「母さんはもう親じゃないから。今月中に出ていってください」…

「母さんはもう親じゃないから。今月中に出ていってください」...

「母さんはもう親じゃないから。」

その言葉を聞いた瞬間、手に持っていた茶碗が滑り落ちました。カチッと乾いた音だけが、静まり返った食卓に響きます。

私は藤巻吉鶴、68歳。3年前に会計事務所を畳んでから、息子夫婦と同居していました。今日も朝から孫のお弁当を作り、掃除洗濯を済ませ、夕食の準備をしていたところでした。

「え…今日一、今何と言ったの?」

息子の教一は、まるで他人事のような顔で続けます。

「だから、もう母さんとは暮らせないんだ。リナの両親と一緒に住むことにしたから」

隣では、嫁のリナさんも当然だとばかりに頷いています。

40年前、夫を亡くしてから必死に教一を育ててきました。深夜まで働き、大学まで出し、結婚の時には援助もしてきたのに。

「どうして急に…私、何か悪いことでもしたの?」

「悪いとかじゃなくて、もう親じゃないってこと。リナの両親の方が何かと都合がいいんだよ」

私の中で、何かが音を立てて崩れていくような気がしました。

その夜、眠れずに過去を思い返していました。教一が5歳の時、夫が交通事故で亡くなりました。悲しんでいる暇もなく、私は会計事務所を立ち上げ、朝から晩まで働きました。深夜に帰宅すると、幼い教一が駆け寄ってくる姿が今でも目に浮かびます。

大学の費用800万円も喜んで出しました。就職が決まった時は、自分のことのように嬉しかったものです。結婚する時には援助金として500万円、マイホームの頭金にも1000万円を惜しみなく提供しました。

「母さんのおかげで今の生活があるよ」

あの時の教一の笑顔を信じていたのに。現在も月15万円の生活費を援助し、週に1度は孫の世話をしています。朝5時に起きてお弁当を作り、習い事の送り迎えも全て私がやってきました。

それなのに、「もう親じゃない」なんて。

会計事務所を経営していた40年間、お客様のために誠実に働いてきました。引退してからは、息子家族のためだけに生きてきたつもりでした。今まで何のために頑張ってきたのでしょうか? 私の人生は一体何だったのでしょうか?

