薄茶色の封筒を手にした瞬間、白しの指先がほんの少しだけ止まった。郵便受けの奥に詰まっていた封筒。差出人は川口市役所。右上に赤いスタンプで「重要」と押してあった。六十七歳の白しはそのスタンプをじっと見つめた。何かが変わる予感はなかった。ただ、静かな夜に一枚の封筒が届いた。それだけのことだった。
六月に入って、川口の空は毎日のように重たい雲を引きずっていた。梅雨入り宣言から三日後の夜。白しは最寄り駅から歩いて帰っていた。雨は本降りになっていた。片手に透明なビニール傘、もう片方の手にはスーパーの袋。中身は夜八時の値引きシールが貼られた総菜類だった。鶏の唐揚げが半額になっていたので買ったのだが、家まで歩く間に袋の底が少し湿ってきていた。白しは一度立ち止まり、持ち方を変えた。
傘は三百円のものだった。骨が細く、強い風が吹くたびにたわむ。でももう何年も同じ傘を使っていて、手に馴染んでいた。捨てるにはもったいない。捨てる理由がない。それだけだった。
駅からの道は商店街を抜け、橋を渡り、車通りの多い道路に沿って十五分ほど歩く。団地に入ると街灯の数が減る。古いコンクリートが雨に濡れて黒ずんでいた。白しは視線を足元に落としながら歩いた。水溜まりの位置は把握していた。長雨が続くと決まってあそこに、あの大きさで水が溜まる。
ゴミ集積所の前を通った時、白しは背を丸めて早足になった。太田さんが立っていた。同じ棟に住む太田さんは六十代後半から七十代前半と思われる女性で、ゴミ集積所の管理を自分の使命と信じているような人だった。夜遅くでも雨の中でも、ゴミ袋の中身を確認するように分別状況をチェックし、問題があれば翌朝、階段に小さな手書きのメモを挟む。白しがここへ引っ越してきた十三年前からずっとそういう人だった。
太田さんが白しを見た。白しは傘をわずかに傾けながら深く頭を下げた。言葉は出なかった。太田さんは何も言わず、視線を白しの持つスーパーの袋に一瞬だけ移してから、また集積所の方へ顔を戻した。白しは足を早めた。背後で雨音が続いていた。
棟に入り、エレベーターには乗らずに階段を登る。膝が悪いわけではない。エレベーターの前で誰かと一緒になるのが苦手なだけだった。四階まで、一段一段足音を立てないように登る。廊下を歩いて突き当たりの四〇二号室の前に立った。
鍵を出す時、右手の人差し指が引っかかるように動いた。数年前からその指の第一関節の下あたりが腫れている。ばね指というらしい。指を曲げるとある角度で引っかかって動かなくなり、無理に伸ばすと鈍い痛みが走る。長年の清掃仕事の結果だと整形外科で言われた。手術すれば治るが費用がかかる。湿布でも緩和できるが、何度やっても再発する。今は何もしていない。なるべく使わないようにしている。それだけだった。
扉を開けて中に入ると、玄関はひんやりしていた。梅雨のせいで壁からかすかに湿気が漂っている。靴を揃えて上がり、電気をつける前に郵便受けの内側から手を入れた。白しの習慣だった。外の郵便受けは鍵がかかっているが、室内側にも小さな差し込み口があって、そこから直接手を入れると封筒類がまとめて取れる。白しはいつも帰宅直後にそれをやる。電気をつける前でも、手の感触でわかる。今夜は厚みがあった。
元気をつけた。玄関の狭い土間に立ったまま、手の中の郵便物を一枚ずつ確認した。スーパーのチラシが二枚。宅配業者からの不在票が一枚。それから封筒が二通。一通は白い封筒で、県内の住所が記してあり、差出人は見慣れない会社名だった。不動産管理会社と書いてある。もう一通が薄茶色の封筒だった。川口市役所。右上に赤いスタンプで「重要」。
白しは封筒を持ったまま台所へ行った。スーパーの袋を床に置き、靴下のまま台所に入って電気をつけた。狭いシンクの横に郵便物を置き、冷蔵庫を開けて麦茶を一杯だけ注いだ。飲んでからまた郵便物に目を向けた。チラシは丸めてゴミ箱に入れた。不在票は冷蔵庫の脇のマグネットに貼った。白い封筒は千葉の会社からのものだ。心当たりはなかった。心当たりがなかったから、先にこちらを開けた。
封を切るのに、右手の人差し指を使ってはいけない。左手の親指と中指で封筒の端を抑え、右手は薬指の側面を使って少しずつ開ける。白しにとってそれはもう無意識の動作だった。
中から出てきたのは二枚綴りの書類だった。読んだ。読みながら、白しの視線が途中で止まった。一行を二度読んだ。三度、四度。書類にはこう書いてあった。千葉市内のあるアパートの部屋番号と入居者の名前。白波セラ子。白しの妹の名前だった。
書類の内容は事務的な文章で淡々と続いていた。入居者である白波セラ子が先月末に死亡したこと。死亡が確認された時点で家賃が四ヶ月分滞納していたこと。室内に多量の荷物が残されており、現状のままでは次の入居者への貸し出しが不可能であること。緊急連絡先として登録されていた白波セラ子氏に対し、荷物の引き取りと現状回復について協議したい旨を伝えるということ。
白しは書類を持ったままその場に立っていた。台所の電気がついている。麦茶のコップがシンクの横に置いてある。外で雨が降っている。それだけが事実だった。
容子が死んだ。十五年、連絡を取っていなかった。
白しは書類を台所のカウンターに置いた。それからもう一通の封筒を手に取った。川口市役所からのもの。開けた。中に入っていたのは複数枚の書類だった。一枚目は市役所からの通知書で、二枚目以降は法的な説明文書になっていた。白しは一枚目をゆっくりと読んだ。
市役所からの通知は容子に関するものだった。住民税の滞納があること。死亡届が提出されたこと。そして相続人の調査の結果、最も近い親族として白しが把握されたこと。添付書類として相続放棄の手続きについての案内が入っていた。
白しはその書類の束を持ったまま畳の部屋へ行った。電気をつけた。部屋の真ん中に四角い座卓が置いてある。そこには座らずに、床に直接腰を下ろした。書類を膝の上に広げた。法律用語がいくつも出てくる。相続放棄は家庭裁判所への申立てが必要であること。熟慮期間は相続人の死亡を知った日から三ヶ月。三ヶ月。その文字を、白しはもう一度、声に出さずに唇だけで確認した。
封筒の消印は先週だった。つまり届いていたのは数日前からで、白しが受け取れなかったのは、郵便受けを毎日確認する習慣があるにも関わらず、郵便受けのバネが固くて奥まで手が届きにくくなっていたせいだった。普段はチラシや薄いはがきしか入らないから問題なかった。厚みのある封筒は奥に詰まっていたのだ。それに気づいた時、白しはわずかに目を閉じた。
容子が死んだのはいつなのか。書類には先月末とあった。六月末はまだ来ていない。つまり五月末ということになる。白しが手続きを踏まなければならない期限は八月末ということになる。二ヶ月と少し。
白しは通帳を思い出した。引き出しの中に一冊の通帳がある。郵便局の普通預金口座。残高は先月確認した時、八十五万円だった。掃除の仕事の月収はシフトによって変わるが、およそ十万円前後。そこから国民健康保険料、介護保険料、家賃を引けば手元に残るのは三万あるかないか。それで食べて、電気ガス水道の光熱費を払って一ヶ月が終わる。八十五万円は万が一のための蓄えだ。入院した時、歯が壊れた時、電化製品が壊れた時。それ以外には使わない。使えない。
では容子の残した負債はいくらなのか。家賃の滞納が四ヶ月分。千葉の平均的なアパートの家賃が月五万円とすれば二十万円。住民税の滞納額はまだ分からない。室内の荷物の処分費用は想像もつかない。
白しは書類を膝の上に置いたまま窓の外に目をやった。雨が降り続いていた。ガラス越しに街灯の光が滲んでいる。遠くから電車の音が断片的に聞こえてくる。
容子のことを思い出そうとして、うまくいかなかった。記憶の中の容子はいつも何かを言いかけて黙る女だった。怒ったような顔をしていた。でも目の奥にはいつも何か困ったような光があった。白しより五つ年下で、お金に足がついていないというか、何かを掴もうとしてはするりと手から落としてしまうような、そういう人だった。
十五年前に最後にあった時、容子は泣いていた。白しは泣く容子に何も言わなかった。お金の貸し借りのことでひどいことを言ってしまったかもしれない。今となってはどちらが先に、どんな言葉を言ったのか、もう正確には思い出せない。ただあの日を境に連絡が途絶えた。白しも取ろうとしなかった。容子も取ってこなかった。それだけだった。
畳の目を見ていると目の焦点が合わなくなってくる。白しは右手の人差し指を左手でそっと包んだ。腫れた関節の部分をゆっくりと親指でさすった。痛みは感じなかった。痛みを確認するよりも、その動作を繰り返すことで何かを整えようとしていた。
台所ではスーパーの袋がまだそのままだった。総菜を冷蔵庫に入れなければいけない。電気代の節約のために早く扉を開けて早く閉める。それが白しの習慣だ。でも今夜はまだそこまで身体が動いていなかった。
書類の一番下にある電話番号を、白しは指でなぞった。不動産管理会社の番号と市役所の担当窓口の番号。電話は明日しかない。今夜電話しても誰も出ない。明日、仕事が終わってから。あるいは仕事を休んでかけなければならない。仕事を休めば一日六千円の収入がなくなる。白しはその計算を反射的に頭の中でやってから、それをしたことに気づいて、少しだけ目を閉じた。
妹が死んだのだ。それよりも先に六千円のことを考えていた。
白しはしばらく畳の上に座っていた。外の雨音が窓ガラスを叩くように続いていた。まるでそれが誰かの指で、外から規則的に叩かれているように聞こえた。白しはその音を聞きながら身動きせずにいた。やがてゆっくりと立ち上がった。台所へ行き、スーパーの袋を開けた。唐揚げのパックと小さな総菜パックを冷蔵庫に入れた。扉を閉めた。そのまま電気を消した。
台所の電気を消して、畳の部屋の電気も消して、窓の外の雨が滲む薄暗い部屋の中で、白しはまた床に腰を下ろした。書類は膝の隣に置いた。暗がりの中で白しは通帳のことを考えた。八十五万円のことを考えた。三ヶ月という期限のことを考えた。千葉までの電車賃のことを考えた。容子のことを考えようとした。雨はやむ気配がなかった。
