私が病院に駆けつけた時、すでに義両親の怒号が室内に響いていた。兄夫婦が突然この世を去った。その知らせを聞いた私の足は震え、それでも必死に走った。ところがそこに待っていたのは、悲しみに暮れる両親を激しく責め立てる義理の両親の姿だった。
「子供を置いて逝った挙げ句、多額の借金まで残していくなんて、本当にどこまで迷惑をかければ気が済むのよ!」
「あなたたちの息子が、うちの娘を不幸にしたんだ。謝りなさい!」
義母はヒステリックに叫び、義父は鋭い目つきで私の両親を睨んでいた。亡くなったのは全て兄の責任だと言う。さらに、兄夫婦が経営していたカフェのことにも文句をつけ始めた。
「オタクの息子のせいで、うちはめちゃくちゃだ。それに、こんな悪戯ばかりする子供を3人も残されても困る。うちの娘に似ていたら、こんな性格じゃなかったんだがな」
その言葉に、私の我慢の限界が来た。
「言いすぎじゃないですか!」
そう言い返すと、義父の機嫌はますます悪くなった。
「なら、出来損ないの子供たちは、お前が引き取れよ」
「是非。引き取らせていただきます」
私はその場の流れで、兄夫婦の子供3人とお店を引き取ることになった。義両親は、私が苦労するだろうとほくそ笑んでいた。しかし1週間後、義両親は顔面蒼白で私の元を訪ねてきた。どうやら今更になって、真実を知ったようだ。私は義両親の悪だくみを見破り、追い払ってやった。
私の名前は熊田明かり。現在30歳で、自分自身も小さなオーナーをしている。26歳の時に夫の旬と結婚した。28歳で子供を授かり、3人家族になろうと話していたのだが、その夢は叶わなかった。私は医師から、体質的に妊娠はおそらく無理だろうと言われてしまったのだ。
ショックで、何日も食欲が湧かなかった。だが、そんな私を支えてくれたのは兄夫婦だった。兄夫婦には子供が3人いて、兄の嫁の理香さんは現在4人目を妊娠中だった。
「俺たちの子供を、我が子のように扱ってくれていいからさ」
兄は、ずっと落ち込んでいた私にそう言って、元気づけてくれた。ずっと子供ができない体で悩んでいくのだと思っていたが、他の子供をより愛そうと思えたのも、兄のおかげだろう。そんな兄は、明るく、家族内でも太陽のような存在だった。
「お兄ちゃんが家にいるとなんか明るいよね」
「あはは。そんなに褒めても何も出ないぞ」
兄は照れてそう言っていたが、理香さんも私の言葉に賛同してくれていた。
「わかります。その場にいるだけで明るくて、生まれ変わったらお兄さんになりたいです」
「いやあ、生まれ変わって俺になったら、そうでもないぞ」
兄は珍しく後ろ向きな発言をした。理香さんも俯いてしまったのだ。話を聞くと、どうやら理香さんの実家とうまくいっていないらしい。
「価値観が全く違っているようでさ、俺が経営しているお店のこともよく思ってないし、子供のことも嫌いみたいで、いつも文句言われているんだ。まあ、そんなこと言っても、俺が頑張ればいいだけなんだけどね」
兄は沈んだ空気にならないよう、そう言って笑い飛ばした。
兄は理香さんと2人でカフェを経営している。最初は資金も知識も全くない状態で始めたため、理香さんの両親はかなり反対していたらしい。義両親から、会うたびに嫌味を言われ続けているという。
「小さい子供が3人もいるのに、高額の借金も抱えて、それに成功するか分からないお店なんて無計画に始めて。私たちは絶対に支援しないし、困ったことがあっても知らないからね」
お店を立てる土地選びの段階から、ずっとそう言われていた。そして店舗のオープン日に招待しても、嫌味を言われたのだ。
「どうせ俺らに来てもらって、少しでも儲けを出そうって魂胆だろ。そんな考えに誰が乗るか」
そう言ったものの、気になったようで来たらしい。店を見ずに、「なんだ、このちっぽけな店は。こんな店が流行るわけがないだろう」と、悪口だけを言い、店にも入らず帰ってしまい、そのまま疎遠になっているという。
「今はもうお店の経営も順調で、バイトも雇っているくらいなんだけど、それは嘘だって信じてもらえていないんだよね」
「そうだったの」
私は義両親と純風満帆で、特に嫌味を言われたこともなかった。そのため兄の苦労を心から理解してあげられず、何も言葉も言えなかった。
