「清掃員なんて、所詮は下働きですよね」――姉は、私の夫の前でそう言った。夫は、私が姉の代わりに押し付けられた見合いで出会った人。清掃の仕事をしていると聞いて、姉は写真すら裏返した。でも、その「底辺」の仕事をしている人が、実は全国に3200人を抱える会社の社長で、しかも私の実家が14年前に踏みにじった相手の息子だった。私は何も知らずに結婚した。そして今、姉が夫を奪おうとしている。この家に来て初…

「清掃員なんて、所詮は下働きですよね」――姉は、私の夫の前でそう言った。夫は、私が姉の代わりに押し付けられた見合いで出会った人。清掃の仕事をしていると聞いて、姉は写真すら裏返した。でも、その「底辺」の仕事をしている人が、実は全国に3200人を抱える会社の社長で、しかも私の実家が14年前に踏みにじった相手の息子だった。私は何も知らずに結婚した。そして今、姉が夫を奪おうとしている。この家に来て初...

「清掃員なんて、所詮は下働きですよね。」

姉の声が応接室の天井に跳ね返った。私の斜め向かいのソファーに座っているのが私の夫だ。この応接室のある会社の社長でもある。

姉が身を乗り出す。「課長なら、もっと華やかな奥さんの方が釣り合うと思いません?」

姉が足を組み直す。この春、夫の写真を1秒で裏返した顔のまま笑っている。夫は答えなかった。

その斜め後ろに、髪の白い男の人が立っていた。上下揃いの作業服だ。「座ってください」と言われても座らず、両手を前で組んで姉の口元をじっと見ている。

私は相馬まほ、31歳。3ヶ月前まではう木まほだった。姉がいらないと言った縁談を押し付けられて、この人と結婚した。

「清掃員に嫁いだ妹」。それが実家での私の呼ばれ方だ。

この半年に何があったのかを話す。ただ、この部屋で一番言ってはいけない一言を、姉はたった今、一番言ってはいけない人の前で言った。

姉はまだそれに気づいていない。

話は半年前の3月に戻る。

私はう木まほ、31歳。派遣で8年、一般事務をしている。派手なことは何もない。それで良かった。実家にいる時間が1分でも短くなるなら、それで良かった。

3月は契約の更新の季節だった。切れる度に、自分の名前が書かれた紙に判を押す。押すのは私で、決めるのは私ではない。

手取りは多くない。今の職場は3つ目で、その上、実家にいる間は半分を母に渡していた。「家に入れなさい」というのが母の言い方だ。姉は1円も入れていない。だから私には貯金がない。31まで実家にいた理由を1つだけあげるなら、それだ。

出ようと思うたびに、出るための金が私の手元に残らないようにできていた。

う木の家は4人だ。父の茂雪は63歳。う木正規という工場をやっている。金属を削って部品を作る仕事だ。6人で始めて、一番多い時は18人いた。今はまた6人に戻っている。

母の直子は60歳。事務は苦手だと言い張って、会社の書類は1枚も触らない。

姉のレナは34歳。私より3つ上になる。表参道のサロンは2年でやめて、それっきり働いていない。財布は母の財布と一つにつながっているようなものだ。

私の31年は、姉がいらないと言ったものでできている。

小学生の頃、私の学習机は姉の部屋から出てきたものだった。机の右上に姉のシールがべったり張ってあって、爪でこすっても取れなかった。

「新しいのを買ってあげようか」母がそう言ったのは1度だけだ。私が頷く前に母は続けた。「でもレナの机、まだ使えるもんね」

姉は1度だけ面白がって理由を教えてくれた。「あんたって、うちのリサイクルボックスだよね」笑いながら言っていた。悪気があったとは思わない。悪気がないから、余計に応えた。

2つ目は父の会社のことだ。高校1年の春から、私は土曜になるとう木正規の事務所に立たされた。電話を取り、来客にお茶を出し、届いた書類を受け取る。給料が出たことは1度もない。

「家の会社だろ。手伝って当たり前だ」父はそう言った。姉は1度も来なかった。「レナはああいうの向いてないから」母の言い方は、姉をかばうというより、私を残り物として扱う口ぶりだった。

私にはその頃からの癖がある。受け取った書類の右上に、日付と天気を鉛筆で書き込んでから閉じる。「5月9日、晴れ」そんな具合だ。誰かに教わったわけではない。うちの会社では、書類が来ていないことにされたからだ。

仕入れ先が催促の電話をかけてくると、父は決まってこう言った。「そんなもん、うちには届いとらん」本当は来ていた。私が受け取って父の机に置いた。だから私は日付を書くようになった。書いておけば、いつ来たかだけは動かせない。

高校2年の秋からは、母が会社の帳簿を私に押し付けた。入金と支払いを書き写すだけの帳簿だ。それから家を出るまで、ずっと私がつけていた。母は1度も開かない。

工場の人たちは私を「お嬢さん」と呼んで通り過ぎた。金属を回して削る旋盤という機械を動かしている俊夫さんだけは違った。お茶を出すと、必ず手を止めて、機械の音に負けない声で「ありがとう」という。それだけのことを、私は今でも覚えている。

帳簿をつけていると、会社の呼吸は嫌でもわかる。ここ何年か、支払いの欄に「繰り越し」と書く月が増えていた。材料屋への振り込みが翌月に送られ、その翌月にも送られる。父は何も言わない。私も聞かない。聞ける空気ではなかった。

3つ目は親戚の集まりだ。父方のおばの釘子さんが来ると、母は必ず姉から紹介する。「これがうちのレナ。ほら、この間まで表参道のサロンにいたのよ」姉が首を傾けて笑う。おばが手を叩いて褒める。ひとしきり終わった頃、母が思い出したように付け加える。「ああ、それと、まほね」それだけだ。私は毎回、その「ああ、それと」の位置に立っていた。

3月の終わりの土曜だった。近所の小柳さんが風呂敷包みを抱えて家に上がってきた。72歳。町内の縁談は大体この人が持ってくる。

「レナちゃんにね、いいお話が来てるのよ」

畳の上に写真と釣書が並べられた。釣書というのは、見合いの時にやり取りする、生まれた年から仕事から家族までを書いた書類のことだ。母がまず手に取って姉に渡す。

写真の男の人は背筋を伸ばして正面を向いていた。30代の後半に見えた。笑ってはいないが、目つきは柔らかい。

「真面目な方でね、朝の早いお仕事なの。あちらのお父様の代からずっと同じ仕事をなさってね」

釣書の職業の欄には「清掃業」とだけ書いてあった。会社の名前も、人を使っているとも書いていない。それはあの人自身が決めたことだった。

小柳さんが釣書を開いた。「こちらのお父様は10年前に亡くなられて、今はご自分でやっていらっしゃるのよ」

姉は写真を1秒だけ見た。裏返して、釣書の職業の欄に指を置いた。「え、無理。清掃員とか、底辺すぎる」

小柳さんの手が止まった。「レナちゃん、この方はね、掃除でしょ。人の落としたゴミを拾う仕事でしょ」

姉は釣書を畳の上に押し戻した。指先だけで、遠くへ滑らせるように。

「レナにはもっといい相手がいるわよね」母が引き取った。当たり前のことを確かめるみたいな声だった。「うちの子にはうちの子の格があるのよ」と続きそうな声だった。母が「うちの子」という時、それはいつも姉1人を指している。

父はその間、新聞から顔をあげなかった。ただ1度だけ、新聞の向こうから小柳さんに聞いた。「その男、うちの取引先の紹介じゃないんだな」「ええ、全く別の口ですよ」「そうか」父はそれっきり黙った。取引先の紹介でないなら、断っても損はしない。父の顔はそう言ってた。

相馬という苗字にも、父は何の反応もしなかった。この人は業者を名前で覚えない。材料や運送や掃除、口に出す時はそれで済ませる。帳簿の写しの欄を書いていたのは私で、父はその帳簿を読まない。金額の合計しか見ない。

それなのに父は、断るとも言わなかった。写真は畳の上でまだ正面を向いていた。誰も裏返さないので、その人はずっとこちらを見ていた。

私は手を伸ばして写真を拾った。

「なあ、まほ、興味あるの?」母がこちらを見た。私は答えなかった。私が写真を伏せて卓の隅に揃えただけだったのに、母はそれを見逃さなかった。母の目が私の顔の上でしばらく止まっていた。

その夜、風呂から上がると茶の間から声がした。

「小柳さんの顔を潰すわけにはいかん」父だった。「でもレナは嫌だって言ってるのよ」「まほがいるだろう」

茶の間の手前で足が止まった。廊下は暗くて、私がそこにいることを2人は知らない。知っていても同じことを言っただろう。

「まほね」母の声が1段下がった。品定めをする時の声だ。「まあ、あの子なら断らないでしょう」

翌朝、食卓で父が新聞を畳んだ。「まほ、お前が代わりに行け」

私は味噌汁の椀を持ったまま父を見た。「小柳さんの話だ。レナはいかん。お前が行け」

「私、そんな話は…」「家のためと思いなさい」母が横から入ってきた。ご飯をよそう手は止めない。「小柳さんに恥をかかせたら、この町でうちがどう言われるかわかる?お父さんの会社にも響くのよ」

姉が2階から降りてきた。寝巻きのままで、髪を1つに束ねながら私の顔を見て笑った。「まほが行くの?いいじゃん。底辺同士、お似合いじゃない?」

「レナ」母が姉をたしなめる声にも、笑いが混じっていた。

私は断った。断ったつもりだった。「行きません。私が言っても、相手の方に失礼です」

「失礼?」父が箸を置いた。音が高かった。「失礼なのはどっちだ?うちの娘が1度断ったのを、また断るのか?」「断ったのはお姉ちゃんです」「う木の家が断ったんだ。同じことだろう」「なら、お姉ちゃんが…」「レナにはレナの縁がある」母がぴしゃりと切った。それから、わざと優しい顔を作った。「まほ、あんたはレナと違って、選べる立場じゃないの」

茶碗の底に米粒が2つ残っていた。私はそれを見ていた。

「31でしょ。派遣でしょ。この先ずっとこの家にいるつもりなの?」「そんなことは…」「じゃあ聞くけど、あんたに何があるの?資格も貯金も、付き合っている人もいないじゃない。レナにはまだこれからがあるの。あんたと一緒にしないで」

「この家の飯を食ってきたんだろう」父がとどめのように言った。

食べてきた。31年分食べてきた。その間、土曜の朝はずっと父の会社の電話を取っていた。給料はもらっていない。母が投げ出した帳簿も、高校の頃からずっとつけている。その計算を口にする言葉を、私は持っていなかった。持っていたとしても、この食卓では数に入らない。数に入るのは、姉のこれからだけだ。

その日の夕方、2階へ上がって姉の部屋の戸を叩いた。「お姉ちゃん、あの話、本当に断ったの?」

姉は鏡の前で爪をやすっていた。振り返りもしない。「断ったよ。写真見た瞬間に無理だと思ったもん」「相手の人、まだ会ってもいないよ」「じゃあ、断りなよ」

姉が初めてこちらを向いた。笑っていた。「断れないでしょ。あんた、この家で1回でも何か断ったことあった?」

私は戸を閉めた。閉めながら、姉の言ったことが1つも間違っていないことに気づいていた。

その翌日の昼過ぎ、小柳さんから電話が来た。母が取って、すぐ私に変わった。

「まほちゃん、乗り気だって聞いて安心したのよ」

机を持つ手が止まった。「あの、いつからそういう話に…」「あら、お父さんがあの土曜のうちに、妹さんが乗り気だからぜひって」

あの土曜のうちに。姉が写真を畳に滑らせた、その日のうちに。私が断る前、どころか私に言う前に、話は先へ動いていた。

「先方にもね、もうお伝えしてあるの」小柳さんの声は明るかった。この人は何も知らない。私が何も知らされていないことも、知らない。

電話を切った後、茶の間に釣書が置いてあった。う木の側の釣書だ。父が書いたものらしかった。父の職業の欄には「自営業」とだけ書いてあった。会社の名前も、何を作っているかも書いていない。

「会社の名前は書かないの?」「書かん」父は湯のみから顔をあげなかった。「今のうちを調べられたら、話が壊れる」そう言ってから、まずいことを言ったという顔で私を見た。「お前は長面だけつけてろ。余計なことは考えるな」

その週、職場で矢島さんに話した。派遣で私より2年長い先輩で、40歳になる。昼休みに給湯室で豆からコーヒーを入れるのが、この人の日課だ。

「見合いさせられるの、姉の代わりに」

矢島さんは湯を止めてこちらを向いた。「代わりって何?人を買われるもんじゃないでしょ」「うちはそういう家なんです」

矢島さんはカップを2つ並べた。「ねえ、まほちゃん、あなた、自分の名前で契約したことある?」「契約ですか?」「派遣の更新じゃなくて、自分で選んで、自分の名前を書いた紙」

考えた。学習机も、制服も、自転車も、振り袖も、私が選んだものではない。会社の帳簿は私の字だが、私の名前は入っていない。何も出てこなかった。「ないんです」

「じゃあ、1枚くらいあってもいいんじゃない?」矢島さんはそれ以上何も言わずに、自分のカップを持って給湯室を出ていった。

その夜、私は決めた。見合いを受ける。相手のためではない。私のためだ。

この家にいる限り、私は姉がいらないと言ったものを受け取り続ける。学習机と同じ場所に、いつまでも立たされる。40になっても50になっても、母は「ああ、それと、まほね」と言うだろう。父は土曜の朝に留守番を頼むだろう。姉はいらなくなったものを私の部屋の前に置くだろう。

それを止める方法を、私は1つしか思いつかなかった。この家から出ることだ。出るための扉が、たまたま今、姉の捨てた縁談の形をしていた。形は選べない。それでも扉であることに変わりはなかった。

写真の人には申し訳ないと思った。私は自分の都合でこの席に座ろうとしている。だからせめて、失礼のないようにしようと決めた。それが唯一、私がその人にできることだった。

翌日、姉が玄関で靴を履きながら言った。「ねえ、まほ。写真だけでも撮ってきてよ。作業着で来たら最高じゃない?後で見せて。笑えるから」

その間、姉は髪にピンを挿していた。何も言わなかった。私が受けると答えたのは、その晩だ。だが、見合いの日は、私が返事をする前から3日後に決まっていた。

4月の第1土曜だった。場所は駅前のホテルの1階にある喫茶室で、小柳さんが席を取ってくれていた。母は送っていくと言ったが、玄関で私の靴を見て気が変わったらしい。「その靴で行くの?まあ、いいわ。どうせ向こうも…」最後まで言わずに、母は台所へ戻った。

私は歩いて駅へ向かった。4月の風はまだ冷たくて、コートを持ってこなかったことを後悔した。約束の15分前に着いた。奥の席で小柳さんが手を振っている。「まほちゃん、こっち。まだお見えじゃないの?」

腰を下ろした瞬間、入口の自動扉が開いた。背の高い人だった。紺のスーツで、髪はきちんと分けてある。写真より痩せて見えた。

入ってすぐ、その人は入口のマットの端を靴の先で直した。めくれ上がっていた角を、かがまずに通りすがりに戻しただけだ。誰も見ていないと思ったのだろう。私は見ていた。

「相馬です。お待たせしました」声は低く、思ったより静かだった。相馬という苗字が耳の奥でわずかに引っかかった。どこかで見た並びだ。すぐには出てこない。うちの帳簿には業者の名前が何十と並んでいた。そのどれかだろうと思って、私はそれ以上考えなかった。

私は身構えていた。姉に押し付けられた相手だから、もっと荒っぽい人が来ると思っていた。何を言われても顔に出さないつもりで来ていた。その準備が、最初の1分で行場をなくした。

