「出ていけ。今日からは飯を食うな。息をするのも許さぬ。」
そう言い放ったのは、他でもない我が子でした。障害を捧げて育てた息子が、田畑を全て奪い取った末に吐いた言葉は、たったこれだけだったのです。
呆然と立ち尽くす老夫婦を、なぜか嫁は笑いながら山へと連れて行きました。しかし息子は知りませんでした。自分が捨てたその人こそ、自分のために障害を捧げた人であったことを。
3人はそこで新しい暮らしを始めることになるのですが、この老夫婦には、長い年月にわたって胸の奥にしまい続けてきたある秘密がありました。
品野の国のとある里から、山1つを超えたところに金造という老人が暮らしておりました。若い頃、深い山に分け入って薬草を摘み、岩の隙間を探っては蜂の巣を見つけ、蜂に刺されるのも構わず、一問に門と元でを気づいた男でした。人が獣を恐れて足を踏み入れぬ谷の奥まで、たった1人で分け入っていく体力と辛抱強さが、この男の若い頃を支えておりました。
その傍らには、手先の奇妙な器用さを持つ妻のおふじがおりました。一書浮かうにものよを見分け、滝木一束つにも長持ちする積み方を試し、やりくりに抜かりのない女でした。
2人の間には1人息子があり、さちと名付けました。物心つく前から山の空気の中で育ち、両親のどちらからも深い愛情を注がれて育った子でした。
金造はさちが望むものを望むだけ与えてやりました。それが親としての勤めであり、愛情の証だと信じていたのです。
さちが成人して嫁を迎え、嫁のおかが腰に乗ってこの家に入りました。裕福ではなくとも、空に困らぬ暮らしがそこにはありました。
さちが上げてほどなく、女下で大きな空内をしたいと父の前に膝をつき、元でを犯してほしいと申し出ました。おふじが横から「いくらいるのか、何に使うのか、書き留めてから話そう」とす ると、さちは「親子の間でそんなことを問うのか」と怒り出しました。
長年家の出入りを1人とも見逃さず記してきたおふじにとっては当然の言葉でしたが、さちのあの顔を見て、それ以上は言葉が告げませんでした。金造も息子の肩を持ち、「親子の間に消門などいるものか」とおふじの言葉を制して金を渡しました。
さちはその金を持っていったきり、1度も返しませんでした。いつ返すという言葉も、何に使ったという話も、ついありませんでした。
その身さ地にも迷いがなかったわけではありません。父の家を出て一へ向かう道すら、幼い頃に荒れて山を登ったこと、熱を出して寝込んだ夜に母が一晩手を握っていてくれたことが、太のうりをよぎることがありました。しかし、爆地で作った仮が背中を押すたび、さちはその思いを振り払い、「今更後には引けぬ」と自分に言い聞かせるのでした。
しばらくして、さちが再び訪ねてきました。今度は田畑の消門を広げました。「父上の撫では大きな取引ができません。自分の撫でなければ商人が受け付けぬのです」と申したのです。
金造は気が進みませんでしたが、息子がこれで何かをやってみようというのを求められず、カオを記しました。押しながらも信じて押したのではなく、断りきれずに押したという思いが胸に残りました。
外の暗がりに立ったまま息を殺してこの話を聞いていたおかは、違和感を覚えました。いつもは父の前でゆったりと構え、父が一言言えば頷きながら次を待つが、その日に限って父が口を開く前から言葉を重ね、畳み掛けるように話していたのです。いつものさちとこの日のさちが、同一人には思えませんでした。しかし確信が持てず、口には出せませんでした。
数日後、さちを住々まで回ってみましたが、さちの名で飽き内をしている後はどこにもなく、さちという名を知る商人すら1人もおりませんでした。その日の遊気の席で「秋内はどうなっているのですか」とおかが尋ねても、さちは全の前に座ったまま顔もあげず、「俺の勝手だろう」としか答えませんでした。おかはそれ以上訪ねず、その夜は寝つけぬまま長く天井を見つめておりました。
年部の時期になりました。金造が毎年のごとく古作人を尋ねると、古作人は困った顔で「今年から若旦那様が年具をお持ちになりましたが」と申しました。金造の顔から血の気が引きました。カオを記したのは空内の取引のためであり、年宮まで持っていけという意味ではなかったのです。
金造が震え、家に戻る成田を返せと詰め寄ると、さちは全の前に座ったまま顔もあげず、「父上が全部お私になったではありませんか?お忘れですか」と言い放ちました。小ウ門の束を広げると、そこには自分の手で記した顔がくっきりと残っておりました。
おかはその様子を見て悟りました。目の前にいるのは、かつて父の前で頭を下げていたさちではない。全く別の人間なのだと。
金造は「くそっ」と、おふじが駆け寄って支えました。膝をついたまま、金造の頭の中には長い年月が駆け巡っておりました。さちが欲しがるものは何でも与え、「ダメだ」という言葉を1つも教えずに育てた日々でした。甘やかしたのではない。可愛かっただけだと自分に言い聞かせてきましたが、今こうして消門を突きつけられてみると、その可愛さの底に、いつか自分の首を閉めるものが潜んでいたのだと悟らずにはいられませんでした。
