夕飯を作っていると、いきなり義母がテーブルの料理を床にぶちまけた。「こんなまずいもの、私に食べさせようとしたの?」昨日まで笑顔でいた舅の態度が一変し、夫は私をにらんで怒鳴った。「別居だ。今すぐ出ていけ」その瞬間、私は台所で手を止め、頭の中で全てを悟った。三年間、私は義母の介護に全てを捧げてきた。仕事も趣味も友人も、すべてを犠牲にしてきた。なのに義母は、私の料理を床にまき散らし、舅はその場で私…

夕飯を作っていると、いきなり義母がテーブルの料理を床にぶちまけた。「こんなまずいもの、私に食べさせようとしたの?」昨日まで笑顔でいた舅の態度が一変し、夫は私をにらんで怒鳴った。「別居だ。今すぐ出ていけ」その瞬間、私は台所で手を止め、頭の中で全てを悟った。三年間、私は義母の介護に全てを捧げてきた。仕事も趣味も友人も、すべてを犠牲にしてきた。なのに義母は、私の料理を床にまき散らし、舅はその場で私...

私はみ崎。三十一歳になるまで自由気ままに生きてきた。高校を卒業してからはフリーター生活で、一人旅が趣味だった。ふらりと電車に乗って知らない場所へ行くのも好きだった。両親には心配をかけたけれど、携帯さえ繋がっていればと連絡は欠かさなかったから、そのうち何も言われなくなった。旅の費用を稼ぐために短期のアルバイトや派遣を転々とする日々は充実していたけど、その派遣先で出会ったのが夫の勇気だった。同じ年で趣味も合い、すぐに仲良くなって結婚した。勇気はいつも「お前は奔放すぎて心配だ」と言っていたけど、夫と一緒に暮らすようになってからは突然旅に出ることもなくなった。私の両親もきっと安心したことだろう。

勇気と結婚してから生活は少し落ち着いた。でもある日、勇気が愚痴をこぼしてきた。兄貴が、もう母さんとは住めないって言うんだ。お母さんは亡くなったお父さんから相続した家でお兄さん家族と暮らしている。ただ、お母さんはかなりわがままな人で、兄嫁さんはさぞ大変だろうと思っていた。以前兄嫁さんと話した時は「長男の嫁だし、お父さんを亡くして寂しいんだから」と我慢している様子だったけど、ついに限界が来たらしい。昨年生まれた娘を抱えながらお母さんの世話をしていたら、様子がおかしくなったという。お兄さんが異変に気づき、同居解消の話が進んでいるそうだった。お兄さん家族はマンションを探して引っ越す準備中で、お母さんは納得していないけどお兄さんに一括されて、しぶしぶ首を縦に振ったらしい。兄嫁さんは娘さんと実家へ戻っている。母さんは昔からそうなんだよ。勇気はため息をついた。

その数ヶ月後、お母さんから連絡が入った。外出先で転んで足を捻挫し、手も負傷したという。勇気が病院で話を聞いてきたけど、お母さんはしばらく不便な生活になるだろうし、一人暮らしだからちょくちょく様子を見に行きたいと言う。勇気が休みの日や仕事帰りに実家へ寄るのは問題ない。でもそれって面倒じゃない?だったら今だけ一緒に住めば。あっけらかんと言う私に、勇気は目を見開いた。え、同居ってこと?私は頷いた。あの母さんだぞ。み崎だって仕事もしてるし。自分の母親なのにそこまで言うかと私は笑ってしまった。でも私は、どんなタイプの人とでもうまくやっていける自信があった。一人旅で初めて会う人ともたくさん話したし、短期のバイトに行くたびに仕事内容も人間関係も違った。派遣の仕事でもいろいろなところに派遣され、派遣というだけで不遇な扱いを受けることもあった。それでも楽観的な性格のせいか、あまりストレスを感じたこともなかった。お母さんの怪我が治るまでだったら、別にいいんじゃない?そう言うと、勇気は私に礼を言った。