相馬ゆとさん、38歳。名刺は出さなかった。差し出す気配もなかった。初めのうちは小柳さんが喋った。私の勤め先のこと。相馬さんの実家のこと。この町の桜がその年は遅いこと。相馬さんは話の中心を外さない。話が私に向くと、こちらが答え終わるまで次の言葉を用意している顔をしなかった。

コーヒーが来た。相馬さんはカップを持つ前に、ソーサーの位置をわずかに直した。その手が目に入った。爪が短い。指の関節が太くて、右の親指の付け根に古いあかぎれの跡があった。手入れをしていない手ではない。仕事をしている手だ。

「お仕事はどういう?」私が聞くと、相馬さんは顔をあげた。「清掃の仕事をしています」

一瞬、言葉が遅れた。姉の声が耳の奥で鳴った。「清掃員とか、底辺すぎる」この声を追い出すのに、多分2秒かかった。私が黙った分だけ、相馬さんの目がわずかに引いた。見慣れた表情なのだろう。断られる前に、自分から半歩下がる目だった。

思い出したことがある。前の年の秋、月末の締めで残業した日だ。8時を回ったフロアで掃除機の音がした。振り返ると、私と同じくらいの背丈の女の人が机の足の間にノズルを入れていた。私が「お疲れ様です」と言うと、その人は驚いた顔をした。

翌朝、フロアはいつも通り綺麗だった。私が座る椅子の下も、給湯室の排水溝も。毎日通っていて、それを誰がやっているのか、私はその夜まで考えたことがなかった。

「建物を綺麗に保つ仕事って、すごく大事ですよね」気を遣ったつもりはなかった。声に出してから、当たり前のことを言ったなと思った。「私、朝一番に会社に入るんですけど、毎朝綺麗なんです。それって、誰かが前の日の夜にやってくださってるってことで…」言いながら、自分が何を言っているのか分からなくなった。「すみません。変なこと言って」

「いえ」相馬さんはカップを置いた。「そう言っていただいたのは、初めてです」

その時、この人の目つきが変わった。何かが戻ってきたという言い方が一番近い。

小柳さんが「お手洗いに」と言って席を立った。わざとらしいくらいの間の取り方だった。2人になると、相馬さんは正面から言った。「う木さん、この話は、初めはお姉さんに言ったものですよね」

心臓が鳴った。「小柳さんから聞いています。お姉さんがお断りになったことも」「はい。僕の仕事を理由に断られたということも」

隠しても仕方がなかった。「すみません。姉は写真だけ見て決めました。私はその代わりに来ました」

言ってしまってから、これで終わりだと思った。けれど相馬さんは怒らなかった。むしろ、そこで初めて肩の力を抜いたように見えた。「教えていただいて、ありがとうございます」

「怒らないんですか?」「怒る相手が違いますから」

それから相馬さんは窓の外を見た。「1つだけ、僕の話をしていいですか?断られたと聞いて。それでも今日ここに来たのには、理由があります」「理由?」「今日は言いません。順番があるので」「順番?」

おかしな言い方だと思った。「ただ、あなたが代わりに来た人だということは、僕にとっては何の問題でもありません」「どうしてですか?」「代わりに来られる人は、誰かの都合を引き受けたことのある人だからです」

喉の奥が詰まった。何と返せばいいのか分からなくて、私はコーヒーを飲んだ。もう覚めていた。

「う木さんは、休みの日は何をされているんですか?」「父の会社の帳簿をつけています。お勤めの他には」「はい」「給料は出ていません」

相馬さんは何も言わなかった。ただ、テーブルの上で組んでいた手をほどいて、膝に置いた。

小柳さんが戻ってきて、話はそこで途切れた。店を出る時、小柳さんが私の耳元で言った。「あの方ね、こっちが値段の話をしようとすると、話を変えるのよ。何度もね」

帰宅すると、母が玄関まで出てきた。「そうだった。で、いくら持ってるの、あの人?」それが第一声だった。「聞いてません」「聞いてこないの?何のために行ったのよ」

台所から姉の声がした。「作業着だった?写真は?」

私は靴を脱いで、自分の部屋に上がった。鞄の底で携帯が鳴った。小柳さん経由の伝言だった。「相馬さんが、もう一度お会いできますかと言っている」

その翌日の朝、食卓で姉が身を乗り出してきた。「で、どうだった?やっぱり貧乏そうだった?」母も箸を止めた。2人とも同じ顔をしている。面白い話が始まるのを待つ顔だ。

「普通の、優しい方だったよ」

「は?」姉の眉が上がった。「清掃員をかばうの?」「かばうとかじゃなくて、あんた、あの写真もう1回見た?あれで優しいとか言われても」「相手の方に会ったのは私だよ」

言い返したのは、多分生まれて初めてだった。茶の間が一瞬だけ静かになった。

姉は鼻から息を出して味噌汁に戻った。「うん。まあ、まほにはちょうどいいのかもね」母がそう言って、話は終わった。

2度目に会ったのは、連休の前だった。今度は喫茶店だった。小柳さんはいない。2人だけで1時間半ほど話した。

相馬さんは自分の会社のことを1度も言わなかった。代わりに、朝の現場の話をした。「僕が入る現場は、朝の4時からです」「4時?」「その現場で働く人が来る前に終わらせないといけないので。床のワックスを剥がす日は、建物が休みの日です。朝から晩までそこにいます。剥がすというのは、古いワックスを薬で溶かして落とします。機械にパッドを噛ませて擦って、汚れた水を吸い取って、中和して、乾かしてから、ワックスを2度塗ります。匂いが強くて、あれは慣れません」

その話をしている時の相馬さんは、それまでで一番喋った。「匂いで、その建物のことが分かるんです」「匂いですか?」「ちゃんと手が入っている建物は、水回りの匂いがしません。入っていない建物は、まず1階のトイレの前で分かります。そこから廊下、階段の踊り場、非常口の裏。順番に悪くなっていく」

「きついお仕事ですね」私がそう言うと、相馬さんが笑った。目尻に細い線が入る笑い方だった。初めて見る顔だった。「きついです。でも、誰かがやらないと、次の日にみんなが困る」

その一言が、なぜか耳に残った。

別れ際、相馬さんは店の前で立ち止まった。「う木さん、近いうちに、きちんとお話をさせてください」「はい」「今言ってしまうと、返事を急がせることになるので」

そういう気の使い方をする人だった。

連休が開けた最初の週に、小柳さんが家へ来た。正式な申し込みだった。茶の間で母が釣書を眺めながら、口の端だけで笑っていた。「随分早いのね。よっぽど後がないのかしら」

「奥さん」小柳さんの声が硬くなったが、母は気づかない。

私はその場で「受けます」と言った。言ってから、自分の声が思ったより低かったことに気づいた。

決めた理由は2つある。1つは、この家を出られること。もう1つは、あの人が私を姉の代わりとしてではなく、目の前にいる1人として見たことだ。

私は31年間、誰かの代わりだった。姉のいらないものを受け取る場所だった。その私に向かって「代わりに来た人だということは問題でない」と言った人は、初めてだった。

その週の日曜日、おばの釘子さんが来た。父の姉だ。68歳になる。悪い人ではない。ただ、思ったことを口に出すまでの間が短い。

「まほちゃん、おめでとう。決まったんだってね」「ありがとうございます」「よかったね。あの写真の人でしょ?この間、レナちゃんが見せてくれたわよ」

台所で麦茶を注いでいた手が止まった。「見せてくれた?」「そう。王子の帰りにみんなでお茶飲んだ時にね、レナちゃんが鞄から出しては回してって」

おばは湯のみを両手で包んで、思い出し笑いをした。「作業着の人と結婚する妹がいるって、写真がね、順番に回っていくのよ。おじさんたちが『これは何の仕事だ』って聞いて、レナちゃんが『掃除だ』って答えて」

「そうですか」「母はその場にいたわよ。直子さんもね、笑ってたわ。『まほにはお似合いだ』って」

麦茶が氷の上でこぼれた。

「でもね、まほちゃん、私は反対じゃないのよ。うちの人が入院した時、病院の掃除の方がね、毎朝一番に来てうちの人に声をかけてくれたの。先生よりよっぽど話したわ」

その一言だけが救いだった。私はその場では何も言わなかった。おばを玄関まで送って戻り、台所を拭いた。

写真は、私が拾って卓の隅に揃えたものだ。その写真を、姉は鞄に入れて持ち歩いていた。親戚中を順番に渡って笑われて、また鞄に戻った。相馬さんは何も知らない。

まま、あの人はこの家に釣書を出した。その間に、私は何をしていたのか。姉に何も言えず、母に何も言えず、ただ写真を伏せて卓の隅に揃えただけだ。

台所の布巾を絞る手が止まらなかった。腹が立っていたのは、姉にでも母にでもなく、卓の隅に写真を揃えただけで済ませた自分にだった。

その日の夕方、姉が帰ってきた。私は玄関で待った。「お姉ちゃん、写真、親戚に回したよね」

姉は靴を脱ぎながら、こちらを見もしない。「回したよ。だって面白いじゃん」「面白い?」「うちの妹が清掃員と結婚しますって、話題になるでしょ。おばさんたち喜んでたよ」「相手の方の写真だよ。あの人は何も知らないんだよ」「知らないなら、いいじゃん」

姉が靴を揃えもせずに上がった。すれ違い様、思い出したように振り返る。「あ、返してって言われても無理だからね。もうみんなに見せたし、どこ行ったかわかんない」

台所から母が出てきた。「なあに、騒がしい」「お母さん、写真のこと知ってたんだよね」母は一瞬だけ止まって、それからエプロンで手を拭いた。「あんた、そんなことでいちいち怒るの?レナは場を盛り上げただけでしょ?」「私は怒ってません。事実を聞いただけです」「怖い言い方するのね」母は台所へ戻った。その背中に、私はもう一言も言えなかった。

その夜、部屋に戻ると床が広くなっていた。本棚の下2段が空だった。押し入れの手前に置いていた段ボールもない。

台所へ降りた。「お母さん、私の部屋のもの、どこ?」「あ、片付けたわよ。どうせ出ていくんでしょ」母は洗い物の手を止めない。「あの書類のファイルは?あんな古いのをいつまで置いとくの?高校の頃のでしょ。紐で縛って、明日の資源ゴミに出すつもりだったけど」

勝手口の外に、青いビニール紐で縛られた束が積んであった。濡れてもいない。私は外へ出て、束を抱えて部屋に戻った。

紐を解く手が震えた。高校の教科書、通信簿、部活の記録。その間に、父の会社で受け取って閉じたファイルが何冊か混ざっていた。表紙に自分の字で会社名が書いてある。右上に日付と天気を書き込んだ紙が、まだ順番通りに閉じてあった。

1冊ずつ背を確かめて、床に並べた。並べ終えた時、時計は1時を回っていた。

会社の書類は、本来会社に置くものだ。ただ、うちの会社では書類が来ていないことにされた。私が受け取った紙が、私の知らないうちに消えたことが何度もある。だから高校の頃、自分が受け取った控えだけは、自分の引き出しに入れるようになった。父はそれを1度もとめなかった。とめるほど、私の引き出しに関心がなかったのだと思う。

その引き出しの中身が、そのまま年を取ってここにある。床に並べた背を見ながら、私は初めて、この家に自分のものが1つもないわけではないと思った。誰も欲しがらなかったから残っただけのものだが、それでも私のものだ。

翌日、相馬さんに電話をかけた。要件を話す前に「どうしました」と聞かれた。「荷物を先に置かせてもらうことはできますか?」「できます」理由は聞かれなかった。代わりに相馬さんはこう聞いた。「いつ届きますか?」「明日の夜には着くと思います」「わかりました。その時間は家にいます」

それだけだった。

段ボールを1つ買ってきて、私は自分のものを詰めた。入ったのは衣類が半分と、本が少しと、ファイルの束。31年分の荷物は、箱1つに収まった。それが悲しいことなのかどうか、その時は分からなかった。

箱に入れなかったものが1つだけある。会社の年ごとの売上だけを書き移した手帳で、それは鞄に入れて自分で持った。

伝票を書いた。届け先は相馬さんの住所。依頼主の欄に、私は自分の名前を書いた。う木まほ。自分の荷物を自分の名前で送ったのは、生まれて初めてだった。

式はあげなかった。やらないと決めたのは母だ。「派手にやられると恥ずかしいから」相馬さんは「う木さんのご希望に合わせます」と言い、私は入籍だけでと伝えた。自分の希望として伝えた。あの人に嘘をついたのは、それが初めてだった。

姉は最後まで機嫌が良かった。「底辺男を押し付けられて喜ぶとか、笑える。レナ」母はたしなめるそぶりだけして続けた。「まあ、まほにはちょうどいいわね。無理に背伸びしなくて済むもの」

要求が出てきたのは、日が決まってからだ。最初は母だった。「あんた、結婚したら毎月いくらか入れなさいよ。入れるというのは実家によ。3万でいいわ。今まで半分入れてたんだから、3万なんて安いもんでしょ」出て行っても払えということだった。「相手の方に相談してみます」「相談?あんたの気持ちで決めることでしょう」

母の理屈はいつもこうだ。金を出す時は私の気持ちの問題で、決める時は家の問題になる。

次は姉だった。「選挙区って、何部屋あるの?」「まだ見てない」「部屋余ってたら、1つちょうだいよ。泊まるよ。泊まるって。私が遊びに行く時の部屋。そのくらいあるでしょ。いくら底辺でも、家くらい借りてるんだろうし」姉は自分の言ったことを面白がって笑った。

最後が父だった。入籍の3日前の夜、父が私を工場の事務所に呼んだ。土曜の夜で、機械はもう止まっていた。蛍光灯が1本切れかけて、机の上で点滅していた。

「まほ、向こうの家に、うちの会社を助けてもらえないか聞いてみろ」

「助けるって、金の話だ」父は帳簿を指で叩いた。私がつけている帳簿だ。「繰り越し」と書いた月がそこに並んでいる。「お前も見てるだろう。今月も材料屋に待ってくれと言った。2件はもう現金でしか…」「相手の方は、そんな大きな会社じゃないと思う」「掃除屋でも現金は持ってる。ああいうところは日銭が入るからな」

父が何を知っていて、何を知らないのか、その時の私には分からなかった。今なら分かる。父は何も知らなかった。ただ、頭を下げる相手を1人増やしたかっただけだ。

「言えません」「なんだと」「まだ結婚もしてないのに、お金の話はできません」

父は机を叩いた。その音を、私は工場の事務所で何百回も聞いてきた。取引先に、材料屋に、そして人が帰った後の空気に向かって。

その翌日の日曜、相馬さんが挨拶に来た。電車できて、駅から歩いてきた。紺のスーツに、手土産は駅前の和菓子屋の箱だった。母は玄関で箱を受け取り、中も見ずに下駄箱の上へ置いた。

茶の間に通されると、父は座布団を進めなかった。相馬さんは畳に直に座って、両手を膝に置いた。「相馬ゆとです。まほさんと結婚させていただきます」

「はあ」父の返事はそれだけだった。姉は縁の影から顔だけ出して、すぐ引っ込んだ。2階へ上がる足音がした。待っていた笑い話が思ったほど面白くなかったという足音だった。

母がお茶を出した。私と父の湯のみは茶托に乗っていて、相馬さんの前には湯のみだけが置かれた。私はそれを見ていた。相馬さんも見たはずだ。何も言わずに、両手で持って一口飲んだ。

「お掃除のお仕事だと伺ってましたけど」母が聞いた。釣書は読んでいるはずだ。「建物の管理をしています」「あ、お掃除ね。はい。ご苦労なことね。夜も出るんでしょ?」「出ます」「うちの人は工場だから、そういう夜の仕事はね」

母がどこへ話を持っていきたいのか、私には分かった。相馬さんも分かっただろう。それでも否定も説明もしなかった。

父が1度だけ、思い出したように聞いた。「会社の名前は?」相馬さんが答えかけた時、母が茶托の皿を置いた。「あら、まほ。お茶が薄いわよ」話はそこで途切れて、父はもう聞かなかった。

