「他人の分は作ってないわ。」
義母はそう言って笑った。8月の座敷に、寿司桶が2つと刺身の大皿が並んでいた。義母の前にも、義姉の前にも、義姉の夫と息子の前にも、そして夫の前にも、取り皿と箸が置かれている。私の前だけが、何もなかった。
朝からずっと台所に立っていたのは、私だった。麦茶を出して、皿を並べて、大根を切った。天ぷらを揚げていたのも、私だ。
「嫌なら、さっさと帰れば。」
義姉が笑う。
「お盆くらい、家族水入らずで食べたいじゃない。」
私は夫を見た。15年連れ添った夫だ。かばってくれると思っていた。
「また始まったよ。」
夫は天井を見上げた。
「母さんも姉貴も、冗談だろ。お前も大人なんだから、そのくらい流せよ。」
誰も私を見なかった。私は立ち上がった。バッグを持って、玄関へ向かった。追いかけてくる足音は、しなかった。
その夜、私は自分の食卓で、10年分の通帳を開いた。私はもう、この家の暮らしを支えるのをやめると決めた。
私は長沢美和、40歳。今井というリフォーム会社の見積もり課で主任をしている。図面と現地の写真を見て、床と壁の面積を拾い、材料と手間を足して金額を出す。いわゆる「拾い出し」と呼ばれる仕事だ。1円合わないと、契約書が作れない。だから私は、数字を紙に残す癖がついた。うちの家計簿も、15年つけている。
夫は長沢安彦、42歳。運送会社の営業所で主任をしている。私が25歳の時、共通の友人の紹介で知り合って結婚した。子供はできなかった。
給料は、私の方が少し多い。家計の管理も、私が引き受けている。夫が財布を持つと、月末に必ず足りなくなるからだ。
義実家は、車で1時間半ほどの町にある。義父の長沢久と、義母の花江が2人で暮らしていた。夫には、45歳の姉がいる。堀口一子。義実家から歩いて3分の縦割り住宅に住んでいて、夫の洋一と、大学に通っている息子の裕介と3人暮らしだ。
結婚した翌月のことを、よく覚えている。義実家の食卓で、義姉が私に麦茶を注ぎながら言った。
「安彦のお嫁さんなんだから、お母さんのこと、よろしくね。」
私は頷いた。義姉は続けた。
「うちは嫁に行った身だからさ。長沢の家のことは、あなたたちの方でしょう。」
歩いて3分の家に住んでいる人が言う言葉としては、妙だと思った。でも、新しい家族に入ったばかりの私は、そういうものかと受け取った。
その日から、私はこの家に来ると、台所に立つ人になった。正月も同じだった。義姉は座敷の座布団に座って、ミカンを剥いていた。義母は台所で、私に指示を出した。
「そのお皿、上の棚よ。踏み台使って。お雑煮のお餅は7つね。1個は子持ち2つだから。」
私は言われた通りに動いた。義姉が台所に立ったことは、一度もない。義母は、私を名前で呼ばなかった。
「あなた、そこの付近取って。」
「あなた、お茶。」
15年、ずっとそうだった。名前で呼んでくれたのは、義父だけだ。
「美和さん、いつも悪いね。」
義父は台所の入り口から顔を出して、必ずそう言った。缶ビールを1本、私の手に握らせて、自分は座敷へ戻っていく。義父の手は、荷物を持つ仕事をしてきた人の手だった。
「うちの女は、座ってばっかりでな。美和さんばっかり働かせて、申し訳ない。」
それを聞いた義母が、座敷から声をあげる。
「あら、うちの嫁は働き者なのよ。」
私は、その「うちの嫁」という呼び方が、嫌いではなかった。少なくとも「あなた」よりは、マシだと思った。
義姉の家族は、ほとんど毎日この家に来ていた。夕方になると、裕介が学校帰りにそのまま上がり込んで、テレビをつける。その後、義姉が来て、義母と2人で台所に立つと言っても、義姉は椅子に座って喋っているだけだ。仕事帰りの洋一が来る頃には、食卓が4人分から5人分になっている。
「うちで作ると、片付けが面倒だからさ。」
義姉はそう言って笑った。洋一は、風呂まで借りて帰ることがあった。裕介の体操着を、義母が洗って干している日もあった。
「あら、ついでよ。ついで。」
義母はそう言った。娘のためなら、この人はいくらでも動く人だった。その光景を私が見るのは、盆と正月の年に数回だけだ。だから、たまにあることだと思っていた。
私の仕事の話も、書いておきたい。見積もりというのは、他人の家の値段を決める仕事だ。壁紙を張り替えるだけでも、面積と下地の状態と職人の日当を、全部足していく。どこかを大きく見積もれば会社が儲かるが、次から呼ばれなくなる。だから私は、1円ずつ合わせる。
現場から戻ると、私はいつも数字を紙に書き移した。パソコンの中だけに置いておくと、不安になる。日付と金額と相手の名前。それだけを、1つずつ。
「美和さんのノート、うちの部で1番信用されてるよ。」
総務の大津ゆかりに、そう言われたことがある。同じ年に入った同僚で、私より1つ年上だ。
「信用っていうか、几帳面だけ。」
「几帳面な人は、数字を書くのよ。書かない人が、1番怖い。」
その時は笑って聞き流した。帰りの車で、私は一度だけ夫に言ったことがある。
「お姉さん、たまには台所に来てくれてもいいのにね。」
夫はハンドルを握ったまま、前を見ていた。
「姉貴に言っても無駄だよ。安彦から言うのは無理。」
「無理。」
夫は笑った。笑ってごまかす人だった。
「あの人は昔から、言い出したら聞かないんだ。逆らうと、めんどくさい。」
「めんどくさい。」
夫の口癖だ。母と姉に対してだけ出てくる言葉だった。私はそれ以上言わなかった。私も、揉め事が嫌いだった。波風を立てなければ、この家とはうまくやっていける。長く、そう思っていた。
義母は、息子の話をする時だけ、声が高くなった。
「安彦は昔から優しい子でね。小学校の運動会で、私が転んだおばあさんを助けたら、あの子も一緒に手を貸したのよ。」
その話を、私は何度以上聞いた。座敷の同じ位置で、同じ順番で、同じところで笑う。
「お姉ちゃんは、知らん顔してたけどね。」
「聞こえてるわよ。」
義姉が笑いながら言い返す。義母も笑う。夫は照れた顔で、ビールを飲む。仲のいい親子だと思った。私はその輪の外側で、空いた皿を下げていた。
私の母は、今井という隣の県で1人暮らしをしている。父は12年前に亡くなった。母は、私に何も聞かない人だ。義実家のことも、夫のことも、私が疲れた顔で帰ると、黙って味噌汁を出して、テレビの音を1つ大きくする。
「聞かないの?」
一度そう尋ねたら、母は湯飲みを吹きながら答えた。
「聞いたら、あんたが言わなきゃいけなくなるでしょう。」
その言い方に、私は何度も助けられてきた。
義実家との15年で、はっきり覚えている場面は多くない。ただ、台所の窓から見えた景色は、今でも思い出せる。座敷では笑い声が上がっていた。義母と義姉が声を合わせて笑い、夫がそれに調子を合わせている。私は流しの前で、天ぷら鍋の音を聞いていた。
あの家に、私の座る場所は、元々なかったのだと思う。それでも、義父がいるうちは、台所の入り口から声をかけてくれる人がいた。
義父が亡くなったのは、10年前の3月だった。享年68。朝、庭で植木鉢を動かしていて倒れたと聞いた。私は仕事を早退して、駆けつけた。病院の廊下で、義母が泣いていた。義姉が義母の背中をさすっていた。夫は柱に寄りかかって、天井を見ていた。
通夜も葬儀も、私は受付と台所にいた。座って手を合わせていた時間より、湯飲みを洗っていた時間の方が長い。それは構わなかった。義父には、世話になった。
「美和さん、ありがとうな。」
最後にその声を聞いたのは、2ヶ月前の正月だった。台所の入り口から顔を出して、缶ビールを1本くれた。あの手の感触を、今でも覚えている。
通夜の受付には、親戚の名前が並んだ。義父の兄の長沢肖三が、朝から来て、香典を手伝ってくれた。義父よりほど年上で、背筋が真っすぐで、声が低い人だ。
「久は、人に頭を下げさせるのが嫌いな男だったよ。」
肖三はそう言って、香典袋の山を私の方へ寄せた。
「あんたが数えなさい。この家で数字が読めるのは、あんたと久だけだ。」
控え室では、義姉が誰の香典がいくらだったかを気にしていた。
「1万?あの家、去年うちが3万包んだのに。」
義母がそれを聞いて笑った。台所から、その声が聞こえた。
葬儀が終わって1ヶ月ほど経った4月のことだ。夕方、義母から夫の携帯に電話があった。夫は隣の部屋で応答して、戻ってきて言った。
「母さん、電気が止まるって。」
「止まる?なんか、督促状が来てるらしい。」
私たちは、その週末に義実家へ行った。箪笥の引き出しを開けて、私は動きが止まった。封筒と葉書が、束になって突っ込まれていた。電気とガスと水道と電話。どれも支払いの案内で、赤い文字が入っているものが何枚もあった。開封されていない封筒もあった。
「お母さん、これ…」
義母は困った顔で、手を振った。
「お父さんが、全部やってたのよ。私、そういう難しいことは、分からないの。」
分からないと言われてしまえば、それまでだった。義母は結婚してから40年、一度も自分の名前で契約をしたことがないという。
私はその日のうちに、コンビニで払える分を払った。払えない分は翌週、会社の昼休みに窓口へ電話をかけた。その時に提案されたのが、支払い方法の変更だった。私の口座から引き落とす形にすれば、義母が紙を持ってどこかへ行く必要がなくなる。契約の名義も、こちらへ移せると言われた。
私は義母に確認した。
「お母さん、電気とガスと水道、私の名前で契約し直していいですか?お金は、私の口座から自動で落ちるようにします。」
「あなたの名前?」
「その方が、止まらないので。」
義母は、よくわからないという顔で頷いた。
「じゃあ、そうしてちょうだい。」
それだけだった。手続きは、私が全部やった。書類を取り寄せて、義母に住所と名前を書いてもらって、本人確認の書類を送った。ネットの回線も、同じようにした。
翌月から、義実家の電気とガスと水道とネットの料金は、私の口座から落ちるようになった。この手続きが、長い引き落としの始まりになった。
盆が終わった8月の終わりに、夫が改まった顔で切り出した。
「なあ、母さんのお金なんだけど。」
夫は缶ビールを開けずに待っていた。
「年金だけだと、ちょっと厳しいらしいんだ。」
「厳しいって、いくら足りないの?」
「3万くらいかな?」
「3万?1年か2年?」
「いや、3年もあれば大丈夫だと思う。母さんも、慣れれば節約するだろうし。」
私は少し考えて、頷いた。義父の顔が浮かんだからだ。
「分かった。じゃあ、3年ね。3年経ったら、2人で見直そう。」
「ああ、悪いな。」
夫は缶を開けて、そのまま飲んだ。3年。私はその数字を、本気で受け取っていた。
3年あれば、義母も暮らし方を変えるだろうし、その頃には夫の給料も上がっているはずだった。その見通しが甘かったことは、後で嫌というほどわかる。
義母の暮らしは、義父が生きていた頃と、全く変わらなかった。週に一度は義姉と2人でデパートへ行き、地下で総菜を買って帰る。テレビで見た健康食品を、電話で注文する。仏壇の花は、毎週変える。エアコンは、夏も冬もつけっぱなしだ。
「もったいないなんて言ってると、体を壊すのよ。」
義母の口癖だった。年金の額を、私は一度も聞いたことがない。聞ける空気ではなかった。
次の週末、私は銀行へ行って、新しい口座を作った。給料が入る口座とは別の口座だ。ここから、義実家の分だけを出す。生活費と混ざると、分からなくなるからだ。窓口で自動送金の手続きをした。毎月25日に、私の口座から義母の口座へ3万円が送られる。手数料は、私が持つ。
帰ってきて、私は通帳の表紙の余白に、油性ペンで書いた。
「長沢の家」
それから、最初のページの上の方に、ボールペンで1行だけ書いた。その日の日付と、その日に夫から言われた言葉だ。なぜ書いたのかは、自分でもよくわからなかった。仕事で数字を書き移す時と同じ、手の動きだった。書いてしまってから、消すのも変だと思って、そのままにした。その1行は、そのままになった。通帳のページは開くたびに見たが、その一行だけは、読み返さなかった。表紙の字だけは、何度も目に入った。
「長沢の家」
他人の家の口座だとは思わなかった。私が入った家だと思っていた。
その月から、義母は毎月25日の夕方に、電話をかけてくるようになった。私の携帯ではない。夫の携帯だ。
「安彦、今月もありがとうね。」
夫はいつも同じ返事をした。
「まあ、母さん1人なんだから、当然だよ。」
私は台所で洗い物をしながら、それを聞いていた。最初は、夫が代表して受けているだけだと思っていた。
違和感が形になったのは、その年の暮れだった。年末に義実家へ行くと、義母がこたつで言った。
「一子がね、あんたのお姉ちゃんが言うのよ。長沢の後取りは安彦なんだから。お母さんの面倒は、安彦が見るのが当たり前でしょって。」
私は湯飲みを置いた。
「お姉さん、いつそんな話を?」
「お父さんのお葬式の後よ。あの子と来たら、うちは嫁に行った身だから、の一点張りでね。」
義母は笑っていた。悪気はなさそうだった。
「私が言ったんじゃないのよ。一子が、そういうのよ。」
台所から、義姉の声が飛んできた。
「だって、本当のことでしょ?お母さんの家に住むのは、安彦なんだから。」
誰もこの家に住む予定などない。夫の職場は、車で1時間半離れている。それでも義姉の中では、弟が後取りで、後取りの家が母を抱えることになっていた。
葬儀の後、その席に私はいなかった。台所で折り詰めを数えていたか、駐車場で親戚を見送っていたか、どちらかだ。私が入っていない場所で、私の家のこれからが決まっていた。そのことに気づくのに、私はまだ何年もかけることになる。
3年は、思ったより早く過ぎた。7年前の夏、私は通帳を開いて数えた。3万円が36回、108万円。金額そのものより、36という回数の方が重く見えた。
仕事の昼休み。私は社員食堂で、大津にその話をした。
「3年で見直すって約束だったんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、いいのよ。約束は約束でしょ。」
ゆかりは総務にいるから、社員の給与や家族手当ても見ている。人の家の事情を聞いても、顔色を変えない人だ。
「言いにくいんだよね。なんで、お父さんに世話になったし。」
「世話になったのは、10年前でしょ。今払ってるのは、今のお金でしょ。」
ゆかりは味噌汁の椀を持ったまま、続けた。