証拠を突きつけられた金造は膝の力が抜け、その場に崩れました。残ったのは老夫婦の住む家一軒だけでしたが、さちはその家までも譲れと申しました。
「この家だけはダメだ」と、息子にダメだと言ったことのない金造が、この時初めて拒みました。その一言に、さちの目つきが変わりました。
その日からさちは両親に話しかけず、飯も運ばず、両親のいる部屋には入らなくなりました。同じ屋根の下に住みながら、目を合わせず、言葉を交わさず、飯を開けない日々が続きました。殴られるより存在を消される方が残酷なこともあるのだと、おかはその時に知りました。
「出ていけ。」その一言を最後に、さちは親を消しました。
おかが動いたのはこの時でした。さちが寝入った隙に荷を探り、田の小ウ門の束を見つけて1枚ずつ確かめました。小ウ門には手をつけず、元の通りに納めておきました。おかが持ち去ったのは神ではなく、記憶だったのです。どの旗がいつ映ったのか、カオはどのような名目で得たのか。1枚ずつ確かめては頭に刻み込み、消ウ門には指1本触れずに元の通りを覚えておきました。消門を持ち去ればさちが気づく。しかし記憶までは誰にも奪えぬと、おかはそう考えていたのです。
さちが両親を泣き物として扱う間、おかは2つのことをしておりました。1つは夕暮れに部屋の隅でうずくまる金造に「若い頃は山で何をなさっていたのですか」と尋ね、山の知恵を余さず覚えることでした。もう1つは、1で蜂蜜や三郎の根を確かめることでした。実は役手やで貴重な役手として扱われ、三郎のロソはブケや寺でしかもチームほど根が高いと知り、金造の山の知恵と金造の手先の器用さと自分の空内の感を合わせれば、上には住まいという見込みが立ちました。
ところで、おかが金造の昔話を熱心に聞くうち、ふと気づいたことがありました。おふじはさちの幼い頃の話になると、なぜか言葉を濁し、指を止めて顔を背けることがありました。普通の母親であれば、我が子の幼い頃の話をするだけで口元がほころぶものです。ところがおふじはその度、話をはぐらかすように別のことを話し始めるのでした。金造もまた、さちのことを我が子ではなく「あの子」と呼ぶことがありました。1度など「あの子が生まれた時には」という言い方を仕掛けて、途中で言葉を飲み込んだこともありました。深くは気に止めませんでしたが、おかの心のどこかに小さな引っかかりとして残りました。夫婦にしてはどこか他人行儀な場合が、さちの話をする時にだけ滲み出ていたのです。それが何を意味するのか、この時のおかにはまだ分かりませんでした。ただ2人の間に流れる言葉にならぬ緊張のようなものだけは、確かに感じ取っておりました。
ある日、おかは姑と舅の前に膝をつき、「お父様、お母様、私と一緒に山へ行きましょう」と申しました。突然の話でした。金造が顔をあげ、「何を言っているのだ」という顔で、「お前はなぜ我らについてこようとするのか、自分の夫のそばにいるべきだろう」と申しました。おかは金造の目をまっすぐに見て、「私の夫はあの人ではありません。お2人が私の家族です」と答えました。
金造は口を継ぐみ、おかがおの死を握りしめ、言葉が出ませんでした。生涯、嫁からこのような言葉を聞くとは思いもしなかったのです。金造はしばらく黙り込んでおりましたが、長く迷った末に頷き、3人は家を出る日を決めました。
門の前に立つさちは腕を組み、門中に肩を預けて何も言わず、ただ3人を見下ろしておりました。止めもせず、聞き止めもせず、どこへ行くのかとも問いませんでした。最後に門を出るおかがさちを一度振り返り、ふっと笑いました。追い出される者が笑うはずがないと、さちの目が揺れましたが、田も家も全て自分のものであり、あの3人が丸腰で山へ行ってできることなど何もないと判断し、そのまま放っておきました。
山に着いた3人の前には何もありませんでした。寝る場所も食うものも、雨をしのぐ屋根もありません。おかが四方を見回して唇を噛み、金造はどこから手をつけて良いか分からず、その場に立ち尽くしておりました。2人の年寄りが、互いに困った顔で見つめ合っていた時、おかが先に口を開きました。「お父様、以前おっしゃっていた、岩の下が風を防いでくれるというお話がありましたでしょう。そこから始めましょう」と。金造の目が見開かれました。嫁が自分の昔話を1つも取りこぼさず覚えていたのです。
3人は岩の下に風よけを立て、初めて身を横たえる場所を得ました。その夜、おふじが泣き崩れ、「私が息子を育て損ねた」と繰り返しました。憎めればどれほど楽であったか。しかしどうしても憎みきれぬまま、その痛みは生場を失って胸の中に止まり続けておりました。金造はおふじに「お前のせいではない。自分が甘やかしすぎたのだ」と語りました。
