「お前が会社をやめろ。そうすりゃ他の年寄りどもは会社に残れるんだぞ」——社長の息子を入れるためにリストラを命じた二代目社長にそう言われたのは、夏の終わりのことだった。長年連れ添った仲間たちを守るため、俺は退職届を出した。だがそれから一ヶ月後、今度はその社長から電話がかかってきた。「今すぐ戻ってこい、息子のサポートにつけ」と。あれだけ追い出しておいて、何を言い出すのか。俺は冷静に、彼が知らない…

「お前が会社をやめろ。そうすりゃ他の年寄りどもは会社に残れるんだぞ」——社長の息子を入れるためにリストラを命じた二代目社長にそう言われたのは、夏の終わりのことだった。長年連れ添った仲間たちを守るため、俺は退職届を出した。だがそれから一ヶ月後、今度はその社長から電話がかかってきた。「今すぐ戻ってこい、息子のサポートにつけ」と。あれだけ追い出しておいて、何を言い出すのか。俺は冷静に、彼が知らない...

「そんなに仲間が大切なら、お前が会社をやめろ。そうすれば他の年寄りどもは会社に残れるんだぞ」

リストラの対象者を選ぶよう命じた二代目社長は、俺の反論を遮ってそう言い放ち、高級リクライニングチェアにふんぞり返って笑った。

俺は長年勤めた食品メーカーの営業部で課長を務めてきた。仙代社長が築いた社風を守り、部下たちと信頼関係を結びながら、現場の声を会社に還元するのが俺のやり方だった。

しかし仙代社長が病で他界し、その後を継いだのが娘婿の泉社長だった。見てくれはいいが経営能力のない男で、社員たちはお世話になった仙代への恩を返すつもりで泉社長を支えてきた。

そんなある日、俺は部下から信じがたい噂を聞いた。泉社長が自分の息子を営業部に入れたいらしい。しかもそのために、誰か社員を飛ばすというのだ。

その噂が現実になったのは、それから数日後のことだった。出勤早々、社長室に呼び出された俺に、泉社長は天気の話でもするかのように告げた。

「今度、私の息子を営業部に入れることにした。誰を飛ばすかはお前が決めろ。できるだけ古参の人間にしろよ」

俺は建設的な反論を試みた。今の業績を支えているのは古参の社員が若手を引っ張っているからだと。しかし泉社長は、気に食わないとばかりに語気を荒げた。

「高が課長の分際で指図しようというのか。本当にここの社員は生意気だ。それもこれも、あの義父が社員を自由にさせすぎたからだ。何が社員の個性を尊重だ。社員なんてものは所詮コマだろう」

仙代社長を貶める発言に、俺は堪えきれず言葉を返した。しかし泉社長は「うるさい」と叫び、怒鳴りつけた。

「お前は二言目には仙代が仙代がと。そんな信頼があったって何の役にも立たないだろうが。いい加減、お前ら古参の解雇主義にはうんざりなんだよ」

そうして泉社長はニヤリと笑って言った。

「そんなに仲間が大切ならお前が会社をやめろ。そうすりゃ他の年寄りどもは会社に残れるんだぞ」

俺はわずかな間、逡巡した。そして目を閉じ、深呼吸をして、まっすぐ泉社長を見据えて言った。

「そこまでおっしゃるのであれば分かりました。私が会社をやめます。その他の社員は、どうぞ今まで通りに」

「ふん。じゃあ最初からそう言えばいいだろうに。本日中に退職届を提出しなさい」

俺は無言で一度頭を下げ、社長室を出た。

一週間後の最終出社日、部下たちが「本当にやめるんですか」と惜しんでくれた。俺は明るく笑って言った。

「いいんだよ、これで。幸い営業部は人員が足りているからな。お前たちはお前たちらしく、新しい課長をよく盛り立てていってほしい」

こうして俺は長年勤めた会社を去った。だがそれから一ヶ月後、泉社長から突然電話がかかってきた。

「お前、なんで電話に出ないんだ。今すぐ会社に戻ってこい。息子のサポートにつけ」

切羽詰まった様子で声を荒げる泉社長。どうやら、俺の代わりに課長職に就いた息子が取引先への挨拶もせず、仕事は全て周囲に押し付け、出社してはスマートフォンでゲームをしているだけの役立たずだったらしい。取引先は次々と契約を打ち切り、株も大暴落していた。

「こちらは大変ですね。ですが、私はもう会社をやめた人間ですし、就職も済んでおりますので、完全に他人事でございます」

そう淡々と返す俺に、泉社長は逆上した。

「何を他人事みたいに言ってるんだ。くそ。あいつらも『社長に追い出された人を辞めさせるような会社とは取引しない』とか言い出すし。さてはお前、追い出された腹いせに俺の悪口を言いふらしたのか?」

「私は誰に対しても嫌がらせなどしていません。それに、今の会社では私を高く評価していただいておりまして、順調に過ごしております」

俺が在籍している会社名を伝えた途端、泉社長は絶句した。そう、俺は元の会社のライバル会社で同じ営業をしていた。今の会社は俺が前の会社を辞めたと知るや否やスカウトしてきたのだ。前の会社で取引があった相手の中にも、俺がいるならと契約を乗り換えた企業もある。

「では、以降は一切連絡してこないでください。必要であれば弁護士に相談しますので、そのおつもりで」

そう言って、俺はさっさと電話を切った。仕事上の契約は確かに会社と会社のものではあるが、そこには必ず人がいる。泉社長は未だにそれに気づいていないらしい。

それからさらに一ヶ月後、泉社長の会社は株主総会で解任され、銀行から新社長が送り込まれた。会社を追い出された泉親子の行方は、誰も知らないらしい。

俺は新しい会社で新規開拓の取引先も増え、多忙な日々を送っている。今ある信頼を大事にしながら、新たな場所で新たな信頼を結んでいく。それは毎日ワクワクするような仕事だった。

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