「おい、お前。見たことないじいさんだな。誰だ?」
初対面の男性にいきなり乱暴な口調で話しかけられた。俺は驚いて肩を震わせた。首から下げられた社員証には「和歌山」と書いてある。どうやらこの会社の社員らしい。
「ああ、失礼しました。私は日本支部の社員じゃないので、お会いするのは初めてだと思います。今日は仕事で来たんです」
事実をそのまま伝えたつもりだった。だが和歌山は俺の話を聞こうとしなかった。
「うちの社員じゃないじいさんがなんでこんなところに。ああ、あんた下受け会社の社員だな」
俺は下受け企業の社員ではない。だが和歌山は勝手にそう思い込み、鼻で笑った。
「底辺の下受けじいさんがうろついていいところじゃないんだよ」
何度も下受けの人間を馬鹿にする和歌山の言動に、さすがに我慢がならなかった。
「下受けだからと言って人を馬鹿にしていいわけではありません。その言動は問題かと」
「何言ってるんだ?下受けは下受け。本社の人間が偉いに決まってるだろう」
和歌山は俺の反論を笑い飛ばし、野良犬を追い払うように手を振った。
「今日は俺が取り切る大事な役員会議があるんだ。下受けのじいさんにうろつかれては困る。さっさと帰れ。おい、お前。このじいさんをつまみ出せ」
近くにいた社員に命じられ、俺は力ずくで会社の外に放り出された。
まさか仕事で来たのに、こんな形で追い出されるとは思わなかった。
俺の名前は佐田裕二。流通グループをまとめるアメリカ本社の社長だ。日本支部に来たのは、役員会議で就任挨拶をするためだった。だが和歌山に下受けと勘違いされ、話を聞いてもらえず追い出された。
俺はその場で拉致が開かないと判断し、すぐにアメリカへ帰国した。
翌日、日本支部の社長から電話がかかってきた。
「佐田さん、やっと繋がった。今どこにいるんですか?どうして役員会議に出席してくれなかったんですか?」
「アメリカの空港にいます。和歌山という社員に追い返されましてね。下受けのじいさんは帰れと言われました」
「和歌山がそんなことを…本当に申し訳ありませんでした」
社長は慌てて謝罪した。そして驚くべき事実を話し始めた。
「和歌山は日本支部本社の中でも有能な人物なんです。上の者にはうまく立ち回り、優秀な社員というイメージを植え付けています。現在は部長職を任されています」
「しかし、その和歌山が発表した戦略は、部下たちに作らせたものだという疑いがあるんです。他にも同僚や部下の手柄を奪っていたという話も聞いていますが、確証がなくて」
「そこまで分かっているなら、徹底的に調査しなさい。費用はこちらが持つ」
俺は社長に調査を命じ、結果を待つことにした。
翌月、俺は再び日本支部本社を訪れた。今日開かれる役員会議に参加するためだ。会議室で待っていると、和歌山が浮かれた表情で入ってきた。役員昇格が決まるとでも思っているのだろう。
俺の姿を見て、和歌山はぎょっとした。
「な、なんであの時のじいさんがここにいるんだよ」
「下のじいさんがいて驚きましたか?残念でしたね。私は元から下受けの社員ではないんですよ。私はアメリカ本社の社長をしている佐田裕二です」
「アメリカ本社の社長だって…」
「今日の会議では君の処分について話し合われることになる。覚悟しておくように」
「私の処分?ですが、私の戦略は承認されたはずです」
「あの出来のいい戦略案は、すでに君が作ったものではないことが明らかになっている。君についてはね、いろいろと報告を受けているんだよ」
調査の結果、和歌山は気に入らない社員を仕事を奪ったりミスを押し付けたりして退職に追い込んでいたことが分かった。部下に自分の仕事を押し付け、経費をキャバクラなどの遊興費に使っていたことも判明した。
「す、すいませんでした。もうしませんので、今回は水に流していただけませんでしょうか?」
和歌山は土下座して謝罪したが、俺は分厚い報告書を彼の前に投げた。
「これだけ悪事を働いておいて、水に流せとあなたは言えるんですか?」
報告書には和歌山の悪事が詳細に記されていた。和歌山は力なくその場に崩れ落ちた。
その後、役員会議が開かれ、和歌山の処遇が決められた。報告書によって明らかになった問題行動は非常に悪質で、満場一致で解雇が決定した。さらに俺は、和歌山の名前で採用された戦略案を、本来の作成者である社員たちの名前に戻すことを決めた。プロジェクトチームも立ち上げた。
山積みになっていた問題を片付けた俺は、これから日本を立つ。やらなければいけないことはまだまだたくさんある。多くの社員を抱える俺に、ゆっくりしている暇はない。少しでも会社に貢献し、自信を持って社長の座にいられるように努力していこう。



