「おいおっさん、キモいんだけど」入社式の会場で、社長の息子を名乗る新入社員が他の新人たちに学歴を聞き回り、「学歴のない奴らは俺の言うことを聞け」と威張り散らしていた。さすがの我慢も限界で、人事部長として注意した瞬間、彼はニヤリと笑って言った。「どうせ俺は社長の息子だぞ。お前ごときが何を言っても無駄だ」だが、彼は忘れていた。俺は面接官として、彼の正体をはっきり知っている。静かに、彼に伝えた。「…

「おいおっさん、キモいんだけど」入社式の会場で、社長の息子を名乗る新入社員が他の新人たちに学歴を聞き回り、「学歴のない奴らは俺の言うことを聞け」と威張り散らしていた。さすがの我慢も限界で、人事部長として注意した瞬間、彼はニヤリと笑って言った。「どうせ俺は社長の息子だぞ。お前ごときが何を言っても無駄だ」だが、彼は忘れていた。俺は面接官として、彼の正体をはっきり知っている。静かに、彼に伝えた。「...

入社式の会場で、あの男たちを見つけたとき、背筋が凍る思いがした。

無我は派手な原色のスーツを着て、他の新入社員に次々と声をかけている。どうやら出身大学を聞いて回っているらしい。隣には金魚の糞のようにくっついている病井。面接で散々な態度をとったあの二人が、なぜここにいるのか。

俺は人事部長の追川吉。43歳だ。子供の頃から飛行機が大好きで、パイロットに憧れたが視力が悪く断念した。それでも飛行機に携わりたくて、この航空会社に新卒で入り、今は人事部長を務めている。この春昇進したばかりだ。

今日は新入社員の入社式。俺はその責任者として出席していた。電車を一本早く乗り間違えて、だいぶ早く会場に着いてしまったのだが、それが運命の分かれ目になるとは思わなかった。

無我がやたらと大きな声で言い放った。

「どうやら今年入った連中の中じゃ俺たちが一番高学歴みたいだな。学歴のない奴らに言っておくが。俺の言うことはちゃんと聞けよ。もし逆らおうとしたらただじゃ置かないからな」

さらに続ける。

「同期は無能ばっかじゃん。エリートの俺が指導してやるからせいぜいありがたく思えよ」

周りの新入社員たちは明らかに嫌そうな顔をしている。これは黙っているわけにはいかない。俺は席を立ち、無我に近づいた。

「申し訳ないが、もう少し静かにしてください。それと、他の参加者に絡むのも遠慮してもらいたい」

すると無我は俺を睨みつけて言った。

「あー、お前確か人事の人間だっけ? そういえば面接の時いたような。役員でもないやつが俺に指図するなんてどういうつもりだ」

なんて汚い目つきだろう。濁っていて輝きが一切ない。心の汚さがその瞳に現れている。

病井が無我を指さしながら付け加える。

「やい、いいか? 無我はな、コイルジェットの社長の息子なんだぞ。お前それを知ってて俺たちに文句言ってんのか?」

社長の息子だろうが何だろうが、他人に迷惑をかけていいはずなどない。この男たちはそんなことすら分からないのか。

「おい、おっさん。何ジロジロ見てんだよ。キモいんだけど、やめてくんない?」

俺は無我たちをじっと見つめながら、どうしたものかと考えていた。周りの社員たちは、無我が社長の息子だという事実におじけづいて何も言えないでいる。

俺は深呼吸をして、落ち着いた声で言った。

「ていうか、どうして君たちは新入社員でもないのにこんなところにいるんですか? そもそも君たちは面接で落ちてますが」

無我と病井は「え?」と言ったきり、呆然と口を開けている。

「バカ言ってんじゃねえよ。そんなわけないだろうが。俺は社長の息子だぞ」

「社長の息子だろうが何だろうが、この件においては関係ありませんよ」

病井も食い下がる。

「冗談もいい加減にしろ!」

その時、入社式の会場に一人の人物がやってきた。コイルジェットの社長、美和さんだ。以前、傾きかけていた経営を立て直した超実力者。業界ナンバーワンの業績を誇る今の会社を作った人物だ。

美和さんは無我の姿を見て、眉をひそめた。

「おい、どうして俺がこんなところにいるんだ」

無我は堂々と答える。

「そりゃ俺も新入社員だから当たり前だろ、親父」

それを聞いた美和さんの顔色が変わった。

「お前、一体何を言っているんだ? お前みたいなバカ息子を大事なうちの会社に入れてやるわけないだろうが。お前たちの不採用を決めたのは、何を隠そう、この俺だ」

その言葉はまるで氷のように冷たかった。

「はあ? どういうことだよ。説明しろ!」

無我が叫ぶ。美和さんは静かに説明を始めた。

「お前たちが先日の面接でどれだけ無礼な態度を取ったかは、この追川君から全て聞いた。たく。もういい年をしているくせに、未だに子供なんだからな。他人に対して思いやりの心を持つこと。これがうちの会社のポリシーだ。しかしお前らにはそのかけらすら見当たらない。そんな人間を採用したら会社にとってかなりの不利益になることは目に見えている」

