「おいおい、こんな老いぼれ雇ったの一体誰だよ。いくら過去の功績があるからって、こんな無能じじいを養ってやることはないだろうに。こんな代わりはいくらでもいるんだよ」
その言葉がオフィスに響いた瞬間、周りの空気が凍りつくのがわかった。同僚たちは誰もが息を呑み、顔を見合わせるばかりだった。俺、徳川秀、七十二年もこの世に生きてきた。数えきれないほどの人間と出会い、数えきれないほどの経験を積んできた。しかしこの日、俺は人生で初めてと言ってもいいほどの屈辱を味わった。
山崎と名乗る新任の部長。本社から来たと自称し、初日の自己紹介でいきなり「お前らみたいな支店の余った連中を徹底的に鍛えてやるからな。ま、せいぜい覚悟しておくことだな」と言い放った男だ。中島さんという理想の上司が本社へ栄転した後、その席に座ることになったのが、この山崎という男だった。
俺は田橋トイズの名古屋支店で企画開発部の一員として働いていた。七十歳を過ぎてなお、現役で新しいおもちゃの開発に携わっている。亀島ガングというおもちゃ会社で五十年近く働き、その後リタイアしていたが、田橋トイズの社長である田橋さんから声をかけてもらい、再び現役に戻ることになったのだ。田橋さんとは亀島ガングの時代からの付き合いで、信頼し合える仲だった。
俺が田橋トイズに入社したのは、今から数年前のこと。すでに引退していた俺に、田橋さんは「まだまだお前さんの腕が必要だ」と言ってくれた。人手不足ということもあったが、それ以上に俺の経験と技術が評価されてのことだった。俺は自分で考えた末、名古屋支店で働くことを選んだ。本社という大きな環境で年寄りの俺がのさばるよりも、支店で若い人たちと一緒にのびのびと働く方がいいと思ったからだ。
その選択は間違っていなかった。名古屋支店の企画開発部には、中島さんという素晴らしい部長がいた。いつも部下のことを気にかけ、何か変化があれば真っ先に気づき、話を聞いてくれる。俺も長いこと働いてきたが、中島さんほどの人物には出会ったことがなかった。理想の上司を絵に描いたら、まさに彼のことだろうと思えるほどだった。
そんな中島さんが本社へ異動になったのは、いつもの朝のミーティングでのことだった。突然の発表に、部のみんなは驚きと寂しさを隠せなかった。しかし、これだけの実力者ならば、本社でさらなる活躍を期待されて当然の人事だ。俺たちは温かい気持ちで中島さんを見送ったのである。
その数日後、新しい部長がやってきた。それが山崎だった。彼は背が高く、高級スーツに身を包み、高級な腕時計をしていた。初対面の印象は、どこか高圧的で、人を見下すような態度が目につく男であるということだった。自己紹介の言葉が、その印象を確信に変えた。
「俺は本社から来た人間だ。つまりエリート中のエリートってわけ。お前らみたいな支店の余った連中を徹底的に鍛えてやるからな。ま、せいぜい覚悟しておくことだな」
このとんでもない自己紹介に、俺たちはどうしていいのかわからず、ただただ顔を見合わせるばかりだった。中島さんとは百八十度違うタイプの人間。これは大変なことになるかもしれない、と俺は直感した。その直感は、残念ながら的中することになる。
山崎は最初の標的を俺に定めたらしい。彼は俺のデスクのそばまで歩いてきて、まるで自分がこの部の支配者であるかのように、見下すような目で俺を睨みつけた。そして冒頭の言葉を言い放ったのだ。
「おいおい、こんな老いぼれ雇ったの一体誰だよ。いくら過去の功績があるからって、こんな無能じじいを養ってやることはないだろうに。こんな代わりはいくらでもいるんだよ」
その言葉に、職場の全員が絶句した。中には口を押さえて驚く者もいた。俺のことを知っている者ならば誰でも、この言葉がどれほど的外れで、どれほど無礼であるかがわかる。俺は亀島ガングで数えきれないほどのおもちゃを企画し、ヒット商品も多数生み出してきたのだ。だが、山崎にとっては、俺はただの古びた老人に過ぎないらしかった。
山崎からの暴言は、その後も止まらなかった。彼は俺の服装を見て「みすぼらしい格好しやがって。そんな服装じゃ浮浪者と間違われるぞ」と言い放った。確かに俺は高級ブランドの服を着てはいない。だが、決して身だしなみを整えていないわけではない。TPOをわきまえた服装であって、他人に不快感を与えるようなものでもない。
山崎が高級ブランドのスーツに身を包み、高級な腕時計をしていることから察するに、この男は高級品以外は認めない主義の人間らしい。人間の価値は身につけているものだけでは決まらない。それは社会人として以前に、人間としてのごく当たり前の感覚だ。それを理解できない山崎を、俺は哀れに思ったが、同時に怒りを覚えた。
こんな暴言を浴びせ続けられては、精神衛生上も良くない。俺は冷静に考えた。この山崎という男と一緒に仕事をしていくことは、極めて困難であると。だからこそ、俺は決断を早めた。即座にこの会社を辞めることを決意したのである。
「あなたのような人間の下では働けません。今日限りでこの会社を辞めさせていただきます」
俺がそう告げると、山崎はふっと嘲笑を浮かべて答えた。
