結婚式で、私の席だけにコンビニ弁当が置かれていた。新郎の父で市議会議員の男が、マイクで「貧乏人には贅沢品だろう」と笑いながら私を侮辱した。かつて私が魚市場で働いていると知っていて、わざと用意したのだ。彼は自分のスピーチが受けていると思い込んでいた。だが、客席の一人がゆっくりと立ち上がったのを見て、彼の顔色が変わった。「お前、俺に何て言ったんだ?」その男は私の教え子だった。私は彼の顔を見て、こ…

結婚式で、私の席だけにコンビニ弁当が置かれていた。新郎の父で市議会議員の男が、マイクで「貧乏人には贅沢品だろう」と笑いながら私を侮辱した。かつて私が魚市場で働いていると知っていて、わざと用意したのだ。彼は自分のスピーチが受けていると思い込んでいた。だが、客席の一人がゆっくりと立ち上がったのを見て、彼の顔色が変わった。「お前、俺に何て言ったんだ?」その男は私の教え子だった。私は彼の顔を見て、こ...

今日は孫娘のほな波の結婚式だ。孫は幼い頃に両親を亡くし、祖母である私が親代わりとなって育ててきた。みんなの元へ豪華な料理が運ばれていく中で、私の目の前に置かれたのはコンビニ弁当だった。

驚いて顔を上げると、新郎の父である市議会議員の井出森尾が、意地の悪い笑みを浮かべている。彼はカメラマンを呼び寄せ、私の手元のコンビニ弁当を大写しにさせると、マイクで客席に向かってこう言い放った。

「さあ、皆さん、この特別な料理を見てください。どうですか?最高の食事でしょう。魚市場で働く貧乏人には贅沢品なんじゃないですか?」

客席から奇妙な笑いが起こる。だが、それは森尾が得意げになるような笑いではなかった。

「おいおい、こんな奴がよく議員なんてやっていられるな。あまりの酷さに笑ってしまった。引っ込め、井出先生!」

客席からはブーイングが飛ぶ。自分が面白いことを言ったと思い込んでいた森尾は、困惑しながらもまだ意気軒昂だった。

私は現在、魚市場でパートとして働いている。森尾は以前、視察と称してその魚市場に訪れたことがある。その時、彼はこの場にそぐわない趣味の悪い高そうなスーツを着て、私たちの前でこう言い放ったのだ。

「いやあ、汚い職場だな。しかも魚臭い。さすが底辺の人間の職場だ。こんな職場で働く人間なんて、たかが知れている。」

同僚に尋ねると、彼が市議会議員の井出森尾だと教えてくれた。あんな人が議員なのかと驚いたが、彼は普段からあのような感じで、ある意味ちょっとした有名人らしかった。だから私は彼のことをよく覚えていたのだ。

孫のほな波は26歳になり、照れ臭そうに私にこう切り出した。

「あのね、おばあちゃん、紹介したい人がいるの。」

会社で働く井出義彦という男性を紹介された。義彦は明るく穏やかな好青年で、私はすぐに彼に好感を持った。そして彼は頭を下げて、ほな波と結婚させて欲しいと言った。

だが、話を進めていくうちに、義彦がこんなことを言う。

「僕の父は市議会議員をしております。父は市議会議員の井出森尾と言います。」

私は記憶を辿り、不安を抱いた。義彦の印象は良かったが、彼の父親が森尾だと知り、魚市場での暴言が蘇ったのだ。

私の反応に気づいた義彦は不安な表情になる。

「あの、何かありましたか?」

「いえ、そんなことはないのよ。ごめんなさいね。」

義彦は私の不安を打ち消すように宣言した。

「もし父がほなみを傷つけるようなことがあれば、僕は父と縁を切るつもりでいます。」

確かに森尾には問題があるかもしれないが、義彦自身は普通の常識ある人間のようだ。私は義彦を信じることにし、二人の結婚を許した。

両家顔合わせの日、井出家を訪れたが、出迎えたのは義彦の母であるリカ子だけだった。森尾は地方視察を理由に不在だった。

「こんな大事な日に申し訳ないのですが、夫は仕事が入ってしまいまして。」

リカ子は申し訳なさそうに謝罪した。私はそこまで気にしていなかった。

「お仕事なら仕方ないですよね。議員さんは多忙だから。」

その後も井出家を訪れる機会はあったが、森尾は不思議と不在が続いた。毎回急な仕事が入ってしまうのだ。結局、私は森尾に会えないまま結婚式当日を迎えた。

式場で私はようやく森尾に会うことができた。挨拶をしようと近づくと、彼はそっけなく言った。

「ああ、あんたが噂の育ての親か。すまないが、こっちも忙しいからまた後でな。」

そう言うと、すぐにその場を立ち去ってしまった。結局、きちんと挨拶はできなかった。

結婚式が始まり、乾杯の挨拶が終わると、各テーブルに料理が運ばれ始めた。ほな波はゲストへの料理にこだわったと言っていた。楽しみに待っていると、なぜか私の席だけにコンビニ弁当が置かれていた。

