駅までの道を歩いていただけなのに、路地から突然車が飛び出してきて、私はそのまま病院のベッドで目を覚ました。「車椅子になったからってこっちを頼らないでくださいね」。お見舞いに来たはずの長男の嫁が、息子が席を外した瞬間に私へそう告げた。私は笑ってごまかすしかなかったけど、外ですれ違うたびに無視され、ついには「車椅子のババアなんてお荷物なのよ」とまで言われた。心配した夫が「自分のことを大事にしろ」…

駅までの道を歩いていただけなのに、路地から突然車が飛び出してきて、私はそのまま病院のベッドで目を覚ました。「車椅子になったからってこっちを頼らないでくださいね」。お見舞いに来たはずの長男の嫁が、息子が席を外した瞬間に私へそう告げた。私は笑ってごまかすしかなかったけど、外ですれ違うたびに無視され、ついには「車椅子のババアなんてお荷物なのよ」とまで言われた。心配した夫が「自分のことを大事にしろ」...

私は今年で五十三歳になるパート勤務の投資家だ。投資家と言うと聞こえは良いが、私の場合はただ運が良かっただけ。両親から相続した土地にマンションを建てたらこれが当たり、夫の友人が立ち上げた会社に投資をしたらこれも当たった。それを元手に買った土地を駐車場にし、株もいくつか買ったら不労所得で生活できるようになった。でもそれを公言はしていない。普段はスーパーでパートをしていて、基本的には夫の収入と私のパート代で慎ましく暮らしている。投資の不労所得は息子が二人いるのでその学費に充てることはしたけど、息子たちが独立した今は夫と旅行に行くくらい。あとは老後に息子たちに迷惑をかけないようにと夫婦で話し合って貯金をしている。

長男の週一が結婚したのは一年前。女っけのない息子が連れてきたのは随分と派手な、二つ年下のかな子さんだ。友達の紹介で知り合ったと言っていたが、どうやら出会いは合コンらしい。大人しい息子に合うのか心配だったけど、年下だけどしっかりしていて息子とは案外合うようだ。結婚までは半年ほど。息子は当時三十歳を目前に焦りもあったのかもしれない。

結婚してからかな子さんは専業主婦になった。息子夫婦は私たちの家から十分ほどのマンションを購入。息子はたまに顔を出すけどかな子さんとはほとんど会わない。向こうが私たちを避けているようだ。年寄りと関わるのは面倒だと息子に話しているのが聞こえてしまったことがあり、それ以来私も必要最低限しか関わらないようにしている。

ある日、夫が帰ってくる少し前に雨が降ってきたので、傘を持って夫を駅まで迎えに行こうとしたら、次男の浩司も同じくらいに帰宅すると連絡が来た。それなら駅で待ち合わせて外食でもしようとなり、私は駅までの道のりを歩いていた。すると路地からいきなり車が出てくる。ライトが眩しくて私は目をつぶった。次の瞬間、私の意識は遠のいた。

気がつくと病院のベッドの上で、夫と次男が隣で見守っている。何が起こったのか分からず状況を整理しようと起き上がると、自分の体じゃないみたいに重い。あの時車に跳ねられた私は救急車で運ばれたという。待ち合わせをしていた夫が何度も私の携帯に電話をくれていたので、すぐに夫に連絡がつき、夫と次男が病院に駆けつけてくれたそうだ。私はなんとか無事だったけど、足の怪我がひどく、自分の足で歩けるようになるかは分からないと言われた。ショックを隠せなかったけど、命に別状がなくて本当に良かったと泣く夫の姿を見たら本当にその通りだと思えて、私は車椅子の生活をしながらリハビリをすることになる。

翌日には長男の週一とかな子さんがお見舞いに来てくれた。と言ってもかな子さんはただ一緒にいるだけで会話も特にない。途中週一が仕事の電話がかかってきたからと席を外すと、「車椅子になったからってこっちを頼らないでくださいね」ときつく言われた。私は少し驚いたけど、なんとか笑ってごまかす。週一が戻ってくるとその顔は一変、ニコニコしながら帰っていった。どちらが彼女の本性なのだろう。週一のことを本当に愛してくれているのなら、私たちを煙たがっていてもいいのだけれど、息子を騙しているのなら少し心配だ。とはいえ、そんなことを週一に言うのもどうかと思い、モヤモヤした感情を抱えたまま二人を見送った。