その日の夜、私と旬はずっと兄のことを心配していた。
「何も言ってあげられなかったな。私が悩んでいる時は、ずっとそばで励ましてくれていたのに」
「うん。俺も見ているだけで、フォローできなかったよ。ごめんね」
ぐずぐず悩んでいても仕方ないので、次に会った時に兄と理香さんを少しでも笑顔にさせてあげようと、2人で考えていた。だが、その思いは実現できなかった。
兄と理香さんは、お店の仕入れの最中に急病で亡くなったらしい。元々持病があったようで、理香さんの心臓は突然終わりをつけたのだ。
私は両親からその知らせを聞いた時、震えが止まらなかった。すぐさま病院へ駆けつけると、義両親と兄の子供3人がいた。そして室内では、義母が何やら尋常ならぬ雰囲気で怒鳴っているのが見て取れた。
「子供を置いて亡くなって、借金まで残していくなんて、本当にどこまで迷惑をかければ気が済むのよ!」
「あんたたちの息子が理香を不幸にしたのよ。謝りなさい!」
義母は取り乱し、義父も相当怒っていた。
「オタクの息子は何を考えているんだ? うちの大事な娘をこんな目に合わせて」
義両親はずっと私の両親を攻め立て、謝罪させていた。両親の必死な謝罪が、室内にずっと響き渡っている。私は両親のこんな姿を見たくないと目をそらしたが、それでは解決しないと思い、口を開いた。
「あの、そう攻め続けても、兄も理香さんも天国で休まりませんよ。私の両親も兄を失くしています。お互い辛いのは変わりないので、責めるのはこの辺でやめませんか? 子供たちも急にパパとママがいなくなって、悲しんでいるので」
「はあ? あんたの兄はな、うちの大事な娘を不幸にしたんだ。勝手に結婚するって奪っていって、その上いきなりカフェを経営したいって言い出して、多額の借金を背負って、資産もほとんどない貧乏をさせられていたんだよ」
義母は兄のことを疫病神のように仕立てて話し始めた。そしてすごい剣幕で、義母は私の両親を指差しながら叫んだ。
「それなのに何も考えず、子供を3人も授かって。本当にどんな教育をさせてきたんだが!」
義母が叫んで息切れしている時に、義父がこう言うのだ。
「あの息子のせいで、うちはめちゃくちゃだ。それに、この子供3人残されても、預かって育てる余裕も金もない。まだ頭が良くて優秀ならまあ預かっていたが、残念ながら、いたずらばっかりする悪がきときた。うちの娘に似ていれば、こんな性格じゃなかったんだがな」
鋭い目つきで睨み、全て私の両親と兄が悪いように言う。それに腹が立った私は、言い返してやった。
「あまりにも言いすぎじゃないですか。子供たちに元気があれば十分じゃないですか? それを優秀じゃないから嫌だとか、勝手ですよ」
そう言い返したことにより、さらに義父の機嫌が悪くなってしまった。
「なら、出来損ないの子供たちは、お前が引き取れよ」
義父は私がどうせできないだろうと企んでいるのか、薄笑いしながらこちらを見てきた。私は旬の方を見ると、同じ考えだったようで頷いてくれたため、すぐにこう言ってやった。
「是非、うちで子供さんたちを引き取らせてもらいます」
私の両親は、大丈夫なのかと不安げな表情を見せた。
「大丈夫。ずっとうちの子になってくれればいいのにって思っていたもの。それにお兄ちゃんも理香さんも、子供を施設に預けるのは嫌だと思うからね」
両親に自信満々の表情で言い、ニコリと笑って見せた。すると義母がこんなことを言い出すのだ。
「じゃあ、あんたが兄の残していったお店も引き継ぎなさいよ。もちろん、一生返せないような借金も相続ね。俺たちは、資産がなくて借金を残して亡くなった奴らの相続は放棄する。せいぜいお前らで負債を分担して返していけよな」
義両親は、面倒なことを全て私たちに押し付けようとしていた。兄の言う通り、義両親は本当に兄のお店が今どういう状況なのかを理解していないのだろう。それに、この子供たちの性格もまるで分かっていない。私は義両親に、その場では本当のことを言わずこう言った。
「わかりました。借金は私たちが返します。それに、子供たちも3人引き取ります」
「何も知らないのに、そんなこと言っちゃって。おかしくて笑いが止まらないわ」
義母は私のことを嘲った。思い上がってしまった私が、地獄を見るのだろうと。そうなった時のための保険を、義父がかける。