少し経ってから、相馬さんの方が父に聞いた。「こちらの会社は、何とおっしゃるんですか?」「金属をやっとる」父はそれだけ言って、湯のみを口に運んだ。何を作っているかは答えたが、会社の名前は出てこなかった。

両家の顔合わせの食事会はしなかった。小柳さんが日取りを持ってきた時、父が「忙しい」の一言で流した。工場が立て込んでいるのだろうと、母が代わりに言った。

40分ほどで相馬さんは帰った。玄関を出る時、母は「じゃあ、うちのまほをよろしく」とだけ言った。「よろしく」の前に一呼吸あった。「うちの」とも「娘」とも言わなかった。

門の外まで送った。「すみません」私が謝ると、相馬さんは首を振った。「湯のみのことですか?気づいていました。あれは、まほさんが謝ることじゃないです」

6月の第2週の火曜日に入籍した。区役所の窓口で、係の人が「おめでとうございます」と言ってくれた。それがその日一番温かい言葉だった。

実家からは誰も来なかった。姉は美容院、母は町内の集まり、父は工場。それぞれの用があった。

相馬さんは区役所を出たところで足を止めた。「これからは、う木さんではなく、まほさんと呼びます」「はい」「僕のことは、呼びやすいように呼んでください」「ゆとさん」「はい」

それだけのやり取りで、私は自分の苗字が変わったことを初めて実感した。

新居は駅から歩いて15分ほどの場所にある一軒家だった。玄関を開けた時、私は靴を脱ぐのをためらった。広い。それより先に、綺麗だった。廊下の板がぬるりと光り、窓のサッシに誇りがない。台所の換気扇の羽まで白い。10年だと聞いたが、そうは見えなかった。

「掃除の人を入れてるんですか?」「僕がやっています」ゆとさんは上着をハンガーにかけながら答えた。「うちの会社の人に、汚い家に住んでいると思われたくないので」

そこで私は聞くべきだったのだと思う。うちの会社の人とは、何人いるのか。会社とは、何をしている会社なのか。けれど、そこまでは聞かなかった。この人は見合いの席で「順番がある」と言った。ここで問い詰めれば、自分で開けようとしている扉を外から剥がすことになる。

だから私は、綺麗な廊下を褒めるだけにして、仕事のことだけもう1度聞いた。「建物の管理の仕事です」帰ってきたのは、その一言だけだった。

その日の夕方、私は家の中を1周した。部屋は4つあった。物が少ない。今あるのは食卓と椅子が2脚とテレビだけで、壁に絵も写真もない。2階の一室だけが違った。床から天井まで、書類の箱が積んである。この人が持ち帰る仕事は、そこに置くらしい。

1階へ降りて一番奥の和室を開けると、小さな仏壇があった。位牌が1つ。その脇に写真が1枚立ててあった。軽トラックの横に立った人が、笑わずにこちらを見ている。線香の香りは新しく、水を変えたばかりだった。

「お父さんですか?」「はい」ゆとさんは廊下から答えた。「10年前です。お母様は、僕が小学生の頃に亡くなりました。父が1人で育てました」

仏壇の前に座って手を合わせた。線香の匂いに混じって、よく拭かれた木の匂いがした。振り返ると、ゆとさんは廊下に立ったままだった。「ありがとうございます」「え?」「手を合わせてくださって。うちに来た人で、そこに座ったのは、まほさんが初めてです」

その言い方が引っかかった。この家に人が来たことがないと聞こえた。私は線香の灰の白さをもう一度見た。この人は毎日ここに座っているのだと思った。

段ボールは、玄関を上がってすぐの廊下に置いてあった。「ここでいいですか?」「はい。奥にしまうと出しにくいので、手前にしました。いつでも開けられるところがいい」

その日から、私は毎日その箱の前を通った。そして毎日通り過ぎた。開ければ、実家の匂いがする気がした。青いビニール紐と、勝手口の外の湿った段ボールの匂いだ。まだ触りたくなかった。

引っ越したその日の夜、夕飯の片付けが終わってからゆとさんが言った。「とりあえず、必要なものがあったら言ってください」

「はい」私は指を折って数えた。布巾、まな板、洗剤の詰め替え、ゴミ袋。自分の給料から出せばいい話だ。それは分かっていた。それでも、この家で使うものは、この家の金で買うべきだと思った。そう説明する言葉が出てこなくて、切り出すのに時間がかかった。

「あの、はい。明日、日用品とか買いたいので、1万円だけもらえますか?」言い終わってから、自分の声が随分小さかったことに気づいた。

ゆとさんは箸を置いた。それから、何か考える顔をして頷いた。「わかりました。今夜のうちに入れておきます」

「入れて」というのは口座です。現金でお渡ししてもいいんですが、それだと毎回僕に言うことになるので。意味がよくわからなかった。とりあえずお礼を言って、私は台所へ戻った。

翌朝、食卓の上に通帳とキャッシュカード。通帳は紺色で、角が丸くすり切れていた。カードは表面が白く曇っている。ゆとさんはもう作業服に着替えていた。上下揃いの濃い灰色の服だ。胸に入った社名は、洗いすぎて色が抜けてもう読めなかった。創業した頃の古いヤゴのままの一着だと、後で知った。

「振り込んだから。足りなかったら言って」玄関で靴を履きながら、そう言った。「暗証番号は、後で書いて送ります」「はい」「行ってきます」

3時20分だった。その日は平日で、私も仕事に出た。昼休みに、会社の近くにあるその銀行の支店に寄った。財布に1000円札が何枚かあるだけで、日用品の買い物は帰りに済ませるつもりだった。

機械に通帳を入れた。印字の音は短かった。新しい行が1つ出て、機械が止まった。出てきた通帳を開いた。

最初の何行かは10年前の日付で、大きな入金が2回。その後は、年に1度だけ、2桁ずつ動いている。上の行は利息のわずかな入金で、下の行は7月12日の日付で、同じ額の出金。金額はどれも1000円に満たない。

そして最後の行。お預け入れの欄に1万円。その右の欄が差し引き残高だった。数字が並んでいた。頭が9で、その後はほとんど0だ。0の並びに、1が1つだけ混じっている。

桁を右から数えた。1、10、100、1000、1万。そこから10万、100万、1000万。指で抑えてもう1度数えた。2度とも同じところで止まった。9000万。その後ろに、あの1万円が乗っていた。

機械の前で動けなくなった。後ろに人が並んでいる気配がして、私は通帳を閉じて鞄に押し込んだ。銀行を出て、街路樹の下のベンチに座った。

姉の声がまた鳴った。「清掃員とか、底辺すぎる」

私はこの人のことを何も知らないまま、区役所の窓口で書類を出したのだ。知らないままでいいと思っていた。知らないでいる方が、姉の言葉を確かめずに済むからだ。その言い訳の分が、そのまま帰ってきた。

昼休みが終わるまで動けなかった。午後の伝票の数字が、1枚も頭に入らなかった。結局その日は、日用品を自分の財布で買って帰った。1万円には手をつけなかった。つけられなかった。

家に帰ると、ゆとさんは台所で米を研いでいた。私は鞄から通帳を出して、食卓に置いた。「これ、何かの間違いですよね」

ゆとさんは手を止めて、通帳を開き、残高の行を見た。それから、困った顔をした。「ああ、ごめんなさい」「ごめん、って」「生活費に使える口座が、あれしかなかったんです。あれしか。新しく作るには時間がかかります。僕の給与が入る口座は、光熱費も電話も全部そこから落ちているので、通帳ごとは渡せない。それで、10年動かしていない口座の通帳とカードを、そのままお渡ししました」

「ただ、それだけが理由ではありません。そこは、また改めて話させてください」

私は自分の指先が冷たくなっていくのが分かった。10年動かしていない口座に、9000万。

「はい」「ゆとさん」「はい」「もし、悪いことをして作ったお金なら、私は受け取れません」

言ってしまってから、心臓が鳴った。入籍したばかりの妻が言うことではない。

ゆとさんは笑わなかった。たしなめもしなかった。米を研いでいた手を布巾で拭いて、私の向かいに座った。「そう言ってもらえて、良かったです」

「え?」「順番に話します」

ゆとさんはまず名刺入れを持ってきた。出てきた名刺は、隅がわずかに曲がっていた。ほとんど使っていないのだろう。そこに刷ってあったのは、私の知らない名前だった。

「株式会社 洋和総合メンテナンス 代表取締役 相馬ゆと」

「ようにわの和で、洋和です」

「代表取締役…あの、それはどのくらいの?」「拠点は42箇所です。北は北海道から南は九州まで。従業員は、パートの方を入れて3200人ほどです」

「何をしているんですか?」「ビルの清掃です。それから、ホテルの客室の管理と、工場や学校の設備の手入れです」

「じゃあ、清掃の仕事っていうのは、嘘ではありません」ゆとさんは自分の作業服を見た。玄関のフックにかけたままの、灰色の上着だ。「月に何日かは、自分で現場に入ります。今朝も入りました。それ以外の日も、どこかの現場を回っています。来週は名古屋の営業所と現場を、3日かけて回ります」

「社長さんなのに、現場に立たない社長は嫌いなんです」そこだけ言い方が強かった。「うちの会社は、床を拭いて食べています。床を拭いたことがない人間が、床を拭く人間の給料を決めるのは、僕は違うと思っています」

「3200人も、どうやって…」「最初は12人でした」ゆとさんは指で数える仕草をした。「父が1人で始めて、その2年後に僕が手伝いに入って、少しずつ増えて12人。会社にしたのは、父が亡くなる2年前です。そこから、後を継ぐ人がいないという会社を、1つずつ引き受けてきました。今までに11社です」

「引き受けるというのは、社長さんが高齢で、子供は別の仕事をしていて、現場の人だけが残っている。そういう会社です。放っておくと、明日から現場に誰も来なくなる。ビルの持ち主も困りますが、一番困るのは、そこで働いていた人です。それを…」「はい」「だから増えました。僕が偉いわけではありません。引き受けたのは、どこも20人か30人の会社です。人数が増えたのは、その人たちの現場を継ぐために、こちらで現場を取り続けたからです」

「お金はどうしたんですか?」「借金で買ったわけではありません。会社の値段はほとんどつきませんから、人だけ引き受けて、足りない分は現場を増やして埋めました。最初の3年は、僕の給料を一番低くしていました」

「どうして言ってくれなかったんですか?」「先に会社の話をすると、こちらの話が変わってしまうからです」「変わる?」「会社のことを先に出すと、それから先は、ずっと会社の話になります。今までそうでした」

ゆとさんは湯のみを見ていた。「見合いの席で、順番があると申し上げました。あれはそういう意味です」

見合いの席で、この人が「今日は言いません。順番があるので」といったことを思い出した。

「じゃあ、このお金は会社の金ではありません」「会社の金を家に持ち込むことは、絶対にしません」「じゃあ、父の金です」

そこでゆとさんの言葉が止まった。続きを待った。続きは来なかった。「今日は、そこまでにさせてください」「どうしてですか?」「まだ、うまく話せないので」

その後、ゆとさんは通帳を私の手に戻した。「名義は、僕のままにしておきます」「そうしてください」「まほさんに移すと、税金の話になります。生活のために使う分には何もいりませんが、名義ごと動かすと、そうはいかない。だから、通帳とカードだけをお渡しします。使うのは自由です。使い道を僕に言う必要もありません」

「あの1万円の時、まほさんは随分申し訳なさそうでした」胸の奥が押されたようになった。「僕は、あの言い方を毎日聞きたくないんです」

「でも、9000万です」「使いきれる額ではないと思います」「そういう問題じゃなくて…」私は自分が何を言いたいのか、うまく言葉にできなかった。言葉にできないまま、口が動いた。「私、こんな大金、怖くて使えません」

ゆとさんはそこで初めて、安心した顔をした。「それでいいです」

その夜、実家から電話が来た。母だった。「新居どうなの?写真送りなさいよ」「まだ片付いてないから」「間取りは、何部屋あるの?」「4つ」「4つ。広いでしょ。家賃いくら?」「聞いてない」「聞きなさいよ。あんた、そういうところが抜けてるのよ」

それから母は、姉が泊まりに行くから布団を用意しろという話を5分ほど続けた。私は通帳のことを言わなかった。会社のことも言わなかった。言えば、この家の話がまた1つ増える。私はもう、この家に増やしたくなかった。

電話を切ってから廊下に出た。段ボールの前で足が止まった。段ボールはそのままだ。ガムテープの端がわずかに浮いている。その日は開けなかった。

台所へ戻ると、ゆとさんが夕飯の皿を洗っていた。「私が変わります」と声をかけると、ゆとさんは泡のついた手を止めた。「まほさん、1つだけ約束させてください」「はい」「この家では、僕に断ってから何かをするというのを、なしにしたいんです。買うものも、行く場所も、会う人も」「はい」「僕もそうします。ただ、仕事のことでまほさんに関わるかもしれないことが出てきたら、必ず先に言います」

頷いて、その夜は眠った。

その週から、毎月の生活費は封筒で食卓に置かれるようになった。私があの通帳に手をつけないので、ゆとさんが別に用意したのだと思う。私はそこから使い、月末に残りを返した。ゆとさんは受け取らなかった。

通帳の9000万がどこから来たのかを聞けたのは、夏の終わりになってからだ。

実家への報告は最低限にした。入籍した日、住所と電話番号。それだけを紙に書いて母に渡した。「仕事は何なの?あの人」「建物の管理の会社だから、掃除でしょう」「そう」

それ以上は言わなかった。言わなかったというより、勇気がなくなっていた。この家に何かを言うと、それは必ず値段に換算されて戻ってくる。9000万という数字を渡したら、この家は何をするだろう?想像がついた。想像がついたから、渡さなかった。

7月の日曜に、母から電話が来た。「残りの荷物、いつ取りに来るの?あんたの部屋、レナが使うって言ってるんだけど」

段ボール1つに収まらなかったものは、もうほとんどない。それでも私は行くと答えた。行かなければ、また捨てられる。

その日の夕方だった。私が実家の玄関で紙袋を2つ抱えていると、門の前に黒い車が止まった。後ろの扉が開いて、ゆとさんが降りてきた。スーツだった。作業服ではない。

近くまで来たので「荷物、重いでしょう」運転席から男の人が降りて、後ろの扉を押さえた。その一連の動きを、母と姉が門の内側から見ていた。

姉が先に動いた。サンダルのまま門を出て、車の横に立った。「これ、社用車ですか?」運転手の人が会釈をした。「はい。相馬の車です」

「相馬の…」姉が振り返った。ゆとさんを見て、車を見て、またゆとさんを見た。

母が門から出てきた。エプロンを外しながらだ。「あの、相馬さん、お車まで出していただいて。あの、このお車は…」

ゆとさんは紙袋を私の手から取って、後ろの座席に置いた。それから上着の内側から名刺入れを出した。「申し訳ありません。名刺をお渡ししていませんでしたね」

母が両手で受け取った。名刺を見た母の顔から、順番に何かが抜けていった。目、口、頬。最後に声が出た。「代表取締役…」

母の手から名刺を取った。「洋和総合メンテナンス…」

「え、待って」姉は携帯を出して、その場で社名を打ち込んだ。指が早かった。画面を見て、姉が息を吸った。「え、あの人が社長なの?」

そこから先は、私が見たことのない速さで景色が変わった。母がゆとさんの腕に手を伸ばした。触れる寸前で止めたが、伸ばしたのは確かだ。「まあ、そんな立派な…どうして最初におっしゃってくださらないの?」

「お父様にはお聞きいただきました。お答えしようとしたところで、お茶が薄いという話になりましたので」

「菊くも、何もこちらは知らないんですからねえ。まほ、あんた知ってたの?」私が答える前に、母は私の腕を叩いた。強くはない。人前だからだ。「なんでそんな大事なこと黙ってたの?」

