中学の同窓会で、かつて俺を馬鹿にしていた伊藤と再会した。あれから二十年も経ったのに、あいつはあの頃のままだった。
「お前ら底辺とエリートの俺じゃ話が合わねえんだよ。いるだけ無駄だからマジで帰れ」
会場の真ん中で赤い顔をした伊藤が、俺と友人たちに向かって笑いながらそう言い放った。見た目だけは大人になった同級生は、恐ろしいほど変わらない幼稚な心で俺を追い出そうとしていた。
「お前がいるとせっかくの同窓会がぶち壊しだ」
「それは悪かったね。じゃあ君とは二度と会わないようにする。これで帰る」
俺はあっさりと引き下がり、そそくさと会場を後にした。この男は何も知らない。いつまでも昔を引きずって、自分が優れていると思っているのだ。
「おお、二度と俺の前に現れないようにしてくれよ」
背中に投げかけられた楽しそうな同級生の声に、俺は苦笑した。二度と現れなくなるのは君の方だけどね。そう心の中でつぶやきながら、彼に訪れる哀れな最期を想像していた。
俺の名前は小峠。つい先日三十五歳の誕生日を迎えて、中年という年代を意識するようになった。デザイン関係の仕事をしており、大学卒業以来、会社に所属してデザイナーとして働いている。天職を得たというのは、何とも幸運だったと思う。俺は昔からあまり勉強のできない人間で、学校生活では苦労ばかりしていた。
テストの成績が重要になり、点数で順番もつけられるようになった中学時代からは、己の不出来さばかりを味わう日々を過ごした。しかも俺は、見た目だけは勉強を得意としそうな地味で眼鏡をかけた男子だった。
「だめがねだなお前。メガネかけてるんだからさ。勉強できないとダメじゃん」
同じクラスのやんちゃ者の伊藤という男には、その辺りを重点的にいじられていた。髪を染めて制服を着崩していた伊藤だったが、学年でもトップクラスの成績を維持する学業優等生でもあった。真面目で勉強ができるのに見た目が悪い俺は、頑張ってみても中の下。伊藤から見れば、格好の標的だった。
「峠、お前マジでダサいぞ」
伊藤とは中学三年間を通して同じクラスだった。当たり前のように毎日馬鹿にされて、テストの度に笑われる。やがてやってきた高校受験では、伊藤は鮮やかに県内トップの進学校に合格を果たした。対する俺は、滑り止めの私立高校の工芸コースに引っかかった。工芸が何かも知らなかったが、俺の偏差値で確実に合格の可能性があったのはそこだけだったのだ。
「じゃあな、だめがね」
中学の卒業式が終わり、正門を出る時に大笑いの伊藤に背中を叩かれたことは、今でも覚えている。
中学卒業からちょうど二十年。同窓会の知らせを手にした俺は、平凡以下だった自分の中学生活を思い返していた。就職をして社会に出てから人生はだいぶ気楽なものになった。それでも昔の自分のことは、苦い思い出でしかなかった。
同窓会の知らせが届いた時期、俺は仕事でちょっとした節目を迎えていた。ある支社への転勤を打診され、受け入れたばかり。そしてその転勤には、俺にとって大きな挑戦も含まれていた。会社での自分の将来のためにも、大事な局面だった。もし同窓会の誘いを、疲れたタイミングで目にしていたら、不参加の返事をしていたはずだ。だが、仕事に燃える意欲がプラスされたおかげで、俺は同窓会への参加を決めた。
「おう、久しぶり」
「久しぶり。元気か?」
「まあな。仕事にやられそうだけど、なんとかな」
同窓会の会場は地元のホテルの宴会場だった。俺は数人の友人たちと再会し、近況報告をした。みんなそれぞれ就職したり家業を継いだり、すっかり大人になっている。もちろん、あの伊藤にもそれぞれの人生がある。
伊藤はどこからどう見ても、イケメンの大人の男になっていた。会場の真ん中あたりで、学生時代も華やかだった連中に囲まれて笑っている。ほっそりした黒のシャツにスーツ。体型も引き締まって清潔感のある大人。三十五歳の伊藤からは、かつてのヤンキー臭さやんちゃさが抜けていた。
「よ、底辺のものどもよ」
酒の勢いなのか、赤い顔の伊藤が俺や友人たちを笑った。
「久しぶりだね」
「ああ、そうだな。ていうか、底辺組は来ないと思ってた」
「そういうもんだろう。お前らにとっての同窓会って」
見た目だけは取り繕っても、伊藤の喋り方と言葉の選び方は二十年前と変わらない。笑いで俺に接し、友人たちに冷たい視線を送る仕草も同じだった。
「お前、どうせ今でもパッとしないんだろ。あんな私立のバカ高校の工芸コース。そんなところにしか行けないぐらいだったんだから」