「うちの部でもあるよ。誰かが1回引き受けた仕事が、そのままずっとその人の仕事になるやつ。最初に引き受けた人だけが、損をするの。」
「損はしてないよ。」
「じゃあ、美和さんはお母さんに何て言ってるの?」
「なんて…」
「あなたが払ってるって。」
「お母さんは、知ってるの?」
私は答えられなかった。知っているはずだと思っていた。息子の嫁が出しているお金なのだから、義母が知らないはずがない。当時の私は、本当にそう思っていた。
ゆかりはそこで箸を置いた。
「美和さん、それ、いつまでって決めた人いる?」
「決めた人?」
「口で決めたことはね、言った人が忘れたら、なくなるの。総務にいると、分かるよ。」
私はその時、その言葉の意味を正確には受け取らなかった。ただ、家に帰って通帳をもう一度開いた。仕送りの3万円の下に、電気とガスと水道とネットの引き落としが並んでいる。夏の電気代は、義実家の方が私の家より高かった。2人で暮らす家より、1人で暮らす家の方が高い。その頃は、年寄りは冷房を強くつけるものだと思っていた。実際、義母はエアコンを消さない人だ。だから、納得してしまった。通帳の数字は最初から私に話しかけていたのに、私は聞いていなかった。
その週末、私は思い切って夫に切り出した。
「安彦、3万円のことなんだけど。」
夫はテレビの音を小さくした。
「ああ、そろそろ3年か。」
「うん。前に、3年経ったら見直そうって。」
「そうだな。」
夫は素直に頷いた。私は驚いた。もっと嫌な顔をされると思っていた。
「母さんもさ、そろそろ自分でやりくりしてもらわないとな。」
「うん。今度、俺から言っとくよ。姉貴にも相談する。」
その夜、私は久しぶりによく眠れた。夫は悪い人ではない。話せば分かる人だ。そう思った自分が、今でも情けない。
その次の週、私は隣の実家へ寄った。母の家は、駅から歩いて15分の古い平屋だ。父が亡くなってから、母は1人で暮らしている。母は何も聞かずに、そうめんを茹でた。冷たい麦茶を出して、扇風機の首を私の方へ向けた。
「痩せた?」
「そう見える?」
「見えない。念のために聞いただけ。」
母は自分の分のそうめんを、私より少なく持った。昔からそうだ。この人は、自分の取り分をいつも最後にする。
「お母さん、私さ…」
言いかけて、やめた。母の家の台所は狭い。鍋も茶碗も、父が生きていた頃から同じものを使っている。冷蔵庫だけが、新しかった。
「冷蔵庫を買ったの。去年ね、壊れたから。」
「行ってくれれば、出したのに。」
「出さなくていいの。自分の分は自分で出すのが、1番気楽なのよ。」
母は当たり前のようにそう言った。私はその時も、何とも思わずに聞いていた。母は麺の瓶を私の前に置いた。
「言いたくなったら、言えばいいの。」
それだけだった。私はその日、義実家の話を1つもしなかった。しなかったのに、帰りの電車で少し楽になっていた。
実家を出る時、母が玄関で言った。
「美和、あんたの名前は、今井美和だからね。」
「何それ?」
「忘れる人がいるから、言っといただけ。」
母は笑って、手を振った。帰りの電車で、私は義父のことを思い出していた。私が結婚して2年目の冬。義実家の風呂の給湯器が壊れたことがある。義父は業者に電話をかける前に、私に相談した。
「美和さんは、家の仕事をしてるんだろ?これ、いくらぐらいが相場だい?」
私は会社で使っている単価表を思い出しながら、答えた。義父は頷いて、2社に見積もりを取った。安い方に頼んで、額を私に見せた。
「ほれ、3万浮いた。」
嬉しそうだった。義父は、自分の家のお金を、自分で調べて、自分で決める人だった。その父が亡くなってから、この家では誰も金額を見ない。見ないまま、払う人だけが決まっていた。
7月に入っても、夫からは何の報告もなかった。
「お母さんの話、どうなった?」
「ああ、まだ言ってない。」
「まだって、電話でそんな話するのか。」
「母さんが、かわいそうだろう。」
「じゃあ、いつ言うの?」
夫はリモコンを置いて、めんどくさそうに息を吐いた。
「お盆に行くだろう。その時、姉貴もいるから、3人で話すよ。その方が早い。」
お盆。長沢の家では、盆の3日間は必ず全員が集まる。義姉の家族も昼から来て、夕方まで座敷にいる。
「じゃあ、その時に。」
「ああ。」
私は期待した。3人で話すなら、義姉も何かしら出すことになるかもしれない。少なくとも、私が1人で背負っている形は終わる。夫が自分の口で母に言ってくれるなら、それでいい。
8月13日の朝、私は前の晩に用意しておいた服に着替えた。座敷で3人が向き合うのだから、3ともない格好はできないと思っていた。
その盆の席で出た話は、見直しではなかった。
その盆は、暑かった。朝の9時に義実家へ着くと、もう義姉の家族が来ていた。裕介はテレビの扇風機の前に寝転がっていた。洋一は縁側で新聞を広げていた。
「あら、遅い。」
義姉が私を見て言った。
「9時に、遅いも早いもない。お姉さん、おはようございます。」
「お母さん、台所で待ってるわよ。」
私は荷物を置いて、台所へ入った。義母は流しの前で大根を出していた。
「あなた、これ切って。あと、天ぷらね。エビとかぼちゃと大葉。」
「はい。」
「肖三さんが来るから、ちゃんとしたのを出さないと。」
肖三さんというのは、義父の兄だ。長沢の親戚の中では1番年上で、この人が来る日は、みんな揃って背筋を伸ばす。
11時に、肖三が来た。私は麦茶を運んで、挨拶をした。
「美和さん、久しぶりだね。元気かい?」
「はい、ご無沙汰しています。」
「あんたが、1番働いてるんだろう、この家で。」
肖三はそう言って笑った。義母が横から口を出した。
「あら、うちは安彦が一番働いてますよ。」
「そうかい。」
「お兄さん、聞いてくださいよ。うちの安彦はね、毎月ちゃんとしてくれてるんですよ。」
私は台所へ戻ろうとした足を、止めた。
「私が1人になってから、生活のことは全部、あの子が面倒見てくれてるの。電気もガスも水道も、あの子の方で払ってくれてるんですって。」
座敷が静かになった。肖三が低い声で言った。
「そうか。安彦、偉いな。」
夫の声がした。
「いや、まあ、母さん1人なんだから、当然だよ。」
私は麦茶の盆を持ったまま、廊下に立っていた。訂正の言葉を待った。「うちの」とか「美和が」とか「2人で」とか、一言でよかった。夫は続けた。
「男が親の面倒を見るのは、普通のことでしょう。」
義姉の笑い声が重なった。
「安彦は、昔からいい子なのよ。それに比べて、うちなんか何もできなくてね。」
「一子ちゃんは、嫁に行った身だからな。」
「そうなんです。うちも、子供にお金がかかるし。」
「そうか。そうか。」
私は台所へ戻った。天ぷら鍋の油が跳ねて、手首に赤い点ができた。
座敷の話は続いていた。
「安彦は、今どこの営業所だ?」
「駅の向こうの営業所です。主任やらせてもらってます。」
「大したもんだ。給料も上がったろ。」
「まあ、そこそこですよ。」
「そこそこ。」
私は油の温度を見ながら、夫の給料の額を思い出していた。家計を管理しているのは私だ。この人の手取りから毎月5万円を出すと、うちの生活が回らないことも、私は知っている。だから、私の口座から出していた。夫がそう頼んだからではない。私が言い出したことだった。義父が亡くなった年、家計簿を見ながら、私の方から出した方が早いと、私が言った。
昼過ぎに、天ぷらを出した。座敷の食卓には皿が並んで、私の分もあった。この年は、まだあった。座敷には、義母が朝から作った煮物と、義姉が買ってきた総菜が並んでいた。総菜の折りには、駅前の店の名前が入っていた。
「これ、一子が買ってきてくれたのよ。」
義母は嬉しそうに言った。私が朝の5時に起きて作り、車に積んで持ってきた卵焼きの皿には、誰も箸をつけなかった。
「美和さん、座りなさい。」
肖三が、自分の隣を開けてくれた。私は端に座った。
「あんたの実家は、どの辺だったかね?」
「隣の県です。母が1人で。」
「そうか。母さんは元気かい?」
「はい。」
「そりゃいい。親は元気なうちに、会っといた方がいい。」
肖三は天ぷらを取って、塩をつけずに食べた。
「うまいな、これ。」
「ありがとうございます。」
「久もな、あんたの作るもんが好きだったよ。」
その一言で、私は少しだけ救われた。義母がすぐに口を挟んだ。
「お兄さん、うちの嫁は働き者なんですよね、あなた。」
「あなた」
名前は、最後まで出てこなかった。
その日、私は座敷にほとんど座らなかった。夕方、みんなが帰り、片付けを始めた頃に、義母が私と夫を仏壇の前へ呼んだ。線香の匂いのする部屋だった。
「安彦、ちょっといいかしら。」
「何?」
「あのね、言いにくいんだけど。」
義母は膝の上で手を組んだ。
「3万じゃ、ちょっと足りないのよ。」
夫が私の顔を見た。見ただけだった。
「この家の税金、固定資産税っていうの。あれもいるし、お父さんの保険が切れてから、色々とかかるようになって。」
「うん。」
「5万にしてもらえないかしらね。」
夫は2秒も置かずに答えた。
「いいよ。」
「ごめんね。」
私はそこで初めて口を開いた。
「安彦、ちょっと。」
私は夫を廊下へ引っ張った。義母には聞こえない位置まで下がった。
「見直すって話だったよね。」
「まあ、そうだけど。母さんも困ってるんだしさ。」
「困ってるかどうか、家計を見せてもらった?」
夫は嫌な顔をした。
「そんなこと、聞けるかよ。実の親だぞ。」
「実の親なら、聞けるでしょ。」
「めんどくさいこと言うなよ。」
その日の帰りの車は、沈黙だった。高速に乗ってしばらくして、私は言った。
「お母さん、あなたが全部払ってると思ってるよね。」
夫は前を見たまま答えた。
「そりゃ、うちが払ってるんだから。」
「うちじゃなくて、私の口座からだよ。」
「同じだろう。」
「同じじゃない。」
「夫婦なんだから、どっちの金でも一緒だろう。」
私はしばらく黙った。その通りだと思う部分と、全く違うと思う部分が、同時にあった。
「じゃあ、なんで言わないの?」
「何を?」
「私が出してるって、なんでお母さんに言わないの?」
夫はウインカーを出して、追い越し車線から戻った。
「わざわざ、恩着せがましく言う必要ないだろう。」
恩着せがましい。その言葉が、しばらく頭の中に残った。毎月3万円を数年間出し続けてきた人間が、出しているというのは、恩着せがましいことになるらしい。
「肖三さんの前で、お母さんが言ったよね。安彦が全部やってくれてるって。訂正しなかったよね。」
「あの場で、そんなこと言えるかよ。母さんに恥をかせる気か。」
「私の名前を出すのが、お母さんの恥なの?」
夫は答えなかった。カーオーディオの音楽だけが流れていた。それ以上言うと、この人は黙り込んで、家に着いてから3日は口を聞かない。私はそれを知っていた。だから、言わなかった。
家に着いたのは、夜の9時過ぎだった。夫は風呂に入って、そのまま寝た。私は食卓で通帳を開いた。3万円が36回。8月から、5万円になる。私はボールペンで通帳の余白に書いた。その日の日付と、5万円という数字と、頼まれた場所、仏壇の前。
その夜は、眠れなかった。私は寝室の電気を消してから、暗い天井を見ていた。隣で夫が寝息を立てていた。この人は、翌日には全部忘れる。母に頼まれて5万円にしたことも、廊下で私に腕を引かれたことも。
腹が立っていたのは、5万円という額ではなかった。仏壇の前で頼まれたことだ。義父の遺影の前で、義母は息子に頼んだ。私はその場にいたのに、話しかけられなかった。気配の前に3人いて、話していたのは2人だけだった。
なぜそんなことをしたのか、自分でもうまく説明できなかった。ただ、「口で決めたことは、言った人たちが忘れたらなくなる」という、ゆかりの言葉が残っていた。
その日から、私は義実家のことで何かが決まるたびに、通帳の余白に1行ずつ書くようになった。金額と日付と、言った人の名前。それが、私にできる唯一のことだった。
翌週の昼休み、私はゆかりにその話をした。
「5万?3万から一気に?」
「一気じゃないよ。3年経ってからだから。」
「3年経ったら下げるって話だったんでしょ。」
ゆかりは呆れた顔をした。呆れてはいたが、笑いはしなかった。
「美和さん、お母さん、そのお金誰が出してると思ってるの?」
「息子だと思ってる。」
「それ、直した方がいいよ。」
「直すって、どうやって?」
「本人に言えばいいでしょ。私が出してますって。」
「言えるなら、とっくに言ってる。」
言えば、夫が母の前で嘘をついていたことになる。義母は、息子が嘘をついたと知る。義姉は、嫁が金の話を持ち出したという。座敷の空気が壊れる。壊した人間として、私が名指しされる。それが分かっていたから、私は黙った。
「あのさあ。」
ゆかりが湯飲みを両手で持った。
「美和さんが黙ってるとね、お母さんの中では、毎月息子が振り込んでることになるの。それが1回ずつ積み上がっていくのよ。1年で12回、10年で120回。」
120回。その数字は、その時軽く聞き流した。
頼まれ事が増え始めたのは、その年の暮れからだった。
5万円になってからの2年は、静かに過ぎた。静かというのは、何も起きなかったという意味ではない。頼まれ事が増えて、その度に私が払い、誰もそれを口に出さなかったという意味だ。
最初は風呂だった。5万円になった年の冬。義姉から私の携帯に電話が来た。
「美和さん、お風呂のお湯が出ないのよ。業者さん呼びました。そういうのわかんないから、安彦に行っといて。」
私はその日の夜に、会社の取引先へ連絡した。義実家の給湯器が新しくなった。18万円だった。金額は、私の口座から出た。取り付けの立ち合いは、平日に休みを取った私が行った。
その2日後、義母から夫に電話があった。私は台所にいた。
「安彦、お風呂ありがとうね。助かったわ。」
「ああ。うん。」
夫は皿を洗う私の背中に向かって、口の形だけで言った。「悪い」と読めた。声には出さなかった。
翌年は、屋根だった。台風の後に瓦がずれて、雨漏りがした。義姉から電話が来た。
「安彦に行っといて。」
その次は、網戸だった。その次は、仏壇の扉の建て付けだった。その次は、健康食品の定期便で、これは義母が自分で申し込んだものだったが、支払いに使っていた口座の残高が足りなくなって、督促の紙が来た。
どれも「安彦に行っといて」から始まった。私はその度に、通帳の余白に1行ずつ書いた。日付と金額と、言った人の名前。堀口一子の名前が、並んでいった。