涙が止まりませんでした。でも、泣いている場合ではありません。これからどうすべきか、冷静に考えなければ。

翌朝、重い気持ちで朝食の準備をしていると、リナさんが台所にやってきました。

「お母さん、ちょっといいですか?」

振り返ると、リナさんは腕を組んで立っていました。

「正直に言いますけど、お母さんって邪魔なんです」

私は手を止めて、リナさんを見つめました。

「邪魔…ですか?」

「そうです。うちの両親は現役で病院を経営してるし、品もいいし、孫の教育にもプラスになるんです。でもお母さんは…」

リナさんは私を上から下まで見て、鼻で笑いました。

「古臭いし、センスもないし。はっきり言って恥ずかしいんです」

朝食を食べに降りてきた教一も、リナさんの言葉に同調します。

「母さんは確かに古い考えだよな。今時、朝からこんな和食を作る人いないよ。リナの実家じゃオーガニックのパンとサラダだって」

私が作った味噌汁を見て、教一は眉をひそめました。

「それに、この味噌汁いつも味が濃いんだよ。健康に悪いって分からない?」

「でも教一は、昔からこの味が好きだって…」

「昔の話でしょう。人の好みは変わるんだよ」

それから2人の理不尽な要求は、日に日にエスカレートしていきました。

まず物の置き場所への文句から始まりました。

「お母さん、この花瓶のセンスありえません。昭和の骨董品みたい」

それは、亡き夫との思い出の花瓶でした。家族の写真も「部屋の雰囲気に合わないから片付けてください」と、邪魔物扱いです。

次に、私の存在そのものを否定し始めました。

「お母さんがいると、友達を呼べないんです。恥ずかしくて。孫もおばあちゃんの価値観に影響されたら困るし」

ある日、リナさんがママ友を家に招いた時のことです。

「あら、同居されてるの? 大変でしょ」

ママ友の言葉に、リナさんは大げさにため息をつきました。

「本当に大変なの。古い考えを押し付けてくるし、私たちの教育方針と合わないし。うちなんて、特養に入ってもらうのが一番いいと思ってるのよ。その方がお互いのためよ」

「そうよね。私も早くそうしたいんだけど」

私は隣の部屋でその会話を聞いていました。胸が締めつけられるようでした。

教一も、職場の同僚との電話で私のことを話しているのを聞いてしまいました。

「うちの母親がさ、ちょっと面倒で。認知症じゃないかって心配してるんだ」

認知症? 私は会計事務所を経営していましたし、今でも家事を完璧にこなしているのに。

「昔の話ばかりするし、新しいことについていけないんだよな」

ある夕食の時、教一が唐突に言い出しました。

「母さん、施設とか考えたことない?」

「どうして…?」

「いや、その方が母さんも楽だろ。同年代の人もいるし」

リナさんも追い打ちをかけます。

「そうですよ。今は素敵な施設がたくさんあるんです。カラオケとか体操とか、楽しそうですよ」

「でも、私はまだ元気だし、みんなの世話なんていりません」

リナさんが声を荒げました。

「はっきり言います。お母さんがいない方が、家族は円満なんです」

教一も冷たく言い放ちます。

「母さんがいると孫もストレス溜まるし、子供にも良くない。分かってよ」

私は震える声で聞きました。

「私は…この家にいてはいけないの?」

「いけないとかじゃなくて、いない方がいいってこと」

2人は、まるで物を処分するかのように私の存在を否定しました。

そんなある日、孫の授業参観がありました。

「お母さんは来なくていいので」

リナさんがきっぱりと言いました。

「どうして? いつも楽しみにしているのに」

「だから、それが迷惑なんです。うちの両親が来るので」

当日、学校の前でリナさんの両親を見かけました。確かに立派な方々でしたが、孫への接し方は事務的で冷たいものでした。それでもリナさんは、まるで宝物のように両親を扱っていました。

別の日、教一の会社の同僚家族とバーベキューをすることになりました。

「母さんは遠慮して」

教一があっさりと言いました。

「料理の準備くらい手伝うわ」

「いらない。リナの両親が高級なお肉を用意してくれるから。母さんの田舎料理じゃ恥ずかしい」

田舎料理。私が心を込めて作る料理を、息子はそう呼んだのです。

理不尽な扱いは金銭面にも及びました。

「お母さん、生活費をもう少し入れてもらえませんか?」

すでに月15万円も渡しているのに、リナさんはさらに要求してきました。

「食費も光熱費も上がってるんです。20万円は必要です」

「でも…私は年金生活で…」

「会計事務所やってたんでしょ? 貯金あるはずです」

教一もリナさんの味方でした。

「そうだよ。僕らだって生活大変なんだ。親なら助けるのが当然でしょう」

親なら当然。でも、「もう親じゃない」と言ったのは誰だったでしょうか?

長年この家族のために尽くしてきた私の人生を、彼らは一瞬で踏みにじったのです。私の存在価値を完全に否定し、ただの邪魔物扱い。こんな仕打ちを受けるために、40年間も頑張ってきたわけではありません。もう限界でした。

