「俺の年金は1円もやらん」――40年間、家庭にすべてを捧げてきた私に、定年退職した夫が放った言葉。月8万円のパート代で生活費を全部賄えと言われ、退職金2500万円は趣味に湯水のように使い、私の通帳まで取り上げた。義姉に相談しても「感謝しなさい」と一蹴され、花屋の常連さんに「それは経済的DVよ」と言われて初めて、自分が壊れかけていることに気づいた。私はこっそり年金分割の制度を調べ、書類を集め始…

「俺の年金は1円もやらん」――40年間、家庭にすべてを捧げてきた私に、定年退職した夫が放った言葉。月8万円のパート代で生活費を全部賄えと言われ、退職金2500万円は趣味に湯水のように使い、私の通帳まで取り上げた。義姉に相談しても「感謝しなさい」と一蹴され、花屋の常連さんに「それは経済的DVよ」と言われて初めて、自分が壊れかけていることに気づいた。私はこっそり年金分割の制度を調べ、書類を集め始...

結婚して40年、私は家庭にすべてを捧げてきた。感謝の言葉ひとつもなかったけれど、それでも歯を食いしばって乗り越えてきた。しかし夫の孝志が定年退職を迎え、家にいる時間が増えるにつれて、この家の空気は少しずつ重たくなっていった。さらに彼は、私の月8万円のパート代から食費も光熱費もすべて賄えと言い始めた。

退職からちょうど1ヶ月が経った夕食の席で、私は勇気を振り絞って切り出した。

「生活費のことなんだけど。来月から少しでいいから、年金から出してもらえないかしら。光熱費だけでも。」

「俺の年金は1円もやらん。」

その一言が空気を切り裂くように響いた。孝志は私を冷たい目でまっすぐ見据える。他人のように突き放すその宣言は、私の40年間を完全に否定するものだった。けれど、私の中では逆に何かが芽を出そうとしていた。それは怒りでも悲しみでもなく、ここから先は自分で決めるという覚悟のようなものだった。

私は梅原明子、65歳。地元の商店街にある花屋「花丸」でパートとして週5日働いている。朝5時に起き、夫の朝食を整え、洗濯機を回してから家を出る。花屋に着くのは8時。開店前の仕込みでバケツの水を替え、折れた花を取り除き、店頭のディスプレイを整えるのが私の仕事だ。色とりどりの花に囲まれる時間は、この5年間で私が見つけた小さな幸福だった。

夫の孝志は66歳。大手機械メーカー「和正機工」の営業課長として40年間勤め上げ、先月定年退職を迎えた。退職金は2500万円、厚生年金は月額約20万円と聞いている。世間的に見れば十分に恵まれた老後のはずだった。けれど現実はそう甘くなかった。

孝志が家にいる時間が増えるにつれて、この家の空気は少しずつ重たくなっていった。朝食の味噌汁が冷めているだの、洗濯物の干し方が気に入らないだの、テレビのリモコンが手の届かない場所にあるだの。些細なことへの文句が、退職前の何倍にも膨らんでいく。

「飯はまだか。何をグズグズしてるんだ。」

朝6時に起きてきた孝志は、ソファーに腰を下ろしたままだった。私はまだ味噌汁の出汁を取っている最中だった。味噌を溶かし、豆腐を刻み、お椀に盛り付ける。焼き魚に漬け物、炊きたてのご飯を並べてテーブルに運ぶまでおよそ15分。その間も孝志は不機嫌そうにテレビのチャンネルを何度も切り替えていた。

思い返せば、40年以上になる結婚生活はいつもこうだった。23歳で短大を卒業した直後に孝志と結婚した。当時彼は入社3年目の若手社員で、実直な働きぶりに好感を持ったのが始まりだ。けれど結婚して半年もしないうちに、孝志は私にこう告げた。

「女は家を守るのが仕事だ。明日から会社をやめろ。」

あの頃は、夫の言葉に従うのが妻の務めだと信じていた。事務職として働き始めたばかりの仕事を辞め、それ以来40年以上、私は家庭にすべてを捧げてきた。娘の晴香を生み育て、夫の身の回りの世話をし、義母が体を悪くしてからは在宅介護を10年間一人で担った。義母は気難しい人で、介護の間も「嫁なんだから当然でしょう」と感謝の言葉ひとつなかった。それでも私は歯を食いしばって乗り越えてきた。

孝志は仕事一筋の人間だった。朝早くに家を出て、夜遅くに帰宅する。休日も接待ゴルフや取引先との会食が入ることが多く、家事や育児を手伝ったことは40年間で一度もない。晴香の授業参観にも運動会にも、孝志が来たことはなかった。それでも、家族を養うために一生懸命働いてくれている。その事実だけを支えにして、私はこの家での暮らしを続けてきた。

5年前、義母を見取った後、知人の紹介で花屋「花丸」のパートを始めた。月収は約8万円。決して多くはないが、自分の手で稼いだお金で好きなものを買える喜びは、それまでの人生で味わったことのないものだった。店長の水瀬さんは60歳。温厚で従業員思いの人柄で、私がミスをしても穏やかに教えてくれる。この職場は私にとってかけがえのない居場所になっていた。

しかし、孝志にとって私のパート収入は取るに足らないものでしかなかった。

「花屋のバイトごときで偉そうにするな。月に8万だろ。俺がどれだけ稼いできたと思ってるんだ。」

退職祝いの席で親戚の前でそう言い放った彼の言葉が、今でも胸に刺さっている。40年間、家計のやりくりも子育ても介護もすべて私が担ってきたのに、孝志の口から出るのは「俺が養ってやった」という言葉ばかりだった。退職金の使い道も私に相談は一切なかった。孝志は真っ先に高級な釣り竿を50万円で購入し、ゴルフクラブのフルセットに30万円。さらに書斎用のリクライニングチェアに15万円を費やした。リビングのソファーから動かない孝志が書斎の椅子をいつ使うのかは分からないが、私が口を挟む余地はどこにもなかった。

晴香は38歳になり、広島出身の夫と九州で暮らしている。夫の転勤で遠方に住んでいるため頻繁に会うことはできない。それでも月に一度は電話をくれる。

「お母さん、元気にしてる?お父さん退職してどう?」

「元気よ。お父さんは家でのんびりしてるわ。」

電話口ではいつも明るい声を作っている。晴香に心配をかけたくないという思いが、本当のことを言わせない。孝志が退職してからの生活が少しずつ生き苦しくなっていることを、彼女にはまだ話せずにいた。

花屋の常連客で、3年前から親しくなった佐木さんという女性がいる。62歳で、元社会福祉士として15年間高齢者の生活相談に携わってきた方だ。退職後は地域のボランティア活動を続けながら、毎週火曜日に花を買いに来てくれる。

「今日のカーネーション、とても綺麗ね。丁寧に手入れしてるのが分かるわ。」

佐木さんの温かい言葉に救われることが多い。花屋での仕事と、佐木さんや水瀬さんとの交流が、近頃の私を支えている数少ない光だった。

けれど家に帰れば、あの苦しい空気が待っている。退職した孝志がソファーに座り、テレビを眺めながら私の帰りを待つ。待っているというよりは、夕飯の支度を監視しているという方が正確だろう。

「遅かったな。もう6時だぞ。飯はいつできるんだ?」

玄関のドアを開けた瞬間に飛んでくるのはいつもこの言葉。息をつく間もなく台所に向かい、冷蔵庫を開けて献立を考える。昨日の残りの煮物を温め直し、鮭の切り身を焼き、ほうれん草のおひたしを作る。急いで準備しても30分はかかってしまう。

「また鮭か。たまには刺身くらい出せないのか。」

月8万円のパート代から食費も光熱費もすべて賄えと言われ始めたのは、孝志が退職してから2週間ほど経った頃のことだ。それまでは孝志の給料から生活費として毎月15万円を受け取っていたのだが、退職を機にその習慣がぴたりと途絶えた。理由を尋ねると、彼はテレビから目を離さずにこう答えた。

「退職金は老後の蓄えだ。年金が入るまでの間、お前のパート代でやりくりしろ。それくらいできるだろう。」

月8万円で2人分の食費、光熱費、日用品を賄うのは、どう節約しても無理がある。それを訴えても、孝志は鼻で笑うだけだった。

孝志の退職後の一日は、型で押したように同じだ。朝6時に起き、私が用意した朝食を食べる。その後はソファーでワイドショーを眺め、昼過ぎになると釣り仲間に電話をかけて出かけていく。帰宅は夕方。居酒屋で一杯引っかけてくることも多く、酔って帰ればさらに口が悪くなる。

「お前は40年間、俺の金で食ってきたんだ。感謝こそすれ、文句を言う筋合いはないだろう。」

この言葉を退職してから何度聞いたか分からない。彼にとって私は、40年間ただ養ってやった存在に過ぎないらしい。それでも私は朝5時に起きて孝志の朝食を用意し、花屋に出かけ、帰ってきたら夕食を作り、洗い物をして、孝志が寝た後に明日の準備をする。40年間繰り返してきたこの日常を、今日も黙々とこなしている。

昔の孝志はこんな人間ではなかったはずだ。結婚して間もない頃、私が風邪を引いて寝込んだ時、彼は不器用な手つきでお粥を作ってくれた。鍋底を焦がし、味付けもめちゃくちゃだったけれど、その時の照れ臭そうな顔は今でもはっきり覚えている。あの優しさはどこへ行ってしまったのか。会社という場所に毎日通い、部下を率いて成果を上げ続ける中で、孝志の中の何かが少しずつ変わっていったのかもしれない。命令すれば人が動くのが当たり前の世界に40年もいれば、家の中でも同じ振る舞いをするようになるのは自然なことなのだろう。

晴香が小学校に上がった頃、一度だけ「たまには家族で出かけたい」と言ったことがある。彼の返事は「俺に休む暇があると思ってるのか」だった。それ以来、私は何かを求めることをやめた。求めなければ傷つくこともないと学んだのだ。

義母の介護が始まったのは、晴香が中学生の時のこと。彼女は脳梗塞の後遺症で左半身に麻痺が残り、日常生活に介助が必要になった。孝志は「うちの母親なんだから、お前が見るのが当然だ」と言い、施設への入居も訪問介護の利用も一切認めなかった。義母は10年間自宅で過ごし、その間の介護はすべて私一人の肩にのしかかった。夜中に何度も起こされ、食事の介助をし、入浴の手伝いをし、通院の付き添いをする。晴香の学校行事もまともに参加できず、自分の体調が悪くても休むことは許されなかった。孝志に少しだけ手伝って欲しいと頼んだ夜、彼はビールの缶を片手に言い放った。

