「お母さん、もう来ないでくれない。正直迷惑なんだよ」
息子の高志から発せられたその言葉に、私は耳を疑いました。手に持っていた手作りのおはぎが、急に重く感じられます。
「そうですよ、お母さん。私たちにも生活があるんです。いちいち来られても困るんですよ」
嫁の夏子も、冷たい表情で私を見下ろしています。玄関先で、まるで不審者を追い払うかのような態度でした。
夫を早くに亡くし、女手一つで育てあげました。今日も、孫の正太のおはぎを作って、久しぶりに顔を見せに来ただけなのに。
「でも、持ってきたものもいらないから。もう本当に来ないでください」
夏子は、私が差し出したおはぎの包みを突き返しました。その瞬間、私の心に深い亀裂が走ったのです。
私は田村和、68歳です。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
私は高志を、38年間の教師生活で培った愛情と、全ての蓄えを注いで育てました。夫の正雄が、高志が中学生の時に事故で急逝してからは、母親と父親の両方の役割を担わなければなりませんでした。
「お母さん、僕のために無理しないで」
そう言ってくれた優しい高志の面影は、今の冷たい表情からは微塵も感じられません。
高志が結婚する時、私は退職金の大半である500万円を新居購入の頭金として渡しました。結婚式の費用に100万円も新郎側で負担させてくださいと申し出たのです。夏子のご両親に恥を欠かせたくなかったからです。
「母さん、本当にありがとう。こんな母さんで僕は幸せだよ」
あの時の高志の涙を、私は忘れることができません。
そして孫の正太が生まれてからは、夏子の職場復帰を支援するため、週3年もの間、無償で育児を手伝いました。朝7時から夜7時まで、まるで専属のベビーシッターのように。
「お母さんがいてくださって、本当に助かります」
当時の夏子は、感謝の言葉を口にしていました。正太の離乳食作り、夜泣きの対応、病気の時の看病、全て私が引き受けました。自分の時間を犠牲にしても、息子家族の幸せが何より大切だったのです。
でも、いつからでしょうか。夏子の態度が変わり始めたのは。
変化は本当に少しずつ始まりました。最初は些細なことだったのです。
「お母さん、今月は忙しいので、来月にしていただけますか?」
月に一度の訪問さえ、理由をつけて断られるようになりました。正太に会いたい一心で楽しみにしていた私の気持ちなど、まるで考慮されていませんでした。
仕事が立て込んでいて、正太の習い事で忙しくて、夏子の体調が悪くて。毎回違う理由でしたが、結果は同じです。私の存在は、彼らにとって都合の悪いものになっていました。
そんな中、私が最も心を痛めたのは、明らかな差別でした。夏子の両親は週に二回も訪問しているのに、私は月に一度さえ断られるのです。
「正太、今日はどこに行ったの?」
電話で孫に訪ねると、無邪気に答えてくれます。
「近いおばあちゃんと動物園に行ったよ。ライオンがすごかったの」
近いおばあちゃん。それは夏子の母親のことです。私の家からは車で30分。夏子の実家は隣県で2時間もかかるのに、正太にとって私は「遠いおばあちゃん」になっていました。
決定的だったのは、正太の運動会の件でした。
「母さん、席の関係で今回は遠慮してもらえる? 夏子の両親が来るから」
高志の言葉に、私は愕然としました。孫の晴れ舞台を楽しみにしていたのに、夏子の両親を優先するというのです。
「でも私も正太の成長を見たくて」
「母さん、分かってよ。向こうの両親も楽しみにしてるんだから。それに、応援が多すぎると正太も緊張するかもしれないし」
応援が多すぎる? 私一人増えるだけで、そんなことになるのでしょうか。
正太の5歳の誕生日パーティーでも、同じことが起きました。
「今回は身内だけでやりたいんです」
夏子のその言葉を聞いた時、私は自分の耳を疑いました。「身内ではない」私とは、一体何なのでしょうか。
「夏子ちゃん、私は正太のおばあちゃんよ。身内でしょ」
「でも、私の両親も来るし、兄夫婦も来るんです。子供もいるし、本当に手狭で」
結局、夏子の両親、兄夫婦、そのお子さんたち、さらには夏子の友人まで呼ばれていたのに、私だけが排除されたのです。後日SNSで見た写真には、大きなケーキを囲んで笑顔の正太と、周りを囲む大勢の人たち。そこに私の姿はありませんでした。