「ああ、よく覚えてるね」
「そらそうだろ。あの高校に行くやつなんて早々いないんだぜ」
伊藤はビールのグラスを片手に、首を横に振った。そして頼んでもないのに、自分の良さと俺を比べた分析を披露してくれた。
「俺は高校もちゃんと卒業したぜ。赤点なんて無縁だった。卒業式では成績優秀者で表彰してもらった」
「それはさすがだね」
「大学だって特待生で合格してやった。ついでに、それでうるさい連中も黙らせたけどな」
伊藤の口から出てきた大学の名前は、国内の最高峰のもの。優秀な男だというのは知っていたが、その大学の特待生だったとは。俺は改めて伊藤の頭の良さに恐ろしさも覚えた。
「お前みたいな底辺がダメなのは、容量が悪いからに尽きるよな」
「それはまあ、何とも言えないね」
「教師と親の言うことを鵜呑みにして、人から言われたことに疑問も持たず。あのな、世の中は騙し合いなんだ。はったりもかまさないといけないんだよ。そういうのが分かってないやつは、バカなんだよ」
「そういう考えもあるんだね」
「そういう考えじゃねえよ。心理だよ。世の中の心理。やっぱりバカには分からねえんだな」
ゲラゲラと笑い、伊藤は首元のネクタイを緩めた。顔は真っ赤になって、喋りはどんどん荒くなる。どうやら酒癖は良くないのだろう。
「それで、お前はどうせロクに仕事もできねえよな。だから相変わらず、だめがねなんだよな」
俺の変わらないメガネ姿を指差し、伊藤の笑いは一段と大きくなる。
「あ、だめがねとそのお友達は、その辺で固まってるよな。間違ってもセンターには来るなよ。せっかくの同窓会ぶち壊したら、承知しねえからな」
勢いで昔のヤンキーを見せつけた伊藤が、俺と友人たちを睨んだ。いつの間にか伊藤の仲間たちも近くにいたが、伊藤を止めるわけでもなくそこにいるだけだった。
「お前ら、その場は全員帰れ」
「え? なんで?」
「なんでもねえよ。お前ら底辺とエリートの俺じゃ、話が合わねえんだよ。いるだけで無駄だから、マジで帰れ」
伊藤は俺と友人たちを手で払う真似をした。
「帰れよ、底辺ども」
「おい、なおや、お前なんで切れてんだよ」
「お前さ、かわいそうじゃん。底辺君たちが」
伊藤の友人たちは伊藤をなだめるふりをして調子に乗って笑う。嫌みっぽく俺たちをけなし、妙に盛り上がっていた。
「そうか。歓迎されてないんだな」
「なんだよ。今分かったのかよ。やっぱり絶望的にバカなんだな」
「悪かったね。貴重な時間に邪魔したみたいで」
「お、そういうことだ」
「じゃあ伊藤君とは、二度と会わないようにするよ。これで帰る」
「お、じゃあな。だめがね」
俺は特に何もせず、伊藤の命令に従った。やり合ってもいいが、相手にするのもバカバカしいと思って身を引くことにした。俺は友人たちにも声をかけて、一緒に同窓会の会場を出た。そのまま会場近くの居酒屋で、昨日会う仲間と同窓会を仕切り直し、伊藤の様子をネタに苦笑した。
「人の本性って、どうにもならないんだな」
「そうなんだろうな。いい年して、大人気なかったな」
仕切り直しの席はそれはもう楽しかった。改めて思い出話をして、だらだらと飲んだ。二十年ぶりの同級生との再会は思いがけない形で決着したが、これはこれで良かったと帰りの電車の中で余韻を味わった。
同窓会の翌日は、転勤先への初出勤の日だった。前日の出来事は、目まぐるしさも合わせて忘れたいもの。一夜開けて新規一転、俺は数人の同僚たちと初対面の挨拶を済ませて朝礼の時間を待った。この日の朝礼は全社員が出席する特別なもので、転勤してきた俺のために用意された場でもあった。
司会を務めるのは会社の総務部長。総務部長に紹介されて、俺はマイクの前に立った。
「本日付けでこちらに参りました小峠と申します。皆さんとは手を取り合い、協力し合って仕事をしていきたい。皆さんの声も聞いています。どうぞ皆さん、よろしくお願いいたします」
挨拶と自己紹介をしている間、俺は自分を見る人たちの顔をそれとなく眺めた。その中には、やはり自分の知った顔があった。
「私はまだこちらで働くには不慣れなことばかりかと思います。しばらくは皆さんから教えていただく機会も多いかと思いますが、お付き合いください」
話を続けながら、見知った人である伊藤の様子を伺う。伊藤は周囲を気にして澄ましているようだったが、明らかに俺の登場に驚いていた。その証拠に、伊藤は何回か辺りを見回し、小さく首をひねっていた。