「俺は外で稼いでるんだ。家のことはお前の仕事だろう。甘えるな。」

その言葉を飲み込んだ夜の、喉の奥に張りつくような苦さを、私は今でも覚えている。

孝志の退職から3週間が過ぎた頃、事態は決定的な局面を迎えた。その日、花屋のパートを終えた私は、帰り道のスーパーでいつものように食材を買い込んだ。鶏胸肉、もやし、豆腐、ほうれん草。月8万円の給料から食費を捻出するため、特売品を中心に選ぶのが日課になっていた。孝志が好む刺身や牛肉は、とうに買えなくなっている。

重い買い物袋を両手に下げて帰宅すると、孝志がリビングのソファーから声をあげた。

「おい、今日の晩飯は何だ?まさかまた鶏肉と豆腐じゃないだろうな。」

「今月は少し節約しないといけないから、来月のパート代が入ったらお刺身も買うわ。」

彼はソファーから立ち上がり、買い物袋の中身を乱暴に覗き込んだ。もやしの袋を掴み上げ、床に投げ捨てる仕草に、思わず体が竦んだ。

「なんだこれは?犬の餌かよ。こんなもん食えるか?」

声の大きさに胸の奥がギュッと締めつけられる。けれど私は黙って散らばった食材を拾い上げ、台所に向かった。40年間こうやってやり過ごしてきたのだ。彼の怒りは放っておけば収まる。それが私の処世術だった。

しかし、この日の孝志はいつもと様子が違っていた。台所まで追いかけてきて、冷蔵庫のドアを開け、中を物色し始めたのだ。

「ビールもないじゃないか。なんで買ってこなかったんだ?」

「先週から生活費が足りなくて。ビールは孝志さんのお小遣いで買ってもらえないかしら。」

その瞬間、孝志の顔が真っ赤に染まった。

「俺の金は俺のものだ。退職金も年金も、すべて俺が40年間汗水流して稼いだ金だぞ。お前のパート代で回せないなら、もっと節約しろ。1日500円もあれば十分だろう。」

どれほど非現実的なことを言っているか、彼は分かっていないのだろう。分かっていたとしても、彼は自分の金を一円たりとも家計に回す気がないのだ。孝志はそのまま玄関に向かい、釣り仲間との飲み会に出かけていった。

一人残された台所で、私はもやしと鶏肉の炒め物を作る。涙が頬を伝うのを止められなかった。

翌日、孝志は帰宅するなり、居間のテーブルに大きなダンボール箱を置いた。中身は通販で注文した高級日本酒の詰め合わせ。一本セットで3万円。私が1ヶ月以上かけてやりくりする食費とほぼ同じ金額を、孝志は一瞬で費やしたのだ。

「これは俺へのご褒美だ。40年間働いた自分に、それくらいのご褒美があっていいだろう。」

ならば、40年間休みなく家事と育児と介護をこなしてきた私へのご褒美は、どこにあるのだろう。冷蔵庫の中には、昨日買ったもやしと豆腐しかない。孝志の高級日本酒のそばで、私は水で薄めた味噌汁をすすった。

それから数日後、さらに追い打ちをかける出来事が起きた。孝志がリビングのテーブルに通帳を広げ、電卓を叩いていたのだ。退職金の残高を確認しているらしい。私が台所で夕食の下ごしらえをしていると、孝志が得意げな声で話しかけてきた。

「退職金はまだ2300万ある。これに年金を足せば、俺は悠々自適だな。ゴルフの会員権も買おうと思ってるんだ。200万くらいの。」

200万円もあれば、私のパート代で切り詰めている食費を2年分は賄える。しかし、孝志の頭の中には「妻の生活費」という項目はそもそも存在していないのだろう。

「あの、孝志さん。来月の電気代とガス代の引き落としなんだけど、今月は私のパート代だけでは少し足りなくて。」

勇気を振り絞って切り出した。だが、孝志は電卓から目を上げもしなかった。

「だからなんだ。足りないなら節約しろと言ってるだろう。電気をこまめに消せ。風呂の湯は俺の後に入れば沸かし直さなくて済む。工夫ってもんを知らんのか。」

孝志が当たり前のように享受している、温かい風呂も高級な日本酒も趣味の釣り竿も、すべては彼が40年間稼いだ金だから、妻の私には一切関係がない。これが孝志の論理であり、40年間の結婚生活で築き上げられたこの家の不文律だった。

花屋で水瀬さんにその話をすると、水瀬さんは顔をしかめながら首を振った。

「それはひどいわ。ご主人の退職金や年金は、夫婦で築いた財産のはずよ。」

彼女の言葉は正論だと分かっていても、40年間の習慣は簡単には変えられない。孝志に逆らうということが、私の辞書にはなかったのだ。

孝志の態度が日ごとにひどくなっていく一方で、私の心は2つの思いの間で揺れ続けていた。一つは、いつか元に戻るはずだという淡い期待。退職直後は誰でも不安定になると聞く。時間が経てば孝志も新しい生活リズムに慣れ、穏やかな日常が戻ってくるのではないか。そんな希望を捨てきれずにいた。もう一つは、このままではいけないという焦り。月8万円のパート代で2人分の生活を賄い続けるのは物理的に不可能だ。貯金を切り崩したとしても、いずれ底をつく。私個人の貯金は、花屋のパートを始めてから少しずつ貯めた120万円ほど。それが尽きたら、本当にどうなるのだろう。

悩んだ末に、孝志の姉である森田雅美に電話をかけた。雅美は68歳で、若い頃から弟を甘やかしてきた人だ。孝志が何か問題を起こしても、常に弟の肩を持つ。それは分かっていたけれど、血の繋がった姉の言葉なら孝志にも届くかもしれないと考えたのだ。

「あら、明子さん、久しぶりね。孝志は元気にしてるの?」

「ええ、元気なんですけど、実は退職してから少し生活費のことで困っていて。」

事情を話すと、電話の向こうで雅美は呆れたような息をついた。

「孝志は40年間、あなたと晴香ちゃんのために必死に働いてきたのよ。退職金も年金も、孝志が血のにじむ思いで稼いだもの。それをあなたが当てにするのは、お門違いじゃないの?あなたね、パートで8万円稼いでるんでしょ?それで十分じゃない?うちの弟に感謝の気持ちがあるなら、黙って尽くしなさいよ。」

「養ってやったんだから感謝しろ。稼いでもらったんだから尽くせ。」まるで私の40年間の労働は存在しないかのようだ。電話を切った後、しばらくの間、受話器を握ったまま動けなかった。

花屋に出勤した日、佐木さんがいつものように火曜日の午前中にやってきた。今日はピンクのカーネーションを選びながら、何気ない様子で話しかけてくる。

「明子さん、最近少し元気がないように見えるけど、何かあった?」

彼女の穏やかな声に、張り詰めていた糸がプツリと切れた。店の奥のバックヤードで、私は佐木さんに今の状況を打ち明けた。退職した孝志が生活費を出さなくなったこと。月8万円で全てを賄えと言われていること。義姉に相談しても取り合ってもらえなかったこと。

話を終えると、佐木さんの表情が曇った。15年間社会福祉の現場で高齢者の相談に乗ってきた人の目だ。

「それは経済的DVよ。十分な収入があるのに、配偶者に生活費を渡さないのは立派な経済的暴力なの。」

「大げさよ。殴られてるわけじゃないし。うちの人はただお金に細かいだけで。」

「暴力は身体的なものだけじゃないわ。経済的に追い詰められることも、精神的に追い詰めることも、すべてDVに含まれる。私がいた相談窓口にも、同じような悩みを抱えた女性がたくさん来ていたわ。」

DVにも複数の種類があることを知らなかった。そして、それが私にも該当するかもしれないなんて、これまで一度も思ったことはない。驚く私に、佐木さんは穏やかな声で告げる。

「明子さん、自分の権利を知っておくことはとても大切よ。」

彼女の言葉は私の心を深く揺さぶった。しかし、すぐに行動を起こす勇気はまだ持てなかった。

孝志の態度はその後もエスカレートの一途を辿っている。ある夜、私が作った肉じゃがを見て、彼は箸を置き、露骨に顔をしかめた。

「前にも言ったが、こんな貧乏臭い飯は食う気にならん。外で食ってくるから、金を出せ。」

「手持ちがないの。来週のパート代が入るまで待ってもらえないかしら。」

「使えない女だな。」

テーブルに並べた肉じゃがもほうれん草のおひたしも、孝志は一口も手をつけずに家を出ていった。冷めていく料理を前に、一人で食卓につく。40年間同じように作り続けてきた料理が、初めてまずく感じた。

自分の人生に疑問を持つことすら、長い間忘れていた。これが普通。みんなこうしている。我慢するのが妻の務め。そう言い聞かせて過ごしてきた40年間の重さが、じわじわと肩にのしかかってくる。

布団の中で孝志の寝息を聞きながら、40年前の自分を思い出す。23歳で嫁いだ時、私は孝志を信頼していた。この人と一緒ならきっと幸せな家庭が築けると信じていたのだ。いつからだろう。孝志が「ありがとう」と言わなくなったのは。最後に感謝の言葉を聞いたのはいつだったか。

晴香が小学校最後の年の運動会のことを思い出す。保護者席に座る私の隣は、いつものように空席だった。晴香が仮装競争で一等を取った時、私は一人で拍手をした。周囲の家族が夫婦揃って子供を応援する姿を見るたびに、胸が傷んだものだ。けれどあの頃は「仕事だから仕方ない」と自分を納得させることができた。彼が一生懸命働いてくれるからこそ、この家の生活が成り立つのだと。

しかし今は違う。孝志はもう働いていない。退職金と年金という蓄えを一人占めしながら、毎日ソファーに座ってテレビを見ているだけだ。それなのに、私への要求だけは現役時代以上に厳しくなっている。この矛盾に気づいているのに、声に出せない自分がもどかしかった。

孝志の暴言は、もはや歯止めが効かなくなっていた。ある朝、私が体調を崩して台所に立てなかった日のことだ。前の晩から微熱が続き、体の節々が痛んで起き上がるのがやっとだった。それでも孝志の朝食だけは用意しようと、無理やり台所に向かったが、目まいがして立っていられない。仕方なく孝志に正直に伝えた。

「ごめんなさい。今朝は少し熱があって、朝ご飯は簡単なもので済ませてもらえないかしら?」

孝志はソファーから私を一瞥し、眉ひとつ動かさずにこう言い放った。

「体調が悪い。甘えるな。パートに行かないと金が入らんだろう。這ってでも飯を作れ。」

その言葉を聞いた瞬間、40年間の忍耐で鍛えられたはずの心が限界に近づいていることを初めて自覚した。それでもその日は頭痛薬を飲んで朝食を作り、ふらつく足で花屋に出勤した。水瀬さんが私の顔色の悪さに気づき、午後から早退させてくれたのが救いだ。

