家に帰ってきて、ももこからハートのラッピングがされた箱を渡された瞬間、頭が真っ白になった。バレンタインのチョコだとすぐに分かったけど、まさか私に渡されるとは思っていなかった。だって、ももこは最近ずっとキッチンで何かを作っていて、みなちゃんが「お姉ちゃんは好きな人にチョコをあげるんだ」と言っていたから、私はてっきり誰か他の人に渡すのだと思っていた。なのに、箱には私の名前も書かれていない。ももこ…

家に帰ってきて、ももこからハートのラッピングがされた箱を渡された瞬間、頭が真っ白になった。バレンタインのチョコだとすぐに分かったけど、まさか私に渡されるとは思っていなかった。だって、ももこは最近ずっとキッチンで何かを作っていて、みなちゃんが「お姉ちゃんは好きな人にチョコをあげるんだ」と言っていたから、私はてっきり誰か他の人に渡すのだと思っていた。なのに、箱には私の名前も書かれていない。ももこ...

手元のチョコの箱を見ながら、俺は頭が真っ白になっていた。たった今、ももこに手渡されたそれは、ハートのラッピングが施された、いかにもバレンタインのチョコレートといった箱だ。

え、じゃあ、このチョコは。

そうだよ。たっちゃんにあげようと思って、ずっと練習してたの。

だって、みなちゃんが、ももこは好きな人にチョコをあげるんだって言うから。

もう、鈍いなあ。

ももこは完全にすねて、横を向いてしまった。つまり、ももこの好きな人というのは、この俺ということか。俺は内心パニックになって、何と言っていいのか分からなかった。

あなた以外に、あげたい人なんていないよ。

俺の名前は篠原達典。大学を卒業する頃に両親を事故で失い、今は一人暮らしだ。家族が住んでいた実家にそのまま住むのは寂しくて、犬を飼うことにした。それが柴犬のきな子だ。

きな子がうちに来てから、もう七年になる。子犬の頃はやんちゃで世話が大変だったが、今はすっかり落ち着いた、賢い家族へと成長した。俺の生活の癒しは、きな子だけだ。

大学を卒業して就職してからも、俺はこの実家に住み続けている。この家を売って小さな部屋に移ることもできたが、父さんや母さんとの思い出が詰まったこの家を手放す気にはなれなかった。

夕方になると、きな子は散歩の時間だと分かっているのか、リードを俺のところまで持ってくる。

よし、散歩に行くか。俺の遊び相手はお前だけだな。

俺たちは毎日、川沿いを一時間ほど散歩していた。きな子はもう七歳。人間の年齢で言うと、もう五十近いらしい。確かに、子犬の頃よりは歩くスピードも落ちてきた気がする。

きな子、長生きしてくれよ。お前までいなくなったら、寂しいからな。

そんな独り言を、きな子が聞いているのかいないのか。家に戻って夕飯の準備でもしようかと冷蔵庫を漁っていると、スマホの着信音が鳴り響いた。

誰だろう。見ると、知らない番号からの電話だった。

もしもし。どちら様ですか。

おお、達典。元気か。

向こうは名乗らなかったが、聞いたことのある声だった。

あ、おじさん。久しぶりです。

亡くなった父には、年の離れた兄がいた。両親が亡くなった時、いろいろな手続きで世話になった人だ。

お前、ちゃんと暮らしてるのか。

はい。まあ、なんとか。おじさんも元気ですか。

すっかり年を取っちまって、ヒーヒー言いながらなんとか暮らしてるよ。

おじさんは笑いながら言った。ところが、急に声のトーンが下がった。

ところでなあ、急なんだが、お前に頼みがあるんだ。

何ですか。

おじさんが俺に頼み事をするなんて、初めてのことだった。

お前、親戚のももこちゃんたちを覚えてるか。

ももこ。確かに、名前は聞いたことがある。うちの両親は兄弟も多く、親戚は名前が覚えられないほどいる。だが、集まりも頻繁ではなかったから、深い付き合いのある人はいなかった。

うん。なんとなく。

下に、ちっちゃい妹もいなかったか。

そうだ。みな、まだ小学生だよ。その二人の親が、最近亡くなったそうなんだよ。二人とも、施設に入るそうなんだがな。

施設。そうなんだ。

俺は自分と同じ境遇の二人に、一瞬で同情心が湧いた。

お前、暮らしに余裕はないか。

え。

叔父の質問は唐突で、意味が掴めなかった。

つまり、二人を引き取れないかという話だ。上の子はもう高校生だし、手がかからないだろう。下の子もしっかりしているよ。両親の保険金もあるようだから、学費とかはそれで賄ってもらえれば。

