「お前がよそ見してるから悪いんだよ。治療費と慰謝料合わせて1000万。今すぐ払ってもらおうか。」
男は私たち夫婦を見ると、大声でまくし立てた。私と夫の体は、この男に散々殴りつけられ、すっかりボロボロになっていた。確かに私はよそ見をしていて、うっかり男とぶつかってしまった。だが男は、その腹いせに私たち夫婦を散々殴りつけたのだ。れだけひどい目に合わされ、さらに慰謝料まで請求されるとは。私は怒りと悔しさで唇を噛む。この時はまだ男は知らなかった。これから自分自身の行いが全て薬菜に変わり、その身に振りかかってくるということを。
私の名前は大阪金。今日は休日ということもあり、夫である直樹さんと共にインテリアショップまで来ていた。もうすぐ新居に引っ越すため、新しい部屋に合う家具を探そうと思ったからだ。壁紙に合うカーテンはどの色だろうとか、統一感を出すならどの家具がいいかと相談しながら選んでいたからだろう。
言って。なんだおい。
私は背後に男がいることに気づかず、うっかりぶつかってしまった。「ああ、すいませんでした。大丈夫ですか」。
男が声をあげたのに気づいた直樹さんは、私に代わってすぐに謝罪をする。すると男は鋭い目つきで睨みつけると、いきなり私の胸ぐらに掴みかかってきた。
「おい、お前どこに目つけてんだよ」。しかも自分じゃなくて連れの男に謝らせてるとか、何様のつもりだ」。
「そんな、気づかなかっただけです」。本当にすいませんでした。私がよそ見をしていたからうっかりぶつかってしまって申し訳ありません」。「あの、手を話してくれませんか」。
「なんだお前」。この後に及んで俺に指図するつもりか」。
恐ろしい見幕で私に迫る男を見て、直樹さんは慌てて間に入ろうとする。すると男は、私の間に入ろうとした直樹さんの顔をいきなり殴りつけてきた。
「直樹さん、直樹さん大丈夫」。
突然殴られた直樹さんは顔を抑えてその場にうずくまる。驚いた私が慌てて駆け寄ろうとしたところ、男は私の前に立ちはだかると、容赦なく私を殴りつけてきた。腹を殴られた私は一瞬呼吸が止まり、その場へと膝をつく。
「おっと、逃さないぜ」。俺にぶつかってきたくせに、ちゃんと謝りもしないような女はちゃんと分からせてやらないといけないよな」。
男はニヤニヤ笑いながら、私の体に殴る蹴るといった暴力を振るう。
「ちょっと待ってください」。やめてください」。「いくら何でもそこまでする必要はないじゃないですか」。
直樹さんは男を止めようとするが、男の周りにいた部下たちが直樹さんを囲むと、背後から殴りつける。
「おい、お前ら」。俺のプライドを傷つけた生意気な夫婦をボコボコにしてやれ」。
そして男は、自分の部下にそんな命令を下す。男の部下が直樹さんを殴りつけている間、男は私の体を蹴飛ばし、いやらしい笑みを浮かべた。「お前が悪いんだぜ」。お前がぼーっとしてたから俺が怪我したんだからな」。「そうだな」。忙しいこの俺を怪我させたんだから、治療費と慰謝料合わせて1000万払ってもらおうか」。
そして私にとんでもないことを言い出した。男は私がぶつかったから悪いというが、そんなに大きな怪我をしているようには見えない。今は誰がどう見たって、私たち夫婦の方が大怪我をしているだろう。
これに1000万を払えなんて、むちゃくちゃだ。「そんな、確かに先にぶつかったのは私ですけど、その後あなたは散々私を殴りつけたじゃないですか」。しかも私だけじゃなく夫まで殴っておいて、慰謝料をもらいたいのは私たちの方ですよ」。
「なんだお前」。口応えするつもりか」。「なんなら金を払いたくなるまで殴ってやってもいいんだぜ」。
