放たれたのは、彼が投げ出した仕事を押し付けられ、必死に頑張ったのに完成できなかったから。学歴を理由にプロジェクトから外され、雑用ばかりさせられていた俺は、最後のチャンスとして渡された企画書の締め切りが半月後だと知った。それでもやるしかなかった。しかし、締め切り当日、俺は会社を追い出された。…

「お前は10億の収益チャンスを潰したんだ。責任を取ってやめろ」 上司にそう言い放たれたのは、彼が投げ出した仕事を押し付けられ、必死に頑張ったのに完成できなかったから。学歴を理由にプロジェクトから外され、雑用ばかりさせられていた俺は、最後のチャンスとして渡された企画書の締め切りが半月後だと知った。それでもやるしかなかった。しかし、締め切り当日、俺は会社を追い出された。...

「お前は10億の収益チャンスを潰したんだ。責任を取ってやめろ。荷物を持ってさっさと出ていけ」

上司が投げ出した仕事を押し付けられ、必死になったが、完成できなかった。そしてそのまま会社から追い出されることになった。

「なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ」

一度はそう嘆いたが、首にしてくれてありがとうございました。翌日、最高の皮肉と共に上司に別れを告げることになったのだった。

俺の名前は伊藤啓介。35歳、地方出身の会社員だ。どこにでもいそうな経歴を持つ俺は、大学卒業後に就職した。地元の中堅レベルの大学を出た俺だが、就活では思いがけず当たりくじを引いた。運試しのつもりで応募した都内企業に採用されたのだ。人生の中で東京で暮らして働いた経験を得られるだけでも、田舎出身の自分には価値があった。

もちろん入社するからには真面目に仕事に取り組もうと決めていた。しかし入社早々、都会出身の同期や同僚たちに圧倒される。周りにはテレビのニュースで聞いたことのある超名門大学や有名大学、市立の一貫校出身者がざらにいた。皆それなりの家の生まれで穏やかで優しい人ばかりだったが、実力は本物だった。物覚えも良く発想力もある。同期でも少しずつ差がついていく。

人には持ち味というものがある。俺が配属された部署の係長の佐田さんはこんなことを言う人だった。

「結果や成果は大事だ。だが中身が伴っているか、そこまでちゃんと考えるんだ」

佐田さんも育ちがいいらしく、超名門大学の出身。

「成長って面白いよな。短期間で一気に伸びるのを繰り返すのもいれば、じわじわと確実に伸びていくのもいるのだから」

佐田さんは人を見ている人だった。それぞれの長所や得意不得意を見極めて仕事を割り振る。学歴というものを全く気にしない人で、その人が何をできるかに重点を置いていた。当然ながら佐田さん自身もそつなく仕事をこなす。派手な実績はなくても同僚や上司を的確にサポートして成功に導く。社内でも知る人ぞ知る縁の下の力持ち。それが佐田さんだった。

「僕なんかが恐れ多いですが、佐田さんのような人を目指そうと思います」

いつしか俺は佐田さんに憧れ、それを面と向かって口にしていた。自分で道を切り開いていくにも方法は色々ある。佐田さんのスタイルは俺にそう気づかせてくれた。

「僕も確実に最適な形で周りをサポートできるようになりたいと思います。柱になれる人というのは他にたくさんいますから」

俺の決意を佐田さんは嬉しそうに聞いてくれた。そして俺を励ますと、自分を信じることだけは忘れるなとアドバイスした。

「そのうち何でもかんでもやってくれと人に何でも望む人とも出会うはずだ。でもそういう時こそ、自分が何を目指しているか確認することだ。そうすればぶれずにいられる」

ずるく生き残る。ずるくなければ飲み込まれると佐田さんは頷いた。会社員としての心構え。それを授けられた俺はそこからひたすら働いた。自分の目指す縁の下の力持ちになるため、俺は共に働く同僚を観察し、アイデアの特徴や働き方を掴んだ。どんなプロジェクトに入って誰と一緒になってもしっかりと業務が円滑に回るように、もっと言えば裏で自分が回せるように、欲張りかもしれないが大胆に目標を決めた。結果、俺は着実に結果を出し、周囲からの信頼を勝ち取った。地方の大学出身で入社当時に囁かれていた自分への陰口も、俺は仕事で跳ねのけたのだ。

