私は裕子、42歳。ショッピングセンターで販売員をしている。夫の達也とは高校の同級生で、卒業後はそれぞれ都会で進学したが、結局地元に戻って再会し、結婚した。今住んでいるのは達也の生まれ育った田舎町で、彼の実家も近い。隣町の実家とは違い、ここは農家が多く、しがらみが半端ない。何かあれば翌日には町中に知れ渡る。近所付き合いも深いが、慣れれば大したことはない。本当に耐えられないのは、毎週日曜日の義実家訪問だ。達也の実家には義父と義姉が住んでいて、世間体のために毎週必ず顔を出しているが、苦痛でしかない。
最初から、姑の態度は信じられないものだった。結婚の挨拶に行った日のこと。義父と義姉は普通に迎えてくれたが、姑は挨拶もせず、目も合わせようとしなかった。私にとって姑は空気のような存在で、家族の人数にも入れてもらえない。それは初対面の日から一貫していた。
「お手伝いしましょうか?」
部屋に通されて間もなく昼食の準備が始まったので声をかけたが、見事に無視された。和室の座卓に天ぷらや煮物の大皿が並び、さらに出前のお寿司とお吸い物が4人分置かれたところで、姑が席に着いた。
「いただきましょうか。」
なんと、私の前だけ何もない。お寿司もお吸い物も、お箸すらなかった。義父が姑に尋ねても、姑は「知らない」と言う。
「変ね。足りないなんて。ちゃんと人数を伝えたのに。」
義父がさらに強く注意すると、姑は嫌そうにお箸と取り皿を持ってきた。義父が自分のお寿司を食べるように勧めてくれたが、私は「お腹が減っていないから」と断った。そのまま食事が始まったが、私はほとんど手をつけられなかった。達也も何も言わない。一家は何事もなかったかのように飲み食いを続けていた。異様な光景に、言葉もなかった。
当然、その後達也との間で一悶着あった。帰りに達也が私の実家まで車で送ってくれたが、あまりにも情けなくて、なかなか言いたいことが言えなかった。結婚前から、しかも初対面でいきなり嫁いびりされたのはショックだし、悔しい。しかしそれ以上に、達也が私を守ろうともしなかったことが情けなくてたまらなかった。この男は結婚相手としてふさわしくないのではないか。どうして結婚を決める前に気づく機会がなかったのだろう。いや、今ならまだ引き返せる。
一言も発しない私を見て、さすがにまずいと思ったのか、達也が謝った。
「ごめんな、裕子。お母さんはきつい人だから、逆らうと切れるし。どうしようもないんだよ。でも悪気があるわけじゃないから。だからうまくやっていってくれ。」
私は車を止めさせて、言葉を絞り出した。
「あれが初対面の客に対する態度なのか。私に対してだけだと言うなら、そこまで嫌われている相手と仲良くする自信は私にはない。そもそも達也は姑の嫌がらせに気づいていなかったのか。私にだけ料理も食器もお茶も出そうとしなかった。義父も注意していた。あれを気づかないなんて信じられない無能さだ。気づいていて何もしなかったなら、思いやりのかけらもなくてゾっとする。結婚は無理なんじゃないかな。」
「そんな…ごめん、裕子。これからは気をつけるから、思い直してくれ。」
達也は何度も謝罪し、懇願していたが、その日は返事を保留にし、しばらく連絡を控えた。その後、達也から着信が何度もあったが、無視しているとメールがたくさん来るようになった。内容はこうだ。自分が悪かった。これから気を配れるようになる。姑と会う時は必ず自分も同席し、裕子を守るから。義父と一緒に姑の態度を少しずつでも改めさせる。裕子も仕事をしているし、実家にはなるべく行かなくて済むようにする。愛しているとか、俺には裕子しかいないといった甘い言葉も並んでいた。
「しばらく立つと落ち着いて考えられるだろうから、それまでそっとしておいてほしい。」