「みんなで楽しそうにやってたよ」
高志は、まるで他人事のように報告するだけでした。
正月も同様でした。
「今年は夏子の実家で過ごすことにしたよ」
「じゃあ、2日は私のところに来てくれる?」
「いや、向こうでゆっくりしたいから、今年はちょっと」
夏子の実家には3日間も滞在するのに、私のところには一度も顔を見せないのです。
「疲れてるから、今年は移動を控えたいんだって」
高志の説明も、もはや言い訳にすら聞こえませんでした。
ある時、正太に電話をかけた時のことです。
「おばあちゃん、どっちの?」
正太のその言葉に、私は絶句しました。
「田村のおばあちゃんよ」
「ああ、遠いおばあちゃんね。近いおばあちゃんはいつも来るけど、遠いおばあちゃんは全然来ないね。お正月も近いおばあちゃんの家に行ったよ。お年玉もいっぱいもらったの」
私も正太にお年玉を渡したかったのに、会う機会さえ与えられませんでした。
正太の発熱で病院に向かった時のことです。私が駆けつけると、夏子は露骨に嫌な顔をしました。
「お母さん、大丈夫ですから。うちの母に連絡しますので」
「でも、私も心配で」
「いえ、本当に大丈夫です。人数が多いと病院の迷惑にもなりますし、帰ってください。それに、正太も疲れてるので、静かにさせてあげたいんです」
孫の心配をする祖母の気持ちさえ、邪魔物扱いされました。
ついには、こんなことまで言われるようになりました。
「お母さんって、なんだか古臭いんですよね。正太に変な価値観を植えつけないでください」
私が正太に「ありがとう」と「ごめんなさい」をちゃんと言うように教えたことが、古臭い価値観だというのです。
「それに、いつまでも昔の子育てを押し付けられても困ります。時代が違うんです」
正太に手作りのおやつを差し入れたことも、添加物を気にする現代の子育てには合わないと批判されました。
「うちの母はそういうことは分かってくれるんです。栄養士の資格も持ってるし」
何をしても、夏子の母親と比較されるのです。
高志に相談しても、決まって同じ答えが返ってきます。
「母さん、夏子も疲れてるんだよ。もう少し理解してくれよ」
いつも夏子の方を向く。私の気持ちを理解しようとする素振りさえ見せません。
「でも、私はあなたたちのことを思って」
「それが重いんだよ、母さん。もう少し距離を置いてくれない?」
距離を置く。それはつまり、私に来るなということでした。
そしてついに、決定的な瞬間が訪れたのです。正太の小学校入学式。孫にとって人生の大切な節目です。私はその日をどれほど楽しみにしていたでしょうか。
高志に入学式の日程を教えてもらおうと、電話で訪ねました。正太の晴れ姿を見たいのです。
「ああ、入学式なんだけど……」
少し躊躇してから、高志は言いました。
「母さんは来なくてもらえる?」
その瞬間、私の心臓が止まりそうになりました。
「どうして? 私は正太のおばあちゃんよ」
「夏子の両親が来るから、人数が多すぎるんだ」
また同じ理由でした。夏子の両親がいるから、私は不要だというのです。
「でも、入学式ってそんな大切な日に」
「母さん、分かってよ。向こうの両親だって孫の入学式を楽しみにしてるんだから」
私は楽しみにしてはいけないのでしょうか。同じ孫なのに、なぜ私だけが排除されるのでしょうか。
「写真は撮って送るから、それで我慢して」
まるで私がわがままを言っているかのような言い方でした。
「でも、私は正太が生まれた時からずっと見守ってきたのよ。入学式くらい……」
「母さん、しつこいよ。もう決めたことなんだから」
高志の声に、明らかな苛立ちが混じっていました。
数日後、私は直接二人に会いに行きました。せめて話し合いをしたかったのです。玄関先で対峙することになりましたが、夏子の態度は冷酷そのものでした。
「お母さん、入学式の件はもう決まってるんです」
「でも夏子ちゃん、私も正太の成長を見守ってきた祖母として……」
「祖母って言っても、最近全然来てないじゃないですか」
「来ていないのは、あなたたちが来るなというからです」
そう言いかけた私を、高志が遮りました。
「母さん、はっきり言うけど。母さんは過去の人なんだよ」
過去の人? その言葉が私の胸に深く突き刺さりました。
「過去の人って何よ、それ」