拳を振り上げる仕草を見せる男を前に、ボロボロになりながら直樹さんが立ち上がる。どうやら男の部下たちを振り切って、私のところに来てくれたようだ。「もうやめてください」。いくら何でもやりすぎですよ」。「妻はこんなにひどい怪我をしているんですよ」。
「何言ってんだ、お前」。お前らが俺に怪我をさせたのが悪いんだろうが」。「それで慰謝料も払わずに済まそうってのは、虫が良すぎってもんだぜ」。「お前、俺がどれだけ偉いか知らないのか」。
「知らないですよ」。他人なんですから」。「別に有名人ではないですよね」。
首をかしげる直樹さんを見て、男は噴き出したように声をあげた. 「いいか」。俺は関西最大のヤクザである何波組の幹部、江藤ってもんだ」。「どうだ、驚いたか」。お前でも何波組の名前くらい聞いたことがあるだろう」。
江藤が得意げに語ると、周囲にいた取り巻きの部下たちは私たち夫婦を囲むと、口々に畳みかけた。「そうだ」。江藤さんはでかい組の偉い幹部様なんだぜ」。「お前らみたいな貧乏人が、おいそれと話せるような相手じゃねえんだよ」。
「大体お前ら、この店がどれだけ高級店か知らないのか」。2人とも安っぽい貧乏恰好して、とてもこの店の客とは思えないぜ」。「この店はカーテン1枚でも、お前ら夫婦が簡単に買える値段じゃないんだぞ」。
「全くだ」。そんなペラペラな服を着てる貧乏夫婦がいる店じゃねえよ」。「この店には俺のようにでかい組の偉い幹部様の家に似合う品しか置いてないんだ」。「分かったら貧乏人はさっさと出ていけってんだ」。お前らなんかに見られるだけで、高級インテリアがかわいそうってもんだぜ」。
江藤の言葉に同調するように、取り巻きの部下たちは笑い出す。その姿を見て直樹さんもまた、大声で笑い出した。その目は完全に座っており、江藤に向ける視線は凍えるほどに冷たい.
「やばい」。直樹さんが完全に切れそうになっている」。
急に笑い出したことで直樹さんの様子がおかしいことに気づいたのか、江藤は不気味そうな顔を向けた。「おい、どうした」。恐怖で頭がおかしくなったのか」。
「いや、随分と偉そうにしてたから、どれだけすごいやつなのか少し期待してたんだが、まさか同業者とはな」。
「同業者だって、なんだと」。まさかお前もヤクザだとでも言うつもりか」。「おいおい、本物のヤクザの前に見得を張らなくてもいいんだぜ」。お前みたいな、身も懐も薄っぺらいヤクザがいるわけないだろ」。
「いるんだよ、ここにな」。「なんならうちの名前と、ついでに親の名前も聞かせてやろうか」。
もしこの時江藤とその部下がもう少し冷静に夫の話を聞いていたら、これ以上の不幸に見舞われることはなかっただろう。だが江藤の部下は軽率にも直樹さんの話を遮り切った。
「江藤さん、そんなつまらない冗談に耳を貸す必要なんてないですよ」。こんな安っぽい格好した夫婦、もし仮にヤクザだったとしても、何波組よりずっとケチなヤクザに決まってますから」。
そして江藤の部下は直樹さんの鞄を引ったくると、その中身をぶち撒ける。財布やキーケースが床にぶち撒けられ、妙な角度で落ちたスマホの画面にヒビが入る。
「ああ、何をするんですか」。ひどい」。
私は慌てて散らばった荷物を拾い、鞄に戻す。そんな私を見て部下の男は馬鹿にしたように笑った。「ほら見てください」。鞄の中にも大したものが入ってないですよ」。「財布も安物だし、金も全然持ってない」。薄っぺらい財布でした」。「こいつらなんて、どうせ何も買わないで見てるだけの冷やかしですよ」。「この店よりもっとお手頃価格の店にいる方がよっぽどお似合いですって」。
