義母が私たちの娘にした仕打ちを知った時、腹の底から怒りが湧いてきた。そして、私は反撃に出ることにした。
義母は子供が大嫌いだ。私と夫のショ太に対しては強く出られないくせに、幼い娘たちには平気で嫌味を言う。娘がタブレットで映画を見ていれば「昔はテレビだって満足に見られなかったのに」と取り上げ、汚した服をその場で脱がせて洗面所で洗わせようとする。言うことを聞かないと「悪い子ね」と怒鳴る。娘たちは意味が分からなくても、義母の恐ろしい表情にいつも泣かされていた。
私は何度も義母に「娘に直接言わず、私に言ってください」と注意したが、効果はなかった。反撃も試みた。義母に頼まれていた韓流ドラマの録画を全消しし、「昔は娯楽を我慢するのが当然ですよね」と言ってやった。買い物を頼まれても「幼い娘に我慢を強いるお母さんが、大人に頼むはずないですよね」と断った。しかし、義母をギャフンと言わせることはできなかった。
ある日、とうとう義母がやりすぎた。
仕事からの帰宅が遅れ、娘の通学バスの迎えに間に合わなかった。自転車を爆走させて帰ってくると、ランドセルを背負ったまま泣きじゃくる娘と、それを冷めた目で見ている義母がいた。
「何があったんですか?」
問い詰めると、義母は当然のように言った。
「今の子って本当に甘やかされてるわ。通学バスなんて足腰が弱るだけよ。昔はみんな歩いて通ったものよ」
娘に聞くと、こう言われたらしい。
「バスに乗る子は弱くて甘えてるから、将来みんなに嫌われるの。そんなの嫌だよ」
この地域は田舎で、小学校までは片道2時間以上の距離がある。5歳の子供が歩くには危険だし、疲れて勉強に支障が出る。それなのに、義母は事実を無視して、しかも「人に嫌われる」なんて言葉で娘を怖がらせた。
「泣けば許されると思わないことね」
いつもの捨て台詞を残して去っていく義母。私は決意した。
絶対に許さない。徹底的にこらしめてやる。
そして、ふと思い浮かんだ仕返し方法を即座に実行した。
効果が現れたのは翌日、土曜日の夕方だった。チャイムを連打されて玄関に出ると、真っ青な顔をした義母が立っていた。
「車がないんだけど。庭に止めてた私の車が」
「車なら売却しましたよ」
私は天気の話でもするように軽い調子で言った。
「昨日、お母さんが『車は甘やかしだ。昔はどこへだって歩いた』っておっしゃってたじゃないですか。今まで私の車を我慢して使ってもらってたんだなって反省したんです。もう誰も使わないなら、車なんて持ってるだけで税金がかかるだけだし。買い取り業者に連絡して、午前中に回収してもらいました」
義母は一瞬絶句し、すぐに怒鳴った。
「勝手にそんなことして! 一体いつの間に!」
「知り合いの業者に電話したらすぐに来てくれましたよ。車は私名義だったので、昼寝中のお母さんに声をかける必要もありませんでした。お母さん、車庫に鍵を置きっぱなしにするなんて、今時物騒ですよ。家に保管しておけば、お母さんにも回収前に声をかけられたのに」
義母は悔しそうに顔を歪めた。
「鍵のことがなくても、声をかけるべきでしょう! 月曜からの通勤はどうすればいいのよ。あなたには思いやりってものがないの?」
「お母さん、さっきも言ったじゃないですか。車がお嫌いなお母さんのことを思って売却したんですよ」
「だ、誰が車が嫌いだって言った!」
「遠慮なさらないでください。今まで私の車を使っていただきありがとうございました。月曜からはどうぞご自分の足で、どこへだって歩いていってくださいね」
そう告げて、勢いよく玄関のドアを閉めた。連打されるチャイムを無視して、私はお腹を抱えて笑った。
義母はどうやら歩いて職場に向かったようだ。私は通勤用の自転車を隠しておいたし、夫にも車の鍵を渡さないよう伝えた。タクシーという手もあるが、スーパーの有料袋を買うくらいなら手で抱えて運ぶようなケチな義母に、その選択肢はないだろう。
徒歩通勤初日、雨が降っていた。「かわいそうに」と外を眺めていると電話が鳴った。時間は午前9時過ぎ。義母の会社からで、まだ出勤していないらしい。歩きなら3時間くらいだろうか。
「事情を話したら、お孫さんにまで嫌みなんですねってしみじみ言われました。遅刻は半日勤になるんですよ」
事務の人はとても楽しそうだった。義母は会社でも嫌われているらしい。
初日から遅刻した義母は、出勤時間を6時から5時に早め、私をチラチラ見ながら言うようになった。
「筋肉痛がひどくて、明日も歩けるかしら」
「筋肉痛は運動の証ですよ」
適当に褒めておいた。その週末、義母はついに折れて頼んできた。
「みおさんのパートがない日だけでも、自転車を貸してくれないかしら」
「急に使いたい時もありますし、無理ですね」
断ると、急に怒り出した。