「無理しちゃだめよ。今日は早く帰って休んで。お給料のことは心配しなくていいから。」

彼女の温かい言葉に、不覚にも涙がこぼれそうになった。こんな当たり前の気遣いさえ、家では受けたことがない。40年間の結婚生活で、私の体調を心配してくれたのは結婚当初のあの一度きりだったのだ。

数日後、孝志の暴言はさらにエスカレートした。夕食の支度をしている最中に、孝志が酔って帰宅した。居酒屋で飲み仲間と3時間ほど過ごしてきたらしく、顔が赤く、足元がおぼつかない。リビングのソファーに倒れ込むなり、聞くに堪えない言葉が飛び込んできた。

「お前と結婚したのが、俺の人生最大の間違いだった。お前みたいな器量も才能もない女と40年も一緒にいたのが、そもそもの俺の不幸の始まりだ。」

包丁を握る手が止まる。続けて孝志は信じられない言葉を口にした。

「お前の母親もそうだったな。ろくな女じゃなかった。あの親にしてこの子ありだ。」

亡き母を侮辱する言葉に、血の気が引くのを感じた。母は私が30歳の時に亡くなっている。生前、孝志に対して一度も無礼な振る舞いをしたことはない。むしろ「娘をよろしくお願いします」といつも孝志に頭を下げていた人だ。包丁をまな板に置き、台所を出た。孝志はすでにソファーでいびきをかき始めている。酔った勢いの言葉だとしても、死んだ母を侮辱されたことだけはどうしても飲み込めなかった。

翌朝、花屋に向かう道で、佐木さんの言葉が鮮明に蘇った。「自分の権利を知ることが大事。」あの時は聞き流してしまったけれど、今なら分かる。何かを変えなければ、このまま私は壊れてしまう。

駅前の本屋に足を向けたのは、昼休みのわずかな時間だった。初めて熟年離婚に関する本を手に取る。棚から抜き出す時、周囲に知り合いがいないか思わず見回してしまった。ページをめくる指先がかすかに震えていた。

本の中には、私と同じような境遇の女性たちの体験談が並んでいる。夫が退職後に態度を変えた。生活費を渡してもらえなくなった。長年の感謝が一切ない。まるで自分の日記を読んでいるかのようだった。ある女性は62歳で離婚を決意し、一人暮らしを始めたという。「あの日一歩踏み出して本当に良かった」という結びの言葉が胸に深く刺さった。ページの一節に目が止まった。「我慢することは美徳ではない。自分を守ることこそが本当の強さです。」その言葉を何度も何度も読み返す。自分を守るという発想自体が、私の中には存在しなかったのだ。

活字を追いながら涙が頬を伝った。泣いているのに、不思議と心は軽くなっていく。自分だけではなかったのだ。同じように苦しみ、同じように迷い、それでも一歩を踏み出した人がいる。孝志がいない昼間のうちに、こっそりと本を読み進めるのが何日か続いた。法律のこと、財産分与のこと、年金のこと、知らないことばかりだった。40年間すべてを委ねてきた代償として、私は自分の権利について何一つ学んでこなかったのだ。

あの日、母が亡くなる前に残した言葉がふと蘇る。「明子、あなたは優しい子だから、自分のことを後回しにしてしまうでしょう。でもね、自分を大切にできない人は、本当の意味で誰かを大切にすることもできないのよ。」30年以上前に聞いた母の言葉が、今になってようやく意味を持ち始めた。

火曜日の午前中、佐木さんが花屋にやってきた。今日はクリーム色のバラを3本選びながら、私の方をちらりと見る。

「明子さん、少し痩せたんじゃない?ちゃんと食べてる?」

店の奥に二人で移動し、私は佐木さんに最近の状況をすべて話した。生活費が完全に途絶えたこと、孝志の暴言がエスカレートしていること、義姉に相談しても無駄だったこと。そして、駅前の本屋で熟年離婚の本を買ったこと。

佐木さんは黙って聞いていた。話し終えた私の手を、そっと両手で包み込む。その温かさが、凍えた心に染みた。

「明子さん、年金分割制度って知ってる?」

聞いたことのない言葉だ。首を横に振ると、佐木さんは穏やかな声で説明を始めた。

「離婚する時に、婚姻期間中の厚生年金の記録を夫婦で分割できる制度があるの。梅原さんのご主人は40年間会社勤めでしょ。その間の厚生年金記録を、最大で半分まで分割してもらえるのよ。」

頭の中が真っ白になった。孝志がすべて自分のものだと言い張っている年金が、法律に基づいて分割できるという事実が、すぐには理解できなかったのだ。

「私が福祉の現場にいた時、何人もの女性がこの制度を使って生活を立て直したわ。知らないまま泣き寝入りする人が多いけど、ちゃんと権利として認められているものなの。」

彼女はバッグからメモ帳を取り出し、最寄りの年金事務所の住所と電話番号を書いてくれた。

「焦る必要はないの。まずは自分にどんな権利があるのか知ることから始めましょう。知識があれば選択肢が増えるから。」

「選択肢」という言葉が、乾いた土に染み込む雨水のように胸の奥に染みた。メモ帳の紙を大切にエプロンのポケットにしまい込み、指先で何度も紙の感触を確かめる。この小さな紙切れ一枚が、40年間の暗闇に差し込んだ最初の光だった。

その夜、台所で佐木さんの言葉を反芻する。エプロンのポケットに入れたメモの紙が、まるでお守りのように感じられた。これまでの私は、孝志の言う通りにするか、黙って耐えるか。その2つしか道がないと信じていたけれど、佐木さんは第3の道があることを教えてくれたのだ。

帰宅した孝志は、いつものように一言も声をかけることなくソファーに座り、テレビのリモコンを握った。冷蔵庫を開けてビールを取り出し、プルタブを引く音がリビングに響く。その後ろ姿を見ながら、私は小さく決意を固めていた。まずは年金事務所に行こう。自分の足で、自分のために。

いよいよ、孝志に話を切り出したのは、退職からちょうど1ヶ月が経った夕食の席だった。孝志は焼酎のお湯割りを飲みながらテレビの時代劇を眺めている。食卓には、私が作った白菜の煮物と焼いた魚が並んでいた。

「あの、孝志さん。少し話があるんだけど。」

「なんだ。飯を食ってる時に話しかけるな。」

「生活費のことなの。来月から少しでいいから、年金から出してもらえないかしら。光熱費だけでも。」

「俺の年金は1円もやらん。」

その言葉が空気を切り裂くように響いた。孝志は私をまっすぐ見据え、冷たい目でこう続ける。

「何度言えば分かるんだ?年金は俺が40年間、和正機工で歯を食いしばって稼いだものだ。」

お湯割りが入った陶器のカップを、彼は乱暴にテーブルに置き、舌打ちをしてから言い放つ。

「お前が汗をかいたわけでも、残業したわけでもない。お前はただ家にいて、飯を作って洗濯してただけだろ。それで年金を寄越せだと、図々しいにも程がある。」

40年間夫を支えてきたのに、他人のように突き放すその言葉。「1円もやらん」という宣言は、私の40年間を完全に否定するものだった。食卓の椅子に座ったまま、体が動かなくなった。涙が出そうになるのを必死にこらえ、視線をテーブルに落とす。白菜の煮物が湯気を失って冷めていく。

「そんな顔するな。お前は恵まれてるんだぞ。専業主婦で40年間過ごせたんだから。俺みたいな苦労を持って、幸せだと思え。」

孝志はそう言い捨てて、焼酎を一気に飲み干した。テレビの時代劇に目を戻し、もうこの話は終わりだとでも言うように、私の方を見ようともしない。「幸せだと思え」その言葉が頭の中で何度も繰り返された。孝志は本気でそう思っているのだ。妻を養うことが最大の恩恵であり、それ以外に感謝の必要などないと。

その夜、眠れないまま台所の窓辺に立っていた。花屋からもらったガーベラはもう萎れかけている。水を替えても空気が抜けて、花びらの縁が茶色く変色し始めていた。それでも、私の中では逆に何かが芽を出そうとしている。それは怒りでも悲しみでもなく、ここから先は自分で決めるという覚悟のようなものだった。

翌朝、孝志が釣りに出かけるのを見届けてから、エプロンのポケットに入れていたメモ帳を取り出す。佐木さんが書いてくれた年金事務所の住所と電話番号。震える指で電話をかけ、相談の予約を取った。

年金事務所は自宅からバスで20分ほどの場所にあった。受付で「年金分割について相談したい」と伝えると、窓口の女性職員が丁寧に案内してくれた。パーテーションで区切られた相談ブースに通され、書類を広げた職員の説明が始まる。年金分割には2つの種類があるという。一つは合意分割で、夫婦双方の合意または裁判所の手続きによって婚姻期間中の厚生年金記録を分割するもの。もう一つは3号分割で、2008年4月以降に第3号被保険者だった期間については、配偶者の同意がなくても自動的に50%分割できるという制度だった。職員の説明を聞きながら、私は必死にメモを取った。

孝志の厚生年金は月額約20万円。40年間の婚姻期間のうち、合意分割の対象となる期間と3号分割の対象となる期間がそれぞれどのくらいあるのか。分割後に自分が受け取れる年金額がいくらになるのか。職員が試算してくれた数字に、目を見開いた。分割後の私の年金受給額は、国民年金と合わせて月約12万円になる見込みだという。今のパート収入と合わせれば月20万円。一人で暮らしていくには十分な金額だ。

帰りのバスの中で、窓の外の風景がいつもと違って見えた。見慣れた商店街の景色が、なぜか新鮮に映る。40年間閉じ込められていた鳥籠の扉が、少しだけ開いたような感覚。まだ外に飛び出す勇気はないけれど、扉の向こうに空が広がっていることを知っただけで、呼吸が楽になった。

それからの日々は、表面上はこれまでと何も変わらなかった。朝5時に起きて孝志の朝食を作り、花屋でパートをし、帰宅して夕食を作る。孝志の小言を黙って聞き、雅美から電話がかかってくれば「はいはい」と愛想を打つ。しかし水面下では、確実に動き始めていた。花屋の休憩時間を使って、少しずつ必要な書類を集めていく。まず戸籍謄本を取得した。孝志に気づかれないよう、市役所には花屋の昼休みを利用して出向いた。続いて、年金分割のための情報通知書を年金事務所に請求する。この通知書には夫婦それぞれの年金記録が記載されており、分割の手続きに必要不可欠なものだ。

佐木さんが心強い味方になってくれた。毎週火曜日に花を買いに来る際に進捗を確認し、的確なアドバイスをくれる。

「焦らないで。確実に一つずつ。大丈夫よ。」

佐木さんの言葉に何度救われたか分からない。社会福祉士として15年間働いた経験から、手続きの流れや注意点を熟知している。法律の専門家ではないけれど、同じような境遇の女性を何人も見てきた佐木さんの助言は、私にとって何よりも心強いものだった。

