会議室で新部長が私を見た第一声がこれでした。「高卒が一丁前の技術者面をするな」。大手から招かれたエリート部長は、私の開発した次世代電池技術を鼻で笑い、挙げ句の果てには「お前の名前を退職希望者一覧に載せておいたぞ」と。もちろん、私は退職するつもりなど一度もありません。でも、その張り紙はあっという間に社内中に広がり、同僚の目が冷たくなっていきました。部長は知らないのです。私が握る特許の審査請求権…

会議室で新部長が私を見た第一声がこれでした。「高卒が一丁前の技術者面をするな」。大手から招かれたエリート部長は、私の開発した次世代電池技術を鼻で笑い、挙げ句の果てには「お前の名前を退職希望者一覧に載せておいたぞ」と。もちろん、私は退職するつもりなど一度もありません。でも、その張り紙はあっという間に社内中に広がり、同僚の目が冷たくなっていきました。部長は知らないのです。私が握る特許の審査請求権...

野沢部長が着任して最初の会議で、俺に向かって放った言葉が忘れられない。

「高卒が一丁前の技術者面をするな。お前のような学歴の低い人間に、画期的な発明ができるわけがない」

田島、29歳。中堅電気メーカーで次世代電池技術の開発を担当している。高卒で入社して11年。最初は工場の製造ラインで働いていたが、業務改善の提案が認められて開発部門に配属された叩き上げの技術者だ。

省電力制御システムや高効率モーターなど、これまで数々の開発で会社に貢献してきた。特に俺が開発した次世代電池技術は、従来のものと比べて爆発や火災の危険がほとんどなく、エネルギーを蓄える能力も大幅に向上した。スマートフォンが1週間充電不要になり、電気自動車も1回の充電で700キロ走れるようになる。さらに改良を続ければ、1000キロ走行も可能になると確信していた。

この電池技術は、2年半前に特許出願済みだ。ただし審査請求はまだ行っていない。より完璧な技術にしてから特許権を取得しようと、あえて保留にしていたのだ。出願から3年以内に審査請求をしなければ審査は始まらない。つまり、この技術の命運は完全に俺の手の中にある。

創業者である小寺会長は、今は相談役として時折会社を訪れる。先月も開発部を視察に来た際、俺の研究室に立ち寄ってこう言ってくれた。

「田島君の妥協を許さない姿勢が、この会社の技術の源泉だ。君のような技術者がいる限り、我が社の未来は明るい」

岡本課長も俺に全幅の信頼を置いてくれている。「焦らず、納得の行くまで研究を続けてくれ」という言葉が励みだった。

そんな充実した日々に暗雲が立ち込めたのは、新しい開発部長として野沢が赴任してきてからだ。前部長の定年退職に伴い、次世代技術開発を強化するために大手電気メーカーから招かれた男だった。

野沢は大学院卒のエリートで、高卒の俺を徹底的に見下していた。「聞けば会長がお前を評価しているそうだが、経営者が持ち上げた技術が実は大したことなかったという例を私は何度も見てきた。技術は技術者が判断すべきだ」と公言していた。

着任から数日後、岡本課長が暗い表情で俺に伝えてきた。

「田島、野沢部長に引き継ぎ資料の件を確認したんだが……部長は『高卒技術者の案件など読む価値もない』と言って資料を突き返してきた」

愕然とした。部長として当然読むべき引き継ぎ資料を、学歴への偏見で無視したのだ。そこには俺の技術力はもちろん、特許出願と会長との特別契約について詳細に記載されているというのに。

ある日の朝会議で、野沢は俺に向かって言った。

「田島、お前の案件を業務管理システムで確認したが、審査請求待ちになっているじゃないか。しかも会長特別案件だ。会長は創業者で技術のことは分からない。私の経験上、お前の技術など大したものではあるまい。ただ特別な案件である以上、放置するわけにはいかないな。早急に審査請求をして、形だけでも進めておけ」

