中学の同窓会で、昔よく俺を見下していた菅が突然言い出したんだ。「お前の職場に案内しろよ。俺が底辺の職場がどんなのか見てやるからさ。」
こいつは昔からエリート意識が高くて、中卒の俺がまともな仕事に就けるはずがないと思い込んでいる。同窓会の会場で、大勢の前で俺をからかい始めた。最初は冗談だと思って流そうとしたけど、菅はしつこかった。「別に見に行くくらい構わないだろ。減るもんでもなし」とグイグイ来られて、ついには折れて承諾してしまった。
「最初から素直に聞いてればいいんだよ。俺が同級生の代表として、お前の汚い職場を確かめてきてやる。報告を楽しみにしてろよ」
同窓会に集まった昔の仲間たちにそう宣言する菅の横顔を見て、俺はため息を一つついた。正直、面倒で気が重かった。でも、どうしても見たいと言うのなら仕方ない。俺は案内してやることにした。その場で見にくい笑顔が凍りつくことになるとは知らずに。
俺の名前は岡田友成。最近三十歳になったばかりで、マンションで一人暮らしをしている。十代の頃から一人で暮らしているから、自炊には自信がある。和食や中華、インド料理なんかも作れる。いつか友人を呼んで振る舞ってみたいと思っているくらいだ。
今は順調に仕事をしているけど、昔は両親をずいぶん心配させていた。なぜなら俺は高校に行かず、中学を出てすぐに働いたからだ。最終学歴は中卒。特別な家庭の事情があったわけじゃない。ただ、何の目的もなく高校へ進学するより、働いて金を貯めて好きなことをやった方がいいと思ったのだ。勉強もスポーツも得意じゃなかったし、むしろ苦手な方だった。
「俺は高校には行かない。働いてお金を貯めたい」
正直に伝えると、両親は当然のように反対した。「せめて高校は出てからでもいいだろう」と父が言い、母も大きく頷いていた。だが俺はその反対を押し切って就職した。今思えば親不孝だったかもしれない。でも、後悔は一切ない。
中学を卒業してからの道のりは、最初はやっぱり大変だった。それでも自分なりに一生懸命頑張って、誰かの迷惑になることもなく、自分の力で暮らしていけるようになった。そんな充実した日々を送っていたある日、中学の同窓会の案内が届いた。
「みんなとは久しぶりだな。卒業以来の人もいるし、行ってみようかな」
何十年ぶりかの再会を楽しみに、俺は仕事を調整して参加を決めた。同窓会当日まで必死に仕事を頑張った。当日は直前までトラブルが発生してしまい、正直間に合わないと思っていた。でも時間ギリギリで到着できて、ほっとした。
会場はイベントスペースを貸し切った形で、料理や飲み物がたくさん用意されていた。俺が着いた頃にはもう大勢の同級生が集まっていて、キョロキョロしていると誰かが声をかけてきた。
「おい、卒業以来だな。久しぶり。元気だったか?」「おう、久しぶり。もちろん元気だよ」「お前、太ったな」「おい、お互い様だろ」
昔話に花を咲かせたり、近況を話したりして、とても楽しい時間を過ごした。子供を連れてきている同級生もたくさんいた。まだ子供だった頃のみんなを思い出す。勉強で悩んで、部活を遅くまで頑張って、恋や将来のことを友達と語り合っていた。今は結婚や子育て、仕事の話をしている。
「時の流れと共に、悩みも変わるんだな」
すっかり大人になって、父や母になった姿を見ると、感慨深いものがあった。俺は結婚も子供もまだまだ先の話だ。自分のことで手いっぱいで、みんなすごいなと感心した。そんな風に心の中で考えていると、俺の隣に菅がやってきた。
菅の姿を見て、俺は少し心がざわつくのを感じた。「よう、久しぶりだな」「あ、いや……久しぶり」とぎこちなく挨拶を返した。
菅は金持ちの両親を持つお坊ちゃまで、学校の成績も運動神経も抜群に良かった。だから女子に人気があった。でも、人に分け隔てなく接するような人間ではなかった。自分より上の人間にはちやほやするけど、下だと分かる人間は容赦なく見下して馬鹿にする。そして俺は、まさにその見下されていた一人だった。