翌朝、白しが目を覚ましたのは四時だった。布団の中で天井を見ていた。暗かった。眠れなかったわけではない。眠ったのだが、目が自然に開いた。長年の習慣だ。四時になると身体が起きる。布団の中でしばらくじっとしていたが、そのまま目を閉じることができなかった。起き上がり、台所へ行った。湯を沸かして白湯を飲む。毎朝の習慣だ。特別なものではない。ただ胃がこれで落ち着く。それだけのことだった。
コップを両手で包んで飲みながら、白しは昨夜の書類のことを考えた。畳の部屋に戻り、暗がりのまま書類を手に取った。電気はつけなかった。窓の外が少しずつ明るくなってきていた。その薄明かりの中で、白しは書類に書かれた電話番号をもう一度確認した。川口市役所の窓口は平日の午前八時三十分から午後五時十五分まで。今日は仕事を休まなければならなかった。
白しがパートで働いている体育館では、シフトは週五日入っている。朝八時から十三時まで、もしくは午後の十三時から十八時まで。どちらかの五時間勤務だ。今日は朝の番だった。休む場合は、前日の夜か当日の朝七時までに電話で伝える。
白しは電話を手に取り、職場の携帯番号を押した。まだ五時前だった。呼び出し音が七回なって、眠そうな声が出た。白しは「本日、急な家庭の事情で」と言った。続けて「大変申し訳ございません」と言った。主任は「分かった。代わりは何とかする」とだけ答えて、電話が切れた。
白しはしばらく電話を手に持ったままでいた。六千円が、今日の仕事を休んだことで消えた。六千円というのは米が五キロ買えて、総菜を三回買えて、電気代の一部になる金額だ。白しはその計算をまた反射的にやった。やってから、またそれをしたことに気づいた。
今日のために、白しは着替えを慎重に選んだ。押入れの中に黒いポリエステルのジャケットがある。夫の葬儀の時に買ったものだ。それ以来、役所関係の用事や病院に行く時にだけ着る。毎回着た後はブラシをかけて埃を払い、形を整えてから押入れに戻す。今年で八年目になる。ジャケットの下に紺色のブラウスを合わせた。ズボンは黒い綿のもの。靴は黒いローファー。全部ひっくるめると、それは白しの中の正装だった。鏡の前で後ろも確認した。シワがないか、埃がついていないか。問題はなかった。ただ鏡の中の自分の顔が少し疲れて見えた。昨夜眠れなかったせいで、目の下がくんでいる。白しはそれを見て少しの間動かなかった。それから視線を外した。
朝七時四十分に家を出た。川口の駅からは電車に乗る必要はなかった。市役所は自宅から歩いて二十分ほどのところにある。白しはいつもより少し早足で歩いた。道路沿いに並ぶ植え込みが昨夜の雨でまだ湿っていた。
市役所の建物は昭和後期に建てられたような外観で、入口の自動ドアが少し重い。入ってすぐ広い待合いスペースがあった。プラスチックの椅子が何十脚も並んでいて、その半分近くがすでに埋まっていた。白しは受付カウンターの前に立った。番号札を取る機械がある。「相続・戸籍関係」と書かれたボタンを押した。番号札が出てきた。七十三番。電子掲示板に表示されている現在の番号は五十一番だった。
白しは椅子に腰を下ろした。隣は七十代と思しき男性が杖をついて座っていた。その隣には赤ちゃんを抱いた若い女性がいる。その先には額に汗をかいた中年の男性が書類を膝の上で広げている。待合い室はそれぞれの事情を持った人間が詰め込まれた場所だった。誰も隣の人間の事情には興味がない。
電子音が定期的になった。番号が一つずつ進む。白しは膝の上に鞄を置き、両手をその上に重ねていた。右手の人差し指が時折、引っかかるように曲がりたがる。白しはその度に左手でそっと指の側面を抑えた。緊張すると指が反応する。
五十一番から七十三番まで、どれくらいかかるか。一番あたり三分とすると一時間。白しはそれを頭の中で計算しながら壁の時計を見た。まだ午前九時を少し過ぎたところだった。待つしかなかった。待合室の天井には蛍光灯が均等に並んでいた。古いタイプの蛍光灯で、一本だけわずかにチラついている。白しはしばらくそれを見ていた。気になったが、言うべき相手もいなかった。
窓の外には市役所の駐車場がある。軽自動車が何台かとまっていた。その向こうに六月の曇り空。梅雨の空は白く光が拡散していて、影を作らない。
六十五番の番号が呼ばれた。白しの隣に座っていた老人が立ち上がり、杖をついてカウンターへ向かった。その背中を白しは何となく目で追った。カウンターの向こうに若い職員が二人いる。一人は女性で、もう一人は男性だ。男性の方が老人に向かって深く頭を下げた。丁寧な所作だった。
七十番の番号が呼ばれた。もうすぐだ。白しは昨夜読んだ書類の内容を頭の中で繰り返した。相続放棄は家庭裁判所への申立てが必要であること。必要書類として記載されていたのは、白し自身の戸籍謄本。容子の出生から死亡までの連続した戸籍謄本。そして白しと容子の関係を証明するための書類。容子は生涯のうちに複数の市区町村を点々としていた可能性がある。白しにはそれが分からない。どこで生まれ、どこに住民票を移し、最終的に千葉に落ち着いたのか。戸籍を追うためには、最初の本籍地から順番に書類を取り寄せなければならない。それがいくつの市区町村に及ぶのか。白しには見当がつかなかった。
七十二番が呼ばれた。白しは鞄の中から封筒を出した。昨夜届いた二通の書類をそのまま持ってきていた。これを見せながら話せば、何から始めればいいか教えてもらえるはずだ。
七十三番。電子音が鳴った。白しは立ち上がり、指定された番号のカウンターへ向かった。
カウンターの向こうに座っていたのは三十代前半と思われる男性だった。名札には「松永」とある。白い半袖に薄いグレーのネクタイは短く整えられていた。白しが椅子を引いて座ると、松永は背筋を伸ばして正確に三十度の角度で頭を下げた。
「お待たせいたしました。どのようなご要件でしょうか」
声は穏やかだった。表情も穏やかだった。でも目はカウンターの先のどこかを向いていた。白しの顔をちゃんと見ていなかった。
白しは「相続の放棄について」と言った。「妹がなくなりまして、負債があるようで、それを受け継がないための手続きを教えていただきたいのですが」と続けた。
松永はすぐに「はい、相続放棄のお手続きですね」と言った。引き出しから一枚の用紙を取り出した。用紙には手続きの概略が印刷されている。それを白しの前に置いた。説明が始まった。松永の話すスピードは早かった。相続放棄は家庭裁判所への申立てが必要であること。熟慮期間は相続人の死亡を知った日から三ヶ月であること。申立てに必要な書類として、まず申立人の戸籍謄本が必要であること。次に被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本が必要であること。これは被相続人が本籍を変更している場合には、複数の自治体から取り寄せる必要があること。さらに被相続人の住民票の除票が必要であること。
白しは話についていくのに精一杯だった。松永が言う言葉の一つ一つは理解できる。ただそれが次々と積み重なっていくと、どれがどれと繋がるのか頭の中で整理しきれなくなる。白しはそのたびに頷いた。頷きながら手元の用紙を見た。用紙に書かれていることと松永が話すことが完全には一致していなかった。
松永は続けた。「戸籍謄本の取得については、千葉市で取れるものは千葉市の窓口でお取りいただけますが、他市区町村のものは郵送請求、直接お越しいただく必要があります。被相続人がどこで戸籍を持っていたかによって手続きが変わります。妹様の最初の本籍地はどちらでしょうか」
白しは答えられなかった。「分かりません」というのに少し時間がかかった。恥ずかしいからではなかった。ただその言葉を口にすることで何かが確定してしまうような気がして、一瞬躊躇した。
松永は「そうですか」と言った。表情は変わらなかった。「ではまず、被相続人の最終の本籍地を調べる必要があります。死亡届が提出された自治体に確認するのが早いかと思います。千葉市になりますね。千葉市役所の戸籍課に電話でお問い合わせいただければ、案内していただけます」
白しは頷いた。
「それから」と松永は続けた。「書類が揃いましたら、家庭裁判所に申立書を提出します。埼玉県内にお住まいであれば、さいたま家庭裁判所が管轄になります。申立書の書式は裁判所のウェブサイトからダウンロードできますし、窓口でも入手できます」
そこまで説明したところで、松永は「では本日はまずご自身の戸籍謄本をお取りいただけますか」と言ってロビーの方を指さした。「こちらを出てすぐ右に自動交付機がございます。マイナンバーカードをお持ちであればすぐに発行できます。お持ちでない場合は、またこちらの窓口でお申し込みいただく形になります」
白しはマイナンバーカードを持っていなかった。それを言うと、松永は少し間を置いてから「では窓口でお手続きいただきます。番号札をもう一枚取っていただいて」と言いかけた。
白しは「あの機械でもカードなしで取れますか」と聞いた。
松永は「自動交付機はマイナンバーカードか、もしくは住民基本台帳カードが必要です。お持ちでない場合は窓口での申請になります」と言った。「それから窓口の方がいろいろとご説明もできますので、お待ちいただく形になりますが」と付け加えた。
白しは頷いて立ち上がった。また番号札を取って、また待たなければならない。でも、白しは自動交付機の前で一旦足を止めた。機械は白いボックス型で、タッチパネルの画面が正面についていた。画面には「各種証明書の交付」と書かれ、その下にメニューが並んでいる。白しは画面を見た。カードを使わなくてもできることが何かあるかもしれない。確認するだけ確認してみようと思った。画面を触ろうとした。右手の人差し指を伸ばした。タッチパネルは硬い。スマートフォンの画面より反応が鈍く、少し強めに触れないと反応しない。白しは人差し指の先端で画面を押した。引っかかりが来た。関節がつって、指が伸び切らない。もう少し力を入れようとした瞬間、痛みが走った。