ちょ、ちょっと待ってよ。おじさん、俺がその二人を育てるってことですか。

無理ならいいんだよ。ただ、あの子たちがかわいそうでね。同じような経験をしたお前なら、気持ちを分かってあげられるんじゃないかと思ってな。俺もできれば引き取りたいが、何せもう年を取ったし、今は年金暮らしで生活に余裕がない。他の親戚にも聞いてみたんだが、まだ幼い子がいたり、俺のように年を取った者ばかりで、みんなダメだったんだよ。

おじさんは電話口でため息をついた。

でも、俺、あの子たちとほとんど話したこともないしな。高校生と小学生の女の子なんて、どうやって接したらいいか。

お前は知らないかもしれないが、お前の両親はあの二人をかわいがっていたんだ。あの二人にとって、お前はその両親の息子だと言えば、きっとお前のところに行きたいと言うと思うぞ。

そうなんだ。知らなかったよ。

俺は、自分が両親を亡くした時のことを思い出していた。もう大学生だったけれど、突然家族を失った時の悲しみは、例えようのないものだった。俺にはこの家が残っていたが、そういう問題ではなかった。もうすぐ一人暮らしをするというタイミングではあったが、急に一人になった俺は、立ち直るのにずいぶん時間がかかった。

しかし、そうは言っても、これはとんでもなく責任の重い話だ。自分でもどうしたらいいか分からないが、このまま断っては、その二人を見捨てるようで心が痛んだ。

分かりましたよ、おじさん。

俺はそばに寄ってきたきな子を撫でながら答えた。きな子も、背中を押してくれているのだろう。

そうか。ありがとう。

おじさんだって、こんなことを頼むのは勇気が要っただろう。俺は電話を終えて、子供たちを迎える準備を始めた。

よし、きな子。買い物に行くぞ。

女の子に必要なものなんて、俺にはよく分からなかった。インテリアショップに行って店員さんに勧めてもらったものを買い、二人が喜んでくれるような部屋にしようと、必死に模様替えをした。家具の組み立ては得意ではないし、初めてのことだからかなり時間がかかった。それでも、両親を失って悲しんでいる二人に、少しでも安心して暮らしてほしいという思いで頑張った。