その後も、金造は幼いさちを背負って山道を登る夢を見ました。目が覚める度、この手で抱き上げ、この手であらゆる望みを叶えてやった手だと、自分の手のひらを見つめました。血のつながった息子には裏切られ、血のつながらぬ嫁には支えられている。おかが自分の話を真剣に聞いてくれるたび、金造は長らく塞いでいた何かが息を吹き返していくのを感じておりました。
犯人が岩の下で最初の夜を明かした翌朝、おかが金造に「山で蜂の巣を見つけられるでしょう」と申すと、金造の目に久々に力が戻りました。杖をついて山へ入り、岩のしめり、家の向きを見極め、鼻の間を生きする蜂の道筋を目で追いながら、半日の後に岩の奥に蜂の巣を見つけました。息子に田畑を奪われて以来、1度も見なかった光が金造の顔に差した瞬間でした。
若い頃、これと同じ種を同じように歩いたことを金造は思い出しておりました。あの頃はまださちは生まれてもおりませんでした。何のために稼いでいたのか、何を守ろうとして山に入っていたのか。その答えがすっかり形を変えてしまったことに、金造はふと寂しさを覚えました。しかし蜂に刺され、3人が力を合わせて手当てをする中で、金造は連日の煙による蜂の沈め方を1つずつ体得していきました。
おふじは三郎を生成する術の失敗の末に、指先を追いども熱い三郎に焼かれながら、住んだ三郎の塊を手に取って「できた」とつぶやきました。その指先には、老速作りの技だけでなく、失った息子の代わりにこの家を支えようとする意地のようなものが宿っておりました。
初めて仕上げた蜜を、おかが山を降りて1で売ろうとした日、むろしい鉄望を並べても誰も足を止めませんでした。どこの誰とも知れぬ女が持ってきた蜜を、進んで買うものなどいなかったのです。日がくれるまで1つも売れず、思い蜜を背負って山へ戻る道すら、おかは屋の店先で自分たちの蜜が売れているのを見ました。人は良い蜜を買うのではなく、知っている店で買うのだと、おかはそこで初めて悟りました。
品質ではなく信用こそが飽き内の土台なのだと知ったおかは、翌日から1を歩き回るのをやめ、役の主人に直に蜜の小皿を差し出し、「使ってみてよければ、根をつけてくれ」と言うだけに止めました。主人は鼻で笑いましたが、1週間後、蜜をもっと持ってきてくれと人をよこしました。急がず慌てず、1つずつ信用は積み重ねるものだと、おかはこの時に学んだのです。
内が根付き始めると、よその里のロソ売りが偽物ではないかと難癖をつけたこともありましたが、おかがその場で火をとし、匂いを嗅がせると、見物人が頷き、帰ってロソ100本の大口の注文が舞い込みました。3人だけでは到底こなせぬ量でしたが、おかは取引先に無理な約束をせず、「半分を先に送り、残りは翌月に揃える」と申し出て、期限だけは決して落とさぬと誓いました。これまで1度も約束を違えたことのないおかの言葉だからこそ、取引先は信じて待ってくれました。
遠い里の部形品を広げようとした時、女が1人で飽き内をするなどあってはならぬと、門前で取り継ぎのケ人に追い返されたこともありました。おかは引き返しましたが、諦めはしませんでした。数日後、今度は花びらを混ぜた香りロソを携え、取り継ぎを通さず奥型月の事女を尋ね、これを託しました。事女がその香りに引かれて、おかを直下に呼び、取引がなったのです。断られても道は1つではないのだと、おかはその度に学び直しておりました。
金造とおふじは、そうしたおかの奮闘を、かげから見ているだけの日もありましたが、山で取れる蜜の質を上げること、老速の火を安定させることに、それぞれのやり方で答え続けておりました。3人はそれぞれの持ち場で戦いながら、同じ1つの家を守っていたのです。
冬が来ると、山にはめっきり食うものがなくなりました。蜜は蜂の用に残しておかねばならず、下手に手をつければ春に蜂が命を落とすのです。3人は植えました。金造が3歳の根を掘り、おかが谷から水を組んで薄い海を作りましたが、一を3人で分けるにも足りませんでした。
ある晩、金造が自分の会案をおもむろにおかの前に差し出しました。おかがそのワン王を富士へ。富士がまた金造へと押し合い、3人が同時に互いのワン王を押し合っていたことに気づいた瞬間、誰も言葉を発せませんでした。おふじが先に泣き、目も赤くなり、おかはただ俯いておりました。血のつながりも財産もない3人が、人の鍵を巡って示したその情は、息子が決して見せなかったものでした。
春が来て、おかが三郎でロソを作ることを思いつきました。真にするアブを10点もひねり直し、指を三郎に焼かれながらも諦めず、ついに煙のほとんど畳ぬロウソを作り上げました。その炎を初めて見つめた時、おふじの胸に去来したのは、これで暮らしが立つという安堵だけではありませんでした。自分の手から何かが生まれる喜びを、とついでからこの年になるまで1度も知らなかったことに、おふじは静かに驚いておりました。
