「この服、夫が私に似合うって買ってくれたんだ」――その一言に、美紀さんは赤いリップを歪めて笑った。「貧乏だからセンスもない残念な人ね」。その日、地域のママ友会でワイングラスを片手に和んでいた私は、彼女に足を踏まれ、娘まで脅された。「私、レディヤクザになったのよ。逆らえば旦那も娘も消せるわ」。頭にワインボトルを振り下ろされた瞬間、赤い液体が顔を伝う。周りから悲鳴が上がる中、私は静かに髪をかき上…

「この服、夫が私に似合うって買ってくれたんだ」――その一言に、美紀さんは赤いリップを歪めて笑った。「貧乏だからセンスもない残念な人ね」。その日、地域のママ友会でワイングラスを片手に和んでいた私は、彼女に足を踏まれ、娘まで脅された。「私、レディヤクザになったのよ。逆らえば旦那も娘も消せるわ」。頭にワインボトルを振り下ろされた瞬間、赤い液体が顔を伝う。周りから悲鳴が上がる中、私は静かに髪をかき上...

私は滝宮千尋。三歳の娘を持つ主婦であり、アパレル会社の社長も務めている。毎日子育てと経営の二足のわらじで忙しいが、それなりに充実した日々を送っていた。ただ、周囲には話していないことがある。私の父はア鳥組というヤクザ組織の組長だということだ。私は組の人間ではないし、夫や娘の生活に影響が出てはいけないと思い、不用意に口にしないようにしている。

ある日、地域のママ友会に呼ばれ、夫に娘を預けて参加した。会場に着くと、すでに立食形式の飲み会が始まっていた。グラスを片手に楽しそうに話すママ友たち。育児や家事から解放されて、皆が羽を伸ばしている空気だ。私も久しぶりにゆっくりできると、心がほぐれる思いだった。だが、その穏やかな時間は長く続かなかった。

「やだ。お酒も飲めるって聞いてきたのに、こんな安い質の悪いのしかないの?ありえないんだけど。ま、ママ友会なんて所詮こんなものかしら」

聞き慣れた、あまり聞きたくない声が入り口から響いた。星野美紀さん。会うたびに私を地味だの貧乏人だと馬鹿にし、見下してくるママ友だ。ひどい時には軽い暴力や嫌がらせまでしてくるから、他のママ友たちも皆、苦手にしている。せめて今日は関わらずに楽しく過ごしたい。幸い、まだ私には気づいていない。私は見つからないように会場の奥へと進もうとした。その時だった。

「あら、千尋さんも来てたの?所詮、安い集まりよね。貧乏人でも気軽に参加できるってわけだし」

いつの間にか隣に来ていた美紀さんが、私に笑いかけてくる。私は曖昧に頷いてやり過ごそうとした。だが、彼女は私を頭の先からつま先まで眺めると、真っ赤なリップを歪めて下品に笑った。

「相変わらず地味な格好してるし、色も服の合わせ方もダサいわね。所詮、安物のカジュアルとはいえ、もう少し私みたいにまともな格好したらどうなの?」

美紀さんは誰もが知るハイブランドのワンピースに、宝石のついた指輪をはめていた。いかにもお金を持っているという風体だ。

「別にブランドにこだわりはないですし、この服も気に入っていますから」

私は素っ気なく返した。確かに飾り気のないデザインのワンピースだが、夫が私に似合うと買ってくれた、思い入れのある服だ。

「はあ。つまり千尋さんにセンスがないってことよ。貧乏だから買えないだけかと思ってたけど、貧乏だからこそセンスもない残念な人だったのね。面白いんだけど」

美紀さんは自分の言葉に大笑いすると、グラスを一気に飲み干してトレイに乱暴に置き、私の肩を組んできた。酒の匂いと強い香水の香りが混ざって、私は思わず顔を歪めた。

「あら、香水もつけてないの。貧乏人に香水なんて無理か。あんたの顔見てると新臭くてたまらないんだけど」

「なら私に構わなくていいですよ。今日はママ友同士交流する会です。私を無視して、他の人と楽しい時間を過ごした方が美紀さんのためでもあるし、その方がいいじゃないですか」

冷静にそう言うと、笑っていた美紀さんの顔が曇った。彼女は私が嫌がったり困ったりする姿を見たいらしく、こうして動じない態度を取るのが気に入らないようだった。すると、美紀さんは周りに気づかれないように、私の足をヒールで思いきり踏んできた。私は痛みに眉を寄せる。

