元夫の浮気相手が妊娠して、私はあっさり離婚させられた。慰謝料も取って、もう二度と会わないと思っていた。なのに半年後、新築タワマンに住む元夫と浮気相手にエレベーターホールで鉢合わせ。「お前は俺の家に来るつもりだったんだろ。タワマンが羨ましいんだな」と、あの頃と同じように上から目線で笑われた。私はこう返した。「いや、ここは私の家ですけど」二人の顔が凍りついた瞬間、私はタワマンを出ていく準備をして…

元夫の浮気相手が妊娠して、私はあっさり離婚させられた。慰謝料も取って、もう二度と会わないと思っていた。なのに半年後、新築タワマンに住む元夫と浮気相手にエレベーターホールで鉢合わせ。「お前は俺の家に来るつもりだったんだろ。タワマンが羨ましいんだな」と、あの頃と同じように上から目線で笑われた。私はこう返した。「いや、ここは私の家ですけど」二人の顔が凍りついた瞬間、私はタワマンを出ていく準備をして...

浮気相手を妊娠させたと、夫がまるで他人事のように言ってのけた。あの軽い調子で謝られ、私は呆れて愛情が尽きてしまった。ちょうど半年前のことだ。

浮気相手は私も知っている人だった。大学の後輩で、「子悪魔ちゃん」と呼ばれていた愛。友人の結婚式の二次会で再会したらしい。つまり夫は一年以上前から浮気をしていたことになる。

「大人になると月日が経つのって早いよな」

夫はあははと笑って開き直った。この人は一体どういう神経をしているのか。全く理解できない。

私は香おり、三十歳。夫とは大学のテニスサークルで知り合った。夫は五つ上の先輩で、卒業してからもしょっちゅう顔を出す、飲み会好きで友達が多い人だった。新入生の面倒見も良くて優しい人だと思っていた。それが女の子限定だと気づいたのは付き合ってからだった。

当時から浮気癖に何度も泣かされ、それでも好きだったから結婚した。だが私も働き始めると、夫の本当の姿が見えてきた。同年代から全く相手にされないからサークルに顔を出していたこと。会社で仕事ができなさすぎてまともな業務を与えられず暇だったこと。ただの見えっ張りの役立たずで、仕事も家事も何もできないダメ男だった。

結婚当初は夫を変えようと努力したが、あまりの変わらなさに私は諦めた。それでも離婚しなかったのは、仕事が忙しかったことと、義両親がいい人たちだったから。夫本人には全く関係ない事情だ。

「それでさ、出産もあるから早めに別れたいんだよね。このアパートはお前にやるから俺が出ていくよ。これで終わりでいいよな」

夫がヘラヘラ笑いながら言った。私は考え込んだ。三十代が近くなり、私は子供が欲しくなっていた。新卒で就職し、正社員として真面目に働いてきた。収入は夫よりも多い。会社は大手で育休や産休の制度も充実している。赤ちゃんを迎える準備は万端なのに、なかなかできなくてずっと辛かった。

そんな状況で浮気をして相手を妊娠させた夫に、愛情なんて全然残っていない。綺麗さっぱり関係を清算したい。何より、夫が一言も謝っていないことに腹が立った。自分の都合と要求を言うだけで、全然反省していない。

「弁護士を入れて慰謝料も請求するし、財産分与もね。もちろん愛にも請求させてもらうから」

「えー、俺そんな貯金ないんだけど。あいちゃん妊婦だしストレスかけたくないな」

「だったらあなたが借金してでも代わりに払ったら。あなたたちの浮気で別れるんだから、しっかりけじめをつけなさいよ」

私がじろっと睨むと、夫は観念したように手を上げた。

「ああ、しょうがない。親父にでも肩代わりしてもらうかな」

こうして私は離婚に向けて弁護士に依頼した。夫から事情を聞いた義両親からは何度も電話があった。

「かおりさん、どうか勘弁してやってくれ。直しのバカを説得するから。かおりさんから捨てられたらあいつは本当に終わりだ」

義母からも懇願された。

「かおりさん、お願い、考え直してちょうだい。私はあなたのことを本当の娘のように可愛く思っているの」

でも、やっぱり無理だ。私が今まで話していなかった夫の浮気癖や家事を全くしないことなどを洗いざらい話すと、義両親も最後には納得してくれた。

「今まで本当に申し訳なかった」

土下座する勢いで謝ってくれ、慰謝料も貯金が全くない夫の代わりに一括で払ってくれた。夫にはもう二度と借金の肩代わりをしないこと、毎月きっちり返済することを約束させたそうだ。なんでこんな常識的でいい義両親から、夫のようなチャランポランなダメ男が生まれるのか。本当に理解に苦しむ。