朝礼を終え、社員は就業時間を迎えた。俺は仕事を始める前に一息ついておこうと、休憩室でコーヒーを飲んだ。するとそこに、見慣れた嫌な笑みを浮かべた伊藤がやってきた。
「お前、なんでここにいるんだよ」
半笑いは浮かべているが、言葉に素直な驚きが現れている。
「だめがね、お前もここで働くってことなのか?」
「そうだよ。さっき聞いただろ」
「あ、昨日は君とはもう二度と会わないって言ったのに、前言撤回だな」
「ああ、そうだよな。お前の顔を二度と見なくていいと俺も思ったけど、なんでまた会うんだよ。しかも会社で」
伊藤は何が何だか分からないという様子で、どうして俺が同じ会社にいるのかをしきりに尋ねる。
「お前、マジで同じ会社にいるってことなのかよ。分かってんのか? この会社は一流企業だぞ。俺みたいなエリートしかいない。ダメがね底辺が働けるわけねえんだぞ」
「いや、ほら、いろんな部門はあるからね」
「部門って? それはまあ、底辺がいる子会社もあるけどな。倉庫とか物流センターとか。でもここは本物のエリートしかいない場所だぞ。冗談だろ。メガネ、お前会社に騙されてるんじゃねえの?」
喋りのエンジンがかかってきたのか、伊藤はすっかり俺への本来の調子を取り戻した。エリートの自分とだめがねだった俺が一緒に働くなど絶対にありえないと言い張り、俺が会社に担がれただけだと笑った。
「何か適当な仕事でもしてるんだろ? 倉庫とか物流センターで。それで、お前に自分の馬鹿さを分からせるために、会社がお前をエリートと混ぜてみようと思ったんじゃねえの?」
「さあ、どうだろう」
「そういうことだろう。ほら、やっぱりお前はバカなんだよ。そうやってまともな返事できねえじゃねえか。だめがね」
伊藤が俺を指さし、高笑いを決める。しかしその高笑いは、休憩室に駆け込んできた総務部長がかき消した。
「伊藤、何言ってるんだ?」
「あ、部長」
「おい、お前は誰に向かって口を聞いてるんだ?」
総務部長の顔は青ざめていた。それに対して伊藤はヘラヘラとまだ余裕の表情だった。
「ああ、小峠は僕の中学の同級生なんですよ。いや、小峠がまさか自分と同じ会社にいたなんて、昔の彼の成績から考えたらありえなくて」
伊藤は口調こそ丁寧だが、俺のことは相変わらず馬鹿にしている。そんな伊藤を部長は大声で叱りつけた。
「お前はいつから、支店長より偉くなったんだ?」
「は? 支店長って?」
「小峠さんは今日から赴任されたんだよ。この支社の支店長にな。お前、人事法に目を通してないのか?」
部長の叱責が休憩室に響く。
「第一、そもそもお前は何様のつもりなんだ? 相手がどんな人だろうが、そんな風に人のことを言っていいと思っているのか?」
「あ、いえ、あの、小峠が店長って、俺は知らないし」
「だから、知らせを見てないのかと言ったんだ」
「ああ、それは忙しくて」
「忙しいのはみんなそうだよ」
部長に責められて、伊藤はまだ事態を飲み込めていないらしい。部長と俺を交互に見て、その合間に頭だけは部長に下げていた。
「なあ、小峠。おい、お前が支店長ってなんだよ。どうなってるんだよ。本当なのか?」
部長のトーンが下がった瞬間、伊藤は俺に泣きついた。
「総務部長の言う通り、今日から俺がここの支店長だよ」
「なんで、どうしてだよ」
「まあ、本社から頼まれたっていうことかな」
俺と伊藤の勤務先は、国内の有名住宅機材メーカーだ。俺は元々メーカーのデザイン部門に所属する人間だった。
中学の頃は自分に才能があるとは思っていなかった。だが、高校で工芸コースに進んだことが、人生の転機になった。最初は中学時代同様に苦しい高校生活だった。勉強もからっきしなら、何の知識もないまま工芸コースに身を置いた俺は、毎日何をすべきか分からずにいた。家具や工業製品のデザインを学ぶための授業。木工や金属加工の実習。工具の趣味すらなかった俺は、何をしても一切の手応えを得られなかった。
「小峠、妙にみんなを見習おうとするな。お前の感性は面白いぞ。それをそのまま作業にぶつけろ」
俺が高校生活に絶望を感じていた一方で、当時の担任教師だけは俺の才能に気づいてくれていた。知識を持たない俺だからこそ可能な、奇抜で突飛なアイデアとデザイン。教師はそれを褒め、今に繋がる道筋を示してくれた。
「周りに染まらず、自分の感覚を信じろ。学びをやめるな」