「やめてください。隠れてこんなことするなんて、まるで子供のいじめじゃないですか」

「それもいいわね。あんたの貧乏臭くて不細工な子供も前から目障りだったし。息子に言って、学校でいじめてやろうかしら」

「子供には関係ない話でしょう」

自分のことを言われるのはまだ我慢できるが、娘の話を出されては黙っていられなかった。私の言葉が強くなったのを見て、美紀さんは満足そうに再び笑った。

「ああ、面白い。そうだ、いいことを教えてあげる。私、組の組員になったのよ。レディヤクザってやつ。最近は地位も上がってきて、権力も増してきたの」

「それがどうかしたんですか?」

「違いすぎない?これからはあんたを堂々と殴れるのよ。ヤクザの私が。私に逆らえば、あんた譲りのバカな娘も旦那も、いつだって消せるってわけ。さっきみたいに舐めた態度を取ったら、どうなるか分かってるわよね」

あまりの理屈の通らない言葉に、私は呆れてしまった。挙げ句の果てに脅して言うことを聞かせようとするなんて、本当に意地の悪い子供のいじめのようだ。家族まで巻き込もうとする態度には腹が立ったが、ここで言い合いになれば会場にも迷惑がかかる。私は怒りを抑えるように深く息を吐いた。

「私は舐めた態度も取ってないですし、美紀さんに逆らおうとも思ってないですよ。用が済んだなら失礼します」

「は、どこ行く気よ。ヤクザのこの私がいいって言ってないじゃない」

軽く頭を下げて離れようとした私を、美紀さんは強い力で肩を掴んで引き止めた。

「美紀さんがヤクザなのは結構ですけど、あまり周りに言いふらさない方がいいですよ。周囲の人にも場合によっては良くない影響が出ますし、結果的に組の質にも関わってきますから」

「急に説教し出すわけ?何様のつもりで言ってるのよ。一般人のくせに生意気言ってんじゃないわよ」

美紀さんは私の言葉がよほど気に障ったらしい。顔を怒りで赤くして私の胸ぐらを掴み、凄んでくる。だが、小さい頃からヤクザを見て育った私には、美紀さんの脅しなど何も怖くなかった。顔色一つ変えずに平然としていると、美紀さんは舌打ちをして私から手を離すと、近くにあったワインのボトルの首を掴んだ。そして、その瓶を私の頭めがけて振り下ろした。

鈍い音が響き、頭から赤い液体が垂れて顔に伝っていく。周りの人たちが驚き、悲鳴を上げ始めた。

「私が本気だって、これで分かったでしょ?私に立てつくことの恐ろしさが」

意地悪く笑う美紀さんに、私はちらりと視線を向けた。そして、乱れた髪をかき上げてため息を吐いた。これ以上黙っていても、この女が調子に乗るだけだ。ならば、もう我慢はやめよう。

「なら、しましょうか」

私は美紀さんに近づき、彼女の腕を掴むと、低い声で囁いた。美紀さんは突然の私の言葉に驚き、首をかしげる。

「は?何言ってるの?」

何を言われたか全く分かっていないようだった。

「とりあえず、場所を変えましょう」

私が怒りを込めた鋭い瞳で見据えたまま続けると、美紀さんの声はわずかに上ずっていた。

「べ、別に今ここで話せばいいでしょ。抗争って、どうせヤクザ映画の影響でそんな言葉使って私を脅そうとしてるんでしょ。普通の、しかも貧乏人ができるわけないじゃない」

彼女の言葉には焦りが混じり、喋る速度が速くなっていた。周りの人々がひそひそと話しながらこちらを見ている。このままでは、せっかくの会を台無しにしてしまう。私は美紀さんの腕を掴む手に力を込めた。

