あの日、放課後の買い出し帰りに道端でうずくまる同級生を見つけた。クラスの中心にいる明るい紗奈ちゃんだったのに、お腹が鳴るほど追い詰められていて。「弟たちを養うために私が頑張らなきゃ」――普段のギャルっぽさからは想像できない言葉に、俺は思わず実家の定食屋で働かないかと声をかけていた。それから彼女は店の看板娘みたいに働いて、バイト帰りに家まで送るのが日課になって、弟の誕生日を店で祝ったりして。で…

あの日、放課後の買い出し帰りに道端でうずくまる同級生を見つけた。クラスの中心にいる明るい紗奈ちゃんだったのに、お腹が鳴るほど追い詰められていて。「弟たちを養うために私が頑張らなきゃ」――普段のギャルっぽさからは想像できない言葉に、俺は思わず実家の定食屋で働かないかと声をかけていた。それから彼女は店の看板娘みたいに働いて、バイト帰りに家まで送るのが日課になって、弟の誕生日を店で祝ったりして。で...

俺は石原陸。青春真っただ中のはずの高校生なのに、実家の定食屋を手伝うのが忙しくて、友達作りも部活動も全部後回しにしてきた。放課後や休み時間に楽しそうに騒ぐクラスメイトたちが羨ましいと思ったこともあったけど、俺にはもっと優先すべきことがある。そう自分に言い聞かせていた。

将来は実家を継ぐつもりでいた。学生生活を謳歌するより、やるべきことがあるんだと。だから、友達と呼べる人もいない寂しい毎日を、それが当然だと思って過ごしていた。

そんなある日のこと。食材の買い出しを終えて家に帰っていると、道端にうずくまっている女性が目に入った。どうしたんだろうと思ってよく見ると、その女性は見覚えがあった。同じクラスの紗奈ちゃん。クラスの中心にいるような、明るくて目立つタイプの子だ。

気づいたら俺は声をかけていた。「え、君は石原くん……」「ああ、ごめん。そうだけど、何してるの? 大丈夫?」

彼女は気まずそうな顔をした。「クラスでそんなに話したことないのに、いきなり声かけてごめんね」「いや、さすがにこんなとこでうずくまってたら気になるよ」「はは、恥ずかしいとこ見せちゃったな」

そう言った瞬間だった。ぐぅ、と彼女のお腹が鳴った。彼女は顔を赤くして「あー、ごめん。ちょっとお腹空いててさ、休憩してたんだよね」と言った。「そんなに?」と聞くと、彼女は静かにうなずいた。

「恥ずかしい話なんだけどさ、今あんまり余裕がなくて。弟たちを養うために私が頑張らなきゃいけなくて。学校あるし、弟の世話もしなきゃいけないし、なかなか安定したバイト先が見つからないの。自分の食費を削ってたら、こんなことになっちゃった」

無理やり笑顔を作りながら話す彼女の姿は、同級生とは思えないほど大人びて見えた。「疲れちゃったけど、私があの子たちのために稼がないとね。あー、ごめん、私話しすぎたね。じゃあまた」

彼女は立ち上がって去ろうとした。俺はその背中を見て、いてもたってもいられなくなった。同情だったのか、普段のギャルっぽい姿からは想像もできない真面目な姿に驚いたのか。理由はよくわからないけど、俺はとっさに彼女の手を掴んでいた。

「え?」「あ、いきなり掴んでごめん。あのさ、うちで働かない?」「え、石原くんの実家って飲食店なの?」「まあ、小さな定食屋だけどね。実はうちも人手が足りなくて、俺も手伝いで大変なんだ。助けてくれると俺も嬉しいっていうか」「本当? 私でよかったら、働きたい」「よし、じゃあ決まり。これからよろしく」

勢いで決めてしまったが、家族思いで一生懸命な彼女を助けたいと思ったのは本当だった。

二人で話すようになるのは、あっという間だった。学校でも普通に話すようになった俺たちに、クラスメイトは驚いている様子だったが、俺は特に気にしなかった。彼女は俺にとって、学校で話せる唯一の存在だった。

そんな彼女が店で働き始めると、彼女は一瞬で仕事を覚えた。両親も常連客も、その飲み込みの早さに驚いていた。俺から見ても本当に頼れるし、心強かった。

「紗奈ちゃん、今日もありがとうね。お疲れ様」「おばさん、あんた夜道は危険だから、ちゃんと家まで送ってあげなさいよ」「もうわかってるって。紗奈さん、家まで送るよ」「でも、悪いよ」「大丈夫、大丈夫。親がうるさいし。それに夜に一人で帰るのは確かに危ないからね」「じゃあ、お言葉に甘えて」

こうしてバイト終わりに紗奈ちゃんを家まで送るのが日課になった。最初のうちは二人きりの空間に気まずさを感じていたけど、互いに少しずつ慣れて、今ではたくさん喋るようになった。俺はこの時間が結構好きだった。

「接客にも一瞬で慣れちゃったね」「お客さんがみんな優しいからね。今まで短期バイトばかりだったから、お客さんと仲良くなれるってことがなくてさ。なんか新鮮ですごく楽しいよ。それに、ご飯がめちゃくちゃ美味しいしね。誘ってくれてありがとう」