二日後、私たちは住んでいるマンションにお母さんを呼んだ。実家での同居も考えたけど、実家では私の通勤が不便になる。お母さんの怪我が治るまでの短期間だし、いずれ家族が増えた時にも対応できるようにと一部屋空いている状態だったから、お母さんにはそこで生活してもらうことになった。ひとまず家事全般は私と勇気が担当することにした。介護らしいことはあまり必要なかったから、思ったより楽だった。お母さん、今日からよろしくお願いしますね。そう言うと、けげんそうな顔をして「相変わらずみささんは声が大きいわね」と煙たがられた。兄嫁さんは物静かで優しそうな人だったし、私は正反対でタイプも違いすぎる。お母さんも戸惑っているのかもしれない。でも私はあくまでお母さんの生活をサポートするだけで、一緒に仲良く生活しようとは思っていなかった。それは勇気も承知の上で、むしろそのくらい割り切ってくれた方が助かると言われた。まあ、お母さんも私と仲良くしようとは思っていないだろう。

案の定、お母さんは私に一切歩み寄ってこなかった。なんなのこの味付け?こんな料理食べてたら勇気の体が心配だわ。きちんと掃除してくれる?こんな誇りだらけのところで私や勇気を生活させる気?こんな言葉は日常茶飯事だったけど、私は笑顔で返していた。え、そうですか?ちゃんと栄養は考えてるし、このくらいの味付けは許容範囲ですよ。どこに誇りがあります?ちゃんと掃除機かけましたよ。気になるならもっといい掃除機に替えてもらってもいいですよ、と。兄嫁さんはこういう時、反論しなかったのだろう。嫁の扱いの違いにお母さんは戸惑っているようだった。それでも言い返してくるんだから、その根性は見上げたものである。私は帰ってくる勇気に、その日の嫁いびりを逐一報告するのが日課になった。普通なら泣きながら訴えるのかもしれないけど、私は笑いながら話していた。今日も「料理の手際が悪い。私を上にさせる気か」って言われちゃった。数分遅れたくらいで上になんてしないわ。すると勇気も笑った。でもちゃんと心配もしてくれている。「俺も注意してるんだけど、俺の前では言わないんだよな。母さんのせいでごめんな」と。そういうのじゃないから。大丈夫、大丈夫。私がそう言うと、勇気は思い出したように私を見た。あ、そういえばそろそろあれ食べたいな。あ、確かに。よし、じゃあ明日作ろうかな。あ、でもお母さんが……いいよ、いいよ。お母さんには取り分けて別メニュー作るから。あ、本当?明日楽しみに帰ってくるよ。のやつ買ってくるから。私たちはこう話して布団に入った。

翌日、仕事を終えて帰った私は早速料理に取りかかった。するとお母さんに呼びつけられた。ちょっと先に掃除をしてちょうだい。お母さんが昼間に何かをこぼしたんだろう。テーブルとその下が汚れていた。私はため息をついた。はあ。お母さん、何こぼしたんですか?子供じゃないんだから自分で掃除してくださいよ。そう言って雑巾を差し出した。こんなことを私にさせるなんて、ひどい嫁ね。もう怪我もだいぶ良くなったんだから、できることは自分でやりましょうよ。私はお母さんが怪我をしたから、仕方なく同居してるんです。私が全部やってたら、お母さんボケちゃいますよ。それでも文句を言ってくるので、めんどくさくなって「はいはい」と雑巾で拭き始めた。するとお母さんは満足そうに「うん。それでいいのよ。嫁なんだからちゃんと親に尽くしなさい」と言う。頭には来たけどなんとか割り切った。勇気がいる時のお母さんは自分のことは自分でやるし、むしろ勇気にお茶を入れたり洗濯をしたりするのに、私だけになるとこれだ。この人は嫁いびりをしないと生きていけないのか。まあ、生きがいはそれしかないのだろうと思っていた。掃除を終えた私はようやく料理に取りかかった。要領が悪いね。なんだその手つき。私の近くにやってきては、お母さんは見下してくる。そこまで料理が得意な方ではないけど、少なくとも包丁を持たせれば高確率で切った野菜が飛んでいくようなお母さんよりはマシだ。どこをどう切ったらそうなるのか、教えてもらいたいものである。しかも味付けが微妙。私がレシピを見ながら料理をしていると、そんなもの見なくてもできるだろうと言ってくるけど、お母さんの料理は甘いかしょっぱいか、たまに何を入れたのか変な味になっている時もある。何の見せかけか、おしゃれなスパイスを勝手に並べていることもあるから、その辺りを入れているのだろう。明らかに使い方が間違っているけど、そんな人に料理についてとやかく言われたくはない。お母さんは向こうで休んでてくださいね。邪魔だということをオブラートに包んで伝える。するとタイミングよくお母さんの好きなアイドルがテレビに映ったので、お母さんを誘導することに成功した。