白しは指を引いた。左の人差し指で試した。画面は反応した。メニューが変わった。ただ、どの項目が何を意味するのか、画面の文字が細かくて白しには読み取るのに時間がかかった。老眼鏡を持ってこなかった。財布の中に老眼鏡は入れていなかった。家を出る時、慌てていた。画面を顔に近づけようとすると斜めになって光が反射した。後ろに人が来た。白しは気配で感じた。振り向かなかったが、少し身体が硬くなった。機械の前でもたもたしている。そういう自分が見えている。舌打ちは聞こえなかった。でも誰かがわずかに息を吐いた音がした。
白しは機械から離れた。番号札を取り、また椅子に座った。今度は八十九番だった。現在の番号は七十七番。白しは鞄を膝に置いて背筋を伸ばした。正装できたのには理由があった。こういう場所では、きちんとした格好をしていれば少しだけ丁寧に扱ってもらえる。そういう経験を長年かけて学んでいた。気品のない白しだけが持つ、数少ない武器だった。
携帯電話が鳴ったのは八十一番が呼ばれた時だった。白しの携帯は折りたたみ式の古い機種だった。着信音は小さく設定してある。でも待合い室は静かで、周囲に聞こえた。白しは急いでポケットから取り出した。画面に表示された番号は知らない番号だった。市外局番が零四三。千葉だ。
白しは席を立ち、出口近くの壁際まで移動してから電話に出た。相手は千葉の不動産管理会社だった。男性の声で、低く事務的だった。名前を名乗ったが、白しにはうまく聞き取れなかった。男は「白波セラ子様のご遺族の方でしょうか」と言った。白しが「はい」と答えると、すぐに本題に入った。
現在お部屋に残された荷物について、会社としては次の入居者への引き渡しのため早急に室内を開けていただく必要があること。もし荷物の引き取りが一定期間内に行われない場合は、会社指定の業者による処分を行い、その費用を相続人に請求することになること。費用は内容によっては三十万円から五十万円以上になる場合もあること。
白しは「いつまでに」と聞いた。男は「できれば今月中に」と言った。「ただ早ければ早いほど費用の節約にもなりますので、弊社の方で業者をご紹介することもできます。一度現地でご確認いただければ」
白しは「分かりました。確認いたします。また連絡いたします」と言った。電話が切れた。
白しはそのまま壁を見ていた。今月中に千葉まで行く交通費。時間。仕事を休む日数。業者に頼めばかかる費用。業者に頼まなければかかる時間と体力。何をどうすれば、何がどうなるのか。頭の中が一本の線でまとまらなかった。待合室の方を見ると、電子案内の番号が八十五になっていた。白しは席に戻った。
八十九番が呼ばれた。白しは立ち上がり、今度は違うカウンターへ向かった。対応したのはまた松永だった。白しが番号札を差し出すと、松永は「お待たせいたしました」と言って、先ほどと同じ角度で頭を下げた。
白しは「謄本を窓口で申請したいのですが」と言った。松永は申請用紙を出した。名前、生年月日、本籍、必要な謄本の種類と数。白しは記入を始めた。ペンを持つのは右手でなく左手の方が楽なのだが、癖があって字がうまく書けない。右手で書こうとすると指が引っかかる。松永が横から「本籍地はこちらの欄に」と指を差した。白しは本籍の欄を探して記入した。今の本籍は、夫が亡くなった際にまとめて手続きをした川口市の住所だ。
書類を提出すると、松永はそれを見てから「少々お待ちください」と言い、奥へ入っていった。五分ほどして戻ってきた時、手元に一枚の謄本があった。白しはそれを受け取り、松永に「次は何をすればいいでしょうか」と聞いた。
松永はまた先ほどと同じ内容を繰り返した。千葉市役所に連絡して容子の本籍地を確認すること。連続した戸籍謄本を取り寄せること。住民票の除票を取ること。それが揃ったら、さいたま家庭裁判所に申立書を提出すること。
白しは「書類は全部で何枚くらいになりますか」と聞いた。松永は「妹様がどれだけ本籍を移していたかによります。一箇所だけであれば数枚で済みますが、複数に渡る場合は十枚を超えることもあります」と言った。
白しは「費用はどれくらいかかりますか」と聞いた。松永は「謄本一枚につき四百五十円です。郵送で取り寄せる場合は、郵便小為替での支払いになります」と言った。それから少し間を置いて「郵便の手数料は一枚あたり百円です」と付け加えた。
白しは頷いた。費用がかかる。時間がかかる。足が必要だ。白しにはそのどれも余裕がなかった。でもやらなければ、余裕がなくなるどころか、底が抜ける。
松永が「ご不明な点があれば、また窓口にいらしてください」と言って会話を閉めようとした。白しは「あの」と言って松永を呼び止めた。「手続きをしないでいるとどうなりますか。自動的に相続することになりますか」
松永は「はい。熟慮期間内に相続放棄の申立てを行わない場合、単純承認と見なされます。そうなりますと、被相続人の全ての財産と負債を相続することになります」と言った。それから「財産がない場合には、負債だけが残ります」と付け足すように言った。
白しは「ありがとうございます」と言って頭を下げた。松永も頭を下げた。正確に三十度の角度で。
市役所を出たのは午前十一時を少し過ぎた頃だった。出ると、雨は上がっていた。曇り空から薄い光が差している。梅雨の晴れ間というほどでもない、ただ明るさだけが少し戻ってきたというだけの空だった。
白しは駅とは反対の方向にあるコンビニエンスストアへ立ち寄った。弁当を一つ選んだ。棚の一番奥にあった、シールで値引きされていないものを一度手に取ってから、戻した。値引きされていないものを買う理由がない。結局、棚の隅に残っていた、昨晩のうちに値引きされた旨味表示のある弁当を選んだ。税込みで三百九十八円だった。レジで財布を出す時、白しの手は少し遅れた。後ろに人が並んでいた気がして、急いで小銭を出した。四百円をちょうど出せた。二円のお釣りが戻ってきた。
家に帰りついたのは十二時半頃だった。玄関で靴を脱いで、ジャケットをハンガーにかけた。ブラッシングしてから、丁寧にかけ直した。ブラウスに着替えて台所へ行った。電気をつけなかった。弁当の蓋を開け、台所のカウンターに置いたまま食べ始めた。椅子に座っても良かったが、わざわざ椅子を引く気にならなかった。カウンターに寄りかかるようにして、プラスチックの箸で弁当をつまんだ。鶏の照り焼きとほうれん草の胡麻和えと漬け物が入っていた。味は分かった。しょっぱいとか甘いとか、それは分かった。でも食べているという実感がどこか薄かった。噛んで飲み込んで、また箸を動かす。それが続いた。
弁当の半分を食べたところで止まった。窓の外が明るい。梅雨の白い光が薄いカーテン越しに染み込んでくる。台所のカウンターに、昨夜から置いたままになっている書類がある。市役所でもらったA四の用紙も、今日もらった案内書類も、千葉からの封筒も、全部重ねておいてある。白しはその束を見た。何から手をつければいいのか、分かっていた。千葉市役所に電話して、容子の本籍を確認する。それが最初だ。でも、今電話する気力が出なかった。今日一日で、すでに二回、知らない相手に電話した。それだけで白しの中の何かが少し削れていた。
白しは弁当の蓋を閉めた。残った分は夜に食べればいい。電気を消したまま畳の部屋へ行った。座椅子に腰を下ろした。座椅子は夫が長年使っていたものだ。白しは今もそれを使っている。捨てる理由がない。
目を閉じると、松永の顔が浮かんだ。穏やかな声と、どこかを向いている目。正確に三十度の頭の角度。あの人は悪い人間ではないと白しは思った。仕事をきちんとやっている。ただ、こちらの事情の重さを感じていなかった。事務的に答えているだけで、それ以上でも以下でもなかった。それは当たり前のことだ。白しは自分でそう思った。役所の人間が一人一人の事情に踏み込んでいたら、仕事が回らなくなる。それは分かっている。ただ、あの速さで話されると、白しのような人間には追いつくのがやっとだった。分からないことを分からないと言えずに、頷いてしまう。頷いたから、分かったことになる。
白しは目を開けた。畳の目の細かさをぼんやりと見た。この部屋の畳はもう七年は変えていない。縁の方が少し色が変わって、踏むと微妙に沈む場所がある。変えたら六万円くらいかかる。だから変えていない。
手のひらをゆっくりと畳に押し当てた。ひんやりした感触があった。い草の匂いはしなかった。
今日一日で得たものは、自分の戸籍謄本一枚と、取るべき手続きの大まかな手順だけだった。費やしたのは、仕事一日分の六千円と、弁当代三百九十八円と、電車には乗らなかったが往復の時間と体力だった。そして今夜もまた、眠れないかもしれなかった。
窓の外で遠く電車の音がした。白しはそれを聞きながら、ただ座っていた。梅雨の白い光が薄いカーテンにあたって、部屋の中に溶けていた。
翌朝も、その翌朝も、白しは仕事へ行った。体育館の清掃は午前八時に始まる。更衣室で作業着に着替え、倉庫からモップとバケツを出す。白しの担当は一階の廊下と、男女それぞれのトイレと多目的トイレの隅々までだった。面積で言えばそれほど広くはない。でも毎日の積み重ねが手首と指にじわじわと影響していた。モップの水を絞る時、右手の人差し指が反応する。関節が引っかかって、そこから先に力が入らない。左手を補助に使えばなんとかなるが、左右で力の入り方が違うから絞り方が甘くなる。甘く絞ったモップは床に水の筋を残す。それが乾く前に、乾いたモップで上から引く。二度手間だが、やり直さないと仕上がりが違う。白しは黙って二度引いた。
同僚は三人いる。五十代の宮田さんと、四十代の加藤さんと、二十代の坂本君だ。三人とも白しとは長い付き合いだった。特別に親しいわけではないが、挨拶はする。休憩室で茶を飲む。それくらいの関係だった。
休憩室で宮田さんが「先日、急にお休みでしたね」と言った。白しは「はい。少し所用がありまして」と答えた。それ以上は言わなかった。宮田さんも聞かなかった。宮田さんはそういう人だった。踏み込まない。踏み込まれない。それがこの職場の暗黙の距離感だった。白しはそれがありがたかった。