その日の夜、教一とリナさんに呼ばれてリビングに行くと、2人は何やら書類を広げていました。

「母さん、大事な話があるんだ」

教一の表情は、まるでビジネスの交渉をするかのように事務的でした。

「これから先のことを、きちんと決めようと思って」

リナさんが書類を私の前に押し出しました。

「お母さんの財産、整理した方がいいと思うんです」

私は書類を見て息を飲みました。会計事務所の売却に関する資料でした。

「どういうこと? 私の事務所を勝手に…?」

「勝手に売るんじゃないよ。もう使ってないんだから、売った方が合理的でしょ」

教一は当然のように言いました。

「それに、母さんの貯金や資産も、僕らが管理した方が安心だよ。高齢者の詐欺被害っていうのもあるし」

「私は会計のプロよ。自分のお金くらい管理できます」

「プロだったのは昔の話でしょ。今は違う」

リナさんが勝ち誇ったように微笑みました。

「それに、財産管理をお願いしたら、その分生活費も面倒見てあげますから。月10万円あれば十分でしょう? 食費と小遣いくらいでしょ」

私は耳を疑いました。

「10万円? それで私はどこで暮らすの?」

「だから、施設でも探せばいいじゃん」

教一は面倒臭そうに言いました。

「安いところなら、月10万で入れるところもあるよ」

「待って。私が今まで援助してきたお金は…毎月15万円も渡してきたのよ」

「それは今までの話。これからは立場が変わるんだ」

教一の次の言葉が、私の心に決定的な傷を負わせました。

「母さん、もう親じゃないんだから、これ以上甘えないでよ」

「甘える? 私が甘えてるっていうの?」

「そうだよ。いつまでも俺たちに頼って、自立しようとしない」

リナさんも追い打ちをかけます。

「そうそう。いい年なんですから、自立してください」

「教一、本気で言ってるの? あなたを育てるために、どれだけ苦労したか…」

「昔の話はもういいよ。今は今、これからはこれから」

教一は書類をトントンと指で叩きました。

「とにかく、事務所は売却。貯金は僕らが管理。母さんには月10万円。これで決まり」

「私の気持ちは? 私の人生は?」

「人生? 大げさだな。もう68歳でしょ。そろそろ引退してもいい頃じゃない」

リナさんが立ち上がりました。

「あ、そうそう。出ていくなら、今月中にお願いしますね。うちの両親が来月から同居するので。引っ越しの準備もあるでしょうから、早めに行動してくださいね」

2人は、まるで不用品を処分するかのように私を追い出そうとしていました。

「教一、お母さんのこと、本当に…」

「だから、もう親じゃないって言ってるでしょ」

教一はイライラしたように声を荒げました。

「いつまでも母親ヅラしないでよ。こっちにも生活があるんだから」

その瞬間、私の中で何かが完全に切れました。42年間、全てを息子に捧げてきた私の人生。それが「親じゃない」の一言で終わるなんて。

私は静かに立ち上がり、2人を見据えて言いました。

「わかりました」

私の冷静な返事に、教一とリナさんは一瞬呆気に取られました。

「え…本当に? 意外とあっさりしてるね」

教一が拍子抜けしたように言いました。

「もう親子じゃないんですものね。他人同士、これ以上一緒にいる理由もありません」

私は静かに自室へ向かいました。部屋に入ると、すぐに荷物をまとめ始めました。大切な写真と最低限の衣類だけ。40年間の思い出は、もうこの家には必要ないのでしょう。

翌朝、5時にいつものように起きましたが、もう朝食を作る必要はありません。「お世話になりました」と置き手紙を残し、私は家を出ました。教一もリナさんも、まだ寝ているようでした。

まず向かったのは、長年使い慣れた会計事務所でした。3年前に引退してからも、月に1度は様子を見に来ていた場所です。ここで40年間、事務所の鍵を開けると懐かしい匂いがしました。でも感傷に浸っている暇はありません。

私は古い金庫を開けました。そこには、誰にも話していない書類が保管されていました。

亡き夫の生命保険金3000万円。これは教一のためにと思い、手をつけずに運用してきたものです。今では5000万円になっていました。

そして3年前の事務所売却の話。実は正式な売却ではなく、信頼できる後輩に経営を任せただけで、私はまだオーナーでした。その賃貸収入が月50万円。何年分かで1800万円が別口座に溜まっています。