その時、私はちょっとしたいたずら心が湧いた。料理がこれしかないと思わせて、びっくりさせよう。そのくらいの仕返しならしてもいいだろう。私は自分たち用の料理をテーブルへ運んだ。そして取り分けておいたお母さんの分を作っていると、いつの間にかテレビから離れていたお母さんが悲鳴をあげた。ちょっとな、何なのこれ。私は火を使っているので振り向きもせずに言った。何って?マーボ豆腐ですよ。見れば分かりますよね。隣のは麻からチキンですよ。するとお母さんは激怒した。私が辛いものは苦手って知ってるでしょう。何なのこれは?嫌がらせなの?私をどうする気?本当にろくでもない。嫁ねえ。私は火を止めて出来上がった料理をお皿に移した。だからお母さんのは別に作ってるから、安心してくださいよ。そう言っているのに、お母さんは延々と文句を言ってくる。こんな料理を作るなんて信じられない。怪我をしている姑をいびって、何が楽しいの?信じられないわ。いやいや、どの口が言うのよ。そう思って振り返ったその時、お母さんがテーブルの上に料理をぶちまけた。あ、ちょっと、何するんですか?ああ、やだよだ。さっさと片付けて、まともな料理を作りなさいよ。私は堪忍袋の緒が切れた。その時、玄関が開いて勇気が入ってくる。その光景を見た勇気は固まった。おい、これって……。いつもより早い帰りの勇気に、お母さんは慌てているようだ。私が説明しようとすると、お母さんが勇気に駆け寄った。あ、みささんたらひどいのよ。私が辛いものが苦手なのを知っているのに、こんな料理を私に食べさせようとしたの。見てちょうだい。私の料理が食べられないのかって、無理やり食べさせようとしてテーブルを散らかしたのよ。勇気は沈黙の後、表情を一変させて怒鳴った。いい加減にしてくれよ。別居だ。今すぐ出ていけ。私は驚いて手を止めた。お母さんはニヤニヤしながら私のことを見る。次の瞬間、勇気は部屋を出て、すぐに戻ってきた。その手には旅行カバン。それはお母さんが同居の時に持ってきたものだ。勇気は無言でお母さんの荷物を詰め始めた。あ、ちょ、ちょっと、勇気、何してるの?それは私のよ。お母さんが戸惑いながら話しかけると、「当たり前だ。母さんはテーブルの上を自分で片付けてくれ」と怒りながら言う。それでもお母さんは目を泳がせながら立っている。荷物を詰め終わった勇気が立ち上がった。これはな、俺たち夫婦の楽しみなんだよ。俺たちは旅行先で食べた味が気に入って、この激辛料理は定番メニューなんだ。母さんが来てから食べられなかったけど、久しぶりにみさが作ってくれた。しかも母さんにはちゃんと別のものを作ってくれてるだろう。その言葉に私が頷くと、お母さんはこちらを睨んでくる。だからって、私がいる時に作らなくてもいいでしょう。その理不尽な言い分に、私は一度抑えた怒りがまた爆発してしまった。は、何言ってるんですか?じゃあさっさと出ていったらどうですか?勇気が楽しみに帰ってきたのに、どうするんですか?激辛料理と勇気が買ってきてくれるビールを飲んで、食後はケーキを食べるのが私たちの定番なの。今日だってビールとケーキ、買ってきてくれたんですよ。最低でも半月に一回は食べていた料理が、全然食べられていなかった。今回、勇気がリクエストしてくれて、夫は本当に楽しみに帰ってきたんだ。その証拠にいつもより帰宅が早い。きっと楽しみにしていて定時で上がって、ビールとケーキを買ってすっ飛んで帰ってきたんだろう。それなのに料理をこんなにされてしまって、私は怒っているうちに涙が出てきた。お母さんの嫁いびりは仕方ないと思っていた。私はそれくらいのことは流せたし、お母さんは嫁いびりしか生きがいがないかわいそうな人だと割り切っていた。でもこれはひどすぎます。自分の息子が楽しみにして帰ってきてるんですよ。それに今は勇気がここの課長です。お母さんはあくまで相談役。課長の言うことは聞いてください。私がそう言うと、勇気はお母さんに荷物を手渡した。そこは俺が片付ける。母さんはさっさと出ていってくれ。するとお母さんはわざとらしく足をさする。そんなこと言っても、まだ完全に怪我が治ったわけじゃないし。それを聞いた私はため息をついた。この間、病院で言われましたよね。もう大丈夫ですよって。それに、それだけ嫁いびりをする気力と体力があるなら、リハビリだって何だってできますよ。勇気も頷き、お母さんはついに観念したのか、荷物を持って玄関に向かった。私はその背中に投げかけた。お母さん。お母さんが玄関で立ち止まって振り向いた。何かを期待しているのだろうか。私はにっこりと笑った。お母さんとの生活、なかなか楽しかったですよ。嫁いびりってこういうものなのかって、貴重な体験ができましたからね。本当は嫁いびりされると大変なんでしょうけど。私の場合は短期間だし、今までネットで話題になっている嫁いびりってどういうものなのかなって。本当にこんなこと言うのって思ってて、お母さんが本当に言うものだから笑っちゃって。そう言うと、怒っていた勇気も私の後ろで吹き出した。お母さんは引き止められると思ったのかもしれないけど、そんなはずはない。私は続けた。それにお母さんが勇気の前では態度が違うのも、ネットで見た通りでしたよ。嫁いびりする姑ってみんな同じようなんですかね。まあ、私が逐一報告していたんで、勇気は全部知ってましたけど。あと、支払ってもらっていない生活費、今度取りに行きますんで。毎月生活費を払うからっていう条件で同居したんで、踏み倒すのはやっぱり良くないですよね。そこまで言うと、あれだけ上から目線だったお母さんは私たちから目を背け、逃げるように玄関を出ていった。それはもう、どこに怪我をしているのかなんて全くわからないしっかりとした足取りだった。怪我が治っていない演技も大変だっただろうな。