「痛い!やめてよ」

「このままじゃ周りにも迷惑がかかる。大人しく言う通りにするのが、身のためよ」

「何よ。今までと態度が全然違うじゃないの。もしかして猫をかぶってたっていうの?」

わめく美紀さんの腕を、さらにきつく締め上げる。

「痛い!分かった。分かったわよ。一緒に行くから、話して」

「分かってくれてよかったわ。それじゃ、行きましょうか。皆さん、お騒がせしてごめんなさい。私は大丈夫なので、私たちはお先に失礼します」

私は腕の力を少し緩め、美紀さんを引きずるように店の外へと向かった。

店を出た後、私は美紀さんを近くの土手まで連れて行った。辺りは薄暗く、人の気配はない。

「こんな人目のないところまで連れてきて怖くないの?私はあんたのことなんていくらでも殴れるし。私が声をかければ、たくさんの組員が来るんだからね」

美紀さんは強気に出ているが、明らかに落ち着かない様子だった。

「余計な話はいいから。殴れるって言うなら、早く来なさいよ」

「は、強がっちゃって。ヤクザの私に、一般人のあなたが勝てるわけないでしょ」

そう言うと同時に、美紀さんは私に殴りかかってきた。だが、その拳は私には当たらない。

「へ、へえ。運動神経はいいのね。うまく避けたみたいだけど、いつまで続けられるかしら」

美紀さんが続けざまに攻撃を仕掛けてくるが、私はそれを全て軽くかわしていく。

「思ったよりも大したことないのね。そんなんでヤクザやってるなんて、笑っちゃうわ」

私は笑いながら攻撃を避け、最後に美紀さんの顔面を殴り飛ばした。彼女は悲鳴を上げて後ろに倒れ込む。

「美紀さん、本当は弱いんですね。散々バカにしていた一般人の拳が一発入っただけで倒れるなんて」

美紀さんは殴られた頬に手を当て、ぽかんとした表情を浮かべている。

「おかしいわ。これは何かの間違いよ。千尋さん、さては一般人じゃないでしょう。こんなに強いなんてありえないじゃない」

「何を言ってるんですか?私は一般人ですよ。ただ、私の知り合いにすごく強い人がいて、よく護身術を教わっていただけです」

私が薄く微笑んで言うと、同時に美紀さんの背後から、黒い服を着た集団がぞろぞろと現れた。美紀さんはまだそれに気づいていないようだ。

「ああ、やっと来たわね」

「は?何言ってるの?」

「後ろを見てみなさい」

「後ろ?何よ。何かあるの」

私の言葉に美紀さんが振り返ると、彼女は言葉を失った。

「え、誰この集団?なんでそこにうちの組長がいるの?」

状況が分からず混乱する美紀さんがおかしくて、思わず笑ってしまう。

「私は一般人だけど、実は私の父もヤクザで、明日組の組長をしているの。美紀さんもヤクザなら知ってるでしょ。美紀さんがいる組よりも、はるかに大きな組織だし」

美紀さんは目を見開いたまま固まってしまった。

「は?え?じ、じゃあ、抗争っていうのは本気だったってことなの?」

ここにいるのはア鳥組の組員たち。美紀さんは独り言のように、ぼそぼそと呟いた。

「やっと気がついたの。本気じゃなかったら、そんなこと言うわけないわ」

「だ、だったらもっと部下を集めないと。そうだわ。なんで組長がそこにいるんですか?抗争なら、早く部下を集めないと」

美紀さんは焦った様子で立ち上がり、組長の元へと向かう。

「てめえは何てことしてくれたんだ?抗争だと?ふざけんな」

黙っていた組長が美紀さんの言葉に怒鳴り声を上げ、殴りかかった。

「組長、どうして殴るんですか?」

「てめえのせいだろうが。明日組って言えば、俺たちのような小さな組織なんか簡単に潰せる力を持ってんだよ。抗争だと?ふざけんな。やるなら一人でやれ」

組長に見捨てられた美紀さんは、道に倒れたまま絶望的な表情を浮かべている。

「美紀さん、どうする?ア鳥組と一緒に抗争する?それとも、美紀さんの味方をしてくれるようなママ友がいるなら、呼んだら?」

美紀さんは周りのママ友からも嫌われているので、助けてくれる者など絶対にいないと分かっていた。私はあえてそんな提案をしてみた。どうやら図星だったようで、美紀さんは私を見ると悔しそうに唇を噛み、うつむいた。

「も、もういいわ。抗争なんてバカバカしい。所詮ママ友同士の喧嘩でしょ。そんな大事にする必要ないし。今日はもう帰るわ」

焦った美紀さんは立ち上がり、逃げ出そうとした。

「ママ友同士の喧嘩だ?ふざけてんじゃねえぞ」

雷に打たれたような厳しい声が響き渡り、美紀さんは足を止めた。黒い服を着た組員たちが左右に割れて深く頭を下げる。そして、その間を私の父である組長がゆっくりと歩いてくる。

「お、お疲れ様です。ご無沙汰しております」

「どうして組の組長まで…」

「以前から俺の娘に手を出す困った野郎がいると、他の組員から相談されていてな。てめえのことは調べさせてもらったんだ。そしたら会う度に貧乏人だの散々暴言を吐いて、挙げ句の果てに可愛い孫にまで手を出そうとしていたようじゃねえか。千尋には一般人同士のことだから手を出すなと言われていたが、ヤクザとなれば話は別だ。今日でてめえは終わりだ」

父の宣言に、美紀さんは呆然とする。私はそんな彼女を一瞥し、髪を上げて父にワインのボトルで殴られた傷を見せた。

「この傷は美紀さんが先に手を出してきたの。しかもヤクザだって脅してきたのよ」

「ま、待ってください。ごめんなさい。本当に反省してます。治療費も支払いますし、もう二度と絡みません。どうか許してください。千尋さんがまさかヤクザの娘だとは知らなかったんです。どうして千尋さんも言ってくれなかったんですか?」

