「この工場、ボロすぎませんか?まるで廃墟に来たみたい」…

「この工場、ボロすぎませんか?まるで廃墟に来たみたい」...

「この工場、ボロすぎませんか?まるで廃墟に来たみたい。こんなボロいところで作ってるネジを、うちが使っていたなんて信じられないんですけど」

大口取引先の新社長になった女性、井上京子さんは、祖父の代から続く僕の工場をそう嘲笑した。

なんだこの人は。祖父が建て、父が守り、僕が受け継いだこの工場を。職人たちが誇りを持って働くこの場所を、まるでゴミを見るような目で。

僕は嫌悪感で胸が一杯になった。だが、衝撃はそれで終わらなかった。

「契約を打ち切らせてもらいます」

「え?どうしてですか?理由を聞かせてください」

「海外の最先端企業と契約することにしたんですよ。全自動で機械が生産するため、あなたの会社の半分の価格で仕入れられるんです」

「待ってください。うちの工場で作っているネジは、職人たちが汗水流して技術を追求しているんです。品質の良さはピカイチなんですよ」

「そういうのは求めていないんです。今はコストの時代ですから」

理解を示そうとするどころか、一方的に話を打ち切った京子さんは、すでに完成して納品間近だったネジまで受け取りを拒否した。

結果、僕たちは行き場をなくした大量のネジを抱えてしまった。新社長のわがままのせいで、どうして僕たちがこんな目に遭わなければならないのか。怒りと悔しさが込み上げる。だがそれよりも先に、工場の社員たちの生活を守らなければならない。

どうすればいいのか。

――そうだ。いい方法を見つけたかもしれない。

僕は急いで行動に移そうと、ある場所に連絡してアポイントの予約をした。これで社員たちの生活を守り、あの新社長を見返すことができる。

僕の名前は岬三郎。40歳の時にネジ工場の3代目社長に就任し、日々奮闘している。今の会社は僕の祖父が立てた会社で、高度経済成長期の流れに乗るような形で設立され、その勢いのまま父に受け継がれ、僕に回ってきていた。まだまだ「老舗」と呼ぶにはほど遠いのかもしれないが、技術は確実に継承されており、その評価は業界内でも高い。ありがたいことに「緩みにくいネジなら岬工場」と言ってもらえている。多くの取引先にも恵まれ、経営に関しては心配することが全くない。そのおかげで、僕はさらにネジの技術向上に力を入れることができていた。

取引先の中でも特別よくしてくれているのが、死位おもちゃメーカーだ。おもちゃメーカーの社長である井上さんと父が同じ学校出身だった。そのことをお互いが会社を継いで社長になってから気がつき、一気に意気投合したそうだ。

「おもちゃを作る上で一番大切にしていることは、安全であることなんだ。どんなにコストを下げて安くしたって、安全じゃなかったら元も子もないからね」

「素晴らしい考えです。僕たちはそんなメーカーの期待に応えられるように、一切狂いのないネジを作り上げることを目標にしているんです」

お互いがお互いのビジョンに共感し合っていたおかげで、父はネジの技術向上に全力を捧げ、井上社長はマーケティングに力を入れて、品質を落とさずいいおもちゃが作れるように尽力した。井上社長は僕たちの作るネジが一番正確で美しくて安全だと評価してくれていて、おもちゃのほとんどに自社のネジを使ってくれていた。経営が安定していると話していたが、大半はこのおもちゃメーカーのおかげでもあった。

「本日の納品は以上になります。今日もありがとうございました」

「どうしても新商品の売れ行きに間に合わせたくて無理を言ったにも関わらず、助かったよ」

「お任せください。ご要望にお答えできるように、日々ネジ作りに励んでおりますので」

「三郎君は本当に頼もしいな。お父さんも安心して、自分の第二の人生を楽しんでいるだろう」

僕の父は会社を継ぐ前から南国で暮らすというのを第二の人生の目標として計画を立てていた。そして僕が会社経営を勉強してしばらくすると、「じゃあ、後は任せたぞ」と言わんばかりに海外に飛び立ったのである。

「そうだといいのですが。社長は第二の人生とか考えておられるんですか?」

「全然だよ。この仕事を人生の終わる瞬間まで続けたいと思ってる。どこまでできるか、やり切ってみたいんだ」

そう話す社長の目はとても輝いていて、僕は素直に眩しいと思った。

「素敵です。僕も負けないように頑張ります」

「そうしなさい。また頼むな」

社長の言葉がとても嬉しくて、僕はこの日納品の帰り道、浮き足立っていたのを今でも覚えている。

でも、幸せな日々はずっと続かない。先日まで元気だった人が、急にいなくなってしまうことだってあるのだ。

その次の日、おもちゃメーカーの社長が急病で亡くなったと連絡が入った。昨日まであんなに元気に話していたのに。「できるところまでやり切ってみたい」と元気に話していた社長がいなくなってしまったというのは、個人的にとてもショッキングなニュースだった。