お母さんが帰ってから、勇気はテーブルを片付けながら私に謝ってきた。勇気から謝ってもらう気なんてないから。まあ、その気があるなら、そこをちゃんと綺麗にしておいて。勇気は頷きながらも、どこか腑に落ちない顔をする。勇気のせいじゃないのに、責任を感じているらしい。それを見た私は付け足した。激辛料理の宅配なんてどう?もちろん勇気のおごりで。そう言うと、勇気は笑ってOKサインを出した。その日は二人で久しぶりの激辛料理を堪能した。

後日、一人寂しく実家で暮らすお母さんを訪問した。私が来たと分かると、お母さんは明らかに嫌な顔をしたので、頭に来て近所に聞こえるくらいの声で言った。滞納していた生活費をもらいに来ました。すると玄関が開いてお母さんが出てくる。あ、ちょ、ちょっと、そんなこと大きな声で言うんじゃないよ。勘違いされるでしょ。私は玄関には入らず続けた。あ、勘違いじゃないんで大丈夫です。ああ、あと、これ、嫁いびりに対する慰謝料の請求です。はあ。そして私は後ろにいたもう一人の人物を呼ぶ。は、あんたは……。驚くお母さんの前に現れたのは、兄嫁さんだった。私は慰謝料の請求書を見せながら言った。彼女が大人しいからって下に見てたらダメですよ。母は強しです。お母さんと同居解消してから、ご家族での暮らしが楽しくて仕方ないそうですよ。すると兄嫁さんが一言。慰謝料をお支払いいただいたら、水に流しますから。お母さんと同居していた時とは違う、凛々しい笑顔だった。私は玄関先で大声で話をしたことで、この噂はご近所に広まったそうだ。お母さんは生活費と慰謝料を払ったんだから近所に弁解をしろと言っているけど、そんなことは知らない。居づらくなって引っ越しも考えているらしい。