社内では「最高のイ」と言われ、取引先からは見積もり書と契約書の作成者に指名される。交渉内容と過去の取引実績を把握している俺に任せれば何事も円滑に進むという、そんなお墨付きをもらった。このまま焦らずキャリアを重ねていきたい。そう思っていた矢先、佐田さんの退職を知らされた。

「一身上の家庭の事情というやつだ。でも暗い話じゃない。あくまで先々があっての退職だ」

多くの人が佐田さんを慕っていただけに、退職を惜しむ声は多かった。だが引き止めたところでどうにもならない。最後は握手をして盛大に佐田さんを送り出した。佐田さんの第二の人生での成功を誰もが心の底から願っていた。

「本日より係長を務めます。星野です。どうぞよろしく」

佐田さんの退職後まもなく、人事関連の部署から新係長が移動となった。星野さんは普通という感じの、場に馴染む雰囲気を漂わせる人に思えた。

「社長がヘッドハントしてうちに入れたって話なんだよな」

「ああ、それ実際は違うらしい。星野さんが社長に頼んで入れてもらったってことみたいだぞ」

「え、なんだそれ?」

「あの人社長のおいっこなんだってよ。じゃあこか。こはこでも自分から働きかけた一方的なこ」

コネ入社の星野さん。新係長星野さんの最初の評判はそれだけだった。仕事の能力に関しては謎と言っても過言ではない。そこそこやる。言われたことはこなす。いいのか悪いのか掴み所のない評価がされている。どちらにせよ同じ部署で仕事をした者が判断するしかない。それでも最初は誰もが好意的な目で星野さんを迎え入れた。

「じゃあ資料作成を中心に、それからあ、ついでに別のこともしておいてくれないか」

「それはそうだな。時間のある連中で適当に」

新係長になって1週間もしないうちに、星野さんは実力を発揮し出した。仕事は全て部下にお任せ、膨大な量の指示を飛ばして、その大半は無意味なもの。

「あのさ、去年の計画表見たいんだけど誰か持ってきて。それから次の企画のアイデアね、全員来週末までに出して」

スケジュールを無視して自分のしたいことだけをやろうとする。やたらに残業を要求し、それを働く上での美徳だと言った。

「次の日の分だろうが、明後日の分だろうが、やれるなら1日で片付けるべきなんだよ。がむしゃらに働けるならそうしないとな」

必要以上に働けと俺たちに要求し、業務を次々と命じる。だが星野さん自身はとにかく動かない。デスクに座ると退社までほとんど立ち上がらずに過ごすのだ。そしてなぜというようなとんでもないことも平然とやってのける。

「あれちょっと出かける」

「係長、どこに?」

「時間あるから買い物に行ってくる」

業務中に突然私用の買い物に出かけてしまう。同僚が必死に止めたが、何も聞かずに本当に出ていったと聞いた時には誰もが驚いた。

その他にも打ち合わせ日程を勘違いして取引先を激怒させたり、上司の承認を無視して書類を別部署に通そうとしたり、とんでもない行動を繰り返す。

「星野係長っていくらコネ採用でもあれはな」

「はあ。うちに来たのも前の会社でやらかして解雇されたからだって」

「それ本当か?」

「噂だけどな。でもあれを見せられるとなあ」

職務能力の低さ、とんでもない行動の数々。星野係長はいつしか当然のように無能と囁かれるようになった。同僚が聞いたという星野さんの過去についても信ぴょう性があった。星野さんの常識のなさは今に始まったことではないのだろう。ずっとそうして生きてきて居場所を失い、親戚の会社に頼み込んで入れてもらった。細かい筋書きが想像できてしまうほど星野さんの無能ぶりは凄まじかった。