「俺たちは、お前がどれだけ苦しんでも、やっぱり子供1人だけでも面倒を見てと頼んできても、知らないからな。今言った言葉、絶対に忘れるんじゃないぞ」
「ええ、分かっています。こちらこそ、絶対に覚えておいてくださいね」
そこが悪い義両親に負けじと、私も対抗してそう言ってやった。それから義両親は葬儀費用も負担しないと言い、葬儀社の方が来る前に帰ってしまったのだ。
「お兄さんが言っていた通り、本当に何も知らないのだな」
「そうね。そこまで人の話を聞かない頑固な人だと思わなかったわ」
「兄さんも苦労していたのが分かるわ」
私は今なら兄の気持ちも分かるなと感じた。それから葬儀社の方が来て、話し合いの末、2日後に葬儀が行われることとなった。私の母は、葬儀に必要な準備はこちらでしておくから、あなたたちはお店と子供の面倒に専念しなさいと言ってくれた。
「ありがとう、お母さん。助かるよ」
自分の両親が理解ある人で良かったと思いつつ、兄の経営しているお店へ向かった。
私は兄が経営しているお店には、オープン初日にしか行ったことがなかった。話は聞いていたが、いざって確認すると、私は口を開いて驚いてしまう。
「え、今こんなことになっているの?」
兄のお店は、経営がうまくいきすぎているのか、店舗が拡大されており、初日の倍ほどの大きさになっている。旬と私がびっくりしていると、子供たちは誇らしげな顔をしていた。それに気づき、私は子供たちに話しかけたのだ。
「ママとパパのお店、すごく大きいね」
子供たちはにんまりとした笑顔で、兄と理香さんはすごいのだと自慢してくれた。
そんな話を店前でしていると、1人の男性が話しかけてきた。どうやら、オープン初日から一緒に働いてくれているバイトリーダーらしい。兄からその方の話を聞いたことがあり、信頼していると絶賛していたのを思い出した。私が兄と理香さんが亡くなったことや、経営を頼まれたことを伝えると、今のお店の状況などを詳しく教えてくれたのだ。
あまりにも詳しいことから、バイトリーダーよりも店長がふさわしいように思う。そのことと、私自身も元々の仕事に専念したいことを伝えると、心よく承諾してもらえたため、後日正式に書類手続きをすることになった。お店の大まかな方針は決まり、私は兄の自宅へ行って、お店に関するものや書類を取りに向かった。
「にしても、お兄さんと理香さんは人がいいから、周りも自然といい人が集まっているよね」
旬はバイトリーダーの人と話した時、対応力や人柄を見てそう感じたらしい。
「そうね。子供たちも兄さんと理香さんにそっくりで、優しい子だものね」
兄の自宅へ向かう道中、そんな会話を繰り広げた。すると、おいっこの長男が、兄と理香さんがいつも大切にしていた言葉を教えてくれたのだ。それは「ありがとう」という言葉だという。兄と理香さんらしく、そしてその大切にしている言葉が、しっかりと子供たちにも伝わっているのが嬉しかった。
「きっとパパとママにも、今の会話が聞こえていると思うよ。こ太、いい子ねって、今褒めてるんじゃないかな」
そんな話をしていると、兄の自宅へと到着した。兄と理香さんはどちらも几帳面な性格で、書類を分かりやすくまとめており、もしものことがあった時用のノートなどが置いてあった。
「あ、これ、お店のこと、子供たちのことも書かれているわ」
バラバラと読むと、お店に関することや従業員のこと、経営方針、など、子供たちのことは教育方針や個々の性格、苦手なことなども細かく書かれていた。きっと兄は、義両親が預かることになっても、施設へ行くことになってもいいよう、子供たちに少しでも負担がないように、このノートを残したのが伝わってきた。私はこのノートを見ていると、涙が自然と出てしまう。それくらい、兄と理香さんはお店も子供も大事にしているのだと感じるからだ。
そしてその日は、兄の家に泊まろうと決めた。子供たちも、いきなり知らない家に行くより安心だろう。寝かしつけた後、旬と今後についてたくさん話し合った。
「葬儀で親族が集まるだろう。それまでに、なんとか今後のことをきちんと話せるようにしておこう」
「そうね。みんな心配してくれているものね」
私たちは、親族のみんなが不安に思っていそうな問題から話し合った。気がつくと日付は変わっており、寝床に着いたのは午前3時だった。