私が困惑していると、森尾が意地の悪い顔でこちらを見ている。彼はこれ見よがしにスピーチを始めた。

「皆様、この度は息子の結婚式にお集まりいただきありがとうございます。しかし私は正直、今回の結婚には賛成しておりません。我が家と相手の家の格が違いすぎるからです。」

まさかの発言に私は自分の耳を疑った。

「息子の妻となる女性の育ての親はパート勤務の貧乏人。しかも両親はおらず、祖母に育てられたと聞いて、私はどうしても息子の結婚相手の親子と会う気になれずに逃げ続けていました。祖母の勤務先の魚市場へ視察に行ったことがあるが、あれは臭くて汚くて最悪だった。きっとあの貧乏人たちは毎日魚の匂いを染みつかせて生活しているのでしょうなあ。」

なんと私の職場までけなしたのだ。客席はざわつき始める。

「そんなわけで、お相手のほなみさんの親族の方には、自分の身のほどを知ってもらうために特別な料理をご用意しました。どうです、皆さん、この特別な料理を見てください。最高の食事でしょう。貧乏人には贅沢品なんじゃないですか?」

義彦が父を静止する。

「父さん、やめてくれ。めでたい席で、ほなみの育ての親にそんな失礼なことを言うんだよ。」

しかし森尾はマイクで義彦を怒鳴りつけた。

「うるさい!お前、俺に反抗するつもりか。育ててやった恩を忘れたのか。どうやら私は息子の育て方を間違えてしまったみたいですな。おかげで息子は貧乏人の娘に誑かされてしまいました。嫁の顔を見てください。貧乏が滲み出ていませんか?あの顔は息子の誑かし中、確定です。」

怒りのあまり、義彦が立ち上がろうとしたところで、会場が爆笑に包まれた。森尾は自分のスピーチが受けたと思い込み、得意げになる。

「ははは。私のマイクパフォーマンスはそんなに面白かったですか?これでも議員なので話術には自信があります。」

だが客席からはブーイングが飛ぶ。自分が面白いことを言ったと思い込んでいた森尾は、客席から攻められる理由が分からず困惑していた。

その時、客席にいた一人の男性が立ち上がった。森尾の後援会会長である東山氏だ。彼は厳しい表情で森尾の元へ向かう。

「おい、今のひどい発言は何だ。失礼にも程があるぞ。」

「こ、これは東山後援会会長。」

森尾は途端に縮み上がり、先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、へりくだり始めた。

「お前、いい加減にしろ。今後二度と私が君を支援することはないと思え。こちらまで君と同類だと思われてはたまらないからな。」

東山の言葉に森尾は大慌てで土下座をした。

「申し訳ありません!あれはほんの軽い冗談なんですよ。結婚式に来ていただいたお客さんに向けた冗談です。」

しかし東山の怒りは収まらない。

「あんな立派な人間であるムツ子先生を公衆の面前で侮辱するとは許せない。お前みたいな男を支援していたとあっては、俺はムツ子先生に合わせる顔がない。」

「え、ムツ子先生?」

森尾は驚いて私を見た。東山氏は私の教え子だったのだ。私は独身時代に小学校の教師をしており、東山は当時の私の生徒だった。彼は複雑な家庭環境で育ち、私が親身になって相談に乗り、時々世話を焼いたりしていた。彼は無事に学校を卒業し、今では後援会会長として地元で成功している。

さらに、私は長年、子供食堂を手伝っている。小学校の教師になるぐらいだから子供は好きだし、世話も得意だ。食堂へ来る子供たちの世話をしながら、勉強が遅れている子供には学習の指導もしていた。東山だけではなく、子供の頃から私の世話になった住民は多かった。住民たちは私のことを「ムツ子先生」「ムツ子母さん」と親しみを込めて呼んでくれる。

そんな私のことを侮辱した森尾に、客席からは次々と非難が飛ぶ。

「私の孫に対するあの発言は絶対に許せない。」

「私もムツ子母さんのお世話になった。ムツ子母さんに育ててもらったようなものだ。だからあの発言は私たちの母親を侮辱されたも同然だ。」

義彦も賛同する。

「父さん、悪いけど出て行ってくれないか?調子に乗って、こんなにも人格者のムツ子さんを罵倒して、俺の奥さんになる人まで侮辱したんだからな。」

「そうだぞ。義彦君には申し訳ないが、こんなめでたい席に君のような人間は必要ない。」

「そうだ、そうだ。出ていけ。ついでに議員もやめちまえ。」

客席からのブーイングと共に、東山と義彦たちは森尾を会場から追い出した。森尾は気まずそうに会場を後にした。

「なんだよ、あいつら。結束しやがって。」

式場の従業員は私に謝罪した。

「いいんですよ。ホテルの皆さんは悪くありませんから。」

その後、式場の人たちが本来の料理を用意してくれた。私は無事にほなみたちの選んだこだわりの料理を味わうことができた。結婚式はその後、滞りなく進み、無事に終了した。

リカ子と義彦が謝罪に来た。

「ムツ子さん、この度は主人が大変失礼をいたしました。本当にまさか息子の結婚式であんなことを仕組んでいただなんて、自分も全く気づいていなくて。」

「いえいえ、そんなに気にしないでください。お二人は悪くありませんから。」

全てを終えて会場の外に出ると、なんと森尾が待ち伏せしていた。私たちに気づいた森尾は怒りながら迫ってくる。

「全く、ひどい目にあったな。おい、俺がこんなことになったのはお前たち親子のせいだからな。分かっているのか?お前のせいで俺の議員としての活動が危なくなったじゃないか。」

