祝賀会の乾杯の挨拶で、新社長が上場企業の名前だけを次々と挙げていく。私の会社は功績どころか名前すら出ない。直接問い詰めると、彼は鼻で笑った。「上場もしていない中小企業まで紹介してたら時間がかかるでしょう。悪く思わないでくださいね」そして最後に、こう付け加えた。「特許使用料は直ちに半額にしてもらいます」。技術の重要性も契約書も何も理解していない新社長に、私は静かに会場を後にした。その数日後、彼…

祝賀会の乾杯の挨拶で、新社長が上場企業の名前だけを次々と挙げていく。私の会社は功績どころか名前すら出ない。直接問い詰めると、彼は鼻で笑った。「上場もしていない中小企業まで紹介してたら時間がかかるでしょう。悪く思わないでくださいね」そして最後に、こう付け加えた。「特許使用料は直ちに半額にしてもらいます」。技術の重要性も契約書も何も理解していない新社長に、私は静かに会場を後にした。その数日後、彼...

私は望月、42歳。従業員10名の産業用冷凍設備メーカーを経営している。3年前、電力消費を40%削減する画期的な冷却装置を開発し、特許を取得した。食品工場の電気代を根本から解決できる技術だ。

2年前、大手食品メーカーの仙台社長から直接連絡が来た。「望月さんの冷却装置を是非うちで使わせていただきたい。その技術を進行中の合同プロジェクトの中核に据えたいんです」と。仙台社長は技術への理解が深く、特許冷却装置の価値を正しく評価してくれる人物だった。特許使用の契約内容も極めてこちらに有利で、不当な値下げ要求があった場合は契約解除できる特別条項や、最終調整は我が社が実施するという条項も盛り込まれた。仙台社長は俺への信頼と技術の重要性から、この異例の契約を実現してくれたのだ。

合同プロジェクトには上場している大手建設会社や大手機械メーカーも参加する。上場企業の1つである大手建設会社の桐務氏、大手機械メーカーの東場部長とは打ち合わせで何度も顔を合わせた。2人とも技術に対する理解が深く、俺の特許冷却装置の重要性を正しく評価してくれる。中小企業の俺にとってこれは大きなチャンスになる。俺は期待に胸を膨らませながら契約書にサインした。

合同プロジェクトは順調に進み、俺の特許冷却装置も無事に設置される。そして、いよいよ完成披露の祝賀会が開催されることになった。プロジェクト開始時から高齢だった仙台社長は世代交代を計画していた。近々引退し、後任には息子の武彦が就任するという。業界の噂では、武彦は欧米のMBAを取得後、大手コンサルティングファームで働いていたエリートだという。数字とロジックで全てを判断するのが武彦の流儀らしい。父である仙台社長の人情重視の経営を古いと公言し、上場企業との関係強化による企業価値向上を最優先課題としていると聞いた。さらに武彦は外部の経営コンサルタントを雇い、全てのコスト構造を見直すプロジェクトを進めているらしい。仙台社長が息子にきちんと引き継ぎをしているはずだと信じたいが、俺は少なからず不安を覚えていた。

祝賀会当日、俺は会場のホテルに到着した。受付で配られた式次第を見ると、本来挨拶する予定だった仙台社長の名前に線が引かれ、「体調不良のため欠席」と手書きで追加されている。大病でなければいいがと仙台社長の身を案じつつ、バンケットホールに入ると、壁に合同プロジェクトに参加した企業名が掲示されているのが目に入る。上場企業の名前が並んでいるが、何度確認しても俺の会社名はどこにもない。俺が戸惑っているうちに祝賀会は始まり、新社長となった武彦が乾杯の挨拶を始めた。

武彦は高級スーツに身を包み、どこか傲慢な雰囲気を漂わせている。「この合同プロジェクトによる新工場建設が完了しました。この成功は上場企業様のおかげです。乾杯」と、武彦は挨拶の中で上場する大企業の名前だけを次々と挙げ、プロジェクトへの貢献を賛美していく。俺の会社は功績どころか名前すら紹介されない。仙台社長にプロジェクトの要だとまで言われ、中小企業でありながらも誇りを持ってその一員として参加したはずなのに、完全に無視されているのだ。

