10数年ぶりに本社へ復帰した初日、年下の課長に「雑用係りのじいさん」と呼ばれ、コピー機の前の机をあてがわれた。対面で馬鹿にされながら、人の話を聞こうとしない彼に、俺はなす術もなく従うしかなかった。
「お待ちしておりました。社長。」
秘書のその一言で、彼は顔面蒼白になり、慌てて床にひれ伏したのだった。
俺の名前は赤松新一。還暦を迎えたばかりだが、まだその実感はない。子供の頃、60歳はお年寄りだと感じていた気がするが、今は違う。健康な長生きが可能な時代になって、還暦はただの人生の通過点のような感覚が強くなった。
高校を卒業し、それからずっと働き続けた社会人生活。元気な限りは働ける世の中で、俺はまだ働いている。
もう40年以上前のことだ。母子家庭育ちの俺は商業高校を出て、現在の勤務先である食品メーカーに就職した。元々商業高校に入学したのも、就職に有利だったから。大学に行きたいなら学費は何とかするよ、という母の気遣いを断り、俺はメーカーが地元に置いていた工場への就職を決めた。
18歳で入り、最初の数年はひたすら誰かに従い働いた。当時気づいたことは、工場はそれぞれが勝手に過ごす環境だったということ。シフトは固定化され、声の大きな人が思い通りに勤務する。夜勤は気の弱い人に押し付けられ、日勤には厄介な人が集中する。今の時代だとつくづく思うが、ハラスメントの全てが凝縮されて横行していた。
二十歳を過ぎた頃、俺は製造ラインの1つでリーダーを任された。社員として、契約社員、パート、アルバイト、短期労働者をまとめて管理する。その中でも地元からの採用者の中には、いわゆる厄介な存在が多かった。工場に土地を提供していた地主の親戚や、地域の有力者の子供で、少々やんちゃな者がいたのだ。
そして彼らは好き勝手に働き、本社の息がかかった社員たちを嫌っていた。
「まずはしっかりと勤務体系を整理させてもらいます。全員で日勤と夜勤のバランスを維持する。そして正当な理由のない勤務交代は受け付けません」
せめて自分のいるラインから、俺は勤務規則の徹底を同僚たちに言い聞かせ、リーダーとして率先して行動した。勤務体系を守れば、本来は全員がカレンダー通りに休めるはずだ。それができていないというのは、どこかに無理があるからだ。
「あんた、若造のくせに分かったような口を聞くもんだね」
「そうだな。あんたみたいな子供が何を分かって偉そうに言えるんだよ」
俺の作成したシフトが気に入らない人たちは、とにかく何かにつけて突っかかってきた。休みが少ないという不満を訴えた人もいたが、その人は規定以上の日数を自主的に休んでいるだけだった。土日の他に平日に2日、ひどい時には4日休む。
「月の半分は勤務していただく約束です。会社とはそういった契約で合意しているはずですよ。ただ、体調不良やご家族の不幸での休みは分かってます」
「ああ、違うんだ。俺は単純に休みを増やしたいだけなんだ」
「そういうことでしたら、アルバイトとして雇用形態を変えてはどうですか?」
「そんなことできるかよ。そんなんじゃいくらも稼げねえよ」
休みたい人の望みが叶い、働きやすいように提案すれば、稼ぎが減ると文句を返された。社員や契約社員の待遇のまま、楽をしてほしい。そんな主張を根気強く相手して、互いが納得のいく答えを出す。しかし、往々にして交渉は決裂した。最後は不満を言った人たちが俺を罵倒してやめていく。いなくなった人の分、また新しい人を補充する。そうして自然と人員が入れ替わり、工場は少しずつ変わった。
「うるさい若造が我が物顔でのさばる」
俺がリーダーに就任した当時、工場内ではそんな影口が広まっていた。だが、わずかな規模でも変革が起き、従業員同士の風通しが良くなると、影口は好評に取って代わられた。
「血気盛んな若者が頑張っている」