午後一時に仕事を終えて、着替えて体育館を出る。帰り道はいつも同じルートだ。商店街を抜けて橋を渡って団地に入る。このルートの途中に郵便局がある。白しは今日、郵便局に寄った。千葉市役所に昨日、ようやく電話をかけて容子の本籍地を確認していた。容子は生涯に二度、本籍を変えていた。最初の本籍は二人が育った埼玉の実家の住所で、そこから一度千葉市内の別の住所に移し、最終的に亡くなった場所の近くの住所にした。つまり戸籍謄本を三箇所から取り寄せる必要があった。
郵便局の窓口で、郵便小為替を三枚購入した。一枚百円の手数料がかかる。それに加えて、返信用封筒と切手。合計で千五百円ほどになった。家に帰り、申請書類を書いた。一つ一つの役所への手紙を丁寧に書いた。差出人の住所と名前を書いて、必要書類の名称と数を明記して、小為替と返信用封筒を同封した。封筒に宛名を書いて、切手を張った。三通、また郵便局へ戻って、三通まとめて出した。往復で四十分かかった。
書類が届いて、役所で処理されて返送されてくるまでに、早くて一週間。場合によっては二週間かかることもあると千葉の担当者は言っていた。その間、白しにできることはなかった。ただ待つしかなかった。
夜、眠れなかった。正確には眠れないわけではなかった。布団に入れば意識は途切れる。ただ途切れても、すぐに戻ってくる。夢を見る。夢の中でも書類の束を持っていたり、役所の廊下を歩いていたりする。目が覚めると、身体が休んだ気がしない。四時に起きて白湯を飲んでいると、頭の中で計算が始まる。三ヶ月の期限まであと何日。千葉へ行くのにかる電車賃。書類が揃ったとして、家庭裁判所への申立てに必要な費用。それら全部を足していくと、今の通帳の残高からどれだけ削れるか。削れる分には限りがある。
白しは白湯を飲み干してコップを洗った。それから洗ったコップをタオルで拭いて、棚に戻した。ここまでが一つの動作だ。これを繰り返すことで、何かが保たれている気がした。何が保たれているのか、うまく言葉にはできない。ただ、やめると崩れる気がした。
仕事に行く前に、ブラウスにアイロンをかけた。アイロンは台所の横の狭いスペースに置いてある。スチームを使わないタイプのアイロンで、夫が生きていた頃から使っている。襟のところを念入りにかける。そこにシワが残らないように、ゆっくりと抑える。着替えて鏡の前に立つ。襟が立っている。シワがない。それだけで少し気持ちが落ち着く。見た目だけはきちんとしていなければならない。それは白しの中で長年かけて固まった信念だった。理由を問われればうまく答えられないが、白しにとっては、見た目が崩れると中身まで崩れていくような気がするという、そういうことだった。アイロンのかかったブラウスを着ていれば、少なくとも外から見て白しであり続けることができる。
それから三日が経った。その日の夕方、白しは仕事を終えて団地に戻り、郵便受けを開けた。チラシが一枚と、はがきが一枚入っていた。はがきを手に取ろうとした時、指が引っかかった。はがきと郵便受けの枠の間に少し挟まっていて、引き出すのに力が必要だった。白しは左手を添えて引いた。はがきが出た。同時に勢いがついてしまい、はがきが指先からすり抜けた。はがきはコンクリートの廊下に落ちた。表を上にして落ちた。
白しは拾おうとした。その時、廊下の向こうから足音が来た。太田さんだった。部屋から降りてきたのか、買い物袋を両手に持っていた。白しのすぐそこまで来て、太田さんは足元のはがきを見た。一瞬だった。立ち止まって、目を下に向けた。それだけのことだったが、白しの身体は固まった。
太田さんは素早くはがきを拾い上げた。白しに差し出した。「はい、どうぞ」と太田さんは言った。声は普通だった。白しは「ありがとうございます」と言って、はがきを受け取った。はがきを受け取る時、白しは表の文字が見えた。太田さんの目も、ちょうどその文字の上にあった。はがきの右上に、赤い文字で印刷されていた。「催促」。その下に、「料金のご請求」という文言。宛名は白しの名前ではなく、容子の名前になっていた。住所は白しの住所に、転送で届いたものだった。容子が亡くなる前に、緊急連絡先として白しの住所を書いていたのかもしれない。電気か、あるいは水道か。その類の催促だった。
太田さんの目が一度だけ動いた。はがきの文字を読んで、白しの顔に移って、また前を向いた。白しははがきを素早く手のひらで覆い、胸の辺りに引き寄せた。「失礼しました」と白しは言った。頭を深く下げた。太田さんは何も言わなかった。買い物袋を持ち直して、白しの横を通り過ぎた。廊下の先に消えた。
白しはしばらく廊下に立っていた。はがきを見た。催促という赤い文字が、白しの手のひらに押し付けられていた。内容は容子のものだ。白しが払う義務はない。でも太田さんが見たのは確かだった。何を見たのか。何を読んだのか。どこまで読んだのか。白しには分からなかった。分からなかったが、太田さんの目の動き方を、白しはよく知っていた。あの目は見た。そして何かを受け取った。
それから三日間、団地の空気が変わった。
最初に気づいたのは翌朝のゴミ出しの時だった。白しが袋を持ってゴミ集積所へ行くと、そこには四人の女性が立っていた。みんな同じ棟の住人で、白しが顔を知っている人たちだった。四人は何か話をしていた。白しが近づいた時、声が低くなった。白しは「おはようございます」と言った。四人のうち一人だけが、ごく小さく頭を動かした。他の三人は白しの方を向かなかった。白しはゴミ袋を所定の場所に置いて、その場を離れた。後ろでまた声が戻った。
翌日も同じことが起きた。今度は二人だった。白しが挨拶をすると、一人は視線をそらした。もう一人は、ゴミ袋の分別を確認するふりをして、白しの方を向かなかった。白しは何も言わなかった。気のせいかもしれないと白しは思った。自分が気にしすぎているだけかもしれない。太田さんが何かを言いふらしたとは断定できない。ただ、人の目にはそれまでと違う何かがあった。白しの長年の勘がそう言っていた。
エレベーターで一度だけ、二階の住人の女性と乗り合わせた。その女性は白しと同じ棟に五年以上住んでいる。以前は廊下で会えば天気の話くらいはしていた。白しが乗ると、その女性は携帯電話を取り出して画面を見始めた。四階まで二十秒ほどの間、何も言わなかった。白しも何も言わなかった。扉が開いて白しが降りた。扉が閉まってから、白しは廊下に立ったまま、少しの間だけ動かなかった。気のせいではなかった。
三日目の夜に、手紙が来た。扉の郵便受けではなく、扉の隙間に差し込まれていた。折りたたんだ白い便箋だった。白しが仕事から帰り、扉を開けようとした時、足元に白い紙が落ちた。畳んであったものが、扉の動きで落ちてきたのだ。白しは拾い上げた。何だろうと思いながら玄関を入り、電気をつけて開いた。手書きではなかった。パソコンで打った文字を印刷したものだった。内容は短かった。
「この棟は、信用問題のある方を受け入れることができません。他の住民の安心のために、今後の対応をお願いします」
差出人の名前はなかった。白しはその文を読み終えてから、もう一度読んだ。三度読んだ。文字の意味は分かった。その意味を理解できた。ただ、それが自分に向けられているということを、頭が受け入れるのに少し時間がかかった。
白しは紙を持ったまま畳の部屋へ行った。座椅子の前に立って、座らなかった。立ったまま窓の外を見た。団地の中庭に街灯が一本立っている。その光が雨上がりのコンクリートに滲んでいる。
信用問題。その言葉が頭の中で繰り返された。白しには借金がない。サラ金には行ったことがない。クレジットカードは一枚持っているが、毎月全額引き落としで、一度も残高を残したことがない。家賃はこの十三年間、一日も遅れたことがない。それでもこの文は白しに向けて書かれた。太田さんが見たのは、容子宛ての催促だった。白しの名前ではなく、白しの住所に届いた別の人間への催促。でもそれを見た人間には、そういう区別はおそらくつかなかった。あるいはつけようとしなかった。薄茶色の封筒と赤い文字と督促という言葉。それだけで判断された。
白しは紙を折りたんだ。引き出しを開けて、奥にしまった。証拠として捨てなかった。何かのためになるかもしれないと思った。ならないかもしれない。でも捨てる気にはなれなかった。
白しがこの団地に越してきたのは、夫が亡くなった翌年のことだった。それまで住んでいた家は夫名義で、住宅ローンが残っていた。一人の収入では払いきれなかったから売った。売った後に少しだけお金が手元に残って、それで今の団地に引っ越した。引っ越し費用を払ったら、ほとんど残らなかった。引っ越してきた日から、白しは気をつけていた。挨拶は必ずする。ゴミの分別は守る。廊下に物を出さない。夜遅くに音を立てない。洗濯物は規定の時間内に干す。町内会費は毎月きちんと払う。清掃当番の日には早めに出る。それは努力というより、白しにとっては当然のことだった。人に迷惑をかけてはいけない。近隣に恥をかかせてはいけない。それが白しの育ちの中で刷り込まれた感覚だった。十三年間、白しはそれを守ってきた。一度も誰かに迷惑をかけたことはなかった。少なくとも白しはそう信じていた。
それが今、一枚のはがきで崩れた。自分が崩したわけではない。崩したのは容子だ。いや、容子が崩したわけでもない。容子は白しの住所を緊急連絡先に書いただけだ。それがこういう形になるとは、容子も思っていなかっただろう。あるいは思っていたとしても、他にかける住所がなかったのかもしれない。どちらにしても、もう容子には聞けない。
白しは座椅子に腰を下ろした。背もたれに体重を預けた。十三年分の積み重ねが崩れた。その実感が今になってゆっくりとやってきた。怒りとも悲しみとも違う。何かずっと遠いところで、柱が倒れる音がするような感覚だった。白しは右手の指を膝の上で静かに握った。指がつって、痛んだ。白しはしばらく握り続けた。