「そう、それでいいよ。ここはお前みたいなじじいがいていいところじゃないんだから。さっさと荷物をまとめて出ていきな」
周りの同僚たちは必死に俺を止めようとしてくれた。企画開発部の仲間たちには申し訳ないと思ったが、俺の決意は固かった。山崎に何を言われても、この男の下で働くことはもうできない。
俺は言われた通り、デスク周りの荷物をまとめた。机の引き出しからは、これまで開発に関わったおもちゃの設計図やメモを丁寧に取り出した。それらは俺の長年の情熱が詰まったものだ。それを段ボール箱に詰めながら、俺は思った。これからどうしようか、と。
実は俺が田橋トイズを辞めたことを知った別の会社がすぐに声をかけてくれたのである。ニッコリガングという、田橋トイズと並ぶ全国展開の販売店だ。そこの社長である二川さんは、俺が亀島ガングで働いていた頃からの古い知り合いだった。田橋さんも二川さんも、俺がおもちゃ業界に長く携わってきた人間であることを知っていてくれた。そして何より、俺の腕を評価してくれていた。
人付き合いというものは、本当に大切にするに越したことはないと、俺は身を持って実感した。
こうして俺はニッコリガングへ転職し、再び新しい職場で働き始めることになった。ニッコリガングは田橋トイズに次いで業界第二位の売上を誇る企業だ。いわばライバル関係にあたる。だからといって、俺としては特別な思いはなかった。ただ、与えられた職場で、子供たちのために良いおもちゃを作りたいと思うだけだ。
新しい職場での生活が始まって数日が経過した、ある日のこと。俺の元に一人の男が突然訪ねてきた。それは、あの山崎だった。彼は顔面蒼白で、俺の目の前に立つと、開口一番こう言った。
「おい、今朝のネットニュース見たぞ。うちの会社で開発を進めていたトイカメラを、ニッコリガングが販売するそうじゃないか。どういうことだ?説明しろ」
俺は平然として答えた。
「それがどうかしましたか」
「『どうした』だ?ふざけるな」
「あのトイカメラは私が企画から開発まで行ってきた商品ですから当然でしょう。もう私は田橋トイズの社員ではないのですから」
そう、あのトイカメラは、俺が田橋トイズで開発を進めていたものだ。それを田橋トイズを辞めた後、ニッコリガングで商品化したのである。
山崎は激怒した。
「ふざけるな。うちの発売前の商品を横取りしやがって!」
そう叫ぶと、彼は俺の襟元に掴みかかってきた。殴りかからんばかりの勢いだった。
それを止めたのは、田橋トイズの社長である田橋さんだった。
「やめなさい」
田橋さんは山崎を俺から引き離し、間に入った。山崎は驚いて、どうして社長がこんなところに、と尋ねる。田橋さんは落ち着いた様子で答えた。
「ニュースを見てね。どうせ君が徳川さんのところに押しかけているんじゃないかと思ったのさ。ここではニッコリガングさんに迷惑がかかる。場所を変えて話そう」
そう言って田橋さんは、俺と山崎を連れて近くの喫茶店に入った。
席につくとすぐに、田橋さんは話し始めた。
「徳川さんがうちの会社を辞めるに至った経緯は、名古屋支店の企画開発部の者からすべて聞き及んでいる」
そして田橋さんは俺に向かって頭を下げた。
「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
山崎はその様子を見て、信じられないという表情を浮かべた。
「社長、こんなじじいに謝ることなんて何もありませんよ」
「おい、『じじい』とはなんだ。少しは口を慎みなさい」
田橋さんの言葉に、山崎は不満そうな顔をするが、何も言い返せないようだった。
俺は田橋さんに顔を上げるよう促すと、彼はゆっくりと顔を上げて続けた。
「君はとんでもないことをしてくれたな、山崎君。徳川さんを失ったことは、うちの会社にとってとんでもない損失だ。君はそのことをきちんと理解しているのか?」
山崎は首をかしげて言った。
「はあ?どうしてこのじじいがいなくなったら、うちの会社がやばくなっちゃうんですか」
田橋さんは大きくため息をついた。
「徳川さんは、9割の取引先とパイプがあったんだよ。彼は以前、亀島ガングで働いていた影響で、とても顔が広いんだ。君、そんなことも知らなかったのか?」
山崎の顔色が変わる。
「は?9割の取引先と、この老いぼれじじいが?そんな馬鹿な」
「だから君が『じじい』と呼んでもいい相手じゃないんだよ、徳川さんは」
田橋さんの口調は、いよいよ厳しいものになっていった。
それでも山崎は反論をやめない。
「でもだからって、うちが開発したトイカメラをニッコリガングが横取りして勝手に発売していい理由にはならないでしょ。おかしいじゃないですか」
田橋さんは静かに説明した。
「徳川さんが企画したものに関しては、発売前の製品に限っては、徳川さん自身にすべての権利がある。それは徳川さんがうちに入社した際に、私が決めたことだ。だから今回の件は、何も問題ない」
さらに田橋さんは続けた。