挨拶が終わると、桐務が困惑した表情で武彦に近づく。「社長、望月さんの会社名が掲示にも挨拶にもありませんでしたが」と問いかけると、武彦は桐務を軽く手で制した。「桐務さん、対外的なアピールの問題です。細かい下請けまで全部紹介していたら時間がかかるでしょう。望月さんの技術は、それは社内の技術的な話。今日は株主や銀行関係者も来ています。上場企業との連携をアピールする場なんですよ」と、武彦は笑顔のまま、しかし言葉を言わせぬ雰囲気で桐務を黙らせた。東場部長も何か言いかけたが、新社長の威圧的な雰囲気に押され、結局何も言えない。

俺は居たたまれない気持ちで武彦の元へ向かった。「社長、少しお時間よろしいでしょうか?」と俺が声をかけると、武彦はめんどくさそうに振り返った。「ああ、どちら様でしたっけ?」「望月と申します。今回の合同プロジェクトで特許冷却装置の設置を担当したものです」と俺が説明すると、武彦は鼻で笑った。「ああ、あの機械ね」。

俺は怒りを抑えることなく武彦に言った。「先ほどの挨拶ですが、我が社については一言も触れられませんでした。壁に掲示された参加企業の中にも我が社の名前が見当たりません。これは一体どういうことですか?」「上場もしていない中小企業まで紹介してたら時間がかかるでしょう。我が社としては対外的には上場企業との協力関係をアピールしたいんでね」と武彦は口元に薄笑いを浮かべている。その言葉に俺は耳を疑う。「悪く思わないでください。プロジェクトに参加しているとはいえ、末端の下請け企業に過ぎないでしょうから」。

俺は冷静さを保ちながら反論した。「我が社の特許冷却装置はこの工場の心臓部を担っています。仙台社長も重要性を理解してくださり……」と言いかけると、武彦は哀れむように俺を遮る。「親父は非常に熱い、古い人間というだけです。私は上場を目指しています。そのためには企業価値を高め、大手企業との戦略的パートナーシップを強化する必要がある。中小の下請けとの関係はあくまでコスト効率で判断すべきです。これは経営コンサルタントからも強く推奨されています。ところで、その特許の契約料、いくらでしたっけ?」「特許の独占使用の契約で、工場の年間売上高の8%です」と俺が答えると、武彦は目を見開いた。「はあ、8%だって? そんな法外な特許使用料なんて聞いたこともないぞ。高が冷却装置にそんな高額な特許料を払う必要はない。直ちに特許使用料を半額にすることを要求させてもらう」。

俺はこの瞬間、武彦が何も理解していないことを悟った。この契約は俺の技術が工場の競争優位性の核であり、代替不可能だからこそ実現したものだ。高いとはいえ相場を大きく上回るものでもない。特許技術の価値も独占供給契約の意味も、武彦という男は何ひとつ把握していない。その瞬間、桐務が再び声をあげた。「社長、それはいくら何でも理不尽では?」東場も桐務に同調するように口を開く。「社長、望月さんの技術がなければこの工場は成り立たないんですよ」。しかしただ彦は穏やかな口調ながらも2人を制した。「桐務さん、東場部長、ご心配ありがとうございます。ただ経営判断については私にお任せいただけますでしょうか?」上場企業の重役たちには丁寧な態度を取りながらも、明らかに意見を封じている。

俺は武彦の態度を見て全てを理解した。たとえ仙台社長の息子とはいえ、技術の重要性を理解できない男と取引などできない。「会社のようなので帰りますね」と俺は黙礼を返し、会場を後にした。

会場を出た俺は車に乗り込み、1度深呼吸する。武彦の態度への怒りもあったが、今は冷静に状況を整理する必要があった。会社に帰り、俺はすぐに仙台社長と交わした特許使用に関する契約書を取り出す。改めて読み返すと、やはり特別条項が明記されている。不当な値下げ要求を受けた場合、我が社の判断により一方的に契約解除が可能という内容だ。この条項は通常の取引契約ではまず見られない。当時、仙台社長はこう言っていた。「望月さん、率直に言ってあなたの技術なしにはこの合同プロジェクトは成立しません。だから万が一将来的に理不尽な要求があった場合、あなたを守る条項を入れておきましょう」。この条項は仙台社長が俺の技術力を高く評価してくれた証だ。

さらに重要な条項がもう1つあった。本装置の最終調整及び技術指導は我が社が実施するという内容だ。特許冷却装置は設置するだけでは機能しない。工場の規模や配置、使用する食材の種類に応じて細かな調整が必要になる。この調整作業は装置の開発者である俺か、俺の指導を受けた我が社の社員でなければできず、他の業者に任せても正しく機能しないのだ。仙台社長もその点を理解し、契約書に明記することを提案してくれた。祝賀会で言われていたのは建物の完成であり、製造設備の最終調整はこれからだ。おそらく武彦は工場の建物と設備の違いすら理解していない。