何かをひそひそと囁かれるのではなく、俺への直接の激励が増えた。頑張れと言ってもらえるのは嬉しく、自分の自信に直結していく。若者から中堅の年に近づいていた俺は、自分の仕事の成果をそうして実感していった。
「思う存分、本社で自分を試してこい」
30歳を前に、俺に本社への異動という節目が訪れた。結婚したばかりだった俺は、妻と新生活のスタートを切る。
「新規一転で頑張ります。ご指導よろしくお願いいたします」
本社で慣れないスーツに身を包み、新しい同僚たちの前で挨拶をする。その瞬間は、社会人人生で一番の緊張の時だった。
「まあ、硬くならずに。焦りは禁物だよ」
製造管理系の部署に配属された俺の上司の1人に、大森部長という人がいた。俺のように地方出身の部長で、地方拠点での活躍が認められて本社に引き上げられた人だった。しかし、分かりやすい厳しさとは無縁の人。部長はどちらかと言うと穏やかで、物事をよく考え、何事にもじっくり取り組む人だった。
「売上が良くなければいけない。仕事と作業は効率がいいというが、それは結果を見ればということだ。中身を見れば、働く人がいなければ成立しない。そういう人たちがいる以上、思いやる気持ちが必要だね」
大森部長は、自分の功績と言われるものは人の協力があって成立したと言っていた。人を適当に扱わないというのが部長のモットーであり、部長の元で働くようになった俺は徹底してそれを叩き込まれた。部長を師匠として仰ぎながら働き、数年の月日が過ぎ、俺は新たな任務を任された。
「赤松、君にはアドバイザーとして工場に入ってもらう。かつての経験、ここでの人員管理の知識を生かして、工場を作り替えてほしい」
「はい。精一杯、できる限りを尽くします」
「いいか? 人と向き合うことを忘れるな」
「はい。対話第一で」
「頼んだぞ」
俺は大森部長に送り出され、全国各地の工場に管理アドバイザーとして入るようになった。新システムの導入を進め、人事管理に困難を抱えていた工場では陣頭に立ち、問題解決に奔走する。子供が小さいうちは家族を連れて全国を回る。やがて子供が成長し、家を買ってからは単身赴任の身として忙しく飛び回った。
「あなたは本当に働くために生まれてきたみたいね」
「本当になあ。けど、いいだろ」
「体にだけは気をつけて」
仕事について絶えず考えている俺を、妻は辛抱強く見守ってくれていた。これには感謝しかなく、今でも完璧なサポートには頭が下がる。子供たちも家にいない俺を忘れることなく励ましてくれていた。家族の理解を得るまで、そこにも大森部長の教えは生きていた。人と向き合い、互いを思いやる。前向きな言葉は口に出して伝え、感謝は何よりも先に。家族にはそれをより素直に実践していた。
そして、長い転勤生活で出会った本当にたくさんの人たちへも、言葉と感謝の気持ちを尽くしてきたつもりだ。お互いに長く健やかに過ごせる職場環境。シンプルなことだと思うが、その実現のために、俺は部長のモットーを自分のものにしながら転勤生活を続けた。
いつの間にか迎えた還暦は、そのほとんどが転勤生活だった。本社に移動した時にそんな人生になるとは考えてもいなかったが、この年まで健康で走ってこれたことには感謝しかなかった。会社の定年は65歳。その後は本人の希望と会社からの評価次第で70歳まで働ける。俺はまだまだ会社に認められている限りは働くつもりでいた。
やり残したことはどこかにあり、時代が変わってこれまでとは違う何かを生み出さなければいけない。やるべきことは、そうしていつも目の前に浮かんできた。
「すまないな。本当はもっと早くここに帰ってきてもらうつもりだったんだ」
「いいえ。これが私の使命でしたから」
「そう言ってくれると、少し胸の重荷がなくなるなあ」
60歳で、俺は再び本社に移動となった。大森さんの指示で急速に進められた人事改革の一環として、俺は社会人人生の最後の花を本社で咲かせるよう命じられた。
