「病院くらい自分で行けるだろう。赤ん坊の一人くらい、一人で産めばいいだろう」…

「病院くらい自分で行けるだろう。赤ん坊の一人くらい、一人で産めばいいだろう」...

「病院くらい自分で行けるだろう。今日も接待ゴルフがあるんだ。悪いが俺は同行できない」

陣痛で脂汗を流す私に、夫の一兵は冷たくそう言い放った。

「そんな……赤ちゃんよりゴルフが大事だっていうの?」

「赤ん坊くらい一人で産めばいいだろう。ゴルフが最優先だ」

私は岩田美春、二十六歳。一兵とは五年前、友人に誘われて参加したバーベキューで出会った。年も近く、すぐに打ち解けた。その後、友人の策略で偶然を装った二人きりのデートを経て、彼に「俺たち付き合わないか」と不器用に手を差し出され、私はその手を握った。

交際中は優しかった。週末には必ず会いに来てくれて、一緒に映画を見るのが何よりの楽しみだった。彼はホラー映画が大の苦手で、見ている間は目と耳を塞いでいるくせに「別に怖くなんかないよ」と強がる。そんな姿が可愛くて仕方がなかった。

交際から二年後、映画館で映画のプロポーズのシーンを見た後、彼は私の手を握り「結婚しよう」と言った。映画館を出ると、膝をついて指輪を差し出した。私は涙を流しながら、そのプロポーズを受けた。

結婚生活は幸せだった。義両親も私を実の娘のように可愛がってくれた。結婚から一年後、義母が階段から落ちて足を骨折した時は、回復するまで毎日のように義実家に通って家事を手伝った。「美春ちゃんがお嫁に来てくれて本当に良かった」と言ってくれる義母に、私も心から感謝していた。

結婚から二年が過ぎた頃、私は妊娠した。義両親は大喜びしてくれたが、一兵は「そうか」と言っただけで、そっけない態度だった。

そして、その頃から彼は週末になる度に「接待だ」と言ってゴルフに出かけるようになった。ゴルフウェアのポケットから女性の口紅が出てきた時、私は彼が嘘をついていると悟った。彼のスマホにGPSアプリを仕込み、行動をチェックすると、彼は見知らぬマンションに停車し、その後ゴルフ場へ向かう。午後になると、またそのマンションへ向かうのだった。

私はそのマンションを見張り、一兵が派手な格好をした女性と腕を組んでキスをして車に乗り込む姿を目撃した。彼は私に気づかず、楽しそうに笑っている。

家に帰り、私は彼を問い詰めた。

「あなた、浮気してるのね」

「何言ってるんだよ。そんなわけない」

「見たの。マンションの前でキスしてたわ」

写真を見せると、彼は肩を落として認めた。「すまない。美春、離婚してくれ」と。

「そんなに彼女が好きなの?」

「そうじゃないけど、美春を裏切ったことは事実だ。だから離婚するしかない」

私は許せなかった。しかし、お腹の子のことを思うと離婚するわけにはいかなかった。父親のいない子にはしたくない。専業主婦の私に、子供を育てていける収入もない。私は離婚を拒否し、愛人との関係を終わらせるよう要求した。

彼は「分かった」と約束したが、その後も週末になるとゴルフへ出かけ、GPSは相変わらず愛人のマンションへ向かう。私は一人で悩み続けるしかなかった。

そんな中、買い物に出かけた先で、学生時代の友人である鈴井アンリと再会した。彼女は劇団を主催していて、人気がある。久しぶりの再会に心が緩んだ。「なんだか元気がないみたいだけど、大丈夫?」と心配してくれるアンリに、私は何も言えなかった。

妊娠が進むにつれ、一兵は私のお腹を見て「気持ち悪い」と言うようになり、「女を捨てた」と嘲笑った。父親教室にも「必要ない」と拒否した。彼は本当に子供を望んでいないのかもしれない。