退院して車椅子の生活にも慣れてくると、徒歩で行けるところは時間をかければ車椅子でも行けるようになった。気分転換も兼ねて買い物に行くのが日課になる。いつもは自分がパートをしているスーパーで買い物をしているけれど、小さい店なので車椅子で入るのは大変だ。長男夫婦の住んでいる方向にあるショッピングモールに入っている大きなスーパーへ行くことにした。モールの中へ入るとかな子さんが向こうから歩いてくる。なんていう偶然。私は挨拶だけでもしようとかな子さんに近づいた。すると彼女は私の方を見て一瞥する。明らかに目が合っていたのに無視して足早に去ってしまった。あまりにも失礼だと思ったが車椅子で追いかけるわけにもいかない。

私は買い物を済ませて帰宅する。今までのように身軽に買い物に出ることはできないけど、ここなら車椅子用の通路もあるし、お店も大きいので気分転換にもなる。私は時々このショッピングモールを利用するようになった。生活圏が同じなのでかな子さんにも何度か出くわしたが、いずれも私を見ると睨みつけたり無視したり、まるで他人扱い。特に誰かと一緒にいるところに遭遇した時はものすごい形相で睨まれたので、私も彼女を無視するようになった。

私はなんとかリハビリを続け、このまま行けば回復の見込みはあると言われて頑張っている。夫と次男が交代で家事をしてくれているので生活はさほど困っていない。長男は休みの日や仕事帰りに顔を出してくれることもある。私はある日長男に尋ねた。

「かな子さんとはうまくやっているの?」

すると長男は少し困った顔をする。

「はあ……どうだろう? 仕事から帰ってきてもかな子がいないこともあるし。今日も友達と遊びに行くって言って朝からいないんだよね。まあでも会えば話はするし。一人でずっと家にいろとも言えないからね」

私は疑問に思ったけど、長男があまり話したがらないので「何かあったらお父さんや浩司にでもいいから話しなさいよ」と言って会話を終えた。

それから二日後、私はいつものショッピングモールで買い物に行くとかな子さんに出くわした。どうやら私を待っていたようだ。

「ちょっと、週一に何吹き込んだんですか?」

怖い顔でこちらに向かってきて、挨拶もなしに言ってくる。週一が何を言ったのかは知らない。私はかな子さんとうまくやっているのか、何か困ったことがあったら相談するようにと言っただけだ。

「家を出た息子のことを心配するなんて過保護にも程があるのよ」

それだけ言ってかな子さんは去っていく。心配はしているがそこまで言われる筋合いはない。でも私が言い返す間もなく彼女の姿は見えなくなった。私はその夜夫に話をした。今までかな子さんに言われたこと、今日の態度、息子は大丈夫かと心配していること。夫は難しい顔をする。

「かな子さんは俺にはニコニコしてくるけど、なんだか裏があるような気がしてな。でも週一も男なんだし、自分のけじめは自分でつけるよ。母さんが心配するのも分かるけど、俺たちはあいつが相談してきた時に手を差し伸べればいいと思うよ」

そう言って私には自分のことを大事に考えるようにと言ってきた。確かに心配しすぎも良くない。私は夫の考えに同意し、息子夫婦とは距離を置いていた。

半月ほど経った頃、息子夫婦が揃って家を訪れる。夫と私が出迎えてどうしたのかと話を聞くと、かな子さんが妊娠したという。私も夫ももちろん喜んだ。夫は気が早く「男の子か女の子か」と明らかにウキウキしている。そして息子たちが赤ちゃんの頃に使っていたもので使えるものがあれば持っていって欲しいと、息子と一緒に二階へ上がった。私はかな子さんにお茶を出して「楽にしていてね」という。それを聞いて彼女はため息をついた。

「わざわざ来てやったのにお茶だけですか?」

耳を疑ったがぐっとこらえて笑った。

「あ、ごめんなさいね。突然来るから何も用意していなくて。何か食べたいものはある? 食べられるものがあれば今度家まで持っていくわよ」

そう言ってもかな子さんは私を睨みつける。

「はあ? わざわざ家になんて来られても困るから。週一がどうしても報告しておきたいって言うから仕方なく来てやったの。私が喜んであんたに会いたいなんて思うわけないでしょ」