中学時代、菅は毎日のように俺にひどい態度を取ってきた。頭が良くなかった俺をみんなの前で罵り、足が遅いのを笑いものにして「走る練習だ」と言ってパシリにしたことも何度もあった。俺には菅に対する嫌な記憶しか残っていない。できれば今日は会いたくなかった。
俺は小さくため息をついて、菅からそっと離れようとした。でも、それは叶わなかった。菅は俺の様子なんて気にせず、昔と同じように絡んできたのだ。
「なあ、中卒さん。中卒の馬鹿のくせに、よくみんなの前に顔を出せたよな。俺なら絶対無理だわ。お前、恥ずかしくないのか?」「……」「まあ、恥ずかしかったら来ないか」
そう言ってバカにしたように大声で笑った。菅はまったく変わっていない。人を馬鹿にして、みんなの前で俺をこけ下ろして楽しんでいる。
さらに菅は自慢を始めた。「俺は一流大学を出たんだよ。しかも今は一流企業で働いてるんだぞ。俺はお前と違って選ばれた男なんだよ」と言って、子供のように褒めて欲しそうな顔をした。仕方なく俺は「そっか、すごいね」と適当に返した。
「それでお前は何やってんの?中卒だし、どうせバイトか何かだろ。この年になってバイトって大丈夫なのか?」そう言って俺をじっと見つめてくる。まともに相手をするのも疲れるので、俺は適当に返して逃げようとした。
「まあ、それなりに頑張ってるよ。じゃあ、またな」
俺が手を振ると、菅はガシッと肩に腕を回して逃げられないようにしてきた。「ちょっと、痛いって」。菅は狙った獲物は逃がさないタイプらしい。俺は絡まれ続けた。
「なあ、今度お前の職場に案内しろよ」「いや、それは……」「案内しろよ。俺が底辺の職場がどんなのか見てやるから」「別に見に行くくらい構わないだろ。減るもんでもなし」
しつこすぎて、俺はついに諦めた。「分かったよ。いいよ」。菅はにやりと笑って、礼も言わず、「当然だろ。俺の言うことは絶対だ」と得意げに言った。「でもさすが底辺の人間は、恥ずかしいって気持ちがないんだな。当日が楽しみだわ」
そう言ってまた大声で笑うと、今度はみんなに向かって叫んだ。「おい、みんな注目!俺が代表として中卒のこいつの汚い職場を見てきてやる。みんな楽しみにしてろよ」
同級生たちは困ったような顔をして、誰も返事をしなかった。俺も呆れて何も言えなかった。せっかく楽しかった同窓会なのに、気分はげっそりしてしまった。後で連絡先を交換する約束をさせられた時は、本当に気が重かった。
それでも、数年ぶりに会う仲の良い友人たちと話しているうちに、少しだけ気分は持ち直した。
後日、俺は菅と巨大なオフィスビルの前で待ち合わせをした。十五分ほど遅れて、菅がのこのこと顔を出した。「遅れたな」「まあ、お前だしいいか」
「それよりこのでっかいビルを見ろよ」と菅はビルを指さした。「このビルに俺が勤務する会社が入ってるんだ。すごいだろ」。俺は頷きながら「そうだね」とだけ返した。やっぱり気が重い。
すると菅が俺の顔をじろっと見て言った。「で、お前の職場はここか?ああ、このビルのトイレ掃除でもしてるのか?」と、いつもの調子で馬鹿にした。
「そうじゃないけど……じゃあ、行こうか」「おう、さて、底辺の職場を見に行きますか。掃除現場を見るなんて初めてだわ。後でみんなにメールしとこう」
俺たちは一緒に巨大なビルの中へ入っていった。俺がどんどん奥へ進んでいくと、菅の様子が変わっていくのが分かった。「おい、どこ行くんだ?なんでお前が先頭歩いてるんだ?ここは俺が働いてる会社だぞ」
俺は何も答えずにさらに進み、最後には社長室の前に立った。菅は慌て始めた。「おい、なんだよ、嘘だろ?ここは……」。菅が慌てるのも無理はない。俺たちが立っていたのは社長室の目の前だったのだ。