「なんて冷たい人なの! 使わない時くらい貸してくれてもいいじゃないの!」
「お母さん、自転車は車の仲間ですよ。『昔の人は車の力なんて借りずに、どこへだって歩いた』っておっしゃったのは嘘だったんですか?」
冷めた視線で問い詰めると、義母はぎょっとした後、わけのわからないことを言い出した。
「そ、そんなことくらい知ってるわよ。あ、あなたの思いやりなら受け取ってあげようと思って」
「思いやりは1mmも湧いてきません。自転車は貸せません」
「もういいわよ、この冷血!」
そう言い捨てて、義母は離れに消えた。
義母の次の行動は、義姉への告げ口だった。電話をかけてきた義姉は、申し訳なさそうに言った。
「お母さんのことを一任したのにごめんなさいね。こっちに電話されるのも正直困るのよ」
義母は子供が嫌いだから、義姉の子供にも電話口で嫌みを言うらしい。義母は元々夫の実家で義父と暮らしていたが、義父の借金を返済するために家を売って賃貸暮らしをしていた。義父が亡くなり、一人暮らしは心細いということで、義姉に同居を頼んだが、義姉は旦那の親の介護があるため、夫に義母の引き取りを頼んできたのだ。
「ご自身で『車はダメ、どこへでも歩く』っておっしゃったので、私が許す許さないの話じゃないんですけどね。昔ルールを押し付けてきたのは義母の方なんですから、さっさと現代仕様に切り替えて、自転車でも何でも自分で買ったらいい話です」
そう説明すると、義姉は納得した様子だった。
家に新しい自転車が届いたのは、その電話の3日後だった。最短配達を頼んだのか、平日の昼間に届いたので仕方なく受け取る。義姉から話を聞いて、早速注文したんだろう。ピカピカの新しい自転車を眺めていたら、ふといい考えが浮かんだ。
義母が帰宅して早々、私は満面の笑みで駆け寄った。
「お母さん、自転車が届きましたよ」
夜の8時過ぎで、義母は疲れ切った表情だったが、「あら、本当?」と顔をパッと明るくさせた。
「ありがとうございます。こんなにいい自転車を私のために」
言った途端、時が止まった。
「え? やだな、お母さん。こんなサプライズプレゼントを用意してたなんて」
「あ、あなたのじゃないわよ!」
「え、そうなんですか? 大人用だし、ショ太は乗らないから。あとは私だけですよ。変だなあ」
すっとぼけて、付け加える。
「だってお母さんは、車なんて乗りませんもんね」
義母は言葉を失ったようだった。
「あ、あなた、どうしてそこまで意地が悪いのよ!」
「どうしてって、私は真似しただけですよ。お母さんが娘たちにした仕打ちを、そっくりそのままね。昔ルールを持ち出して、弱い立場のあの子たちをいじめたかっただけでしょ。だから私も昔ルールを使って仕返ししただけです」
「わ、私はあの子たちのためだと思って!」
「躾は私がしますよ。散々言いましたよね、娘に直接注意するなって。それなのに毎回出しゃばってきて、昔を引き合いに出しては娘を泣かせて。『車はダメだから歩け』って言ったのはお母さんでしょう? 自分は1週間で音を上げて、早速自転車を買ったくせにね」
いつになくまくし立てる私に、義母は青ざめ、ついには泣き出した。
「泣けば済むと思ったんですか? 昔は泣いたって許されなかったんじゃないですか?」
散々娘が泣かされたせいか、義母の涙を見ても何とも思わなかった。
「これ以上徒歩通勤したくなければ、意味不明な昔ルールはなかったことにして、娘たちにきちんと謝ってくださいね。娘がいいと言えば、後はご自由に。ちゃんと確認しますから」
脅しも忘れずに、私はその場を後にした。
義母はそれから、一応娘たちに謝ったようだ。
「おばあちゃんがね、『これまでのことは謝るから自転車に乗っていいか』って聞いてきたんだよ。おばあちゃんの口がブルブル震えてた」
娘たちから義母の悔しげな謝罪現場の様子を聞いて、思わず笑ってしまった。娘たちは「かわいそうだから自転車を使ってもいいよ」と答えたらしい。
義母はそれから大人しくなった。相変わらず孫を可愛がるわけではないが、明らかに避けるようになり、娘たちの平和は守られた。「次同じことをしたら離れを出ていってもらう」と言ってあるし、今後も義母の行動には目を光らせるつもりだ。
そういえば、義母は職場で「自転車には乗れる女」と影で呼ばれているらしい。自転車通勤初日、時間の計算が甘くて遅刻したらしく、また義母の職場から電話がかかってきて、その話を教えてもらった。
「孫に使用を許されたので、今日からは自転車で行きますよ」と教えてあげたら、事務の人は笑いをこらえながら言ったそうだ。
「じゃあ今日から、『車に乗れない女』じゃなくて『自転車には乗れる女』ですね」
それを聞いて義母が年下の社員にクスクス笑われている姿を想像すると、おかしくて仕方がなかった。