私たちはその後も半月に一度の激辛パーティーを続けていたけど、ある日勇気が楽しそうに口を開いた。しばらく激辛料理はお休みだな。今度、赤ちゃんを連れて行ける宿にでも行こう。そう言いながら私のお腹をさすった。気が早いって。私たちは笑い合った。お兄さん家族とも仲良くやっているし、今の生活がとても幸せだ。

うちは昔から共働きで、母さんは何かと仕事優先だったんだよな。そういう義姉の言葉を間に受けていた私は、お母さんはあまり家庭に興味がないのかなと勝手に思っていた。私の名前はさやか。四十二歳のパート主婦。八年前に四つ年上の夫、秋ひ、と結婚した。残念ながら子供には恵まれず、現在に至る。お母さんは秋ひの言う通りバリバリのキャリアウーマンだった。私とは正反対の性格で、何でも自分で決めてすぐに行動に起こす。私は周りからおっとりしてるなんて言われるタイプで、お母さんのようなキビキビした人に憧れてもいる。結婚した時は怖い人なのかと思っていたけど、よく話してみたら言葉はきついけど人のことを思っているし、いつも判断は的確だし、私はお母さんのことが大好きになった。私の母はすでに亡くなっているから、頼る相手はいつもお母さんだ。でも秋ひは厳しいお母さんをあまり好きではないようで、何かにつけて反発している。どうやらそれは昔からのようだ。あの時はこう言った、あの時はこうだったと、自分が気に入らなかったことをいつまでも根に持っている。話を聞くと私はお母さんの行動は間違っていないと思うけど、秋ひはどうも「長男なんだからもっと優遇しろ」という考えがあるようだ。でもお母さんは秋ひのお姉さん、ゆき子さんにも同じ態度で、要はみんなに平等なのだ。ゆき子さんはお母さんを慕っているようだから、秋ひがひねくれているだけだとも思う。

そんなお母さんは二年前に定年退職した。その年にお父さんが亡くなり、一気に元気がなくなってしまった。退職したらお父さんと旅行に行きたいの。そう言っていたお母さんの夢は叶わなかった。そこから私たちの生活も一変した。最近、母さんの様子がおかしいんだ。秋ひがそう言い出して実家に顔を出すと、私から見てもお母さんの様子が変わっていた。少し前に行ったことを忘れてしまっていたり、物を置いた場所を覚えていなかったり。私は嫌な予感がよぎった。それでも秋ひはお母さんに寄り添わない。ついにボケたのか。まあ、それならそれで施設にでも入れたらいいだろう。素人が出る幕じゃないよ。あれだけ仕事してたんだから金はあるだろうし。その言いように私は怒りを覚えた。自分のお母さんでしょ。もっと考えてあげてよ。しかし秋ひは鼻で笑う。お前は母さんに洗脳されてるようなもんだからな。私がお母さんのことを慕っているのが気に入らないようだ。そんなこと言うなら、お前が面倒を見てやれば。その言葉に私は絶望し、お姉さんのゆき子さんに連絡をした。ゆき子さんは二児の母で、上は大学生、下は中学生。自分も仕事をしていてなかなか忙しい。忙しいだろうからあまり連絡はしていないけど、私には頼れる存在だ。ゆき子さんに連絡すると、すぐに病院に連れて行くと言う。あ、任せっぱなしでごめんね。あとは私が引き受けるから。そう言ってくれたけど、私もお母さんのことが心配だし、一緒に病院に行くことにした。何度か通院をして検査をして、お母さんは認知症と診断された。退職して今までの忙しい生活から一変し、さらにお父さんが亡くなったことで認知症を発症したのだろうと言われた。要介護認定を受けるほどだった。秋ひやゆき子さんの旦那さんも交えて話をする。当然秋ひは面倒を見ないと言うと思ったのに、意外なことを言った。俺たちが同居して、母さんの面倒を見るよ。姉さんは子供もいるし大変だろう。うちは実家の近くの賃貸に住んでいるし、同居しても生活圏はほとんど変わらない。それに比べてゆき子さんのところは隣の市とはいえ、同居で実家に戻るとなれば子供たちの学校も変わってしまう。私は介護をする覚悟を決めた。