「そんなの、お礼を言いたいのはこっちの方だよ。助かってるのはうちも同じなんだから。ありがとう」「そういえば、紗奈さんって弟がいるんだよね」「そうだよ。うちの弟、見る?」彼女は携帯の画面を見せてくれた。そこには楽しそうに笑う弟たちの姿があった。「手はかかるけど、なんだかんだすごく可愛いんだよね。あの子たちのためだったら、何でもできる気がする」

彼女は嬉しそうに話していた。「実はね、もうすぐ一人目の弟の誕生日でさ、何かしてあげたいと思ってるんだ」「そうなんだ」「そんなに予算がないから、贅沢はできないけどね。あ、もう家だ。今日もありがとう」

二人で話していると、あっという間に時間が過ぎていく。名残惜しさを感じながら家に帰る。本当はもっと話したいけど、彼女は本来なら俺が関わることのない人だ。クラスの中心的な存在で、そんな彼女と少しでも話せるだけで幸せなことだ。俺はそれ以上を望むべきじゃない。そう自分に言い聞かせながら、家まで帰った。

数日が経ったある日。その日の紗奈ちゃんはどこか上の空で、いつもより元気がないように感じた。「どうしたの? 何かあった?」「あ、ごめん。態度に出ちゃってた? そんな大した話じゃないんだけどね」「どうしたの? 話を聞かせてよ」「弟の誕生日が近いって言ったでしょ。なんか全然いい案が浮かばなくて。なんか思い出に残ることをしてあげたいんだけど」「なるほどね」「なんかいいアイデアはないかな?」

考えた末、俺は口を開いた。「うちで誕生日パーティーをするってのはどう?」「え?」「もちろん、紗奈さんと弟たちが良かったらだけどさ。ほら、お姉ちゃんが働いているところが気になったりするかなって思って」彼女は目を輝かせた。「それ、ありだね! でも、大丈夫なの?」「うちは全然問題ないよ。貸し切りにして、美味しい料理をたくさん食べたら、思い出に残るんじゃないかな」「でも、なんか申し訳ないよ」「何言ってんだよ。紗奈さんはうちの店に欠かせない存在なんだよ。たまには思いっきり甘えてよ」「うん……ありがとう。よし、決定!」「じゃあ、早速親にも相談してくるわ」

親に確認すると、当然返事はOKだった。こうして、紗奈ちゃんの弟の誕生日をうちの店で迎えることになった。

誕生日当日。早めに店を閉めて、母がたくさんの料理を作ると、弟たちは大喜びだった。「お姉ちゃん、どの料理も全部美味しい!」弟が喜んでいる姿を見て、紗奈ちゃんもとても満足そうだった。見ているこちらまで嬉しくなるほどだった。

ふと、一番下の弟が突然言った。「そういえば、石原さんとお姉ちゃんって付き合ってるの?」「え? はぁ? あんたいきなり何言ってんの? そんなわけないでしょ!」「えー、そうなんだ。家にいても石原さんのことばっかり話してるからさ。でも、そんなに仲良さそうにしてるんだから、付き合っちゃえばいいのに」「ちょ、ちょっとあんたは黙ってて!」

紗奈ちゃんが真っ赤な顔で弟を叱っている。俺はその言葉を聞いて、紗奈ちゃんと付き合っている自分をつい想像してしまった。そんなことを考えていると、俺まで顔が熱くなって、思わず顔を隠してしまった。

楽しい時間はあっという間に過ぎていき、俺は疲れて寝てしまった末っ子を背負いながら、紗奈ちゃんを家まで送っていた。月明かりの中、二人の足音だけが静かに響く。「石原くん、今日はありがとう。この子たち、すごい嬉しそうだった」「どういたしまして。あんなに喜んでくれて、俺も嬉しくなっちゃったよ」「それだけ幸せそうな顔で寝てるんだから、大成功だね」

この道中も、さっきの弟の言葉が頭の中をぐるぐると巡っていた。「石原くんはやっぱり優しいね」彼女がそう言った瞬間、自然と手と手が触れ合った。そして、気づけば俺たちは手を取り合っていた。手のひらから伝わってくる彼女の体温。俺にとって、これまで経験したことのないほど幸せな時間だった。

それからの俺たちは、いつもの日常に戻った。そんなある日のこと。「あれって、紗奈じゃね? 石原の店でバイトしてんのか?」「え、みんなどうしたの?」「いや、部活終わりに寄っただけだよ」

どうやら部活帰りのクラスメイトがうちの店にやってきたらしい。「ひょっとして、紗奈って石原と付き合ってるの?」「え、ちょっと何言ってるの?」「確かに、最近学校でも仲良さそうだもんな」「い、いや、私たちはそういうのじゃ……」