そんな森尾の前に、妻のリカ子が飛び出した。

「あなた、やめてちょうだい。」

「うるさいな。お前には関係ないだろう。」

しかしリカ子は引かない。

「いいえ、関係あります。もうあなたのような人間とは生活できません。私と離婚してください。」

なんとリカ子が森尾に離婚を迫ったのだ。

「前から離婚は考えていたけど、今日のあなたの行動を見て私は決意しました。子供の結婚式で相手のご家族にあんな失礼な態度を取るような人とは、結婚生活を続けられません。」

「おいおい、ちょっと待てよ。そういうことは落ち着いて話し合わないと。」

「いえ、もう決めました。私の決意は変わりませんから。」

森尾は思いとどまらせようとするが、リカ子の意思は硬い。

「そんなことを言わないでくれよ。俺にはお前が必要なんだ。」

「私の機嫌を取れば何とかなると思ってる?もうそんなレベルの話じゃないのよ。もしかしてあなた、私が何も知らないとでも思っているの?」

「何のことだ?」

リカ子は厳しい口調で言った。

「あなた、不倫をしているでしょ?知っているんだからね。随分と地方への出張が多いなとは思っていたのよ。まさか嘘をついて不倫を楽しんでいたなんてね。」

そう言われて、森尾の後ろから彼の秘書が顔を出した。森尾の不倫をリカ子に密告したのは、森尾が信頼する秘書だったのだ。秘書は真面目な性格で、仕事上仕方なく森尾をサポートしていたが、彼の自分勝手な行動には限界を感じていた。特に許せなかったのが森尾の不倫旅行だった。リカ子は森尾の事務所に時々顔を出し、スタッフに対して非常に細やかな気遣いを見せており、その姿が秘書の印象に残っていた。

「こんな素晴らしい女性が、なぜ井出さんなんかと。それなのに、井出さんはリカ子さんを裏切っているだなんて。」

そして秘書は、地元の記者もこの場へ連れてきていた。森尾が結婚式で私を罵倒するスピーチの一部始終を秘書はこっそりと録画し、その映像を記者に見せていたのだ。記者は子供食堂を手伝う私のことを知っており、顔をしかめる。

「この貧乏人扱いをされている女性は、地元で有名なボランティアをなさっている元教師の方ですね。こんな立派な女性にこれはひどい。」

さらに秘書は、森尾がこれまで女性スタッフにやりたい放題してきた実態を暴露した。気に入った女性スタッフには個人的な付き合いを強要し、年配の女性スタッフに対しては面白半分で「ババア」呼ばわりをしていたという。その証拠の録音も再生され、記者は苦笑いをした。

「いい年をした大人が、このご時世に、しかも目上の前で、未だに女性に対してこんな発言をするとは。」

秘書の暴露によって全てが明るみに出た森尾は逆切れし、記者たちを脅した。

「おい、お前たち。もしこれらのことを記事にしてみろ。俺の権力でお前ら全員首にしてやるからな。」

だがその脅しは全く効かなかった。むしろ記者のジャーナリスト魂に火をつけてしまった。

「俺たちは真実を伝える地元紙の記者だ。あんな脅しには屈しない。」

翌日、地元紙の一面で森尾の失態や過去の問題が大きく報道された。森尾の問題は地元だけにとどまらず全国規模で話題になり、森尾は世間から猛非難を受けた。その結果、森尾は議員辞職に追い込まれた。それでも森尾は最後まで責任転嫁を繰り返した。

「息子さえ貧乏な女に誑かされなければ、俺はこんなことにならなかったのに。全部あの親子が悪いんだ。」

だが、そんな言葉に耳を貸す者はいなかった。

その後、森尾は仕方なく自力での再選を目指すも、資金も後援会も失い、誰も味方はおらず、大差をつけられて落選した。仕事に困った森尾は、かつて自分が見下していた魚市場でアルバイトをするはめになった。結婚式に参加していた魚市場の経営者からは、

「まさかあんたがこの職場に働きに来るとはな。一体どうしたんだい。」

とチクチク嫌味を言われながらも、森尾はそこで働かざるを得なかった。

一方、ほなみと義彦は順調に愛を育み、翌年にはほなみが子供を出産した。

「ほなみ、出産お疲れ様。」

それを機に私はパートを辞め、ひ孫の世話係兼遊び相手として穏やかに過ごす。近所の人たちが「ムツ子先生のひ孫かい」と次々と声をかけ祝福してくれる。ひ孫は、これまで私が関わってきた人たちに見守られ、愛されて健やかに成長していくのだった。

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