俺は契約書を机の上に置く。武彦の態度は明らかに信頼関係を破壊するものだった。特許使用料の一方的な値下げ要求は条項違反に該当する。法的にも契約上も俺には一方的に解除する権利がある。何より技術者としての誇りを踏みにじられた以上、取引を継続する理由などない。俺はすぐに顧問弁護士に連絡を取り、契約解除通知書の作成を依頼した。数日後には弁護士が作成した通知書が大手食品メーカーの本社に届くだろう。これで正式に契約は解除される。武彦がどう反応するか、俺には容易に想像できた。おそらく慌てて代替技術を探そうとするだろう。しかし俺の特許冷却装置は業界唯一の技術として認められている。同等の性能を持つ装置は他に存在しない。

契約解除通知を発送してから1週間後、東場から電話が入る。「望月さん、困ったことになりました。我が社の技術者が製造ラインの動作確認のため工場を訪れたのですが、特許冷却装置の最終調整が未完了で作業が進められないんです。装置が正常に動くことを保健所が確認しないと、正式な営業許可はおりません」東場は続けた。「どうやら武彦社長は法務部から渡された契約解除通知を読み、慌てて仙台社長からの引き継ぎ資料を読んでいるようですよ。武彦社長は代替技術を探していますが、望月さんの特許技術を上回るものがあるはずがない。今や完全にパニック状態です」と。俺は冷静に答えた。「東場さん、ご迷惑をおかけしますが、私は武彦社長に譲歩するつもりはありません」東場は俺の言い分に理解を示してくれた。

その後、武彦から何度も電話が入った。最初は焦りで震える声。やがて弱々しく懇願する声に変わっていった。「お願いします。特許使用の条件は見直します。ですから……」しかし俺は断固として話し合いを拒んだ。「契約書通りの対応です。お話することは何もありません」。

大手食品メーカーの新工場が稼働できないという事態は業界内で急速に話題になっていた。すると、複数の食品メーカーから俺の会社に問い合わせが入る。各社の担当者は合同プロジェクト参加企業の技術者から俺の特許技術の確かさを聞いたと言っていた。電力コストの削減は業界共通の課題なのだ。俺は各社と面談を重ね、工場建設の提案を複数受けた。

そして契約解除通知発送から3週間後、仙台社長から電話が入った。仙台はもう一度話し合いの機会をいただけないかと仲介を申し出る。おそらく武彦が藁にもすがる思いで仙台に相談したのだろう。俺は少し考えてから答える。「お気持ちはありがたいのですが、即答はできません。少しお時間をいただけますか?」仙台は静かに電話を切った。その直後、桐務と東場からも連絡が入る。工場が稼働しなければ工事代金を回収できない。2人は必死だった。「望月さん、なんとか関係修復の場を設けさせていただけないでしょうか?」その真摯な態度に俺は心が動いた。桐務と東場は武彦の傲慢さの犠牲になっている被害者だ。技術を軽視した代償を武彦には思い知ってもらう必要があるが、誠実な関係者まで苦しめるべきではない。

数日後、仙台社長から再度電話が入った。「望月さん、息子の武彦と私、それに桐務さんと東場部長の4人で、是非お詫びとお願いに伺いたい。明日お時間をいただけないだろうか」俺は訪問を承諾した。

翌日、約束通り4人が俺の会社を訪れた。応接室に通されると、仙台社長が深々と頭を下げる。「望月さん、まずは祝賀会を体調不良で欠席してしまい、大変申し訳ございませんでした。あの場に私がいれば武彦の暴挙を止められたのに、本当に申し訳ない。本日は息子の武彦が犯した重大な過ちについてお詫びに参りました」仙台社長は重々しい口調で続ける。「武彦から工場稼働停止の報告を受け、その後私なりに各方面から聞き取りを行い、望月さんに対する不当な扱い。武彦が引き継ぎ資料も契約書も読まず、一方的な値下げ要求をしたことも知りました。経営者として決して許されない軽率な行為です」。

続いて桐務が口を開く。「望月さん、祝賀会の場で武彦社長の発言を強く止められなかったこと、深く後悔しています。私たちはあなたの技術の重要性を理解していたのに、もっと強く主張すべきでした」。東場も悔しそうに語った。仙台社長が武彦に視線を向ける。「武彦、お前から望月さんに謝罪しろ」。