5年前のお盆に、また仏壇の前へ呼ばれた。
「安彦、ちょっといいかしら。」
同じ言い方だった。同じ場所だった。
「まあ、やっぱり足りないのよ。」
「うん。」
「8万にしてもらえないかしらね。」
今度は、私も黙っていなかった。
「お母さん。」
義母がこちらを見た。名前を呼ばれなかった。
「失礼ですけど、何にいくらかかってるか、教えていただけますか?」
座敷の話し声が、一瞬止まった。義母は口を開けたまま、それから困ったように笑った。
「あら、私、そういうのわからないのよ。」
「通帳を見せていただければ、私が計算します。」
「安彦。」
義母は私を見なかった。息子を見た。
「なんだか、責められてるみたいだわ。」
「母さん、そう言うんじゃないから。」
夫は私の腕を軽く叩いた。黙れという意味だった。
「8万な。分かった。」
その帰りの車の中で、私は言った。
「私、責めてないよね。」
「言い方があるだろう。」
「金額の内訳を聞くのが、責めることになるの?」
「なるんだよ、うちの母さんには。」
夫はハンドルを両手で握り直した。
「母さんはさ、人にお金の話をされるのが1番嫌なんだよ。親父さんが生きてた頃から、そういうのは全部、お父さんがやってたんだから。」
「じゃあ、今は誰がやるの?」
「だから、俺が。」
「あなた、1円も出してないよ。」
言ってしまった。夫の顔が動いた。信号が赤になって、車が止まった。
「じゃあ、何?お前は俺の母親に金を出してやってるって、言いたいわけ?」
「そうは言ってない。」
「言ってるだろ。」
「私は、内訳を知りたいだけ。」
「本気がんだよ、そういうのが。」
また、その言葉だった。
その夜、私は義姉に電話をかけた。夫を通さずに義姉と話したのは、その時が初めてだったと思う。
「お姉さん、お母さんの生活費のことなんですけど。」
「ああ、聞いたわ。8万にしてくれるんでしょ。助かるわ。」
「もしよろしければ、お姉さんの方でも少し…」
「え?」
電話の向こうで、テレビの音が小さくなった。
「うちは無理よ。裕介の塾代だけで、毎月5万かかるのよ。」
「そうですか。」
「それに、うちの人、去年から手取り減ってるのよ。美和さんのところは、共働きでしょ。子供もいないし。」
「子供もいないし。」
その一言の使われ方が、しばらく忘れられなかった。
「私も働いてますけど、うちの家計から出てるのは…」
「あのね、美和さん。」
義姉の声が変わった。
「長沢の家を継ぐのは、安彦なのよ。私は堀口に嫁いだ人間だから。」
「継ぐって、何を継ぐんですか?」
「え?」
「お母さんの家は、誰も住まないですよね。私たちは仕事があるので、あちらへは移れません。」
沈黙があった。
「まあ、そういう言い方するんだ。」
義姉はそう言って、電話を切った。
翌日、夫が仕事から帰ってくるなり言った。
「姉貴に電話したんだって?」
「したよ。」
「勘弁してくれよ。姉貴も、色々大変なんだよ。」
「大変って、何が色々だよ。」
「色々。」
夫は、具体的なことを何1つ言わなかった。義姉が何に困っていて、月にいくら足りないのか、この人は一度も聞いたことがないのだと思った。
裕介が高校に受かったのは、その翌年の春だった。義姉から電話が来た。今度は要件が違った。
「美和さん、裕介が受かったのよ。私立だけどね。」
「おめでとうございます。」
「入学金がすごいのよ、もう。」
私はその週末に、商品券を包んで義実家へ持っていった。3万円分だった。義姉は封を開けて中身を確かめて、そのまま鞄に入れた。
「ありがとう。助かるわ。」
座敷の隅に、ダンボールが4つ積んであった。通販の箱だ。健康食品と圧力鍋と羽毛布団の店の名前が、印字されていた。
「お母さん、これ。」
「ああ、それね、テレビでやってたのよ。」
義母は嬉しそうに箱の1つを開けて、中の鍋を見せてくれた。
「これ、豆が3分で煮えるんですって。」
私は頷いた。頷くしかなかった。8万円の内訳を、私は知らない。知らないまま、その鍋の代金も、私が毎月送っている8万円から出ているのかもしれないと考えた。考えても意味がないので、考えるのをやめた。
家に帰って、私は自分の財布を見た。その年、私が自分のために買った服は2着だった。会社で使う靴は、底を張り替えて3年目になっていた。夫の小遣いは、減っていなかった。飲み会も、車検も、ゴルフの会費も、家計から出ていた。減っていたのは、私の分だけだった。その計算を口に出したことは、一度もない。口に出せば、また「恩着せがましい」と言われる。
その年の秋、私はゆかりに1つだけ聞いた。
「ねえ、電気とかガスの契約って、名義って大事?」
「大事だよ。何かあった時に、話ができるのは契約者だけだもん。」
「そっか。」
「なんで?」
「義実家の分、全部私の名前なんだよね。」
ゆかりは箸を止めた。
「全部?」
「電気とガスと水道とネットも。」
「それ、美和さんが決めたの?」
「私が決めた。そうしないと、止まりそうだったから。」
ゆかりはしばらく黙って、それから言った。
「じゃあ、止めるのも、美和さんが決められるってことだよ。」
そんなことを考えたこともなかった。
「止めないよ。」
「うん。止めろって言ってるんじゃない。そういう形になってるってことだけ、覚えといた方がいいよ。」
私はその言葉を頭の隅に置いた。置いたまま、私は何もしなかった。
3年前のお盆に、金額は10万円になった。その時は、もう私は何も聞かなかった。聞けば、同じことが起きると分かっていたからだ。仏壇の前で義母が言い、夫が頷き、私が黙る。3度目になると、手順が決まっていた。
毎月25日、私の口座から10万円が義母の口座へ送られる。それとは別に、電気とガスと水道とネットの料金が落ちる。合わせて、毎月13万5千円ほど。そして25日の夕方には、決まって夫の携帯が鳴った。
「安彦、今月もありがとうね。」
「うん。母さん1人なんだから、当然だよ。」
その返事も、一度も変わらなかった。
一度だけ、私が電話に出たことがある。夫が風呂に入っていて、テーブルの上の携帯が鳴り続けたからだ。
「もしもし。美和です。」
一瞬の間があった。
「あら、安彦は?」
「お風呂に入ってます。」
「そう。じゃあ、いいわ。」
「お母さん、あの、呼ばなくていいから。ありがとうって伝えて。」
電話は切れた。「ありがとうって伝えて」。私はその言葉を、夫の背中に向かって伝えた。夫は風呂から出てきて、髪を拭きながら「ああ」とだけ言った。
その夜、私は自分が誰なのか分からなくなった。金を出しているのは私で、礼を言われるのは夫で、その礼を夫に伝えるのも私だった。
春に、私は40歳になった。誕生日の夜、夫はケーキを買ってきた。近所のスーパーのショートケーキだった。私はそれが嬉しかった。嬉しかった自分に、驚いた。
40歳。義父が亡くなった時の私は、30歳だった。あれから10年が過ぎていた。
その夜、私は決めた。もう一度だけ、きちんと話そうと。
ケーキの箱を捨てる時、私は箱の底にレシートが残っているのを見つけた。480円だった。そのレシートが、捨てられなかった。しばらく財布に入れていた。480円。この人が私のために使った金額だ。同じ月に、この人の母親のために私が出した金額は、13万5千円だった。比べたくて残したのではない。ただ、その数字を見ていると、自分がまだこの結婚の中にいるのだと確かめられた。
4月の日曜日、私は食卓に通帳を置いた。あの表紙に「長沢の家」と書いてある口座の通帳だ。
「安彦、ちょっと座って。」
「何?」
夫はテレビを消さなかった。私はリモコンを取って、消した。
「お母さんのことなんだけど。」
「また、その話かよ。」
「お母さん、あなたが全部払ってると思ってるよね。」
夫は天井を見た。
「別に、いいじゃん。」
「それで、良くない。」
「なんで?」
「私のお給料から出てるから。」
夫は鼻から息を吐いた。
「ふう。夫婦なんだから、どっちの金でも一緒だろう。」
「じゃあ、あなたの口座から出そうか。」
「はあ?」
「同じなんでしょ?じゃあ、来月からあなたの口座から自動送金にする。手続きは私がやるから、通帳だけ貸して。」
夫は黙った。テレビの消えた画面に、私たちの姿が映っていた。
「無理だよ。」
「なんで?」
「俺の手取りから10万も出したら、生活できないだろう。」
「そうだね。」
私は頷いた。
「私もそう思う。だから、10年私が出してきた。」
「だから、それはお前の方が給料いいから。」
「じゃあ、同じじゃないよね。」
夫の顔が赤くなった。
「言い方が、嫌味なんだよ。」
「さっきから、事実を言ってるだけ。」
「事実で人を追い詰めるのが、1番タチが悪いんだよ。」
そういう言い方を、この人はどこで覚えたのだろうと思った。
「私はね。」
私は通帳の1冊を開いた。1番古いページだ。
「3万円の時から、一度も遅れずに払ってる。金額のことを言ってるんじゃない。お母さんが、私が払ってることを知らないままなのが、嫌なの。」
「知ってるだろ。」
「あの人、知らないよ。ありがとうって言われてるの、あなただもん。」
「そんなの、母親が息子に言ってるだけの話じゃないか。」
「じゃあ、1回だけ電話で言って。母さん、あれは美和が出してるんだよって。それだけでいい。」
夫は答えなかった。その時、夫の携帯が鳴った。テーブルの上で震えて、画面に「母さん」と表示された。夫が取って耳に当てる前に、指が滑った。スピーカーになった。
「安彦。今月もありがとうね。」
声が部屋に響いた。夫は慌てて画面を触った。私は夫の手を見ていた。
「ん?母さん、どうしたの?」
「どうもしないわよ。ちゃんと届いてたから。」
「そう。」
「あんたも大変でしょうに。無理してない?」
「してないよ。」
「お母さん、あんたにばっかり負担かけてるわね。」
夫はちらりと私を見た。私は目をそらさなかった。
「大丈夫だって。じゃ、切るよ。」
夫は電話を切って、携帯をテーブルに伏せた。
「あれで訂正したら、母さんどうなると思う?」
「どうなるの?」
「傷つくだろう。」
私は答えなかった。その日は、それで終わった。ただ、私は通帳を片付けなかった。4冊のまま、リビングの棚に立てておいた。
連休に、実家へ行った。5月の初めで、庭のツツジが咲いていた。義母は、上機嫌で、私が持っていた手土産の菓子折りを見て言った。
「あら、この店の、高かったでしょう。」
「いえ。」
「安彦が、いつも気を使ってくれるからね。」
私は頷いた。もう、いちいち胸のうちで言い返すのもやめていた。昼を出して、片付けをして、私は台所で洗い物をしていた。義母が新聞を持って入ってきて、隣に立った。
「ねえ、あなた。」
「はい。」
「前にね、変な紙が来たことがあるのよ。」
「紙ですか?」
「電気の紙。何月分?って書いてあるやつ。検針表だ。あれに、うちの名前じゃない名前が書いてあったの。」
私は手を止めた。水道の音だけがしていた。
「安彦に聞いたのよ。これ、誰の名前って。そしたらね、名義を借りてるだけだって言うのよ。手続きが楽になるから、嫁さんの名前を借りてるって。お金は、ちゃんと俺が出してるからって。」
義母は新聞を畳みながら、台所を出て行った。
「だから、安心したの。」
私は蛇口を閉めた。
「お母さん、それ、いつのことですか?」
「いつだったかしらね。5年くらい前かしら?」
5年前。8万円になった年だ。
「お母さん。」
私は義母の方を向いた。
「名義を借りてるっていうのは、どういう意味だと思われましたか?」
義母は、きょとんとした顔をした。
「え?だから、名前だけでしょ?」
「お金は、誰が払ってると思われましたか?」
「安彦でしょ?」
迷いのない返事だった。
「あの子が、そう言ったんだから。」
その時、私が感じたのは、怒りではなかった。この人は、5年前に一度は気づきかけていた。紙を持って、息子に尋ねた。そして、息子の説明を受け取った。そこで、終わりにした。それ以上は、聞かなかった。聞けば、自分の暮らしが誰の給料の上に乗っているのかを、知ることになるからだ。知らなかったのではない。知らないことにしたのだ。
台所を出ると、縁側で裕介がスマートフォンを見ていた。二十歳になっていた。背が伸びて、私を見ると、軽く頭を下げるようになった。
「裕介君、久しぶり。」
「あ、どうも。」
「大学、どう?」
「まあまあっすね。」
裕介は画面から目を離さずに言った。
「ここ、ネット早いんすよ。うちより全然。」
「そうなの?」
「動画も止まんないし。俺、課題こっちでやってます。」
私はその時、笑って返した。若い子は正直だと思っただけだった。
その日の帰り道、私は車の助手席で外を見ていた。夫は途中のコンビニでコーヒーを買って、私にも1本買ってくれた。
「なあ。」
夫が言った。
「今日、母さんと台所で何を話してたんだ?」
「電気の紙の話。」
夫の手が止まった。
「あの人、何て言った?」
「名義を借りてるだけだって、あなたが説明したって。」
「5年前だって。」
夫はエンジンをかけて、車を出した。それから家に着くまでの1時間半、私たちは一言も喋らなかった。
その夜、私は棚から4冊の通帳を下ろし、食卓に並べた。最初のページから順番にめくった。3万円が36回、5万円が24回、8万円が24回、10万円が36回。その間、ずっと電気とガスと水道とネットの引き落としが、毎月並んでいる。
私は電卓を出した。3万円×36で108万円、5万円×24で120万円。8万円×24で192万円、10万円×36で360万円。足すと、780万円になった。仕送りだけで780万円。電気とガスと水道とネットは、まだ足していない。
私は電卓の数字を、しばらく見ていた。それから、紙に書き移した。日付と金額。いつもの癖だ。
翌週の昼休み、私はその紙をゆかりに見せた。ゆかりは紙を両手で持って、上から下まで読んだ。読み終わっても、何も言わなかった。
「なんか、言ってよ。」
「言っていい?」
「うん。」
「これ、家一軒分の頭金だよ。」
私は笑おうとして、うまく笑えなかった。
「美和さんさあ、ここ何年かで、自分のために使った1番高い買い物って、何?」
少し考えた。
「洗濯機かな?うちの。」
「それ、家の買い物じゃん。」
ゆかりは紙を返してきた。
「私ね、美和さんが偉いとは思わない。優しいとも思わない。ただ、疲れてると思う。」
「疲れては、いるかな?」
「それだけ払って、ありがとうも言われてないんでしょ?」