野沢は会長の顔を立てるために処理を急がせているだけで、技術の価値を認めているわけではない。俺は改良研究を続けていることを丁寧に説明したが、野沢は取り合わない。

「創業者が高卒の苦労人に甘くなり、過大評価しているだけだ」

そこで岡本課長が口を挟んだ。

「部長、田島の特許出願については前部長からの引き継ぎ資料にも詳細に記載されていたはずです。お読みになりましたか?」

しかし野沢は岡本課長の言葉も遮った。

「そんなもの読む価値もない。そんなことより組織の効率化が先決だ」

俺は自分の開発した画期的な技術を何とか説明しようと口を開いた。

「部長、私の技術は従来のものと比べて安全性が格段に……」

「高卒ごときの技術論など聞きたくない。お前は会長が甘やかしているから調子に乗っているだけだ」

野沢はそう吐き捨てると、そのまま会議室を出ていってしまった。

それからというもの、野沢は「効率化」を名目に俺への嫌がらせを始めた。

「田島、お前は現場経験が足りない。現場の製造ラインに移動させることを検討する」

俺を再び工場に戻そうとしているのだ。さらに資料作成や会議の準備などの雑務を全て俺に押し付け、研究に使える時間は日に日に減っていった。

「会長が特別扱いしているからと言って、お前でなければできない技術などない。優秀な技術者ならすぐにでも引き継げるだろう。お前を開発部に置き続ける理由などない」

野沢の言葉に、周囲の技術者たちも何も言えなくなっていった。それでも岡本課長だけはこっそり声をかけてくれた。

「田島君の技術は開発部のみんなが分かっている。自信を持って研究を続けてくれ」

俺は日に日に居場所が狭くなっていくのを感じていた。

そんなある日の朝、俺は会社の掲示板で信じられないものを目にした。

「退職希望者一覧」という張り紙に、俺の名前だけが記載されていたのだ。この会社で退職者情報を掲示した例など、今まで一度もなかった。もちろん俺は退職希望など出した覚えはない。

「田島さん、会社をやめるんですか?」

掲示板の前で立ち尽くす俺に、周りの社員たちが次々と声をかけてくる。俺は否定したが、張り紙の威力は絶大だった。噂はあっという間に社内に広がっていく。

開発部に戻り、俺は同僚たちに事情を説明した。これは野沢の嫌がらせに他ならない、と。同僚たちは信じてくれたが、他の人間は違う。廊下ですれ違う社員たちの視線が冷たい。まるで俺が何か問題を起こした社員を見るような目だ。

岡本課長も心配して俺を呼び、人事部に確認してくれたが、返答は「退職希望者として正式に登録されている」というものだった。誰かが俺の名前を勝手に登録したのだ。

俺の中で怒りが沸点に達していた。野沢のやり方はあまりにも卑劣だ。正面から議論することもなく、陰湿な手段で俺を開発部から追い出そうとしている。もう我慢する必要はない。

俺には切り札がある。特許出願に関する会長との特別な取り決め。そして審査請求の裁量権だ。野沢が俺にこんな扱いをするなら、俺も会社に協力する義理はない。

そう決意したその日の午後、小寺会長が視察に訪れた。会長は張り紙の前で立ち止まり、しばらく見つめていた。そして俺を見つけると、まっすぐに歩み寄ってきて尋ねた。

「田島君、なぜ退職希望者に君の名前が?」

周囲の社員たちが固唾を飲んで見守っている。俺は冷静に、しかしはっきりと答えた。

「会長、これは野沢部長による嫌がらせに他なりません。部長が私を首にしたいようなので、特許申請は拒否しますね」

会長は厳粛な表情になったものの、俺が何を言っているのか即座に理解したようだった。俺が言った特許申請とは、審査請求を出し特許の証人を得ることを意味していた。特許出願から2年半が経過し、残り半年で3年の期限が切れる。俺が審査請求をしなければ、どんなに画期的な技術でも特許として認められることはない。

また、俺の開発した技術が特許取得した場合、通常なら会社に権利が帰属するところ、俺の研究姿勢を評価した小寺会長との特別な取り決めにより、俺個人が特許権者になる予定だった。つまり特許に関する全てが俺に委ねられているのだ。