そのロソを1の商人に見せると、「煙がない」と驚かれました。3つは薬手やえ。ロソは商人を通じて、部系統1つの巣から2つの銭が入る仕組みが生まれたのです。金造の山の知恵、おふじの指先の器用さ、そして自分の空内の間、その3つが噛み合って初めて回り出した仕組みでした。おかはその度、「これは自分1人の手柄ではない」と胸に刻んでおりました。
おかは空の丸田に蜜郎を薄く塗って巣の匂いを移すという工夫を重ねた末、ついに野生の蜂を巣に止まらせることに成功しました。最初から両方へと変わった瞬間でした。おふじも三郎の生成に工夫を重ね、寺の住職から「本道ように」と大口の注文を受けるほどの無縁の老速を仕上げるまでになりました。
小屋との信用を築き、竹の川で老速を包んで運搬中の破損を防ぎ、花びらを混ぜた香りロソで向けの奥型の心を掴みました。蜂を追い、蜜を練り、位置をかけるその1つ1つの仕事の裏で、3人は互いの傷を少しずつ埋め合わせておりました。手を動かすことが、言葉にできぬ痛みを癒す唯一の術だったのかもしれません。
3人はいつしか互いの得を自然と分け合うようになっておりました。金造は蜂の気配を読み、蜜の味を空と土の匂いから察するものでした。長年山を歩いた足だけが知る通りがあり、それを言葉にする術を持たぬまま、障害さんとだけ向き合ってきた男でした。おふじは何であれ1度に取れば、無駄のない形に変えるものでした。あぶの切れ端も割れた壺のかけらも、おふじの手にかかれば何かの役に立つものへと生まれ変わりました。手先の器用さというよりも、物を粗末にできぬ性分そのものがその手に宿っているようでした。
おかは2人の力をどこに向ければ1番身を結ぶかを見極めるものでした。1の根動きを読み、人の信用がどこに宿るかを見抜き、遠い里まで品を届ける道筋を描く。金造の山の知恵だけでも、おふじの手先の器用さだけでも、この暮らしは立ちか なかったでしょう。3人のうち誰か1人が欠けても、この山の暮らしは成り立たなかったのです。それぞれが持つものを持ち寄って初めて1つの形になっていく。血のつながりだけでは決して生まれなかった結びつきが、3人の間には確かに育っておりました。
3人が力を合わせ、壁に土を塗り、屋根を吹いて、一軒だけの山小屋を立てました。その夜、岩の下の風よけで仮寝をしていた3人が、初めて屋根の下で心安らかに眠りました。おふじが天井を見上げながら「こんなことがあって良いのだろうか」とつぶやきました。この屋根の下でなら、明日もまた3人でいられる。そう思うだけで胸の奥がぬくもりを取り戻すようでした。
空内が広がるにつれ、わいも重なりました。金造が高い場所の素箱を下ろそうとして腰を大きく痛め、いく日も背を伸ばせぬまま横になっておりました。腰も伸ばせぬで、それでも金造は嫁を暗じ、「物はまた作れば良い。自分が怪我をせずに住んでよかったのだ」と繰り返しました。おかが山道で足を滑らせ、運んでいた蜜が岩にぶつかって砕けた時も、割れたかけらの前にしゃがみ込んだまま動けずにいるおかの方を、おふじがそっと抱いてやりました。物より人が無事なことの方がずっと大事だと、この頃には3人とも骨身に染みて知っておりました。
さらに山賊が蓄えていた蜜壺をこぞって奪っていった夜、追いかけようとする金造の腕をおかは「父様、命より蜜の方が大事ではありません」と引き止めました。金造は震える拳を握りしめたまま、その場に立ち尽くす他ありませんでした。それからおかは蜜を山の各所に分けて隠す知恵を身につけ、同じ過ちを2度は繰り返さぬと心に決めました。
夏の長雨で三郎が湿気にダメになった時は、おふじが指をひび割れさせて作った品が全て使い物にならなくなり、変出した三郎の塊を手に取ったまま長く言葉を発しませんでした。おかはその板でから、三郎で壺の口を密風する術を編み出し、わいの旅に新しい技を積み重ねていきました。
ある日、山の下の子供が蜂に刺されて、村の反館が高まりかけましたが、おかが自ら子供の前にしゃがみ込み、刺された箇所に蜜を塗って腫れを沈め、巣の近くに目印をつけると、頭を下げて回りました。子供の親の怖ばった顔がやがてほぐれていったその瞬間を、決して忘れませんでした。
そんなおり、金造の古い荷を整理していたおかは、小さな守り袋が1つ紛れているのを見つけました。「お父様、これは何ですか」と尋ねると、金造はわずかに顔をこわばらせ、「昔のものだ」とだけ答えました。おふじの幼い頃のものだろうと聞き流しましたが、その一瞬の金造の表情が、なぜか心の片隅に残りました。