ある日、花屋の帰りに本屋で離婚に関する法律書を購入した。年金の分割だけでなく、財産分与についても詳しく調べ始めたのだ。40年間の婚姻期間に築いた財産は、原則として夫婦で折半されるという。孝志の退職金もその対象になる可能性がある。法律書の中にこんな一節があった。「専業主婦の家事労働は、夫の収入を支える不可欠な貢献であり、法律はこれを正当に評価する。」何度も読み返した。法律が、私の40年間を正当に評価すると言ってくれているのだ。

市の無料法律相談にも足を運んだ。担当の弁護士は50代の女性で、私の話を丁寧に聞いてくれた。

「梅原さんのケースは、年金分割と財産分与の両方が請求できます。退職金は婚姻期間に対応する部分が分与の対象です。40年間の婚姻ですから、かなりの割合が認められるでしょう。」

弁護士は資料を広げ、一つ一つ丁寧に説明してくれた。

「それから、経済的DVの記録も残しておくと良いですよ。生活費を渡さない、通帳を取り上げるといった行為は、調停でも重要な判断材料になりますから。」

帰り道、通帳に今日聞いた内容を書き留めた。知識が増えるたびに、胸の中の霧が少しずつ晴れていく。分からないことが怖いのであって、知ってしまえば対処の方法は必ず見つかる。佐木さんが言った通りだった。

しかし、孝志はそのことに全く気づいていなかった。彼は退職後の生活を満喫している。釣り仲間との週末の釣行、ゴルフ場へ通い、居酒屋で飲み会。退職金を湯水のように使う生活に、何の疑問も持っていないようだ。そんなある日、孝志が上機嫌で帰宅した。リビングのテーブルに腰を下ろすなり、もったいぶった口調で話し始める。

「明子、今日釣り仲間の石黒から面白い話を聞いたんだ。投資で簡単に金が増えるらしい。月利5%は堅いって言うんだよ。300万円突っ込めば、毎月15万円だぞ。」

月利5%ということは、年利に換算すれば60%だ。どう考えても現実的な数字ではない。花屋の客の中にも投資の話をする人はいるが、そんな甘い儲けの商品がまともなはずがないことくらい、私でも分かった。

「それ、怪しくない?普通の投資でそんなに利益は出ないと思うけど。」

「お前に投資のことが分かるか?黙ってろ。石黒は元銀行員だぞ。信用できる。」

取り合ってもらえないことは分かっていた。彼は私の意見を聞く気がないのだ。結局、孝志は退職金から300万円を引き出し、石黒という飲み仲間が紹介した投資ファンドに資金を移した。

その夜、晴香に電話をかけた。九州に住む晴香とは、なかなかゆっくり話す機会がない。孝志が入浴している隙を見計らって、寝室から小声で通話する。

「お母さん、どうしたの?こんな時間に珍しいね。」

「晴香、ちょっと相談があるの。父さんのことなんだけど。」

退職後の孝志の変化、生活費の問題、「1円もやらん」という宣言、そして年金分割制度のこと。声を潜めながら、これまでの経緯をすべて打ち明けた。電話の向こうで、晴香が息を飲む気配が伝わってきた。

「お母さん、そんな状況だったのに、今まで黙ってたの。ごめんね。もっと早く気づいてあげればよかった。」

晴香の声が震えている。嫁いでからもずっと私のことを気にかけてくれていたのだろう。罪悪感に駆られているのが分かった。

「あなたのせいじゃないわ。私が言わなかったんだから。」

「お母さん、40年間ずっと我慢してきたんでしょ?もう十分よ。自分を大切にしていいの?」

晴香の言葉に、目の奥が熱くなった。

「年金分割のことをちゃんと調べたんでしょ?お母さんが決めたことなら、私は全力で応援する。必要があったら、すぐに飛んでいくからね。」

電話を切った後、しばらくの間スマートフォンを胸に押し当てたまま動けなかった。晴香の温かさが画面越しに伝わってくるようだった。この子だけは、私の人生の中で間違いなく誇れるものだ。孝志がどれだけ私を否定しても、晴香を立派に育てたという事実だけは、誰にも否定させない。

雅美がまた電話をかけてきたのは、その翌日のことだ。

「孝志から聞いたわよ。最近、口応えしてるんですって。生活費がどうとか。あなた、弟に盾つくのはやめなさい。それに、パートなんかに精を出してないで、もっと家のことをちゃんとしなさいよ。」

受話器を握る手に力がこもったが、ここで反論しても意味がないことは分かっている。雅美は何があっても弟の味方をする人だ。

「はい。すみません。」

表面上はいつもの従順な嫁を演じながら、心の中では静かに準備を進めていた。年金分割に必要な書類は、あとは年金分割のための情報通知書が届くのを待つだけだ。戸籍謄本も取得済み、離婚届の用紙も市役所の窓口でもらってきてある。

孝志が出かけた後の家で、一人きりの昼食を取る。冷蔵庫にあった卵で簡単な卵焼きを作り、残りご飯でおにぎりを握った。粗末な食事だが、孝志に怒鳴られることなく自分のペースで食べられることが、どれほど心を楽にしてくれることか。彼がいない時間は、この家で珍しくきちんと息をすることができる。洗い物をしながら窓の外を見る。向かいの家の庭に、柿の実が色づき始めていた。季節は確実に巡っている。孝志の退職から数ヶ月、私の中でも季節が変わろうとしている。冬から春へ。長い冬の終わりが、ようやく見え始めた。

花屋の日々は以前と何も変わらないように見えて、私の中では確実に何かが変わり始めていた。花の手入れをしながら、自分の人生について考える時間が増えている。店に並んだユリの花束を整えながら、ふと手が止まった。このユリは先週入荷した時にはまだつぼみだった。毎日水を替え、茎を切り、栄養剤を与えてやるうちに、少しずつつぼみが膨らみ始め、今日ようやく真っ白な花が咲いたのだ。花を咲かせるには時間と手間と忍耐。誰かが世話をしなければ、花は咲かない。私がこの40年間してきたことも、それと同じではないのか。孝志の食事を作り、家を整え、子供を育て、義母の世話をする。それはただ家にいただけではなく、この家庭という花を咲かせ続けるための、地道で欠かすことのできない仕事だったはずだ。

佐木さんがもう一つ大事なことを教えてくれた。

「明子さん、孝志さんの言動はすべて記録しておいた方がいいわ。日付と、具体的に何を言われたか。調停になった時に証拠として役に立つから。」

その日から、私は古い手帳に孝志の発言を記録し始めた。「1日500円で回せ」「犬の餌」「養ってやった」「俺の年金は1円もやらん」。文字にして書き出すと、孝志の言葉がどれほど異常なものかが改めて浮き彫りになる。言葉の暴力は、受けている最中はなかなか客観視できない。しかし記録として残すことで、私は自分の状況を冷静に見つめ直すことができるようになった。

年金事務所に2度目の相談に行ったのは、孝志が釣りに出かけた平日の午後だ。前回と同じ窓口で、合意分割と3号分割の違いについてさらに詳しく教えてもらった。合意分割は公的年金全体が対象だが、夫婦の合意か裁判所の決定が必要になる。一方、3号分割は2008年4月以降の第3号被保険者期間に限定されるが、相手側の同意は一切不要。離婚届を提出した後、年金事務所に一人で手続きするだけで、自動的に50%が分割される仕組みだ。職員がさらに補足してくれた。合意分割についても、相手方が合意しない場合は家庭裁判所に調停を申し立てることができる。調停でも合意に至らなければ審判に移行し、裁判官が按分割合を決定する。40年間の婚姻があり、その間ずっと第3号被保険者だったケースでは、按分割合は上限に近い数字が認められる傾向にあるという。

帰り道、商店街の小さな文房具店で便箋を買った。晴香に手紙を書くためだ。電話では孝志に聞かれる心配があるが、手紙なら安全に詳しいことを伝えられる。花屋の休憩室で、晴香への手紙をしたためた。年金分割の仕組みと試算額、自分が準備している書類の一覧、そして離婚を決意した理由。最後にこう書き添えた。「心配しないで。お母さんは大丈夫。でも、その時が来たら力を貸してほしい。」手紙をポストに投函する瞬間、手が少しだけ震えた。この手紙を出したら、もう後戻りはできない。しかし、投函口に手紙を滑り込ませた後、胸に広がったのは不安ではなく静かな安堵だった。一人で抱えていた重荷を、信頼できる娘と分かち合える。それだけで足取りが軽くなるのを感じた。

手紙を投函した帰り道、佐木さんとばったり出会った。彼女は散歩の途中だったらしく、日傘を差しながら柔らかな笑顔を向けてくれた。

「あら、偶然ね。少し時間がある?」

近くの喫茶店に入り、アイスコーヒーを注文する。佐木さんは私の表情を見て、何かを察したようだった。

「前に比べて、目に力が戻ってきたわね。」

自分では気づかなかったが、確かに以前ほどの絶望感は感じていない。知識を得たこと、準備を進めていること、味方がいること。それだけで人はこんなにも変わるのだと実感した。

「あのね、離婚を切り出す時期だけど、ご主人が冷静な状態の時がいいわ。酔っている時や怒っている時は避けて。」

彼女はアイスコーヒーを一口飲み、穏やかに続けた。

「私が相談窓口にいた頃、同じような状況の女性を何人も見てきたの。みんな最初は『私なんかが離婚なんて』って言うのよ。でもね、一歩踏み出した人は、例外なく『もっと早くこうすればよかった』って言ってたわ。」

佐木さんの助言に耳を傾けながら、頭の中でタイミングを計算する。孝志の行動パターンは把握している。平日の昼間は釣りか飲み仲間との外出。夕方に帰宅して夕食を食べ、焼酎を飲んで9時には寝る。週末は朝からゴルフか釣り。彼がシラフで家にいる時間は、実はそれほど長くない。

「それともう一つ。切り出す時に一人でいる必要はないのよ。娘さんに来てもらうのが一番安心ね。」

それは最善の策だと思った。いくら孝志でも、娘の前ではさすがに最悪の振る舞いはしないだろう。一方で、孝志は日々の生活態度を改める気配は微塵もなかった。朝起きれば「飯はまだか」。昼になれば「茶を持ってこい」。夜になれば「こんなもの食えるか」。40年間変わらないこの光景が、もう長くは続かないことを、孝志だけが知らなかった。すべての準備が整いつつある。この日常は、あと少しで終わる。