美和さんは無我の肩をポンと軽く叩き、悲しげな声で言った。

「無我。お前には何度もその態度について注意してきたが、どうやらもうどうしようもないみたいだな」

無我が食い下がる。

「親父! それが実の息子に言う言葉かよ!」

しかし美和さんはきっぱりと言い放った。

「無我。色々母さんとも話し合ったんだがな。今日限りでお前と親子の縁を切らせてもらう。今後は二度とうちに、そしてうちの会社にも近づかないでくれ」

絶縁宣言だった。

「うわぁぁぁ!」

無我は獣のような叫び声を上げた。その姿は本当に獣そのものだ。

すると、今度は病井が逆切れを始めた。

「ふざけんなよ! お前の親父が社長だって言うから、今までお前の言うこといっぱい聞いてやったのに」

何ともカオスな状況だ。しかし病井の言葉は全く無我に届いていない。無我はひたすら叫び続けている。

すっかり取り乱している無我を横目に、病井は美和さんにすがりついた。

「社長さん! どうか俺だけでも雇ってはもらえませんか? きっと、このバカよりはだいぶ役に立ちますから」

さっきまで無我にべったりだった男のセリフとは思えない。病井も内心、無我を馬鹿にしていたらしいことがはっきり分かった。

美和さんは病井をぎろっと睨みつけた。その迫力たるや、思わず俺自身も背筋を伸ばしてしまったほどだ。病井もその睨みにすっかり怯み、「うわ、うわぁ!」と叫びながら会場の外へと逃げ出してしまった。

一人ぼっちにされた無我は、相変わらず叫び続けるばかりだ。美和さんも顔をしかめている。

俺は無我に即ここから出て行くよう促した。入社式の開始時刻をすでにかなり過ぎてしまっていたからだ。他の新入社員たちは不安げな様子でこちらを見ている。これ以上彼らを不安にさせるわけにはいかない。

しかし無我は俺の頼みを拒否した。

「なんで社長の息子の俺がこんな目に遭わなくちゃならねえんだよ! 俺はA大だって出てんだぞ! ふざけんな!」

もはや無我は誰の手にも負えない。俺は美和さんの顔を見ると、美和さんは小声で言った。

「警備員を呼んでこい」

俺はその命令の通り、数人の警備員を会場内へ連れてきた。

「このバカ野郎をすぐに会場から追い出してくれ。こいつは妨害者だ」

警備員たちは暴れまくる無我を何とか取り押さえ、会場の外へと連行していく。

「覚えてやがれ! その借りは必ず返してやるからな!」

無我は叫びながら連れていかれた。

無我が出ていった後、美和さんは他の新入社員たちの方を向いて、予想外の行動に出た。なんと深々と頭を下げたのだ。

「君たちの晴れの舞台である入社式がこのようなことになってしまい申し訳ない。会社のトップとして深くお詫びします」

こういう時、きちんと頭を下げることのできる人だ。社長という立場に固執しない姿勢は見上げたものだ。美和さんだって、実の息子のあんな姿を見て悲しくないわけはないだろうに。

そして、何事もなかったかのように入社式は始められたのだった。

その後、無我は美和さんから見放され、実家も追い出されたそうだ。住む場所を失った無我は友達の家を訪ねたが、誰一人止めてくれる人間はおらず、結果的に奴の人徳がいかにないかの証明になってしまった。

結局、無我はネットカフェで寝泊まりするようになった。しかし元から浪費癖の激しかった無我に十分な蓄えなどあるはずもなく、やがて貯金も尽きてしまい、とうとう路上で生活するようになった。

それでも無我が反省することはついになかった。

そして公園で寝泊まりしていた無我は、たむろしていたヤンキーと喧嘩になり、とんでもない怪我を負うことになった。おまけに警察にまで喧嘩のことで事情聴取されたらしい。

反省なくして人間は成長することなどできない。今後もこんな生活を続けることしか、今の無我にできることはない。

一方、俺はといえば、相変わらず人事部長として忙しい毎日を送っている。今年入った新入社員たちも、まだ慣れないながらも頑張ってくれていて、見ていて微笑ましい限りだ。

思えば俺にもあんな頃があったんだよな。

しかし、だからといって、いつまでも思い出に浸っているわけにもいかない。俺にできることを毎日精一杯やること。これは入社当時から俺が自分自身に課している目標のようなものだ。

俺はこれからも仲間たちと力を合わせながら、一生懸命働いていきたい。

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