俺は社長室のドアをノックした。「はい」と中から声が聞こえたので、俺は名前を名乗った。「岡田友成です」。
「おいおい、マジで何やってるんだよ。お前はただの清掃員だろ。いい加減にしろって」と菅が慌てる中、社長室のドアが開いて社長が出てきた。
「おお、岡田君、待っていたよ。入ってくれ」「はい、社長。お忙しいところありがとうございます」
社長は丁寧に礼を言う俺をニコニコしながら見つめ、それから俺の隣にいる菅を怪訝そうに見た。「社長、すみません。同級生がどうしても私の職場を見たいと言ったもので。彼は菅と言いまして、社長の会社の社員だそうです」
「え、菅?」社長は少し驚いた表情をした。「まあ、とりあえず中に入ってくれ」。「失礼します」。俺は社長室へ入った。社長は「ああ、菅君も入りなさい」と言った。
「え、あ、はい。すみません。し、失礼します」
菅はビクビクした表情で中に入ってきた。さっきまでの俺様な態度とはまるで違う。まあ、社長室に通されたのだから当然かもしれない。
ここで話は少し遡る。俺は中学卒業後、複数のバイトを掛け持ちして金を必死に貯め、世界各国を旅して回った。子供の頃から世界地図を見るのが好きで、「いつか世界を旅したい」という夢があったのだ。実際に旅すると大変な国もあったけど、いろんな人と話したり学んだりした経験は、俺にとって本当に価値のあるものになった。様々な言語や知識も身につけることができた。
帰国後、世界中を旅して経験したことを外資系のコンサル会社が評価してくれて、その会社に就職した。面接の時に中卒だということはきちんと伝えたが、「問題ないです」と言ってもらえて、俺自身をそのまま認めてもらえたことがすごく嬉しかった。海外での経験を活かして仕事を始め、精一杯頑張った。すると見る見るうちに成果を出せるようになった。自信をつけた俺は数年後には独立した。そして現在は、菅が働いている会社の経営に深く関わる仕事をしている。
俺は菅の顔を見て言った。「俺の仕事風景を見たいなら、隣で見ているといいよ」。菅はまだ驚いた様子だった。社長が「とりあえず2人はそっちに座ってくれ」と言い、俺たちはソファーに座った。俺は深呼吸を一つして、社長と仕事の話を始めた。
「早速ですが、社長。会社のハラスメントの調査の方はどうなっていますか」
俺は表情を引き締めた。社長は「それが社内の委員会からハラスメント被害の報告が上がってきまして、私も驚いているんです」と言った。「そうですか。困りましたね。それで、加害者が誰なのかは分かっているんですか?」「ええ、加害者の名前は菅正とのことです」
社長が菅の名前を口にした瞬間、菅の体がビクッと跳ねた。まさかここで自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。菅は怯えたように俺の隣に座っている。俺がこの会社に来たのは、菅に強引に案内させられたのもあるが、そもそも俺はこの会社の社内規定の制定に深く関わっていて、ハラスメント問題の調査のための訪問だったのだ。もちろん、菅はそんなことを知らない。
「社長、菅がこれが事実ならば、それ相応の処分になると思いますので、覚悟しておいた方がいいと思いますよ」
その言葉に、菅は顔面蒼白になり、小刻みに震え始めた。
「菅君、これは本当のことなのかね?」と社長が問いかけると、菅は首を必死に振って否定した。「とんでもないです。事実無根です。信じてください」
だが、菅の言葉を打ち砕く事実が俺の手元にあった。「でも、ここにある報告書にはたくさんの事例が報告されていますが、これはどう説明しますか?」「え、それは……」「これは嘘だとおっしゃるんですか?」