「黙ってたのは、私じゃない」

「口答えしないの?」母は笑顔のまま声だけ尖らせた。この技術を、母は31年かけて磨いてきた。

「相馬さん、上がってらして。今お茶を」「今日は失礼します。荷物を運ぶだけのつもりでしたので」「そんな、せめて…では、また改めて」

ゆとさんは頭を下げて車に乗った。私も乗った。扉が閉まる直前、姉の声が入ってきた。「本当は、私の見合いだったんだから」

車が動き出した。振り返ると、姉はまだ門の前に立っていた。母は名刺を胸の前で持っていた。両手で、落とさないように持っていた。

車の中で、ゆとさんは何も聞かなかった。私も何も言えなかった。窓の外を見ていると、ゆとさんが前を向いたまま言った。「名刺は、出さない方が良かったですか?」「いえ、出さないでいると、そのうち別の形で知られます。それなら、僕から出した方がいい」

そう言ってから、間を置いて続けた。「今日から、色々言われると思います。全部、僕に回してください」「そんなことは…」

その夜から、電話が始まった。母は毎日かけてきた。朝の8時と夜の9時。給料はいくらか。家計は誰が握っているのか。家は借家か持ち家か。レナと2人で行くから、昼を用意しろという話も混ざる。「あんた、それでよく妻が勤まるわね」それが締めの一言だった。

その状態が1月半ほど続いた。8月の終わりになっても、電話は減らなかった。

釘子さんからも電話が来た。「まほちゃん、聞いたわよ。すごい方じゃないの?」「はあ」「直子さんがね、町内会でみんなに言ってるのよ。うちの娘が大きな会社の社長さんに見初められたって」

「見初められて、と母は言ったらしい」「あの母が、そう言ってるんですか?」「言ってるわよ。レナちゃんが断ったところは言わないけどね」

父からも1度だけ電話が来た。要件は何もなかった。工場の話を5分ほどして、切る間際に一言だけ言う。「相馬さんは、今度いつうちに来るんだ?」「分かりません」「そうか」

父の声は、いつも何かを測っている音がする。

姉からも連絡が来るようになった。姉が私に連絡してきたのは、多分5年ぶりだ。最初は短い文だった。「写真送って。家見たい」そのうち長くなった。「あんた、代わりに行っただけでしょ。本当は私の縁談だったんだからね。そのこと、忘れないでよ」

私は返事をしなかった。返事をしないと、次の文が来た。「既読になってるよね」

職場の給湯室で、矢島さんにだけこぼした。「実家に、夫の会社のことを言えてないんです」矢島さんはコーヒーの粉を平らにならしながら聞いていた。「言わなくていいよ。でも、言った瞬間に、あなたの話じゃなくてお金の話になるから。そういう家でしょ」

その通りだった。私は何も返せなかった。

その週の終わりに、小柳さんから電話が来た。「まほちゃん、ちょっと聞いていい?」声がいつもと違った。「あなた、承知の上だったの?」「何がですか?」「お見合いのことよ。お父さんはね、『妹さんが乗り気だから、ぜひ』っておっしゃったの。それで私、先方にそう伝えたのよ」

私が何も言えずにいると、小柳さんは声を落とした。「でもね、この間、レナちゃんが町内会で言ってたのを聞いちゃったのよ。『まほは押し付けられただけだ』って。笑い話みたいに」

私は黙った。黙ったことが、そのまま答えになった。

「そう」長い息だった。「私ね、相馬さんに謝らないといけないわ」「小柳さんのせいじゃありません」「私が持っていった話なのよ。断られたのを知っていて、それでも会ってくださった方に、私は嘘をついたの」

その後、小柳さんは少しだけ声を落としていった。「まほちゃん、あなたは謝らなくていいからね」

電話を切ってから、私は台所の椅子に座って、しばらく立てなかった。

その夜、初めて会社のことを自分で調べた。携帯で社名を出すと、一番上に会社のページが出てきた。拠点の一覧、42箇所。従業員数、3214名。取引先には、名前を聞いたことのあるホテルと市の名前が並んでいた。

沿革のページを開いた。一番下に、会社になる前のことが1つだけ書いてあった。「創業者が個人で清掃業を始める。屋号、相馬清掃」

相馬清掃。その名前のところで、指が止まった。知っている名前だった。うちの会社の帳簿に、私が書き移していた名前だ。

相馬清掃、月15万円。母から帳簿を押し付けられた秋からの数ヶ月だけ、私の字で並んでいる。その前のページは母の字だが、名前の欄はどれも「掃除屋」とだけ書いてあった。父と同じで、この家では業者に名前がなかった。

年が開けると、相馬清掃の行は消えた。その後もしばらく、その名前の入った封筒が毎月来た。父が開けないので、私が封も切らずに閉じた。いつの間にか、それも来なくなった。

小柳さんは3月に言っていた。「あちらのお父様の代からずっと同じ仕事」だと。10年前に亡くなったとも。全部、あの茶の間で聞いていた。聞いていて、私は1度も結びつけなかった。結びつけたくなかったのだと思う。

指が冷たくなった。同じ名前の別の会社かもしれない。うちの町にはよくある苗字だ。そう思おうとした。思おうとしている自分に気づいて、余計に落ち着かなくなった。

その1つ上の行は、会社の設立だった。仏壇の灰が浮かんだ。ゆとさんのお父さんが亡くなったのは10年前だと聞いている。会社ができたのは、その2年前だ。父親が生きているうちに、息子が会社を作った。そして、父親は社長にならなかった。

おかしなことだと思った。

言おうとした夜は、何度もあった。だが、言えば必ずこう続く。「うちの父が、あなたのお父さんに何かをしたかもしれない」と。まだ何も確かめていないうちに、それを渡すのは、疑いを押し付けることだと思った。

言い訳だ。本当は、確かめるのが怖かった。この家に来てまだ3ヶ月で、私は帰る場所を1つも作れていない。

画面を閉じた時、携帯が震えた。姉からだった。8月の終わりの木曜の夜だった。「話がある。今度の土曜、そっち行くから」

姉が来る前の晩に、私は聞いた。夕飯の片付けが終わって、ゆとさんが台所の床を拭いている時だ。この人は毎晩、寝る前に台所の床を拭く。膝をついて、雑巾で隅から。

「ゆとさん」「はい」「どうして、私だったんですか?」

雑巾を持つ手が止まった。「順番の話ですか?」「はい」

ゆとさんは雑巾を畳んで、シンクの淵にかけた。手を洗って、食卓に座った。「見合いの日、僕が仕事の話をした後、あなたは2秒くらい黙りました」「はい」「あなたは『大事な仕事ですよね』と言いました」

ゆとさんは自分の指先を見ていた。「仕事の外にいる人に初めて会った席で、そう言われたのは、38年生きてきて、あの1度だけです」

「それだけの理由で、結婚を決めたんですか?」「それだけではありません」ゆとさんは顔をあげた。「その後、あなたは自分から言いました。姉が断って、自分が代わりに来たと。隠せる場面でした。隠した方が得な場面でした。それでも言った。あれは、ただ都合の悪いことを先に出す人と暮らしたいと思いました。それだけです」

「はい」「それと、見合いの日に言わなかった方の理由です」「はい」「断られたと聞いても、僕はあの席に行くと決めていました。断りの理由が、僕の仕事だったからです。仕事を理由に断られた席に行かなかったら、うちの3200人が、まとめて断られたことになる。だから僕は、仕事で断られた席にだけは、必ず行きます」

「順番があるので」と、あの日、この日は言った。順番の1つ目が、これだったのだと思った。

「もう1つ聞いていいですか?」「はい」「あの、通帳です」

ゆとさんは頷いた。「渡せる口座があれしかなかったのは、本当です」「はい」「でも、現金だけ渡すこともできました。1万円だけ、財布から出せば済んだ話です」「はい」「しなかったのは、あなたが1万円を頼む時の顔を見たからです。あの顔で、これから毎回僕に金額を言うんだと思いました。『石鹸が切れました。ゴミ袋が切れました』と」

私は膝を見た。恥ずかしかった。夫婦なのに、そういう遠慮はしてほしくなかった。だから、口座ごと渡しました。

「でも、9000万は…」

ゆとさんが、自分のことでおかしそうに笑った。そういう笑い方を見たのは、それが初めてだった。「あれを見て、真っ先に『怖い』という人で良かったです。金額を聞いて目の色が変わる人だったら、僕は多分、あの通帳を静かに引き取っていました」

「あのお金のことを話します」

ゆとさんはそう言って、しばらく黙った。「父は、10年前に亡くなりました。61でした」「はい」「生命保険が3000万円入りました。受け取り人は、僕です。それと、父が住んでいた家の土地を売りました。作業場と一緒になった家で、うちの会社の最初の事務所でもありました。税金を引いて、手元に残ったのが6000万円です」

「3000万と6000万、合わせて9000万」

数字の出所が分かった瞬間、私は自分がその金を見て震えたことを、少し恥ずかしく思った。

「その2つを1つの口座に入れて、それっきりです」「使わなかったんですか?」「使えませんでした」「どうして?」「父の金だからです」

ゆとさんはそこで、言葉を選ぶ顔をした。「父は、自分のためには1円も使わない人でした。作業着を年に1着しか買わない。冬でも軽トラの暖房をつけない。そういう人が残した金です。それを僕が自分のために使うと、父が損をしたということになる気がして。税理士さんとかには、運用しろと何度も言われました。眠らせておくのは損だと。でも、動かす気になれなくて」

ゆとさんは湯のみを置いた。「年に1度だけ、父の命日に銀行へ行って、供養します。放っておくと、そのうち動かせなくなると言われたので」

あ、通帳の年に1度だけ並んでいた小さな出金を思い出した。どれも1000円に満たなかった。「その1年でついた利息だけ下ろします。700円くらいです」「700円で、何を?」「墓を洗うたわしと、雑巾を買います」

私は何も言えなかった。

「そうすると、9000万のところは10年動きません。利息がついて、その分だけ下ろす。それだけです」

それからゆとさんは、まっすぐこちらを見た。「父の金だから、自分のためには使えない。でも、家族のためになら、使えると思ったんです。あなたが来てくれたので」

土曜の昼過ぎに、姉が来た。チャイムを2回鳴らして、返事を待たずに玄関を開けた。

「へえ。思ったより普通」靴を脱ぎながら、姉は家の中を見回した。廊下、今、台所、階段。値段を数えている目だった。

「ねえ、これ、持ち家?借家?」「借家だよ」「ふん」姉の声が半音下がった。

姉は勝手に台所へ入って、冷蔵庫を開けた。閉めて、次に食器棚を開けた。姉は2階へ上がった。止める間もなかった。上で戸の開く音が2回した。

降りてきた姉は、口の端を下げていた。「寝室と和室なんだ。もう1部屋、段ボールだらけだったけど」「あれは、仕事の書類だって」「まあ、そういう人なんだね」

姉は今の椅子に座った。それから、本題を出した。「あのさあ、まほ。あんた分かってると思うけど、あの縁談、元々私のだからね」「知ってる」「じゃあ、話が早い。私、あの人にちゃんと会ってみたいの。1回でいいから」「何のために?」「何のためにって?」姉は言い直して、それから笑った。「私の方が向いてるでしょ?社長夫人。あんた、そういう場に出られる?パーティーとか、接待とか。呼ばれたことないから分からないでしょ。私は慣れてる」

「お姉ちゃん、あの人は椅子じゃないよ」

姉の眉が寄った。「は?」「取り替えられるものじゃないって言ってるの」

言ってから、自分の声が震えていないことに驚いた。

「私、そんなこと言ってないけど」「言ってるよ。ずっと言ってる。『いらないから、まほにあげる』って。机も、制服も、自転車も。今度は人でやろうとしてる」

姉が立ち上がった。何か言い返すつもりだったのだと思う。その時、玄関が開いた。

「ただいま」

ゆとさんだった。灰色の作業服のままだった。ズボンの裾に白い薬剤の跡がついている。手には作業用の手袋を丸めて持っていた。門の外に白いワゴンが止まっているのが見えた。会社名が横に入っている、現場用の車だ。

姉が固まった。7月に姉が見たのは、黒いセダンと運転手だった。目の前にいるのは、床を拭いてきた男だ。

「あ、あの、こんにちは」姉の声が裏返った。「う木レナです。まほの姉の…伺っています」

ゆとさんは玄関で靴を脱いで、それから作業服のまま今の入り口に立った。中には入らなかった。「すみません。今日は名古屋の現場から直で戻ったので、この格好です」

「いえ、お仕事ですもんね。偉いですよね。社長さんなのに、仕事なので」

それだけ言って、ゆとさんは私を見た。「まほさん、何かありましたか?」

姉が先に答えた。「あの、ちょっとご相談で。実は、この縁談、元々は私に来たお話で…」「存じています」

「じゃあ、こっちもはっきり言いますけど、お姉さん」ゆとさんが遮え切った。声は大きくない。「僕は、まほさんを選びました」

姉が口を開けたまま止まった。「小柳さんから話を受けた時、僕はお姉さんがお断りになったと聞いていました。その上で、まほさんとお会いしました。会ってから決めました。誰かの代わりに座っている人だとは、1度も思っていません」

「でも、順番で言えば…」「順番があるのは、仕事の話です。人には、順番はありません」

姉はしばらく黙って、それから鞄を掴んだ。「帰る」

玄関で靴を履きながら、姉が1度だけこちらを見た。その目は、負けた人の目ではなかった。

姉が出ていった後、ゆとさんは玄関のマットの位置を直した。姉が踏んでずれたものだ。

私はその背中に言った。「すみません。勝手に上がられて」「謝るのは、勝手に上がった方です」

それから、作業服の袖をまくり直しながら言った。「お姉さんは、僕を見ていませんでした」「え?」「僕の後ろにあるものを見ていました。会社とか、車とか。ああいう目は、仕事でよく見ます」

「腹は立たないんですか?」「立ちません。見損なったのは、お姉さんの方なので」

ゆとさんは風呂の掃除に行った。この人は土曜の夕方に風呂を洗う。私は台所に立って、姉が開けた食器棚の扉を閉め直した。

姉は引き下がっていなかった。3日後、実家の母から電話が鳴った。「日曜、1人で来なさい。相馬さんは連れてこないで」母の電話は、それだけだった。

1人で来いというのがどういう意味か、玄関を開けた瞬間に分かった。茶の間に3人揃っていた。父は一番奥の席、母は父の隣。姉は座卓の向かい側。私の座布団だけが、手前側に1枚置いてあった。裏返しだった。客に出す面を伏せておく。この家では、それが「下に置く」という合図だった。

「座って」母がお茶を出した。茶托はなかった。ゆとさんが挨拶に来た時と同じだ。この家の茶托は、身内か客かでは決まらない。その日、誰を下に置くかで決まる。

姉が先に口を開いた。「まほ、あの結婚、やっぱりなしにして」

私は湯のみを持ったまま、姉を見た。「元々私の縁談なんだから、返してよ」「返すって…」「席を抜いてよ。それで、私がもう1回会う。あの人だって、本当は私の方が良かったに決まってるでしょ」

「あの人って、ゆとさんのこと?」「そう」姉は言い切った。迷いがなかった。「あのさあ、まほ。冷静に考えてよ。社長の妻って、色々あるでしょ。人前に出たり、挨拶したり。あんたにできる?私の方が似合うでしょ」

「似合う?」「見た目の話じゃなくてさ、役としてよ。役」

姉はそう言った。妻を役だと思っている人が、その役を私から取り上げようとしている。

母が湯のみを置いた。話を仕切る合図だ。「まほ、一度、席を抜きなさい」思っていたよりも、あっさりした言い方だった。「その上で、レナに譲りなさい。それが筋よ」「じ、元々はレナのお話だったんだから、あんたが代わりに行っただけでしょ」