「それよりも問題なのは、徳川さんがうちの会社を去ったことで、これまで彼のおかげで太いパイプを維持できていた取引先が、一気に減ってしまうことだ。山崎君、君の責任を一体どう取るつもりだ?」
山崎はそれでも、まるで自分の非を認めることができないようだった。
「そんなの、何とでもなりますよ。俺が何とかしますから、ご心配なく」
何の根拠もない自信。それに田橋さんは苦笑いを浮かべた。
「もっと具体的に、どう責任を取るつもりなのか、教えてくれ」
「だから、そんなのは俺に任せていればいいんですよ」
そして山崎は、今度は俺を指差して言い放った。
「大体、このじじいが急に田橋トイズを辞めたりしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ。はい、お前が責任を取れ」
こいつは何ひとつ理解していない。今回の件の原因は、紛れもなく山崎自身なのに。俺はかつての仲間たちが、今もこの男の下で働いていることを思うと、無性に心配になってしまった。どうせ山崎は、自分の気に入らないことがあれば、周りの人間に当たり散らしているのだろう。もしかしたら、俺のように山崎が原因で転職した社員もいるかもしれない。
いずれにしても田橋トイズにとっては、大きな痛手であることに変わりはない。
俺は老骨に鞭打って、田橋さんにこう助言した。
「よその会社の人間が口を挟むのはどうかと思うんですが、はっきり言って山崎さんは部長には向いていないと思います。なるべく早めに他の人間を就任させたほうがいい」
すると山崎は激昂した。
「はあ?何でお前みたいなじじいに、この俺がそんなこと言われなくちゃならないわけ?意味わかんねえし。通報者か何か知らねえけど、余計なこと言ってんじゃねえよ」
相変わらず口汚い男だ。こうして話しているだけでも、どっと疲れてくる。
田橋さんは山崎に「やめなさい」と一喝した後、俺に向かって言った。
「アドバイスありがとうございます。この男の処分については、社内で話し合って決定したいと思います」
「処分?何で俺が処分なんて受けなくちゃならないんですか?社長、こんなじじいの言いなりになることないですよ」
山崎が講義するように言うが、田橋さんは咳払いをして続けた。
「実は君が社内で部下たちに対して高圧的な態度を取っているという報告も、上がっているんだ。その件に関しても、徹底的に調査しなければならない」
「それは何かの勘違いですよ」
「昨今、こういう問題を無視することは、企業としてのイメージダウンにもつながる。わかるよね」
山崎は納得できないようで、不満そうに「意味わかんねえ」と繰り返すばかりだった。
俺はそろそろ仕事に戻らなければならない時間になったので、田橋さんに別れを告げた。すると田橋さんは立ち上がって、もう一度深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
これが上に立つべき人間の姿だ。決して人の上に立つべきではない山崎とは、大きな違いである。そう思いながら、俺は喫茶店を出ようとした。すると山崎が、いつの間にか手に持っていたコーヒーカップを、俺に向かって勢いよく投げつけたのである。
「うおっ!」
慌てて身をかわしたが、幸い当たらずに済んだ。床にコーヒーが飛び散り、カップの割れる音が店内に響いた。
田橋さんの堪忍袋の緒がついに切れた。
「いい加減にしなさい!」
その怒声は、店内に大きく響き渡った。山崎はただ、罰が悪そうに下を向くばかりだった。これ以上ここにいたら、何をされるかわかったものではない。俺は足早に喫茶店を後にした。
その後、田橋トイズの上層部が話し合った結果、山崎には諭旨解雇という重い処分が下された。俺に対する暴言と、他の部下たちに対する高圧的な態度が、それが理由である。山崎は処分を受けた後、会社を去ることになった。
山崎は職を失った後も、就職活動をせずに日々を無為に過ごしていたらしい。暇を持て余した彼は、次第にギャンブルにのめり込んでいった。競馬や競輪に手を出し、貯金が底をついても止まることはなかった。借金を重ねた彼は、最後には闇金にも手を出すようになり、返す当てのない負債を抱え込んだ。そしてある日、借金取りに捕まってしまった。その後、彼がどんな目に遭ったのかは、とても口にできるものではないそうだ。まさに自業自得としか言いようがない。
一方、俺はニッコリガングで、毎日楽しく働いていた。年齢を感じさせない、充実した日々だった。
そして、ある日。社内の全員が大騒ぎするような、嬉しいことが起こった。
ニッコリガングが、ついに田橋トイズを抜いて、業界ナンバーワンの売上を記録したのである。
これはニッコリガングが創業して以来、初めてのことだった。俺が開発に携わった新商品が投じられたことも、その一因でもあった。
この年になっても、まだ会社の役に立てている。誰かの役に立てているという実感は、何物にも代えがたい喜びだった。それは俺にとっての生きがいそのものである。
俺はこれからも年齢に負けず、全国の子供たちが喜んでくれるようなおもちゃを作り続けていきたい。それが俺の人生において果たすべき役割だと、心の底から思っている。