そして、週末の午前中、二人がうちにやってきた。

こんにちは。木下ももこです。こっちは妹のみなです。

ももこはきりっとした表情で挨拶をした。緊張しているのが伝わってきて、俺はできるだけ笑顔を心がけた。

いらっしゃい。まあ、うちはこんな家だから、気楽に過ごしてよ。よろしくね、みなちゃん。

ももこの後ろに隠れているみなちゃんは、人見知りをしているようだ。俺はわざとみなちゃんに近づいて挨拶をした。

こんにちは。

みなちゃんは、俺を恐る恐る見ながら、小さな声でそう言った。小学生のみなちゃんはランドセルを背負っており、ももこは大きなスーツケースと紙袋を手に持っていた。

ほら、中に入って。

俺はももこの手から荷物を受け取って、部屋に運んだ。その時、ワンと、きな子が鳴いた。

あ、ごめん。きな子の紹介を忘れてたな。うちの犬のきな子だ。この子も女の子だから、仲良くしてやって。

可愛い。

小さくなっていたみなちゃんが、ぱっときな子に近づいて、体を撫でた。

みなちゃん、良かったね。ワンちゃん大好きだもんね。

うん。嬉しい。きな子、おいで。

きな子がいて、本当に助かったと俺は思った。俺が二人を部屋へ案内すると、二人の顔はぱっと明るくなった。

わあ、可愛いお部屋。ありがとうございます。

女の子の好きそうなものとか分からなかったけど、大丈夫かな。

すごくセンスがいいんですね。

うん。お姉ちゃん、見て。星のカーテン。

女の子が好きそうな部屋を研究してから、インテリアを揃えて良かった。

すごい机もあるよ。勉強もできるね。

お姉ちゃん、荷物を下ろしたら下に来て。お腹空いたでしょ。何か食べよう。

俺はそう言って、階段を降りた。キッチンで焼きそばを作っていると、ももこがやってきた。

あの、何かお手伝いしますか。

大丈夫だよ。座ってて。

私、少し料理ができるので、明日からはご飯を作りますね。

え、作れるの。すごいね。じゃあ、たまにはお願いしようかな。

そうして、俺たちの初めての食事ができた。俺が一人でよく作る、特製焼きそばだ。

三人前ってどれくらいか分からなくて、作りすぎちゃったよ。いっぱい食べて。

いただきます。

美味しそう。いただきます。

男の料理だから、野菜も肉もごろごろと大きい。でも、二人は焼きそばを頬張って笑ってくれた。

うん。美味しい。

良かった。あ、俺のことは、どう呼んでくれてもいいよ。たつでも、たっちゃんでも、おじちゃんでも。

ももこが笑うと、みなちゃんが言った。

じゃあ、たっちゃんって呼ぶ。私のことは、みなちゃんでいいよ。

オッケー。じゃあ、みなちゃん。ももこでいいか。

はい。

俺たちのぎこちない初日は、そんな風に過ぎていった。二人とも最初は緊張していて遠慮がちだったが、一週間、一ヶ月と過ぎる頃には、三人と一匹の生活にずいぶん慣れてきた。

ももこは料理ができると言っていたが、まだ高校生だし、正直そこまで期待はしていなかった。しかし、その腕前は明らかに俺よりも上だった。朝早く起きて、ももこは俺と自分の弁当を作る。バイトがない日は早く帰ってきて、夕飯も用意しておいてくれるのだ。ぶっちゃけ、俺なんかがいなくても、二人で生活できたのではないかと思うほど、生活力があった。

休みの日には、三人で出かけることも増えた。と言っても、きな子がいるので、広い公園か川沿いを散歩するくらいなのだが、みなちゃんはそれでもとても喜んでくれて、きな子と一緒にはしゃぎ回っていた。

両親を失って、悲しみや寂しさを抱えているはずなのに、二人は俺に弱音を吐かなかった。俺のところに来て、迷惑をかけられないと思っているのかもしれない。きな子と遊ぶみなちゃんを見て、ももこはなぜか悲しそうな顔をしていることが多かった。悲しいというか、心配しているのだろう。

どうしたの、ももこ。

え、あ、みなちゃん、大丈夫かなって。パパとママが亡くなってから、あの子、ちゃんと泣いてない気がするの。明るくしてるけど、本当は甘えん坊な子だから、寂しさを隠してるんじゃないかなって。

そっか。俺も、まだみなちゃんが泣いてるところを見たことないかも。でも、絶対寂しいよね。まだ小学生だもん。

寝る前に私が聞いてみても、全然平気って言うの。私にも言いにくいのかな。

ももこはとても心配そうに言った。俺はももこの不安も拭ってあげたかったし、確かに甘えないみなちゃんのことが不安になってきた。

よし、俺が今度、それとなく聞いてみるよ。任せて。ももこは、そんなに心配しなくていいよ。

うん。ありがとう、たっちゃん。

ももこの涙を拭いてやりたかったが、それは余計なお世話だと思ってやめておいた。ももこは親戚の子で、俺は保護者なわけだから、それ以上の気持ちなんてないし、持ってはいけない。でも、たまにどうしようもなく、ももこが可愛く見える時があった。そんな時は、これはきっと家族としての愛情だと思うことにしていた。

そんな日から数日後、俺が仕事から帰ってくると、ももこはバイトで、みなちゃんだけがきな子と家で待っている時があった。

ただいま。

お帰り。

みなちゃんはきな子を抱きかかえながらテレビを見ていたが、どこか後ろ姿に哀愁があった。

みなちゃん、なんか元気ないね。ももこに言えない悩みとかある。

俺は思い切って、そう話を切り出した。みなちゃんは下を向いたが、すぐに笑顔になって言った。

え、何にもないよ。学校も楽しいし、お家にはきな子もいるし。

みなちゃんはそう言って、きな子を撫でた。

うん。でも、やっぱりさ、みなちゃんはまだ小さいし、お父さんとお母さんがいなくなっちゃったんだから、もっと甘えてもいいんだよ。

俺がそう言うと、みなちゃんは次第に目を潤ませた。

でも、お姉ちゃんだって悲しいのに。私が泣いたら、お姉ちゃんももっと悲しくなっちゃうでしょ。たっちゃんも、困っちゃうでしょ。

みなちゃんは、やっぱり俺やももこに遠慮して、泣くのを我慢していたらしい。

そんなの、いいんだよ。みなちゃん、悲しかったら、いっぱい泣いていいんだよ。俺も困らないし。ももこだって、本当の気持ちを言ってくれた方が安心するよ。

そうなの。

俺は、小さい胸にいっぱいの悲しみを抱えて苦しんでいたみなちゃんを、ぎゅっと抱きしめた。すると、みなちゃんは、わあんと声を出して泣き始めた。やはり、この子は泣くのを我慢していたのだ。