「うちの社長はお人よしなんだな」

同僚がぼそっと呟き苦く笑ったが、俺もそう思わずにはいられなかった。

「伊藤の出た大学ってどこにあるんだ?」

ある日星野さんに突然訪ねられた。

「ああ、地元です。まあ、田舎ですよね」

「聞いたことないんだけどさ。実在するの?」

「します。してますよ、今でも」

「へえ、そうか。聞いたこともない大学だけど」

星野さんはやたらと俺の学歴に突っかかり、学校名を何度も口に出して頷いた。そして自分の出た大学の名前を出す。

「大学はやっぱり知名度なんだよな」

「ああ、そうかもしれませんね」

「そうかもじゃなくてそうなんだよ」

星野さんは自慢げに自分の出身校について説明してくれる。お得意の意味のない行動。そして時間の無駄遣い。俺は仕事しながら適当に星野さんの自慢を聞き流した。

しかし自慢の最後に星野さんはとんでもない決定を俺に告げた。

「伊藤さ、お前全部のプロジェクトから外れて」

「え、どうしてでしょうか?」

「地方の底辺バカ大学にうちの会社の仕事をさせるわけにはいかないから」

「はい。あの、何をおっしゃって?」

「ああ、ほら、俺も気づかなかったからさ。今調べて知ったんだけど、こんな学歴のやつには仕事させられないなと思って」

はははと星野さんは無邪気に笑い、俺の肩を叩いた。そして俺に仕事を探せと言った。

「適当に雑用でも探してさ、時間潰してよ。ま、俺も周りも代わりに忙しくなるけど」

俺を散々バカにして、星野さんは本当に俺を全てのプロジェクトから外した。疑問に思う人たちには俺が体調不良でプロジェクトから降りたと答えたそうだ。同僚は俺のために星野さんの命令撤回に走ってくれたが、成果はないまま俺は仕事を干されてしまった。

その日以来、俺は雑用と同僚たちの交通費計算をして過ごす日々を送ることになった。割り切って笑うしかないというか、不思議な状況。普通にしているのは星野さんぐらいで、相変わらずマイペース。

「伊藤、コンビニで衆議袋買ってきて。超急な用事」

星野さんは俺にそれを言いつけ、呑気に座る。

「お断りします。ご自分の用事でしたら昼休みにご自身で済ませては。それよりも業務はさせてもらえないんですか?」

瞬時に頼みを断り、業務への復帰を求めて抗議する。しかし星野さんはそれを鼻で笑い、持論を展開した。

「言ったよね。学歴的にバカと思われるような人間にこの会社の仕事なんてさせられないの。雑用させてもらえるだけでも泣いて感謝して欲しいね」

「お言葉ですが、学歴に関係なく私を評価してくださる方もいます。それにこれまでしっかりと仕事して結果は残してきたかと」

「俺はね、そういう甘やかしはしない主義だから。やっぱり血統みたいなものは大事だから」

「血統?あの話の焦点はそこではないんじゃないですか。あくまでも仕事をこなせるかどうか、実力があるかどうかではないんですか?」

「ああ、うるさいね」

普段に増してくらいに、星野さんは露骨にめんどくさそうな顔をする。

「あの、お願いします。私を業務に、プロジェクトに戻してはいただけませんか?」

「うるさいなあ。困るんだよな、そういうやる気」

星野さんはめんどくさそうに背中を伸ばすと、そうだと引き出しを開けた。

「これやらせてやるよ」

そう言って星野さんが出したファイルは、今後予定されている社外コンペに向けた企画作成。コンペで勝ち残り周囲になれば10億の収益が見込める事業の獲得権が得られる。

「明日あたり誰かにやらせようと思ってたんだけど、そんなに仕事だって言うならやってみろよ」

俺は指示書に目を通し、計画の概要やコンペの規定を確認する。ただ締め切りがな、半月後なんだよ。

星野さんの発言に俺の血の気がなくなる。半月後。

「あの」

「なんだよ」

通常であればもっと早くコンペについて話があってもおかしくない。星野さんが業務を引き継いだ段階からコンペがあることは決まっていたはずだ。日頃の星野さんの不真面目さから察するに、おそらくその存在を忘れていたのだろう。そして俺と揉めたはずみで指示書を発掘した。ありえない。星野さんであれば起きてもおかしくない事態に俺はつく。これから半月で企画書を作り上げるための資料とデータを集めなければならない。考えただけでも正気ではいられないスケジュールで動かなければ。

「やるやらない。嫌なら誰かに任せるから」

ことの重大さを分かっているのかどうか、星野さんはヘラヘラと俺の前に立った。

「ちなみにこれができなければ首だから。会社に損失をさせた人としてきっちり上に報告して処分してもらうよ」

どこまでも人を舐めて世間を舐めている星野さんに頭に来た。俺はこの先の自分のことなど考えず、単価を切った。

「やりますよ。どうにかします」

だが実際に作業を始めると、冷静を書いた返事をした自分を呪った。資料集めと整理だけでも膨大な時間がかかり、時間が足りない。残業と家での作業、休日返上でとにかく働いてみても、食事と睡眠を削らなければどうにもならない。疲れがたまり、思わず笑ってしまったが、体重まで落ちる。職場では同僚が声をかけてくれた。