「言われてない。」
「じゃあ、それはもう贈り物じゃないよ。回避だよ。」
「回避?」
「入って痛い場所に払う金のこと。」
ゆかりはそう呼んだ。
「美和さん、その家にいたい?」
私は、すぐに答えられなかった。答えられなかったことが、その日の答えだった。
6月の終わりに、義姉から電話が来た。
「美和さん、お母さんの家、エアコンが古いのよ。」
「そうですか。」
「去年から効きが悪くてね、今年の夏は越せないと思うのよ。」
私は台所の時計を見た。夜の9時を回っていた。
「見積もりを、取ってみます。」
「ああ、そういうのはいいから、安彦に行っといて。」
その言い方に、私はもう慣れていた。慣れてはいたが、その日は違うことを言った。
「お姉さん。」
「何?」
「エアコンって、1台で20万くらいします。2台なら、40万です。」
「そんなにするの?」
「取り付けと処分と、電気工事がいることもあるので。」
「へえ。」
「え、その金額、どこから出ますか?」
電話の向こうが、黙った。
「それ、どういう意味?」
「言葉の通りです。」
「安彦が出すに決まってるでしょ?長沢の家を継ぐのは、安彦なんだから。」
また、同じ言葉だった。
「継ぐって、何をですか?」
「お母さんの面倒よ。」
「お姉さんは、お母さんの実の娘ですよね。」
「私は、堀口に嫁いだの。」
「歩いて3分のところに、住んでいらっしゃいますよね。」
「あのね。」
義姉の声が高くなった。
「嫁いだ人間が実家に金を出したら、うちの人に申し訳が立たないでしょ。」
「私は、嫁いだ人間ではないんですか?」
「あなたは、長沢の嫁でしょ。だから、当たり前じゃない。」
そこで、電話は切れた。私は受話器を置いて、しばらく台所に立っていた。
おかしい。ずっと引っかかってたことが、その夜、輪郭を持った。私は嫁だから払う人になり、義姉は嫁だから払わない人になる。理由が正反対の結論を作っていた。どちらかが間違っているのではない。二人とも、都合のいい方を選んだだけだ。
次の日、私は夫にエアコンの話をした。
「お姉さんから電話があった。エアコンを変えて欲しいって。」
「ああ、聞いてる。」
「聞いてるんだ。」
「姉貴から連絡あったよ。母さん、暑いのは体に毒だからな。」
「40万くらいかかるよ。」
夫は缶ビールを開けた。
「そんなにするのか。」
「2台変えるならね。」
「じゃあ、1台でいいだろ。今だけ。」
「その20万は、どこから出るの?」
夫は答えなかった。答えないことが、この人の答え方だった。
「あのさ。」
夫は缶を置いた。
「そんなに嫌なら、もういいよ。俺が姉貴に断るから。」
私は驚いて、夫を見た。
「断ってくれるの?」
「ああ。」
その3日後、義母の家に新しいエアコンが入った。取り付けの日を私に知らせたのは、業者からの確認の電話だった。契約者は、私の名義になっていた。
「あの、この工事、どなたからのご依頼ですか?」
「堀口様という、お姉様からです。お支払いは、長沢様の名前でと伺っております。」
私は工事の日程を確認して、電話を切った。夫に聞くと、こう言った。
「断ったよ。断ったけど、姉貴が勝手に頼んだんだよ。俺のせいじゃない。」
その週末、私はパソコンを開いた。義実家の電気とガスと水道の契約は私の名義だから、使用量の履歴が自分の画面で見られる。10年分、残っていた。私はそれを、月ごとに表にした。仕事で毎日やっていることだ。
数字が並んだところで、手が止まった。電気の使用量が、私の家の1. 5倍あった。うちは夫と2人暮らしだ。義実家は、1人のはずだった。冷房のつけっぱなしを差し引いても、多すぎる。
水道は、もっとはっきりしていた。うちは夫と2人で2ヶ月に32立方メートルほど、義実家は同じ2ヶ月で71立方メートルあった。1人で暮らしている家が、2人で暮らしている家の倍以上の水を使っている。ガスも同じだった。夏場でも、義実家のガス使用量はうちの倍近く。夏に沸かす湯が、うちの倍ある。
私は表を印刷して、蛍光ペンで線を引いた。見積もりの仕事では、数字が合わない時にまずやることが決まっている。前提を疑うことだ。面積が合わないなら、図面の縮尺を疑う。金額が合わないなら、単価表の単価を疑う。今、合っていないのは使用量だ。疑うべき前提は、1つしかない。
その家に住んでいるのは、1人だという前提だ。
何かの間違いかもしれない。メーターの故障かもしれない。庭の水撒きが多いのかもしれない。そう思おうとした。思いながら、私は別のことを思い出していた。
「ネット早いんすよ、ここ。俺、課題こっちでやってます。」
洋一が風呂を借りて帰ることがある。裕介の体操着を、義母が洗って干している。うちで作ると、片付けが面倒だからさ。
1つずつなら、どれも小さな話だ。並べると、形が見えてくる。
翌週の昼休み、私はゆかりに表を見せた。
「何これ?」
「義実家の使用量。うちのと比べたの。」
ゆかりは数字を追って、顔をあげた。
「美和さん、これ、1人で暮らしてる家の数字じゃないよ。」
「だよね。」
「うち、4人だけど、こんなに使わないよ。お風呂だって、1日1回でしょ。」
「うん。」
「これ、何人分?」
私は答えなかった。答えは自分の中にあった。口に出すのが、怖かった。
「調べた方がいいよ。」
ゆかりは返した。
「怒るためじゃなくて、知るために。」
その日から、私は少しずつ確かめていった。何をどう調べたのかは、ここでは書かない。難しいことは、1つもしていない。人に頼んでもいない。自分の名前で契約している以上、自分で確かめられることばかりだった。
1つだけ書いておくと、私は電話を3本かけた。3本とも、平日の昼休みだった。そのうちの1本の後、私は会社の非常階段に出て、しばらく座っていた。7月の外の空気は、暑かった。手すりが日に焼けて、触れないくらいになっていた。泣かなかった。泣くほどのことではないと思った。
仕事に戻って、私は午後いっぱい、見積もりを3件上げた。壁紙の面積を拾って、単価をかけて、端数を丸めて、合計を出す。数字は嘘をつかない。合わなければ、どこかが違うというだけだ。違うところがあるなら、探せばいい。それだけの話だった。
7月の終わりの土曜日。私は義実家へ行った。夫は仕事だった。届いた検針表の紙が郵便受けに溜まっていると義母が言うので、片付けに行っただけだ。実際、郵便受けには紙が押し込まれていた。義母は、もうその紙を開けもしなくなっていた。私はそれを、全部持ち帰った。2年分ほどあった。
家に帰る前に、義実家の並びの角にある小さな酒屋へ寄った。義父が生きていた頃、よくビールを買っていた店だ。店番の女性が、私の顔を覚えていた。
「あら、長沢さんとこ。ご無沙汰しています。大変ね、いつもあの家、毎晩賑やかだもんね。」
私は缶を持つ手を止めた。
「毎晩ですか?」
「そうよ。娘さんのご家族が来てるでしょ?夕方になると車が止まって、遅くまで電気がついているもの。」
「そうなんですね。」
「おばあちゃん、1人だと寂しいから、いいことだけどね。」
私は缶を2本買って、車に戻った。エンジンをかけずに、しばらく座っていた。助手席には、持ち帰る検針表の束が置いてあった。私はそれを膝に乗せて、1枚ずつ見ていった。どの紙にも、同じ場所に、同じ名前が印字されていた。
「長沢美和様」
義実家の郵便受けに、毎月この名前が届いていた。義母はそれを開けなくなり、義姉はそれを見ることもなく、夫はその紙の存在を知らないふりをした。私の名前は、10年間、あの家の玄関まで毎月通っていた。中まで入れてもらったことは、一度もなかった。
私は束を封筒に戻して、車を出した。
その夜、夫は職場の飲み会で遅かった。私は食卓に検針表を広げて、使用量の数字を月ごとに書き出した。仕事と同じやり方だ。1つずつ、日付と数量と金額。書き終わったのは、午前1時だった。数字は綺麗に並んだ。並んだ数字は、私が思っていたよりずっとはっきりした形をしていた。
8月に入って、義母から電話が来た。今度は、私の携帯だった。珍しいことだ。
「あなた、お盆はいつ来るの?」
「13日に、伺うつもりです。」
「泊まっていくんでしょ?」
「日帰りにします。翌日、仕事なので。」
「あら、そう。じゃあ、お昼はうちで食べるのよね。」
「はい。」
「肖三さんは、今年は来られないんですって。腰を悪くしてね。」
「そうですか。」
「だから、今年は身内だけね。」
身内だけ。その言葉も、その時は何とも思わずに聞いた。
「あなた、天ぷらの粉。去年のが残ってるから、買ってこなくていいわよ。」
「わかりました。」
電話を切ってから、私は台所のカレンダーに丸をつけた。8月13日。その隣の欄に、私は小さく別のことを書いた。誰にも見せない字だ。その日までに、確かめておくことが、まだ2つ残っていた。
8月の第1週、私は有給を1日取った。朝一番で、銀行へ行った。10年前に自動送金の手続きをした、あの窓口だ。担当の人は、もう変わっていた。
「毎月の定額自動送金の内容を、確認したいんですが。」
通帳と免許証を出した。若い行員が端末を叩いて、画面をこちらに向けた。
「毎月25日、10万円の振り込みですね。受取人は、長沢花江様。」
「はい。」
「ご契約者様は、長沢美和様。間違いございません。」
「この手続きを止める場合は、どうすればいいですか?」
行員の指が止まった。それから、いつもの顔に戻った。
「ご契約者様のお申し出だけで、承れます。窓口かアプリで、いつでも。相手の方の同意は、必要ございません。お振り込みですので。」
「そうですか。」
私は端末の画面をもう一度見た。長沢美和という、自分の名前がそこに表示されていた。
「今日は、止めません。確認だけです。」
「かしこまりました。」
窓口を離れる時、私はあの日のことを思い出していた。あの時も、同じフロアだった。番号札を持って30分待って、書類に何度も名前を書いた。義父が亡くなった年の夏の終わりで、私は30歳だった。書き終わった時、行員が言った。
「毎月のご送金ですね。長く続けられる方が、多いですよ。」
私は笑って答えた。「3年ぐらいですから」と。その言葉を覚えている行員は、もういない。覚えているのは、私だけだ。
銀行を出て、私は駅前の喫茶店に入った。冷房が強かった。鞄からファイルを出した。中には、使用量の表と、2年分の検針表と、4冊の通帳が入っている。電気とガスと水道の会社にも、前の週に電話をしてあった。3本の電話というのは、それだ。
どこに聞いても、帰ってくる答えは同じだった。
「契約者は、あなたです。使用中止の手続きは、契約者からのお申し出で受け付けます。実際に使っている方の同意は、いりません。ただし、その後もお住まいの方がいらっしゃる場合は、その方が新しくご契約いただければ、すぐにご利用いただけます。」
すぐ利用できる。その一言が、大事だった。私は誰かの生活を止めたいわけではない。誰の家の暮らしなのか。はっきりさせたかっただけだ。
喫茶店のテーブルで、私はもう1つの表を作った。仕送りの合計が780万円。電気とガスと水道とネットが10年で420万円。足すと、1200万円になった。私はその数字を、しばらく見ていた。1200万円。家1軒の頭金だと、ゆかりは言った。うちのマンションのローンは、あと14年残っている。
午後、私は弁護士事務所へ行った。会社の先輩が離婚の時に世話になったという事務所で、ゆかりが電話番号を調べてくれた。三田村という弁護士だった。58歳で、机の上が異様に片付いている人だ。
私は表と通帳を出して、事情を説明した。三田村は最後まで口を挟まずに聞いて、それから1つだけ質問した。
「長沢さん、あなたはこの1200万円を、返して欲しいですか?」
私は考えた。
「帰ってくるんですか?」
「難しいです。」
三田村ははっきり言った。
「ご主人との間で、家計をどう分担するかの話になります。夫婦の生活費の中で出したものは、後から返せという形にしにくい。裁判で争えば、時間もかかりますし、気持ちも削られます。」
「そうですか。」
「正直に申し上げますと、その道はお勧めしません。」
私は頷いた。落胆はしなかった。むしろ、はっきりしてよかったと思った。
「では、私にできることは、何ですか?」
三田村は指を2本立てた。
「2つあります。1つ目、これから先、払わないこと。」
「払わない。」
「あなたには、義理のお母様を扶養する法律上の義務はありません。配偶者の親御さんは、姻族と言って、あなたとは血のつながりのない親族です。原則として、扶養の義務は、実のお子さんにあります。ご主人と、お姉様です。」
「姉にも、ですか?」
「はい。実のお子さんは、2人とも同じ立場です。」
私はその言葉を、頭の中で2度繰り返した。実の子は、2人とも同じ立場。歩いて3分のところに住んでいる人も、1時間半離れたところに住んでいる人も。
「2つ目は。」
三田村は続けた。
「あなたが契約者になっているものは、あなたの判断で終わらせられます。これは権利です。誰の許可もいりません。」
「相手が困っても、ですか?」
「困るかどうかと、権利があるかどうかは、別の話です。」
三田村は湯飲みを持ち上げて、一口だけ飲んだ。
「ただし、順番は大事です。感情でやると、あなたが悪者になります。記録を残して、静かにやってください。」
「順番というのは、まず止めるものと続けるものを、自分で決めること。次に、止める前に相手へ伝えるかどうかを、決めること。伝えるなら、いつ誰に伝えたかを、残すこと。」
「伝えないという選択もありますか?」
「あります。契約者の権利ですから、通知の義務はありません。ただ、伝えないと、相手は驚きます。驚いた人は、大抵怒ります。」
「怒られるのは、もう慣れています。」
三田村は、初めて口元を動かした。
「1つだけ。相手を困らせるためにやると、必ずどこかで後悔します。自分の暮らしを元に戻すために、やってください。結果として相手が困るのは、あなたの責任ではありません。」
「困らせたいわけでは、ないと思います。」
「思います。で、結構です。」
「お母さんは、67歳です。年金だけだと厳しいと言っています。本当に厳しいかどうかは、ご本人と実のお子さんが確かめることです。」
三田村は湯飲みを置いた。
「長沢さん、10年確かめられなかったのは、なぜだと思いますか?」
私は答えられなかった。
「確かめなくても、毎月お金が入ってきたからです。」