それから私たちは実家で同居している。以前より覇気がなくなったお母さんだけど、私が外に連れ出すと目を輝かせて、以前のように話すこともある。外に出ることが好きなお母さんだから、出かけると気分転換になるようだ。そのおかげか、認知症はさほど進んでいない。秋ひが休みの日、私は一緒に散歩に誘った。俺は仕事で疲れてるんだよ。どうしてわざわざそんなこと?今日は天気もいいし、日帰り温泉にでも行ってきたら。同居して面倒を見ると言ったのは秋ひなのに、実際に面倒を見ているのは私だ。この人は私とお母さんのことを何だと思っているんだろう。でも温泉はいい案かもしれない。今はオフシーズンだし、日帰りできるところを探してみよう。お母さんに話すととても喜んでくれたので、私の車で近くの温泉地に向かった。温泉と食事を堪能して家に帰ると、秋ひの姿がない。どこかに行くとも聞いていない。心配で電話をしたけど、電話には出なかった。代わりにすぐにメッセージが届く。友達から呼び出されて飲んでいるから、遅くなるといった内容だ。私はなんだか嫌な予感がした。なかなか帰ってこない秋ひに呆れて、私が布団に入ろうとすると、外で車の音が聞こえてくる。二階の窓のカーテンをそっと開けると、見覚えのない車から降りてくる秋ひの姿が見えた。私はすかさずその様子をスマホのカメラで撮影した。遠くてよく見えないけど、どうやら運転席に乗っているのは女性のようだ。これだけではよくわからない。だけど私はこの日から夫の行動を注意深く観察することにした。

それから三ヶ月の月日が経った。お母さんの症状は以前より少し改善された気がする。病院で言われたのは、外に連れ出すことやノートレをつけることが改善に役立っているのだろうということ。ただ完治するわけではないので、継続が必要と言われた。あれから変わったのは、私の趣味のピアノを少し教えてみたり、デイサービスに通い始めたりしたことだ。同世代の友達が新しくできたこともいい刺激になっているそうだ。実は秋ひにデイサービスに通うことを相談した時のこと。秋ひは当初は施設に入れようなんて言っていたくせに、いざデイサービスを利用したいという話になると、そんなことしたらその分遺産が減るだろう。お前が家で面倒見ればいいじゃないか、とんでもないことを言った。秋ひはお金の無駄だと言って散々反対したけど、ゆき子さんが「だったらあんたが一日お母さんの面倒を見なさいよ。さやかさんだって休ませてあげて」と一括してくれて、なんとかデイサービスに通うことができた。ゆき子さんはお母さんが通院のたびに迎えに来てくれるし、子供を連れて遊びに来てくれることもある。しかもこちらに来る時、私に手土産やおかずを差し入れてくれる。このパワフルさを見習いたい。さすがはお母さんの娘だ。お母さんとゆき子さんとの関係は良好だけど、秋ひはそれが気に入らないのか。最近では帰りも遅いし、休日出勤までしている。私は秋ひが疎外感を感じないよう、家にいる時はその日の出来事を話したり、仕事の様子を聞いたりしていた。それなのに「お前に仕事の話なんかしてもわからないだろう」と見下したような口調で言われる。だったら一体どうしたらいいのか。しかしある日、突然そんな悩みからは解放されることになる。