翌朝、燃えるゴミの日だった。白しは七時に起きてゴミ袋をまとめた。昨夜から用意していた。分別はいつも通り正確にやった。集積所へ向かう時、すでに数人が来ていた。白しの後ろから来た女性が、白しより先に集積所の前の場所に立った。白しは少し下がった。その女性が振り向かずに白しの横を通った時、体ごと向きを変えて、白しから遠ざかるような動きをした。目は一度も合わなかった。
別の方向から太田さんが来た。太田さんは集積所の分別看板の前に立って、誰かが出したゴミ袋を確認していた。白しの方を向かなかった。白しが「おはようございます」と言っても、太田さんは手元のゴミ袋から目を離さなかった。挨拶が空中に散った。白しはゴミ袋を所定の位置に置いて、その場を離れた。背後で声が聞こえた。太田さんの声だった。聞こえた言葉は「最近、ここ、ちょっとね」。続きは聞こえなかった。白しは聞こえなかったふりをした。聞こえなかったふりをしながら、棟の入口まで歩いた。扉を開ける前に、わずかに足が止まった。それだけだった。扉を開けて中に入った。階段を登った。一段ずつ、音を立てないように四階まで登り切って、廊下を歩いて、四〇二号室の扉の前に立った。鍵を出した。鍵穴に差し込んで回した。扉を開けて中に入った。扉を閉めた。玄関で靴を脱いだ。揃えた。それだけのことを、一つずつやった。やらないと崩れる気がした。
電気をつけた。台所が見えた。昨日食べかけの弁当の残りがラップをかけて冷蔵庫に入っている。白しは台所には行かず、畳の部屋に入って座椅子の前に座った。正座だった。座椅子には座らなかった。床に正座で背筋を伸ばして座った。窓から朝の光が入ってきた。梅雨の白い光だった。
村八分という言葉を、白しは思い出した。子供の頃、親に言われた言葉だった。人に迷惑をかけたら村八分にされると。その頃は村八分の意味がよく分からなかった。でも大人になってから、意味よりも感触を理解した。共同体から切り離される。それがどういうことかを。
白しは今、六十七歳だ。仕事の同僚とは職場の距離感以上にならない。それは白しが選んできたことだった。友人と呼べる相手は今はいない。夫の友人たちとの付き合いは、夫が亡くなってから自然に消えた。親戚との連絡は盆と正月のはがき一枚だけになっている。残っているのは、この団地の中の毎朝のわずかな挨拶だけだった。おはようございます。今日もいい天気ですね。寒くなりましたね。それだけの言葉のやり取りが、白しの日常の中の人との接点のほぼ全てだった。それが今、なくなろうとしている。
若ければ引っ越せばいい。新しい場所でやり直せばいい。でも、白しには引っ越す費用がない。引っ越したとしても、また一から積み上げるだけの気力があるかどうか分からない。それより何より、白しはここに住む権利がある。家賃を払っている。規則を守っている。法律を犯していない。容子の催促は容子のものだ。白しのものではない。白しは何もしていない。何もしていないのに、こうなっている。白しはそのことを静かに怒った。怒鳴りたいとか誰かに文句を言いたいとか、そういう怒りではなかった。静かで冷たくて、底の方でゆっくりと燃えているような怒りだった。でも、その怒りを外に出す場所が、白しにはなかった。
白しは正座を崩して、足を前に伸ばした。しばらくそのまま外を見ていた。団地の中庭に誰かが洗濯物を干しに来ている。白いシャツが梅雨の風に静かに揺れていた。
その夜、白しはまたアイロンをかけた。翌日着るブラウスをアイロン台に広げた。襟から始めて、肩、袖、身頃の順番でかける。スチームを使わないアイロンが布の上を滑る感触がある。シワが伸びていく。アイロンをかけながら、白しは何も考えないようにした。考えないようにしながら、手だけ動かした。襟の折り返しの部分を指先で抑えながらアイロンを当てる。この角度で、この力で抑える。それをやっている間は、書類のことも、松永のことも、太田さんのことも、あの白い紙のことも、頭に入ってこない。
アイロンが終わると、ブラウスをハンガーにかけた。椅子の背もたれにかけておいて、明日の朝に着る。台所へ行き、冷蔵庫から弁当の残りを出した。電子レンジで温めた。電気代がかかるが、冷たいまま食べると胃がもたれる。温める方がいい。温めた弁当を台所のカウンターで食べた。今夜は電気をつけた。昨夜は消したままだったが、今夜はつけた。特に理由はなかった。ただ、今夜はつけたかった。
鶏の照り焼きが少し硬くなっていた。でも食べた。食べながら、白しは明日のことを考えた。仕事は午後の番だ。午前中に、千葉市役所ともう一箇所の役所から書類が届いていないか確認できる。届いていれば、次の手順に進める。届いていなければ、また待つだけだ。弁当を食べ終えて、容器をゴミ袋に入れた。台所の電気を消した。布団を敷いて横になった。天井を見た。暗かった。この天井を白しは十三年見てきた。シミの形も、光の入り方も、全部分かっている。夫が死んだ夜も、この天井を見た。引っ越してきた最初の夜も。仕事を続けようか迷っていた頃も。天井は変わらなかった。
白しは目を閉じた。今夜は少し眠れるかもしれないと思った。思うだけだった。でも、思うことはできた。窓の外で、雨がまた降り始めていた。
書類が揃ったのは、郵送を出してから十一日後のことだった。埼玉の実家の住所から取り寄せた戸籍謄本が最後に届いた。封筒を開けると、薄い紙のような役所の用紙に、細かい文字で容子の出生から死亡までの記録が印刷されていた。白しはそれを他の書類と一緒に、透明のクリアファイルに順番に入れた。書類を確認しながら白しは計算した。家庭裁判所への申立てには、収入印紙八百円と、郵便切手が必要だ。それは大した金額ではない。問題は、千葉にある容子の部屋だった。
不動産管理会社からは、その後に電話があった。一度目は「今月中に」と言われた。二度目は「もう今週中に来ていただかないと、弊社で処分することになります」と言われた。その処分費用が、請求として白しに回ってくる可能性がある。
白しは、家庭裁判所への申立てと、千葉を同じ日にまとめて行くべきかどうか、何度も考えた。さいたま家庭裁判所は浦和にある。千葉は反対方向だ。一日で両方回るには、移動だけで相当な時間がかかる。仕事は一日分の休みが必要だ。つまり六千円。それでも別々の日にすれば、二日分の六千円が消える。一日にまとめれば、六千円で済む。白しは一日にまとめることにした。
前日の夜に、来ていくものを決めた。黒いジャケットと紺のブラウス。千葉に行くのに正装で行く理由はない。でも不動産会社と会うのに、だらしない格好で行く気にもなれなかった。白しは相手に見くびられないための格好というものを、長年の経験で知っていた。それは防具だった。
朝五時に起きた。白湯を飲んで、アイロンをかけて、ブラウスを着た。鏡の前で確認した。襟が立っている。問題ない。鞄の中にクリアファイルを入れた。家庭裁判所への申立書と必要書類一式。収入印紙は昨日郵便局で買ってある。封筒も用意した。千葉の管理会社へは、手ぶらで行く。荷物を引き取るためではなく、状況を確認して話し合うためだ。引き取れるものがあれば、持てる分だけ持ち帰れる。それだけだった。
電車の時刻を確認した。浦和のさいたま家庭裁判所へは、川口から電車で二十分ほどかかる。そこから千葉へは、電車を乗り継いで一時間半から二時間。帰りも同じくらいかかる。合計で五時間以上、電車に乗っていることになる。白しは各駅停車の路線を調べた。特急や快速を使えば早く着くが、運賃が上がる。各駅停車を乗り継いで行けば、時間はかかるが数百円安くなる。白しは各駅停車の経路を選んだ。時間よりも金額の方が、今の白しには重かった。
朝六時前に家を出た。さいたま家庭裁判所は浦和駅から歩いて十分ほどの場所にある。建物は古く、廊下がひんやりとしていた。受付で番号を取り、書類一式を提出窓口に出した。担当の職員は四十代の女性で、書類を一枚一枚確認しながら、不足がないかチェックした。白しは椅子に座って待った。十五分ほどして職員が戻ってきた。書類の不足はないと言った。受理番号を教えられ、今後の連絡は郵便で来ると説明された。手続き自体はそれで終わりだった。
白しは深く頭を下げて窓口を離れた。廊下を歩きながら、少しだけ息を吐いた。書類を揃えるのに十一日かかった。費用もかかった。仕事も休んだ。でも、一つ終わった。白しは裁判所からの通知を待つだけだった。
建物を出ると、空が明るかった。梅雨の晴れ間ではなかったが、雨は降っていなかった。白しは駅へ向かいながら、鞄の中のクリアファイルから千葉の書類を確認した。不動産管理会社の住所と電話番号。容子が住んでいたアパートの住所。管理会社の担当者の名前。
電車の時刻を確認して、ホームへ降りた。各駅停車の電車は空いていた。平日の午前中で、乗客はまばらだった。白しは窓際の席に座った。鞄を膝の上に置き、外の景色を見た。電車が駅を一つ一つと通り過ぎていく。住宅地が続く。工場の屋根が見える。線路沿いに雑草が伸びている。どれも見ていて意味のない景色だったが、白しはそれを見続けた。考え事をするより、外を見ていた方が頭が静かになる気がした。
一時間が経った。乗り換えを二回した。ホームで待つ間は立ったままだった。ベンチに座れば楽だったが、座るとまた立ち上がるのが面倒な気がして、立ったままでいた。二回目の乗り換えをした電車はもっと空いていた。ボックス席の一角に、学生とおぼしき男性が一人、イヤホンをつけて眠っていた。その向かいに白しは座った。電車が動き出すと、窓の外に川が見えた。水量が多く、梅雨の雨でさらに増えているようだった。灰色の水面が鈍く光っていた。
白しは容子のことをまた考えた。考えないようにしていたが、千葉に近づくにつれて、そうもいかなくなってきた。容子と最後にあったのは今から十五年前だった。場所は当時、白しが住んでいた東京の小さなアパートだった。白しが尋ねていったのか、容子が来たのか、その点がもう曖昧になっている。ただ、最後の場面は覚えている。容子が泣いていた。白しは泣く容子を見ながら、冷たい気持ちでいた。冷たい気持ちでいることが、自分でも分かっていた。でも、その冷たさを崩せなかった。容子に貸した金が返ってこないという話を何度もして、その度に容子は謝って、でも返せなくて、また謝って。それを繰り返していた。白しの中で、何かが固まっていった。固まると、もう動かせなかった。最後に何を言ったのか、正確には覚えていない。でも、言ってはいけない言葉を言った気がする。容子が泣きながら黙った時、白しは立ち上がって帰った。それが最後だった。