「代わりに行けと言ったのは、お父さんとお母さんです」「それは、レナが嫌がったからよ」「今は、嫌がってないの」

理屈になっていない。理屈になっていないのに、母は当然の顔をしている。31年、私はこの顔に負けてきた。

「あんたには、もったいないのよ。あの方は」

その一言で、体の芯が冷えた。

「もったいない?」「そうよ。あんた、身の程ってものを考えなさい。派遣で、資格もなくて。そういう子が急に社長夫人だなんて、周りが変に思うでしょ」

「周りって、誰ですか?」「町内の人よ。親戚もよ」「じゃあ、お母さんが町内で言ってる『見初められた娘』の話は?」

母の口が止まった。「何の話?」「おばさんから聞きました」「余計なことを」それだけ言って、母は湯のみを持ち直した。

父は何も言わなかった。腕を組んで、畳の目を見ている。母が話し、姉が話し、私が返す。その間、父は1度も口を挟まない。止める気がないのだ。

昔からそうだった。母と姉が私を削る時、父は必ず黙っている。手を下すのは自分ではないという顔で、最後まで座っている。そして、削り終わった頃に一言だけ言う。それがこの日も来ることは、分かっていた。

ただ、その日一番先に口を開いたのは、父ではなかった。

「言っておくけど」姉が身を乗り出した。「私、結婚相談所もやめたんだよ」「相談所?」「結婚相談所。3月に登録したの。でも、会う人会う人、条件が下でさ、もういいやって思って、先月切った」「それと、今の話とどう関係があるの?」「関係あるでしょ?私はもう、決めた相手がいるってことだよ」

私は姉の顔を見た。姉は本気だった。それが一番怖かった。

「お姉ちゃん、この間うちで言ったこと、もう1回言うね。あの人は、物じゃないよ」「物とか言ってないじゃん」「言ってるよ。『譲れ』っていうのは、そういうことだよ」「じゃあ、な、何て言えばいいの?」「『返して』って言えばいい。元々私のなんだから」

「人を物みたいに譲るとか、言わないで」

声が出た。自分の声だとは思えないくらい、はっきり出た。茶の間が静まった。姉が目を丸くして、それから笑った。「うわ、まほが怒った。怒ってるだってさ」

「あんたが持っていていいものじゃないじゃん。あれ、物と…」姉は言った。今度は自分で言った。

「お姉ちゃん、1つだけ聞いていい?」「何?」「もし、ゆとさんが写真のままの人だったら。会社の社長じゃなくて、朝4時から床を磨くだけの人だったら。お姉ちゃん、今日ここに座ってた?」

姉は一瞬だけ黙った。その一瞬で、答えは出ていた。

「何その質問?意味なくない?」「意味あるよ。だって、現実は違うじゃん。あの人は社長なの?それが事実でしょ」「うん」「じゃあ、考えても仕方ないでしょ」「そうだね」

私は頷いた。姉は勝ったと思ったらしく、髪を後ろへ払った。この人はもう、自分が何を捨てたのかを、一生思い出し続けるのだと思う。

「話を戻すけど」姉は鞄からクリアファイルを出した。中に薄い紙が入っている。「これ、取ってきたから」

離婚届けだった。市役所の窓口でもらえる、あの緑の紙だ。

「まだ3ヶ月でしょ。今なら、席を抜くだけで済むじゃん」「お姉ちゃん、これ、いつ取ってきたの?」「先週。ついでに」

ついでに。姉は言った。私が31年、「ああ、それと」の位置に立たされてきたのと同じ言葉だった。

「持って帰って。私は使わない。置いてくから、気が変わったら…いいじゃん」

姉はファイルを座卓の私の側へ滑らせた。指先だけで、遠くへ押しやるように。その滑らせ方を、私は3月に見ている。姉がゆとさんの釣書を畳の上へ押し戻した時と、全く同じ手だった。

母がまた湯のみを置いた。「まほ、あんたね、名前だってそうよ」「名前?」「レナの名前はね、半年かけて考えたのよ。姓名判断も見てもらって、お母さんにも相談して。いい名前でしょ」

私は黙っていた。「あんたのは、お父さんが病院の廊下で決めたの。『まっすぐなほでいいだろ』って。それだけよ」母は笑った。冗談のつもりだったのだと思う。「5分もかかってないわ、あれは」

父は何も言わなかった。姉が横から付け足した。「まあでも、まほっぽいよね。地味で」

私は自分の名前を、その時初めて外から見た気がした。

「お父さんも、何か言ってよ」姉が父に振った。父は腕を組んだまま、畳の目を見ている。「好きにしろ」

言ったのは、それだけだった。誰に向けて言ったのかも分からない。私に向けてでないことだけは、分かった。31年、この人はいつもこの位置にいた。来ると分かっていた一言が、その日は「好きにしろ」だった。

「それにね」母が続けた。「私たちも、この先のことがあるのよ」「この先?」「お父さんも私も、いつまでも元気じゃないでしょ。レナはレナで忙しくなるだろうし。そうなったら、面倒を見るのはあんたでしょ」

「面倒?」「相馬さんのうち、部屋が4つあるって言ってたわね。2階が開いてるんでしょ」

体が冷たくなった。この人はもう決めていたのだ。私が結婚した相手の家を見て、部屋数を聞いて、そこに自分たちが入る計算をしていた。

「お母さん、私に席を抜けって言いながら、その家に入るつもりなんですか?」

母が瞬きをした。「あら、それとこれとは別でしょ」

別ではない。どちらも同じことだ。この家は、私のものを自分のものとして数える。学習机も、土曜の朝も、結婚した家も。

「育ててもらった恩は忘れてません。忘れていないから、今日はもう帰ります」

立ち上がった。姉が何か言ったが、聞かずに廊下へ出た。母が追いかけてきて、後ろから言った。「相馬さんに、ちゃんと話しなさいよ。姉の方が…って言えるわけがない。言うつもりもない」「あんたが言えないなら、こっちから言うわよ」

足が止まった。「会社に電話するくらい、どうってことないでしょ。代表番号なんて、調べれば出てくるんだから」「やめて」「あら、じゃあ、あんたが言いなさいよ」

母は笑っていた。困らせているつもりはないのだろう。母にとってそれは、交渉の順番を確かめているだけの言葉だ。

座卓の上に、姉が置いていった緑の紙が見えた。誰も片付けていなかった。

玄関の土間に降りて、靴に足を入れた。その時、父が玄関の上がり口まで出てきた。

「まほ」

父のそんな声を聞いたのは初めてだった。低くて、少し慌てている。父は私の後ろから外へ出てきて、玄関のドアを後ろに閉めた。中の2人に聞かせない、という閉め方だった。

ドアが閉まると、玄関先の音が急に減った。父はサンダルのまま門の方へ歩いて、私を手招きした。門の外まで出て、そこでようやく口を開いた。

「まほ、中の話は忘れろ」「え?」「席だの、なんだのは、女の言うことだ。俺には、俺の話がある」

「まほ、お前は社長の嫁だろ。向こうなんだから、うちの会社に仕事を回せ」「仕事って…」「相馬さんの会社な。全国に現場があるんだろう」「そう聞いてます」「ちょうどいい。うちの若いのを、何人か出す」「出すって、どこに?」「掃除にだよ」

父は投げやりに言った。「現場が全国にいくつもあるなら、人はいくらでもいるだろう。うちから出す。下請けでいい。その分の金をこっちに回してくれりゃ、当面はしのげる」

「お父さん、掃除くらい、誰にでもできる」

父の口から出たその一言を、私はしばらく飲み込めなかった。

「あとな、取引先も紹介してもらえ。ビルの持ち主なら、金属の仕事を出すところも知ってるだろう。名前を1つ2つ出してくれるだけでいい」

ビルの掃除を受ける会社と、金属を削る仕事の発注先は、多分何の繋がりもない。「関係ないよ」と言いかけて、やめた。父の頭の中では、大きい会社はどれも同じ形をしている。

それから父は少し間を置いた。胸ポケットからタバコを1本出しかけて、そのまま箱に戻した。ここからが本題だという間だった。

「4000万だ」

「え?」「4000万あれば、うちは息をつける」「そんなお金、私には…」「お前じゃない。無理に言ってるんじゃない」父の声が急に低くなった。「銀行はもう打ち切り。借金の保証をしてくれる会社があるんだが、そこの枠がもういっぱいだと言われた。保証がつかんなら、自前で用意しろということだ。銀行はそのくせ、今の数字を見せろの一点張りでな。見せたら見せたで、去年と同じ返事だ」

「数字しか見ない。払い訳けは、材料屋と銀行と給料だ」父は指を3本立てた。それだけだった。額は4000万という数字1つしか言わなかった。払い訳けを割れば、どこにいくら遅れているかまで言わなければならなくなる。

6人の工場で4000万は、うちの売上の半年分だ。息をつける額ではない。借りているものを一度綺麗にする額だ。父はそれを「息をつける」と言った。

帳簿をつけていたのは、父ではない。私だ。だから、4000万がどこに消えた金なのかは、私にも検討がつく。父はそれを、今更認めたくないのだ。

「うちの若いのを出すって、誰を出すの?」「若いな…」父の言葉が詰まった。「うちに若いのはおらん」

父は門に手をついた。天板の痛みだな。あれは66だが、体は動く。俊夫さん。土曜の朝、お茶を出すと必ず手を止めて「ありがとう」と言ってくれた人だ。26年、旋盤の前に立っている人だ。

「俊夫さんに、掃除をさせるの?」「掃除だぞ。誰にでもできる」父は同じことを2度言った。2度目の方が軽かった。「家族なんだから、当然だろ。あの会社なんて、こっちでどうにでもなる。身内なら、話が早い」

父はそう言って、家の中へ戻っていった。

その夜、新居に帰った。食卓に座って、私はその日のことを全部話した。姉のこと、母のこと、離婚届けのこと。それから、春に姉があの写真を親戚中に回して笑わせたことと、入籍の前に母から毎月3万円を入れろと言われていたことも、その時初めて話した。

ゆとさんは1度も口を挟まなかった。味噌汁が覚めても飲まずに、聞いていた。

最後に父の話をした。「うちの従業員を、清掃の下請けに出したいと言っています。それから、取引先の紹介と…はい。あと、4000万円」

「そうですか」ゆとさんは頷いた。断るとも、受けるとも言わなかった。

「そういえば、まほさんも1度も言いませんでしたね」「え?」「お父さんの会社の名前です」「言わないようにしてました。父の会社の名前を出すと、必ずお金の話になるので」

「では、聞いてもいいですか?」「はい」「挨拶に伺った時、1度お聞きしましたが、話が流れました。こちらから2度は聞かないようにしていました。まほさんが言いたくないのだと思ったので」

そういえば、あの日、父がゆとさんに会社の名前を聞いて、ゆとさんが答えかけたところで、母が話を切った。あの家では、結局どちらの会社の名前も、1度も口にされないまま終わった。

「う木正規です」

言った瞬間、ゆとさんの手が止まった。温め直した味噌汁の鍋に蓋を戻そうとしていた手だ。その手が、蓋を持ったまま、空中にあった。

「もう一度、いいですか?」「う木正規です。金属を削る、うちの工場の名前です」

「もう1つ、先に言います。8月に会社の沿革を見ました。相馬清掃という名前が、うちの帳簿にあったのを覚えていました。あの時、言えませんでした」

ゆとさんは鍋の蓋を静かに置いた。それから、椅子に座った。座るまでに、いつもより時間がかかった。

「お父さんの会社の名前は、うちにもあります」

「ありますって?」「2度と取引をしない先を書いた、古い台帳です」

私は意味が取れなかった。

「一社につき、社名と住所と日付と理由の欄が1つ。それだけのものです」ゆとさんの声が、家の中の声から仕事の声に変わった。「19あります。うちの規模なら、少ない方です。そのうち18社は、僕が社長になってから書いたものです。残りの1社だけが、父の代のものです。その中に、う木正規さんがあります」

台所の換気扇が回っている。それだけの音だった。

「住所を言ってください。台帳に書いてある住所を言います」「川沿いの2丁目の7番地です」

私は頷くしかなかった。父の工場の住所だった。

「でも、ゆとさんの会社は、そんなに古い会社じゃないですよね。うちの父が何かしたとしても、それは会社になる前の…」「一覧は、父の相馬清掃から引き継いだものです」

ゆとさんは立ち上がって、廊下の電話の引き出しから携帯を取った。「西野さん、夜分すみません。倉庫の古い台帳を、明日の朝一番で出してもらえますか?相馬清掃の背のままのやつです」

短いやり取りをして、電話を切った。「管理部長の西野です。うちに来て20年になります。あの一覧を管理しているのは、あの人です」

椅子に戻ってから、ゆとさんは言った。「正直に申し上げます。僕は、社名を聞いた時点で、日付まで分かりました。日付、14年前の4月18日です」

「どうして、そこまで?」「その一社が、父が自分で欠かせた先だからです」

「自分で欠かせた?」「父は、この一覧を作るのを嫌がった人でした。『うちが至らなかっただけだ』と言って、何があっても載せさせなかった。その父が、一社だけ。当時まだ従業員だった西野さんに、書けと言ったんです。僕はその話を、父の葬式の後で、西野さんから聞きました。あの頃、僕は夜の現場をまとめて任されていて、朝の現場は父がまとめて見ていました。父がその年、珍しく病院へ行ったことは、ずっと後になってから知りました。何があったのかは、その時も聞けませんでした」

「なんて書いてあるんですか?」「理由の欄に、1つだけです。『相手の社長に、うちの現場の者が手を上げられたため』と」

私は膝の上で、自分の指を握っていた。

「うちの父は、その会社の名前を、亡くなるまで1度も口にしませんでした。1度も」「はい」「何があったのかも言いません。『うちの仕事が至らなかっただけだ』と。それだけです」

ゆとさんは湯のみの淵を親指でなぞった。「調べれば分かったことです。調べませんでした。相手の家を先に調べてから会うようなことを、僕は自分に許していなかったので」

「最初から疑ってたんですか?」「う木というお名前は、初めて伺った時から、頭の隅にありました」ゆとさんは湯のみから指を離した。「ただ、台帳に乗っているのは会社の名前です。この町にう木さんは何件もありますし、釣書には『自営業』としか書いてありませんでした。確かめてしまえば、僕はあなたを確かめた目で見ることになる。父の一件を頭に置いたまま、あなたと向き合うことになる。それだけは、嫌でした」

ゆとさんは味噌汁の鍋を見た。もう、すっかり冷めていた。

「まほさん、1つはっきりさせておきます」「はい」「僕はこれから、う木正規さんのことを調べます。会社として調べます。仕事の判断をするために、必要なので」「はい」「でも、あなたに黙って進めることだけはしません。分かったことは、順番に全部お伝えします。嫌なら、今言ってください」

私は首を振った。「調べてください」

言ってから、自分の声が思ったより落ち着いていることに気づいた。本当は、震えるべきところだった。父が何かをした相手が、この人の父だったかもしれない。それが分かりかけている夜だ。

それなのに私が落ち着いていたのは、8月にあの名前を見つけた夜から、この日が来ることを分かっていたからだと思う。

その夜、寝る前に廊下へ出た。段ボールの戸を開けた。段ボールは、5月に届いた時のまま、一番手前に置いてある。ガムテープの端が、前より浮いていた。

膝をついて、テープに指をかけた。かけたまま、動けなくなった。中にあるのは、高校の教科書と通信簿と、父の会社で受け取って閉じたファイルだ。それだけのはずだ。それだけのはずなのに、指が進まない。

「まほさん」台所から声がした。「明日、朝が早いので、先に休みます」「はい」

私は戸を閉めて、立ち上がった。その晩は眠れなかった。天井を見ながら、思い出そうとしていた。14年前の4月。私は17歳で、土曜になると父の会社の受付に立たされていた。