あ、どうしたの?その荷物。朝、家を出ようとしている夫がスーツケースを持っていたので、驚いて声をかけた。ああ、今日の夜から出張なんだ。土日もそのまま。四日間も出張だって、昨日いきなり言われてさ。全く面倒だよ。そう言われてしまうと、私は納得するしかない。だけど秋ひの顔は、面倒だと言いながらもどこかそわそわしていて、楽しそうだった。どこまで行くの?ああ、えっと、どこだったっけな?昨日言われたばかりで、会社に行かないとな。秋ひは視線をそらして言った。そう、じゃあ気をつけてね。時間がなくなるからと慌てる夫を送り出し、玄関を閉める。なんだか怪しいと思っていると、お母さんに声をかけられた。さやかさん、おはよう。あのね、これなんだけど。あれ、前にお母さんと日帰りで行った温泉宿ですよね。お母さんが手に持っていたのは、一部が切り取られた温泉宿のチラシだ。多分私とお母さんがもらったもので、必要がないからと捨てたはずだったけど、よく見ると切り取られているのは空き券だ。私とお母さんは顔を見合わせた。お母さんは寝室に戻り、自分の日記を見せてくれる。認知症と診断されたから日記をつけるようになったという。そこには秋ひの浮気を疑う内容も記されていた。お母さんは私に頭を下げた。今まで黙っていてごめんなさい。ここに書いてあることが本当かどうか私には判別がつかなくて、言い出せずにいたら、こんなことに。私は一瞬言葉が見つからなかった。次に出た言葉は「そうですね」の一言だ。お母さんは泣きそうな顔になる。そこで私は笑顔になった。ありがとうございます。これで私も確信が持てました。お母さんの表情が一変する。実は私も秋ひの浮気を疑っていたこと。お母さんが悲しむと思って、言い出せなかったことを伝えた。今日のお母さんは調子が良さそうだ。まるで認知症なんて患っていないと思わせるくらい。私は秋ひの浮気を確信したけど、きちんと証拠が欲しい。お母さんにどうしたのかと聞かれた時、私はきちんと離婚したいと告げることができた。お母さんはそれを聞くと、どこかへ電話をかけ始める。一時間ほど経つとインターホンが鳴った。入ってきたのはお母さんの元職場の人だ。お母さんは以前法律事務所で働いていて、この人は離婚に強い弁護士らしい。まさか自分の息子を訴えることに手を貸すなんて思わなかっただろう。私は弁護士と話し、今後どうしたらいいのかを聞いた。話していると再びインターホンが鳴る。入ってきたのはゆき子さんだ。ろくでもない弟で本当にごめんなさい。土下座する勢いで頭を下げるゆき子さんに私は驚いたけど、私の味方だと言ってくれたことが心強かった。

翌日、私とお母さんはゆき子さんの車で温泉宿に向かう。そこには何度かうちまで秋ひのことを送ってきた車が止まっていた。そして秋ひと女性の姿を見つける。その現場をカメラで撮ると、とんでもないことに気がついた。女性は小さな男の子を抱っこしていたのだ。私の心臓はバクバク言っている。以前、秋ひの鞄の中に子供用のおもちゃが入っていたのを見つけたことがあった。単純に不思議に思って聞いたら「同僚の家族と外食をしたから、その時かもしれない」と返しておくと言われた。その説明に納得した私だけど、もしかしてあの子のものだったのかも。私たちは証拠を抑えると一度家に帰った。私は離婚を決めると、作戦通りに動く。まずは引っ越し業者に電話だ。昨日ご相談させてもらったのですが、今すぐ引っ越しってできますか?すると業者はすぐに確認してくれ、大丈夫ですと答えてくれた。私とお母さんはとりあえず必要な荷物をまとめ、私は別の業者に電話をした。一時間後、引っ越し業者がやってきて、あっという間に私とお母さんの荷物を積み込んだ。ゆき子さんの家に荷物を預かってもらい、ゆき子さんは私のためにマンスリーマンションを借りてくれた。ゆき子さんの旦那さんは不動産会社に務めているので、すぐに探してくれたそうだ。そして私にはもう一仕事残っている。引っ越し業者が出ていくと、別の業者が来た。鍵の交換でよろしいですね。はい。私とお母さんは頷き、すぐに作業は開始される。これで秋ひはもうこの家に入れない。この家の名義はお母さんだから、何をするにも秋ひの許可は必要ない。