その夜は眠れずにおりました。守り袋の中身は確かめておりませんでしたが、古びた感触とそれを見た時の金造の顔つきが頭から離れなかったのです。金造は決して嘘をつく人ではありません。それでも家族のことになると言葉を濁す瞬間がある。おかはその夜、これまで金造とおふじと過ごしてきた日々を1つずつ思い返しておりました。さちの話になると露骨に顔を背けるおふじ、我が子と呼ばず「あの子」と呼ぶ金造。そしてこの守り袋。1つ1つは取るに足らぬことのようでいて、重ねてみると、そこに何か大きな空白があるように思えてなりませんでした。おかは誰にも問わず、確かめる勇気もないまま、ただ胸の奥にその岩をそっと閉まっておくことにしました。今はまだその時ではないと感じていたのです。この家に流れる静かな衣のなさ、深すぎる情、そして時折見せる陰りには、きっと自分の知らぬ理由があるのだろうと、おかは漠然と察していました。それが何であれ、今の暮らしを揺るがすものであって欲しくないと、心のどこかで願ってもおりました。
村に小さな作業場を構え、おかが村の女たちに老作りの技を伝え始めた頃、初めは誰も見向きもしませんでした。「追われてきた者たちだ」と陰口を叩く声も聞こえておりましたが、おかが子供が蜂に刺された時に自ら手当てをして回ったことが、少しずつ村の心を溶かしていきました。余った蜜を困窮する家には分け与えたことも、その一度となりました。ある冬、村で流行病が出た時、おかが蜜を役手代わりに配って回ったことで、3人を見る目は決定的に変わりました。「あの山の3人がいてよかった」と、村の年寄りが口にするようになったのです。
山の下の里の部が山光の噂を聞きつけて尋ねてきたのは、そんな頃のことでした。品を確かめた部が自らの人脈を通じて広い流通を持ちかけ、山光の名はいくつもの里に尻を渡るようになりました。
3人が村に家を構え、作業場に5人の働き手を抱えるまでになった頃、金造は縁側に座り、ここまでの日々を思い返すことがありました。財産を失い、息子に追われ、何もない山に立った日から、まさかこのような日が来ようとは夢にも思わなかったのです。あの日さちに「出ていけ」と言い放たれた時、金造は自分の人生がそこで終わったのだとさえ思っておりました。心が終わったと思ったところから、全く別の人生がもう1つ始まっていたのです。誰に憚ることもない、静かでどうと気づいた暮らしがそこにありました。
ちょうどこの頃、さちは全てを失いつつありました。さちが父の田を移した際、大干賞へ書類を運んだ男に約束した銭が、さちの懐で途えてしまったのです。男が村中に、さちが父を欺いて田畑を奪った経緯を触れ回ると、さちの信用は地に落ちました。借金取りが押し寄せる中、さちが思いついたのは、改心したふりをして3人の元へ戻ることでした。行き場を失ったさちが、みすぼらしい身なりで3人の前に現れ、両膝をついて「父上、母上、私が間違っておりました。お許しください」と申しました。
おかはこの人を憎んではいませんでした。それよりも胸を塞いだのは、心のどこかでこの人が本当に変わってくれたのならという望みを、自分がまだ捨てきれずにいたことでした。かつて自分に頭を下げさせた夫が、今では見る影もなく崩れていく。おかはそれを見ても、勝ち誇る気にはなれませんでした。さちは薄汚れ、手元の色も分からず、髪は乱れて埃をかぶっておりました。おふじの目が揺れ、口元を覆ったまま一歩前に出かけて、思わず立ち止まりました。金造も膝をつく息子の頭を見下ろしたまま、長く言葉を失っておりました。
身を言えば、地に額をつけて涙を流すさちの姿の中に、ほんの一かけらの真実がなかったわけではありません。落ちるところまで落ちた今、この人たちのそばに戻れたらという思いが、さちの胸の片隅を一瞬よぎったのは確かでした。しかしその思いは長くは続きませんでした。両親が席を外し、おかと2人だけになった途端、さちの顔つきは一変しました。「秋内がうまくいっているそうだな。自分も加えろ」と申したのです。金造とおふじの前で見せた涙とは似ても似つかぬ、ロソの箱の数を数えるような目でした。
おかは台所へ向かい、さちのために飯を用意しながら、包丁を握る手が震えるのを止められませんでした。あの子を助けたい気持ちと、この家を守らねばという気持ちが胸の中でぶつかり合っておりました。その夜、おかは金造に「あの人が本気で改心しているのなら、丸ごとここに働かせてくれと言ったはずです。お使いするという言葉は、私たちを連れ戻すという意味です。以前の消門の手口と同じです」と語りました。金造の顔が曇りました。しかし部屋の中でおふじが寝言に「それでも我が子なのだから」と漏らすのを聞き、金造は頭では分かっていても、心が追いつかぬ思いを抱えたままでした。
おふじ自身も眠れぬまま、何度も己に問うておりました。あの子を像に入れてはならぬとは分かっている。それでもあの子が土下座まで頭を下げた時、駆け寄って抱きしめたい衝動を抑えるのにどれほどの力がいったか。愛しさと恐れが同じ胸の中で攻めに合い、おふじは自分がどちらの側にも立ち切れずにいることに1番苦しんでおりました。あの子を守りたい母としての自分と、この家を守らねばならぬ舅としての自分が、まるで別々の人間のように引き裂かれていくのを感じておりました。母であることをやめることはできない。しかし母であることがこの家を壊す隙になってもならない。そのはざまで、おふじは声を殺して、幾晩も眠れぬ夜を過ごしていたのです。誰かに寄りかかりたくとも、金造もまた同じ痛みを抱えていると分かっているだけに、それすらできませんでした。