晴香の返事が届いたのは、手紙を投函してから4日後のことだった。便箋にびっしりと書かれた手紙には、母への感謝と応援の言葉が綴られている。

「お母さん、手紙を読んで泣きました。お母さんがこんなに苦しんでいたのに気づかなくてごめんなさい。でも今のお母さんはとても強いと思います。自分で調べて、自分で準備をして、自分の足で立とうとしている。私はそんなお母さんを誇りに思います。その時が来たら、必ず駆けつけます。お母さんの味方は、ここにいます。」

手紙を読み終えた後、視界が滲んだ。涙を拭い、手紙を大切に折りたんで財布の中にしまった。いつでも取り出せるように、心が折れそうになった時に読み返せるように。

後日、年金事務所から届いた年金分割のための情報通知書。私はそれを花屋のロッカーの奥に隠した。封筒の中身を確認したのは、昼休みの短い時間だった。通知書には、孝志と私それぞれの厚生年金の標準報酬総額が記載されている。孝志の標準報酬総額は、私の何十倍にもなる数字が並んでおり、40年間の格差がこれほどまでに大きいのかと改めて息を飲んだ。年金事務所の職員が以前説明してくれた通り、合意分割を行えば婚姻期間中の厚生年金記録の按分割合を最大50%まで変更できる。つまり、孝志の厚生年金額約20万円のうち、相当の金額が私に移転される計算だ。加えて、2008年4月以降の第3号被保険者期間については、3号分割によって孝志の合意なしに50%が自動的に分割される。孝志の「1円もやらん」という宣言は、法律の前では何の効力もない。どんなに大きな声で怒鳴ろうと、どんなに威圧的に睨みつけようと、法律は揺がない。この事実が、私の中の最後の迷いを払拭してくれた。

離婚届の用紙は、孝志に見つからないように花屋のロッカーに保管してある。戸籍謄本も情報通知書も揃った。あとは、孝志に告げるタイミングだけだ。昼休みの短い時間で全てを確認し、書類を封筒に入れ直してロッカーの奥にしまった。鍵をかける手が、もう震えていないことに気がついた。数ヶ月前、初めて年金事務所に電話した時はあんなに手が震えていたのに。少しずつ、確実に私は変わり始めている。

佐木さんにそう報告すると、佐木さんは頷いた。

「よく頑張ったわね。でも、ご主人に話す前に、もう一つだけ確認しておいて欲しいの。合意分割の場合、ご主人が同意しなければ家庭裁判所に調停を申し立てることになるわ。でも、3号分割の部分は離婚届を出した後に一人で手続きできるの。」

佐木さんはにっこりと笑った。

「最悪の場合でも、2008年以降の分だけは確実に分割できる。」

この情報は心強かった。孝志が同意するはずがないことは分かっている。しかし、3号分割だけでもある程度の年金増額が見込める。そして、合意分割については調停に持ち込めば、裁判所が按分割合を決めてくれるのだ。

晴香にも密かにメッセージを送った。「準備は順調。心配しないで。」短い文だが、晴香に今の状況を伝えておくことは大切だった。晴香はすぐに返信が来た。「わかった。いつでも動けるように準備しておくね。」九州にいても、晴香は私の一番の味方でいてくれている。

一方、孝志は相変わらず何も気づいていなかった。退職金で始めた投資の件が、少しずつ怪しい雲行きを見せている。石黒という飲み仲間に紹介されたファンドから、最初の1ヶ月は宣伝通りの利益が振り込まれたらしい。しかし2ヶ月目に入ると、入金が遅れ始めたのだ。孝志が石黒に問い合わせると、「運用に少し時間がかかっている。来月にはまとめて入る」との返答だったという。

「大丈夫だ。石黒は元銀行員だ。信用できる。」

彼は自分に言い聞かせるように繰り返しているが、焦りが現れ始めているのを私は感じ取っていた。

水瀬さんに、近いうちに少し長い休みを取るかもしれないと伝えた。事情をすべて話す必要はないと思ったが、水瀬さんは察しのいい人だ。

「何があっても、ここはあなたの居場所よ。安心して。」

水瀬さんの言葉に、深く頭を下げた。5年前、孝志の目を盗むようにして始めたパート。当時は生活費の足しにと思っていただけだった。まさかこの場所が、自分の人生を取り戻す拠点になるとは想像もしていなかった。

一方で、孝志の投資話はいよいよ怪しさを増していた。石黒に何度電話をかけても、出るのは3回に1回程度らしい。出た時の返答も「もう少し待ってくれ。運用が複雑で時間がかかっている」と、具体性のないものばかりだという。石黒への不審感が募る一方で、孝志は自分が騙されたという事実を認めようとしなかった。「元銀行員が詐欺をするはずがない」という根拠のない自信にすがりついている。

孝志が投資の件で苛立ちを募らせるほど、私への当たりもひどくなる。投資で失いかけている金への焦りが、すべて妻への攻撃に変換されているのだ。しかし、私はもう以前の私ではなかった。孝志の怒鳴り声を聞いても、体が竦むことはない。それは諦めではなく、確かな計画があるからこそ生まれる強さだった。急いてはいけない。根気よく正しい手順を踏めば、花は必ず咲く。今の私に必要なのも、同じ忍耐だった。

異変が起きたのは、ある雨の日の午後。花屋のパートを終えて帰宅すると、リビングのテーブルの上に書類が広げられていた。孝志がソファーに座り、両手を組んだまま私を睨みつけている。テーブルの上に散らばっているのは、年金分割のパンフレットだった。

「これは何だ?」

声は低く静かだった。怒鳴り声よりも、この冷たい静けさの方がはるかに恐ろしい。私のバッグの中身を漁ったのだろう。花屋のロッカーにしまっていた書類とは別に、年金事務所でもらったパンフレットの一部を自宅のバッグに入れたままにしていたことを、今になって後悔した。

「あの、それは年金分割の。」

「俺の年金を横取りしようとしてるのか?」

「横取りではない。40年間の生活の中で、私にも正当な権利があるのだ。」しかし、そう反論する前に、孝志が立ち上がり、パンフレットを床に叩きつけた。

「ふざけるな。誰に吹き込まれたんだ?あの花屋の仲間か?それとも、余計なお世話を焼く誰かがいるのか?」

佐木さんの名前を出すわけにはいかない。私は黙って俯いた。

「いいか?よく聞け。離婚なんか絶対にさせんぞ。お前は俺がいないと何もできない女だ。パートの8万円で一人で生きていけると思ってるのか?笑わせるな。」

孝志の言葉は鋭く、明確に私の弱い部分をついてくる。確かに、つい数ヶ月前までの私なら、この言葉に打ちのめされていただろう。けれど今は違う。年金分割の試算額を知っている。一人で暮らしていける見通しが立っている。その知識が、さやかながら私の背骨を支えていた。

孝志はすぐに電話をかけたらしい。30分もしないうちに、雅美がタクシーで駆けつけてきた。

「明子さん、正気なの?離婚ですって。40年も弟に尽くしてもらっておいて、今更何を言い出すのよ。」

雅美は玄関先からすでに臨戦体制だった。リビングに通されるなり、私の目の前に座り、腕を組んで威圧的な視線を向けてくる。

「大体ね、パートなんか始めるから、余計なことを考えるようになるのよ。孝志の世話をちゃんとしていれば、こんな問題は起きなかったはずでしょ。」

「その通りだ。明子は最近、家事も手を抜いている。パートに行くなとは言わんが、家のことが優先だろう。」

二人の攻めに、体が縮こまる。40年間染みついた習慣で、反射的に「すみません」という言葉が喉元まで出かかった。しかし、ぐっとこらえた。

「すみません。パンフレットのことは、少し気になって調べただけです。」

この場を収めるための嘘をついた。本当のことを言えば、孝志と雅美の攻撃はさらに激しくなる。今はまだタイミングではない。

しかし、それ以降、孝志は私の行動を逐一監視するようになったのだ。朝、花屋に出かける時間を確認し、帰宅時間が5分でも遅れると電話が鳴る。

「どこにいるんだ?何をしている?寄り道なんかするな。まっすぐ帰ってこい。」

バッグの中身を毎晩チェックされるようになり、私は重要な書類をすべて花屋のロッカーに移した。戸籍謄本も情報通知書も離婚届も、自宅には一切置いていない。孝志が漁っても見つかるのは、財布とハンカチとリップクリームだけだ。彼の監視はもはや常軌を逸していた。風呂に入る時間まで測り、「長すぎる。中で電話でもしてるんじゃないだろうな」と疑いの目を向けてくる。食事の支度で使う食材の量にまでケチをつけ、「もやし一袋にこんなに使う必要があるのか」と問い詰める。さらに、孝志は私の通帳と印鑑を自分の書斎に持ち去った。

「お前に余計な金を持たせると、ろくなことにならん。通帳は俺が預かる。」

花屋のパート代が振り込まれる通帳を取り上げられ、手元に残ったのは財布の中の数千円だけ。彼は完全に私の経済的自由を奪おうとしていた。だが、孝志は知らなかった。パート代の口座とは別に、5年前から少しずつ貯めてきた別口座があることを。毎月のパート代から3000円ずつ、花屋の近くの別の銀行に預けてきた小さな貯金だ。総額は20万円程度に過ぎないが、いざという時の命綱として、誰にも話していなかった。

ある日、孝志は花屋に直接電話をかけてきた。「明子の夫の梅原孝志ですが、明子は今日何時に出勤して、何時に退勤しましたか?」水瀬さんが電話に出て、冷静に対応してくれた。

「申し訳ありませんが、従業員の勤務状況についてはお答えしかねます。ご要件がありましたら、ご本人にお伝えしますが。」

「俺は夫だぞ。答えて当然だろ。」

「ご夫婦の問題に、当店が介入する立場にはございません。」

彼女の毅然とした対応に、孝志は舌打ちをして電話を切ったらしい。孝志は他人に対しては体面を気にする男だ。突っぱねられたことで、さぞ面目を潰されたと感じたことだろう。水瀬さんから報告を受けた時、私は申し訳なさで頭を下げた。

「謝らないで。明子さんは何も悪くないわ。むしろ、ご主人の行動の方が問題よ。」

彼女の言葉に救われながらも、孝志の監視がここまで続けば、花屋にも佐木さんにも迷惑がかかると感じた。焦りが胸の中でじわじわと膨らんでいく。そんな中、孝志が予想外の行動に出た。花屋に直接乗り込んできたのだ。