それだけ返信して、数日は達也からのメールを読むのもやめた。そしてじっくり考えてみる。達也は食いしん坊で、美味しいものに目がない。お寿司は一人前ずつ盛られていたから、自分の前しか見ていなかったのかもしれない。早く食べたくて、周りの言動も気にならなかったかもしれない。元々細かいことに気がつくタイプではないから、深刻に思わなかったのだろう。達也は非を認めて謝罪し、これから努力すると約束もした。姑は悪の塊だが、達也には悪気がないようだ。一度は許すべきなのかも。
今にして思えば、このチャンスを逃したら次はいつ結婚できるかわからないという思考もあったのではないか。田舎はやはり出会いが少ない。周りの結婚も早いから、友人の紹介も期待できないし、新しい出会いがあるわけでもない。達也だけではなく、私も無意識のうちに結婚にこだわってしまったと思う。まだこの頃は達也への愛情もあった。こうして私は引き返す最後のチャンスを逃し、不幸な結婚生活へと突き進んでしまったのだ。
結婚生活は予想通りの展開だった。呆きれて笑ってしまうほどだ。姑の嫌みは新居に入る前から始まる。引っ越しの日を知らせるのが遅いとか、挨拶回りが遅いとか。姑は私の存在を徹底的に無視する一方で、私に対する嫌味もどんどん言う。決まり文句は「本当に役に立たない嫁ね」だ。私に向かってぶつけられる言葉だから、誰も反応せず、姑だけが私の悪口を言い続ける。達也は姑には何も言えず、全く頼りにならない。本当に奇妙だと思う。どうかしてるよ、あんたたち。
私も最初は戸惑った。引っ越しそばが必要な地域だということを教えなかったくせに、「そばの用意もしていないのか」と怒る。慌てて用意したそばにも、当然ケチをつけた。義姉の一家が来ていたので皆で外食をしたが、その店でも嫌がらせをする。
「何名様ですか?」
「7人です。」
「えっと、お子様お1人と大人の方が7人ですね。」
外でもやるのかと思い、店員さんの手前恥ずかしくてしょうがなかった。これからも外食の際、姑は私を抜いた人数を言うので、自分で言い直すようにしている。呆れることに、こちらが招待した食事会でも私を人数に入れないので、私も黙っているのはやめた。
「何名様でしょうか?」
「4人です。」
「いえ、5人です。」
男たちは3人とも無言でいる。私は孤立しているんだな。
それでも結婚3年を迎えた頃、義弟が結婚することになった。私は販売員なので平日の休みは少ない。そのため、姑の病院の送迎ができず、役立たずと知られている。それならと、私も仕事を理由に極力姑との接触を避けていた。顔を見るのは週に1回程度、短時間にすることが多い。
ある週末、仕事を終えて帰宅すると、達也が「実家に行こうという話があるから来るように」と姑から連絡があったそうだ。これから行くと達也が伝えたのに、出迎えた姑は不機嫌だった。
「これから夕飯なのよ。仕事だかなんだか知らないけど、非常識な嫁で困るわね。」
「お話を聞いたらすぐに帰りますから。」
「いいわね。おかず何?」
「とんかつよ。」
「食べていったらまたこれだ。」
そんなことだろうと思い、私はサンドイッチと飲み物を自前で持参している。達也や一家が食事をしているテーブルで、私は遠慮なくサンドイッチを食べながらSNSをチェックした。姑が今にも爆発しそうにこっちを見てくるが、睨みつけてやると目をそらす。
義弟の結婚について分かったのは次のような内容だ。義弟には何年も付き合った彼女がいたが、結婚相手は別の女性であること。お腹にはすでに新しい命が宿っていること。彼女の希望でドレスを何着か着るために、お腹が目立つ前に結婚式をあげること。両家の希望で盛大な式にしたいこと。