それから兄と理香さんの葬儀に参列したのだが、義両親がまた問題を起こしている。どうやら、兄と理香さんのグレードが同じなのが気に食わなかったらしい。
「どうして理香も、こんなしょぼい棺に寝かされているのよ。もっと高級なものがあったでしょ。よその娘の棺までけちって、ろくでもない親だわ」
義母は理香さんの対応に怒っていたが、親族のみんなは私たちに同調してくれていた。供花も用意せず、葬儀の準備も任せきり。当たり前のように、葬儀費用は全てこちら持ちだったのだ。それらを全て親族は知っているため、義両親がどれだけ大声で文句を言おうが、皆、呆れた顔をして見ている。だが義両親はそんなことを知らないので、味方を増やすのに必死になっていたのだ。
「皆さん、どう思いますか? うちの娘がこの男のせいで、将来が壊されたのですよ。それに、成功するはずのない経営までして、借金まみれで。娘は結婚してから地獄でしたよ」
親族は、兄の経営するカフェが今どういう状況なのかも知っているため、皆、義両親が暴走していると思って見ているだけだった。
「たく、みんな自分のことじゃないからって」
義母は親族から全く賛同を得られず、より腹を立てていた。だが、どれだけ喚いても無駄だと感じた義両親は、早々に葬儀場を後にしようとしていた。最後に誰かに文句を言いたくなったのか、周りを見回している。私を見つけると、こちらに向かってズカズカと来て、こう言ってきた。
「あんたも、兄夫婦のお店と子供を急に抱えて大変だね。だけど、これはあんたの兄が死んでかしたことだからね」
そう言い、葬儀場を出ようとしていた。そんな義父母を見ながら、親族は義母の言葉が気になったのか、私にひそひそと言うのだ。
「今のお店の状況を何も知らないのね」
ひそひそ話にしては少し大きめの声だったため、義母に聞かれているのではないか。そう思ったが、義母はそのままこちらを振り向くことなく出ていったのだ。この時、私は寝不足だったのもあり、聞こえていなかったのだと安易に思ってしまったのだ。
それから、義両親がいない葬儀はスムーズに進行した。
「明かり、お疲れ様。昨日あまり寝てなくて疲れただろ。俺が明かりの分も動いてくるから、休憩しておきなよ」
「ありがとう。じゃあ、休憩室にいる子供たちの様子でも見に行こうかな」
葬儀の撤収もほどほどに、私は子供たちとゆっくりしていた。私の両親もやってきて、いきなり兄の仕事と子供を受け負うことになった私のことを心配してくれたのだ。
「大丈夫だよ。兄さんの職場で働いている人はみんな優しいし、子供たちもすごくいい子だよ」
そう言うと、困ったことがあったらすぐに頼ってくれと言ってくれた。きっと両親は、私が弱音を吐いたら駆けつけて助けてくれるのだろう。どんなことがあっても安心できる場所があるのは、心の支えとなった。
それから葬儀も終了し、私たちは自宅へ帰った。
「まずは、書類の手続き関係を全て終わらせないとな。それから、子供たちの保育園探しと、お兄さんの家の片付けと。たくさんあるな」
「だけど、これを乗り越えたら絶対に幸せがあるから、頑張ろう」
旬は、どれだけ大変なことがあろうと一緒に頑張ろうと、ニコリと笑っていってくれた。両親のこともあり、私の周りには素敵な人で溢れていることがありがたい。
それから数日間は、忙殺された。旬は有給を取り、仕事を休んで、子供の保育園が決まるまで面倒を見てくれている。私はその間に、市役所へ行き、諸々の手続きを済ませていった。そして1週間が経った頃、ようやく軌道に乗り始めたなと思った夜。さらなる悲劇が襲いかかったのだ。私たちが兄のお店で今後のことを話し合っている時に、誰かが訪ねてきた。
「あ、すみません。今日はお休みでして」
客だと思い、謝ろうとしたが、言葉は途中で止まった。疑念に思った私も見てみると、そこには義両親が立っていたのだ。
「え、なんで?」
私は突然の訪問に、嫌な予感しかしなかった。もしかしたら、嫌味を言いに来たのかもしれない。旬も警戒しながら話しかける。
「何の用ですか?」
「あ、子供たちは元気かしら?」
そわそわした様子で、顔は青く、なんだか慌てているようにも見えた。子供を話題にし、嫌な予感がさらに増したため、旬は奥で遊ばせている子供たちには触れず、強めの態度に出た。