妊娠して不安定だからなのか、いつもよりきつい態度だ。怒りは募ったけど相手は妊婦。しかも息子のお嫁さんだ。私は笑ってやり過ごすしかなかった。

「何かあったら遠慮なく言ってね」

かな子さんはまたため息をつく。

「そういういい人アピール。うざいんだけど。私とあんたは他人なの? いい人ぶって首突っ込まないでくれる?」

いくらなんでもそれは言いすぎじゃないか。さすがに我慢できずに私も苛立ってきた。

「かな子さん、そんな言い方ないでしょ」

そう言うと彼女は余計に不機嫌になる。

「何? 説教とか聞きたくないんだけど」

私は呆れながらも「その態度はどうなの? 相手がいくら気に入らなくても、そんなに攻撃的にならなくてもいいでしょ」と言ったが、彼女はいきなり怒鳴り始めた。

「うるさいわね。あんたみたいなババアとは絶縁するから」

私が驚いていると、彼女は私を見て笑った。

「そんな車椅子なんかで何ができるっていうの? 子供が生まれるっていうのにババアの介護までしてられないわよ」

そんなことを言っているが、私が彼女に介護をしてもらったことは一度もない。彼女は私に釘を刺す。

「これからは顔を合わせる以外関わらないで。車椅子のババアなんてお荷物なのよ」

私はその言葉に笑みがこぼれた。

「いいわよ。だったら一億の遺産は次男の浩司に託すわね。週一に託したらあなたにどう使われるか分からないもの」

そう言うとかな子さんはあっさり顔色を変える。

「一億……え、なんで? 高々パートしかしてないのに」

その慌てぶりに私は笑った。

「不労所得があるなんてわざわざ言わないからね」

かな子さんは慌てて取り繕う。

「え、いや、やだなあ。お母さん、全部冗談ですよ。私、妊娠してなんだか気が立っているんだと思います。ほら、初めての子供ですし、そういうことありますよね」

彼女が私にすがりついてくると、後ろで物音がした。夫と週一がダンボールを持って二階から降りてきたのである。かな子さんは青ざめた。

「え、今のって……」

週一が呆然とかな子さんを見るが、彼女は急にしらばっくれる。

「ええ? な、何? あ、なんか私疲れてるみたい」

私は開いた口が塞がらなかった。夫もポカンとしている。週一はどうやら戸惑っているようだ。どこから会話を聞いていたのか、おそらく暴言を吐いているところからだろう。私たちが立ち尽くしていると、リビング前の廊下から物音が聞こえた。

「ああ、浩司、帰ってたのか」

夫が声をかけると、次男がスマホを片手に立っている。浩司がリビングに入ってきて、スマホの画面を私たちに向け、動画を再生し出した。先ほどの私とかな子さんのやり取りだ。かな子さんの顔はみるみる青ざめる。週一はその動画を食い入るように見ていた。再生が終わると浩司が口を開く。

「兄貴、これがこの人の本性だよ。今後のことを考え直した方がいいんじゃないの?」

浩司は玄関を開けたら私たちの声がして何か様子がおかしいと、とっさにスマホで撮影したという。週一はかな子さんに向かって問いかける。

「俺の両親も本当の両親みたいに思ってるって言ってたの。嘘だったのか」

かな子さんは首を振る。

「え、ち、違うの。こんなこと言うつもり全然なくて、お母さんを大事に思っているのは本当よ。ただどう接していいか分からないというか……」

それを聞いて私は笑いが込み上げた。

「大事にしていたら外ですれ違った挨拶くらいするわよね。様々に無視したり、わざわざ暴言を吐いたりする人が大事に思っているなんて言わないでくれる?」

かな子さんは首を振る。

「ち、違うんです。違うんですよ、お母さん」

私はその必死な姿にもう一度笑った。

「心配しなくても、あなたに私の遺産が入ることはないから安心してね」

崩れ落ちるかな子さんに週一が言う。

「お前はお金目当てだもんな。俺のこともそうだろ。俺はそれでも夫婦で仲良く過ごせるならいいと思ったから結婚したんだよ。でも今後のことは考えさせてくれ」

すると泣いていたかな子さんが突然笑い出した。

「当たり前でしょ。夫の両親なんて他人よ。他人。週一は私と離婚するってこと? 別にいいわよ。その代わり財産分与と養育費はしっかり払ってよね。こんな車椅子のババアの介護を押し付けられる前に逃げようと思ってたのよ。外で話しかけられて恥ずかしかったんだから。もう二度と私と関わらないで」