その言葉が、1番深く刺さった。誰も悪意で私を騙したわけではない。ただ、確かめる理由が、誰にもなかった。確かめれば止まるかもしれない時、人は確かめない。
「先生、記録なら、あります。」
私はファイルを開いて、三田村の前に置いた。三田村は最初のページから丁寧にめくって、通帳の余白の書き込みで手を止めた。
「日付と金額と、言った人の名前。これは、いつから?」
「7年前からです。何かが決まるたびに書くようになったのが、その頃なので。」
「毎回ですか?」
「はい。」
三田村は最初のページに戻って、1番上の1行を指した。
「ここだけ、日付が古いですね。ここは、10年前です。口座を作った日に、1行だけ書きました。」
「何と書いてあるんですか?」
私は答えなかった。答えられなかったと言った方が近い。三田村はそれ以上聞かずに、ファイルを閉じた。
三田村は顔をあげた。初めて、表情が動いた。
「長沢さん、これは強いですよ。」
「強いですか?」
「揉めた時に、本当のことを覚えているのは、書いた人だけです。」
帰り道、電車の窓の外が夕方になっていた。私は座席に座って、鞄の上に手を置いていた。ファイルが入っている。できることは2つある。払わないこと。終わらせること。どちらも、私が1人で決められることだった。
翌日、会社の昼休みに、ゆかりへ報告した。
「弁護士に聞いたら、返してもらうのは難しいって。」
「そっか。」
「でも、これから払わないのは自由だって。」
ゆかりはサラダのトマトを刺したまま、しばらく黙っていた。
「美和さん、今、どんな気持ち?」
「分からない。」
本当に分からなかった。悲しくはなかった。すっきりもしていなかった。1つだけ言えるのは、私はお茶を飲んだ。
「知る前と後では、もう違うってこと。戻れないってこと。」
「うん。」
ゆかりはフォークを置いた。
「ねえ、美和さん、1個だけ聞いていい?」
「何?」
「旦那さんのこと、まだ好き?」
私は答えられなかった。窓の外で、セミが鳴いていた。
「答えなくていいよ。」
ゆかりは自分の分の紙コップを持って、立ち上がった。
「答えられなかったってことは、覚えといた方がいい。」
止める方法を知ってしまった人間は、知る前には戻れない。それでも、私はまだ止めていなかった。お盆に行けば、義母は天ぷらを頼むだろう。私は台所に立つだろう。そういう1年をもう一度続けることも、できた。
8月13日の朝、私は車に乗った。後部座席に手土産を積んで、助手席には何も置かなかった。
その日は、朝から気温が35度を超えていた。9時に義実家へ着くと、門の前に見慣れた白い車が止まっていた。堀口の車だ。その年も、先に来ていた。夫は前の日から泊まりに来ていた。会社の盆休みが私より1日早く始まるので、いつも先に行く。私は自分の車で、当日の朝に1人で向かう。ずっと、そういう形が続いていた。
玄関を開けると、テレビの音がした。
「おはようございます。」
返事はなかった。奥から、義母の声だけが飛んできた。
「あなた、こっち。」
私は手土産を下げたまま、台所へ入った。義母は流しの前で、エプロンを結んでいた。
「遅いわね。」
「9時ですけど。」
「一子たちは、8時から来てるのよ。」
私は手土産を冷蔵庫の上に置いた。誰も、中身を見なかった。
「まず、麦茶ね。人数分。それから、そこの大皿を全部出して。お寿司は、11時に届くから。」
「はい。」
「天ぷら、去年と同じでいいわ。エビとかぼちゃと大葉、それとナス。」
「わかりました。」
「あと、大根おろし、多めにね。」
「何人分ですか?」
「たくさん。足りないと困るでしょう。」
人数を聞いても、義母は数を言わなかった。私は言われた通りに動いた。15年やってきたことだ。手順は、体が覚えている。
麦茶を運ぶと、縁側で義姉がスマートフォンを見ていた。洋一は扇風機の前で新聞を広げ、裕介は座椅子に寄りかかって寝ていた。夫はテレビの前に座って、もう缶ビールを開けていた。
「あら、美和さん、ごめんね。暑いのに。」
「いえ。」
「今年は、肖三さんが来ないから、気楽だよね。身内だけだもん。」
私は麦茶を置いて、台所へ戻った。その言葉も、その時は流した。
台所の窓は西向きで、午前中でも日が当たる。換気扇を回しても、揚げ物をすれば室温は簡単に30度を超える。私は仏壇の花を変えてから、天ぷらに取りかかった。
聞くと、線香と白い菊。前の花は茶色くなって、水も濁っていた。花瓶を洗って、水を変えて、線香を1本立てた。
「お父さん。」
そう心の中で呼びかけて、何を言うか決めていないことに気づいた。手を合わせて、そのまま台所へ戻った。
油の温度を上げている時、縁側から声が聞こえてきた。
「お母さん、あれ買ったんでしょ?」
「カタログで買ったわよ。あれね、いいのよ。」
「いくらしたの?」
「6万8千円。でも、分割払いだから、安彦が出してくれるんだから、いいわよね。」
笑い声が、2つ重なった。私はエビを油に落とした。音がして、細かい泡が立った。分割払い。分割払いとは、分割だ。翌年の春まで、毎月引き落とされる。義母の口座から。その口座に、毎月10万円を入れているのは、私だ。
腹は立たなかった。もう、腹の立て方を忘れていた。
10時過ぎて、義姉が台所に顔を出した。
「美和さん、これ、切ってくれる?」
キュウリの袋を流しに置いて、そのまま出ていった。
10時半。洋一が台所の入り口に立った。
「あの、氷はどこですかね?」
「冷凍庫の下です。」
「ああ、どうも。」
11時、寿司が届いた。玄関のチャイムに出たのは、私だった。桶を2つ受け取って、代金を払おうとしたら、配達の人が言った。
「お支払いは、お済みです。」
「そうですか。」
座敷へ運ぶと、義母が満足そうに桶を覗き込んだ。
「あら、いいのが入ってるわね。奮発したのよ。」
奮発したと、義母は言った。その金がどこから出ているのか、私は知っていた。義母の財布に入る現金は、毎月25日に私の口座から送られる10万円だけだ。年金の分は、義母がどう使っているのか、私も知らない。
私は何も言わずに、天ぷらの続きに戻った。最後のナスを揚げ終わったのが、11時40分だった。汗で前髪が額に張り付いていた。エプロンを外して、手を洗って、私は座敷へ入った。
座敷の上に、料理が並んでいた。寿司が2つ。刺身の大皿。煮物の鉢。私が揚げた天ぷらの盛り合わせ。冷やしたトマト。枝豆。そして、取り皿と箸が置いてあった。義母の前、義姉の前、洋一の前、裕介の前、夫の前。5つ。私の前だけが、何もなかった。
座布団は敷いてあった。座布団だけがあった。
私は立ったまま、その空いた場所を見ていた。それから、口を開いた。
「あの。」
みんなが、こちらを見た。私の言葉は、義母が箸を持ったまま、遮った。
「他人の分は作ってないわ。」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「他人?」
「そうよ。あなた、長沢の人間じゃないでしょ。」
義母は笑っていた。悪いことを言った顔ではなかった。冗談を言った顔でもなかった。当たり前のことを口にした顔だった。
義姉が続けた。
「嫌なら、さっさと帰れば。」
そして、箸で寿司を取りながら、こう言った。
「お盆くらい、家族水入らずで食べたいじゃない。」
洋一は目を伏せて、湯飲みを持ち上げた。裕介だけが、動きを止めていた。座布団の下で膝を触って、母親の方を見て、また私の方を見た。何か言いかけて、飲み込んだ。二十歳の子に言わせるようなことではない。
私は夫を見た。15年連れ添った夫だ。この家の暮らしを10年支えてきた。この日、この座敷に並んでいる寿司も、この部屋を冷やしている電気も、天ぷらを揚げたガスも、手を洗った水も、全部が私の口座から出ている。一言でよかった。「母さん、それは違うよ」「姉貴、言いすぎだよ」。それだけでよかった。
夫は缶ビールから口を離して、天井を見上げた。
「また始まったよ。」
その言い方に、私は何も感じなくなった。
「母さんも姉貴も、冗談だろ。お前も大人なんだから、そのくらい流せよ。」
座敷に、笑い声が戻った。義母が刺身に醤油をかけ、義姉が裕介に取り皿を渡した。話題は、もう別のものになっていた。近所の家が売りに出たとか、そういう話だった。誰も、私を見なかった。
私は座布団の横に立っていた。エプロンの紐を握ったまま、その部屋を端から端まで見た。台所には、私が洗った皿が伏せてある。廊下には、私が揚げた天ぷらの匂いが残っている。仏壇には、私が持ってきた花が挿してある。私の名前だけが、どこにもなかった。
私は息を吸って、短く答えた。
「そうですか。」
声は、震えていなかった。バッグを持って、廊下に出た。
「え、本当に帰るの?」
義姉の声が、背中にぶつかった。
「めんどくさい。読めない。」
義母の声も、聞こえた。私は玄関でサンダルを履いた。背中で、義姉がまだ何か言っていた。
「ああいうの、実家じゃ育ちしないと思うのよね。」
「ほっときなさい。すぐ帰ってくるから。」
義母の声だった。すぐ帰ってくる。その言葉が、この家を1番よく表していた。何をしても、この嫁は帰ってくる。帰ってきて、台所に立って、皿を洗う。
引き戸を開けると、外の熱がまとめて顔に当たった。1歩出て、私は振り返らなかった。車に乗って、エンジンをかけた。エアコンの風が、暑いままだった。ハンドルが握れないほど暑くて、私はタオルを巻いて握った。門を出るまで、玄関は開かなかった。
高速に乗るまでの20分。私は一度も、涙が出なかった。悲しくなかったからではない。悲しむ場所が、もう残っていなかったからだ。
サービスエリアに入って、私は自動販売機の前に立った。麦茶を買って、日陰のベンチに座った。何時間ぶりかで、座った。朝からずっと立っていたのだと、その時気づいた。
携帯を見た。着信はなかった。夫からも、誰からも、一件もなかった。私は麦茶を半分飲んで、それから鞄の中のファイルに手を触れた。10年分の紙が、まだそこにあった。
不思議なことに、頭の中は騒がしくなかった。私が考えていたのは、あの座敷の上のことだ。寿司は、義母が注文して、私が毎月送っている金から払われた。刺身は、義姉が買ってきたと言っていたが、その金がどこから出たのかは分からない。天ぷらは、私が揚げた。冷やしたトマトは、あの家の冷蔵庫で冷えていた。冷蔵庫を冷やしている電気は、私の名前で契約されている。あの座敷の上で、私が出していないものを探す方が、難しかった。その上で、私の分だけがなかった。
「他人の分は作ってないわ。」
私は義母の言葉を、口の中で繰り返した。
「他人。」
おかしなことに、その言葉を聞いた瞬間、私は楽になっていた。長い間、私は自分の立場をどう呼べばいいのか分からなかった。嫁と呼ばれ、「あなた」と呼ばれ、名前は一度も呼ばれなかった。その日、初めて名前がついた。他人。それなら、話は簡単だ。他人は、他人の家の生活費を払わない。
私はベンチから立ち上がって、車に戻った。家までは、あと1時間ある。私はその1時間で、何をどの順番でやるかを決めた。
家に着いたのは、午後2時半だった。玄関を開けると、家の中は冷えていなかった。朝、エアコンを切って出たからだ。私はまず窓を開けて、それから冷房をつけた。シャワーを浴びて、髪を乾かして、着替えた。台所で麦茶を作って、コップに氷を入れた。
それから、食卓に鞄の中身を全部出した。4冊の通帳、10年分の表、2年分の検針表の束、パソコン、電卓。時計は、3時15分を指していた。
私は最初に、4冊の通帳を年の順に並べた。それから、2年分の検針表を月の順に並べた。仕事の癖だ。数字を扱う時は、まず順番に並べる。並べると、見えていなかったものが自分から出てくる。
その日、出てきたものは、私が思っていたより大きかった。私は使用量の表をもう一度開いた。ここ2年の水道の数字が、月ごとに並んでいる。71、68、74、69。どの月も、同じくらいだ。1人暮らしの家の数字ではない。
その中に、1箇所だけ落ち込んでいる月があった。前の年の8月。34立方。他の月の半分以下だった。私はその月に何があったか、思い出そうとした。すぐには、出てこなかった。携帯を開いて、前の年の写真を遡った。8月の終わりに、義姉が私に送ってきた画像がある。海の写真だった。堀口一家で、3泊4日の旅行に行った月だ。
私は電気の表とガスの表も開いた。同じ月だけ、どちらも大きく落ちていた。ガスは、他の月の4割ほどしかなかった。義姉一家が4日いなかった月だけ、義実家の水と湯と電気が半分になる。これで、確かめられた。
義母の家の水道とガスと電気を使っていたのは、義母1人ではなかった。毎日、義姉と洋一と裕介が来ていた。夕食を食べ、風呂に入り、洗濯物を置いていった。裕介は動画を見て、課題をやった。洋一は仕事帰りに、風呂を使って帰った。私が払っていた420万円は、義母1人の暮らしを支える金ではなかった。4人が毎晩使う分が、そこに乗っていた。
腹を立てる前に、私は電卓を叩いていた。仕事の癖だ。数字は誰の味方もしない。義母の味方も、私の味方もしない。ただ、底にある。
仕送りが780万円、電気とガスと水道とネットが420万円、合わせて1200万円。10年で1200万円。年にすると120万円。月にすると10万円。私の手取りの、およそ3割だ。
「他人の分は作ってないわ。」
私は声に出して、言ってみた。誰もいない台所に、その言葉はよく響いた。
「他人?そうか。私、他人なんだ。」
その瞬間、私の中の何かが、音を立てずに終わった。
私はパソコンを引き寄せた。最初に開いたのは、銀行のアプリだった。定額自動送金の画面を出す。受取人、長沢花江。金額、10万円。毎月25日。解約のボタンを押した。確認の画面が出た。
「本当に解約しますか?」
「はい。」
処理が終わりましたという表示が出た。それだけだった。10年続いたものが終わるのに、指を2回動かせば済んだ。
次に、電力会社のページを開いた。契約者の名前と、お客様番号と、住所を入れる。使用中止の申し込み。停止する日を選ぶ欄があった。翌日を選んだ。理由を書く欄はなかった。書く欄があっても、書くことはなかった。
ネットの回線も、同じように解約の手続きをした。こちらは、今月末で終わりになると出た。ただ、回線の停止は翌日に反映されると書いてあった。
水道とガスは、Webでは受け付けていなかった。電話の受付は、朝9時からだ。私は携帯のカレンダーに、翌朝の予定を書いた。9時、水道。9時10分、ガス。