平日の昼下がり、店内に数人の客がいる時間帯だった。入口のドアが勢いよく開き、孝志が大股で入ってきた。顔を赤くしている。昼から飲んでいたのかもしれない。

「帰るぞ。もうここで働く必要はない。」

客の視線が一斉にこちらを向く。カウンター越しに花束を包んでいた私は、手が止まった。

「お客様、お静かに願います。営業中ですので。」

水瀬さんが毅然と声をかけるも、孝志は聞く耳を持たなかった。

「うちの女房を返してもらいたいんだ。こんな花屋のバイトのせいで、家のことがおろそかになっているんだからな。」

店内の空気が凍りつく。常連客の一人が、怯えた表情で出口に向かった。水瀬さんは私に目配せをし、「裏から出なさい」と小声で指示してくれた。バックヤードに逃げ込み、裏口から外に出た。体が震えている。孝志がここまでするとは思わなかった。花屋は私の唯一の居場所であり、収入源であり、佐木さんや水瀬さんとの大切な繋がりだ。それを彼は力づくで奪おうとしている。

その夜、孝志は何食わぬ顔で夕食を食べていた。花屋での騒動については一言も触れず、テレビを眺めながら焼酎を飲んでいる。

「明日から花屋には行くな。家にいろ。」

「でも、お給料がないと生活費が。」

「俺の言うことが聞けないのか。花屋なんかやめろ。それが嫌なら、出ていけ。」

その言葉を聞いた瞬間、逆に冷静になった。孝志は追い詰めているつもりだろう。しかし、「出ていけ」という言葉は、皮肉にも私に離婚の口実を与えてくれたのだ。

花屋を辞めさせられたことで安心したらしい。翌朝からは機嫌が少しだけ持ち直し、テレビを見ながら「お前がちゃんと家にいれば、問題はないんだ」と満足そうに呟いている。自分の支配が完成したと思い込んでいるのだろう。孝志は勝ち誇ったように、釣り仲間に電話で自慢まで始めた。

「いや、うちの女房がちょっと調子に乗ってたんだけどな。パートなんかやめさせたら、大人しくなったよ。女ってのは、緩めるとつけあがるからな。」

リビングでその電話を聞きながら、私は黙って洗い物を続けていた。孝志は気づいていない。この電話の内容もまた、経済的DVの証拠として手帳に書き留められていること。日付、時刻、発言内容。佐木さんに教わった通り、すべて記録している。私の心は、孝志が思っているほど折れてはいなかった。むしろ、彼の傲慢さが私の決意をさらに固くしている。

パートに行けなくなった分、孝志の行動パターンをより正確に把握できるようになった。何時に起き、何時に外出し、何時に帰宅するか。釣りに行く曜日、飲み仲間と会う頻度、石黒に電話をかける時間帯。すべてを頭に刻み込んだ。孝志が外出するたびに、少しだけ体の緊張がほぐれる。その隙に、スマートフォンから年金事務所のホームページを確認する。手続きの流れを何度も読み返し、必要な書類に漏れがないか最終チェックを行った。書類はすべて花屋のロッカーに揃っている。あとは、孝志に告げる日を待つだけだ。

ある晩、孝志が酔って帰宅した。いつもより酒量が多いらしく、足元がひどくおぼつかない。リビングのソファーに倒れ込むなり、孝志は独り言のように呟いた。

「石黒の野郎、300万。まさか騙されたんじゃ。いや、元銀行員が詐欺なんてするわけがない。」

彼の声は震えていた。300万円という大金を失うかもしれない恐怖が、孝志を内側から蝕んでいるのだ。

佐木さんに密かに連絡を取ったのは、深夜2時のことだった。孝志が寝静まった後、トイレに立つふりをしてスマートフォンから短いメッセージを送る。「孝志に年金分割のことがバレました。書類は花屋に保管してあります。通帳と印鑑を取り上げられました。」数分後、佐木さんから返信が届いた。「大丈夫。年金分割に必要な書類は揃っているんでしょう。通帳は再発行できるわ。焦らないで、タイミングを待ちましょう。」彼女の冷静な言葉に、少しだけ呼吸が楽になった。どんな状況でも、正しい知識と準備があれば道は閉ざされない。佐木さんはいつもそのことを教えてくれる。

翌日、孝志は私を呼びつけて、さらに追い打ちをかけてきた。

「お前、もう一回だけ言うぞ。離婚なんて考えるのはやめろ。年金分割だのなんだの、くだらないことを調べるのもやめろ。俺に逆らったらどうなるか、分かってるだろうな。」

彼の声は脅迫に近い響きを帯びていた。しかし、具体的に何をするとは言わない。40年間私を支配してきたのは、暴力ではなく言葉による圧力と経済的な締めつけだ。孝志は自分が暴力を振るわないことを、「俺はいい夫だ」という自己認識の根拠にしている節がある。殴らないからいい夫。生活費を出さなくても、感謝の言葉がなくても、妻を軽蔑しても、殴らないからいい夫。その歪んだ認識が、孝志をここまでの人間にしてしまったのだ。

雅美からも電話がかかってきた。

「孝志から聞いたわよ。まだ離婚だの年金だの言ってるんですって。いい加減にしなさいよ。体面ってものがあるでしょ。うちの実家の恥になるようなことは、やめてちょうだい。」

世間。結局それが雅美の最大の関心事なのだ。弟が離婚するという事実や、自分の体面を傷つけることを恐れている。私の40年間の苦労や、孝志の横暴については考えようともしない。

「大体ね、あなたは恵まれてるのよ。孝志は一度もあなたを殴ったことがないでしょ。浮気もしていないでしょ。それだけで十分じゃない。贅沢言わないの。」

殴らない。浮気しない。それが十分の基準だというのなら、この国の夫婦関係はどれほど歪んでいるのか。けれど、孝志が何を言おうと、雅美がどれだけ攻めようと、法律が私の味方をしてくれる。この確信が、この局面の中でも私を支えていた。

孝志の命令で、花屋のパートを一時休止せざるを得なくなった。水瀬さんに電話で事情を伝えると、彼女は「いつでも戻ってきて。あなたの席は開けておくから」と言ってくれた。その温かさが、帰って胸を締めつける。パートがなくなれば、月8万円の収入も途絶える。孝志は相変わらず生活費を出さない。手元に残った数千円と、別口座の20万円だけが私の全財産だった。

孝志は私を家に閉じ込めようとしているのだ。外に出る理由を奪い、情報を断ち、経済的に完全に依存させる。そうすれば、二度と逆らえないと考えているのだろう。

「どうだ?大人しくしていれば、飯くらいは食わせてやる。感謝しろ。」

毎朝、ソファーに座ったまま、恩着せがましくこの言葉を投げつけてくる。孝志にとって、私は飼い犬と同じなのだ。餌を与えれば、尻尾を振って従うと思っている。買い物にすら自由に出られなくなった。孝志が「必要なものは俺が買ってくる」と言い出し、食材の購入まで管理し始めたのだ。彼が買ってくるのは、自分が好きなビールと酒の肴ばかりで、私が料理するための基本的な食材はほとんど入っていない。

「文句があるなら食うな。食わせてやってるだけ、ありがたいと思え。」

空腹と孤独が、少しずつ心を蝕んでいく。花屋にも行けず、佐木さんにも会えず、晴香にも電話をかけられない。孝志が常に家にいるため、こっそり連絡を取ることすら難しくなっていた。

ある朝、洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、息を飲んだ。頬がこけ、目の下に深い隈ができている。髪にも艶がなくなり、白髪が急に増えたような気がした。花屋で働いていた頃は、毎朝鏡の前で髪を整えるのが楽しかったのに、今は鏡を見ることすら怖くなっている。孝志に管理された食事は、量も栄養も足りていない。彼が買ってくる食材の残りを少しだけ食べ、あとは白米と味噌汁で空腹を紛らわせる日々。体重が5キロ近く落ちた。立ち上がる時に目まいがする。階段を上がるだけで息が切れる。このまま倒れたら、孝志は救急車を呼んでくれるだろうか。そんな考えが頭をよぎり、自分で自分が哀れに思えてきた。

近所の人と話す機会も完全に失われた。孝志が在宅しているため、宅配便の対応すら孝志がする。ゴミ出しに行く時だけ玄関を出られるが、隣の奥さんと二言三言話すのが精一杯だった。孝志がいない時間帯はせいぜい2、3時間。その間に洗濯と掃除を済ませるのが精一杯だった。

隣の山口さんが、ある日ゴミ袋を受け取りながら心配そうに声をかけてきた。

「梅原さん、最近お見かけしなかったけど、体調でも悪いの?」

「少し風気味で。大丈夫ですよ。」

嘘をつく自分が情けなかった。山口さんの目には、明らかに不審感が浮かんでいた。しかし、事情を話す余裕はない。孝志が窓から見ているかもしれないのだ。

夜中、眠れずに台所の窓から空を見上げる。星が一つも見えない曇り空だ。自分の人生もまた、こんな風に光の見えない暗闇の中にあるのだと感じた。だが、雲の上には必ず星がある。見えないだけで、消えたわけではない。佐木さんや水瀬さんや晴香がいてくれることを思い出すたびに、暗闇の中にもかすかな光がともる気がした。

ある日の外出中にスマートフォンを確認すると、晴香から何件もの不在着信とメッセージが入っていた。「お母さん、電話に出て。大丈夫?返事がないから、余計に心配。」「お父さんに何か言われてる?」返信を打とうとした時、玄関のドアが開く音がした。慌ててスマートフォンをエプロンのポケットに滑り込ませる。孝志が帰ってきたのだ。

「何をしてた?」

「夕食の支度を。」

「そうか。余計なことはするなよ。」

私のすべての行動が、孝志にとっては余計なことなのだ。その晩、孝志が風呂に入っている隙に、震える指で晴香にメッセージを送った。「大丈夫。少し忙しくて電話できなかっただけ。心配しないで。」嘘だ。全然大丈夫ではないけれど、今本当のことを伝えれば、晴香が心配して何をするか分からない。もう少しだけ耐えなければならないと、自分に言い聞かせていた。風呂から上がった孝志の足音が近づいてきて、慌ててスマートフォンの画面を消した。心臓が早鐘のようになっている。孝志は私をちらりと見たが、何も言わずに寝室に入っていった。

投資に回した300万円の件も、雲行きが怪しくなっている。孝志は毎日のように石黒に電話をかけているが、留守番電話に切り替わるばかりで、折り返しの連絡もないようだ。彼の表情に焦りが滲み始めているのを、私は台所の隅から観察していた。

孝志が釣りに出かけ、しばらく帰ってこないと分かった日、花屋のパートを一日だけ復帰して、水瀬さんに近況を報告した。水瀬さんは私の話を聞き終えると、カウンターの下から紙袋を取り出してくれた。

「明子さん、これ。ロッカーに入っていた書類を、念のため封筒に入れ直して保管してあるわ。何があっても、ここは安全だから。」

彼女の心遣いに、胸が熱くなった。この人たちがいるから、私は踏みとどまっている。水瀬さんはさらに、紙袋の底からおにぎりとお茶を取り出してくれた。

「痩せたでしょう。ちゃんと食べなさい。無理しちゃだめよ。」

久しぶりに食べたおにぎりの温かさが、身に染みた。塩味のおにぎりを一口噛むたびに、涙が出そうになる。こんなにも美味しく感じるのは、それだけ追い詰められているということだろう。水瀬さんの手作りだと分かる、不格好な形が、言葉以上に心に染みた。