姉が会社に電話をかけたのは、その週の火曜だった。私が知ったのは、その日の夜だ。

ゆとさんが帰ってきて、上着をかけながら言った。「今日、お姉さんから会社に連絡がありました」「え?」「代表電話です。『社長の妻の姉です』とおっしゃったそうで。受付から本社の事務へ、そこから秘書へ、秘書からゆとさんへ。そういう順で上がったらしい」

「すみません」私が頭を下げると、「謝るのは、電話をかけた方です」ゆとさんは食卓に座った。「それで、お会いすることにしました。金曜の午後、本社の応接で」

「会うんですか?」「はい。会わないと、次は取引先に電話をかけます。ああいう電話は、こちらが断るほど、次はもっと外側へかかります。取引先や、お客さんのところへ」

その通りだと思った。母も姉も、正面の扉が閉まると、横の窓を叩く人たちだ。

「まほさんにも、同席してもらいたいんですが、いいですか?」「私が行くと、こじれると思います」「こじれても、あなたがいない場所であなたの話をされるより、いいです」

それから、ゆとさんは言い方を変えた。「それに、あなたに聞いて欲しいことが、出てくるかもしれません」

ゆとさんはそこで1度、言葉を切った。「昨日の朝、西野さんに古い台帳を出してもらいました。理由の欄に書かれたあの一文を、うちの統括部長に見せました。統括部長さん、全国の現場を束ねている人です。父の代からいます」

ゆとさんは両手を膝の上で揃えた。「日付のところを指で隠して見せました。『この現場を覚えていますか』と。『4月18日ですね』と言われました」

私は膝の上で指を組んだまま、動かせなくなった。「台帳に天気は書いてありません。覚えているかどうかを確かめたくて、その日の天気を聞きました」「横から降る雨でした、と帰ってきました」「どうして、そこまで覚えて…」「覚えている理由がある、と言われました。ただ、その理由は、僕にも今は言えないと」「言えない?」「うちの父に口止めをされていて、その約束がまだ生きているそうです。ただ、あの日の相手だったお父様ご本人の前でなら、話せる。あの人の中では、それが約束の守り方なんだと思います」

ゆとさんは膝の上の手を組み直した。「金曜、その人にも同席してもらいます。名前を伏せたままでも、話せることはあるはずですから」

その夜、私はまた段ボールの戸を開けた。4月18日、雨。私の癖通りなら、あの紙の右上に、その2つが書いてある。書いてあれば、いつうちに来たかはもう動かせない。そして、その紙が今も私の手元にあること自体が、父が受け取らなかった証拠になる。

分かっていて、指をかけたまま、剥がせなかった。開けた瞬間に、私は父を告発する側の人間になる。

3日かけて、私はそのことをぐるぐる考えていた。結局、決めたのは私ではなかった。

金曜の午後、私は会社の休みを取って、本社へ行った。駅から歩いて7分ほどの場所にある、8階建ての建物だった。外から見ると、地味な建物だ。だが、玄関前の植え込みに、葉っぱが1枚もない。自動扉に、指の跡もない。

ガラス扉が開くと、廊下の先の応接室のドアが開いたままになっていた。中の椅子に、姉の背中が見えた。

その手前を作業服の人が2人、台車を押して通った。2人が同時に頭を下げた。「社長、お疲れ様です」「お疲れ様です。3階の空調、直りましたか?」年配の方が答えた。「昼に業者が来ました」

ゆとさんは立ち止まって、2人と短い言葉を2つ3つ話した。私はその横に立っていた。廊下の奥から、姉がこちらを見ているのが分かった。

2人が行ってしまうと、入れ替わりにスーツの男性が廊下に出てきた。役員の1人らしい。「社長、今の件、現場の判断でよろしいですか?」「現場が決めていいです。僕が行けるのは、月曜の朝なので」「かしこまりました」その人は会釈をして、廊下を戻っていった。

肩書きが上の人ほど、大きな顔をする会社ではないのだと思った。

私たちが応接室に入っても、姉は立たなかった。約束より30分早く来たらしい。膝の上に、見たことのない鞄が置いてあった。持ち手に、値札を外した折り目がまだ残っている。目の前の湯のみは、もう半分ほどに減っていた。

「ああ、聞いた。まほも来るなんて、聞いてない」「僕が呼びました」

ゆとさんは向かいのソファーに座った。その後ろから、灰色の作業服の人が入ってきた。髪はほとんど白い。背は高くないが、肩の厚い人だった。

「鍛原です」

その名前が耳の奥で引っかかった。どこかで書いた覚えがある。手が動いた覚えがある。けれど、どこに書いたのかは出てこなかった。

「どうぞ、おかけください」ゆとさんが言ったが、鍛原さんは座らなかった。ゆとさんの斜め後ろに立って、両手を前で組んだ。

「それで、ご要件は?」ゆとさんが聞いた。

「私が一度お断りしたのは、事実です。でも、あれは写真だけで判断してしまって。実際にお会いしたら、印象が全然違いました」「2週間前に、僕の家で立ったまま、少しお話しした分でしょうか」

姉は笑った。「あの…私の方が、社長夫人に向いていると思います。人前にも出られますし、社交も」

ゆとさんは口を挟まなかった。姉の声だけが応接室に続いた。「あの、正直言いますね。まほは地味なんです。ずっと家でも目立たない子で、派遣のまま8年。そういう子が急にこういう場に出ても、恥をかくのは、相馬さんですよね」

私は顔をあげて、姉を見た。先に目をそらしたのは、姉の方だった。

「それに」姉は続けて、応接室のドアの外を指した。さっき廊下を通っていった台車の2人の方だ。「清掃員なんて、所詮は下働きですよね」

部屋の空気が止まった。「いえ、悪い意味じゃなくて。相馬さんは経営される方で、実際に掃除をされるわけじゃないですし。そういう人たちを『使う』立場ですよね」

姉が足を組み直した。「社長なら、もっと華やかな奥さんの方が釣り合うと思いません?」

ゆとさんは答えなかった。姉はその沈黙を追い風だと思ったらしい。「あ、それとですね、さっき廊下で作業服の方とお話されてましたけど、あれ、社長がやらなくていいことですよね。『今、現場帰りだ』とおっしゃってましたけど、あれも、秘書みたいなものですよね。ああいうのは下の人に任せて、社長は上の仕事をされた方が…」

姉がゆとさんの斜め後ろに立っている人を、まともに見たのは、そこが初めてだった。「その方も、掃除の方ですか?」

「鍛原と申します」

「ああ、はい。あの、お茶とか、そういうのは…」姉が湯のみを軽く持ち上げて、また置いた。鍛原さんにお代わりを頼むつもりだったのだと思う。

ゆとさんがそこで口を開いた。「お茶は、僕が入れます」そう言って立ち上がり、部屋の隅のポットから、姉の湯のみに自分でついだ。

姉は注がれる湯のみを見ていた。何が起きているのか、まだ分かっていない顔だった。

私は鍛原さんの方を見た。鍛原さんは、姉の口元をじっと見ていた。怒っている顔ではない。確かめている顔だった。長い間聞かされてきた言葉を、その日もまた聞いたという、確かめ方だった。

部屋が長く静まった後で、ゆとさんが言った。「鍛原さん」「はい」「月曜にお見せした、あの台帳の理由の欄です。あれを、この場でお願いできますか?」

鍛原さんが一歩前に出た。姉が「え」と言った。

「う木レナさんでよろしいですか?」「はい。けど…」「私は鍛原と申します。今は統括部長をしております。14年前は、現場の責任者でした」

姉が眉を寄せた。何の話が始まったのか、分かっていない。

「あなたのお父様の会社に、私は5年入っておりました」

姉の口が半分開いた。「う木さんと申します」

私は息を止めていた。鍛原さんは社長の顔を一度見てから、正面を向いて言った。「あの日の報告書は、う木誠さんに、受け取っていただけませんでした」

姉がわずかに身を引いた。

「あなたは今、『下働き』とおっしゃいました」鍛原さんが姉の方を向いた。「14年前のあの日、あなたのお父様の工場で、突き飛ばされた者が1名おります。その者は、あの工場の床を5年。日曜の他は、毎朝6時から2時間、拭いておりました。あなたがまだ寝ている時間にです」

姉が口を開けた。何か言おうとして、言葉が出てこないようだった。

「知らない」姉の声は、ほとんど息だけだった。「そんな人、うちに来てた覚えない」

「はい」鍛原さんは頷いた。責める言い方ではなかった。「覚えていらっしゃらないと思います。私どもは、皆さんが起きてくる前に済ませて帰っておりましたので。5年、1度もお会いしておりません」

姉が湯のみに手を伸ばした。持ち上げようとして、途中でやめた。さっき、その湯のみのお代わりを、この人に頼もうとしたことを、そこで思い出したのだと思う。

「その者の名前は、今日は申し上げません。個人との約束がありますので」

姉は鞄を抱えて立ち上がった。何か言おうとして、言葉にならないまま、応接室を出ていった。廊下で1度だけ振り返ったが、私とは目を合わせなかった。

4月18日、雨。その日のことなら、覚えている。書いた紙がどこにあるかも。

夕食の支度もせずに、段ボールの戸を開けた。段ボールのガムテープを剥がした。運び込んでから初めて開けた箱から、青いビニール紐と、湿った段ボールの匂いがした。

教科書と通信簿の下に、表紙に会社名を書いたファイルがあった。17だった年のものを抜いて、表紙をめくる。その紙にも、右上に私の字で日付と天気が書いてある。4月の締めに、それはあった。

紙にはこう印刷されていた。「作業中止のご報告」

上の方に、そう書いてあった。手書きではない、印刷した字だ。

宛先、う木正規。差出し、相馬清掃。名前のところに、赤の丸い印をしてあった。日付、4月18日。現場名のところに「う木正規事務所」と書いてあった。

中止の理由は3つだった。清掃している最中に、う木正規の責任者から暴言を受けたこと。作業員の1名が突き飛ばされ、道具を蹴られたこと。契約の代金が、前の年の12月分から止まっていること。

その下に金額が書いてあった。委託料、4ヶ月分、60万円。

そして一番下に、署名が3つ並んでいた。鍛原克久、久保田三男、相馬公平。

指が止まった。3つ目の名前を、私は何度も読み返した。読み返すたびに、同じ字がそこにある。

仏壇の位牌。その脇の写真。軽トラの横に立って、笑っていなかった人。その人が、この紙に自分の名前を書いている。

右の端に、鉛筆の字があった。私の字だ。17歳の私が書いた字だ。「4月18日、雨。鍛原さん」

そこから先は、思い出そうとしなくても戻ってきた。

あの日、雨が横から降っていた。土曜だった。私が事務所に入ったのは9時で、その頃には掃除の人たちはもう帰っていた。床は乾いていた。私は受付に立たされて、その後、昼まで誰も来なかった。

その朝、父は事務所から工場へ出ていく時に、私へ一言だけ言った。「今日は、誰が来ても、社長は留守だと言え」

誰が来るのかは言わなかった。私は聞かなかった。父が「誰が来ても」という時は、来る相手が決まっている。それも、土曜の朝の受付に立つうちに覚えたことだった。

昼前に、作業服の3人が事務所へ来た。3人とも濡れていた。傘は持っていたのだろうが、荷物を抱えていたから、させなかったのだと思う。

3人のうち一番若い人が前に出て、紙を1枚差し出した。「鍛原と申します。これを、社長さんに…」

「留守だ」と言えと言われていた。それなのに、私は手を出していた。

その時、奥から父が出てきた。父はその紙を、私の手が触れる前に取り上げて、内容も見ずに言った。「そんなもん、いらん」

その人がもう一度言った。「受け取っていただけませんか?」「受け取ったら、認めたことになるだろうが。帰れ」

父は紙を受付台へ放った。返しもしなかった。渡した人の手に押し付けもしなかった。ただ、台の上に置いたままにした。その置き方には意味があった。受け取っていないことにするには、返してはいけない。返せば、突き返したという事実が残る。置いておけば、置いていっただけになる。

一番年上の人が、事務所の鍵を封筒ごと受付台に置こうとした。父は顎で戸口をしゃくっただけだった。

3人は頭を下げた。私に向かって名乗ったその人が、「お嬢さん、お世話になりました」と言った。あの時の鍛原さんだ。

出ていく背中を見て、私は受付の棚から茶托の缶を出そうとした。うちに来た人には出す決まりだった。

「こんなもんに、出すな」父の声が飛んだ。私は箱を棚に戻した。

3人は駐車場を横切って、雨の中を歩いていった。傘は差していなかった。

受付台に、紙が1枚残った。夕方まで誰も片付けないので、私が引き出しにしまった。捨てるのは違うと思った。捨てられるのも、違う気がした。

その紙の右上に、いつもの癖で日付と天気を書いた。それから、名乗った人の名前を書いた。なぜ鍛原さんの名前を書いたのかは、自分でも分からない。多分、その人だけがこちらの目を見たからだと思う。

夜、ゆとさんが帰ってきた。私は台所の食卓に、その紙を置いた。

ゆとさんは上着を脱ぎかけたまま、それを見た。近づいて、両手を膝につくようにして、覗き込んだ。長い間、動かなかった。

「父の字です」声がかすれていた。「僕は、子供の頃から父の字を見てきました。この名前の最後の払いを跳ねる描き方は、父です」

ゆとさんは指で紙の淵をなぞった。触れたのは字ではなく、紙の端だった。「鍛原さんと、久保田さんと、父です」

「久保田さんは、今も現場に出ています。75になりますが、週に3回来ています」

「この3人の人、今は2人です。3人目が、父でした」

「2人」という言葉で、この紙が何なのかはっきりした。差し出した3人のうち、1人はもういない。受け取ってもらえなかったその紙だけが、14年経って、差し出した側の家の食卓に置かれている。

「この紙、『作業員の1名が突き飛ばされた』って書いてあります。その1名って、どなたですか?」

言ってから、聞くべきではなかったかもしれないと思った。ゆとさんの目は、その1行の上で止まったままだった。「鍛原さんに、確かめます」

「確かめなくても、分かってるんじゃないですか?」

ゆとさんは答えなかった。目だけが、3つ目の署名のところに残っていた。

「あの、ゆとさん」私が言いかけると、ゆとさんが先に聞いた。「この紙が、どうしてここにあるんですか?」「私が持っていました」

ゆとさんが顔をあげた。「あの日、実家の父が受け取らなかったんです。受付台に残ったままでした。それを、私が引き出しにしまって、14年、そのままでした」

ゆとさんは食卓の淵に手をついた。それから、椅子に座って、両手で顔を覆った。声は出していなかった。肩も動いていなかった。ただ、しばらくそうしていた。

やがて、ゆとさんが手を下ろした。「まほさん」「はい」「この紙を14年持っていたことは、責めません」責めないと決めてから、顔をあげた。「私は17で、言えたはずです」「言えません」「言えない家だったことが、今日はっきりわかりました」

ゆとさんはそこで1度、息を吸った。「それに、あなたが捨てていたら、この紙は今ここにありません。父が最後に差し出した紙です。それを、うちに戻してくれたのは、あなたです」

「さっき言った通り、この紙は鍛原さんに見せます。それから、僕の判断をお伝えします」「はい」

「でも、その前に」私は紙を自分の方へ引き寄せた。「私が先に、父に会ってきます」「1人でですか?」「はい。ゆとさんが行くと、父はお金の話にします」

ゆとさんは私の顔を見て、それから頷いた。「わかりました。何かあったら、すぐ電話をください」

出かける前に、その紙を食卓に置いて、携帯で撮った。日付の欄と、3つの署名が読める大きさで。

土曜の午後、実家の工場へ行った。土曜で、機械は2台だけ動いていた。事務所の受付台は、14年前と同じ場所にある。天板の板が剥がれていた。

父は奥の机にいた。「なんだ、お前?」

私は紙を机の上に置いた。父は最初、それが何か分からなかったらしい。老眼鏡をかけて、上から順に読んだ。署名のところで、父の目が1度止まった。それから、何でもないという顔で顔をあげた。「知らんな」