手続きをしながら、私は自分の気持ちを確かめていた。義母を憎んではいなかった。義姉のことも、多分憎んではいない。あの人たちは、意地悪をしたのではない。私が払っていることを知らないまま、当たり前の顔で使っていただけだ。知らされていなかったのだから、当たり前の顔にもなる。知らせなかったのは、夫だ。そして、知らせるのをやめ続けていたのは、私だ。
そこまで考えて、私はパソコンの前で手を止めた。これは、仕返しではない。私が自分で作って、自分で壊さずにいた形。それを、ようやく元に戻すだけだ。弁護士の三田村が、そう言った。「自分の暮らしを元に戻すために、やってください」。
私は自分の口座の残高を見た。その月の給料から、13万5千円が出ていかない。翌月も、その次の月も、出ていかない。その数字を見ても、嬉しくはならなかった。ただ、静かだった。
それから、義母の家の合鍵を、鍵置き場から外した。玄関の鍵と、勝手口の鍵。どちらも、10年前に義母から預かったものだ。私はそれを封筒に入れて、机の引き出しにしまった。
夫には、何も相談しなかった。10年前から、この人はいつもこう言ってきた。「夫婦なんだから、どっちの金でも一緒だろ」と。それなら、私が決めていい。夫婦の金なら、夫婦のどちらが決めてもいいはずだ。そして、私は自分の母親の分は自分で払うという線を引くことにした。
6時を過ぎた頃、私は母に電話をかけた。
「もしもし。私。」
「あら、今、大丈夫?」
「大丈夫よ。テレビ見てただけ。」
私は要件を言わなかった。母も、聞かなかった。天気の話をして、母の膝の調子を聞いて、翌月そっちに行くと伝えた。
「うん。待ってる。」
「お母さん、何?」
「私、名前は今井美和だからね。」
電話の向こうで、母が笑ったのが分かった。
「そうよ。ずっと、そうよ。」
それだけで、電話を切った。
夜の8時に、夫から電話が来た。
「おい、何やってんだよ。」
「何が?」
「何がって?お前、勝手に帰っただろ。母さん、怒ってるぞ。」
「そう。」
「明日、迎えに来い。」
「明日、仕事だよ。」
「じゃあ、電車で帰る。」
「そうして。」
夫は何か言いかけて、切った。私は携帯を伏せて、麦茶を飲んだ。寝る前に、ゆかりへ短い連絡を送った。
「明日から、義実家の分は払いません。」
返事は、すぐに来た。
「何かあったら、電話して。」
それだけだった。理由も、聞かれなかった。聞かない人が2人いてくれたことに、私はその夜、助けられた。
それから風呂に入って、10時に寝た。よく眠れた。ここ何年かで、1番よく眠れた夜だったと思う。
翌朝、8月14日。8時に起きて、洗濯機を回して、朝ご飯を食べた。9時ちょうどに、市の水道の窓口へ電話をかけた。
「中止のお申し込みですね。ご契約者様のお名前と、お客様番号をお願いします。」
私は答えた。相手は確認をして、こう言った。
「本日中の閉栓で、手続きいたします。立ち合いは、不要です。」
9時10分、ガス会社へ電話をかけた。
「閉栓ですね。恐れ入りますが、こちらは作業員がお伺いして、元栓を閉めますので、どなたか立ち合いをお願いできますでしょうか?」
「私は行けません。家には、主人の母がおります。」
「ご在宅であれば、ご在宅の方でも大丈夫です。本日の午後で、よろしいですか?」
「お願いします。」
電話を切って、私は時計を見た。9時15分だった。会社へ行く支度をして、家を出た。電車の中で、私は自分の手を見ていた。震えては、いなかった。
昼休みに携帯を見ると、着信が4件入っていた。義母から2件、夫から2件。私は1件も、出なかった。
午後3時、また鳴った。今度は、義姉からだった。私は電源を切って、鞄に入れた。仕事に戻った。壁紙の面積を拾って、単価をかけて、合計を出した。その日の見積もりは、1円も狂わなかった。
定時に会社を出て、駅の階段を降りたところで、私は電源を入れた。着信が17件になっていた。留守番電話が3件。最初の1件は、夫だった。
「おい、母さんちの電気が消えたって。お前、何かしたのか?」
2件目も、夫だった。声が大きくなっていた。
3件目は、義母だった。
「あなた、これ、何なの?水が出ないのよ。お風呂も、沸かないの。あなた。」
その日も、名前は呼ばれなかった。
私が家に帰り着いたのは、7時前だった。玄関を開けて、電気をつけて、荷物を置いて、それから携帯を食卓に置いた。置いた瞬間、鳴った。夫だった。
「もしもし。」
「お前、何したんだよ。」
第一声が、それだった。
「何が?」
「何がって、母さんちの電気が止まってるんだよ。水道も出ない。ガスも消えた。」
「そう。」
「そうじゃないだろう。お前だろ、これ。」
「うん、私。」
電話の向こうで、息を吸う音がした。
「なんでだよ。」
「私の名前で契約してたから、私が止めた。」
「勝手なことするなよ。母さんが困ってるだろう。」
「あなたが払えば。」
「はあ?」
「あなたのお母さんでしょ。」
夫は黙った。冷蔵庫の音が聞こえるくらい、部屋が静かになった。
「お前、何言ってんだ?」
「言葉の通り。今日から、あの家の電気もガスも水道も、あなたが自分の名前で契約して、自分で払って。」
「そんな金、あるかよ。」
「私も、10年前に同じことを言えばよかった。」
夫の声が変わった。低くなった。
「昨日のことを、根に持ってんのか?」
「持ってる。」
「高が飯だろ。」
高が飯。その言い方に、私は初めて笑いそうになった。
「安彦、私、昨日朝の9時から昼まで、台所にいたよ。」
「知ってるよ。」
「その台所のガスも、洗い物の水も、冷房の電気も、私が払ってた。」
「だから、それは…」
「その上で、私の分の皿だけなかった。あなたはそれを、冗談だって言った。流せって言った。大人なんだからって言った。じゃあ、これも流して。」
私は電話を切った。
その夜、義母から3回、義姉から2回、夫から5回の着信があった。私は一件も、出なかった。
あの家で何が起きていたのかは、後になって少しずつわかった。昼過ぎに冷蔵庫の音が消えて、義母は最初、ブレーカーが落ちたと思ったらしい。分電盤の場所が分からず、義姉を呼んだ。義姉も分からず、洋一が来て、上げ下げしたが、何も戻らなかった。そのうちに、台所の蛇口から水が出なくなった。ガスの作業員が来たのは、その後だ。
作業員は玄関先で名前と住所を確認して、契約者からの閉栓の依頼だと伝えた。
「契約者って、誰よ?」
義姉がそう聞いたそうだ。作業員は、個人の名前は出さなかった。ただ、こう言った。
「ご契約者様からの、ご依頼です。ご在宅の方の、お立ち合いをお願いします。」
義母は、元栓が閉まる音を、玄関の内側で聞いていた。夜になって、家の中が暗くなった。8月の暑い日で、扇風機も回らなかった。義母は、義姉の家に泊まったという。夫は、最後まで実家に残った。
夜の11時頃、裕介からメッセージが届いた。私と裕介が直接やり取りをしたのは、その時が初めてだった。
「おばさん、すいません。」
それだけの一行だった。しばらくして、もう1行来た。
「あの日のこと、俺、何も言えなくて。」
私は返事を打っては消して、結局こう送った。
「気にしないで。あなたは、何も悪くないよ。」
既読は、すぐについた。返事は、来なかった。
翌日、8月15日の朝に、私は義母からの電話を一度だけ取った。
「もしもし。美和さん。」
初めてだった。15年で初めて、義母が私を名前で呼んだ。
「はい。」
「あのね、美和さん。昨日のことなんだけど。」
声が高かった。作った声だ。
「ちょっとした、冗談だったのよ。私、そんなつもりで言ったんじゃないの?」
「そうですか。」
「あなたも、大人なんだから。そんなことで、いちいち。」
「お母さん。」
「何?」
「私、他人でしたよね。」
電話の向こうが、止まった。
「あれは…」
「『他人の分は作ってない』って、おっしゃいましたよね。言葉のあやですか?」
「そう…」
「そうですか。私たち、家族じゃない。」
「家族…」
私はその言葉を、口の中で転がしてみた。前の日は他人で、その日は家族。1日で変わるものらしい。
「お母さん、昨日、私は他人だと言われました。」
「だから、冗談だって言ってるでしょ。」
「じゃあ、これからは、本当のご家族だけで、支え合ってください。電気もガスも水道も、契約は安彦さんか、お姉さんの名前でお願いします。今日から、使えるようになりますので。」
「そんなこと言われても、私、そういうのは分からないのよ。」
「安彦さんに、頼んでください。あの人、10年間、ちゃんとしてくれてたんですよね。」
義母は、答えなかった。
「では、私は、これで。」
私は電話を切った。
10分後に、義姉から電話が来た。取った。
「あんた、何考えてるの?」
名前も、呼ばれなかった。
「67の母親を困らせて、楽しいの?お盆よ。仏さんが帰ってきてるのよ。」
「お姉さんが、助ければいいじゃないですか。」
「は?なんで私が?」
「娘さんですよね。」
沈黙があった。エアコンの音が、電話の向こうから聞こえた。義姉の家のエアコンだ。
「私は、嫁に行った人間だって、何度も言ってるでしょ。」
「私は、他人だそうなので。」
「何それ?」
「昨日、お母さんにそう言われました。お姉さんも、『嫌なら帰れば』とおっしゃいました。」
「あれは、冗談でしょ。」
「その冗談の相手が、電気代を払っていました。」
義姉の息が止まったのが、分かった。
「電気代?」
「電気とガスと水道とネットです。10年間、全部私の名義で、私の口座から落ちていました。」
「嘘でしょ?」
「お姉さんは、ご存知なかったんですか?」
返事はなかった。私は続けなかった。ここで全部言う必要はないと思った。
「では、失礼します。」
昼に、ゆかりから電話が来た。
「大丈夫?」
「うん。」
「今、どこ?」
「家。今日は、休みだから。」
「怒鳴られた?」
「怒鳴られた。」
「泣いてない?」
「泣いてない。」
ゆかりは黙って、それから言った。
「泣いてないなら、多分、大丈夫じゃないよ。」
「どういう意味?」
「泣けないくらい、遠くまで来たってことでしょ?それ、もう戻れないところだよ。」
私は台所の椅子に座って、窓の外を見た。近所の子供が、ベランダで水鉄砲を持っていた。
「ゆかり。」
「うん?」
「私、あの家の人たちを困らせたかったわけじゃないんだよ。」
「知ってる。」
「でも、困ってる。」
「困るよ。10年分だもん。」
その日の夕方、夫が家に帰ってきた。玄関で靴を脱ぎながら、私の顔も見ずに言った。
「明日、母さんの家に行くぞ。姉貴も来る。」
「行かない。」
「行けよ。全部、お前が始めたことだろ。」
「明日は、仕事だから行けない。明後日なら、行く。」
夫は、舌打ちをした。舌打ちをする人だと、私は15年、知らずにいた。
その夜、私は寝る前に、1つだけ聞いた。
「安彦。」
「なんだよ。」
「1つだけ、教えて。」
「何を。」
「なんで10年間、お母さんに本当のことを言わなかったの?」
夫は背を向けたまま、答えなかった。私はもう一度、聞いた。
「言えない理由が、あったの?」
長い間があった。
「姉貴に、言ったんだよ。」
「え?」
「もういい。寝る。」
夫は、それきり黙った。
「姉貴に、言った。」
私はその一言を、暗い天井の下でずっと考えていた。いつ、どんな顔で、何と言ったのか、私は聞いていない。私が入っていない場所で、また何かが決まっていた。あの葬儀の後、義姉が「後取りの弟が見るのが当たり前」と言った、あの席。あの席で、夫は何と答えたのか。
その2日後、私はそれを聞くことになる。
8月16日の夜、私は鞄の中身をもう一度並べ直した。通帳を年の順に重ねて、表は日付の古い方を上にした。検針表は、輪ゴムでまとめた。夫は隣の部屋にいた。声は、かけてこなかった。
私は翌日に何を言うかを、決めなかった。数字を並べれば、数字が言うと思った。
8月17日の昼過ぎ。私は義実家へ行った。4日ぶりだった。門の前には、堀口の白い車が止まっていた。玄関を開けると、電気はついていた。夫が自分の名前で契約し直したと、聞いていた。水道も、戻っていた。ガスだけは、閉栓の作業がその日の夕方だと言っていた。
座敷には、3人が座っていた。義母が神座で、その隣に義姉、向かい側に夫。座敷の上には、湯飲みが3つあった。4つ目は、なかった。
「座りなさいよ。」
義姉が、座布団を顎で示した。私は座布団の上に、正座した。座敷の隅に、開けられた郵便物が積んであった。電気の契約の控えらしい紙が、1番上に乗っていた。義母は着物ではなく、普段着のブラウスだった。髪が乱れていた。4日、風呂に入れていない顔をしていた。
それを見ても、私の気持ちは動かなかった。動かない自分に、自分で驚いた。
義姉が先に、口を開いた。
「まず、謝ってもらおうかしら。67の母親を、3日も暑い家に置いて。あんた、恥ずかしくないの?」
「置いては、いません。私は、自分の契約を終わらせただけです。」
「同じことでしょう?」
「違います。私が何を終わらせたのか、先にご説明します。」
私は鞄からファイルを出して、座敷の上に置いた。通帳が4冊。使用量の表。2年分の検針表の束。
「見てください。」
義姉が、1番上の通帳を取って、開いた。義母は、動かなかった。夫は湯飲みを持ったまま、目を合わせなかった。
「毎月25日、10万円。受取人は、長沢花江。振り込み人は、長沢美和です。」
「ちょっと、その下を見てください。電気、ガス、水道、ネット。全部、この口座から落ちています。」
義姉が、ページをめくる音がした。
「これ、いつから?」
「10年前の8月からです。」
私は表を、義姉の前に置いた。
「仕送りが、月3万円で3年、月5万円で2年、月8万円で2年、月10万円で3年。合わせて、780万円です。」
義母が、初めてこちらを見た。
「電気とガスと水道とネットが、10年で420万円。合計で、1200万円になります。風呂も屋根もエアコンも、この中には入れていません。あれは家の修繕なので、数えないことにしました。」
座敷が、静かになった。エアコンの音だけがしていた。その電気も、4日前までは、私が払っていた。
「嘘でしょ?」
義姉の声が、小さくなっていた。
「嘘なら、その通帳のどこかに、嘘が書いてあるはずです。探してください。」
義姉は、探さなかった。探してもないことは、多分分かっていた。
「安彦。」
義母が、息子を呼んだ。
「これ、どういうこと?」