おかは「本気ならば行いで示しなさい。明日から山に上がり、巣箱の世話をしなさい。1月保てば受け入れる」と条件を出しました。さちが保たぬことを見越しての言葉でした。
さちは初日に蜂に刺されて腕を腫らし、2日目には山道で転んで膝を擦りむき、3日目にはとうとう山へ上がってきませんでした。数日後の夜、村の作業場の倉から蜜の箱を抱えてこようとしているところを、闇の中で見張っていた金造に見つかりました。さちの両手には蜜の箱があり、金造の両手は空でした。その空っぽの手の方が、かえって重く見えました。
「行け。2度と戻ってくるな」と、息子にダメだと言えなかった金造が初めて口にした、最も重い一言でした。おふじが部屋の中で布団を握りしめ、声もなく泣いておりました。さちはロウソの箱を下ろして遠くへ出ていく間、振り返っておかに「覚えておけ。自分が稼いだものは結局自分のものだ」と言い捨てましたが、おかは何も答えず、ただ背を向けただけでした。これがさちにとって最初の敗北でした。
村へ戻ったさちに行くわ、旗も身を寄せましたが、借金取りが片時も離れず、飯を食えば迎えに座り、道を歩けば後ろをついてきました。傍らにいた女も、さちの懐が軽くなっていることに気づくと、「あの人は親の財産を横取りして自分に使ったのだ」と村中に触れ回って去っていきました。地で見つぼらしい身なりのさちと出くわしたおかに、さちは歪んだ笑いを浮かべて「良い暮らしをしているな」と言いましたが、おかは何も言わずに背を向けました。
それでもさちは諦めませんでした。田畑を移した書類の一見が大けになったことに逆上し、今度はおかを相手取って大観所に訴えて出たのです。「妻が稼いだものは夫のものだ」という言い分でした。調べの場に立ったおかは、少しも動じることなく、「この秋内の全ての取引は金造と金造の名で通っており、さちの名はどこにもございません」と申し立てました。大官がさちに「この秋内に銭を出したことがあるか」と問うと、さちは答えられませんでした。一銭も出したことがなかったのです。大官がさらに「妻と親を養っていたか」と問いました。証人として呼ばれた金造が「この者は私どもを養ったことなど1度もございません。それどころか、私の田を取引のためと申してカオを取った上で、所有そのものを奪いました」と証言しました。座敷の隅で膝をつくさちの背に、居並ぶ者たちの視線が突き刺さりました。全ての消門は金造の名で通されており、さちの言い分が成り立つ余地はどこにもなかったのです。自ら訴えを起こしたことで、かえって父を欺いた過去が大けの記録として刻まれてしまいました。
2つ目の敗北を悟ったさちは、もはや通す道が残されていないと知り、最後の手段に出ました。夜に山へ上がり、3人が丹精込めて育てた巣を次々と打ち壊そうとしたのです。しかし蜂の群れが一斉に飛び立ち、さちの顔と腕を容赦なく刺しました。悲鳴をあげながら転がるように山を下り、腫れ上がった顔で村に姿を表したさちに、「なぜ夜中に山へ行ったのか」と問う者がありましたが、さちは何も答えられませんでした。3人の巣の区域から降りてきたところを見ていた者がいたのです。3人の飽き内を妨げようとしたことが、これで誰の目にも明らかになりました。2度にわたる敗北によって、さちは村での居場所を完全に失い、頼れる者も信じてくれる者も、もはや1人もおりませんでした。
山の暮らしが軌道に乗ってなお、その頃のおかの胸には別の重みがありました。夫と暮らしていた頃、消門を突きつけられたあの日、一言言っていれば、金造がカオを記す前に1度でも引き止めていればと、帳簿の上で手を止めては考える夜がありました。金造がそれを察して、「自分はまだ若い。他の相手を見つけて初体を持っても構わぬ」といったこともありましたが、おかは首を横に振るだけでした。
ある日、岩に仕掛けて声もなく泣くおかの傍らに座った金造が、「自分もそうだ。時々この全部が重すぎる」と漏らし、「自分が息子を育て損ねたのだ」とつぶやきました。おかが「お父様の落ち度ではありません」と言っても、金造は俯いたまま答えませんでした。
数日後、山の下の村に金造の昔馴染みの老人が訪ねてきました。庭で語らううち、老人がふと「お前の弟が亡くなった時のあの赤子も、今はもう成人したろう」と漏らしたのです。金造の顔が曇り、話を変えました。老人は気にも止めずに聞き流しましたが、部屋の中でこの話を耳にしたおかは、しばらく体が動かせませんでした。「弟が亡くなった時のあの赤子、今はもう成人した」というその一言が、頭の中で幾度も繰り返されました。
