工場長が肩を落とし、諦めたように言った。「うちの工場はトラブル続きでもうだめだ。」
俺は上司にはめられて、この工場へ飛ばされてきた。月100時間の残業が当たり前のブラック工場。だが、そこには隠された理由があった。
俺の名前は間、35歳。高卒で就職し、営業部の係長を務めていた。家が貧乏で大学には行けなかったが、この会社に入れて良かったと思っていた。
ところがある日、俺を可愛がってくれていた部長が病気で倒れ、退職を余儀なくされた。新しく部長になったのは村松という男。副社長の大学時代の後輩で、コネ入社だという噂があった。
村松部長は人間性に問題のある男だった。自分の仕事を平気で他人に押し付け、一切感謝しない。部下を便利な駒としか思っていないようだった。
就任から半年後、開発部との共同会議で事件が起きた。開発部の部長が村松部長のミスを指摘したのだ。俺が何気なく「村松部長ですね」と答えたのが運の尽きだった。
会議後、村松部長に呼び出され、一方的になじられた。「よくも大勢の前で恥をかかせたな。罰として今日の俺の仕事は全部お前にやってもらうからな。」
それからというもの、村松部長の嫌がらせはエスカレートしていった。会議では俺の発言を遮り、些細なミスを大げさに取り上げ、俺と仲の良い社員を遠ざけた。俺は孤立し、仕事ができない人間というレッテルを貼られた。
さらに村松部長は自分のミスを俺に擦り付け、連日の残業が続いた。俺は追い詰められ、「会社をやめようかな」と思うほどだった。
そしてついに、村松部長は副社長を通じて上層部に俺の悪評を吹き込んだ。突然、俺に異動の辞令が出た。行き先は関連企業の自動車部品工場。事実上の左遷だった。
営業部を去る日、村松部長はわざわざ出口まで送り出し、こう言い放った。「工場のライン仕事でもやってろ。お前にはちょうどいい底辺の仕事だ。」
翌日、俺は左遷先の工場へ向かった。工場長の高山さんと顔を合わせると、彼は弱気な口調で言った。「うちの工場はトラブル続きでもうだめだ。制御システムのトラブルで、ラインが1日に何回も止まるんだ。」
俺は画面を覗き込み、直感で分かった。「これならなんとかできるかもしれません。実は高校生の時にパソコン部でロボットを動かしていたんです。自作のシステムで大会に出たこともあります。」
高卒の俺は営業部に配属されたが、最も得意とするのはシステム開発だった。今も趣味で自作システムを作っている。
高山工場長の目に希望の光が宿った。「本当か? 試作のシステムを作ってくれ。本格導入には本社の許可がいるが、まずは動くかどうか試してほしい。」
俺はすぐに試作システムを完成させた。しかし、一部のラインで試すとエラーが発生し、現場から不満の声が上がった。「本社から来た人間がしゃしゃり出るなよ。元営業だろう。」
俺は冷静にエラーの原因を調べた。ログを追っていくと、ラインのセンサーから制御プログラムへの応答にわずかな遅延が生じていることが分かった。古いシステムはその遅延を異常と認識し、緊急停止をかけていたのだ。
俺はタイムアウトの設定値を見直し、遅延を許容範囲として処理するようプログラムを書き換えた。翌日、改善したシステムでラインを稼働させると、エラーは出ず、ラインも止まらなかった。
高山工場長はすぐに本社へ許可を取り、俺のシステムを正式に導入してくれた。現場の社員たちも「元営業のくせにあいつすごいな」と評価を一変させた。
しかし、この後、最後の波乱が待ち受けていた。システム導入から3日後、俺の携帯に本社から50件以上の着信が入っていた。折り返すと、村松部長の声だった。「工場の制御システムを改善したのはお前って本当か?」
俺が認めると、村松部長はさらに問い詰めてきた。「じゃあ営業部で使っていた作業効率化システムもお前が作ったものだったのか?」
そう、俺は営業部で使われていた効率化システムも自作していた。だが、前の部長に「お前が便利なシステムを作れることは周りに黙っていた方がいい」と言われ、能力を隠していた。退職の際、俺はシステムを全て削除した。
村松部長は「お前が作ったシステムをもう一度使わせろ」と要求してきたが、俺は断った。「お断りします。」
翌日、村松部長が工場に乗り込んできた。「システムを返せ! 営業部がどれだけ困ってると思ってるんだ?」
俺は冷静に返した。「俺のいないところでトラブルが起こっても対処できません。そんな無責任なシステムを使わせることはできませんよ。」
村松部長は頭に血が上り、周りに人がいるのも構わず怒鳴った。「高卒の無能のくせに調子に乗るからだぞ。いいからさっさとシステムを返せ。返さないとまたお前の評判を落とすぞ。」
その時、影から高山工場長と副社長が現れた。副社長はこの工場の管轄で、システム改善を自分の目で確かめるために来ていたのだ。
実は、昨日の電話の後、高山工場長が俺に「副社長に君と村松部長の会話を聞かせよう。あいつの本性と悪事を明らかにしよう」と提案してくれていた。
副社長は鋭い目で村松部長を睨みつけた。「先ほどの発言は本当か? 村松君、相田君をこの工場に左遷するよう仕向けたのか?」
村松部長は必死に否定したが、高山工場長が証言した。「俺もこの耳でしっかり聞いていました。村松部長は相田君という優秀な社員を身勝手な理由で貶め、工場に左遷させたのです。」
俺も追い打ちをかけた。「俺が本社を去る日、部長はこう言いました。『工場のライン仕事でもやってろ。お前にはちょうどいい底辺の仕事だ。』」
その瞬間、工場内の空気が一変した。騒ぎを聞きつけた現場社員たちが集まり、全員が村松部長を睨みつけた。
副社長が深々と頭を下げた。「君を部長に据えたのは俺の判断だ。今回の責任は俺にある。相田君、本当にすまなかった。」
村松部長は顔色を青くし、膝から崩れ落ちた。「今までのことは謝る。2度としないと約束するから。」
しかし、俺は首を横に振った。「あなたの言葉を信用することはできません。長期間に渡り一方的に攻撃され、評判を落とされましたから。」
副社長の行動は迅速だった。村松部長は降格となり、移動先はあれだけ馬鹿にしていた工場の現場仕事だった。厳しい社員たちに毎日叱責されながらラインに立っていると噂で聞いた。
一方、俺は高山工場長の元で働き続けている。本社へ戻らないかと打診されたが、断った。この工場は俺を受け入れ、再チャンスをくれた恩人だ。恩を返すまで離れるわけにはいかない。
さて、今日も頑張って働くか。