それを聞くと珍しく温厚な週一が大きな声を出す。

「車椅子のババアだとよくもそんなことが言えたな。二度と関わらないで欲しいのはこっちの方だ。出ていけ」

週一にそう言われ、かな子さんは荷物を持って出ていく。

「分かったわよ。後悔しても知らないんだからね」

捨てゼリフを吐いて大きな音を立てて玄関を閉めた。

かな子さんが去った後、週一は私たちに頭を下げる。

「父さん、母さん、本当にごめん。浩司もごめん。ありがとう」

週一が言うには、私たちを早く安心させたくて、お金目当てだと分かっていても結婚がしたかったという。逆にお金目当てなら生活するのも割り切れるし、それはそれでうまく生活ができるかもしれないと考えたそうだ。

「俺、かな子とは離婚するよ。さすがに母さんのことをあんな風に言う人となんて結婚生活は続けられない。お腹の子のことは責任持つけど、笑ってやっていく気がなくなったよ。やっぱり家事もしないで俺のお金で浮気されてるなんていい気分もしないしな」

その言葉に私たちは全員が週一を見る。週一は笑って言う。

「まだ結婚して一年なのに浮気されてたんだよね。まあもう別れたみたいだけどさ」

どうやらかな子さんが私に「何を吹き込んだのか」と怒鳴ってきたあの日、浮気がバレて週一と修羅場になったようだ。かな子さんは私が浮気を目撃したと週一に告げ口したと思ったらしい。あの時のかな子さんの態度の理由がようやく分かった。

週一はかな子さんから、お腹の子は週一の子供で浮気相手とはもう別れたと泣きつかれたから一度は許したというのだが、お金目当てのかな子さんがあんなにあっさり離婚を承諾するのはおかしい。何か他に秘密がある気がするのだ。

私はそこでピンと来た。

「ねえ、妊娠してたのは本当?」

かな子さんはお腹に気をつけている様子がなかった。もし週一と離婚するとなったら、財産分与で手元にはそれなりのお金が入る。かな子さんは計画的に離婚しようとしてたんじゃないか。

その後週一はかな子さんに離婚届を突きつけた。かな子さんは「離婚でも何でもしてやるわよ」と言って怒りながら離婚届にサインをする。そして得意げに「財産分与と養育費よろしくね」と言ったそうだが、週一の言葉で顔色を変えた。

「そもそも妊娠なんかしてないんだろ。それと財産分与するのはいいけど、俺は浮気の慰謝料を請求させてもらうからな」

あの日家に戻った週一は、かな子さんのスマホのメールを開いた。そこにはかな子さんと浮気相手のやり取りが残っていた。私の予想した通り、かな子さんは妊娠したと嘘をつき、週一に財産分与と養育費を請求して、そのお金で浮気相手と暮らすつもりだったようだ。離婚して遠くに引っ越してしまえば、子供が生まれたかどうかなんて確かめようがないというやり取りもあったそうだ。とんでもないことを考えるものである。

結局慰謝料を払いきれなかったかな子さんは、両親に肩代わりしてもらい実家に帰ったそうだ。向こうのご両親は激怒して、立て替えた分はきっちり働いて返してもらうと、今では実家で監視されながら昼夜問わず働いているという。私がかな子さんとショッピングモールで会った時に一緒にいた人は友達ではなく浮気相手だったようだ。私とすれ違っている場所で浮気相手とデートしているなんて、私には信じられなかった。

もう一つ信じられない行動といえば、かな子さんが実家に強制送還された後、私に電話がかかってきたこと。

「お母さん、お金を貸してください」

涙ながらに私に訴える。

「お母さんのことが大好きで、どう接していいか分からなかったんです。介護もしますから、私に慰謝料の分のお金を貸してください」

それを聞いて私は笑うしかなかった。

「それは借りるんじゃなくてもらおうと思ってるのよね。どう接していいか分からなくてあんな態度取るなんて最低ね。それに介護は当分必要ないの。私、もう車椅子卒業してるから」

そう言って電話を切り、着信拒否にした。

週一は離婚してから仕事に没頭し、順調に出世コースに乗っている。浩司は大学時代から付き合っている彼女とそろそろゴールイン予定。私はリハビリを頑張って、杖があれば歩けるところまで回復した。今では夫と二人、無理のない範囲ではあるけど旅行に行くことができるようになり、人生を楽しんでいる。

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