本社復帰を前に、久々に電話で大森さんと長く話をした。
「大森さんもお変わりないようで」
「年は取ったよ」
「それは私もです」
電話を切り、家に戻るための荷物をまとめながら、俺はまた新たな節目に思いを引き締めた。
30年ぶりか。それもとっさには正確に数えきれないほどの年数が経った。長いこと訪れていない本社のビルを前に、俺はしばらく指折り数えていた。数年前に会議で顔を出したことはあるが、それ以来すっかりご無沙汰をしている。おまけに、その数年前を最後に本社ビルは大掛かりな立て替え工事をしていたのだ。
受付に声をかけ、自分が目指すべき場所を教えてもらう。しかし、エレベーターを降りた車内で、俺は完全に行くべき方向を見失った。今時のオフィスに作り替えられたビル内は、仕切りらしい仕切りがほとんど取り払われ、とても自由な空間になっていた。なんとか自分がいないといけないフロアだというのは分かっている。しかし、どこが何の部署なのか、境い目がないから分かりづらい。
俺はある部署らしき塊がある場所に迷い込み、伺った。
「ああ、来た来た来た。いやあ、待ってたんだよ」
机の塊を前に立ち尽くす俺の方を、フランクに話しかけてくる誰かがいた。
「どうもどうも。課長の井田です。企画一課の」
「あ、初めまして。赤松と申します」
コーヒー片手に企画一課の課長だと名乗った井田さんは、俺をそのまま案内した。
「こっち」
やがて俺は、フロアの端にあるコピー機横の机を井田さんに指さされた。
「あなた、工場から来るっていう、あの雑用係りのじいさんっていう人でしょ?」
「え? あ、ああ、はい」
「説明は後でするから」
井田さんの言い草に気を悪くされた俺は、何も言い返せず、井田さんと辺りを見回す。しかし、井田さんは気に返さず、コーヒーをすすりながら、淡々と、あくまでも笑顔で本音を曝け出した。
「あのね、雑用係りの席はここ。まあ、雑用係りだからいいでしょ。コピー機横で十分だよね」
「おお……いいよ……」
井田課長の態度と、人への暴論に呆れる。彼の人への気持ち、心構えというのは、一体どうなっているのか。首をかしげながら、俺は気のない、呆気れた笑い声を軽くひねり出す。
「まあ、ほら、座って座って」
井田課長に肩を押され、俺はコピー機横の机に腰を下ろされる。何か言わねば、と俺にいくつかの指示を出す井田課長の顔を見ながら、言葉を探す。
「あ、ここにいらした」
その時、1人の女性が俺と目を合わせ、小走りで近づいてきた。そして、井田さんもその女性の姿を確認して、笑顔を弾けさせる。
「あ、これはこれは秘書さん。お疲れ様です。今日はお忙しいようで」
俺への極端にフランクでとんでもない対応とは打って変わって、井田さんは秘書課の女性社員に深々と腰を折った。
「ああ、井田課長。ええ、まあ、今日は人事関連で動きがありますので」
「あ、あの、赤松さん、すみません。ご案内もできず。社長室でしたら、このフロアの奥に」
秘書の女性は井田課長をさらりと流す。そして、俺に軽く会釈を浴び、本来俺が足を運ぶべき部屋への案内を手で示した。
「申し訳ありません。案内の者を受付に配置する予定でしたが、こちらでミスがありまして」
「ああ、いえ、それは別にいいんですよ」
「あ、申し遅れました。本日よりこちらに復帰いたします。赤松です」
「お待ちしておりました。赤松社長」
俺は秘書課の女性と簡単に挨拶を交わした。もっと違うタイミングで、と思ったが、こうなっては仕方がない。これからお世話になる人と短時間にコミュニケーションを取っていると、課長の様子が変わっていった。
「あの、社長? 赤松社長?」
俺の顔を眺め、コーヒーを雑用係りの机に置き、口をポカンと開ける。
「ええ、この度、社長に就任なさった赤松さんです。以前は工場の管理アドバイザーとして各地を回っていらっしゃった方です」
「じ、じゃあ……」