え、40歳にもなって何やってるの?浮気した末に出来て。それで盛大な式って正気なの?ここは田舎なんだよ。義弟の元彼女もそう遠くないところに住んでいるし。2人が長く交際していたことは集落中が知っている。元彼女は35歳くらいだ。結婚するものと見られていた彼氏に浮気されて、さらに捨てられるなんて、どれほど恥ずかしい思いをしているだろう。盛大な式となると、元彼女の知り合いも多く呼ばれるはずだ。その人たちに祝ってもらえるとでも思っているのか。そんな結婚式で親族席に座らされるなんて嫌だな。
結婚式当日、喜んでいるのは新郎新婦を含む達也一家だけだったと思う。特に張り切った姑は、出席者とお色直しの多い披露宴に5万円だった。ついでに、私たちの結婚式を馬鹿にするのも忘れない。新婦のご家族は恥ずかしそうな顔で目立たないように過ごしていた。というのも、新郎は義弟の会社の後輩なので、2人の上司や同僚が多く出席している。そこで略奪愛の挙句に出来婚をした新郎の親族席に座らないといけないからだ。田舎の閉鎖的な集落で、それがどれほど屈辱的なことか、私より苦行だったかもしれない。
披露宴そのものもひどかった。長々としたスピーチ。下品な余興。つまらない身内話。ランクが低くて寂しい料理。挙式と披露宴を耐え抜き、やっと帰れるとほっとしたのも束の間。姑が「皆とゆっくり話したい」という。
「ロビーの喫茶室に行きましょうよ。」
ホテルのロビーにある喫茶室は賑わっていた。義弟の結婚式の出席者以外も当然多いが、ほとんどが同一か近隣の集落の住人とその縁者だ。そこが都会とは異なる。
「何名様でしょうか?」
「8人です。」
義父母、新郎新婦のご両親、義姉一家、私たち夫婦の合計9人だ。私はもう疲れて面倒になったので、いつものように言い直さないことにした。
「ああ、じゃあ私は1人です。」
8人では当然待たされる。私1人が席に案内された。
「ではお先に、お1人様こちらへどうぞ。」
「はい。」
と歩き出した途端、ビリという音がして着物の袖がちぎれ、私は後ろに倒れた。何が起こったのかすぐには理解できずにいると、姑が私に馬乗りになって何度か手を振り下ろしてきた。
「このバカ嫁が、どこまで恥をかかせる気なのよ。」
慌てて我に帰り、姑を払い落として立ち上がった。店員さんを含め周囲が抑えつけているのに、まだ私に突っかかろうとしている。結果、姑は暴行の現行犯で連行されていった。ホテルのスタッフが通報してくれたようだ。呆然としている私をロビーのソファーに座らせて、解放してくれる。
「お座りをどうぞ。」
「ありがとうございます。」
その後、私たち夫婦は離婚した。あの日も達也はぼんやり立っていただけだからだ。これではだめだ。自分の身は自分で守らないと。弁護士に依頼して、暴行事件で刑事訴訟しない代わりに多めの示談金を出させた。姑に破られた着物はレンタルだったので、その弁償もさらに達也からも少しではあるが慰謝料を受け取って、離婚することができた。
噂では、義弟夫婦も間もなく離婚するそうだ。姑による暴行事件を間の当たりにした義弟嫁のご両親はすっかり恐れをなし、義弟との別れを進めたらしい。田舎で結婚直後に離婚するなどとんでもない恥だ。それでも離婚を進めざるを得ないほど身の危険を感じたのだろう。義弟夫婦は同居することがないまま離婚協議中。これも噂だが、義弟嫁にはすでに交際相手がおり、どうも元彼であるらしい。別居中に生まれた赤ちゃんはその元彼に似ているとか。あくまで噂だから分からないが。
姑はと言うと、人目を避けて引きこもっているらしい。姑には罰はつかなかったが、田舎では当然罰も犯罪者扱いされる。兄弟共に無残な離婚をしたことで、一家は集落の笑い物となり、親戚も激怒しているそうだ。
私は実家の近くに部屋を借りて移り住み、以前と同じ店で働き続けている。年老いた両親と支え合いながら平和に暮らせて幸せだ。