「お前、人の鞄を勝手に取った挙げ句、なんで中身をぶち撒けてバカにしてんだよ」。「お前らみたいな礼儀知らずが何波組にいるなんて、母さんにも少しきつく言っておかないといけないな」。
「なんだお前」。貧素な財布を見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか」。「だがな、お前が貧乏人のくせに見得を張るからいけないんだぜ」。「いいから、もうさっさと慰謝料払って、この店から出ていけよな」。
江藤は呆れたように頭を掻くと、直樹さんに殴りかかる。だが、直樹さんが冷静に江藤の攻撃をかわしたため、勢い余った江藤は前のめりになり転びそうになっていた。慌てて部下が支えたので転ぶことはなかったが、隠しだと思っていた夫に避けられたのがよほど悔しかったのだろう。
「お前、ヤクザ相手に逆らうとはいい度胸じゃねえか」。おい、お前ら、この夫婦をちょっとばかり痛めつけてやれ」。
江藤が取り巻きの部下に目配せすると、部下たちは私たち夫婦へと一気に襲いかかってくる. 私たち夫婦は互いに顔を見合わせ、小さくため息をついた. 「もう直樹さんが本気で怒るから、面倒なことになっちゃったじゃない」。
「そう言うけどな、叶え」。こんな奴らがヤクザという立場を笠に着て偉そうにしてるのは、放っておけないだろう」。
「そうね」。もう相手もこっちに来てるし」。「身にかかる日の子は払わなくちゃいけないわよね」。
私たち夫婦は仕方なく江藤の部下に立ち向かう。江藤の部下なのだから、連中も一応はヤクザなのだろうが、どいつもこいつも見た目はヤクザよりチンピラといった風情だ。実際、普段から因縁を同着し、見た目で怯えさせるような連中ばかりで、普段から喧嘩なんてしたことがないのだろう。
私たち夫婦が少し本気になっただけで、あっという間にチンピラたちは殴り倒され、床に転がることになった。
「な、なんだお前ら」。思ったより強いな」。「何か格闘技でもやってたのか」。それともまさか本当に同業者だったのか」。
「だからさっきも言っただろう」。俺はお前たちの同業者だって」。
「確かお前、何波組の幹部とか言ってたよな」。その何波組の組長の息子が俺だな」。
「なんだって」。うちの組長の息子だとか」。「それが本当だとしたら、嫁さんは何波組の若頭になるんだが」。「いや、さすがに嘘だろ」。
江藤の言葉を聞いて、江藤はうろたえながら私を見る。どうやら多少は私たち夫婦の言葉を信じ始めたようだ。私はやれやれと一つ息を吐いてから江藤を見た。
「嘘じゃないわよ」。私は何波組の若頭、大阪金だもの」。「さすがに幹部の人間なら、私の名前くらいは知ってるわよね」。
何波組は、組長という立場を世襲で継がせるのは良くないというスタンスでいる。また組長が女性なのもあり、性別関係なく実力さえあればいくらでも上に立つことができるのだ。
若い頃からヤクザの世界に入り、様々な仕事をこなしてきた私が若頭に抜擢されたのは、組長から仕事を認められ信頼された結果である。夫である直樹さんは、そんな私を認めて結婚を申し出てくれたのだ。
もちろん直樹さんの実力が私に劣っているというわけではない。「直樹さんの場合、組長の息子という立場はどうしても目立ってしまうため、普段は裏方に回っているのだ。
「なんでこの店に、組長の息子さんと若頭がいるんだよ」。
「いや、確かに近々新居に引っ越すって話をしていた気がするが」。
すっかり同点し、うろたえている江藤にそばにいた部下が声をかける.