みなちゃん、そうやって、いつでも泣いていいんだよ。みなちゃんが考えてることも、ももこや俺にちゃんと話してね。

うん。分かった。お姉ちゃんにも言うね。

やっと泣きやんだみなちゃんは、涙を拭きながら立ち上がった。

泣いたら、眠くなっちゃった。

そっか。ゆっくり休んで。明日も学校だからね。おやすみ。

俺はみなちゃんの頭を撫でて、そう言った。みなちゃんが部屋に戻った後、ももこが俺のところにやってきた。

たっちゃん、ありがとう。みなちゃんと話してくれたんだね。

あ、みなちゃんが言ってたのか。

うん。私の前でも、また泣いちゃったから、明日は目が腫れてるかも。

ももこは切なそうに言ったが、その顔は安心に包まれているようだった。

あのさ、ももこ。みなちゃんももちろんそうなんだけど、ももこだってまだ高校生だよ。家族がいなくなったら、誰だってすごく悲しいんだ。受け止めるのには時間がかかるし、相当心も疲れるんだよ。だから、ももこも、お姉ちゃんだからって我慢しちゃだめだよ。

ももこは俺を見て、歯を食いしばっている。これは、ももこも相当我慢していたな。俺は直感でそう思った。

うん。そうだよね。私、パパとママが死んじゃった時に、みなちゃんと二人でなんとか生きていかなきゃって思って、励ますつもりで何度も何度も、頑張ろうねって言っちゃったの。それで、みなちゃんは泣かないで頑張らなきゃって思ったんだと思う。泣いたら私を困らせるって思ってたのね。

うん。そう言ってた。みなちゃんなりに、気を使ってたんだね。俺だって、両親を亡くした時は、もう大学生だったけれど、一人だったから、とんでもなく泣いたな。

そうだったんだね。

俺は、両親が亡くなったと連絡があった日を思い出していた。うちの両親は二人とも仲が良くて、しょっちゅう二人で出かけていた。その日も二人でドライブに行っていたのだが、帰り道に交通事故に巻き込まれたのだ。二人が笑顔で「行ってきます」と言ったのが、最後の会話になってしまった。まさかそれが最後になるなんて、夢にも思っていなくて、そっけなく「行ってらっしゃい」と返したのを後悔した。母は料理が上手だったし、父は俺と一緒にやっと酒が飲めるようになったと喜んでいたのに。急に二人がいなくなって、言いようもない孤独に襲われた日々。

でも、そんな時、俺の元にやってきてくれたのが、きな子だった。きな子が来てくれなかったら、俺はいつまでも家の中で塞ぎ込んでいたかもしれない。きな子は俺の話を聞いてくれたし、心を癒してくれた。そばで支えてくれる家族がいるだけで、俺は少しずつ生きていく力が湧いてくるような気がした。だから、二人のことも、俺ときな子が支えになってあげたい。急がなくても、少しずつ、ゆっくり立ち直っていけばいいのだ。

俺たちは、前よりももっと心を開いて話ができるようになった。誰かが辛い時は、三人で一緒にどこかへ出かけたり、おしゃべりしたり、だらだらと過ごす時間を取ることで、お互いに癒されていった。

そんな風にして仲良く暮らし、あっという間に三年の月日が経っていた。きな子はすっかり老けたが、みなちゃんやももこと散歩に行く時は、まだまだ走ったりもできる。みなちゃんは小学五年生になり、最近とてもおませになった。俺が「みなちゃん」と呼ぶのも、少し鬱陶しそうにしている。娘に疎まれる父親とは、こういう気持ちなのだと知った。でも、俺は懲りずに”みなちゃん”と呼び続けた。みなちゃんのことは、本当の娘のように思っているからだ。