孝志が昼寝をしている午後、台所に一人で立っていた。40年間、この場所に毎日立ち続けた。蛇口から水を出し、手を洗う。この手で何千枚の皿を洗い、何千の洗濯物を干し、何千時間の介護をしてきたのだろう。爪は短く切り揃え、指先にはひび割れの跡が残っている。ふと涙がこぼれた。声を出さずに、孝志に聞こえないように口元を手で覆いながら。私の40年間は何だったのだろう?若さも夢も自由も、すべてこの家に捧げてきた。見返りに得たものは、「養ってやった」という恩着せがましさと、「1円もやらん」という冷たい宣言。40年間の家事と育児と介護の対価がゼロだと言われたのだ。自分が価値のない人間だと思いそうになる。しかし、そんな考えの底から、別の声が聞こえてきた。

水瀬さんはいつも言っていた。「枯れたように見える花でも、根がしっかりしていれば、手入れ次第でまた咲くのよ。」晴香の笑顔がよぎった。「お母さん、40年間ずっと我慢してきたんでしょ?もう十分よ。」佐木さんの温かい手の感触が蘇る。「あなたは間違っていないから。」水瀬さんの凛とした声が聞こえる。「ここはあなたの居場所よ。」私には、私を必要としてくれる人がいる。私を認めてくれる場所がある。それに、孝志は「お前には何もできない」と言うけれど、本当に何もできないのはどちらだろう。孝志は自分で洗濯機を回したことがない。米の研ぎ方も知らなければ、ゴミの分別すらできない。40年間すべてを妻に任せきりにしてきた男が、一人で生活できるはずがないのだ。花屋で教わった花の知識も同じ。枯れかけた花の手入れの仕方、水揚げのコツ、茎の切り方。どんな花でも、正しい手入れをすればもう一度花を咲かせることができる。私はまだ根が死んでいない。水さえ与えてやれば、もう一度立ち上がれるはずだ。佐木さんの友情、水瀬さんのぬくもり、晴香の愛情。それが私の根を支える水だ。孝志が与えてくれなかったものを、他の人たちがくれた。

晴香が送ってくれたメッセージをもう一度読み返す。「お母さん、その時が来たら必ず行くから。」晴香の言葉が、暗闇の中の灯台の光のように、進むべき方向を教えてくれている。

転機は思いがけない形でやってきた。孝志が釣り仲間との温泉旅行で、2日間家を開けることになったのだ。投資の件で焦りを感じていた孝志は、石黒と直接会って話をつけるために、石黒の地元である人間まで出かけることにしたらしい。

「2日間留守にする。余計なことはするなよ。飯は適当に食え。」

彼が車で出発した瞬間、家の中の空気が一変した。重苦しかった空気が嘘のように軽くなり、自分の呼吸の音が聞こえるほどの静寂に包まれる。この2日間は、孝志から与えられた最後のチャンスかもしれない。すぐに佐木さんに電話をかけた。

「佐木さん、孝志が2日間いないの。今日会えないかしら?」

彼女は30分後に自宅に来てくれた。久しぶりに会った佐木さんの顔を見た瞬間、緊張の糸が切れて涙がこぼれる。

「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ。」

佐木さんは私の肩を抱きながら、これからの手順を一つずつ確認してくれた。

「離婚届は書いてある?」

「離婚届は花屋のロッカーに。印鑑は孝志に取り上げられたけど、実は予備をもう一つ持っているの。結婚して間もない頃、万が一のために作っておいたのよ。当時は深い考えがあったわけではない。ただ、母が嫁入り前に『印鑑は自分のものを持っておきなさい』と言ってくれたのだ。」

30年以上前の母の言葉が、今この瞬間に生きている。母はあの世から私を守ってくれているのかもしれない。

「年金分割のための情報通知書は、それも花屋に全部揃ってます。」

佐木さんは頷き、改めて手続きの流れを整理してくれた。まず離婚届を提出する。その後、3号分割の手続きを年金事務所で行う。合意分割については、孝志が同意しないことが予想されるため、家庭裁判所に調停を申し立てる。

「3号分割届が受理された後、年金事務所に一人で手続きできるわ。孝志さんの同意は不要。これだけでも、ある程度の年金が確保できる。」

佐木さんの説明を聞きながら、手帳にメモを取った。もう手は震えていない。決意が固まると、人はこんなにも落ち着けるものなのだと、自分でも不思議に思った。もう一つ、佐木さんから重要なアドバイスがあった。

「孝志さんに告げる時は、娘さんに来てもらいなさい。話し合いが決裂した場合のことも考えておいて。」

すぐに晴香に電話した。今度は遠慮なく、すべてを話す。孝志が2日間いないこと。書類はすべて揃っていること。離婚届を出す準備ができていること。

「お母さん、やっと決めたのね。待ってた。すぐに行くから、明日の飛行機を取る。」

晴香の声は力強く、迷いがなかった。母の決断を、娘は心から支持してくれている。電話を切った後、リビングのソファーに座り、深く息を吸い込んだ。涙は出なかった。代わりに、腹の底から力が湧いてくるのを感じた。明日、晴香が来る。そして、すべてが動き出す。

孝志がいない間に、花屋のロッカーからすべての書類を回収してきた。離婚届、戸籍謄本、情報通知書。一つ一つを確認し、テーブルの上に並べた。40年分の家計簿のコピーもある。義母の介護記録も、当時のメモをまとめたものも持っている。これらの書類は、私の40年間の証だ。孝志が「ただ家にいただけだ」と言い切った40年間が、紙の上に数字と事実として刻まれている。言葉では伝わらなかったことが、書類という形になれば、孝志にも裁判所にも伝わるはずだ。

一人きりの台所で、深呼吸をする。明日からの自分は、もう今日までの自分ではない。40年間閉じ込められていた鳥籠の扉を、自分の手で開けるのだ。もう我慢しなくていい。意外なことに、笑いを含んだような呟きが漏れた。怖くないといえば嘘になるけれど、このまま鳥籠の中で朽ちていく方が、よほど恐ろしい。明日の私は、今日の私より強くなれるはずだ。

晴香が九州から駆けつけたのは、翌日の昼過ぎだった。朝一番の飛行機に乗り、空港からタクシーで直接自宅に来てくれたのだ。玄関を開けた瞬間、晴香の顔を見て胸がいっぱいになった。晴香は私の手を強く握ってくれた。

「お母さん、一人で頑張らなくていいからね。今日は私がそばにいるから。」

晴香はダイニングテーブルで書類に目を通しながら、驚いた表情を見せた。

「お母さん、こんなに準備してたの?すごいわ。」

「佐木さんに教えてもらいながら、少しずつ集めたの。花屋のロッカーに隠してあったから、お父さんには見つかっていないはず。」

彼女は一枚一枚の書類を丁寧に確認していた。40年分の家計簿のコピーには、毎月のやりくりの苦労が数字となって刻まれている。義母の介護記録には、夜中に何度起こされたか、通院の頻度、オムツの交換回数まで克明に記録されていた。

「お母さん、これ全部一人でやってたんだね。おばあちゃんの介護の時、お母さんがこんなに大変だったなんて。子供の頃は気づいてあげられなかった。」

「いいのよ。あなたが元気に育ってくれたことが、お母さんの一番の支えだったんだから。」

晴香の目に涙が光っていた。けれど、すぐに涙を拭い、真剣な表情に戻る。

「お父さんに話すんでしょ?大丈夫。私がそばにいるから。」

離婚届には、すでに私の署名と押印は済ませてある。あとは、孝志の署名を得るか、調停に持ち込むかの二択だ。

孝志が温泉旅行から戻ったのは、その日の夕方だった。玄関のドアを開けた孝志は、リビングに晴香がいることに目を丸くした。

「おい、晴香。どうしてここにいるんだ?仕事はどうした?」

「有給を取ってきたの。お母さんに大事な用があったから。」

彼の目が、テーブルに並べられた書類に向けられた。一瞬、顔が強張る。しかし、すぐにいつもの高慢な態度を取り戻した。

「なんだこれは?まだ懲りずに離婚だの年金だの言ってるのか?」

ソファーにどかりと腰を下ろし、足を組む。旅行の孝志は上機嫌だったはずだが、テーブルの書類を見た瞬間に、その表情は消え去った。私は椅子に座り直し、孝志と正面から向き合った。40年間で初めて、彼の目をまっすぐ見据える。

「孝志さん、私、離婚したいの。」

「バカなことを言うな。そんなもの、認めるわけがないだろう。」

「あなたの同意がなくても、家庭裁判所に調停を申し立てることができます。」

孝志の目が一瞬、揺らいだ。「調停」という言葉は、彼にとって聞き慣れない法律用語だったに違いない。予想外の現実味を感じたのか、一瞬だけ表情が硬くなった。しかし、孝志はすぐに鼻で笑い、腕を組み直した。

「調停だと?笑わせるな。お前が裁判で俺に勝てるわけがないだろう。弁護士を雇う金が、お前にあるのか。」

「弁護士は必要ありません。調停は一人でも申し立てられます。それに、年金分割についても手続きをするつもりです。」

「年金分割だと?俺の年金に手を出そうってのか?」

私はテーブルの上の書類から、年金分割のための情報通知書を孝志の前に広げた。そして、年金事務所で受け取った試算表も並べる。

「これは年金事務所の正式な書類です。婚姻期間40年間の厚生年金記録が記載されています。年金分割をすると、あなたの厚生年金の標準報酬記録の一部が私に移転されます。」

自分でも驚くほど冷静に言葉を紡ぐことができている。年金事務所に通い、法律書を読み、佐木さんに相談し、一つずつ積み上げてきた知識が、今この場で私の声を支えてくれている。孝志の顔色が変わった。これまでの威圧的な態度が崩れていくのが、目に見えた。

「嘘だ。そんなわけがない。」

「嘘じゃないわ。年金分割制度は法律で定められたものよ。お母さんには正当な権利があるの。」

晴香が冷静に、しかし毅然とした口調で補足する。孝志は晴香に対しても声を荒げようとしたが、彼女の目の奥にある覚悟を見て取ったのか、言葉を飲み込んだ。

「あなたが『俺の年金は1円もやらん』と言ったから、法律に基づいてきちんと分割してもらうことにしました。40年間あなたを支えてきた対価として、法律が認めてくれている権利です。」