「まずは、要件をお願いします」
そう言うと、義母と義父は目を合わせた。
「お前たちは、まだまだ若いだろ。やっぱり、俺たちが子供を引き取ってやろうと思ってな」
義父の言葉に対し、瞬時に疑問の声が出た。いきなり手のひらを返したように言うため、わけが分からなかったのだ。
「今更、どういうことですか? 先週、子供を引き取れと言ったのは、そちらですよね」
旬は低い声で義両親に問い詰めた。すると義両親は少し沈黙した後、話し始めた。
「ほら、私たちも急に娘を失くして、気が動転していたのよ。それなのに、あなたたちみたいな若い人に子供もお店も任せちゃって悪いから、どっちも引き受けようと思ったのよ。ほら、私たちは仕事も定年退職して暇だしね」
どうにも信じられなかった。それに、かなり時間をかけて言葉を選んでいる。残念ならば、すぐに言葉が出てくるはずだと思い、もう少し問い詰めた。
「兄と理香さんがどんな経営方針でしていたか、知らないでしょ。そんな人がいきなり経営なんてできるとは思いませんが。それに、子供たちのことも散々侮辱して」
私がくどくどと言っていると、しびれを切らしたのか、義両親が本性を見せたのだ。
「ああ、もううるさいわね。こっちが引き取ってやるって言っているのだから、とっととそうしなさいよ。疑り深くて鬱陶しいわよ」
「そうだ。面倒なことは全部引き受けてやるって言ってやっているんだ。それを何ブツブツと!」
「あ、もしかして、お前たちもあいつらの資産目当てか?」
義両親がそう言ったことで、ようやくわかった。きっと、兄と理香さんが経営していたお店を乗っ取るために、今日は見に来たのだろう。そこで、オープン当初とは比べ物にならないほど店が成長し、勘違いぶりを感じたようだ。今までずっと繁盛していないままの店だとばかり思っていたようだが、繁盛しているとなれば話は変わり、店を引き取ろうと頼んできたのだろう。それに、店が繁盛して売上があれば、子供たちもまとめて引き取ると、相続金もがっぽり入ると思っているのだ。お金目当ての義両親に、子供たちもお店も渡すまいと、私は言い返した。
「あなたたちと一緒にしないでください。兄さんと理香さんが、どんな思いでお店を経営していたのか。それをちゃんと知ってから言ってください。お金目当ての人には、お店も子供も譲りません。帰ってください」
私の声に圧倒されて、引くと思った。だが、義両親はなかなかしぶとかった。
「さては、本当にあんたもお金目当てだったのね。だから、私たちが相続放棄するって言い出した時も、黙っていたのでしょう」
「それは、あなたたちが聞く耳を持たないからでしょ」
義両親との言い合いは、ヒートアップしていく。旗から見れば、お店が休みなのに対して、客が乗り込んで怒鳴りつけるという風に見えるのだろう。周囲に人が集まり始めた。少しずつ義両親の声も大きくなり、奥にいる子供たちも顔を覗かせて、不安そうな目で見つめている。だが、義両親はそんなのお構いなしに、大声で叫び続けるのだ。
「お前らみたいな、経営を何も理解していない奴らがやっても、倒産するだけだ。そんなことになったら、兄貴も理香も喜ばないだろう」
「それは、こちらのセリフです」
そう話している時に、お店のスタッフが全員駆けつけてくれた。私たちは今日、お店で今後のことについて話そうと思っていたため、呼んでいたのだ。いいタイミングで来てくれたと思う。
「何よ、あなたたち!」
お店のことを一切把握していない義両親は、みんなのことを野次馬だと思い込んでいた。
「おい、面白がるものではないんだから、とっとと帰れ!」
「この方たちは、みんなこのお店の従業員ですよ」
そう言うと、義両親はニヤリと笑い、従業員に話しかけたのだ。
「ねえ、みんなは、こんな経営も理解していない、社会人経験のない人と、40年以上社会人経験を積み重ねて、社会のことを全て知っている人、どちらの部下になりたいかしら」
答えは決まっているといった表情で、自信満々に聞いた。義父も、先ほど野次馬と決めつけ罵倒していた人たちを、もう部下を見るような目で見ている。だが、もちろん従業員たちは、全員私たちを選んでくれたのだ。