離婚手続きは、あれほど面倒だと思っていたのに終わってみればあっという間だった。私は実家に戻り、また半年ほど過ぎた。夫のこともすっかり思い出さなくなって、平日は仕事、休日は家の片付けで忙しくしていた。

そんな時、親友の優香から電話があった。

「ちょっとかおり、知ってた? あんたの元夫の直し君と愛が新築のタワマンに住んでるって。あちこちで自慢してるみたいよ。出産祝いのパーティーをするから来て欲しいって愛からさっき電話があったわ。プレゼントは1万円以上のもので参加費も1万だって言うのよ。ばっかみたいでしょ」

愛が出産したことも知らなかった。なんでわざわざ優香にまで連絡してきたのか。愛は優香が私の大親友だということもよく知っている。

「なんで愛は優香にまで招待してきたんだろう。優香に話せば私にバレると分かりそうなものだけど」

私が遠慮がちに言うと、優香はますます怒りを爆発させた。

「わざとよ、わざと。あのクソ女、なんて言ったと思う? 『かおりさんが直し先輩と別れてくれたおかげでとっても幸せなんです』だって。それをわざわざ香りの親友の私に言ってくるなんて、本当に最低な女よね。なんとかしてギャフンと言わせてやりたいわ」

学生時代の小悪魔が、ついに悪魔に成長したわね。大学時代、愛は幸せなカップルの男にちょっかいをかける悪い女だった。愛が原因でカップルの仲がこじれても、彼女はへっちゃらだった。

「ちょっと他の女の子から手を出されたくらいで別れちゃうなら、真実の愛じゃないでしょ。どうせそのうち別れるんだし、いいじゃないですか」

甘ったるい声でニヤニヤしながら言うのだ。この子は本当に人を好きになったことがないんだなと可愛そうに思いながらも、わざわざ関わって優しくしてあげるほどお人好しではない私は、彼女と距離を置くことにした。

愛のことはこの際どうでも良くて、私にはその前にもっと聞き捨てならないことがあった。

「ねえ優香、それよりもさ、最近できたタワマンって一つしかないよね。愛たちが引っ越したとか何か聞いてない? 私全然会ったことないけど」

すると優香がすぐに答えてくれた。

「ごく最近みたいだよ。たまたま空きが出て運よく入れたって自慢していたから」

どうやらタワマンを新築で購入した人が遠方に転勤になってしまい、未入居のまま売りに出されたらしい。

「ああ、そういうことね。じゃあ納得だわ。ねえ、愛たちの引っ越しは今週の日曜日だっけ? 出産祝いのパーティーは土曜日だから、1日だけ気をつければ会わないで済むわよ。エレベーターだっていっぱいあるし、出入り口だって違うかもしれないし」

「ああ、それもそうね。今まで会わなかったし、大丈夫よね」

私と優香は笑い合ったが、まさかの事態はやっぱり起こるものだ。土曜日、私は元夫と鉢合わせに、1階のエレベーターホールでばったり会った。元夫たちは一緒にエレベーターから降りてくるところで、私はエレベーターを待っているところだった。お互いばっちり視線が合い、言い逃れはできそうにない。