江藤を守るために隣にいて喧嘩には参加していなかった部下は、私たちが倒したチンピラとは違い、ヤクザらしい風をしていた。江藤にとって腹心と言える存在に違いない。
「江藤さん、あんな連中の言うことを間に受けないでくださいよ」。見るからに貧乏人夫婦が、組長の身内なわけないでしょう」。「たまたま名前を知っていたからはったりかましているだけですよ」。
「いや、だが偶然とも思えん」。
「偶然ですって」。大体何波組の若頭は女だから珍しいのもあって、この界隈でも有名なんですよ」。「大阪金の名前だったら、キャバクラのママからボーイまで誰でも知ってますから」。「きっとあの女、キャバ嬢かなんかですよ」。ヤクザを接遇している時に聞いた名前を勝手に使ってるだけですって」。「何波組の若頭なら俺も見たことがありますが、もっと迫力があったじゃないですか」。
「確かにそうだな」。最合で見た若頭は、きりっとした迫力がある姉さんだった」。「そうだな」。お前の言う通り別人だ」。「そうだ、別人に違いない」。
「お前らな、人の可愛い嫁さんに向かって見た目のこと言うのはやめろよな」。いくら何でも失礼だろう」。「もお前らに何言われようが、俺の嫁さんが最高の嫁なのは変わりないけどな」。「お前らこそいい加減にしろよ」。組長の息子夫婦を勝手に名乗るとか、何波組全員を敵に回すぜ」。
「うちの江藤さんは、そんなはったりに騙されるほどバカじゃないんだよ」。そうですよね、江藤さん」。「そ、そだな」。俺はそんなはったりに騙されたりしないぜ」。「大体若頭の金さんはもっとビシッとした女性だったし、組長の息子さんは、研ぎ澄まされた殺気がみなぎる恐ろしい男だったはずだ」。「お前みたいに嫁さんを前にすぐ鼻の下伸ばすような情けない男じゃなかったぜ」。
江藤はそう言うが、その態度から私たち夫婦がヤクザであることを信じ始めているのは間違いない. だが部下の手前、後に引けなくなったのだろう. そんな江藤を前に、直樹さんはやれやれと首を振って見せた。「そんなに言うなら、俺が母さんに連絡してやる」。母さんの声を聞いたら、さすがのお前らも信じるだろう」。
直樹さんは割れたスマホを取り出すと、不便そうに電話をかける. そして電話が繋がるとすぐにスピーカーをオンにして、周囲に通話が聞こえるようにした.
「どうしたの」。あなたから電話なんて珍しいわね」。
「悪いな母さん」。実は新居の家具を選びに来たら、何波組を名乗る連中に絡まれちまったんだよ」。「俺が何波組の人間だと言っても全然信じないから、母さんの声を聞かせた方が早いと思ってね」。
スピーカーから聞こえてきた組長の声を聞き、江藤は完全に硬直する. やはり幹部だから、組長の声は聞き覚えがあるのだろう. 「それ本当なの」。新居の家具を選んでるってことは、今日は叶えさんと一緒ってことよね」。「叶えさんはうちの若頭なのよ」。「何波組の人間が若頭と揉めるとか、礼儀知らずにも程があるってものよ」。「直樹、その組員なんて名前かしら」。私が時々に海に沈めてあげてもいいんだけど」。
「いや、大丈夫そうだ」。母さんの声を聞いたら、さすがに自分の立場が分かったみたいだから」。「もう俺と叶えだけで解決できそうだ」。
直樹さんはそう告げ、電話を切る. 江藤は真っ青になり、今にも倒れそうになっていた。「母さんの声聞こえていたよな」。これでもう分かっただろう」。「お前もそろそろ覚悟を決めた方がいいんじゃないか」。
江藤は無言で俯いて唇を噛みしめる。「だ、確かにあれは組長の声だ」。「じゃ、じゃあやっぱりあんたは組長のご子息」。
江藤はもう私たち夫婦のことを疑ってはいないようだった.
だが脇に控えた部下は、もう後には引けないと思っているのだろう. 江藤を焚きつけるよう大声で騒ぐ. 「なんて弱気になってるんですか」。江藤さん」。「あんなの偽物に決まってます」。「年配の女の声なんて、誰でも似た声に聞こえるもんでしょ」。
江藤は直樹さんと部下との間で完全に立ち尽くす. 実際江藤はすでに組長の息子である直樹さんをこれだけ殴りた上に、若頭である私にも怪我をさせているのだ.