夫は湯飲みを置いた。
「だから、その…家計から出してたってことだよ。」
「家計って…」
「うちの夫婦の金だよ。」
私は、安彦を見た。
「あなたの給料から、月に13万5千円を10年、出せる?」
夫は、答えなかった。
「答えて。お母さんが、聞いてる。」
「無理だよ。」
「そうだよね。」
私は義母の方へ、向き直った。
「お母さん、この10年、お母さんの暮らしにかかったお金は、全部、私の給料から出ていました。安彦さんは、1円も出していません。」
義母の口が、開いた。開いたまま、しばらく閉じなかった。
「そんな…だって、あの子が毎月、ちゃんと…」
義母の目に、涙が浮かんだ。
「私、聞いてなかったのよ。聞いてたら…」
「5年前に、検針表を見ていらっしゃいますよね。」
義母の手が、止まった。
「連休の時に、台所でおっしゃいました。『うちの名前じゃない名前が書いてあった』って。あれは、名義を借りてるだけだって。そして、その説明を、そのまま受け取られました。」
「だって、あの子がそう言ったんだもの。」
「私に、確かめようとは思われませんでしたか?」
義母は、答えなかった。私は責めるつもりで言ったのではない。ただ、そこを飛ばしたまま話を進めることは、できなかった。知らなかったのではない。確かめなかったのだ。確かめれば、毎月の10万円が止まるかもしれないから。そこまで言葉にはしなかった。義母の顔を見れば、その人にも分かっていることだと思った。
「安彦さんは、毎月ちゃんとやってると言い続けました。私も、その電話を聞いていました。25日の夕方に、お母さんが『安彦、ありがとうね』と。」
義母は、膝の上で指を組んだ。組んだまま、何も言わなかった。
「私は、その度に、台所で洗い物をしていました。」
義母は湯飲みに手を伸ばして、持ち上げずに、戻した。
「もう1つ、お伝えすることがあります。」
私は検針表の束を出した。2年分ある。
「お姉さん、ここ2年の、お母さんの家の水道の使用量です。2ヶ月で、大体70立方。」
「だから、何よ。」
「うちは、夫と2人で32です。」
義姉が、黙った。
「1人でお住まいの家が、2人の家の倍以上を使っています。ガスも電気も、同じです。」
「そんなの、お母さんがお風呂を沸かすからでしょ。」
「1箇所だけ、極端に少ない月があります。」
私は表の1行を指した。
「去年の8月、34です。他の月の半分以下。お姉さんのご家族が、3泊4日で旅行に行かれた月です。海の写真を、私に送ってくださいました。」
義姉の顔から、色が引いた。
「4人がいない月だけ、この家の水とガスと電気が半分になります。」
「あんた、何が言いたいの?」
「毎晩、ご家族で夕飯を召し上がって、お風呂に入って、洗濯物を置いて行かれましたよね。」
「実家に来て、何が悪いのよ。」
「悪いとは、言っていません。」
私は声をあげなかった。
「ただ、その水道代とガス代と電気代を払っていたのは、私です。」
義姉は口を開けて、何か言おうとして、やめた。
洋一が風呂を借りて帰る。裕介が課題をしに来る。うちで作ると、片付けが面倒だから。そのどれも、この人たちにとっては、実家に甘えるという小さな話だった。小さな話を10年続けると、420万円になる。
「でも…」
義母が、絞り出すように言った。
「でも、安彦がやってくれてるって、私はそう思ってたのよ。それは、あの子が…」
「お母さん。」
私は通帳の1冊目を、手に取った。
「10年前の話を、してもいいですか?」
「え?」
「この口座を作った日のことです。」
私は最初のページを開いた。上の余白に、ボールペンで書いた1行がある。その日の日付と、その時言われた言葉だ。書いてから、その1行だけは、一度も読み返していない。それでも、私はその文字を覚えていた。
口座を作る前の晩、私は安彦さんに聞きました。「3万円を送るなら、お母さんに一言伝えた方がいいんじゃないか」って。
夫の顔が、動いた。
「私は言いました。『私の名前で送るんだから、私が言ってもいいのかな』って。」
「おい。」
「そうしたら、この人は、こう言いました。」
私はページを、義母の方へ向けて置いた。座敷の上で、その1行が、誰の目にも見えるようになった。
「『母さんにとっては、お前はまだ他人みたいなもんだから、俺から渡した方が角が立たない』」
座敷の空気が、変わった。義母が、紙を見た。義姉が、紙を見た。2人とも、その一行から目を離さなかった。
夫が慌てて、手を伸ばした。
「待てよ。そんなこと、言ってないだろう。」
「言いました。」
「覚えてないよ。10年前のことなんか。」
「私は、覚えています。その日に、書いたので。」
「書いたって、そんなの、後から何とでも書けるだろう。」
「そうですね。」
私は頷いた。
「だから、信じるかどうかは、お母さんが決めてください。」
義母は、夫を見た。夫は、義母から目をそらした。そらした時点で、答えは出ていた。
あの時、この人は私に母への説明を任せなかった。母には、自分が渡していることにした。姉には、そう言った。そして、母から礼を受け取り続けた。その全部の出発点が、「他人」という言葉だった。
「あんた。」
義姉が、低い声で言った。夫に向かってだ。
「あんた、私に、何て言ったか覚えてる?」
夫が、姉を見た。
「お盆の時、あんた言ったよね。『母さんのことは、俺がちゃんとやってるから、姉貴は気にしなくていい』って。1円も出してないのに。」
夫は、何も言わなかった。義姉は通帳を、座敷に戻した。手が、震えていた。
「他人。」
私は言った。
「その言葉を最初に使ったのは、お母さんでも、お姉さんでもありません。」
私は、座敷を見た。
「この人です。10年前に。」
しばらく、誰も口を開かなかった。仏壇の前の線香が、消えていた。灰の上に、白い灰が倒れたまま残っていた。4日前に私が挿した花は、まだ枯れていなかった。水だけが、減っていた。
最初に喋ったのは、義姉だった。
「私、聞いてなかったからね。」
誰に向かって言ったのか、分からない言い方だった。
「私はただ、後取りが母さんの面倒を見るのが普通でしょって言っただけよ。誰がどう出すかなんて、知らないもの。」
「姉貴?」
夫が、顔をあげた。
「知らないって、よく言えるな。」
「何よ。」
「あの日、あんたが何て言ったか、覚えてないのか?」
座敷が、静かになった。義母が、息子と娘を交互に見た。
「あの日って…」
「父の葬式の日だよ。」
夫はそう言って、湯飲みの底を見た。香典返しが終わって、みんな帰って、姉貴と俺と、台所に近い部屋にいた。私はその場にいなかった。私は駐車場で、親戚を見送っていた。
「姉貴が言ったんだよ。『母さんの生活は、どうするの』って。私は、堀口に嫁いだ人間だから、長沢の後取りが見るのが筋でしょって。」
「言ったわよ。それが、普通でしょ。」
「その時、俺は何て答えたか、覚えてるか?」
義姉は、答えなかった。夫は湯飲みを置いた。
「『分かった』って言ったんだよ。『母さんのことは、全部俺がやる。姉貴は、心配しなくていい』って。俺は、あの時…」
夫の声が、かれた。
「姉貴に、できないって言いたくなかったんだよ。」
座敷に、セミの声が入ってきた。
「昔から、そうだろう。姉貴は、何でも先に決めて、俺を後から従わせるだけだった。学校のことも、親父の車のことも、この家の建て替えの時も。」
「そんな、昔の話。」
「俺は、あの日、初めて姉貴に勝ったつもりでいたんだよ。」
「勝った?」
私はその言葉を、座敷の向こうで聞いていた。
「俺が全部やるって言った時、姉貴、黙っただろ。あの顔が見たかったんだ。」
「バカじゃないの?」
「バカだよ。」
夫は、自分でそう言った。
「バカだけど、あの時の俺には、それが1番大事だったんだよ。」
私は口を挟まなかった。挟む必要がなかった。10年前、この人は姉に向かって、見えを張った。その見えの代金は、この人が1円も払っていない。翌月から払い始めたのは、私だ。
「じゃあ、私に言えばよかったじゃない。」
私はそう言った。
「3万円を私に頼んだ日、あなたはこう言ったよね。『母さん、1人になったから、少し出せないか』って。姉に約束したからとは、一言も言わなかった。」
「言えるかよ、そんなこと。言えば、お前は断ったと思う。」
「断らなかったよ。」
夫が、私を見た。
「お父さんに世話になったから、私は出したと思う。3万円なら、出した。じゃあ、でも、それは私が決めたことになる。あなたが姉に見えを張るために出すお金じゃなくて、私がお父さんの奥さんのために出すお金になる。」
私は言葉を選びながら、話した。
「同じ3万円でも、その2つは、全然違う。」
夫は、何も言わなかった。義母は口を半分開けたまま、その会話を聞いていた。
「じゃあ、あなた。」
義母が言った。
「私にお金をくれてたのは、あなただったの。」
15年間で何度も聞いた、「あなた」という呼び方。今度は、意味が違って聞こえた。
「そうです。毎月25日に。」
「はい。」
義母の声が、途切れた。
「私は、10年間、あなたに…ありがとうね。」
私は答えなかった。答えるべき言葉が、見つからなかった。
「私が、悪いの?」
義母は、誰にともなく言った。
「私は、聞いただけよ。息子がやってるって言うから、そうなんだと思っただけで。」
「お母さん。」
私は膝の上で、手を重ねた。
「5年前、あの紙を持って安彦さんに聞いた時、もう1つだけ聞くことができました。『美和さんに確かめてもいい?』って。」
義母は、目を伏せた。
「聞かれていたら、私は全部、お話しました。」
義母は、畳の縁を見ていた。返事は、なかった。
「でも、聞かれませんでした。それだけです。」
私は、それ以上言わなかった。
最初から、私を落とし入れようと企んでいた人は、いなかった。夫は、姉に見えを張って、母に嘘をつき、妻には「夫婦の金だ」と言った。義母は、紙を見て、息子の説明を受け取って、それ以上は確かめなかった。義姉は、自分が言い出したことの中身を、一度も数えなかった。3人とも、自分の分だけは正しかった。3人の正しさを足すと、10年で1200万円になった。
悪人が1人もいないことが、その日、私には1番救いがなかった。悪人がいたなら、その人と戦えばいい。誰もいないなら、私は何と戦っていたのか。
義姉が急に立ち上がって、台所へ行った。水を組む音がした。戻ってきた時、コップは1つだけだった。自分の分だ。
「うちの家族の話だけど。」
義姉は座りながら、言った。
「毎晩来てたのは、事実よ。でも、それは母さんが来いって言ったからよ。」
「そうです。」
「え?」
「私も、そう思います。お母さんは、お姉さんのご家族が来るのを楽しみにしていました。孫が来て、娘が来て、賑やかになるのが、嬉しかったんだと思います。」
「じゃあ、だから…」
「それをやめろとは、言いません。これからは、その分を出す人がいなくなるだけです。」
義姉が、口を閉じた。
「お姉さん、今月から、お母さんの家の電気とガスと水道は、安彦さんの名前です。毎晩、ご家族で使われる分も、そこに乗ります。」
「安彦が、全部払うってこと?」
「安彦さんと、お姉さんで、話し合ってください。私は、口を出しません。」
義姉は、返事をしなかった。その代わりに、義母の方を見た。
「お母さん、うち、毎日は行けないかも。」
義母の顔が、動いた。それが、この日1番分かりやすい表情だった。お金の話をされた時より、電気が止まった時より、娘が毎日来なくなるかもしれないと言われた時の方が、義母は悲しそうな顔をしていた。
「一子、だって、電気代とかガス代とか、そういうこと言われたら、気にするでしょ。」
「そんなの、気にしなくていいのよ。」
「気にするわよ。今まで、聞いてなかったんだから。」
聞いてなかったと、義姉はまた言った。私はそこに触れなかった。触れなくても、この人はこれからずっと、自分でその言葉を思い出すことになる。
「これから、どうするのよ?」
義姉が言った。声から、トゲが消えていた。
「私は、もう払いません。」
「じゃあ、お母さんは、どうなるの?」
「実のお子さんが、2人いらっしゃいます。」
義姉が、息を吸った。
「弁護士さんに聞きました。義理の親を養う義務は、嫁にはありません。実のお子さんには、あります。お2人ともです。」
「私は、嫁に行って…」
「嫁に行っても、実の娘であることは、変わらないそうです。」
義姉は、何も返さなかった。
私は通帳と表と検針表をファイルに戻して、鞄に入れた。
「電気とガスと水道は、安彦さんの名前になりました。ネットは、今月末で終わります。必要なら、ご自分で契約してください。」
それから、鞄の内ポケットから封筒を出して、座敷の端に置いた。
「合鍵です。玄関と勝手口の2本。10年前にお預かりしたものを、お返しします。」
義母は封筒を見たが、手は伸ばさなかった。代わりに、義姉が引き寄せて、中身を確かめずに、膝の上に置いた。
「あなた。」
義母が呼んだ。
「ご飯、食べていかない?」
私は、立ち上がりかけた膝を止めた。4日前、この座敷には5人分の皿があった。私の分だけがなかった。今、この座敷には湯飲みが3つある。私の分はない。4日経っても、この家は同じ形をしていた。
「いえ。」
私は言った。
「他人ですから。」
座敷を出る時、義母が私の名前を呼んだ。
「美和さん。」
「はい。」
「お父さんが生きてたら、何て言ったかしらね。」
私は廊下で、足を止めた。義父の顔が浮かんだ。台所の入り口から顔を出して、缶ビールを握らせてくれた人だ。「うちの女は座ってばっかりでな」と笑った人だ。
「分かりません。」
私はそう答えた。本当は、分かる気がした。あの人なら、2社から見積もりを取って、金額を自分で確かめて、その上で自分の財布から出した。そういう人だった。けれど、それを今、この座敷で言う意味はなかった。
玄関で靴を履いていると、夫が出てきた。
「なあ。」
「何?」
「これから、どうするんだよ?俺たちのこと。」
私はサンダルの踵を直しながら、答えた。
「今日は、帰る。」
「そうじゃなくて…」
「話は、家でする。」
引き戸を開けた。夕方に近い光が、入ってきた。ガスの作業員の車が、門の前に止まるところだった。
私は車に乗って、エンジンをかけた。バックミラーに、玄関に立つ夫が映った。誰も、追いかけては来なかった。4日前と、同じだ。