会長は俺の目を見据えて尋ねた。

「田島君、今の言葉は本気か?」

俺は静かに頷いた。

「はい。このような理不尽な扱いを受けるのであれば、審査請求をする理由がありません」

会長は深く息を吸い込んだ。事態の深刻さを理解した会長は、すぐに決断を下した。

「岡本課長、野沢部長を呼んでくれ。今すぐだ」

数分後、野沢が不機嫌そうな顔で現れた。

「会長、何かご用でしょうか?」

会長は野沢を鋭い目で見つめた。

「野沢部長、この張り紙について説明してもらおう。なぜ田島君の名前が退職希望者として記載されているのか」

野沢は一瞬動揺したが、すぐに平静を装った。

「ああ、それは人事部の手違いではないでしょうか。私は関知しておりません」

会長の声が低くなった。

「とにかくすぐに会議室へ来てもらおう。岡本課長も同席してくれ」

会長、野沢、岡本課長、そして俺の4人が会議室に集まった。会長は野沢に向かって口を開いた。

「野沢部長、君は田島君の次世代電池技術についてどう評価しているのか、聞かせてもらおうか」

野沢は自信ありげに答えた。

「正直、大した技術だとは思っていません。それより組織の効率化が先決です。このような人間が開発部にいること自体、問題だと考えています」

会長の表情が険しくなる。

「では田島君の特許について、君は詳しく把握しているのか?」

野沢は鼻で笑った。

「ええ、把握しています。2年半前に出したまま審査請求もせずに放置している。会長が期待する案件ですから、すぐに審査請求すべきです」

野沢の言葉には会長の顔を立てるという意味しかない。俺の技術そのものへの評価ではないのだ。会長は静かに、しかし重みのある口調で言った。

「特許が承認された場合、その権利が誰に帰属するか、君は知っているのか?」

野沢は当然のように答えた。

「会社に帰属するに決まっています。従業員の職務発明は会社のものです」

会長は首を横に振った。

「違う。田島君の次世代電池の特許権は、田島君個人に帰属する契約になっている」

野沢の顔が驚愕に染まる。

「個人に帰属?そんな馬鹿な話があるわけがありません」

会長が野沢に向き直った。

「野沢部長、前任の部長からの引き継ぎ資料は読んだのか?」

野沢は視線をそらした。

「それは……業務が多忙で……」

会長の声が低くなった。

「読んだのか、読んでいないのか、答えなさい」

野沢は観念したように答えた。

「高卒の案件など、会長が甘くて特別扱いしているだけだろうと考え、詳しく読む必要性を感じませんでした」

会長の目が鋭く光る。

「つまり読んでいないのだな。引き継ぎ資料には田島君との特別契約について詳しく記載されている。君は学歴への偏見から、部長として読むべき資料を無視し、私と田島君の契約をないがしろにしたわけだ」

会長が続けた。

「田島君は工場から叩き上げで開発部門に配属され、長年我が社に貢献してきた。その上で田島君の技術が実用化されれば、我が社は業界のトップに立てる。私はその技術的価値を正しく評価した上で特別契約を結んだ。甘くて特別扱いしたわけではない」

野沢は動揺を隠せない。

「しかし、そのような契約は法的に……」

「特許法が認める当事者間の合意だ。何の問題もない。審査請求をするかどうかは田島君に委ねている。そして特許が承認されれば、特許権は田島君個人に帰属する。会社は田島君から技術のライセンスを受ける契約だ」

野沢の顔が蒼白になる。俺は口を開いた。

「部長、私は朝会議でも特許について説明しようとしました。でも部長は私の言葉を遮り、会議室を出ていきましたよね」

野沢はたじろぐ。俺は続けた。

「私の技術は実用化されれば世の中が変わる技術です。それを部長は理解しようともしなかった」

会長の声が低くなった。

「大手各社も次世代電池の開発競争を繰り広げている。もし田島君が審査請求をせず特許が承認されなければ、我が社は競争力を失うだろう。これがどれだけの損失か、君に理解できるか?」