「あれ? 香おりじゃん。お前ここで何してるの?」

先に口を開いたのは元夫。続いて愛。

「え、かおりさんも来てお祝いしてくれるんですか? 私たちの可愛いベビたん、見たかったんですよね」

声は明るく甘ったるく、顔は笑顔なのに目は全然笑っていない。

「え、マジ? お前、招待してないのに参加しに来たの? 見学? タワマン見たくて来たの? それとも俺らのプリンス?」

いちいち赤ちゃんのことを「ベビたん」とか「プリンス」とか言われるとイラっとする。

「違うって。あのさ、私エレベーターを待っていただけですから」

私は意識して途中から丁寧な口調に変える。直しは元夫だけど、今は赤の他人だし、ここで騒ぎを起こすのも嫌だった。

「は、それって結局俺の家に来るつもりだってことじゃん。バカだな、香おり。変な意地を張るなよ。俺らが超高級の新築タワマンに住んでることも、可愛いプリンスが生まれたことも、羨ましくって仕方がないんだろう。俺のこともまだ愛していて寂しくなったんだろう。素直にさ、俺のことを一目見たかったって言えばいいじゃん」

「かおりさん、ダメですよ。いくらなおさんを愛していても、今結婚しているのはこの私ですからね。勝手に家に押しかけてくるとか犯罪ですよ」

「お、焼きもちか。あいちゃんは本当に可愛いな。そんなわけでさ、香おり、悪いけど、俺にはあいちゃんとプリンスが一番だから、お前はお呼びじゃないんだ」

半年ぶりに会った元夫だけど、相変わらず発想が異次元だ。愛も会話が通じる気が全くしない。この元夫にこの浮気相手、ある意味お似合いだ。でも私は元夫に貴重な20代を捧げてしまったことを、今更ながら本気で後悔した。直しと付き合ってたことも結婚してたことも親友にすら恥ずかしい。黒歴史すぎて闇に葬りたい。もっと早く別れればよかったわ。面倒だとか理由をつけないでさっさと別れていたら、こんな風に元夫と浮気相手から検討違いなことを言われなかっただろう。

私も私でショックを受けていたけど、元夫も私の言葉にカチンと来たらしい。

「なんだと? お前マジで可愛げないな。あいちゃんを見習えよ。焼きもちですら可愛いんだぞ。出産したばかりなのに俺のためにちゃんとおしゃれに気を使って、本当にいい女だと思わないか? お前はさ、すっぴんにそんな安物の服を着て恥ずかしくないの?」

「ちっとも恥ずかしくないですけど。だってコンビニ行ってきただけだし」

私の格好はシンプルな白いTシャツにジーンズだ。でもボロボロなわけではないし、ちゃんと洗濯してある。

「どういう了見だよ。俺がお前に愛想がつきたの? もういいや。どうせお前とはもう関係ないし、さっさと家に帰れよ」

私のそっけない言い方に元夫は苛立ち、まるで犬や猫を追い払うように「しっしっ」と手を振った。

「いや、ここは私の家ですけど。だからエレベーター待ってたの」

「は? なんで? 嘘だろ?」

「かおりさん、その冗談笑えませんけど」

二人の全く信じてなさそうな表情を見て、私はしょうがなく説明する。

「私、半年前から両親とこのタワマンに住んでいるの。父がね、ここの地主で、土地売却の話が来た時、よかったらタワマンに住んでみないかって営業をかけられたらしいんだ。年を取ってからは一軒家よりも管理人のいるタワマンの方が便利だからって」

と言っても、タワマンの敷地全部がうちの土地だったわけでなく、一部だけだ。それでも実家には十分な売却代金が入り、加えて売却時の交渉で相場よりかなり安く高層階に入居することができた。

「は? なんだよお前んち。土地持ちでそんな金あるのかよ。だったら別れなかったし。今からでも慰謝料返せよ。財産分与する必要なかったじゃん」

「それとこれとは別問題でしょ。慰謝料はあなたたちの浮気の結果だし。財産分与だって私たち夫婦の財産なのよ」

私はため息をつく。ちらっと見ると、何も言わない愛がブツブツ一人で呟いていた。

「まさかかおりさんが住んでいるなんて。完全に勝ったと思ったのに」

愛は私を睨みながら言った。

「でもかおりさんにはベビたんもいないし、愛するダーリンもいないじゃないですか。私まだ負けてませんから」

「あのさ、私初めから愛と勝負なんてしていないし。むしろ直しと別れるきっかけを作ってくれて感謝しているの。ああ、それから私の家、明日引っ越すから、もう会うことはないと思うわ」