翌日、私は朝一番で役所に向かう。まさかとは思うけど、どうしても確認しておかなければならない。認知していれば父親の戸籍にも情報が記載される。妻は夫の戸籍を請求する権利があるし、私は戸籍謄本を確認した。やっぱり。私はそれを見て愕然とする。夫には隠し子がいた。昨日見た子は夫の子なのだろう。浮気して子供を作って、勝手に認知していたなんて最低だ。もう夫に情けなんてない。徹底的にやってやろうと思う。そして夜になり、夫から電話が来た。おい、鍵が開かないんだけど、何があったんだよ。早く開けてくれよ。鍵を付け替えたんだから、あなたの持ってる鍵で開かないのは当たり前でしょ。え、付け替えた?なんで?あなたの帰る家はそこじゃないでしょ。それに私たち、もうそこから引っ越してるから。え。何やらパニックになっている秋ひ。その姿を想像すると笑えてきた。認知症の母親を妻に任せて。自分は浮気して子供まで作って、出張だって嘘ついて温泉旅行。しかもその宿泊先に、妻と母が行った温泉宿を選ぶってどういう神経してるの?たまたま家に空き券があったから。妻が持っていた空き券を使って、浮気相手と旅行ってありえないでしょう。何か言っているけど、全く言葉になっていない。本当に私は何も知らないと思っているんだ。子供ができた時点で離婚くらいしなさいよ。まあ、離婚なんてしたらお母さんの介護の問題があるもんね。そりゃ離婚できないわよね。そこまで言うと、ようやく秋ひの口から言葉が出た。あ、違うんだ。予想していた通りの言葉で、笑いが込み上げる。すると私の隣にいたゆき子さんが耐えきれなかったらしく怒鳴りつけた。何が違うのか言ってみなさいよ。ゆき子さんの声が聞こえたことに驚く秋ひ。私はとぼけていった。あ、スピーカーフォンにしてるから、この会話みんなに聞こえてるわよ。ここにはゆき子さんを始め、お母さんや弁護士も揃っている。お前、何してんだよ。俺は何もしてない。誤解だよ。今まで秋ひに怒鳴ったことなんてなかったけど、何も認めない言葉に私は怒りが込み上げて、大きな声を出した。認知だったら戸籍謄本になんて乗らないわよ。あなたの言葉は私だけじゃなく、浮気相手もあなたの子供も馬鹿にしてるってわからないの?間違いでできた子なんて言うつもり?そう言うと秋ひは黙ってしまった。私は離婚するから、その後は勝手にして。うわ、ちょ、ちょっと待ってくれ。それは困る。困る。このままだったら私が困る。だって母さんのことは……。そう言うと、お母さんが怒鳴った。あんたは離婚した妻に自分の母親の介護を押し付けようとでも思ってるのか?まずはさやかさんに謝りなさい。誠意を見せなさい。私はあんたとあんたの浮気相手には世話にならないから安心しな。その代わり、私が死んでもあんたに遺産は渡さないからね。秋ひは黙ってしまう。私はこれが最後だと口を開いた。あなたの浮気には前から気づいていたけど、お母さんのことがあったから言い出せなかった。でもお母さんとお姉さんの協力で離婚することにしたの。あなたは最低な夫になってしまったけど、私は最高のお母さんとお姉さんといることができて、幸せだった。そこだけは秋ひに感謝してるわ。そう言って電話を切ると、お母さんに泣かれてしまった。

後日、私と秋ひは正式に離婚した。弁護士を通じて秋ひと浮気相手に慰謝料を請求した。秋ひの会社に内容証明を送ったこともあり、会社にもバレて居づらくなっているようだけど、養育費や生活費を稼ぐために会社はやめられないようだ。勝手に認知していたことで慰謝料は跳ね上がり、私はかなりの額の慰謝料を手に入れることができた。お母さんは今まで迷惑をかけたお詫びだと言って、私とゆき子さんに生前贈与して、残りの財産は病院や施設の利用料として使うようゆき子さんに指示したそうだ。ゆき子さんの長男が無事に就職が決まり家を出たので、お母さんはゆき子さんの家で暮らしている。私はその近くにマンションを買い、今でもお母さんやゆき子さんの家族とは仲良くさせてもらっている。そしてお母さんのすすめで音楽療法士の資格を取得し、デイサービスなどの施設を回ってピアノの演奏や指導をしながら、充実した生活を送っている。

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