「僕たちの新しい人生には、母さんは必要ないんだ。正太にとって大切なのは、今関わってくれている人たちだよ」
今関わってくれている人たち。つまり、夏子の両親のことでした。
「高志、あなたは何を言ってるの? 私はあなたの母親よ」
「母親だからって、いつまでも僕たちの生活に口出しする権利があるわけじゃない」
口出し? 私がしてきたのは口出しだったのでしょうか。愛情を注ぎ、支援を続けてきたことが、口出しだったというのでしょうか。
夏子が畳みかけるように言いました。
「そうです。お母さんには、もう関わらないで生きていってもらいたいんです。正太にとっても、あなたは迷惑の元になるだけです。祖父母は一組で十分です」
一組で十分。夏子の両親だけで十分だとはっきりと宣告されました。
「夏子ちゃん、それはあまりにもひどい言い方じゃない?」
「ひどい? 現実を言ってるだけです。お母さんがいると、みんな気を使うんです」
みんな気を使う。私の存在は、そんなに迷惑なものなのでしょうか。
高志が追い打ちをかけました。
「母さん、もういい加減理解してよ。僕たちのところにも、母さんの居場所はないんだ」
居場所がない。生まれた瞬間から全てを捧げて育ててきた息子から、「居場所がない」と言われました。
「夏子の両親は僕たちの価値観を理解してくれるし、正太との接し方も現代的なんだ」
現代的? 私の愛情は時代遅れだというのでしょうか。
「それに、経済的にも精神的にも、向こうの両親の方が僕たちの支えになってくれる」
夏子が最後の一撃を放ちました。
「お母さん、はっきり言います。もう二度と関わらないで生きてください。正太の人生にも、私たちの人生にも、あなたは必要ありません」
必要ありません。その言葉が私の心を完全に打ち砕きました。
「正太が大きくなって、もしお母さんのことを聞かれても、遠くにいる人として説明します。もう会うこともないでしょうから」
遠くにいる人。まるで私がこの世から消えてしまったかのような扱いでした。
私は震える声で言いました。
「わかりました。もう二度と来ません」
二人は安堵したような表情を浮かべました。
「それが一番いいよ、母さん。お互いのために」
お互いのために? 私のためでもあるというのでしょうか。
玄関先で立ち尽くす私を見て、夏子が冷たく言いました。
「じゃあ、失礼します」
そして二人は家の中に入り、玄関の扉を閉めました。私は一人、玄関先に取り残されました。
その時、私の心の中で何かが完全に切れたのです。これまで我慢してきた期待と悲しみが一気に爆発しそうになりました。でも、私は泣きませんでした。代わりに、冷たい決意が心に宿ったのです。
わかりました。高志さん、夏子さん。関わらないで生きろというのなら、本当に関わりません。でも、その結果については、あなたたちが責任を負うことになるでしょう。
家に帰った私は、まず深呼吸をしました。怒りに任せて行動するのは賢明ではありません。冷静に、そして確実に行動する必要があります。
「関わらないで生きてください」
夏子の言葉が頭の中で何度も響きます。私は書斎に向かい、重要書類が入った金庫を開けました。そこには、これまで高志たちとの間で交わした様々な契約書や証明書が保管されています。
まず手に取ったのは、高志の住宅ローンの連帯保証人契約書でした。新居購入時に頭金500万円を援助しただけでなく、私が連帯保証人になることで、高志は希望通りの物件を購入できたのです。
「もし母さんが保証人になってくれなかったら、この家は買えなかったよ」
当時の高志の感謝の言葉を思い出します。
私は弁護士の田中先生に電話をかけました。
「田中先生、連帯保証人から外れる手続きをお願いしたいのですが」
「田村さん、それは重大な決断ですね。息子さんは了承されているのですか?」
「息子から、もう関わらないで欲しいと言われましたので」
田中先生は少し驚いた様子でしたが、法的手続きについて説明してくれました。
「連帯保証人の変更には銀行の承諾が必要です。代替の保証人が見つからなければ、ローンの一括返済を求められる可能性もありますが」
「構いません。息子が自分で何とかするでしょう」
次に、私は生命保険の受取人変更手続きを行いました。これまで高志を受取人にしていた1000万円の生命保険を、社会福祉団体への寄付に変更したのです。