孝志の顔面が蒼白になっていく。額に脂汗が浮かび、組んでいた腕がほどけ、膝の上で拳を握りしめている。唇がかすかに震え、目が泳いでいる。

「待て。年金が半分になるなんて。俺は月20万の年金で老後を過ごす計画だったんだ。それが半分になったら、10万しか残らんじゃないか。」

「それは合意分割で最大分割した場合の話です。実際の按分割合は調停で決まりますけれど、40年間の婚姻期間を考えれば、相応の割合になるでしょう。」

彼はソファーから立ち上がり、リビングを行ったり来たりし始めた。焦りと怒りと恐怖が入り混じった表情で、時折り私を睨みつけるが、もう以前のような威圧感はなかった。

「認めんぞ。調停だろうが裁判だろうが、俺は絶対に反対する。」

「調停で合意できなければ、審判に移行します。審判では、裁判官が按分割合を決定します。あなたが拒否しても、手続きは進むんです。」

孝志が何を言っても、法律という揺るぎない土台が私を支えてくれている。年金事務所に通い、無料法律相談で弁護士の助言を受け、佐木さんに導いてもらった日々が、すべてこの瞬間のためにあった。

「くそ。誰だ、お前にこんな入れ知恵をしたやつは。」

「入れ知恵なんてありません。自分で調べ、自分で学びました。」

テーブルに並んだ書類を、孝志は震える手で掴み上げた。情報通知書の数字を、食い入るように見つめている。

「こんなことが。40年間働いた俺の年金が。」

その時、孝志のスマートフォンが鳴った。画面を確認した彼の表情が、さらに歪む。石黒からのメッセージらしい。孝志はメッセージを読み上げこそしなかったが、その顔色から察するに、良い知らせではないことは明らかだ。

「嘘だろ?石黒の野郎。」

どうやら、石黒が紹介した投資ファンドに振り込んだ300万円について、何かの問題が発生したらしい。孝志はすぐに石黒に電話をかけたが、コール音だけが虚しく響き、繋がることはなかった。

「お父さん、何があったの?」

「石黒が。当時の金が。300万が。」

孝志は言葉を失い、ソファーに崩れ落ちるように座り込んだ。投資の失敗、年金分割。2つの現実が同時に孝志を襲い、その顔から血の気が引いていた。退職金2500万円のうち、趣味や交際費に数百万、投資に300万。残りの退職金も、年金分割で財産分与の対象になる可能性がある。さらに、毎月の年金も分割される。彼が描いていた悠々自適の老後計画は、根底から崩れ去っていた。

「待ってくれ。明子。離婚は考え直してくれないか?」

ほんの数分前まで「認めんぞ」と息巻いていた男が、急に態度を変えた。だが、それは妻への愛情からではない。金を失うことへの恐怖が、孝志の口からその言葉を絞り出させたに過ぎないのだ。

「40年間、私は言うことを聞いてきました。朝5時に起きて弁当を作り、お母さんの介護を10年間一人でやり、晴香の学校行事にも一人で参加した。あなたはそのことを一度も認めてくれなかった。」

孝志は何も言えずに俯いている。

「そして、あなたは私の40年間を『ただ家にいただけだ』と言いました。それから『年金は1円もやらない』と。あの言葉を聞いた時、私は目が覚めたの。」

離婚届をテーブルの中央に置いた。孝志の署名欄は空白のままだ。

「ここに署名してください。署名がなければ、調停を申し立てます。」

40年間で初めて、孝志に対して自分の意思をはっきりと伝えることができた。不思議と心は凪いでいる。嵐の後の海のように、静かで透き通った気持ちだった。

孝志はしばらくの間、離婚届を凝視していた。そして、がっくりと肩を落とし、ソファーに崩れ落ちるように座った。両手で頭を抱え、しばらくの間、身動きもしなかった。リビングの時計がカチカチと針を進む音だけが、部屋に響いている。やがて、孝志は顔を上げ、ぽつりと呟いた。

「俺だって分かってたんだ。お前がいなきゃ、この家は回らなかったことをくらい。」

意外な言葉だった。だが、私は知っている。彼は本心からそう言っているのではない。本当にそう思っていたなら、40年間のどこかで一度くらいは「ありがとう」と言えたはずだ。

「頼む、明子。離婚だけは考え直してくれ。俺が悪かった。生活費も出す。年金も渡す。何でもするから。」

孝志の目から涙がこぼれ、半ば叫ぶように言った。40年間の結婚生活で、彼が泣くところを見るのはこれが初めてだった。けれど、それは私のためではなく、自分の年金のために流す涙だ。

「私が欲しかったのは、お金じゃない。『ありがとう』。その一言だけ。でも、あなたはそれすらくれなかった。代わりにくれたのは、『養ってやった』と『1円もやらん』だけ。」

孝志は口を開きかけ、また閉じた。何か反論しようとしたのだろうが、言葉が出てこないらしい。晴香が私の隣に立ち、そっと手を握ってくれた。彼女の手は温かく、力強い。その手のぬくもりが、これからの人生を照らす明りのように感じられた。

「お父さん、お母さんは本気よ。40年間の感謝の言葉が一度もないなら、せめて法律で正当に分けてください。それがお母さんへの最後の礼儀だと思う。」

晴香の声は静かだが、揺るぎがなかった。孝志は晴香の言葉に打ちのめされたように、深く椅子に沈み込んだ。自分が育てた娘が、妻の側に立っている。その事実が、孝志にとっては年金分割以上の衝撃だったのかもしれない。

孝志の嗚咽がリビングに響く中、私は晴香と一緒に静かに玄関を出た。振り返らなかった。もう振り返る必要はないのだから。秋の風が頬を撫でる。空は高く澄み渡り、遠くの山の稜線がくっきりと見えた。

「お母さん、これからどうする?」

「まず花屋に行くわ。水瀬さんにお礼を言いたいの。それと、佐木さんにも報告しないとね。」

「うん。行こう。」

晴香と並んで歩く商店街の景色は、40年前と何も変わっていないはずなのに、すべてが輝いて見えた。

離婚が成立したのは、調停を経て約2ヶ月後のこと。離婚届を出す日、孝志は最後まで署名を拒んだ。しかし、私の決意が揺がないことを悟ると、がっくりと肩を落とし、震える手でペンを取った。佐木さんが付き添ってくれた市役所で、離婚届を窓口に提出した。受理された瞬間、40年間の重しが肩からストンと落ちたような感覚に包まれる。その足で年金事務所に向かった。3号分割の手続きは、驚くほど淡々と進んだ。窓口の職員は穏やかな笑顔で書類を受け取り、内容を確認し、署名を求めた。それだけで完了する。この簡素な手続きが、40年間の婚姻生活に法的な終止符を打つのだと思うと、不思議な感慨が胸に広がった。

数日後、孝志の元にも年金事務所から通知が届いた。3号分割によって厚生年金記録が変更されたことを知らせる正式な通知書。孝志は最後まで自分の年金が少なくなることを拒んだが、家庭裁判所の調停委員が40年間の婚姻生活の実態を詳しく聞き取った結果、年金分割の按分割合は上限に近い数字で決定された。孝志の厚生年金月額約20万円のうち、相当額が私の年金記録に移転されることが確定したのである。

晴香から聞いた話によると、孝志はその通知を見て声をあげて泣いたという。義母の葬儀で私が倒れかけた時も、晴香が泣きながら「父さん、助けて」と懇願した時も、孝志は涙一つ見せなかった。私の流せなかった涙を、ためには流せる男。それが梅原孝志という人間の本質だったのだ。

彼はその後も何度も私に電話をかけてきた。しかし、私は一度も出なかった。もう、あの声に振り回される日々には戻らない。40年間つけていた首輪を、自分の手で外したのだ。

孝志の生活は、離婚後にあっという間に崩壊した。まず、40年間私がやってきた家事を、彼は一切こなすことができなかったのだ。洗濯物は洗濯機に入れたまま何日も放置され、カビが生えた。台所のシンクには食器が山積みになり、悪臭を放っている。冷蔵庫の中身は、賞味期限切れの食材とビールだけ。栄養バランスなど考える知識もなく、食事はコンビニ弁当とカップ麺の繰り返しに。投資に回した300万円は、やはり詐欺まがいのファンドだった。石黒は行方をくらまし、電話番号も変わっている。孝志は警察に被害届を出したが、回収の見込みは極めて薄いと告げられた。私が忠告した時に耳を貸していれば、防げた損失だった。退職金の一割以上を、一瞬で失ったのだ。減額された年金と目減りした退職金。悠々自適の老後を夢見ていた計画は、完全に崩壊した。ゴルフ会員権の話も白紙に戻り、釣り仲間との外食も月に一度がやっとになっている。健康状態も悪化した。偏った食事と不規則な生活がたたり、血圧が上がったと聞いている。病院に行くことすら、自分一人ではおっくうらしい。

孝志が真っ先に泣きついたのは、雅美だった。しかし、電話口の雅美は冷たかった。

「あんたがあの人を大事にしなかったからでしょ。今更泣いたって遅いわよ。自分で巻いた種は、自分で刈り取りなさい。」

雅美は面倒になったのか、あっさりと手のひらを返したようだ。釣り仲間にも離婚の噂は広まり、食事に誘う者もめっきり減った。「奥さんに逃げられた男」という評判は、孝志の自尊心を深く傷つけたらしい。外面だけは良かった男の化けの皮が、世間にも知られてしまったのだ。

荒れ果てた部屋で一人、孝志はテレビの前に座っている。リモコンを握りしめたまま画面を見つめるその目は、虚ろだった。かつて妻を怒鳴りつけていた男とは別人のように、その背中は丸く、小さく見える。「俺の年金は1円もやらん」と豪語した日から、わずか数ヶ月。すべてが、孝志自身に跳ね返ったのである。

離婚から数ヶ月が過ぎた秋の朝、花屋「花丸」の店先で、私はアレンジメントの仕上げをしていた。年金分割のおかげで、毎月の年金は約12万円。花屋のパート収入と合わせて月約20万円の生活は、孝志と暮らしていた頃よりもずっと豊かだった。自分で稼いだお金で、自分が食べたいものを買い、自分が着たい服を選ぶ。それだけのことが、こんなにも幸せだとは知らなかった。

佐木さんは今も毎週火曜日に花を買いに来てくれる。晴香は月に一度、九州から様子を見に来てくれるようになった。水瀬さんは「明子さん、最近アレンジメントの腕が上がったわね」と褒めてくれた。朝、目覚ましが鳴る前に目が覚める。誰かのためではなく、自分のために起きる朝が、こんなにもすがすがしいものだとは知らなかった。好きな時にお茶を飲み、好きな花を飾り、好きな番組を見る。ささやかだけれど、かけがえのない自由がここにある。40年間枯れかけていた花が、ようやく自分の色で咲き始めた。

Thumbnail