「あ、おいおい。年齢が近くて親しみやすい上司がいいってだけじゃ、会社は潰れるぞ。本当、学生はこれだから困る」
義父は従業員の意見に納得していないようだった。それに、バイトリーダーの方が優しく答えてくれたのだ。義父の態度は威圧的すぎて、楽しみに来てくれたお客様の気分を害してしまう。それに、このお店のことを何も考えていないのが、先ほどから態度に出ていると言ってくれた。近くにいた従業員も、次々に文句を言ってくれている。あまりの文句と嫌みの多さに、私と旬は笑いをこらえきれなかった。
「今日出会ったばかりの人たちに、こんなにも見透かされているなんて」
「おかしい」
「どうせ、会社員の時も、ずっと部下から嫌われていたのでしょうね」
そう嫌みを言って笑ってやった。事実、義父はあまりにも部下からの評判が悪く、会社としてもお荷物社員だったために、早期退職を促されて退職をしていたのだ。そのことを見透かされて悔しかったのか、顔を真っ赤にさせている。
「もういい。行くぞ。2度とこんな店、来るか」
そう言って、義父は逃げるように店を出ると、義母も後を追って慌てて出ていったのだ。
私は義両親が出ていった後、すぐさま子供たちを抱き抱えた。そして、従業員にお礼を伝える。
「皆さん、ありがとうございます。すみません。身内の揉め事に巻き込んでしまって」
私たちがそう謝ると、みんな、気にしないでと言ってくれている。やはり兄と理香さんが作り上げたお店なだけに、いい人しかいないと強く感じた。私たちは、より一層お店も子供たちも守っていこうと思えたのだ。
それから数週間が経った。お店も子供の育児も順調に行っているかと言えば、そうではない。毎日クレームの電話や、レビューサイトに悪質な書き込み、それに店を閉めろといった内容の手紙が、毎日届いていたのだ。最初はわけも分からず頭を悩まされていた。だが、警察に被害届けを出して調べてもらったところ、全て義両親の仕業だったらしい。それから義両親は警察に、自分たちではないと言い続けていたが、証拠があったために威力業務妨害が成立し、処分が下されたのだった。
私たちは犯人が義両親だと知り、哀れだと思った。無駄なことに労力と時間、お金をかけ、さぞ暇な人生なのだろう。今後も、そのようなことでしか心が満たされなくなるのだろう。そして、義両親は親戚中はもちろん、地域の住民にも厄介な人だと認定されるのだ。本当に助けて欲しい時に手を差し伸べてくれない人生を、せいぜい歩むがいいと願った。
数年後に知ったことだが、義両親は全く貯金を残していなかったらしく、毎月わずかな年金で、貧しい生活を送っているらしい。心が満たされず、ゆとりもないため、道を歩く人に理由なく怒鳴ったり、文句を言ったりしているそうだ。あまりの迷惑行為に、近所では厄介な老人と噂が広まって、誰も近寄らなくなっているらしい。兄と理香さんとは正反対の性格で生きた人の末路を見て、私は反面教師にしようと強く決意したのだった。
そして、私たちはお店の売上を、兄と理香さんが経営していた頃と同水準にキープしている。常連客は、兄と理香さんが亡くなったことを知ると、次々に花を手向けてくれたのだ。お店の前には大量のお花が置かれており、兄と理香さんの人望が一目で分かるくらい。私はそのお花を見るたびに、いつか兄と理香さんのような夫婦になりたいと感じていたのだ。
それから子供たちは、皆、高校生、社会人へと成長していき、私と旬のことを本当の両親だと思って接してくれていた。皆、大手の有名な企業から内定をもらったり、海外で活躍するような仕事を夢にしたりと思いの人生を歩もうとしている。3人がそれぞれ自分の人生を歩むと決めた時に、私は兄と理香さんの保険金を、それぞれに渡した。
「何か困ったことがあったら、これを使いなさい」
私は、兄と理香さんが残していった保険金を、3人のために使わず取っておいた。きっと、義両親の手元に渡っていたら、このお金もなくなっていたのだろう。3人は「ありがとう」と礼を言って受け取った。この時、絶対に子供たちも不要なことに使わないだろうと感じたのだ。そんな3人の成長した姿を見て、私たちは安心して送り出すことができる。これも、兄と理香さんが天国でも見てくれているからだろうか。そう思いながら、私たちはこれからも兄の分まで生きようと思った。