僕は知らなかったが、社長は数年前から病を患い、体を騙し騙し仕事を続けていたらしい。あのやる気に満ちた笑顔の裏には、そんな秘密が隠されていたのだ。

どの取引先の人よりも可愛がってくれていた井上社長が亡くなった喪失感を感じると同時に、後継社長がいなくなったおもちゃメーカーの今後は大丈夫なのだろうかと心配してしまう。

僕がこんなことを考えても仕方ないじゃないか。僕は僕の仕事をするしかない。井上社長に怒られないように、僕は気持ちを切り替えてネジの生産を止めまいと、必死に業務に集中することにした。

その後、おもちゃメーカーの社長は井上社長の一人娘である京子さんに引き継がれたようだった。「新社長就任のご案内と共に挨拶周りに伺います」と書かれたメールが届いて、僕は少し安心した。社長の思い人が会社を守りたかったのだから、井上社長が生涯かけて守りたいと思っていた会社がちゃんと引き継がれるのだと思うと、心が穏やかになったのだ。

挨拶周りは明日来るそうで、僕は何の心配もしないまま業務に集中することができた。

そしてやってきた翌日。

「どうも。父に変わって会社を引き継ぐことになりました、井上京子と申します」

挨拶周りにやってきた京子さんは、どこか社長に雰囲気が似ていて、さすが親子だなと実感させられた。

「初めまして。ここの社長を務めております、岬三郎と申します。この度は急なことで、さぞ辛かったことでしょう」

「お気遣いありがとうございます」

初対面だから仕方のない話なのかもしれないが、どこかかなり他人行儀な気がして、僕は少し気になってしまった。表情もどこか硬い。そりゃそうだよな。父を亡くし、落ち着く暇もなく会社のことを考えて社長になったのだろうから、今は一杯一杯で、それで非常に振る舞っているのかもしれない。

僕はどうにかして肩の力を抜いてもらえないかと考えを巡らせた。

「僕に何か協力できることがあったら、何でも言ってくださいね」

すると京子さんは、予想外の反応を見せた。僕の言葉に一瞬驚いたような顔をした後、プッと吹き出す。

「え、本気で言ってます?それは結構ですよ」

突然鼻で笑い出したかと思うと、京子さんは先ほどまでの他人行儀はどこに行ったのかと思うほど話し出した。

「こんなちっぽけな零細の社長に頼ることなんてありませんので」

「えっ…」

「そもそもこの工場、ボロすぎませんか?まるで廃墟に来たみたい」

そんな言い方しなくてもいいだろうと強く言いたかったが、衝撃が大きすぎて言葉にならない。絶句する僕を目の前にして、京子さんの発言は止まらなかった。

「こんなボロいところで作ってるネジを、うちが使っていたとか信じられないんですけど」

「それは…うちは鉄を使っているものですから、どうしても汚れは出てしまうものでして」

「それでも拭き掃除ぐらいしないとダメでしょ。これ」

「拭き掃除で解決できるなら、毎日でもしていますよ」

僕が社長に就任した時、少しでも綺麗な工場でありたいと積極的に掃除をしていたが、それを上回る生産量に、毎日の拭き掃除では到底太刀打ちできなかったのである。今では月1回業者に頼んで本格的な清掃をしてもらっていて、少しはマシになってきていたのだが、さすがに指摘されると言い返すものがあった。

「品質がいいと父からは聞いていたけど、目が腐ってたんだろうな」

「品質がいいことは絶対に保証します。自慢ではありません。誇りを持って仕事しておりますので」

僕は工場のボロさを悪く言われるのはまだ良かったが、ネジの品質を否定されるのは我慢がならなくて、少し強く言い返してしまった。

「あ、そうですか。まあいいです。ここにいても埃がついてしまいそうなので、帰ります」

京子さんはそう言うと、何の謝罪の言葉もないまま工場を去っていった。

「とんでもない暴言吐きまくってましたね」

「ああ、かなり驚いたよ。あんな偉い社長の娘が、こんなに礼儀知らずに発言するなんて」

「しかしちょっときつく言ってしまった」

「あれ言われたら誰でもって言うか、社長かなり抑えていた方だと思います。僕だったら机をひっくり返してますから、お気になさらず」

「そうですよ。私なんか、悔しすぎて手のひらに爪の跡がついちゃいましたよ」

社員たちのユーモアに励まされて、僕は気を取り直すことができた。

「うちのネジは、誰が何と言おうと最高です。品質を追求してきているんですから。だから大丈夫です」

「ありがとう。みんなには助けられてばかりだよ。あんなこと言われたからって、落ち込んでいられないよな。これからもいいネジを作っていこう」

「はい!」

今回の一件でより一体感が増した我々は、さらに品質を向上させていこうと試行錯誤を繰り返していた。納品はそれぞれの会社に1ヶ月に1度行っているから、その日に向けて作業を続ける。