そして、臨月を迎えたあの日、激しい痛みと共に破水した。一兵に病院へ連れて行ってほしいと頼んだのに、彼は私を突き離し、「ゴルフが最優先だ」と言い放って、苦しむ私を置き去りにして出かけてしまった。破水で汚れた床を見て「ちゃんと掃除しとけ」と暴言まで吐いた。

倒れ込む私を知りながら、一兵はそのままゴルフへ向かった。その背中を見送りながら、悲しみと怒りで涙が溢れた。

「子供との生活のためとはいえ、愛してもくれない父親と一緒にいることが、幸せなはずがない」

私はアンリに電話をかけ、助けを求めた。アンリが駆けつけ、救急車を呼んでくれた。

気がつくと、私は病院のベッドの上にいた。

「赤ちゃんは無事に生まれたわ」

医師からは「もう少し遅れていたら母子共に危険だった」と言われた。そして、みんなが言った。

「妻と子供の命よりゴルフを優先させるなんてひどい男ね」

「まさか破水した私を放置するとは思ってもみなかった」

アンリは怒り、こう提案した。

「もう別れる。でも、このまま黙って離婚するなんてだめよ。仕返しするべきよ。ギャンと言わせてやりましょう」

義両親も私の両親も、その提案に大きく頷いた。

アンリは劇団員たちに連絡を取り、計画を練り始めた。私が思い直すチャンスは一度だけ。一兵が愛人ではなく私を選ぶなら、やり直すこともできる。しかし、愛人を取るようであれば、それで終わりだ。

数時間後、ゴルフ中の一兵の元に、病院の医師を名乗る人物から電話がかかった。アンリが指示した劇団員の芝居だ。

「先ほど奥様が亡くなられました」

突然の訃報に驚き、一兵は病院に駆けつけた。しかし、私の病室には入れない。両親と義両親が彼を拒否したのだ。

「お前の顔は見たくもない」
「奥さんを見殺しにするようなやつは、息子でも何でもない。出て行け」

一兵は逆切れし、「ああ、そうか。分かったよ。これで気を使わずにゴルフができる。せいせいするよ」と言い残して、病院を去った。

私と会いたいとも言わず、あっさりと帰ってしまったのだ。

その瞬間、私は一兵に対して徹底的に仕返しをすることを決意した。

数日後、退院した私は子供を連れて実家に戻った。アンリは本格的な計画を立てた。

「特殊メイクで幽霊になるのよ」

一ヶ月後、私は深夜に自宅に戻った。音を立てずに寝室へ向かい、一兵の枕元に立つ。

気配を感じたのか、彼は眠そうに目をこすりながら起き上がった。私の姿を確認した彼の顔は、みるみる青ざめていく。

よくも見捨てたわね。

許さない。許さない。許さない。

「わ、わ、悪かったよ。あの日は……彼女がどうしてもって……悪気はなかった。ゴルフの約束をしてたんだ。キャンセルしたらもったいないだろう」

恐怖のあまり、彼は出産当日に私を捨てて愛人とゴルフを楽しんだことを自白した。

「許さない。許さない」
「ええ、悪かった。成仏してくれ」

恐怖に耐えきれなくなった一兵は、寝室を飛び出していった。私はそっと家を出た。

翌日、私は彼の会社の近くに現れた。職場の行き帰りにも現れ、彼に恐怖を植えつけていく。一兵は私の姿を見つけるたびに「南無阿弥陀仏」と唱え、家中に盛り塩やお札を張り巡らせたらしい。

私はその後も彼の行く先々に現れた。GPSで居場所はすぐに分かる。彼と愛人が木曜日に会っていることも、必ず立ち寄る店も突き止めた。愛人とのデートを楽しんでいる彼の前に私が姿を現すと、彼はひどく怯えた。