そして俺に美大の進学を勧めた。それからの俺は受験勉強に取り組み、無我夢中で自分が生きていくための道に乗ろうと必死だった。予想もしていなかった現役進学を果たし、始まった大学生活はこれまでとは全く違う世界。勉強の出来不出来よりも、発想の自由さを求められる毎日。だが、その毎日のおかげで俺はインテリアデザイナーとしての能力に目覚めることができた。学生時代にデザイン賞も取り、その実績を引っさげて今の会社に入社した。いくつかの支社でデザイナーとして働きながら、時には営業も経験した。それは自分で製品を売り込みたいという思いからだった。社外のコンペにも積極的に参加して成績を残した。
今回、俺は会社から支店長に任命されたわけだが、正直言って大抜擢だと思っている。俺の成績はそこまで目立つものではない。だが会社は、俺のデザイナーとしての武器である発想力を買ってくれたようだった。
「最近数字が伸び悩んでいる都内の支社に、今までにない視点を持ち込んでほしい」
社長からそう言われているのだ。
「あ、そうだ。伊藤には伝えないといけないことがあったんだった。支店長として、後で支店長室に来てくれる?」
呆然としている伊藤に、俺は明るく告げた。
「あ、ああ」
拍子抜けした伊藤は、気の抜けた返事をした。
それから数分後、俺は伊藤と支店長室で向かい合っていた。
「伊藤、申し訳ないが君には解雇を通告する」
これが支店長としての初仕事だった。日は重かったが、支社に来る前から密かに進められていた社内調査の結果、俺の初仕事がそれに決まっていたのだ。事前に受け取っていた資料と調査結果をまとめたファイルを手に告げると、伊藤は俺の言葉が一瞬理解できなかったようで、呆けたような顔をしていた。
「解雇って、どういうことだ?」
「支社内から君のパワハや職務規定違反を指摘する声が上がっている。支社全体と伊藤に関する調査は、半年にわたって続けられていたそうだ。支社から本社へ、伊藤の問題行動に関する匿名の告発が上がっていた」
伊藤は上司に対しては猫を被って丁寧にしているが、後輩社員や女性社員、派遣の人たちに常習的にパワハラを働いていた。それだけではなく、勤務中に私用の時間を使う、会社からの貸与品と車両の不正使用についての報告も受けた。
「会社支給のPCでゲームをして、そのPCを家でも使ってるらしいね。それから、会社のワゴンをキャンプに行くからって持ち出してるそうだ。しかも、ガソリンも会社のカードで入れた記録がある」
「そんなの、誰だってしてるだろうが」
「いや。君以外、そんなことをしようとする人すらいないと思う。というか、いない」
「なんだよ。だからって、いきなり首はないだろうが」
「それ以前に、適切な処分はないと思うけど」
「冗談じゃねえ。異議だ。正式に文書を出して抗議してやる」
「異議も何も、これはもう決定したことなんだよ。貸与品と車両の不正使用、パワハラ、職務怠慢による成績不振まで重ねられたら、会社として解雇以外に妥当な処分はない」
伊藤は顔を真っ赤にして怒り狂ったが、俺はただ淡々と告げるだけだった。それから数日と経たないうちに、伊藤は退職届を俺に叩きつけてきた。俺に言われて解雇されることだけは嫌だと、伊藤は自力で会社を辞めることを選んだようだった。実は本社から俺にその報告は入っていたが、俺は伊藤の望み通りにすると答えておいた。そうして自主退職を勝ち取り、自分のプライドを守ったつもりでいたようだった。
「お前の下で働くなんざ、ごめんだよ」
伊藤は最後に捨て台詞を履いていったが、その姿は哀れそのものだった。
退職後の伊藤のことは、風の噂で聞いている。伊藤は退職後すぐさま新しい職場を見つけたらしい。プライドを満たせる有名企業に入ったそうだが、そこで化けの皮が剥がれてしまった。学歴や経歴の割には何ひとつ仕事ができない。人を小馬鹿にしてずる賢いことを考えて、怠けてばかり。伊藤は自分の行いのせいで、その職場からもすぐに首を切られたそうだ。今は地元に戻り、実家で引きこもり生活を過ごしているらしい。二度の解雇処分を突きつけられたことで、伊藤のプライドは完全にへし折られたのだろう。地元の同級生は、パチンコ屋に出入りしている伊藤を見かけたと言っていた。
俺はと言うと、支店長として必死に働いている。営業の数字を追いかけながら、デザイン部門では後進の育成プランを練る。やることは山積みで、改善しなければいけない点も多い。だが、それも自分の仕事として責任を持って取り組むつもりだ。自分を認めてくれた人たちへの恩返しとして、この忙しい日々も楽しんでみようと思っている。