今詫びを入れたところで簡単に許されないことは、江藤自身も理解しているのだろう. 「とバカな部下を持つと大変だな」。分かった」。「お前の部下も今から黙らせてやる」。「さすがにこれ見たら、お前のバカな部下でも、どれだけバカな真似をしたのか分かるだろうからな」。
夫は呆れながら着ていたワイシャツを脱ぎ捨てる. その背中には何波組の家紋が入った見事な入れ墨が彫られていた. 「これは俺がヤクザとして生きる時、生涯を何波組に尽くすと誓って彫った入れ墨だ」。何波組の人間なら、組長の息子である俺がこの入れ墨を背負ってることくらい知ってるよな」。
「う、噂には聞いてたが本当に彫ってたのか」。何波組への中性の証である入れ墨だ」。「え、本当に本物の入れ墨なんですか」。だったらこの人本当に組長の息子さんってことじゃないですか」。「ど、どうするんですか、江藤さん」。お、俺たちすごいやばいことしてたんじゃないですか」。
江藤の部下がようやくことの重大さに気づいた時、私たちに打ちのめされ床に倒れていたチンピラたちがようやく目を覚ます.
私はチンピラたちに声をかけた. 「あなたたち、今からこの場を去れば、私たち夫婦に喧嘩売ったことを見逃してあげてもいいわよ」。だけどもしまだ江藤についていくんだったら、何波組を敵に回したのと同然と思った方がいいわ」。
するとチンピラたちは雲の子を散らすように逃げ出していった. 「さてどうする」。江藤」。「もうお前を守ってくれる仲間はいないみたいだな」。
「うう」。本当に申し訳ございませんでした」。「組長の息子さんだと知らず、小霊の数々」。「大変失礼いたしました」。
江藤はついに観念し、その場へ土下座をする. 「なんだ、安っぽい土下座だな」。「お前、俺の妻に散々と誠意を見せろと言ったくせに、お前の見せる誠意は安っぽい土下座なのか」。「そもそもお前、最初は俺と金を因縁だと思って絡んできたよな」。「お前、普段から因縁を落として金を巻き上げてるんじゃないか」。
「何波組が因縁への手出しを禁じてることくらいは知ってるよな」。
「そんなことはありませんって」。今回はたまたま偶然です」。「ちょっとした出来心ですよ」。
「出来心でも、因縁に手を出すって選択肢がお前の中にあるのがまずいんだよ」。「今回がたまたまだとしたら、たまたま俺たち夫婦がヤクザだったからお前を止めることができただけだってことだろう」。「もし俺たちが因縁の夫婦だとしたらどうだ」。お前はあのまま1000万を支払わせるつもりだったんじゃないのか」。「それが組の名前に泥を塗る行為だってのは分かってるよな」。
「はい」。本当に申し訳ありませんでした」。「だからもう謝って済む問題じゃないんだよ」。「さて、どうするかな」。
ゆっくりと立ち上がり、江藤とその部下をどうするか試案する最中,.
「直樹、金さん、今来たわよ」。うちの名を汚す連中は一体どこにいるのかしら」。
向こうから義母である組長がやってくるのが見える. 「あら,お母さんじゃないですか」。わざわざ来てくれたんですね」。「本当にありがとうございます」。
「そんなかまわなくてもいいわよ」。近くにいたからついでに来たみたいなものだから」。「それにしても金さん、随分とひどく殴られたみたいね」。「美人さんが台無しよ」。
「すいませんでした,お母さん」。最初はやり返すと大事になって組に迷惑がかかると思ったから、手出しをしないようにしてたんですけど」。
「謝らなくてもいいのよ」。面倒ごとを起こしたのはそこのバカなんだから」。「さて一体どうしてやろうかしら」。
直樹さんはその場を義母に譲るよう私の隣に並ぶ. 義母はしばらく江藤たちを眺めた後、声を張り上げた. 「お前,確か江藤だったわよね」。「今回は随分と派手にやってくれたみたいね」。
「組長,本当に申し訳ありませんでした」。まさか組長のご子息と若頭のご夫婦だとも知らずに、とんでもないことをしたと思ってます」。
「分かってるなら、当然もう二度とうちの組の式用を跨がせるわけにはいかないのも理解できるわよね」。
「えっと,それに脇にいるあんたの部下たちも全員強り波紋よ」。「分かったわね」。
「は,波紋」。「そ,そんなあんまりです」。これからどうやって生きていけばいいんですか」。
「知らないわよ,そんなの」。自分のことは自分で考えなさい」。「もう大人なんだから当然でしょ」。
「そんな,今まであれだけ働いてようやく幹部まで登り詰めたってのに」。
江藤はその場でボロボロと涙をこぼす.