さらに投資信託で運用していた資金が3200万円。全て合わせると、ちょうど1億円です。教一には内緒にしていたけれど、もう関係ありません。

次に向かったのはメインバンクでした。

「藤巻様、おはようございます。今日はどのようなご用件で?」

顔馴染みの銀行員が笑顔で迎えてくれました。

「全ての口座を整理したいのです」

「整理ですか…?」

私は事情は話さず、淡々と手続きを進めました。まず、息子名義の教育資金贈与信託2000万円の解約です。これは孫の教育資金として積み立てていたものでした。

「解約されるんですが…お孫さんの教育資金では…」

「事情が変わりましたので」

銀行員は不思議そうな顔をしましたが、私の意思が固いことを察したのでしょう。素直に手続きを進めてくれました。

次に、各資産1億円を新しい口座に移し替えました。

「こちらの口座は、私個人のものとして管理します。家族にも一切教えないでください」

「承知いたしました。セキュリティも万全にいたします」

続いて、今まで教一に渡していた月15万円の自動振り込みも停止しました。

「本当に停止してよろしいですか?」

「はい、今月分からお願いします」

銀行員は心配そうでしたが、私の表情を見てそれ以上は聞きませんでした。

手続きが全て終わった時、時計は午後2時を指していました。

「藤巻様、失礼ですが…何かあったのですか?」

長年お世話になった支店長が、心配そうに声をかけてきました。

「いえ、ただ人生の整理をしているだけです」

「そうですか…何かお困りのことがあれば、いつでもご相談ください」

「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」

銀行を出ると、秋の風が心地よく感じました。スマートフォンを取り出すと、教一から着信が5件、メッセージが10件も入っていました。

「母さん、どこ行った?」「朝食は?」「なんで黙って出ていくんだよ」

私は全て無視して、電源を切りました。もう親じゃないんですものね。

次は高級老人ホームの見学です。以前から気になっていた駅前の施設を訪れました。

「見学ご希望ですか? 是非ご案内させていただきます」

明るい職員さんに案内されて、施設内を見て回りました。個室は広く、共用施設も充実しています。

「入居費用はどのくらいですか?」

「入居一時金が2000万円、別途月々の利用料が25万円となっております」

「すぐに入居できますか?」

「現在は満室ですが、来月には1部屋空く予定です」

「では、仮予約をお願いします」

1億円あれば、ここで優雅な老後を送れます。誰に遠慮することもなく、自由に。

夕方、全ての手続きを終えてビジネスホテルにチェックインしました。部屋に入ってベッドに腰を下ろすと、急に涙が溢れてきました。悲しみではありません。これは解放感でした。

もう誰のために生きる必要もない。私は、私の人生を取り戻したのです。

翌朝、ホテルで朝食を取っていると、スマートフォンの電源を入れました。すぐに着信音が鳴り響きます。教一からでした。

「もしもし? 母さん、どこにいるんだよ。銀行から連絡があって…」

教一の声は明らかに動揺していました。

「教育資金贈与信託を解約したって、どういうことだよ?」

「親じゃない人間が、なぜ孫の教育資金を用意する必要があるのですか?」

「え? いや、それは…」

「あなた方の言う通り、私はもう他人です。他人の子供にお金を出す理由はありませんよ」

電話の向こうで、リナさんの叫び声が聞こえました。

「ちょっと、月15万円の振り込みも止まってるじゃない!」

教一が慌てたように続けます。

「母さん、話が違うじゃないか。お金の管理は僕らがするって…」

「あなたが管理するのは、あなたのお金だけで十分でしょう」

「でも、母さんの貯金は…」

「それがどうかしましたか?」

「いや、だから僕らが管理するって話だったじゃない」

私は冷静に答えました。

「他人の財産を管理する権利が、あなたにあるのですか?」

「他人って…母さん!」

「もう親じゃないと言ったのは、あなたです。私はその通りにしているだけですよ」

1週間後、息子夫婦が必死になって私を探し回っているという話が、知人を通じて聞こえてきました。会計事務所にも行ったようですが、後輩が対応してくれたそうです。

「藤巻所長ですか? 申し訳ございませんが、個人情報はお教えできません」

「僕は息子なんだ!」

「息子さんですか? でも所長からは、家族はいないと聞いておりますが」

その頃、私は新しい生活の準備を着々と進めていました。まず会計事務所を正式に売却することにしました。後輩が適正価格の5000万円で買い取ってくれることになりました。