そして、嫌な思いをされたものの、京子さんの会社に納品するネジが一番数量も種類も多かった。次納品する時にまた嫌味を言われたら、今度こそしっかりと商品を見せながら品質を証明してみせよう。僕はそう心に決めて、いいネジを生産していた。

京子さんの会社へ納品する3日前には製品を全て完成させ、入念な検品作業を行う。その最中に社員が駆け寄ってきた。

「社長、お電話です」

電話の相手は、京子さんの会社でうちの担当をしてくれている担当者からだった。

「はい、岬です」

その後聞こえた言葉に、僕は顔面蒼白になってしまう。内容は――契約打ち切りという残酷なものだった。しかも、現在納品準備をしているネジも納品を断るといった内容だったのである。

「いくら何でも急すぎます。もう納品の準備も進んでいて、3日後には納品できる状態なんですよ」

「申し訳ありません。私にはどうしようもなくて…」

担当者にどれだけ話しても、「申し訳ありません。上から言われたので」というばかりだ。そこで僕は京子さんに連絡した。

「何ですか?忙しいんですけど」

やはり見下したような口調で電話に出た京子さんに対して、僕ははっきりと意見を伝えた。

「契約終了の理由をお聞かせください。あと3日後に納品が控えているネジすら受け入れられないという理由も。こちらは納品に向けて完璧に準備しておりました。正当な理由をお聞かせください」

「海外の、コストが格段に安い工場と契約したからです。以上」

あっさりと状況を話した京子さんに、僕は開いた口が塞がらない。

「あなた方の会社から仕入れる価格の半分で仕入れられるんですよ。全自動で機械が生産するため安定しているからです。もういいですよね。では」

「待ってください。うちの工場で作っているネジは、職人たちが汗水流して技術を追求しているんです。品質の良さはピカイチなんです」

「だからそういうのは求めていないんです。今はコストの時代です」

「せめて完成しているネジは納品させてください。職人たちの生活もかかっているんです」

「生活?笑わせてくれますね。うちは慈善事業で経営しているわけではありませんので、お断りします。では」

「ちょっと、その言い方はあまりにもひどいと思うのですが」

と言いかけたが、すでに電話は切られてしまっていた。

「契約打ち切りって…しかもこのネジも納品できないんですか?」

「ああ、そうらしい」

このネジたちをどうするか。みんなの生活と、このネジの品質を守らないと。どうすれば…

僕はとにかくフル回転で頭を働かせて、対策を考えた。今、あの状態の京子さんに懇願したとしても時間の無駄だ。「コストを最優先させる」と言っていた。井上社長とは品質を優先するという方向性で合致していたが、京子さんとはそこが根本的にずれている。

「笑わせてくれますね。うちは慈善事業で経営しているわけではありませんので」

京子さんの言葉が蘇ってくる。その時、とあることを思い出した。

――いい方法を見つけたかもしれない。

僕は急いで行動に移そうと、ある場所に連絡してアポイントの予約をした。

1週間後、倉庫に眠っていた納品寸前になっていたネジたちは、全部出荷されていった。

「社長の行動力には脱帽です。さすがすぎます」

「人間、やればできるもんだな」

「これでひとまず安心だな」

胸を撫で下ろしていると、後ろから大きな声がした。

「ネジ!ネジを納品して!」

大声の人物とは京子さんで、かなり焦っている様子だった。

「契約を打ち切ってきた方が、うちにやってくるというのはどういうことなんでしょうか。しかも、ネジを納品してとは」

僕は京子さんの発言にもはや驚きもしなかった。そんな落ち着き払った僕とは対称的に、京子さんは慌てた様子で早口で続ける。

「先週のネジ、納品して欲しいの」

「もう契約は解除されているはずですが」

「あなたんとこの工場から、大半のおもちゃのネジを受注しているなんて知らなかったの。今日届いた海外からのネジはサイズが合わなくて一切使えないし、このままでは生産ができないの」

「それは大変ですね。ですが、先週のネジはもう出荷されていて、ここにはありません」

「はあ?『困ったら何でも言ってくださいね』って言ったのはそっちでしょ。どうにかしなさいよ」

京子さんは最初に僕が言った言葉を覚えていたらしく、今すぐにでも全て生産して納品しろという無茶を押し付けてきた。

「それをあなたは断りました。それに、うちは職人が手作業でネジを生産していますので、そんな急なことには応えられません」

「じゃあ生産が止まるじゃないのよ!どうしてくれるのよ!」

「『どうしてくれるのよ』って…コストを優先させて海外の工場を選んだのはあなたです。納品準備が整っていたネジすら受け入れないという決断をしたのもあなたです。それは責任転換です」