野沢の顔色がさらに悪くなる。自分が会社にとってどれほど重大な損害を与えようとしていたかを、理解し始めたようだ。

会長は静かに、しかし重い口調で野沢に問いかけた。

「野沢部長、なぜ田島君をここまで追い詰めたのか、その理由をきちんと説明してもらおうか」

重い沈黙が部屋を支配する。野沢はしばらく黙っていたが、やがて口を開く。

「田島が高卒でありながら会長から直接評価されていることに、私は納得していませんでした。大学院まで出た私より、高卒の人間が優遇されているのは理不尽だと感じました」

俺は静かに口を開く。

「部長、私は学歴で評価されたわけではありません。技術で評価されたんです」

野沢は俺を睨みつけた。

「黙っていろ。私は大手電気メーカーから招かれた人間だ。開発部を私の方針で刷新するのは当然の権利だ。お前のような古い体質の技術者は邪魔なんだよ」

俺はひるむことなく反論する。

「部長が引き継ぎ資料を読んでいれば、私の技術がどれほど重要か理解できたはずです。でも部長は読む価値もないと切り捨てた。それは部長自身の選択です」

会長が頷いた。

「田島君の言う通りだ。野沢部長、君は学歴への偏見で重要な情報を無視し、個人的な嫉妬で田島君を追い詰めた」

野沢は慌てて言い訳を始めた。

「いえ、会社のためを思って……」

俺は冷静に言い返す。

「会社のためなら、なぜ退職希望者一覧に私の名前を勝手に載せたんですか?それは会社のためではなく、部長の保身のためでしょう」

会長は鋭い目で野沢に問い詰める。

「野沢部長、もう一度聞く。退職希望者一覧に田島君の名前を記載したのは、誰の仕業だ?」

野沢は視線をそらした。

「で、ですから……人事部の手違いでは……」

会長の声が雷のように低くなった。

「ここで虚偽の報告をすれば、罪はさらに重くなるぞ。私は今から人事部に確認する。もし君が関与していたことが判明したら、会社としての処分だけでは済まない。私の言わんとしていることは分かるな」

会長の鋭い視線に耐えきれず、野沢はついに白状する。

「確かに……私が人事部の係長に頼みました。開発部の人員整理のためだと説明して、田島を退職希望者として登録させたんです」

会長は激怒した表情で野沢を睨んだ。

「これは単なる嫌がらせではない。君は人事を巻き込んで不正な手段で社員を追い出そうとした。組織的な名誉毀損だ。会社の信用を損なう重大な背信行為に他ならない」

会長は深く息を吸い込み、俺に頭を下げた。

「田島君、本当に申し訳ない。野沢部長の行為は会社として決して許されるものではない。適切に処分することを約束する」

会長は頭を下げたまま続けた。

「お願いだ。審査請求への協力を考え直してもらえないだろうか」

岡本課長も頭を下げた。

「田島君、会社の未来のために協力してほしい」

俺は少し考えた。そして冷静に言った。

「条件があります」

会長は顔を上げた。

「言ってくれ。できる限りのことはする」

俺は一つずつ条件を挙げた。

「まず、野沢部長を開発部長から解任してください。そして今後、私の研究環境と裁量を完全に保障してください。私は自分の技術が世の中を変え、この会社を支えることができると確信しています」

会長は即座に答えた。

「約束する」

俺はさらに続けた。

「それから、野沢部長による名誉毀損と嫌がらせについて、会社として正式に謝罪し、社内に周知すること。人事部の係長についても、不正に加担したことへの適切な処分を求めます」

会長は力強く頷いた。

「了承した。全ての条件を満たすよう、最善の努力をさせてもらう」

「わかりました。それなら審査請求に協力します」

会長は安堵の表情を浮かべた。そして野沢に向かって宣言した。

「野沢君の開発部長解任を幹部会に提案する。私が全力で押し進める」

野沢は慌てて声を上げた。

「会長、お願いします。解任だけは勘弁してください」

会長は冷たく言い放った。

「君は技術者として最も大切なものを見失っている。技術への敬意も人への思いやりもない。人事部を巻き込んで組織を私物化しようとした。君のような人間に会社の未来を任せるわけにはいかない」

野沢はなおも食い下がった。

「私は会社のために……」

会長は遮った。

「もう結構だ。私は野沢部長の解任と同時に、岡本課長の開発部長就任も幹部会に提案するつもりだ」

岡本課長は驚いた表情を見せたが、すぐに深く頭を下げた。

俺は会長に言った。

「審査請求は来週中に行います。改良研究もほぼ完了していて、電気自動車の1000キロ走行を実現できる確信があります」

会長は心から安堵した表情を見せた。野沢は肩を落として会議室を出ていく。俺を見る野沢の目には恨みと後悔が入り混じっていた。しかし俺はもう野沢のことなど気にならなかった。自分の技術を信じ、妥協を許さない姿勢を貫いてきた俺の判断は正しかったのだ。

数日後、幹部会の決定により野沢は解雇となった。大手電気メーカーからの引き抜きという華やかな経歴も、今では何の意味も持たない。後日、岡本から聞いた話では、野沢は転職活動を続けているがどこからも採用の連絡はなく、今はコンビニでバイトしながら食いつないでいるらしい。学歴への偏見が、野沢自身の人生を破壊したのだ。

一方、俺は改良研究に全力で取り組み、ついに電気自動車の1000キロ走行を実現する電池技術が完成した。そしてその成果を持って審査請求を行い、特許の証人を得ることができた。昇進した岡本部長の元、俺は新設された次世代技術開発室の室長に就任する。

俺は人々の生活をより便利で安全なものにするため、これからも技術革新への努力を惜しまないつもりだ。

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