「読んだよね」「知らんと言っとる。そんなものは、受け取っとらん」「うん。受け取ってないよ」

父の目が泳いだ。差出しの欄をもう1度見ている。相馬清掃という並びを。

「だから、ここにあるんだよ。受け取らなかった紙だから、私のところに残ってるの」「どこで拾った?」「拾ってない。私が引き出しにしまった。17の時」「そんな昔の紙が、なんで?」「私の癖だから」私は右上を指した。「日付と天気。お父さんに教わったんじゃない。お父さんに、必要だって思い知らされたの」

その時、工場の方から足音がした。油の染みたつなぎを着た人が、シャッターの内側からこちらを見ていた。「まほちゃん」

俊夫さんだった。事務所へ入ってきて、机の上の紙に目を落とした。66歳になる。前より背中が丸くなっていた。「ああ、それか。覚えてますか?」「覚えとるよ」

俊夫さんは油の染みた布で手を拭いた。「あの日のこと、俺も覚えてる。雨の日だ」

「俊夫」父の声が飛んだ。

俊夫さんは構わずに続けた。「事務所の前まで水が来た。バケツいっぱい分だ。俺が雑巾で拭いた。誰も手伝わんかった」「何の水ですか?」「それは、社長に聞いてくれ」

それから俊夫さんは、少しだけ声を落とした。「それとなあ、まほちゃん。あれからずっと、うちの床は油っぽいままだ。去年、1人が滑って手首を折った。3ヶ月休んだ。労災に出す紙は、社長が書いた。原因の欄に『本人の不注意』とだけ書いてあった。俺はそれを見た。それだけだ」

父が立ち上がった。机に手をついて、紙の方へ手を伸ばした。私は紙を引いた。「写真は撮ってあるよ。日付が入ったのも」

父の手が止まった。「原本はここにある。でも、原本がなくても困らないようにしてある」

父は伸ばした手を、そのまま机の上に落とした。落とした指の先が、紙の日付のところに触れた。父はその日付のところだけを、指で抑えていた。爪の間に、油が黒く入っていた。

紙を鞄に戻して、事務所を出た。俊夫さんが駐車場まで送ってくれた。

「まほちゃん、あの3人な」「はい」「あの後、うちに掃除屋が入ったことは、1度もない」俊夫さんは工場のシャッターの方を向いた。「誰も怒らんのよ。掃除をやらんことで、その日困ることは何もないからな」

俊夫さんは手を拭いていた布をポケットに差し込んだ。「困るのは、何年も後だ」

私は工場の中を見た。シャッターの内側の床が、光っていた。磨いた光り方ではない。油が染みて、黒く光っているのだ。

俊夫さんは私の鞄を見た。「あんた、紙は捨てんかったな」

4日後の水曜、私はまた休みを取った。実家の3人が、本社へ来た。言い出したのは父ではない。母と姉だ。

私が工場で父に紙を見せたことは、父の口から形を変えて母へ伝わったらしい。「まほが変なこと言い出したのよ。もう、直接社長さんに話をつけます」母は電話でそう言った。

乗り込むつもりだったのだと思う。ただ、時間を決めたのは、ゆとさんだった。小柳さんにも来てもらうと、前の晩に聞いていた。「断りの返事を受けたのは、小柳さんです。それを聞いた人がいないと、水掛け論になりますので」

その同じ夜、ゆとさんは調べたことを全部私に話した。父の会社の取引先が何社に減ったか。従業員が今は6人であること。銀行がどこで止まっているか。その上で、こう答えるつもりだと先に言った。私は聞いて、頷いた。

だから、翌日の応接室でゆとさんが口にしたことに、私が知らないことは1つもなかった。

姉が車を運転し、父を助手席に乗せてきた。父が自分から来たのではないことは、入ってきた順で分かった。母が先で、姉が次で、父が最後だ。

母は14年前のことを、何も知らない。姉は金曜に鍛原さんの話を聞いているが、何の話なのか分からないまま帰った。父が2人に話していないからだ。話していれば、2人はここへ来なかった。

応接室には、ゆとさんと鍛原さんがいた。その後ろに、社員証を下げた50くらいの女の人が立っている。「管理部長の西野です」

小柳さんは少し遅れて、いらっしゃいました。西野さんは名乗って、抱えていたものを机の端に置いた。「日付も契約書も、7年で処分しております。14年前のもので残っているのは、この台帳と、亡くなった創業者が自分の手元に置いていた書類だけです。他は、何も残っておりません」

分厚い台帳と、その脇に並べた古い茶封筒だった。台帳の表紙は色が抜けて、背表紙に文字が残っている。「相馬清掃」。会社の名前が変わっても、背はそのままだ。

ゆとさんが座ったまま言った。「う木誠さんに、下請けとしてうちの仕事をお回しすることはできません。取引先をご紹介することもできません。運転資金の4000万円についても、お出しできません」

父が身を乗り出した。「身内なのに、冷たいな」「身内だからではありません」ゆとさんの声は大きくならない。「理由は1つです。皆さんは、僕の仕事と、僕の社員を見下していらっしゃる」

「まほさんは、僕の仕事を1度も笑いませんでした。見合いの席で、『建物を綺麗に保つ仕事は大事だ』と言いました。仕事の外にいる人にそう言われたのは、あの一度だけです」

ゆとさんは母の方を見た。「でも、皆さんは僕の仕事を知った日から、ずっと見下して来られました。写真を親戚に回して笑い、座布団も進めず、茶托を外した湯のみを出し、この部屋では、うちの社員を『下働き』と呼びました」

母の顔から血の気が引いた。写真の話がこの部屋で出るとは、思っていなかったのだ。

ゆとさんは母から目を離さずに続けた。「そんな人たちに、うちの社員と取引先を任せる気はありません」

「待ってくれ」父が言った。「掃除の話をしてるんだ。人を見下すも何もあるか?」

「お父さん」ゆとさんが初めて、父をそう呼んだ。「うちに人を出すというお話でしたね。俊夫さんだと、まほさんから聞きました。66歳の旋盤のベテランの方です。うちには、70を超えて現場に立っている者が何人もいます。年齢でお断りするのではありません。形が作れないからです」

「形とは?」父が聞いた。「俊夫さんの従業員を、うちの現場に入れて、うちの人間が直接指揮命令する形にはできません。そうなると、単純な業務委託ではなく、労働者派遣に当たる可能性があります。お出しになるなら、現場を1つ丸ごとお引き受けいただく形になります。そうなると、講習を受けた現場監督の方がいります。労災も、受け入れの保険も、怪我人が出た時の届けでも、そちらでご用意いただくことになります」

「それに、俊夫さんは朝の4時からになります。冬の現場は、凍ります。腰を落とす作業が続きます。その相談を、お父さんは俊夫さんとされましたか?」

父は答えなかった。

「鍛原さん」

「はい」鍛原さんが一歩前に出た。「う木正規さんには、あの日まで5年、内側が入っておりました」

父の肩が動いた。鍛原さんは手元を見ずに続けた。「先日、お姉様に申し上げましたが、日曜の他は毎朝でした。土曜も、工場が動いておりましたので、休まず入っておりました。3人で、事務所と食堂と便所。それに、工場の床の油取りまで。年2回の床の洗い直しを、この中に入れておりました」

「15万円。決めたのは19年前で、1度も上げておりません。正直に申し上げます。うちには合わない金額でした。3人分の人件費は、あの額では出ません。2人分しか出ないんです。足りない1人は、うちの者が自分の給料を取らずに、現場へ入って埋めておりました。5年、ずっとです」

「え、月に15万も?」姉が言った。掃除の代金を、その半分にも足りない額だと思っていたのだと思う。「3人で2時間、それを月に26日です」鍛原さんはそれだけ答えた。

「止まったのは、前の年の12月分からです。そこから4ヶ月、1円も入りませんでした。15万円の4ヶ月分、合わせて60万円です」

「そんな昔の金、事故だろうが」父が言った。「法律でどうこうという話ではありません」鍛原さんは表情を変えなかった。「決算の上では、うちは当時に諦めた金として処理しております。取れない金を売掛けに残しておくと、帳簿が合いませんので。諦めたのは数字の上だけです。この台帳の1つの行だけは、14年、消しておりません」

「電話は3度かけました。2度目までは、工場のどなたかが出られて、『社長は席を外している』と。3度目に、社長さん、あなたが出られました。『うちが忙しい時に、何度もかけるな』と。それっきりです」

父は口を結んだままだった。

鍛原さんが続けた。「4月18日の朝、私は現場でお話ししました。『仕事は続けたい。ただ、代金だけは払っていただきたい』と」

鍛原さんはそこで初めて、言い方を変えた。「その時、そちらの社長さんが、モップの入ったバケツを蹴りました。中の水がかかったのは、私ではありません」

部屋の音が消えた。「かかったのは、うちで一番長く現場に立っていた者です。突き飛ばされて、壁で肘を打ちました。あの日、その場にいたもう1人は、久保田と申します。あれから14年、今も朝の現場に立っております。今日、ここへ来ていただくことは、私が止めました。あの日のことで、あの人にもう一度口を開かせたくなかったので」

「大げさに言うな」父が遮え切った。「大げさかどうかは、突き飛ばされた本人が申し上げるべきです。ですが、申し上げられません。もう、なくなりましたので」

鍛原さんは一度、床の方を見た。「亡くなったのは、4年後です。あの日のこととは、関わりません。ただ、もう申し上げられないというだけです」

「あの日に戻ります。その日のうちに、病院へ連れて行きました。診断書も取りました。警察には、届けておりません」鍛原さんはそこで一度、言葉を切った。「事務所の鍵も、その日にお返ししようとしました。それも受け取っていただけませんでしたので、後日、簡易書留でお送りしました。届いたことは、当時こちらで確かめております」

「郵便局が中身まで証明してくれる手紙があります。内容証明と言います。それを出しましょうと、私は申し上げました。ですが、その者が『それはやめてくれ。うちが至らなかっただけだ』と」

「その者の名前を、申し上げます。相馬公平です」

母が「え」と言った。姉がゆとさんを見て、それから鍛原さんを見た。「待って」

西野さんが台帳の背から顔をあげた。「相馬公平は、うちの創業者でございます。相馬清掃を1人で始めたものです。ここにおります、相馬ゆと社長の、実の父親でございます」

父はそこで初めて、観念した顔をした。名前は4日前に読んでいる。土曜に工場で見せた時、署名のところで目が止まったのを、私は見ていた。分からなかったのではない。分かって、4日かけて、分からなかったことにしていたのだ。

鍛原さんが続けた。「その創業者が、朝6時のあの現場に、自分で入っておりました。3名のうちの1人が、公平さんです。人の足りない現場には、必ず自分が行く人でした。う木さんの現場は、5年ずっと足りておりませんでした」

父が口を開いた。「4日前に知っとった。あの紙で知った。あれが、向こうの親父で、そっちの社長だったんだろう」「はい」と鍛原さんが答えた。

「だったら、最初にそう言えばいいだろうが」父の声が裏返った。それが、この人にできる最後の抵抗だった。「言えば、払ってやったかもしれん。俺だって、相手が向こうの社長なら…」

そこまで言って、父は自分で口を閉じた。閉じるのが遅かった。部屋の全員が、今の一言を聞いていた。

「うちの父は、肩書きを名乗らない人でした」ゆとさんが言った。「僕が会社を作った時、役職についてくれと繰り返し頼みました。断られました」「どうして?」姉が聞いた。素朴な聞き方だった。「人を肩書きから見る癖がついたら、終わりだと言われました」

ゆとさんはそこで1度だけ、目を伏せた。「うちの父は、う木正規という名前を、僕に1度も言いませんでした。亡くなるまでです」

「どうして?」姉がまた聞いた。ゆとさんは机の上の台帳に手を置いた。「言わない代わりに、うちの父は1度だけ、欠かせました。この台帳にです。19のうち、父が自分で欠かせたのは、あの1社だけです。理由の欄は、1行だけです。『相手の社長に、うちの現場の者が手を上げられたため』。それだけです」

鍛原さんが台帳の脇の茶封筒に手を置いた。「私どもの控えは、こちらにございます。西野が先ほど申し上げた、創業者が手元に置いていた書類の1枚です」

「控えには、受領の判をいただく欄があります。そこが、空のままです。空のままでは、お渡ししたことにはなりません」鍛原さんは封筒から手を離した。「日報にも、月ごとにお受け取りの判をいただく欄がございました。その日報はもう残っておりませんが、5年、1度も押していただいた覚えはございません」

父が黙った。母が急に姿勢を直した。「あの、それは14年も前のことでしょ。もう、終わったことじゃないですか?」

「終わっていません」ゆとさんが答えた。「終わったことにするには、どちらかが幕を引かないといけません。うちは引いていません。そちらも引いていません。代金は、今も払われていません」

母の口が閉じた。ゆとさんは続けた。「60万円です。請求書は3年、お送りしました。その後は止めました。ただ、取り下げてはいません」

母が父の腕を掴んだ。「あなた、何したの?うちの話が壊れるじゃない」

「元を言えば、向こうの仕事が雑だったんだ」父が吐き捨てた。「窓のサッシに誇りが残っとった。それを言っただけだ」

「バケツを蹴るのが、それを言うてことなの?」姉が言った。姉が父に何かを言うのを、私は初めて見た。

私は父を見た。「お父さん、ゆとさんの家のサッシに、誇りが1つもないよ。台所の換気扇の羽まで白い。『掃除の人を入れてるんですか』って聞いたら、『僕がやっています』って言った」

父が私を見た。私は目をそらさずに続けた。「その拭き方を、あの人に教えたのは、お父さんが『誇りが残っとった』って怒鳴った、その人だよ」

「皆さん」ゆとさんが言った。大きい声ではない。それでも3人が黙った。「どちらの仕事が雑だったかというお話は、うちの会社でされることではありません」

それだけだった。鍛原さんが元の位置に戻って、両手を前で組んだ。

私は膝の上の鞄を見た。中にあの紙が入っている。椅子を引いて、立ち上がった。ここから先は、誰かの代わりではなく、私が話す番だった。

「お父さん」私が呼ぶと、3人がこちらを向いた。「私、高校の時からずっと、うちの会社の帳簿つけてたよ。家を出るまで」

父が眉を寄せた。「今、それを言ってどうする?」「言うよ。私しか言えないから」

鞄から自分の手帳を出した。会社の帳簿をつけながら、年ごとの売上だけを別に書き移していたものだ。家を出る時に、これだけは持って出た。

「清掃の会社が入らなくなった年、その最後の請求書を閉じたのは、私だよ。その後もしばらく、払ってくださいという封筒が毎月来た。お父さんが開けないから、私が開けずに閉じてた」

「掃除が止まった次の年から、油の煙を吸う機械のフィルターの伝票が来なくなった。削りカスを買い取ってくれていた業者も、『油が多すぎて、根がつかない』と言って来なくなった。毎年、私が閉じる紙が、1枚ずつ減っていったの」

「経費を絞ったんだ。当たり前だろ」「うん。そこは分かる」私は頷いた。

私は手帳を開いて、父の方へ向けた。売上の数字が、年ごとに並んでいる。「6年前に、取引先から不具合の連絡が来たよね。納めた品物に、異物が入ってたって。その後に、工場を見に来る検査があって、そこで出した報告書を、私も見たよ」

父の顔が変わった。私は続けた。「品物に金属の削りカスが混ざってた。原因は3つ書かれてた。1つ、床に油と削りカスが溜まっていること。2つ、油の煙を吸う機械の手入れができていないこと。3つ、その機械をいつ掃除したか、記録が出せないこと」