「あんたに人情ってもんはないわけ?困っているのに助けないなんて、人としてどうかと思うんだけど」

京子さんは自分が言っていたことを全て棚に上げて、僕を責め立てる。結局、自分のことしか考えていない人なんだなと実感させられた。

僕は、どう転んでもネジを馬鹿にしてくる京子さんとは一緒に仕事をしないと決意する。

「うちは慈善事業で仕事しているわけではありませんので、あなたとその点だけは一緒なんですよ。だからお断り申し上げます」

京子さんは悔しそうに顔を歪めたが、それでもなお睨みつけて発言を続ける。

「いいわよ。職人の生活がかかっているのに、受注の大半をうちと契約していた会社が、うちなしで経営回るわけないでしょ」

もうここまで来ると脅しじゃないかと思いつつも、僕は至って冷静に返答する。

「お気遣いありがとうございます。ですが、弊社に納品予定だったネジを全て買い取ってくれて、引き続き契約したいと言ってくれている会社がありますので、ご安心ください」

僕は対策を練っている時、とある会社を思い出した。父の代から「うちと契約して欲しい」と言ってくれていた会社である。京子さんの会社と同じくおもちゃを製造しているメーカーで、いわゆるライバル会社だ。父は今の生産量にプラスすることが現実的ではないことと、井上社長との深い繋がりがあるからと、誘いを辞退している状況だった。

社長が僕になってからも根気強く営業に来てくれていたが、やはり同じ理由でお断りし続けていたのである。

「いつでも構いません。うちと一緒に仕事していただけるようになったら、ご連絡ください」

一度、僕はその担当に「なぜずっとお断りしているのに、そう言ってくれるのか」と聞いたことがあった。

「本社のネジの品質が群を抜けていると聞いているからです。弊社でも品質向上に務めていますが、見解が違う。最高と言われている御社のネジで、うちのおもちゃの品質をさらに引き上げたいのです」

その言葉に感動して、「こういう方々と仕事がしたい」とずっと思っていたのだ。京子さんから「慈善事業で仕事しているわけではない」と言われた時、何かこれまで我慢していたものがプツンと切れたような気がして、対策を練っていた時、担当者を思い出したのである。

僕が電話をすると、すぐに社長までのアポイントを取ってくれて、2日後には対面で話をすることができた。これまで京子さんの会社に生産していたネジに加えて、新たなネジも含めた大量の契約を、その日のうちに交わすことができたのである。

「そんなライバルに納品したわけ、ありえない」

京子さんは悔しがり続けるが、これ以上この場にいられても業務に差し支えが出てくる。

「あの、こちらも仕事がありますので、お引き取り願えませんか?」

「白状しなさいよ」

「これ以上騒がれるようでしたら、警察を呼びますが」

僕の言葉にドキリとした様子の京子さんは、そのまま何も言わずに工場から去っていった。

その後、ニュースで京子さんの会社が製造していたおもちゃの事故が取り上げられた。海外製の「サイズが合わない」と言っていたネジをそのまま使用して生産していたらしく、子供が遊んでいるとおもちゃが破損するというトラブルが多く見られたそうだ。中には怪我をしてしまった子供もいるそうで、京子さんの会社の信用は一気に地に落ちてしまった。

京子さんは謝罪会見を開き、社長を辞任。後任には、井上社長の頃から右腕として活躍していた副社長が就任することになったそうだ。副社長は会見で「今後二度とこのようなことがないよう、努力してまいります」と誓っていた。ニュースでは会社の内部告発により内情も暴かれていた。副社長は「元社長の意思を継いで、品質を大事にしたい」と訴えていたようだが、元社長の娘である京子さんはコストを最優先にし、結果として起こってしまった事故だった。

この報道で京子さんの居場所はますますなくなり、会見で顔が割れてしまっているので、日常生活でも肩身の狭い思いをしているらしい。だが、同情の余地はないと思う。自身が招いた結果だ。

「社長、また新しい種類のネジを製造して欲しいと連絡が来ましたよ」

「分かった。会議しよう」

僕はと言うと、忙しい毎日を過ごしている。新しい契約先は、このタイミングで一気に自社の価値を高めようと勢いを増してきている。その影響で、新規のネジ製造依頼も止まらない。

立ち止まっている場合じゃない。動け。僕は心でそう自分を奮い立たせる。

「分かった。今すぐ行くよ」

行動しなければ何も変わらない。僕はこれからも品質第一のネジを作っていこうと心に決めて、新しいネジの製造会議に向かうのだった。

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