脇に控えている部下たちも、まるで小さな子供のように声をあげて泣き出した. 「さて,それじゃ私は帰るわ」。ああ,えと,あんたら店をこれだけ汚したんだから,ちゃんと掃除くらいはしてから帰るのよ」。「片木さんの店にこんな迷惑かけたくせに,そのまま帰ったのなら絶対に許さないから」。
義母はそんな江藤たちにそっけなく告げると,足早に去っていく. 私たち夫婦は唖然としながらその背中を見送った. 「なんだか結局母さんに全部いいところ持っていかれちゃった気がするな」。かっこつけ損ねたよ」。
「いいじゃないの」。直樹さんは何波組の裏方で役職もないんだから」。「江藤の処分を言い渡せる立場でもないでしょ」。「それが分かっていたからお母さんが来てくれたのよ」。「それに直樹さんは別に格好なんてつけなくても,今でも十分かっこいいわよ」。
「本当かい」。金にそう言ってもらえるなら何より嬉しいよ」。
「それなら今日はもう帰ろうか」。
直樹さんは脱ぎ捨てたシャツを畳むと、鼻歌交じりで歩き出す.
私は笑顔でその後を追いかけた. その後,波紋された江藤の身を詳しく調べたところ,実は江藤がかなり組の金を使い込んでいることが発覚した. 三流の江藤はブランド品を買い漁り,取り巻きの部と共に高い店で飲み食いするのが日常だったのだという. そのひどい暮らしぶりの上,ギャンブル好きのところもあり,自分の取り分では足りなくなったため,組の金に手を出しては帳簿をごまかしていたようだ.
直樹さんは自分の部下たちに,江藤とその取り巻きである部下やおこぼれをもらっていたチンピラを片っ端から捉えさせ,みんなまとめてマグロ漁船に放り込んだ. 使い込んだ金を返すまでマグロ漁船で働かせるつもりだったのだ. だが,元々因縁を脅して小遣いを稼ごうとする根性のない連中だ」. マグロ漁船の厳しさに耐えられるはずもなく,集団で逃げようとしたところ,あえなく組員に捕まった」.
マグロ漁船では使い物にならないと言われた江藤たちは,まさにその身を削る方法で使い込んだ金の支払いを済ませたという. 一体どこまで身を削ったのかは分からないが,その後私は江藤の姿を見てはいない。
一方,私たち夫婦は無事に新居への引っ越しを終えた」. 散々な目にあったが,家具はあのインテリアショップで選んだものだ」. 全て部屋の雰囲気にマッチしており,キッチンもリビングも全て理想通りの光景に,私は満足する」.
「金」. キッチンに欲しいって言ってた調味料用の棚,作っておいたから使ってみてくれるかい」。
直樹さんは私のために必要な家具まで作ってくれる」. 部屋の雰囲気に合わせた色合いの,少しだけ古びた家具だけど,直樹さんが作ってくれたものが身近にあるのはやはり嬉しい」.
早速棚の上に調味料を乗せながら,私は改めて直樹さんと二人で過ごせる幸せを喜び,ずっとこんな日々が続けばいいと願うのだった」.