ももこは高校を卒業した後、専門学校に通い始めた。将来はパティシエとして働きたいらしく、毎日頑張って通っている。ももこはまた大人っぽくなり、どんどん綺麗になるので、俺はそんなももこに変な虫がつかないかが、最近の一番の心配だ。

休日にももこが家でお菓子作りを練習することがある。俺が試食係を買って出るのだが、ある時、試食は大丈夫だと断られた。

え、なんで。

いいから、たっちゃんは向こうへ行ってて。

キッチンへ行くとももこにそう言って追い出されること、数回。俺はももこが何かこそこそ作っているのが、気になって仕方なかった。

ねえ、みなちゃん。ももこって、最近何を作ってるの。

ああ、あれ。お姉ちゃん、好きな人にチョコレートあげるって、何度も練習してるのよ。

カレンダーを見ると、今月はバレンタインデーがあった。

す、好きな人。ももこに、そんな人がいるのか。

え、たっちゃんには言わないんじゃない。私だって言わないもん。

みなちゃん、そんなのダメだよ。ちゃんと好きな人ができたら、俺に報告するんだよ。

やだよ。もう、パパみたいなこと言わないでよね。

みなちゃんはそう言って、友達と出かけてしまった。それより、俺はももこのチョコ作りが気になって仕方なかった。もしや、もう付き合っているとか。いやいや、そんなことは許さん。ももこがその好きな人とやらにチョコレートを渡す場面を想像し、俺は感じたことのないモヤモヤした感情が湧いていた。

バレンタインデーまでの数日、俺はそわそわとした日々を過ごした。ももこにしてみたら、保護者の俺に根掘り葉掘り聞かれるのは、きっと鬱陶しいだろう。俺は詳細を聞くこともできず、バレンタイン当日を迎えた。

ただいま。

おお、帰り。

バイトから帰ってきたももこは、特に誰かと会った様子もなく、いつも通りの時間に家に帰ってきた。バイト先の誰かだろうか。俺は誰にチョコレートを渡したのか気になったが、ももこに聞けずにいた。

その日も三人でいつものように夕食を食べ、みなちゃんが寝た後は、ももこと一緒にテレビを見ていた。ちらちらとももこの様子を見ても、特段いつもと変わらない。もしかして、チョコレートを渡したけれど、振られてしまったのだろうか。俺はあらぬ想像をぐるぐると巡らせていた。

ぱちっとテレビを消したかと思うと、ももこは黙って立ち上がり、キッチンの方へ向かった。あれ。もう寝てしまうのかな。俺は聞きたいことも聞けないまま、一日を終えようとしていた。

はい。これ、たっちゃんに。

急に戻ってきたももこが、俺にラッピングされた箱を渡してきた。

え、これ、俺に。

ハートのラッピングを見て、すぐにバレンタインのチョコだと分かった。

うん。そう。

ももこは、好きな人に作るついでに、俺にも義理チョコを作ってくれたのだろうか。

ありがとう。ところで、本命チョコは、渡せたのか。

え。本命チョコ。

うん。だって、一生懸命練習してたじゃん。

ももこは眉間にしわを寄せて、俺を見つめた。

私、義理チョコなんて作ってないよ。

え。俺は自分に渡されたチョコの箱を眺めて、しばし考えた。待って。じゃあ、これは。

私が作ったのは、たっちゃんにあげるこのチョコだけだよ。

ももこはちょっと怒り口調で言った。

え、え、じゃ、じゃあ、このチョコは。

そうだよ。たっちゃんにあげようと、頑張って練習してたの。だって、みなちゃんが、ももこは好きな人にチョコあげるんだって言うから。もう、鈍いなあ。

ももこは完全にすねて、横を向いてしまった。つまり、ももこの好きな人というのは、この俺ということか。俺は内心パニックになって、何と言っていいのか分からなかった。しかし、感情で言えば、嬉しさが圧倒的に勝っていた。