「『直します』って報告を出したよ。3ヶ月後にまた見に来られて、同じ3つをまた書かれた。その次の契約で、数のまとまった量産の仕事が先に切られて。そのまた次の年に、残りも切られた。単価の話も、人の話もあったよ。でも、これだけは、うちが自分で作ったの」

母が「あなた、そんなこと…」と言いかけた。私は答えなかった。私は父から目を離さずに言った。「1度に落ちたんじゃないよ。何年もかけて、じわじわ落ちたの。その数字を、私が毎月帳簿に書いて、年ごとにここへまとめてた」

「掃除の会社が入っていた最後の年と、去年とを並べて読んで。半分より下だよ。人が減ったから仕事が減ったんじゃない。仕事が減ったから、人が減ったの」

「言っておくけど」父は手帳を見ようとしなかった。私は手帳を閉じた。「お父さん、『この家の飯を食ってきたんだろう』って言ったよね。食べたよ。その代わり、高校1年の春から、家を出るまで、土曜の朝は全部、あの工場の事務所にいた。給料は1度も出てない。あの時、私はこの計算を口にする言葉を持ってなかった。今は、持ってる」

父は組んでいた腕をほどいて、また組んだ。「掃除を辞めたことを、責めてるんじゃないよ。掃除を辞めるかどうかは、社長が決めることだから。金がないなら、削るしかない。そこは、責めない」

父が口を開いた。開いたまま、何も出てこなかった。「私が言ってるのは、そこじゃない。人を怒鳴って、道具を蹴って、4ヶ月分の代金を払わなかった。その上で、それを14年、なかったことにしてきた。そっちだよ」

「14年前だけじゃないよ。去年、あの油の床で1人が滑って手首を折った時も、お父さんは原因の欄に『本人の不注意』って書いた。床の油のことは、一言も書かなかった。やり方は、何も変わっていない」

姉の方を向いた。「お姉ちゃん」「何?」「『底辺』って言ったよね」姉が目をそらした。「その底辺の人たちが、毎朝拭いてたのは、俊夫さんが旋盤の前に立ってる、あの工場の床だよ」

「意味わかんない」「床の話だよ」私は自分の足元を指した。「床に油と削りカスが溜まってると、機械の周りを圧縮空気で吹いて掃除するたびに、それが舞い上がるの。待ったのが、削ったばかりの部品の上に降りる。油で濡れた床を踏んだ靴と台車が、削りカスを製品置き場まで運ぶ。寸法は合ってるのに、『傷がついてる。ゴミが入ってる』って突き返されるの」

「うちの工場は、14年かけて、自分で自分の足元を汚したの。誰かに潰されたんじゃない。やめるなら、うちの誰かが毎日その油を取らなきゃいけなかった。雑巾1枚あれば、できたことだよ。うちはやめただけで、代わりを置かなかった。しかも、怒鳴って追い出したから、後から頼み直すこともできなくなった。拭き方を知っている人を、自分で帰らせたんだよ」

姉は何も言わなかった。父も、何も言わなかった。

私は鞄から、あの紙を出した。父の前ではなく、鍛原さんの前に置いた。「これ、14年前の4月18日に、あなたたちがうちに持ってきた紙です。『作業中止のご報告』と書いてあります」

鍛原さんが膝を折って、目の高さを紙に合わせた。

私は鍛原さんに向かって続けた。「実家の父が受け取らなかったので、受付台に残りました。それを、私が引き出しにしまって、14年持っていました」

鍛原さんが顔をあげた。「受付にいらした、お嬢さんですか?」

私は頷いた。鍛原さんは紙に触れずに、上から順に読んだ。3つの署名のところで、指が動きかけて、止まった。

「これは、控えではありません。あの日、私どもがお渡しした、原本です」声が低くなっていた。「書類の上では、お渡しできなかったことになっておりました。判をいただけませんでしたので。ですが、その原本が、14年、う木さんの手元に残っていた。受け取らなかっただけで、確かにその手の前まで、届いていたということです」

それだけ言って、鍛原さんは背筋を伸ばした。

西野さんが台帳を開いて、理由の欄に指を置いた。「それで、14年前に何があったのかが、確かになりました。誰が誰を訴えるわけでもありません。ただ、もう、なかったことにはできません」

「まほ」母が私の名前を呼んだ。声が少し高い。「あんた、いつからそんな風になったの?」

「前の私は、何も言わなかっただけ。中身は同じだよ」

「お母さん、1つだけ言っておく。私、あの通帳のお金には、1円も手をつけてない」「通帳?」「うん」「いくらあるの?」

言うつもりはなかった。それでも言った。この人が最後まで何を見ているのか。それを、この場の全員に見せておきたかった。「9000万」

母の目が開いた。姉も顔をあげた。「9000万?」母は口の中で、9000万ともう1度言った。「1円も使っていないの」というところは、聞いていなかった。

私はもう1度言った。「1円も使ってないよ。使う気もない」「その口座は、僕の名義のままです」ゆとさんが続けた。「まほさんに何かあっても、そちらへは1円も行きません」

私は続けた。「あのお金はね、お父さんが払わなかった60万円を、1度も怒鳴り込まずに、請求書だけ送ると決めた人がいる。その人が残したお金だよ。そういう人の残したお金で、私は暮らしてる」

「では、こちらからも」ゆとさんが立ち上がった。「お父さん、先ほどのお答えは変わりません。下請けも、取引先も、お金も、お回しできません」

「お母さん、老後のことをお考えのようですが、うちに空き部屋はありません。4つのうち、1つは亡くなった僕の父の仏壇の部屋です。1つは、仕事の書類で床まで埋まっています。1つは、僕とまほさんの寝室で。残りの1つが、今です」

母の顔が固まった。「それと、毎月3万円のお話です。そういうお話があったことは、まほさんから聞いています。ですが、『出したい』という相談は、1度もありません。断ったんだと思います。断ったのなら、それが答えです」

「それから、お姉さん」姉が背筋を伸ばした。まだ望みを捨てていない顔だった。「僕がお姉さんにお会いしたのは、まほさんを迎えに行った日が最初です。縁談の席でお会いしたことは、1度もありません。でも、話は私に来ていて、その時…」

応接室の扉が開いた。小柳さんだった。「遅くなりました。相馬さんに呼んでいただいて」

小柳さんは姉の方を見ずに、ゆとさんへ頭を下げ、それから席についた。「レナちゃん、お断りのお返事を受けたのは、私よ」

姉が「小柳さん…」と言った。「あなた、写真だけ見て、釣書を畳に押し戻したわね。私は目の前にいたの。あれは…」「その時、何とおっしゃったか、私は覚えてます」

小柳さんはそれ以上言わなかった。言わないことで、う木の3人が、その言葉を思い出した。

「お姉さん、縁談は、断られた時点で終わっています」ゆとさんが言った。「その後で会って選んだのは、まほさんです。順番の話ではありません」

姉はしばらく、自分の膝を見ていた。それから、誰にともなく言った。「私、写真しか見てない」声が小さかった。「1分も見てない。目に入ったのは、あの人の顔と、『清掃業』っていう職業の欄だけ」

姉が顔をあげた時、その目は誰も見ていなかった。壁の一点を見ていた。3月のあの日に、自分が何をしたのか。姉はそこで初めて、それを数え始めたのだと思う。感情が合わないという顔だった。

私は3人の方を向いた。「私は今まで、お姉ちゃんの代わりなら、何でも受け入れてきた。でも、この結婚は、あなたたちのお下がりじゃないよ。畳に押し戻した紙は、押し戻した人の手を離れてるの。そこから先は、私が自分で選んだ人生だよ」

私は姉を見た。「お姉ちゃんが置いていった緑の紙も、まだ実家の座卓にあるよ。誰も片付けてない」

母が泣き出したのは、その後だった。「ひどい。いらないものみたいに言って。私たちは、親なのに」「うん」「まほ、あんた、親を捨てる気?」

私は母を見た。31年、この言葉が出てくるたびに、私は黙ってきた。その日は、黙らなかった。「捨てたのは、そっちだよ。ずっと」

母の鳴き声が止まった。「机も、制服も、自転車も、私は『いらない』って言われたものをもらってきた。土曜の朝も、会社の帳簿も、全部こっちに回ってきた。お母さんが『うちの子』っていう時、そこに私は入ってなかった」

「それともう1つ」3人を順番に見た。「私は誰も潰さないよ。潰す必要がないから。お父さんの会社は、私が何かしなくても、このままだと苦しいままだよ。14年前にこの家が追い出したのは、床を綺麗にする人たちだった。追い出して、代金も払わなかった。あなたたちは、自分で手放した分だけ、自分で仕事を失っただけ」

母が最後の交渉をした。「じゃあ、あれだけでも、この方のところで働かせてもらうとか…」「お母さん、事務でいいのよ。レナは、器用な子だから」

「お姉さんは、うちの社員を『下働き』と言いました」ゆとさんが答えた。「その言葉を、この部屋にいた者が全員聞いています。うちの現場は、そういう人たちで回っています」

父が1度だけ、私の名前を呼んだ。「まほ」「何?」「17の時から持っとったと、この間言ったな」「言った」「なんで、その時に言わんかった?」

私は父を見た。この人は最後まで、自分ではなく、私の落ち度を探している。「言ったら、お父さんはどうしてた?」

父が黙った。「捨てたよね」

父は答えなかった。答えなかったことが、答えだった。

「だから言わなかったんじゃないよ。言えなかったの。あの家では、私の言うことは、来ていないことになるから」

長い沈黙の後で、ゆとさんが言った。「1つだけ、お伝えできることがあります」

父が顔をあげた。「3つのお答えは変わりません。ただ、掃除と機械の手入れを、人に頼むおつもりがあるなら、それを引き受けられる会社を、一社だけお教えします。うちより小さい会社です。うちの仕事は、1円も増えません。先に、14年前のことは全部お伝えします。その上で、受けるかどうかは、あちらが決めます」

「なぜ、そんなことを?」「あの工場で働いている方が、6人いらっしゃるからです」

父の肩が下がった。ゆとさんは頭を下げた。「14年前、うちの父が5年拭いて、最後に頭を下げに行って、追い返された工場の床です。うちは、もう入りませんよ。よその会社に、お願いします」

父の目の先に、鍛原さんの前に置かれた、あの紙があった。「60万円は、今更その紙を受け取って済ませる話じゃないよ。払うべきだった相手は、相馬清掃だよ。そのお金で働いていたのは、鍛原さんと、久保田さんと、ゆとさんのお父さんなんだから」

父は何も言い返さなかった。ただ、膝の上に置いた自分の手を見ていた。

帰りの車の中で、私はしばらく何も喋れなかった。運転席のゆとさんも、何も聞かなかった。信号で止まった時、ゆとさんが前を向いたまま言った。「まほさん」「はい」「入籍した日の夜に、まほさんが頼んだお金です。あの1万円、まだ残ってますか?」

あれから半年が過ぎ、3月になった。実家のことは、おばの釘子さんから伝え聞くだけだ。

小柳さんは、あの家にもう縁談を持っていかないと決めたらしい。町内の話を一番回す人が黙れば、話は回らなくなる。

姉はまた別の相談所に登録したが、会う相手に勤め先と役職ばかり聞くので、続かないという。あの水曜、姉は自分が何をしてたのかを数え始めた。ただ、数え終わることはなかったのだと思う。人を肩書きでしか見ないやり方が、まだ変わっていないからだ。近所の店で働き始めて、1月も持たなかった。

姉が置いていった緑の紙の行方は、誰も言わない。捨てると決めたものは、あの家では誰も数え直さない。

母は、会社の帳簿を自分でつけるようになったそうだ。事務は苦手だと言い張っていた人が、老眼鏡を家と事務所に1つずつ買ったという。老後の話は、もう誰もしない。

父は、ゆとさんが教えた会社と話をした。断られると思っていたが、受けてもらえたらしい。入るのは週に2日、床の油だけ。それでも、前より滑らなくなったと、俊夫さんが言っていた。会社は残った。大口の受注は戻らず、今は試作でつないでいる。

14年前の未払い分、60万円は、父が洋和総合メンテナンス側へ支払った。4回に分けて、4ヶ月かかったそうだ。「入金がありました」と鍛原さんから聞いただけで、父からは何も聞いていない。

14年遅れて、あの請求が終わった。誰も理不尽に潰れなかった。自分たちが捨てたものを、取り戻せなかっただけだ。

おばの釘子さんは、電話の最後にいつも同じことを言う。「まほちゃん、あんたが悪いんじゃないからね」

そう言われるまで、自分が悪いのだと31年思っていた。

私は派遣の契約を更新した。更新の紙に名前を書いていると、矢島さんが後ろから覗き込んだ。「やっと、自分の名前ね」

苗字は変わりましたけど。「そこじゃないでしょう。名前は、う木から相馬に変わった。どちらも、私が選んだものではない。でも、まほという名前だけは、生まれた時から1度も変わっていない。父が病院の廊下で、5分もかけずに決めた名前だ。まっすぐな帆。帆は、自分では風を起こせない。それでも、どちらを向くかは、自分で決められる。31年かかって、そのことに気づいた。

先週、私は通帳をゆとさんに返そうとした。「9000万円なんて、やっぱり無理です」

ゆとさんは味噌汁をよそう手を止めて、こちらを見た。「じゃあ、1万円だけ使いますか?」「それでも、多いです」

2人で笑った。ゆとさんが声を出して笑うのを聞いたのは、暮らし始めてから数えるほどしかない。

私は湯のみを両手で持って、一口飲んだ。

「まほさん」「はい」「あの日、まほさんが僕の仕事を笑わなかったから、結婚したいと思いました」「はい」「お金じゃなくて、そこを見てくれたから。僕は1度も、あなたを誰かの代わりだと思ったことがありません」

「はい」

私は湯のみを置いて、言った。「入籍した日の夜の、あの1万円、残ってましたよ」

あの日、車の中で聞かれてから半年、私はその返事をしていなかった。

ゆとさんは頷いた。「あれっきり、もう1度は聞かずにいました。あれが、うちに来てから、あなたが自分から欲しいと言った、最初のものでしたから」

そう言われて、初めて気づいた。私はこの家で、何も欲しがっていなかった。

その1万円を、私は使った。駅前の和菓子屋で、かしわ餅を3つ買った。ゆとさんが実家へ挨拶に来た日に持ってきたのと同じ箱だ。

1つは鍛原さんに、1つは久保田さんに渡すつもりだった。会社の玄関で、2人に会えた。久保田さんは「わざわざ」と頭を下げた。私は箱を差し出して言った。「あの日、実家の父に止められて、お出しできなかったお茶菓子です。14年遅れましたけど、受け取ってください」

久保田さんはしばらく箱を見て、それから鍛原さんの顔を見た。2人は、何も言わなかった。

残りの1つは、ゆとさんが持って帰り、仏壇に線香をあげて、その前に置いた。

「父の金を預けてある口座です。そこから、やっと金が出ました」ゆとさんが言った。「1万円だけですけど、やっと使い始められました」

9000万円の元金には、ほとんど手をつけていない。使い道だけは決まった。会社が出す決まりの検診とは別に、70を超えて現場に立つ人たちの人間ドックと、腰と膝を守る道具。帳簿は、私がつける。

ゆとさんが言った。「会社からは、1円も出しません。これは、父の金です。父と同じ仕事をしている人に返すなら、文句は言われません」

今朝、ゆとさんは3時に出ていった。玄関の土間に、作業靴の跡が乾いていた。私はそれを拭いてから、靴を履いた。

この人の会社では、明日もどこかの建物で、誰かが人の来ない時間に床を拭いている。誰も見ていない場所から順に、建物は崩れる。手が入っているから、次の日に人が困らずに済む。

そういう仕事を「底辺」と呼んだ人たちが、私の家族だった。

姉の代わりに押し付けられた結婚だと思っていた。でも、私にとっては、姉が写真を裏返したあの日から、やっと代わりじゃない人生が始まったのかもしれない。

これからは、自分の名前で選んでいきたい。

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