さらに、私は銀行に向かいました。
「定期預金の解約手続きをお願いします」
「田村様、満期まではまだ時間がございますが、解約されますと利息が……」
「構いません。急に必要になりましたので」
高志名義で積み立ててきた300万円の定期預金を解約し、私名義の別口座に移しました。
家に戻った私は、遺言書の書き直しに取りかかりました。これまでの遺言書では、私の全財産を高志に相続させることになっていました。しかし、新しい遺言書では、私の財産を地域の福祉団体と、私が長年支援してきた小学校の教育制度に寄付することにしました。
「関わらないで欲しいと言われた以上、相続も関わりになりますからね」
私は独り言をつぶやきながら、丁寧に遺言書を書き上げました。
翌日、私は市役所に向かい、様々な手続きを行いました。介護保険の緊急連絡先から高志の名前を削除し、私が入院した場合の身元引き受け人も、弁護士の田中先生に変更しました。
「もし何かあっても、息子には連絡しないでください。関わらないで欲しいと言われていますので」
職員の方は困惑した様子でしたが、私の意思が固いことを理解してくれました。
さらに、私は高志の職場である人事部にも電話をかけました。
「息子がお世話になっております。実は家族関係に変化がございまして」
「どのような変化でしょうか?」
「息子から関わらないで欲しいと言われましたので、緊急連絡先から私を削除していただきたいのです。また、もしもの際の身元保証人からも外していただければと思います。もう家族ではありませんので」
人事部の担当者は驚いていましたが、私は冷静に説明を続けました。高志の会社では、重要なポストに就く際に身元保証人が必要で、私がその役割を担っていました。
「それともう一つお願いがあります。先日、息子の部署の新しいプロジェクトで、私の元同僚である山田校長先生からの推薦状をいただいていたかと思いますが」
「はい」
「その推薦を取り下げていただけますでしょうか? 私の人脈を使うことも、関わりになってしまいますので」
高志は知らなかったでしょうが、彼の最新プロジェクトである教育支援事業には、私の教師時代の人脈が大きく影響していました。文部科学省とのパイプや、各地の教育委員会との関係。それら全てが、私の38年間の教師生活で築いたものでした。
最後に、私は家政婦紹介所に電話をかけました。
「夏子さんが体調不良の際に、お手伝いで派遣していただいていた件ですが」
「はい」
「田村様からのご紹介で契約していただいておりますが、今後は私を通さずに直接契約していただけますでしょうか? 私はもう関係者ではありませんので」
これまで夏子が体調を崩した時には、私が費用を負担して家政婦を派遣していました。
全ての手続きを終えた私は、高志に最後のメッセージを送りました。
「関わらないで欲しいとのことでしたので、今後一切関わりません。全ての保証、支援、援助を停止いたします。お二人で頑張ってください」
送信ボタンを押した瞬間、私の心に不思議な静寂が訪れました。そして、携帯の電話帳から高志の番号を削除しました。
これで本当に何の関わりもなくなりました。彼らが望んだ通りに。
最初の一週間、彼らは私の静かな消失を軽く考えていたようです。
「母さん、機嫌を直してくれたら連絡してよ」
高志が残した留守番電話のメッセージは、まだ余裕を感じさせるものでした。
しかし、現実は容赦なく彼らに襲いかかり始めました。
まず最初に問題が発覚したのは、高志の住宅ローンでした。
「田村様、連帯保証人変更の件でご連絡いたします」
銀行の担当者から、高志に電話がかかってきました。
「変更? 何のことですか?」
「お母様から、連帯保証人を辞退したいとのご連絡をいただいております。代替の保証人をお立ていただくか、追加担保の提供をお願いします」
高志は青ざめました。私が連帯保証人を辞退するなど、想像もしていなかったのです。
「ちょっと待ってください。母に確認してから連絡します」
しかし、私は電話に出ません。
「代替の保証人が見つからない場合は、ローン残高2800万円の一括返済をお願いすることになります」
銀行の冷たい通知が、高志の手元に届きました。
同時に、高志の職場でも問題が起き始めていました。
「田村君、君のお母さんから連絡があったよ」
人事部長が高志を呼び出しました。