電車が揺れた。白しは窓の外の川から目を離して、膝の上の鞄を見た。容子が死んだ。それを頭で理解はしている。でも、実感がまだついてこない。容子の顔が今どんな顔なのか、白しには想像できなかった。最後に見た顔が泣いていたから、その顔が記憶に残っている。それだけだった。
千葉の駅に着いたのは、午前十一時を過ぎた頃だった。改札を出て、バスに乗り換えた。容子のアパートがある住所は、駅からバスで十分ほどの場所だった。バスを降りて、住所を頼りに歩いた。容子のアパートは、細い路地を入ったところにあった。二階建ての古い木造アパートで、外壁の塗装が剥がれて、コンクリートの地肌が見えているところがあった。外付けの鉄の階段が錆びていて、踏むとわずかにたわむ音がした。容子の部屋は二階の奥だった。
階段の下に、不動産管理会社の車が止まっていた。男が一人、車にもたれて立っていた。五十代くらいで、グレーのポロシャツを着ていた。白しが近づくと、男は「白波セラ子さんですか」と言った。白しは「はい」と答えた。男は「岸田です」と名乗り、会社名を言った。それから「長らくお待ちしておりました」と言った。言い方は丁寧だったが、声の中に苛立ちのようなものが混じっていた。待たされたということへの圧力だった。白しは「ご連絡が遅くなりまして、申し訳ございません」と頭を下げた。岸田は軽く頷いて、階段の方へ歩き出した。
部屋の鍵を、岸田が開けた。扉を開けた瞬間、空気が来た。湿気と何か有機的なものが混ざった匂いだった。生ゴミではない。でも、人間が長期間暮らした部屋の、換気されていない空気の匂いだった。白しは一瞬だけ顔を背けて、それから息を浅くして部屋に入った。
六畳一間の部屋だった。入って右側に台所がある。シンクに食器が積み上がっていた。洗われていない皿が何枚か、乾燥して汚れが固まっていた。台所の床には、使い終わったペットボトルが十本ほど並んでいた。捨てるつもりで取っておいたのだろうと、白しは思った。窓の近くに布団が敷きっぱなしになっていた。シーツは薄汚れていた。枕のくぼみが、まだそのまま残っていた。容子が最後に寝た場所だろう。白しはその枕のくぼみを一瞬だけ見て、視線を外した。部屋の隅に段ボール箱が二つあった。中には衣類と雑な書類のようなものが入っていた。本棚の代わりに使っていたとおぼしき板の上に、文庫本が数冊と、薬の袋が置いてあった。薬は市販の鎮痛剤だった。いくつかは、まだ中身が残っていた。
容子はここで暮らしていた。白しは部屋の真ん中に立って、ゆっくりと一周した。広くない部屋に、容子の生活の痕跡がある。多くはなかった。目立つほどの荷物もなかった。人間一人が、最小限で生きていたという印象だった。
岸田が背後で言った。「ご覧の通りの状況でして。弊社としては早急に現状回復していただく必要があります」白しは振り向いた。岸田は鞄から一枚の紙を取り出した。白しに差し出した。見積もり書だった。「弊社指定の業者でやれば、この金額でできます。清掃と廃棄物処分費用込みで」白しは見積もり書を受け取った。金額を見た。四十五万円だった。
四十五万円。白しの通帳の残高は八十五万円だった。家庭裁判所への手続き費用と今日の交通費を引いて、今は少し減っている。四十五万円を払えば、残りは四十万円を切る。それが白しの老後に残る全てになる。
白しは見積もり書を岸田に返した。「少し考えさせてください」と言った。岸田の顔に何かが走った。苛立ちとも取れる微妙な表情だった。「早くしていただかないと」と言いかけた。白しは「承知しております。ただ、今すぐにサインはできません」と答えた。岸田は「来週以降になると、日割りの違約金が発生します。それも請求させていただくことになりますので」と言った。白しは頷いた。「分かりました。それも含めて検討します」岸田は少しの間、白しを見た。白しは岸田の目を外さずに見返した。何か言いたげな様子だったが、岸田は結局何も言わなかった。「では、ご判断いただけたらご連絡を」と言って、見積もり書を鞄に戻した。それから岸田は「今日はご自身で、何か引き取られますか」と聞いた。
白しは「少し確認させてください」と答えた。岸田が言ったのは、その後だった。「ああ。それと、念のためですけど」だと。岸田は思い出したように言った。「もし相続放棄の手続き中の場合、遺品を持ち出すと、相続を承認したと見なされる可能性があります。法律上のことですので、弊社からどうこう言う立場ではありませんが、念のため」白しはその言葉を、ゆっくりと頭の中で整理した。今日の午前中に、家庭裁判所へ申立書を提出した。それは相続放棄の手続きの開始だ。でも、まだ受理されたわけではない。その状態で、容子の部屋から何かを持ち出せば、相続を承認したと見なされる可能性がある。そうなれば、全ての負債が白しに来る。白しは「分かりました」と言った。「何も持ち出しません」岸田は頷いた。それから「では、また連絡をお待ちしております」と言って、階段を降りて行った。エンジン音がして、車が走り去った。
白しは、開けっぱなしの部屋の中に一人残された。持ち出せない。分かっていた。でも、白しはもう少しだけこの部屋にいた。何かを持ち出すためではなかった。ただ確認したかった。容子がどう生きていたか。最後の部屋を、自分の目で見ておきたかった。それだけだった。
台所のシンクを見た。皿の数は少ない。一人暮らしにしても、少なかった。一枚の皿を繰り返し使っていたのかもしれない。本棚の板の上の文庫本を見た。タイトルを確認した。白しの知らない作家の本だった。表紙が日焼けしていて、何度も読み返した形跡があった。薬の袋を見た。市販の鎮痛剤。いくつかは空になっていた。容子はどこかが痛かったのだろう。でも、病院には行かなかった。市販薬で我慢していた。
窓に近づいた。外を見た。路地が見えた。古い家が並んでいた。静かな景色だった。容子はここから毎日、この景色を見ていたのだと思った。振り返って、もう一度部屋を見た。布団の脇に枕がある。その枕の下に、何か薄いものが入っている気がした。白しは近づいた。枕を動かさずに、横から見た。確かに、何かが挟まっていた。持ち出せない。でも、これは見るだけならいい。白しはそう判断した。枕をわずかにずらした。下から出てきたのは、一冊のノートだった。大学ノートの半分くらいの大きさの、薄い帳面だった。表紙は白くて、何も書いてなかった。
白しはそれを手に取った。開いた。文字は細かく、鉛筆で書かれていた。最初のページから、数字が並んでいた。家計簿だ。白しはそれを読んだ。「食費三百円。バス代百八十円。薬なし」「次のページ 食費二百四十円。電気代は来月分まとめて払う予定。薬なし、我慢」「また次のページ 食費三百円。昼は水だけ。夜は卵ご飯にしよう」白しはページをめくった。同じような記録が何ページも続いていた。日付があって、その日使った金額があって、時々短いメモが挟まっていた。「今日は仕事なかった。足が痛い。でも病院は来月。米がそろそろなくなる」ページをめくるたびに、容子の暮らしが出てきた。容子は一日の食費を三百円以下に抑えようとしていた。薬は我慢できる時は買わなかった。バス代を節約するために、遠い距離も歩いていた。
白しはある一頁で、手が止まった。「姉への返済、今月分千円。合計四万二千円になった」白しはその行をもう一度読んだ。三度読んだ。千円。容子は白しに返すための金を、少しずつ積み立てていた。ページをめくった。同じ記録が続く。「姉への返済、今月分千円」「今月は五百円しか入れられなかった。来月は千円にする」「姉への返済、千円。合計四万九千円」
白しが容子に貸した金額は、当時十万円だった。十五年前の話だ。容子はその十万円を、月に千円か五百円ずつ、少しずつ積み立てていた。一人でノートに書いて、一人で計算して、一人で続けていた。誰にも言わずに。白しにも連絡せずに。白しは膝の上で、ノートから目を離せなかった。台所の棚の上に、鎮痛剤の袋がある。飲む金さえ惜しんで、我慢していた薬がある。その傍らで、容子は千円を積み立てていた。白しに返すために。
ページをめくった。最後のページに近いところに、こう書いてあった。「今月は返済できなかった。ごめん。姉ちゃん」そこで容子の字が終わっていた。それ以降のページは真っ白だった。
白しがアパートを出たのは、午後二時を少し過ぎた頃だった。ノートは持ち出せなかった。岸田の言葉が頭にあった。相続を承認したと見なされる可能性がある。白しはノートを元の場所に戻した。枕の下に、容子が置いていた場所に。戻す時、少しだけ時間がかかった。指がなかなか離れなかった。
階段を降りた。錆びた鉄の階段が、足の下でわずかにたわんだ。バス停まで歩いた。バスを待つ間、白しは町を見た。千葉の住宅地は、川口とあまり変わらなかった。古い家と新しいマンションが混在して、コンビニがあって、電線が空に並んでいる。容子はこういう景色の中で生きていた。白しはそれを今日初めて知った。バスが来た。乗った。窓際の席に座った。
電車を乗り継いで、川口に帰り着いたのは夜の八時を過ぎていた。各駅停車の電車は帰りも揺れた。座席に座り、窓の外が暗くなっていくのを見ていた。景色は見えなくなって、窓ガラスに車内が映るだけになった。白しの顔が、窓ガラスに薄く映っていた。白しはその顔を見ないようにした。電車の中は夜の帰宅客で混んでいた。スーツを着た男性が隣に立っていた。その向こうに、スマートフォンを見ている女性がいた。みんなそれぞれの一日を終えて、それぞれの家に帰っていく。