「許してくれ。こいつとは別れる。だから成仏してくれ」

そう言って、彼は愛人を突き飛ばし、置き去りにして逃げ去った。尻餅をついた愛人に私は手を差し伸べ、事情を話すと、彼女は困惑しながらも私に謝罪してくれた。

数日後、私はまた彼の前に現れた。

「あの女とはもう会っていない。だから許してくれ」

「ゴルフクラブを握ったら三日以内に死ぬ」

私は彼に呪いをかけた。実際にそんな呪いが効くはずもないが、私が死んだと思い込んでいる彼には、本物の呪いに思えたようだ。予想通り、一兵は以後ゴルフに誘われても家から出ようとしなかった。

しばらくして、義両親は一兵に「霊能力者」を紹介した。もちろん、アンリの劇団の役者だ。一兵は藁にもすがる思いで悪霊払いを依頼した。

霊能力者は彼に言った。

「奥様の呪いを解かなければ、数日以内に命が失われるでしょう」
「どうやったら呪いが解けるんだ?」
「離婚届を記入し、慰謝料を奥様の口座に支払うことです」
「死んだ人間に慰謝料が必要なのか?」
「あの世でもお金は必要です。きちんと離婚の手順を踏んで、奥様の気持ちを落ち着かせない限り、平穏は戻りません」

一兵はその言葉を信じ、翌日には慰謝料を私の口座に振り込んできた。そして、離婚届にサインをしたのだ。

役者から離婚届を受け取った私は、役所に提出した。

動画はアンリの劇団のチャンネルで公開された。一兵が呪いを信じて怯える様子を隠し撮りしたものだ。動画はSNSで拡散され、大バズリした。メイキング映像では、彼が破水した妻を放置し、愛人とのゴルフに出かけたことも暴露された。動画を見た一兵の同僚たちは、彼に白い目を向けるようになり、居づらくなった彼は自分から会社を辞めた。

真実を知った一兵は怒りの電話をかけてきた。

「俺を騙したな」
「自業自得でしょ」
「本物の幽霊だと信じて慰謝料を振り込んだんだ。芝居だったなら全部無効だ。今すぐ返せ」
「返してもいいけど、すぐにまた支払うことになるわよ。あなたが浮気していた証拠はあるもの。加えて、母子共に命の危険にさらされていた私たちを見捨てたのよ。裁判をしたら、振り込んだ以上の慰謝料を支払うことになるでしょうね」

私は愛人から不倫の証拠を送ってもらっていた。彼は「嘘だ。あいつが俺を裏切るわけがない」と動揺を見せたが、幽霊から逃れるために愛人を突き飛ばし、置き去りにしたのは彼自身だ。愛人は私に謝罪した後、不倫の証拠を渡してくれたのだ。私は愛人に対して慰謝料を請求しないことにした。

一兵は警察に被害届を出そうとしたが、警察は受理しなかった。逆に「不倫が原因で離婚した場合、慰謝料を支払うのは当然だ」と説教されたらしい。

一兵は職を探したが、動画のせいでどこも採用してくれなかった。住んでいたマンションも追い出され、友人にも見放され、実家の両親を頼ったが、義両親は「人手なし」と罵倒し、家に入れなかった。彼は肉体労働の日雇いアルバイトをしながら、家賃が相場の十分の一の曰くつきの物件で暮らすことになった。大のオカルト嫌いの彼には過酷な日常だっただろう。

数ヶ月後、私は町で呆然と歩く一兵を見かけた。顔は青白く、抜け殻のように何かをブツブツと呟いている。どうやら本当に悪霊に取り憑かれたようだった。

私は彼を見なかったことにして通り過ぎた。

アンリの劇団は動画がバズったことで注目を集め、今ではテレビや雑誌の取材が殺到している。劇団員たちは映画やドラマのオファーが相次ぎ、人気俳優になっている。

私は両親や義両親に支えられながら、子供と二人、平穏に暮らしている。アンリや劇団員たちにも精神的に支えられながら、今は仕事をしながら娘の成長を楽しんでいる。

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