高速に乗るまでの20分。私は今度は、泣いた。悲しかったからではない。長いこと誰にも見せずに持っていたものが、ようやく全部出たからだと思う。
サービスエリアには、寄らなかった。まっすぐ、家に帰った。
8月の終わりに、義実家から電話が来た。義母ではなく、長沢肖三からだった。
「美和さんか。肖三です。」
「ご無沙汰しています。腰の具合は、いかがですか?」
「まあ、騙し騙しだ。」
肖三は、前置きをしなかった。
「久しぶりに、あんたの分の飯が出なかったそうだね。」
私は受話器を、持ち直した。
「はい。」
「電気が止まったとも、聞いた。」
「私が、止めました。」
「そうかい。」
肖三は黙って、それから言った。
「今度の日曜、花江さんの家に行く。あんたも、来られるか?」
「伺います。」
「悪いね。年寄りが出しゃばるのも、あれだが。長沢の家のことだからな。」
その日曜、私は義実家へ行った。今度は、夫と一緒ではなかった。夫は前の晩から、実家に泊まっていた。
座敷には、肖三が座っていた。神座ではなく、上座に近い位置だった。義母がその向かいで、義姉と洋一と裕介が並んでいた。夫は、隅にいた。座敷には、湯飲みが7つあった。肖三、義母、義姉、洋一、裕介、夫、そして私。私の分も、あった。誰が用意したのかは、聞かなかった。ただ、4日前と数が違うことだけは、部屋に入った瞬間に分かった。
「座りなさい。」
肖三が言った。私は座布団に、座った。義母は、私と目を合わせなかった。
「花江さん。」
肖三が口を開いた。
「盆に何があったのか、あんたの口から話してくれるかい?」
義母は、膝の上で指を組んだ。
「料理が、足りなかったのか。」
「はい。」
「美和さんの分だけかね。」
義母が、黙った。裕介が、身じろぎをした。その音が座敷に響くくらい、静かだった。
「じゃあ、わしから言おう。」
肖三は湯飲みを、両手で持った。
「花江さん、あんたはこう言ったそうだね。『他人の分は作ってない』と。」
義母の肩が、下がった。
「一子ちゃんは、『嫌なら帰れば』と言ったそうだ。」
義姉が、下を向いた。
「安彦は、『冗談だから流せ』と言ったそうだ。」
夫は、何も言わなかった。
肖三は湯飲みを置いた。
「その『他人』が、10年の家の電気とガスと水道を払っていた。それから、毎月の金もな。」
「お兄さん、それは…」
「花江さん。」
肖三の声は、大きくなかった。ただ、低かった。
「あんた、いくらだったか、知ってるか?」
義母は、答えられなかった。
「1200万円だそうだ。」
座敷の空気が、動いた。義姉が顔をあげて、また下を向いた。
「わしは、この家の兄だ。久が死んだ後、月に1度は電話をしてきた。花江さんは、いつも『安彦がやってくれてるから、大丈夫だ』と言った。わしはそれを聞いて、いい息子を持ったと思っていた。」
肖三は、夫の方を見た。
「安彦、お前、わしにも嘘をついていたことになる。」
夫が、畳に手をついた。
「すみません。」
「わしに謝る話じゃない。」
その一言で、夫は何も言えなくなった。
その時、裕介が口を開いた。
「あの…」
全員が、見た。二十歳の子が、大人ばかりの座敷で声を出すのは、勇気がいる。
「俺、前に母さんに聞いたことがあるんです。」
「裕介。」
義姉が、制した。裕介は、続けた。
「ばあちゃんちの電気の紙、おばさんの名前だねって。俺が見つけて、母さんに見せました。」
座敷が、静まった。
「母さんは、名義だけだからって言いました。だから、俺も、そういうもんかと思ってて。」
「裕介、やめなさい。」
「でも、母さん、その時言ったよ。『うちが払ってるわけじゃないんだから、いいのよ』って。」
義姉は、何も言わなかった。私も、何も言わなかった。言うことは、もうなかった。
肖三が、長い息を吐いた。
「一子ちゃん。」
「はい。」
「あんた、知ってたのか?」
「知ってたっていうか、その…名義だけだと思ってたし。」
「思っていたと、聞いていないは、違うぞ。」
義姉は、答えなかった。
「わしはな。」
肖三は、座敷の木目を見ていた。
「久が生きてたら、この家の恥だと言っただろうと思う。」
義母が、その言葉で顔をあげた。
「あの男は、人に借りを作らせるのが嫌いだった。人に払わせるのは、もっと嫌いだった。」
肖三は、私の方を向いた。
「美和さん、長いこと、悪かったね。」
私は、首を横に振った。
「わしらは、あんたが黙って払ってくれるのは、当たり前だと思って、10年過ごした。それは、この家の全員の落ち度だ。わしも、含めてな。」
「そんな…」
「いいんだ。」
肖三はそう言って、義母の方を向いた。
「花江さん、詫びるなら、今しかないぞ。」
義母は、しばらく動かなかった。それから、両手を畳について、頭を下げた。
「美和さん、ごめんなさい。」
私はその姿を見ていた。嬉しくはなかった。すっきりしたわけでもなかった。ただ、10年かかったなと思った。
「お母さん。」
私は言った。
「頭を、あげてください。」
義母が、顔をあげた。目が、赤かった。
「私は、お母さんを恨んでいません。恨むほど、お母さんと話したことが、ありませんでした。」
義母の口が、動いた。声には、ならなかった。
「これからは、本当のご家族だけで、支え合ってください。それが、私がその座敷で言った、最後の言葉でした。」
帰りは、玄関で裕介が追いかけてきた。
「おばさん。」
私は、振り返った。
「ありがとうね。さっき、よく言えたね。」
「いえ。」
裕介は、靴の先を見ていた。
「俺、あの家でずっと飯食ってました。風呂も、入ってました。」
「うん。」
「それ、おばさんが払ってたんですよね。」
「そうだね。」
「すいませんでした。」
「裕介君が謝ることじゃないよ。」
私は本気で、そう言った。
「あなたは、おばあちゃんの家に行っただけだから。」
裕介はもう一度だけ、こちらを見て、走って戻っていった。
9月は、静かになった。毎月25日に、私の口座から何も出ていかなかった。10年ぶりのことだった。最初の25日は、落ち着かなかった。夕方になると、携帯を見た。義母からの電話は、来なかった。夫の携帯にも、来なかったらしい。
その月、私は美容院へ行った。2年ぶりだった。靴も、買った。会社の帰りに、1人で天ぷらを食べた。自分で揚げない天ぷらを食べたのは、いつ以来か思い出せなかった。
義実家のことは、夫から断片的に聞いた。義母は、区役所の窓口へ行って、年金の相談をしたという。義姉が、付き添った。役所の人に言われて、通販の定期便を3つ、解約したそうだ。仏壇の花は、月に2回になった。義姉の家族は、週に2回だけ実家へ行くことにしたと聞いた。洋一が風呂を借りることは、なくなった。裕介は、自分の家で課題をするようになった。
それを聞いても、私は何も思わなかった。当たり前のことが、当たり前に戻っただけだ。
10月に入って、夫が言った。その日は雨で、夫は仕事から帰ってきて、濡れた傘を玄関に置いたまま、リビングに入ってきた。
「なあ。」
「何?」
「毎月10万なんて、無理だよ。」
私はテーブルで、見積もりの資料を見ていた。顔をあげた。
「そう。」
「そうって、お前。」
夫は椅子に座った。
「電気もガスも水道も、俺の名義になっただろ。それ、全部で月に14万近いんだぞ。俺の手取り、いくらだと思ってるんだよ。」
「知ってる。」
私は答えた。
「15年、あなたの給料を管理してきたから。」
「じゃあ、分かるだろ。無理なんだよ。」
「うん。無理だと思う。」
「だったら…」
「だから、私が10年やってた。」
夫の口が、止まった。
「俺だって、生活があるんだぞ。」
「私も、10年間、生活があったよ。」
夫は、何も返せなかった。
「安彦とは、話した?」
「話したよ。姉貴は、月に2万が限界だって。」
「2万?」
「うちの人に、言えないって。」
「そう。」
私は資料を閉じた。
「じゃあ、2人で決めて。」
「元に戻せば、いいだろう。」
夫が、声をあげた。
「母さんも、姉貴も、反省してる。姉貴なんか、あれから母さんの家に行くたびに、気にしてるんだ。お前が戻ってくれれば、全部、元通りになる。」
私は、夫を見た。
「戻らない。」
「なんでだよ。飯が出なかったのは、謝っただろ。母さんも、土下座みたいなことまでして。」
「食事がなかったからじゃない。」
私は言った。
「あなたが、一度も私の味方をしなかったからよ。」
夫の顔が、固まった。
「15年で、一度もない。台所に立っている私に、『お姉さんも手伝えば』と言ったこと、一度もないよね。」
「それは、姉貴が…」
「お母さんに、『これは美和が出ているんだ』って言ったこと、一度もない。」
夫は、反論しかけて、口を閉じた。
「お盆に、私の皿がなかった時、あなたが言ったのは、『流せ』だった。」
夫は、何も言わなかった。
「私のお金で親を養って、感謝だけ自分が受け取ってた。ずっと、そうだった。」
その言葉に、夫は反論しなかった。できなかったのだと思う。
私は立ち上がって、棚から封筒を出した。中には、私が3日前に取り寄せた書類が入っている。
「離婚したい。」
夫は封筒を見た。それから、私を見た。
「本気か?」
「本気。」
「母さんとは、距離を置く。仕送りも、もういい。それでもか。」
「うん。」
「なんでだよ。お母さんだけが、理由じゃないから。」
私は封筒を、テーブルに置いた。
「あなたと一緒にいることに、疲れたの。」
雨の音がした。夫は封筒に、手を伸ばさなかった。私も、その日はそれ以上、何も言わなかった。
その夜、夫は久しぶりに、自分で風呂を沸かした。翌朝、洗濯機の使い方を、私に聞いてきた。
「柔軟剤って、どこに入れるんだ?」
私は、入れる場所を教えた。それだけ教えて、後は何も言わなかった。
15年。この人は、この家の洗濯機の柔軟剤の入れ口を、覚えずに住んでいた。知らないままで住んでいたのは、知っている人間が毎日入れていたからだ。それは、義母の家の電気代と、全く同じ話だった。
協議離婚が成立したのは、翌年の3月だった。役所の窓口に書類を出して、5分で終わった。私は旧姓に戻した。今井美和は、15年ぶりに、自分の名前が全部揃った。
マンションは、夫が住み続けることになった。残りのローンは、夫が払う。私は、会社まで電車で20分のところに、部屋を借りた。日当たりだけで決めた部屋だ。
3月の終わりに、引っ越しをした。運び出す荷物は、少なかった。この何年か、自分のものをほとんど買っていなかったからだ。
新しい部屋に、最初に置いたのは、4冊の通帳だった。捨てるつもりでいたのに、手が止まった。表紙には、10年前の私の字で「長沢の家」と書いてある。私はその通帳を、押し入れの奥の箱に入れた。見返すことは、多分ない。それでも、あれは私が10年間働いた記録だ。
義母は、年金の範囲で暮らしている。デパートの地下で総菜を買う習慣は、やめたそうだ。通販の定期便は、全部やめた。仏壇の花は、月に1度になった。
義姉は、実の娘として、毎月の負担を求められるようになった。最初は2万円だったが、電気とガスと水道を合わせると足りず、夫から増やしてほしいと言われたらしい。
「毎月、そんなに出せない。」
義姉は、そう言ったという。今度は、姉と弟で、どちらがいくら出すかを、押し付け合っている。その話を私に伝えてきたのは、裕介だった。年に何度か、短いメッセージが来る。
夫は、月に10万円を、自分の給料から払っている。家事も、自分でやることになった。洗濯機の使い方が分からず、裕介に聞いたそうだ。
一度だけ、離婚してから電話が来た。
「…お前、こんなにやってたのか。」
それだけの要件だった。私は「そうだよ」と答えて、切った。戻るつもりは、ない。
夫の職場のことも、裕介から聞いた。
「おじさん、最近、やれてるらしいっすよ。母さんが言ってました。」
「そう。」
「母さんも、ばあちゃんちに行くのが、しんどいって言ってます。」
「そうだね。」
私は、それ以上は聞かなかった。あの家の人たちが、これからどうなるかは、あの家の人たちが決めることだ。私はもう、その家の回避を払っていない。
仕事は、続けている。転職も、開業もしていない。同じ会社で、同じように、壁紙の面積を拾って、単価をかけて、合計を出している。私には、この仕事があっている。
ゆかりとは、月に1度は飲みに行く。
「2年前の美和さん、今より、実際痩せて見えたよ。」
「言ってよ。」
「そういうのは、言ったら止まらなかったでしょ。」
その通りだった。
「ねえ、あれから、1回でも後悔した?」
「してない。」
「即答だね。」
「1回だけ、思い出したことはある。」
「何?」
「お父さんの顔。」
ゆかりはグラスを置いて、私の話を最後まで聞いた。缶ビールを1本、私の手に握らせてくれた人のこと。「うちの女は座ってばっかりでな」と笑った人のこと。その人にだけは、ちゃんとお別れを言いたかった。
「言えばいいじゃん。お墓、行ける?」
「行けるかどうかは、分からない。あの墓は、長沢の家の墓で、私はもう長沢ではない。」
それでも、いつか行こうと思っている。
8月になった。お盆の前に、携帯が鳴った。私は少し待ってから、取った。義母だった。
「美和さん、お久しぶりね。」
「はい。」
「あのね、今年のお盆、顔だけでも出さない?」
私は窓の外を見た。ベランダに干した洗濯物が、揺れていた。
「どうしてですか?」
「どうしてって、だって、家族でしょ?」
1年経っても、この人はそういうのだと思った。
「お母さん。」
私は、もう義理の娘ではないけれど、他の呼び方が思いつかなかった。
「私は、他人ですから。今年は、本当のご家族だけで、楽しんでください。」
「美和さん…」
「あれは、お元気で。」
私は電話を切った。それきり、かかってこなかった。
その週末、私は隣の県の実家へ行った。母は、そうめんを茹でていた。冷たい麦茶を出して、扇風機の首を、私の方へ向けた。
「痩せた?」
「太った。」
「そう見える?」
母は笑って、2人分のそうめんを、同じ量に持った。今度は、自分の分を少なくしなかった。
「お母さん、何?」
「今年、私の分もあるね。」
母は、きょとんとした顔をした。それから、何も聞かずに、頷いた。
「当たり前でしょ?2人しかいないんだから。」
私は麺つゆをかけて、そうめんを食べた。あの日、あの座敷で、私の食事だけはありませんでした。でも、あの家を出たことで、私はようやく、自分の人生を取り戻せました。今年の夏は、母と2人で、2人分の食卓を囲んでいる。来年も、そうしていたいと思っている。