「大丈夫か?」

そう言いながら同僚は協力ができないと謝る。星野さんが手を貸すな、そんなことすれば処分するって。

「いや、大丈夫。どうにかするよ」

必死に笑う俺に同僚は目を伏せた。そして俺が星野さんに丸投げされた企画書についての真相を教えてくれた。始まりは星野さんが自分で手柄にしようと受けたらしい。引き継ぎの段階で引き受けたはいいが、不真面目な星野さんは大変だと感じて投げ出した。そしてそのことは誰にも言わず、自分で勝手に溜め込んでいたようだ。

「やっぱりとんでもない人だな」

同僚から伝えられた真実に、俺はそれしか言えなかった。怒りに襲われても、企画書を完成させることが何よりも最優先。俺はひたすら時間と睨み合い、ひたすら資料とパソコンに向き合う。しかし、もう一歩のところで締め切り当日を迎えてしまった。

「間に合わなかったなあ。どこの誰だろうな、単価切ったのは。まあいいや。このことは極めて詳細に上に報告させてもらうから」

締め切りまでに企画書が間に合わず、俺は全てを失うことになった。周囲からの信頼と期待。これまで得た評価、そして本当に仕事も失った。大激怒した星野さんは会社上層部へ今回の企画書についてこと細かに報告をした。自分がしたことは隠して、そもそも俺が星野さんから企画書を奪うようにして仕事を引き受けた。怒っている割には落ち着いて嘘の筋書きを用意して、星野さんは俺を悪者に仕立て上げたのだ。

重大な職務違反として、俺は解雇を告げられた。退社したその日、荷物を整理する俺の背後で後輩たちがほっとしたように呟いていた。

「星野さんは使えない人だけど、学歴主義者だからな。よかった」

いいところに出ておいて、後味の悪さ。後輩を責めるわけではないが、そう思わせる世間の感覚にやるせなくなる。

ひっそりと荷物を抱えて会社を出た俺は、うさ晴らしのつもりで飲みに出た。駅前の居酒屋に入り、ぼーっと酒を飲みテレビを眺める。

「伊藤、伊藤じゃないか」

佐田さん。声に振り返ると、かつての上司であり目標であった佐田さんが立っていた。佐田さんが退社して以来の久々の再開だ。どうにか笑顔を見せてみたが、佐田さんはやつれた俺に目を細める。

「なんだか雰囲気が変わったなあ」

「ああ、ま、ちょっと会社に首切られちゃって」

「え、なんだよ。どうして?」

酔いの回った俺はヘラヘラとした自虐で近況を語った。佐田さんは俺の隣に腰を下ろすと、俺の話を聞いた。

「そもそもコンペの企画書は新係長が自分でやると引き受けたそうで、それなのに投げ出して、最後は俺に押し付けられて。運が良かった。そんなところでしょうね」

佐田さんの口から、星野さんから受けた仕打ち全て。盛大なミスと悪者扱いまで押し付けられ、星野さんの最高の筋書きの下で俺は解雇になった。

「俺も頭から食ってかかるべきじゃなかったんでしょうね」

俺が後悔を口にすると、佐田さんは首を横に振った。

「そんなことないぞ。なあ、企画書は持ってるのか?」

俺の鞄を見て佐田さんは身を乗り出す。そこには確かに企画書が入っていた。未完成の企画書。会社への提出はしていない、あくまでも俺の私物。俺は鞄にしまい込んでいた。俺は企画書を佐田さんに差し出した。

佐田さんは真剣にそれを読むと、譲り受けて問題ないかと俺に訪ねてきた。問いかけに首をかしげる俺に、佐田さんはある提案をした。

「どうだ?この企画書を完成させて、また才能を生かしてみないか?」

俺は佐田さんの提案に無言で頷き、それからどちらともなく握手を交わした。

佐田さんとの再会から1週間、俺は佐田さんのいる会社で忙しい再スタートを切っていた。居酒屋での佐田さんの提案は俺のヘッドハンティングだった。

「過去はどうでもいい。そんな濡れ衣を着せられて作られた過去ならなおさら」

そう言って佐田さんは会社に俺を迎え入れた。本当に急な転職で、未だに夢を見ているような気しかしない。しかし現実は現実で、俺の知らぬところで時間も進んでいた。ある日俺は社長室に呼び出された。いそいそ顔を出すと、そこには社長の佐田さんと全職場の社長、そして星野係長がすでに顔を揃えていた。