「藤巻さん、本当に売却されるんですか?」

「ええ、もう思い残すこともありませんから」

次に、今まで住んでいた自宅の権利書を確認しました。名義は私になっています。これも売却すれば、3000万円にはなるでしょう。

2週間後、教一から一通のメールが届きました。

「母さん、1度会って話をしたい。リナも反省している。頼む」

私は短く返信しました。

「申し訳ありませんが、どちら様ですか?」

すぐに電話がかかってきました。

「母さん、何を言ってるんだよ!」

「私には息子はいません。もう親じゃないと絶縁されましたから」

「あれは…カッとなって言っただけで…」

「カッとなって、42年間の親子関係を否定されたのですね」

「違う! そうじゃなくて…」

背後でリナさんの声がしました。

「お母さん! お金のことは全部、なかったことにしますから!」

私は静かに言いました。

「お金の問題ではありません。あなた方は私を他人だと明言しました。私もそれを受け入れただけです。これからの生活は、あなた方が何とかしてください。私には関係ありません」

その後、さらに衝撃的な事実が判明したようです。リナさんの両親は、表向きは現役の病院経営者ということになっていましたが、実は多額の借金を抱えていたのです。病院経営に失敗し、自己破産寸前。息子夫婦に同居を持ちかけたのも、住む場所を失いそうだったからでした。

3週間後、教一から泣きそうな声で電話がありました。

「母さん、リナの両親の借金の保証人に、僕がなってたんだ…」

「そうですか。大変ですね」

「大変なんてもんじゃない! 家を売っても足りないんだよ! お願いだ、母さん、助けてよ!」

「どうして私が?」

「だって…親子じゃないか!」

私は静かに笑いました。

「今更、都合よく親子ですか? あなたは言いましたよね。もう親じゃない、これ以上甘えるな、自立しろと」

「あれは間違いだった! 謝るから!」

「謝罪は結構です。あなたも言っていたでしょう。今は今、これからはこれから、と」

教一の声は完全に泣き声になっていました。

「お願いだ! 助けてくれ! リナさん!」

「あなたももう42歳ですよ。自立する良い機会ではないですか」

「母さん…!」

「それから、私の家の権利書も確認しておいてください。あの家は私の名義ですから、来月には売却します。出ていく準備をしておいてくださいね」

「え…?」

「あなた方が私に言ったように、来月までに出て行ってください、ということです」

電話の向こうで、リナさんの悲鳴が聞こえました。最後に教一が言いました。

「母さん、僕が悪かった。もう1度、やり直そう」

「やり直す? 何をですか?」

「親子関係を…」

「1度切れた縁は、そう簡単には戻りません。あなたが教えてくれたことです」

私は静かに電話を切りました。窓の外を見ると、秋晴れの空が広がっていました。来月には、高級老人ホームへの入居が決まっています。新しい生活が始まるのです。誰に気を使うこともなく、自分のペースで、自分のために生きる生活が。

高級老人ホーム「グランドヒルズ」の入居日。私は新しい人生の第一歩を踏み出しました。

「藤巻様、ようこそお待ちしておりました」

施設長自ら出迎えてくださり、私の部屋へ案内してくれました。南向きの明るい個室。ベランダからは美しい庭園が見渡せます。

「素敵なお部屋ですね」

「ありがとうございます。何かご不明な点があれば、いつでもお申し付けください」

片付けを終えて、共用のラウンジでお茶を頂いていると、同年代の女性が声をかけてきました。

「新しく入居された方ですか? 私は隣の部屋の石川です」

「藤巻です。よろしくお願いします」

石川さんは元大学教授で、話していてとても知的で楽しい方でした。

「ここは本当に自由でいいですよ。誰にも干渉されず、好きなことができます」

その言葉通り、新しい生活は想像以上に充実していました。朝は書道教室、午後は絵画サークル。ずっとやりたかった油絵を始めました。夕食後は図書室で読書。息子家族と暮らしていた時は、自分の時間など全くありませんでしたが、今は違います。全ての時間が私のもの。誰に遠慮することもない、本当の自由を手に入れたのです。