俺が菅の方をちらりと見ると、「嘘です。誤解ですよ。俺はそんなことはしません。岡田、信じてくれよ」と、俺の方を見ながら言った。言っているうちに気づいたのかもしれない。自分が今まで俺に対してどんな態度を取ってきたのか、その相手に「信じてくれ」と言っても無意味だということに。でも、これは仕事の話だ。俺は小さく深呼吸をして菅に向き直った。
「報告は一つや二つではないんですよ。例を挙げれば、毎日暴言を受けたという人や、無理やり仕事を押し付けられたり、手柄を横取りされたり。まだまだたくさんあります」「菅君、何か言いなさい。証拠もこんなにあるんだよ」
社長にそう言われて、菅は観念したようだった。もう反論することもなく、その場に崩れ落ちると、そのまま社長に向かって土下座した。「社長、申し訳ありません。どうか、どうか首だけはお願いします」
菅は俺がいることも忘れて、床に頭を擦りつけて何度も謝罪した。そして今度は俺に向かっても土下座してきた。「岡田さん、じゃなくて、どうかお願いします」。
「菅君、頭を上げてくれ。頭を下げられても困るから」と社長が言った。社長も菅の態度に呆れている様子だった。「謝るべき相手が違う。君が本当に頭を下げるべき相手は、私たちではないと思うんだが」
「あ、あ、はい。そうですね。すみませんでした。傷つけてご迷惑をかけた皆さんにお詫びしたいと思っています」
そう言うと、菅はそれきり黙り込んだ。社長から連絡が行くまで自宅待機を言い渡され、菅は社長室を出ていった。
菅はエリート意識が強く、自分が一番だと思って生きてきた男だ。同窓会で昔から変わっていないことははっきり分かっていたが、まさか会社でも同じ態度だとは思わなかった。菅は会社でも人を上下や役職で判断し、馬鹿にして見下すことを日常的に行っており、相手を精神的に傷つけていたのだ。そのせいで病院に通う人や、会社を辞めた人までいたようだ。そういう態度で人の人生を狂わせることは、絶対に間違っている。菅にはしっかり反省して、これからは誰にも迷惑をかけずに穏やかに暮らしてほしいと思った。
その後、菅に処分が下った。首にはならなかったものの、グループ会社の地方の出張所へ左遷となった。エリート気質の菅のことだから退職すると思っていたが、左遷をしっかり受け入れたようだった。今回のことで相当思うところがあったのだろう。そのことを忘れずにいてほしい。
左遷される前に、菅は被害を受けた人たちのところへ個別に謝罪して回ったようだった。それは菅自身の希望だったが、社長が今後のためにも取り計らってくれたらしく、謝罪の時には社長も同行したらしい。中には「絶対に許せない」と思っている人もいたようだったが、最後はみんな菅の謝罪を受け入れてくれたようだ。
「これからはこのようなことがないように気持ちを引き締め、みんなが働きやすいように改善します。今後ともよろしく頼みます」
社長がこう言って社員たちに頭を下げたと、後から社長本人から聞いた。俺はその対応に尊敬の念を抱いた。できるようで、なかなかできることではないからだ。俺も会社を経営していく立場で、社員もいる。俺も社長のように気持ちを引き締めて頑張っていこう。
人は本気で変わりたいと思った瞬間から、変われるのだと思う。世界中にはいろんな人がいて、みんなが笑って幸せなわけじゃない。失敗や挫折があっても、努力したり、小さな優しさで素晴らしいものに変わったりする。菅自身にも、相手を思いやる優しい気持ちや、ほんの少しの気遣いがあれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。
俺は今日も仕事に励んでいる。中卒でここまで来られたのは、周りの人たちの温かい優しさや助けがあったからだ。これは俺がどの国を回っても感じられたことだった。これからも俺は人に優しく、好きなことをして、自分の力で人生を乗り越えていこう。心の中でそっと誓った。