うおお。あ、ありがとう。そういう意味か。そっか。ごめん。全然気づかなくて。俺、てっきりももこには他に好きな人がいるんだと思ってた。

言いようもない幸福感で、俺は変な反応をしてしまった。

たっちゃん以外に、あげたい人なんていないよ。家族みたいなもんなのに、好きになってごめんなさい。

ももこは顔を真っ赤にしながら、そう言った。

何言ってるんだよ。そんなの、嬉しいに決まってるよ。ももこに他の好きな人がいなくて良かった。俺も、ももこのことが好きだよ。

ももこは真剣な顔で、俺に聞いた。

それは、家族として、それとも、女の子として。

女の子として、ももこのことが好きだよ。でも、俺の方こそ、こんな気持ちをももこに対して持っちゃいけないって、自分をごまかしながら過ごしてきたんだ。

俺はチョコの箱をテーブルの上に置いて、ももこの手をぐいっと引っ張った。ももこは、寝ているみなちゃんを起こさない程度の小さな悲鳴をあげた。

ありがとう、ももこ。

うん。たっちゃん、あの時、私たちを引き取ってくれたことも、すごく感謝してる。

うん。あの時の俺は、ナイスだったって感じか。

もう、何それ。

ももこと俺は、そんなことを言って笑い合った。俺はももこの頭を、そっと撫でた。俺とももこは、こうしてお互いの気持ちを打ち明けた。

それから、俺たちの生活ががらりと変わったわけでもない。ももこは学生だし、夢を追いかけている最中だ。俺はももこの一番そばにいるけれど、そんなももこの邪魔はしたくなかった。ももこがちゃんと夢を叶えるまで、保護者としても応援しようと思った。

そんな俺たちの家族は、平和な毎日を過ごし、あれから早四年が過ぎようとしていた。みなちゃんは受験が終わり、この春に高校一年生になる。きな子は長生きしてくれて、かなりのおばあちゃん犬になったが、今でもみんなの後を、尻尾を振りながらゆっくりついて回る。

きな子、おいで。みなちゃんがきな子を撫でる。

来週の入学式、俺も行っていいかな。

え、たっちゃん来るの。いいよ。来なくて。

すっかり思春期のみなちゃんは、俺が学校の行事に行くと言うと、毎回断られては揉めていた。

いいじゃないか。たっちゃんだって、みなちゃんの晴れ姿が見たいんだよ。

そうだよ。もう休みも取っちゃったし。みなちゃんが嫌って言っても、行くからね。

分かったけど、外から名前で呼ぶのやめてよね。恥ずかしい。

はいはい。分かったよ。

ももこは無事に専門学校を卒業し、パティシエとしてホテルの厨房で働いている。俺とももこは恋人にもなったが、恋人らしいことはあまりしていなかった。思春期まっただ中のみなちゃんもいることだし、二人きりになることも、家の中では滅多になかったからだ。

入学式でみなちゃんは立派に壇上で、一年生代表の言葉を言った。俺がうるうるしながら動画を撮っていると、横に座っているももこは、くすくすと笑っていた。

みなちゃん、かっこよかったよ。

分かったから、先に帰って。

入学式の後、帰り際にみなちゃんにそう言うと、やっぱり鬱陶しそうにしていた。

あ、この後、二人でどこか出かけてきたら。私なら友達と出かけるから、遅くなってもいいよ。

みなちゃんはそう言うと、俺たちにウインクして、校舎に入っていった。

もう、みなちゃんってば。

ももこは恥ずかしそうに笑った。

じゃあ、お言葉に甘えて、デートに行こうか。

俺の誘いに、ももこはこくりと頷いた。いつもきな子と散歩する川沿いの道は、桜が綺麗に咲き誇っていた。俺はももこの手を取って、その手を振りながら歩いた。

みなちゃん、もう高校生だね。

うん。早いなあ。初めて会った時は、小学生だったのに。

そうだね。私がたっちゃんに初めて会ったのも、高校生の頃だったね。

俺たちは、初めて二人がうちに来た頃を思い出していた。

たっちゃんのところに来れて、私たち、本当にラッキーだったな。

うん。それは俺もだよ。俺にも、新しい家族ができたんだから。

俺はももこと繋いでいた手を離して、ポケットの中から小さな箱を取り出した。

ももこ。これからは、俺のお嫁さんとして、家族になってくれないか。

ももこは驚きすぎて、両手で口を抑えている。

これ、はめてみてもいい。

俺は箱から指輪を取り出して、ももこの左の薬指にはめた。

え。ぴったり。

それで、プロポーズは受けてくれるってことか。

俺はももこの目を見て言った。ももこは目に涙を浮かべながら、はっきりと答えを返した。

断る理由がないよ。たっちゃん、大好き。

ももこは俺に、ぎゅっと抱きついた。俺たちはまた手を繋いで、桜並木を歩いて帰った。

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