白しは鞄を膝の上に抱えた。ノートのことを考えた。あの細かい鉛筆の字を考えた。日付と金額の羅列を考えた。姉ちゃんという言葉を考えた。容子は怒っていなかった。十五年前、白しに何か言われて泣いて、そのまま連絡が途絶えた。でも容子は怒っていなかった。怒っていたなら、返済の記録なんてつけない。白しは窓の外の暗闇を見た。自分があの日、容子に言ったことの重さを、今になって受け取った。言ったことの内容よりも、言ってしまったことで、容子が十五年間一人で抱え込んできたものの重さを。それが今夜になって、白しの胸の中にゆっくりと入ってきた。
隣の席の男性が眠り込んで、白しの肩に少し寄りかかってきた。白しは静かに身体をずらした。男性は目を覚まさなかった。川口の駅が近づいた。白しはゆっくりと立ち上がった。電車が止まった。扉が開いた。ホームに降りた。改札を出て、夜の商店街に入った。スーパーはまだ開いていた。白しは立ち止まって、店の中を少し見た。値引きシールが貼られた総菜が棚に並んでいた。でも今夜は買う気になれなかった。そのまま通り過ぎた。橋を渡った。団地に入った。中庭の街灯が水溜まりに映っていた。棟に入り、階段を登った。四階の廊下を歩いた。四〇二号室の前に立った。鍵を出した。差し込んだ。回した。扉を開けた。玄関に入った。電気をつけた。靴を脱いだ。揃えた。上がって、鞄を台所のカウンターに置いた。コップを出して、水を注いだ。飲んだ。それだけやって、畳の部屋に入った。電気はつけなかった。窓から団地の街灯の光が入ってきた。それだけで部屋の中がうっすらと見えた。座椅子の前に座った。しばらく何もしなかった。それから白しは、ゆっくりと顔を両手で覆った。ハンカチは持っていなかった。でも、手のひらで顔を覆った。右手の人差し指の関節が頬にあたって、鈍く痛んだ。白しは声を出さなかった。肩がわずかに動いた。それだけだった。部屋の外で、電車の音が遠く聞こえた。梅雨の夜は静かで、音がよく通った。白しは手のひらの中で目を閉じていた。
期限まであと五日だった。白しがそれを確認したのは、朝四時に目が覚めて、暗い台所で白湯を飲んでいる時だった。壁のカレンダーを見て、今日の日付を確認して、指で数えた。五日で何ができるか。家庭裁判所からの通知はまだ届いていない。申立てを提出してから、もう二週間が経っていた。処理に時間がかかっているのか、それとも書類に不備があって差し戻されるのか、白しには判断できなかった。毎日郵便受けを確認した。来なかった。千葉の不動産管理会社からは、その後も電話があった。「今月中に返答がなければ、弊社で処分を進めます」と言われた。白しは「検討しております」と答えた。電話を切ってから、その「検討」という言葉が、ひどく空疎に聞こえた。
白しはコップを両手で包んで、白湯の温度が指先に伝わるのを感じた。昨夜もよく眠れなかった。眠れない夜が続くと、頭の中で計算が勝手に始まる。弁護士に依頼すれば、相続放棄の手続きを代行してもらえる。でも費用が最低でも三万円から五万円かかる。加えて、書類の取り寄せにかかった費用。千葉への往復交通費。仕事を休んだ日数分の収入減。これまでにすでに相当な金が出ていった。それでも、手続きを完了できるかどうか分からない。家庭裁判所からの通知が来なければ、期限内に放棄が完了しない可能性がある。そうなれば、容子の負債が全額、白しに来る。家賃滞納分。住民税滞納分。そして部屋の現状回復費用。合計がいくらになるか、白しにはまだ正確な数字が把握できていなかった。
白しは白湯を飲み干した。コップを洗った。タオルで拭いた。棚に戻した。窓の外がうっすらと明るくなってきていた。梅雨が明けようとしていた。空の色が、少しだけ違う気がした。それとも気のせいかもしれなかった。
その日の朝、白しは仕事を休んだ。主任に電話をした。「本日、また所用がありまして」と言った。主任は短く返事をして、電話が切れた。今月で三度目だった。三度続けて休むことへの後ろめたさが、喉の辺りに引っかかった。でも、行かなければならない場所があった。着替えた。黒いジャケットは着なかった。紺のブラウスと、灰色の綿のパンツにした。正装ではなく、でもだらしなくもない格好。郵便局に行くだけなら、これで十分だった。
郵便局は駅の近くにある。徒歩で十二分。白しは傘を持って外に出た。今日は雨が降っていなかった。それでも、梅雨の間は傘を持って出る習慣があった。郵便局に着いたのは、午前九時少し過ぎだった。窓口の前に番号を取って並んだ。三人待ちだった。しばらくして、白しの番が来た。白しは通帳を窓口に差し出して、「全額下ろしたいのですが」と言った。窓口の女性は通帳を受け取って確認した。それから顔を上げて「全額でよろしいですか」と聞いた。白しは「はい」と答えた。女性は少し間を置いた。「一度に大きな金額を下ろされる場合、念のためご確認させていただいております。不審な連絡などはございませんでしたか」白しは「ございません。個人的な事情です」と答えた。女性は頷いた。処理が始まった。しばらくして、封筒に入った現金が窓口に置かれた。八十五万円から、これまでに使った費用を引いた残額だった。八十一万円と少し。白しはそれを受け取り、鞄の中の財布に分けて入れた。全部は入らなかったから、封筒と鞄の内ポケットに入れた。重かった。物理的な重さではなかった。白しが長年かけて積み上げてきた全ての重さだった。
郵便局を出て、白しは帰り道を歩いた。商店街の入口で一度立ち止まった。頭の中で、二つの道が並んでいた。一つはこのまま手続きを続ける道だった。家庭裁判所の通知を待ち、弁護士に相談し、容子の部屋の費用についても交渉する。費用と時間と体力をかけて、法律の手順を踏む。そうすれば、負債を引き継がずに済む可能性が高い。ただ、可能性だ。確実ではない。書類の不備があれば、期限を過ぎる。期限を過ぎれば、全ての負債が来る。もう一つは、手続きをやめて、直接払う道だった。家賃滞納分と公的な債務だけを払う。業者には頼まない。室内の荷物は最小限の方法で処分する。現状回復費用の交渉は自分でやる。四十五万円の業者見積もりは断る。手間と時間はかかるが、法的な手続きを全て弁護士任せにするよりも、金額の見通しが立つ。どちらが正しいか、白しには分からなかった。分からなかったから、一人で決めることにした。
白しは歩き出した。商店街を抜けながら、頭の中を静かにしようとした。考えないようにするのではなく、考えを一つに絞ろうとした。橋の上で、白しは少しだけ足を止めた。川を見た。梅雨の水量で膨らんだ川が、灰色の空の下を流れていた。早くも遅くもなく、ただ流れていた。白しは川から目を離して、また歩き出した。決まっていた。
家に帰り、台所のカウンターに現金の封筒を置いた。引き出しからメモ帳を出した。千葉の管理会社からもらった書類と、市役所から届いていた容子の住民税の催促状も並べた。白しは計算した。容子の家賃滞納分が四ヶ月。千葉市内のあのアパートの家賃は、管理会社に確認したところ五万二千円だった。四ヶ月分で二十万八千円。これは払う。払わなければ、管理会社との関係が泥沼になる。住民税の滞納は、千葉市役所に確認したところ、容子の場合、所得が低かったために滞納額自体は多くなかった。延滞金を合わせても、十二万円ほどだった。これも払う。公的な債務を放置すると、後々まで名前が残る。電気と水道の滞納は、それぞれの会社に電話して確認した。電気が三ヶ月分で一万四千円。水道が二ヶ月分で八千円。合わせて二万二千円。これも払う。合計で三十五万円ほどになる。業者の四十五万円の見積もりは断る。室内の荷物は、白しが自分で行って最小限の処分をする。ゴミ袋を持っていき、分別して、白しの住む町のゴミ収集を使う。何日かかるか分からないが、費用は大幅に抑えられる。それで手元に残るのは、四十万円強だった。少ない。老後に残せる金額として、少ない。でも、これが白しの現実だった。
白しはメモ帳に数字を書きながら、不思議なほど落ち着いていた。手続きを続けるよりも、払う方が白しには合っていた。手続きは、相手が決めたルールの中で動き続けることだ。費用がかかる。時間がかかる。確実性がない。その間、ずっと何かを待ち続けることになる。白しには、その「待ち続ける」という状態に、これ以上耐える余裕がなかった。払えば終わる。少なくとも、容子に関わる負債のほとんどは終わる。
白しはペンを置いた。午後から電話をかけた。まず千葉の管理会社に電話した。岸田が出た。白しは「家賃の滞納分をお支払いします。業者への依頼は一旦保留させてください。室内の片付けは、私が自分で行います」と続けた。岸田は少しの間沈黙した。それから「分かりました。では、振り込み先をお伝えします」と言った。昨日までの声の調子が違った。白しが金を払うと言った瞬間に、岸田の話し方が変わった。白しはそれに気づいたが、何も言わなかった。振り込み先を控えた。電話を切った。
次に、千葉市役所の住民税担当に電話した。担当者が出て手続きを説明してくれた。口座振り込みで支払えること。振り込み確認後に領収書が送られてくること。白しはそれを確認して電話を切った。電気会社と水道局にも、それぞれ電話した。滞納分の支払い方法を確認した。どちらも振り込み対応だった。電話を四本かけると、部屋が静かになった。
白しは郵便局へもう一度行き、それぞれの口座に振り込んだ。窓口で手続きをするたびに、封筒の中の現金が減っていった。白しはそれを一枚一枚確かめながら出した。全部の振り込みが終わったのは、夕方だった。帰り道の途中でコンビニに寄った。お茶のペットボトルを一本買った。百円のやつだ。外に出て、その場で蓋を開けて飲んだ。冷たかった。喉が乾いていたことに、そこで初めて気づいた。
翌日、白しはまた千葉へ行った。今度は朝から、大きな鞄を持って、ゴミ袋を束にして鞄に入れて出た。各駅停車の電車で、また三時間かかった。容子のアパートは、前回と変わらず路地の奥に立っていた。管理会社には前もって連絡して、鍵を借りる手配をしていた。部屋に入った。白しは窓を開けた。新鮮な空気が入ってきた。六月の終わりの風が、部屋の中の淀んだ空気を少しずつ押し出した。