おふじがさちの幼い頃を語りたがらなかったこと、金造が「あの子」とだけ呼んでいたこと。そして2人の中から出てきたあの守り袋のこと。1つ1つは些細に見えたものが、今ここで一本の糸のようにつながっていったのです。おかは誰にも問わず、1人でその糸を手繰り寄せておりました。
数日の後、おかは決意を固めて金造に「お父様、あの人はお父様の実子ではないのでしょう」と静かに尋ねました。金造は遠くの山を見据えたまま、しばらく何も言いませんでした。長い沈黙が流れました。山の下から風が吹き上がってきます。金造がようやく口を開きました。「弟夫婦の子であった。赤子の時に親をなくし、自分たちが引き取った。あの子が寂しさを感じぬようにと、自分たちの子を設けずに来たのだ」と打ち明けました。金造の声はわずかに震えておりました。長らく誰にも語らずに来たことを、初めて言葉にする重みがその震えの中にありました。
おかがしばらく言葉を失っていると、おふじも「私も来て、私が話しましたね」と、あの子が捨てられた子だと知れば崩れるかもしれぬと恐れて、言い出せなかったのだと涙を流しました。とめどなく溢れるおふじの涙は、息子を失った母の涙ではなく、長い年月たった1人で秘密を抱え続けてきた者の涙でした。誰にも打ち明けられず、夫にだけそっと寄りかかりながら生きてきたその重みが、今ようやく下ろされようとしておりました。
おかは金造の手を握り、「血もつながらぬこのために、ご自身のお子を諦めたお2人が、どうしてご自分を責めるのですか」と申しました。おふじがおかの手を握り返しながら、「実はもう1つ、誰にも言えなかったことがある」と申しました。「さちが幼いふりをして甘えてくるたび、この子は本当に自分の産んだ子だったらと願ってしまう自分がいた。それが後ろめたくてならなかったのだ」と。おかは「その願いこそが、お母様がさちさんを本当の心で育てた証ではありませんか」と答えました。
金造とおふじは、幾晩も話し合った末、さちに真実を告げることに決めました。金造がおふじに「終わりまで隠せば、あの子は永久に真実を知らぬままだ」と言うと、おふじは長く迷った末に頷きました。
おかが里にいるさちを訪ね、「父上が山に来てほしいとおっしゃっています」と伝えました。さちは身構えて「何のことだ」と尋ねました。しかしおかの顔つきがいつもと違い、子でも爪夜でもなかったので、そのままついてきました。
3人が初めて夜を過ごしたあの岩の前で、あの日と同じように風が吹き抜けておりました。ここに来た日、何もかもを失った3人が身を寄せ合ったあの夜と、今この場に立つ3人とでは、何もかもが変わっておりましたが、この岩だけは変わらずそこにありました。
金造は静かに口を開きました。「お前は私の実の子ではない。私の弟とその妻の子であった。お前が生まれて間もなく、親が事故で亡くなり、私たちがお前を育てた。お前が傷つかぬようにと、私たちは自分たちの子を設けずに来たのだ」と。
さちが「嘘だ」と後ずさりました。しかし金造の顔に偽りは見えませんでした。さちの頭の中で、記憶が切ったように溢れ出しました。幼い頃熱を出した夜に母が一晩手を握っていてくれたこと。父が仕事を休んで1日中看病してくれたこと。金を借りに行った日、父が消門もなく金を渡してくれたこと。田畑の消門に判を求めた日、父の手がわずかに震えていたのに、自分はそれを見ないふりをしたこと。「出ていけ」と吐き捨てたあの日、母が声を殺して泣いていたこと。箱を打ち壊し、暗がりからロウソを盗もうとした夜、闇の中に立っていた父の両手が空だったこと。その全てが、血のつながらぬ我が子のために自分たちの子を設けることさえ諦めた人々に、自分が返してきたものだったのです。
さちの膝から力が抜け、そのまま地に手をつきました。増えた冬、3人がワン王を押し合っていたあの夜のことをさちは知るよしもありませんでしたが、それでも今、自分がそのぬくもりの外側にいたことだけは、痛いほどに分かりました。追い出されながらも笑って見せたおかの顔が、なぜあの日笑っていられたのか、さちはようやく悟りました。あれは勝ち誇った笑ではなく、この人たちを守るのだという覚悟の笑だったのです。
おふじが歩み寄り、「あなたが悪いことをしても、最後まで憎みきれなかったのは、血ではなく心で私の子であったからです」と申しました。さちが金造とおふじの前にひれ伏して泣くと、金造は見下ろしながら「泣くな。泣く資格は、行いで示した後に生まれるものだ」と告げました。それは突き放す言葉のようでいて、まだ道は残されているという金造なりの許しでもありました。さちは頭を下げ、何度も詫びの言葉を口にしながら、山を降りて行きました。
離れた場所からこの場面を見ていたおかは、「あの人はまた同じことをするだろう。それでも金造とおふじは、あの人を完全には見捨てられぬだろう」と悟りました。