「母から? 何の連絡でしょうか?」
「身元保証人を辞退したいということと、教育プロジェクトの推薦を取り下げたいということだが」
高志は事態を理解できずにいました。
「なぜ母が……」
「君の家庭の事情は知らないが、これは困ったことになったぞ。特に教育プロジェクトは、田村和先生の推薦があったからこそ成立していたんだ。プロジェクトリーダーからは外れてもらうことになるかもしれない」
人事部長の言葉に、高志の顔が真っ青になりました。
一方、夏子も深刻な問題に直面していました。
「夏子さん、田村さんからお手伝いの件で連絡がありまして」
家政婦紹介所からの電話でした。
「これまでのご支援を取り上げるということで、今後は直接契約になります」
これまで月8万円で契約していた家政婦サービス、実際の料金は月15万円で、差額の7万円を私が負担していたのです。
「え? 15万円? そんなに高いんですか?」
「申し訳ございませんが、田村さんのご支援がなくなりましたので」
さらに、正太の習い事でも問題が発生しました。
「田村さんから連絡がございまして、お孫さんの月謝のサポートを終了するとのことです」
ピアノ教室、英会話、水泳教室。正太の習い事費用、月5万円も実は私が負担していました。高志たちは月1万円しか払っておらず、残りを私が祖母の愛情として支援していたのです。
「そんな……聞いてません」
夏子は慌てました。習い事を全部やめるか、月4万円の追加負担をするかの選択を迫られたのです。
追い打ちをかけるように、高志の会社から正式な通知が届きました。
「プロジェクトの中止に伴い、君の査定に影響が出ることになる。今期の昇進は見送りとなった」
教育プロジェクトの失敗により、高志の昇進が取り消されたのです。それだけでなく、年収も50万円減額されることになりました。
絶望的になった高志は、ついに私の家に直接やってきました。インターホンが何度も鳴りましたが、私は出ませんでした。
「母さん、いるんでしょ? 分かってる? 出てきてよ」
高志の必死な声が聞こえてきます。
「お願いだから、話を聞いてよ」
でも、私は静かに読書を続けていました。
その夜、高志から長いメッセージが届きました。
「母さん、僕が悪かった。こんなに多くのことを母さんが支援してくれていたなんて知らなかった。銀行からは一括返済を求められるし、会社では昇進が取り消された。お願いだから、話をさせて」
私はそのメッセージを読みましたが、返信はしませんでした。
翌週、さらに深刻な事態が発生しました。
「田村さん、住宅ローンの件でお電話しました。代替の保証人が見つからないということであれば、来月末までに残債の一括返済をお願いします」
銀行からの最終通告でした。高志は必死に親戚に頼み込みましたが、2800万円の連帯保証人を引き受けてくれる人など、いるはずもありません。
「高志君、そんな大金の保証人なんて無理よ」
夏子の両親にも断られました。
「それに、お母さんがなぜ急に保証人をやめたのか、理由がよくわからないわ」
「実は……もう関わらないで欲しいって、僕たちが言ったんです」
高志の説明を聞いた夏子の両親は、絶句しました。
「そんなひどいことを言ったの? それじゃあ、お母さんが怒るのも当然よ」
夏子の母親も、息子夫婦の行為に呆れていました。
「和さんがどれだけあなたたちを支援してくれていたか、私たちはよく知ってるのよ。それなのに、もう関わらないでなんて……」
ついに、高志と夏子は泣きながら私の家の前にやってきました。
「母さん、お願いだから出てきて。僕たちが間違ってた」
高志の声は涙で震えていました。
「お母さん、本当にごめんなさい。お願いします」
夏子も必死に謝罪していました。
でも、私は二階の窓から静かに二人を見下ろしているだけでした。
「僕たちの家が取られちゃうんです。正太の学校も変わらなくちゃいけない。お願いします」
高志の声は近所にも響いていました。しかし、私の心は動きませんでした。彼らが選んだ道です。私はただ、その要求に従っているだけなのです。
雨が降り始めた中、高志と夏子は一時間以上も私の家の前で謝罪し続けました。でも、私は最後まで姿を表すことはありませんでした。
翌日、高志の携帯に銀行から電話がかかってきました。
「代替の保証人の件、いかがでしょうか? 期限は明日までとなっております」