美紀さんは慌てた様子でその場にひれ伏し、土下座してすがるような目で私を見上げてくる。

「さっき言ったでしょ。ヤクザだって不用意に言わない方がいい。周囲の人にも場合によっては悪い影響が出るって。こういうことになるかもしれないから、言ってなかったのよ。でも美紀さんは忠告も聞かずに、ヤクザという肩書きを使って脅してきた。だから、一般人同士では解決するのが難しいと思ったから、さっきお店を出る時に父に連絡したの。事情を話して、美紀さんと交渉するから来てくれるようにお願いしたの」

「それで俺は部下を送り、てめえが何をするか見張らせてたってわけだ。おい、組長。こいつはア鳥組の方で好きにさせてもらうがいいか?」

「あ、はい。もちろんです。完全に破門します。もう我が組とは一切関係ありませんので、好きなように処理してくださって構いません」

頭を伏せたまま、美紀さんの組の組長が即座に答えた。

「組長、待ってよ」

美紀さんの顔は見る見る青くなり、逃げ出そうとするが、私の父に顔を殴られる。

「おっと、どこに行くんだ?さっきの話を聞いていただろうが。てめえに今さら帰る場所なんてねえんだよ。まずは大人しく娘に一千万の治療費を払ってもらおうか」

そう言って父が美紀さんの腹を強く殴ると、美紀さんはそのまま意識を失った。

目を覚ますと、美紀さんは後ろ手に椅子に縛られていた。

「ここはどこ?私、助かったの?何これ?なんで私、縛られてるの?」

「やっと起きたのね。ここはア鳥組の組事務所よ」

私と父の姿を見て、美紀さんはやっと現状を理解したのか、顔をこわばらせた。

「おはよう。起きたところ悪いけど、さっきの話の続きをしましょうか。今回の件、美紀さんが一人で全ての責任を取るのであれば、抗争はしないって約束してあげる。でも、もし断れば…そうね。そちらの組と明日組の全面抗争になるわよ。組全員で責任を負うことになるから、ものすごい恨みを買われるでしょうね」

私がじっと美紀さんを見つめて問いかけると、美紀さんは目を泳がせてしばらく考えた後、うつむいた。

「私が全部の責任を負うわ」

「賢明な判断だと思うわ」

私が目で後ろに控えている父を見ると、父は強く頷いてどこかに電話をかけた。少しして電話を切り終えると、私たちの方へ近づいてくる。

「そちらの組長だ。正式に今、てめえは破門され、ヤクザの世界から追放された。今後はただの一般人として生きていくんだな」

「はい」

「それじゃ、私を散々馬鹿にしたことと、ワインで頭を殴ったことのけじめをつけてもらいましょうか?」

「そうだな。一千万の治療費も払わなきゃいけないし。明日組の奴隷として一生働くのはどうかしら?」

「そんな!お金を払うので許してもらえませんか?」

「おお、即金で一千万払えるってのか?」

父がそう言いながら美紀さんの髪の毛を掴む。美紀さんは痛みに顔を歪め、涙を目にためながら首を小さく横に振った。

「い、いえ。払えません」

「なら決まりだな。払える当てがねえなら、俺の組で一生働くんだ。命があるだけ感謝しな」

美紀さんは、もうどんなに騒いでも許してもらえないとやっと悟ったのだろう。ぽろぽろと涙を流しながらも、力なく頷いた。

それから美紀さんは存在そのものを消され、表の部隊には二度と出られないように、朝から晩までア鳥組で働かされることとなった。時折、あまりの辛さに逃げ出そうとしたようだが、常に誰かしらから監視されており、その度に捕まっては厳しい罰を受けている。そんな地獄のような日々を、美紀さんはこれから一生過ごすことになるのだった。

また、美紀さんの夫には、あの騒動の後、私の父が連絡をしたらしい。事情の説明と現在の美紀さんの様子を伝えると、夫は「自業自得だ」と呆れ、「離婚するので好きにしてほしい」と言っていたそうだ。どうやら元々金遣いが荒い上に、ヤクザになったと言っていた美紀さんに愛想を尽かしていたらしく、今回の件が決定打となったようだ。

私はというと、相変わらずアパレル会社の社長と主婦の二足のわらじで、忙しくも充実した日々を送っている。あの騒動で他のママ友たちにも少なからず迷惑をかけてしまったので、お詫びとして、今度は私が中心となり、家族単位で楽しめるような家族会を開催することにした。当日、家族会は大盛況で、私を含め周囲のママ友たちも楽しい時間を過ごすことができた。私はこれからも、この充実した小さくも幸せに溢れる日々が続けばいいと、心から願うのだった。

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