入居から1ヶ月が経った頃、フロントから連絡がありました。

「藤巻様、ご面会の方がいらっしゃっています」

ロビーに行くと、やつれ果てた教一が立っていました。

「母さん…」

「どうされましたか?」

教一は土下座をしました。ロビーにいた他の入居者の方々が驚いて見ています。

「母さん、本当にすみませんでした。僕が間違ってました」

「ここで土下座されても困ります。他の方の迷惑になりますから」

私は冷静に、個室へ案内しました。

「母さん、実は…家を差し押さえられて…」

「そうですか」

「リナとは離婚することになって、親権も取られて…」

教一の話によると、リナさんの両親の借金は想像以上に膨大で、教一の給料では到底返済できない額だったそうです。リナさんは実家の問題から逃げるように、子供を連れて出ていったとのこと。仕事も、保証人になったことが会社にばれて…。

「大変でしたね」

「母さん、お願いです。もう一度、親子として…」

私は静かに首を横に振りました。

「教一さん、あなたは私に言いましたよね。もう親じゃない、と」

「あれは本心じゃなかった!」

「本心でなくても、言葉には責任が伴います。あなたも社会人なら分かるでしょう」

「でも…」

「私はもうここでの生活に満足しています。新しい友人もでき、趣味も楽しんでいます」

教一は泣きながら言いました。

「僕には、もう母さんしかいないんです…」

「あなたにはまだ人生があります。42歳、やり直すには遅くありません。私も28歳で夫を亡くし、1人であなたを育ててきました。あなたにもできるはずです」

「母さん…」

「私には、私の生活があります」

教一は肩を落として帰って行きました。その後ろ姿を見て、少し胸が痛みましたが、もう後戻りはできません。いえ、する必要もないのです。

その夜、石川さんと夕食を共にしました。

「藤巻さん、何かあったの? 少し顔色が…」

私は事情を話しました。石川さんは深く頷きました。

「藤巻さんの決断は、正しいと思います。私も似たような経験があります」

「そうなんですか?」

「ええ。子供は時に、親を都合の良い存在としか見なくなることがあります。でも親にも、自分の人生があるんです」

石川さんの言葉に、私は救われた気がしました。

3ヶ月後、私の油絵の作品が文化祭で入賞しました。

「藤巻さん、素晴らしい! 才能が開花しましたね!」

仲間たちの温かい祝福を受けて、私は心から幸せを感じました。これが本当の人生なのだと。

ある日、散歩していると偶然昔の知人に会いました。

「あら、吉鶴さん? お元気そうで何より」

「ええ、今は本当に充実しています」

「息子さんは?」

「さあ、もう関わりがありませんから」

知人は驚いた顔をしましたが、すぐに理解したようでした。

「そう…。吉鶴さんが幸せなら、それが一番ね」

私は今、心から幸せです。誰かのためではなく、自分のために生きる喜びを知りました。毎朝目覚めると、「今日は何をしようか」とワクワクします。絵を描いたり、読書したり、友人とお茶を楽しんだり。全てが私の選択、私の時間です。

時々、教一からメールが来ますが、もう返信はしていません。

「母さん、元気ですか? 僕は今、コンビニでバイトしています。少しずつですが、生活を立て直しています。いつか必ず、母さんに認めてもらえる人間になります」

成長したようですが、もう私には関係のないこと。親子の縁は、あの日教一自身が切ったのですから。

私、藤巻吉鶴の決断は、親の尊厳を守る勇気ある行動だったと思います。子供のためと我慢し続ける必要はありません。自分の人生は自分のもの。理不尽な扱いを受けたら、毅然とした態度を取ることも大切です。「親じゃない」と言われたら、その通りに行動する。それは復讐ではなく、自分を大切にする選択なのです。

私が学んだのは、どんな年齢になっても自分の幸せを追求する権利があるということ。そして本当の幸せは、誰かに依存するのではなく、自立した生活の中にこそあるのだと実感しています。

今日も私は、ベランダから美しい夕日を眺めています。胸を張って言えます。私は今、完全な勝利者であり、真に自由で幸せな人生を送っていると。

もしこの物語を聞いてくださっているあなたが、理不尽な扱いを受けているなら、1人で我慢する必要はありません。自分の尊厳を守り、自分の幸せを追求する勇気を持ってください。人生は一度きり。誰のためでもない、自分のための人生を生きる権利が、あなたにもあるのですから。

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