ゴミ袋を広げた。台所から始めた。シンクの食器を洗った。洗ってからどうするか、少し迷った。容子のものだから、どこにもやれない。でも、洗わないで捨てる気にもなれなかった。洗った。洗ってから、ゴミ袋に入れた。粗大ゴミはゴミとして出せないから、白しの住む町の収集に申し込む必要がある。後で確認することにした。ペットボトルは束にして、資源ゴミの袋に入れた。薬の袋は燃えるゴミに入れた。布団はそのままにした。大きすぎて、一人ではどうにもならない。収集の申し込みが必要だった。
本棚の板の上の文庫本を手に取った。数冊だった。持ち出すことはできない。でも、ゴミ袋に入れる前に、表紙を一冊一冊確認した。どれも知らない作者の本だった。白しが読んだことのない作家の名前が並んでいた。容子はこういう本を読んでいたのかと思った。それ以上のことは分からなかった。本を袋に入れた。
枕を手に取った。枕の下には、あのノートはなかった。白しは枕を持ったまま、少しの間動かなかった。ノートがないということは、前回確認した後で、誰かが来たということか。管理会社の人間が、室内を確認するために来た可能性がある。その人間が、ノートを何かと一緒に処分したか。あるいは別の場所に移したか。どちらにしても、もうそこにはなかった。白しは枕をゴミ袋に入れた。
段ボール箱の中を確認した。衣類が入っていた。古い服が、畳んで入れてあった。白しは衣類を一枚一枚広げて確認した。何かが入っていないか確かめながら。何も出てこなかった。衣類は古着回収の袋に入れた。それからもう一つの段ボール箱を開けた。書類が入っていた。雑な書類だったが、一応確認した。捨てていいものと、確認が必要なものに分けた。領収書の束は捨てた。何かの契約書らしき紙は、取り置いて後で確認することにした。
その束の中に、一枚だけ別の紙があった。封筒に入っていた。封は開いていた。白しは取り出して、読んだ。短い手紙だった。日付は三年前だった。宛先は「姉さんへ」だった。
「姉さん。元気ですか。私は相変わらずです。なかなか連絡できなくてごめんなさい。お金のこと、少しずつ返しています。まだまだかかるけど、必ず返します。元気でいてください。よし」
白しは手紙を持ったまま、立っていた。送られていない手紙だった。封筒に入っているのに、切手が貼られていなかった。宛名の住所も書いていなかった。書いたけれど、送れなかったのか。送るつもりで書いて、送ることができなかったのか。分からなかった。
白しは手紙を折りたたんで、自分の鞄の内ポケットに入れた。これは持ち出す。法律がどう言おうと、これは持ち出す。白しはそう決めた。迷わなかった。
その日の帰りに、白しは千葉市内の葬儀社に立ち寄った。容子の遺骨のことを確認するためだった。容子が亡くなった後、遺体は行政の規定で火葬されていた。遺骨は引き取り手がいない場合、一定期間保管された後に、無縁仏として処分される。白しはそれを、市役所からの書類で知っていた。葬儀社の人間は丁寧だった。遺骨はまだ保管期間内だと教えてくれた。引き取りの手続きをすれば、今日でも持ち帰ることができると言った。費用を確認した。安い骨壺を選んで、手続きをした。小さな白い箱を受け取った。容子が、その中にいた。白しは白い箱を両手で持った。軽かった。人間一人が、これだけの重さになる。
白しは箱を鞄には入れずに、そのまま両手で持って電車に乗った。帰りの各駅停車の電車の中で、白しは白い箱を膝の上に置いていた。電車が揺れるたびに箱が少し動いた。白しは両手で支えた。窓の外が暗くなってきた。夕方の光が、川口に近づくにつれて見慣れた景色に変わっていった。
翌朝は、燃えるゴミの日だった。白しは昨夜からまとめておいたゴミ袋を持って、七時前に部屋を出た。階段を降りながら、鞄は持っていなかった。ゴミ袋だけを持っていた。集積所に着くと、すでに二人の女性が来ていた。一人は顔を知っている女性で、もう一人は太田さんだった。二人は話をしていた。白しが近づいても、話を止めなかった。白しは「おはようございます」と言った。太田さんは、白しの方を向かなかった。もう一人の女性は、少し顔をそらした。白しはゴミ袋を集積所の所定の場所に置いた。分別は正確にやってあった。太田さんが確認しても、何も言えない分別だった。置いて、その場を離れようとした時、太田さんが隣の女性に向かって言った。「最近、ここ、なんか変な感じがするのよね。雰囲気っていうか」声は小さくなかった。白しに聞こえる大きさで、言っていた。
白しは足を止めた。歩みを止めて、白しは振り返った。太田さんはまだ隣の女性の方を向いていた。白しの方を向いていなかった。白しは太田さんを見た。太田さんの横顔を、じっと見た。何秒か、そうしていた。太田さんが視線を感じたのだろう。少しだけ顔が白しの方に向いた。二人の目があった。白しは何も言わなかった。すぐには。太田さんの目がわずかに動いた。何かを読もうとするような目だった。あるいは、何かを期待しているような目だった。白しが謝るか、黙って早足で立ち去るか。そのどれかを、太田さんは待っていたのかもしれなかった。
白しは背筋を伸ばした。十三年間、この団地で背筋を伸ばして生きてきた。アイロンをかけて、ゴミを正確に分別して、挨拶をして、規則を守って、一度も家賃を滞らせたことがなかった。その十三年間が、今この瞬間に収まっていた。白しは太田さんの目を外さずに言った。「お通りください」声は低く、静かだった。それだけだった。他には何も言わなかった。怒鳴らなかった。訴えなかった。説明しなかった。ただ「お通りください」と言った。太田さんが一歩、後ろに下がった。白しは集積所の前から動いた。足はゆっくりで、急いでいなかった。棟の入口へ向かって歩いた。後ろで、しばらく静かだった。白しは振り返らなかった。
四〇二号室に戻った。玄関で靴を脱ぎ、揃えた。元気をつけた。台所へ行き、白湯を作った。飲んだ。畳の部屋へ行き、昨日千葉から持ち帰ったものを、小さな台の上に並べた。白い骨壺の箱を中央に置いた。その隣に、昨日段ボール箱の中から見つけた、切手を貼っていない手紙を置いた。そしてコップに白湯を注いで、その前に置いた。それだけだった。線香もなかった。花もなかった。そういうものを用意する金が、白しにはなかった。それよりも、白湯の方が容子には合っていると白しは思った。容子も朝に何か温かいものを飲んでいたかもしれない。そうであってほしいと思った。
白しは台の前に座った。正座で、背筋を伸ばした。白い箱を見た。何か言おうとしたが、言葉が出なかった。用意していた言葉がなかったから、当然だった。しばらくの間、ただ座っていた。それから白しは、一度だけ深く頭を下げた。
夕方、白しは仕事から帰ってきた。今日は午後の番だった。仕事を休まずに行けた。宮田さんが「最近、忙しそうですね」と言った。白しは「少し」と答えた。それだけだった。帰り道にスーパーへ寄った。夜八時の値引きシールが貼られた総菜棚を見た。コロッケが一個だけ残っていた。揚げてから時間が経って、少ししぼんでいた。白しはそれを手に取った。それから白飯のパックを一つ。合計で二百九十円だった。
家に帰り、電気をつけた。コロッケを皿に移して、白飯を開けた。台所のカウンターで、立ったまま食べ始めた。コロッケは冷めていた。でも、味は分かった。じゃがいもの甘さと、衣の油の風味。歯で噛むと、中身がほろりと崩れた。白しはそれを最後まで食べた。食べ終えてから、容器を片付けた。台所を拭いた。コップを洗った。タオルで拭いた。棚に戻した。畳の部屋に行くと、小さな台の上に白い箱と手紙が置いてあった。白湯のコップは、もう冷めていた。白しは冷めたコップを持って台所へ行き、中身を捨てて、また新しい白湯を注いだ。それを容子の前に置き直した。
白しは座椅子に腰を下ろした。通帳のことを、今夜は考えないようにしようとした。考えないようにしながら、少しだけ考えた。残高は四十万円を少し超えるくらいだった。月に三万円の余裕があるとすれば、一年で三十六万円消える。つまり、一年で底をつく計算になる。でも、仕事はある。体育館の清掃のパートは、まだ続けられる。ばね指は痛むが、続けられる。身体が動く限り、続けるつもりだった。月に十万円弱の収入がある。そこから保険料と家賃と光熱費を引いて、三万円で生きていく。それが白しの残りの日常だった。豊かではなかった。でも、これが白しの現実だった。現実を現実として受け取ることが、白しの生き方だった。諦めないというのではなかった。諦めても変わらないということだった。
窓の外を見た。団地の中庭に街灯が灯っている。その光の下を、猫が一匹、ゆっくりと横切っていった。白しはその猫を見た。猫は何も気にせずに、街灯の下を抜けて、暗がりに消えた。
梅雨が明けようとしていた。遠くで電車の音がした。川口の夜は、そういう音が断片的に聞こえてくる場所だった。電車と、たまに踏切りの音と、マンションの廊下を誰かが歩く足音と。それが白しの夜の音だった。白しは右手の指を左手でゆっくりと包んだ。関節の腫れた部分に親指を当てた。こうしていると、少しだけ落ち着く。痛みを確認するためではなく、ただ包んでいる。それだけだった。
台の上の白い箱を、白しはもう一度見た。よし。名前を、声に出さずに読んだ。返事はなかった。当たり前だった。でも、白しはもう一度、心の中で呼んだ。十五年という時間が、今夜この部屋の中で、ようやく終わった気がした。終わったというよりも、落ち着いたというような感触だった。解決したわけではない。謝れたわけでもない。ただ、あの日からずっと白しの中で固まっていたものが、少しだけ溶けた。
部屋の外で、雨の代わりに夜風が通り過ぎる音がした。梅雨が明ければ、また暑い夏が来る。白しは体育館の廊下を、暑い中でモップをかけることになる。ばね指の痛みを抱えながら、二度引きをしながら、六時間を終えて帰ってくることになる。通帳の数字は、少しずつ減り続けるだろう。太田さんとは、多分しばらく廊下で目が合わない日が続くだろう。それでも、毎朝アイロンをかけて、襟を立てて、外に出ることになる。それが白しの日常だった。
白しは背もたれに体重を預けた。座椅子がわずかに軋んだ。夫が長年使っていた軋みだった。白しはその軋みの感触を、身体で覚えていた。目を閉じた。今夜は、眠れるかもしれないと思った。