佐田さんが俺を勢いで会社に入れようと決められたのは、社長を務めているからだった。先代は佐田さんの父親で、体調を崩して退任し、佐田さんが後を継いだ。家庭の事情という佐田さんの退職の理由は、父から社長職を引き継ぐためだったのだ。社長室にいる佐田さんを見て、堂々とした様子に圧倒される。係長として俺と同じ場所にいた頃はもっと普通の雰囲気だった。

「彼が伊藤啓介君です。まあご存知でいらっしゃるでしょうが」

全職場の社長を前に自然に振る舞う姿に、これが本来の佐田さんなのだと知らされる気分。俺は社長同士のやり取りを何事かと眺めていた。星野さんを見れば、どこかそわそわと居心地が悪そうだった。

「伊藤さん、大変申し訳ありませんでした。星野の言い分だけを鵜呑みにして、我々はとんでもない間違いをしてしまった」

「あ、あの」

「佐田社長から全て伺いました。そしてこの星野からも改めて聞き取りを行いました」

佐田さんは俺が居酒屋でした告白を全職場の社長に伝えていた。それだけではなく、ダメ押しとして自分の奥さんも使っていた。佐田さんの奥さんという人は、なんと全職場の社長の娘さんだったのだ。

「恥ずかしい限りですが、娘からも叱責されました」

俺の解雇はしてはならない決断だったと気づき、社長はいても立ってもいられなくなった。佐田さんと相談し、俺に謝罪をして事情を説明する。そう決めたそうだ。

「あの、待ってください。私は彼がやりますと言ったから仕事を譲っただけ。本来は私が責任を持って仕上げるつもりでした。それなのに強引に」

佐田さんと社長が押し黙る中、星野さんが最後の反撃に打って出た。

「私から彼が仕事を横取りしていった。挙句に失敗をして」

だったらやはり最後まで彼に責任が。王情は悪くおめく星野さんを社長が叱る。

「君はまだそんなことを。そもそも最初に引き受けたのは君だ。君がやれると言って私から引き受けた。責任というのならば、君が全てを受け入れるべきだ」

社長に睨みつけられ、星野さんは目をそらした。そして社長は俺が完成させた企画書の仕上がりを賞賛する。謝罪交じりの賞賛をもらい複雑だったが、ようやく日の目を見たと思う自分がいた。

「どうしてあの企画は?」

星野さんがなぜ企画の内容が知れ渡っているのかと首をかしげた。そこに佐田さんが割って入る。

「企画のぺは弊社が契約を獲得することになりましてね。伊藤君の企画と調べの資料のおかげで、社がしていた企画に最高の付けができました」

全職場で俺が社内締め切りに間に合わせられなかった企画書は、佐田さんの会社で急ピッチで作り上げられた。コンペ自体には佐田さんの会社も参加し、すでに提出済みだったのだが、それを補強する形で俺の企画書を追加し、コンペの本戦で最高の評価を得た。

「助かりましたよ。あの事業で弊社は想定以上の利益を得ている。伊藤君様々だ」

コンペを勝ち抜き、事業でも最高の結果を出す。星野さんのとんでもなさ、出たらめさから始まった騒ぎは、とんでもない結末を迎えようとしていた。

「星野さん、伊藤君を首にしてくれてありがとうございました」

佐田さんから星野さんへの最高の皮肉。あなたの行動のおかげでうちは最高の才能を手に入れました。佐田さんの笑顔に、星野さんは無表情で固まり身を縮めた。それから星野さんは最後まで弁明せず座り続けていた。

その後、佐田さんから星野さんの解雇を知らされた。社長室での面会から半月ほどのことだ。これまでの職務怠慢への一連の行為、差別的発言という問題行動の全部をとがめられ、星野さんは会社から追い出された。その流れで星野さんは一族からも追い出されたそうだ。

「深夜のコンビニ勤務。他には倉庫でも働いているそうだよ」

お金持ちの親族に頼れなくなり、星野さんは人目を避けながら細ぼそと生きるらしい。元の星野さんの人間性から、助ける人はいないようだ。

俺は佐田さんの会社で働き続けている。多様性を大事にする会社には、様々な背景を持つ人々がいた。互いを認め合い、仕事で切磋琢磨できる人たち。そんな環境で俺はこれからも自らの責任を全うしていくつもりだ。

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