翌日、おかが金造に「お父様、私もお父様の娘です。血は繋がっておりませんが」と申すと、金造はおかの顔を長く見つめました。嫁ではなく娘だと言われたその一言が、金造の胸に深く突き刺さりました。生涯、さちにかけてやれなかった信頼を、血のつながらぬこの嫁には、お惜しみなく注げていたことに、金造は今更ながら気づいたのです。金造がゆっくりと「そうだ。お前は私の娘だ」と答えました。おふじがおかの手を握り、「お前を嫁に迎えたことは、私の生涯で1番うまくいったことだ」と言うと、おかも強く握り返しました。おふじが続けて「私の老ソ作りの秘訣を全部覚えているか」と尋ねると、おかは「私の母上ですもの」と答え、3人の間に初めて屈託のない笑い声が広がりました。
8月15日、3人が縁側で月見団子を作りました。おふじが団子の粉をこねながら、さちが去ってからというもの、家の中に漂う空気が変わったことを口にしました。悲しみがなくなったわけではない。それでも隠し事のない静けさというものがあるのだと。おかが黙って頷きながら団子を丸めていく と、金造が団子を一口かじり、「山で初めて月見をした年は米がなく、こ芋で作った。あの味気ない団子の方がずっとうまかった」と言いました。おふじとおかが笑いました。あの年の冬、蜜を押し合った夜のことを、3人ともが思い出しておりました。何もかもが乏しく、明日の飯すら見えなかったあの頃と、今この縁側に座っている3人とを比べると、遠い道のりを歩いてきたものだと、金造はしみじみ思うのでした。おふじが「あの頃は辛くて仕方なかったはずなのに、なぜか今、あの日々の方が愛おしく思える」とつぶやくと、おかも深く頷きました。何もなかったからこそ、互いに与え合った。何もかもが揃った今よりも、あの頃の方が3人の間にあったものは確かだったのかもしれません。月が山の稜線にかかり、3人の影を縁側に長く伸ばしておりました。
ある日、遠くから来た行商人が、1人暮らす男から届けられたという蜜壺を、おかに手渡しました。「ある里で蜜を売って暮らしている男が、父上母上にと言って託したものだ」というのです。開けてみると、蜜は荒くに凝っており、道具もなくてから越したことが一目で分かりました。おかの目から涙がこぼれ、「これはさちが自分で作ったものだ」と申しました。金造は壺を長く見つめ、「まだまだだ。まだ足りぬ」と申しました。しかしそう言いながらも、その口ぶりには、ロソ作りを1から教えている師匠のようなどこか懐かしい響きがありました。金造は壺を捨てず、棚の上にそっと置いたのでした。
その夜、3人が縁側に座り、ロソに火を灯しました。おふじの手が仕上げた老速、金造が見つけた巣から取れた蜜ろう。おかが寄った真、3人それぞれの手が集まって1つになった明かりが、煙もなく均一に燃え上がりました。それぞれの手が別々に働いていた頃には決して出せなかった明るさが、そこにはありました。金造が「生涯、この山でこれほど明るい明かりを灯したことはない」と申しました。頃種線を貯めるためだけに山を歩いていたあの日々には、想像もつかなかった明かりでした。
おかが古びた袋を取り出し、「山へ行く時、持っていたのはこれだけでした」と見せると、金造は中に残るわずかな銭を見つめ、「これだけを持ってきたのか」とつぶやきました。あの日、着物の裾に縫い込んで隠したこの袋1つを頼りに、右も左も分からぬ山へ踏み込んでいった嫁の胆力に、金造は今更ながら思い知らされる心地でした。おかが「お父様の山の知恵と、お母様の手先の器用さがあったから足りたのです」と答えると、金造は巣の前に1人立ち、この蜂たちは自分より長く生きるであろう、嫁が継いでいくであろうと思うのでした。血を分けた者に継がせられなかったものを、血を分けぬ者が継いでいく。それもまた悪くない巡り合わせなのだと、金造は静かに受け入れておりました。
夜、おかは金造とおふじの部屋にロソを1つ灯し、そっと置きました。さちの送ってきた煮た蜜壺の傍らに、小さなロウソを1つ並べておきました。「まだ濁っている。まだ足りぬ」という金造の言葉が思い出されましたが、壺は今も棚の上にありました。捨てられずにいるその壺こそ、金造とおふじの中にまだ消えぬ何かが残っている証でした。血のつながりを断とうとしても、断ち切れぬものが人の心にはあるのでしょう。おかは棚の壺と灯るロウソとを見比べながら、この家には2つのものが同時にあって良いのだと思いました。憎しみきれぬ情と、2度と譲らぬ覚悟と。おかが山の方角を眺めながら、金造の教えてくれた山の知恵、おふじの指をひび割れさせて作ったロウソ、自分の描いた取引先の帳面を思い、その口元に笑みが浮かびました。初めて家を出る日、さちを振り返って見せたあの笑みと同じ場所に、同じ形で。血が繋がっていなくとも、最後まで傍らに残ったものこそが家族なのでした。
山の風がる路の炎をわずかに揺らし、そしてまた静かに戻っていきました。血が繋がっていなくとも、迷いながらも選び続けた者たちだけが、家族と呼ばれるにふさわしいのかもしれません。