彼女の困った様子を見ていると、自分のせいで紗奈ちゃんに迷惑をかけているように感じた。俺はこの場を収めるために、同級生に話しかけた。「おいおい、冷静に考えてみろよ。俺なんかが紗奈さんと釣り合うわけないだろう。そんなことより、とりあえず注文しろよ」「まあ、そうだよな。ごめん。じゃあ、俺は定食にするわ」「OK」

「あれ? 紗奈さん、どうかした?」「あ、いや、別に……ご飯、作ってくる」

なんか、紗奈さんの機嫌が悪くなった。その後、彼女の機嫌は戻ることはなく、モヤモヤしたまま閉店の時間を迎えた。「今日もお疲れ様。じゃあ、家まで送ろうか」「いや、今日はいいや。お疲れ」

今まで断ってくることなんてなかったのに。明日になれば、機嫌も良くなるかな。そう思っていたけど、翌日になっても彼女はそっけなかった。何日かそんな日が続いて、俺はついに彼女を呼び出した。

「最近の紗奈さん、いつもと違うけど。俺、何かした?」「別に……そんなことないでしょ」「だって、明らかに今までと接し方が違うよ」「自分の中で、どうしても納得できないことがあるの。でも、石原くんは悪くないから」「それって……」「話はそれだけ? 今日もバイトだから、もう行くね」

俺の返事を聞くこともなく、紗奈ちゃんはバイト先へと向かってしまった。俺はどうしたらいいんだよ。放課後になっても納得できず、一人で悶々としながら歩いていると、店の前に紗奈ちゃんの弟が立っていた。「あれ、どうしたの?」「あ、石原さん。お姉ちゃん、大丈夫?」「大丈夫って、何かあったの?」「詳しくは分からないけど。お姉ちゃんが、自分のせいで石原さんに迷惑かけちゃったって落ち込んでて」「え?」「最近、家でもずっと泣いてるんだ。だから、ちょっと心配になっちゃって。大丈夫だったらいいんだけど」

自分のせいで迷惑。しかも、泣いてる。どういうことだ? 俺は弟の話を聞き終わるか終わらないかのうちに、無意識のうちに走り出していた。向かっているのはもちろん、紗奈ちゃんのバイト先だ。

「紗奈さん!」「石原くん……どうしてここに?」「前にここでもバイトしてるって言ってたから」「確かに言ったけど……わざわざバイト終わりまで待ってたの? なんで?」「さっき弟に会って聞いたんだ。紗奈さんが家で泣いてるって」「え……」「ああ、それはちゃんと俺に話してよ」

俺が真剣な顔でそう言うと、彼女は下を向いた。そして、しばらくしてからゆっくりと顔を上げて、口を開いた。「嫌だったの」「え?」「石原くんは、私にとって大切な人なのに。私のために、俺なんかが……って言わせてしまったことが」「それって……」「私のことを考えてそう言ってくれたのは、もちろん分かってる。でも、人にそんなことを言わせてしまった自分も嫌だったし。石原くん自身が自分のことを下げてるのも、嫌だったんだ。石原くんは、本当はすごい人なのに」

目を上げた紗奈ちゃんの目からは、大粒の涙が溢れていた。それを見た瞬間、俺の中で何かがはけたような気がした。次の瞬間には、俺は彼女を抱きしめていた。

「紗奈さん、ごめん。俺、気づかないうちに紗奈さんのこと傷つけてたんだね。自分のことしか考えてなかった」「違うよ。私が言わせちゃったのがいけないんだ」「そんなことないよ。俺が臆病者だから、そう言って逃げただけなんだ」「え……」「だって、紗奈さんは可愛いし、クラスの中心人物だろ。それに比べて俺は、クラスでも地味な存在。そんな俺が、紗奈さんの隣にいていいのかなって思ったんだ」「そんなの関係ない。私たちがいいなら、それでいいじゃない」

「そうだよね。ごめん」「私こそ、変なとこ見せてごめんね」

こうして俺たちは仲直りすることができた。

それから数日後。またあの日と同じように、クラスメイトが店にやってきた。「やっぱり、お前たちって付き合ってるんだろ?」「いや、確かに今は付き合ってない」「今は?」「そう。今は付き合ってないけど、これからは彼氏として……紗奈さんの隣にいさせてください。俺は紗奈さんのことが好きです。だから、俺と付き合ってください」

俺はからかってくるクラスメイトたちの前で、紗奈ちゃんに告白した。当然、紗奈ちゃんもクラスメイトたちも目を丸くして驚いていた。しかし、紗奈ちゃんはすぐにふわりと微笑んだ。「こちらこそ、よろしくね」

そう言って、紗奈ちゃんは俺の方にキスをしてきた。この瞬間、俺はこの人のことを一生守る。そう心に誓った。

それから数年が流れ、俺たちは結婚して、二人で実家の定食屋を継ぐことにした。慌ただしい毎日を送っているけど、紗奈ちゃんの弟たちが部活終わりに友達を連れて遊びに来てくれる。店は今日も賑やかだ。

そして今、紗奈ちゃんのお腹の中には新しい命が宿っている。これからは今まで以上に忙しくなりそうだけど、俺たちなら乗り越えていける気がする。そんなことを考えながら、俺は今日も笑顔で開店準備をする。

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