高志は震える声で答えました。
「もう少し時間をください」
「申し訳ございませんが、これ以上の延長は難しいかと思います。差し押さえの手続きに入らせていただくことになります」
電話を切った高志は、床に崩れ落ちました。
これが、「関わらないで欲しい」といった結果でした。
あれから半年が経ちました。私は今、市内の老人ホームで穏やかな日々を送っています。広い個室からは美しい庭園が見え、毎日の食事も栄養バランスが取れた美味しいものです。
「田村さん、今日も書道教室に参加されますか?」
スタッフの方が優しく声をかけてくれます。
「ええ、楽しみにしています」
ここでは、私は単なる一人の入居者として扱われます。誰かの母親として、誰かの義母として評価されることはありません。私自身の人格を尊重してもらえる環境です。
書道教室では、同年代の友人たちと楽しい時間を過ごしています。
「田村さん、とても上達されましたね」
先生からお褒めの言葉をいただくと、心から嬉しく感じます。68歳になってから始めた書道ですが、こんなに夢中になれるとは思いませんでした。
午後は、部屋でゆっくりと読書します。これまで家族のために忙しく過ごしていた日々では味わえなかった、贅沢な時間です。
夕食後は、他の入居者の方とロビーでお茶を飲みながら歓談します。
「田村さんは、お子さんはいらっしゃらないんですか?」
時々そう聞かれることがありますが、私は静かに微笑んで答えます。
「ええ、いませんの。でも、こちらの皆さんが家族のようなものですから」
嘘ではありません。息子には「関わらないで欲しい」と言われましたから、もう私に息子はいないのです。
一方、高志たちの状況は悲惨なものでした。結局、住宅ローンの一括返済ができず、家は差し押さえにかけられました。築5年の立派な一軒家は、競売にかけられ、他人の手に渡ってしまったのです。
高志は、会社でのプロジェクト失敗により降格となり、年収は以前の3分の2まで下がりました。夏子も急いでパートに出ることになりましたが、正太の預け先に困っています。これまで私が無償で行っていた育児支援がなくなり、保育園の延長料金だけで月3万円の負担です。
正太の習い事も、ピアノ以外は全てやめることになりました。
「どうして引っ越さなくちゃいけないの?」
正太の悲しそうな声が、高志の心を刺しました。新しい住まいは、古い2DKのアパートです。
「おばあちゃんは、どこにいるの?」
正太は時々私のことを尋ねますが、高志は答えることができません。
夫婦関係も悪化の一途を辿っています。
「あなたがお母さんにあんなひどいことを言うから」
「君だって一緒に追い出したじゃないか」
互いを責め合う日々が続いています。
高志は毎週のように、私の老人ホームの前まで来ているようです。でも、面会を申し込むことはありません。きっと拒否されることが分かっているのでしょう。スタッフの方から聞いた話では、門の前で一時間ほど佇んでから帰っていくそうです。
ある日、私の元同僚である山田先生が面会に来てくれました。
「和さん、息子さんのことを聞いたわ。大変なことになっているそうね」
「そうみたいですね。でも、私はもう関係ありませんから」
山田先生は困ったような表情を浮かべました。
「でも、和さん。親子の縁というのは……」
「山田先生。彼らが選んだ道です。関わらないで欲しいと言われたので、その通りにしているだけです」
私の言葉に、山田先生は何も言えませんでした。
夜、一人で部屋にいると、時々寂しさを感じることもあります。でも、それ以上に心の平安があります。もう誰かの顔色を伺う必要もありません。誰かに迷惑をかけていると言われることもありません。私は私として尊重された環境で、生きています。
窓から見える星空を眺めながら、私は思います。人を軽く見ることの報いを、息子たちは身を持って知ったでしょう。
もしあなたも家族から不当な扱いを受けているなら、一人で我慢し続ける必要はありません。自分の尊厳を守るため、時には距離を置く勇気も必要です。本当にあなたを大切に思う人なら、あなたの価値に必ず気づくはずです。
今、私は心から自由で幸せです。誰にも振り回されることなく、自分らしく生きています。これが、不条理な仕打ちに立ち向かった者だけが手にできる、真の勝利なのかもしれません。