「え、なんで? せっかくタワマンに住んでいるのに」

二人は驚いていたが、私は肩をすくめる。

「価値観の違いかしらね。私の実家には向いてなかったのよ。住んでみて実感したけど、タワマンでは外に洗濯物を干せないのだ。高層階は安全のためにベランダも設置されていないし、窓も一部しか開けられない。洗濯物や布団を太陽の光と自然の風で乾かしたい私や母には向かなかった。そのくせ遮るものがないから日差しは強烈で、エアコンをつけても暑すぎる。地震の時は震度3でも結構揺れる。あえて建物を揺らせることで崩壊を防ぐ制振構造になっているらしく、高層階は揺れが大きくなるらしい。めちゃくちゃ怖かった。何よりストレスなのは毎日のエレベーター。朝は住人の通勤通学でかなり密になるし、各階に止まるから時間がかかる。売り文句の駅から徒歩3分なんて、エレベーターの中で終わる。タワマンならではのデメリットが気になりすぎて、私たちはやっぱり普通の庭付き一戸建てに住むことにしたのだ。幸い人気物件だし、住んでいた部屋は買った値段とほぼ同額ですぐに売れた」

私がくどくど説明していると、元夫も愛もニヤニヤと嬉しそうな顔をする。

「はあ。じゃあもう二度と会うこともないな。つまりお前んちみたいな庶民にタワマンは不相応だったってことか。俺みたいなエリートのセレブ家族にこそタワマンにふさわしいもんな」

何をどうしたらそういう解釈になるのか。やっぱり理解できないけど、一つだけ分かった。私が嫌になって諦めたのは、あなたのそういうところよ。見えっ張りで、そのくせ全然実力が伴わないこと。努力をしようとも変わろうともしないこと。私はそんなあなたに親友としても愛想がつきたの。でもね、もういいの。あなたは治らないから。だからさようなら。

私はさっきの元夫の言葉をなぞって、そっくりそのまま返してやった。そして、こちらを睨んでくる愛を横目に、ちょうど来たエレベーターに乗り込む。扉が閉まる直前、私は最後に付け加えた。

「は、そうそう。本当にあなたの子なのかしらね」

「どういう意味だよ」

夫は嫌な顔で私を見た。

「言葉通りよね。愛、あなたなら意味が分かるわよね」

それで扉が閉まったから、後のことは分からない。実は、子供ができなくて悩んでいる時、私は婦人科で検査を受け、私には問題ないとの結果が出ていた。となれば、夫に問題があるのかもしれないと思ったが、夫は絶対に検査を受けなかった。だから私は最後にカをかけたのだ。

その後、出産パーティーに行った私と優香の共通の友人から聞いた話だ。タワマンに住んでいると言いながら、元夫が住んでいたのは3階だった。さらに高額なプレゼントや参加費を要求したくせに、出された食べ物はポテチや煎餅などの駄菓子だけ。友人がそれとなく文句を言うと、愛は「私のベビたんを間近で見られることに感謝してお金を払うのが当然でしょう」と言ってブチ切れたらしい。一気に険悪な雰囲気となって、元夫が仲裁に入ったものの、さっきの私の意味深発言のせいもあったか、結局元夫と愛が物を投げ合う大喧嘩をし、大変な修羅場になったそうだ。

どうやら元夫と愛はタワマンに無理して入居したものの生活が苦しく、理由をつけて友人たちからお金を巻き上げようとしていたようだ。自爆して元夫が話してしまったらしく、友人たちも激怒して帰ったそうだ。

私はといえば、無事に引っ越しが終わって庭付き一戸建てに実家の家族と住むようになり、最近可愛い子猫を飼い始めた。私たちが住んでいたタワマンには、次々と大規模な欠陥や違法な工法が見つかったそうで、ニュースで連日報道されていて、今は売りたくても売れないらしい。

私たちは意外と運が良かったのかもしれないね、と家族で話した。今私はとても幸せだ。夫と縁が切れ、平穏な日々が手に入った。休みの日の昼下がり、すっかり乾いた洗濯物を畳んでいると、子猫が洗濯物の上で眠ってしまうことがある。寝顔が本当に可愛くて、今日もいい一日だったなと思う。

Thumbnail