武彦はしぶしぶといった様子で頭を下げた。「望月さん、先日は失礼しました。確かに言いすぎた部分があったかもしれません。ただ、合同プロジェクトの発注者としてコスト管理は重要な責務です。特許使用料の見直しを提案したのは、経営判断として当然です」俺は冷ややかな目で武彦を見つめた。「武彦社長、あなたは仙台社長からの引き継ぎ資料と契約書、隅々まで読みましたか?」武彦は言葉につまる。「それは……正直、全てには目を通してはいませんでした」俺の声は静かだが鋭い。「つまり、契約内容も確認せず、引き継ぎ資料も読まず、技術の重要性も理解せずに祝賀会で私を侮辱し、一方的な値下げを要求したわけですね」武彦が慌てて弁解する。「いや、中小企業への配慮が足りなかったのは認めます。しかし発注者として適正な価格管理は必要です」武彦の言い訳に仙台社長が声をあげた。「まだ言い訳をするのか? お前は会社を潰しかけているんだぞ。望月さん、息子の不始末、本当に申し訳ございません」仙台社長は土下座寸前の勢いで頭を下げた。

俺は続けた。「では伺いますが、現在工場は稼働していますか?」「それは……営業許可の関係で調整中だと聞いていますが」「調整中? 工場は完全に稼働停止していますよ。私の特許冷却装置は最終調整が完了していません。この調整作業は私、もしくは私の指導を受けた我が社の社員にしかできない。引き継ぎ資料にも契約書にも明記されていることです」武彦の顔色がさらに悪くなる。「保健所の営業許可は冷却装置が正常に稼働することを確認しないと下りません。私が最終調整をしない限り、あなたの工場は永遠に稼働できないんです」。

桐務と東場が重苦しい表情で頷く。この2人は事態の深刻さを十分理解しているのだ。武彦が震える声で言う。「では、他の業者に同じような装置を開発してもらえば……」「不可能です。私の特許冷却装置は長年の研究開発の末に完成させた技術です。しかも特許で保護されているため、他者が同等の技術を開発することは法的に許されません」絶望に顔を歪める武彦に、俺は続けた。「工場が1日稼働しないごとにどれだけの損失が出ているか、あなたは経営者として把握していますか? 合同プロジェクトへ参加した企業への支払いもあるはずです。それらが今後も積み重なっていくんです」。

仙台社長が厳しい声で言う。「武彦、お前は技術を理解せず、会社規模だけで望月さんを判断した。その軽率さが会社を存続の危機に落とし入れたんだ」仙台社長は俺に向き直り、深く頭を下げた。「望月さん、どうか、どうか契約を再開していただけないでしょうか? この通りです」。

俺は冷静に2つの条件を提示した。「契約再開の条件は2つです。第1に、特許使用料は従来の3倍。ただし独占使用ではありません。他の食品メーカーからも問い合わせをいただいており、私の技術を正当に評価してくださる企業には提供したいと考えています。第2に、今回の事態を招いた責任の明確化です」武彦が反論しようとすると、仙台社長が遮った。「黙れ、武彦。望月さん、全ての条件をお受けします。工場が稼働しなければ1日あたり数千万円の損失が出続けます。さらに合同プロジェクト参加企業への支払いも膨らんでいる。むしろ望月さんが契約再開を検討してくださるだけでも感謝すべきです。そして、武彦の処遇については私から役員会に諮り、社長退任を含む厳正な処分を提案します」武彦が青ざめる。「父さん、それでは私の立場が……」仙台社長が一括した。「お前は自分がしたことの重大さが分かっているのか? 会社を潰しかけているんだぞ」。

俺は静かに言った。「条件が全て満たされ、信頼関係が再構築できると判断できれば、契約再開を検討させていただきます」仙台社長と桐務、東場は安堵の表情を浮かべ、深く頭を下げた。そして、立ち上がることすらできない武彦を両脇から支え、応接室を後にした。俺はその背中を静かに見送る。戦いに決着がついた。今、俺の胸には清々しさが訪れるのだった。

それから2ヶ月後、武彦は代表権を剥奪され、関連会社に配置された。一方、俺の特許冷却装置は無事稼働を開始し、工場は予定通りの営業許可を取得。桐務や東場からも感謝の連絡が入る。さらに他の食品メーカーとの契約も次々と成立し、俺の会社は従業員を増員、工場も拡張することができた。技術を正当に評価する企業と共に歩める喜びを噛みしめながら、俺は改めて技術の価値を実感する。これからも研究開発に全力を注ぎ、本当に技術を理解してくれる人々に貢献していこう。そう決意を新たにするのだった。

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