「ああ、いいや。僕はほら、企画とか広報の方にいたものですから」
秘書課の女性は、俺と課長が直前でどんなやり取りをしていたのか知らない。だから、極めて淡々と冷静に、俺の経歴を庁に説明する。俺の本社での勤務歴と、その後のアドバイザーとしての動き。
「今期の人事異動で、社長として本社にお戻りになられました」
「ああ……ああ……いや、ほら、工場から本社に来る人がいるっていうのは聞いてましたけどね。でも、あの、まさか」
井田も当然、人事異動についてはしっかりと把握していた。自分の管理する部署に、どこから誰が来るのか。本社内からの移動もあれば、地方拠点と工場からの移動もある。そして、自分の部署に工場から数名が加入するというのは分かっていた。そこから俺の全所属先を確認し、大雑把に考えた。人事に関する知らせの詳細までは読み込まず、庁は俺の異動についての細部をまるっと無視していたのだ。
「も、申し訳ございません! あの、お詫びいたします! 先ほどまでの失礼を、どうかお許しください!」
事態を全て飲み込んだらしい課長が、突然床に座り込み、土下座した。泣き叫ぶような鳴き声をあげながら、必死に何度も土下座を繰り返す。
「申し訳ありません! 私は、早とちりを……」
井田課長の様子に驚く秘書の女性に、俺は彼女が来るまでに起きていたことを説明した。そして、課長に向き直る。
「課長、起きてしまったことはもう仕方がありません。しかし、あなたには少し考え直していただかないと。工場からの異動者を勝手に雑用係りと認定して扱う。その振る舞いは、どんな人が相手であっても許されるものではない」
俺が課長の問題に触れようとした瞬間、前から大森さんが手を上げているのが見えた。
「あ、赤松、待っていたよ」
「ご無沙汰しております、大森さん」
大森さんはどうやら俺を待っていたようだった。社長室があるというフロアの奥から姿を表した大森さんは、俺と顔を合わせるなり笑顔を見せた。
「いや、待ちくたびれたよ。あんまりにも来ないんで、迎えに来てしまった」
「申し訳ありません。お待たせしてしまうとは」
苦笑しながら、会長となった大森さんが差し出した手を握る。握手を交わし、久々の対面を喜び合う。この様子に驚いていたのは、課長だ。会長と新社長の顔合わせが、自分の目の前で繰り広げられている。目を白黒させながら、課長は次第に脱力していっていた。
大森さんが会長に就任したのは、前年のことだった。俺が工場アドバイザーに任命されてから、大森さんは本社で順調に出世コースを歩んでいた。重要部署の部長を歴任し、役員へと上がる。その後は10年にわたり社長を務め、前年に会長職を引き受けることになった。役員会との交渉と幹部クラスとの話し合いを経て、新体制を発足したのが今年。その一環の中で、俺は新社長へと任命されていた。
俺の10数年ぶりの本社復帰の内情とは、自分で言うのも恥ずかしいが、かなり華々しいものになったのだ。
「今日からまた、ここで頑張ってもらうぞ」
「より一層、会長。お手柔らかに」
挨拶らしいやり取りが終わり、大森会長は周囲を見渡した。そして、床に這いつくばった課長に目線を合わせる。
「君は、どうしたんだ?」
「ああ、実は先ほどまで少々ありまして……」
俺はもう一度、秘書課の女性にしたのと同じ説明を会長にする。課長の人員軽視の一面と、業務に対する軽すぎる認識。話が進むたびに、大森会長の眉間のしわは深くなる。
「井田課長」
「はい」
「君は、いつもそうやって人との間に区別を設けているのか?」
「いえ、そんなことは。私としては、できる限り明るく仕事をしたいと」
会長に問われて、課長は思いの丈を語る。しかし、彼はどうやら根本的に何かが軽い人のようだった。部署の風通しの良さやコミュニケーションの充実、それと人への応対を履き違えているような発言が次々と出てくる。
「仕事の内容によって、色々と配慮もいるかと。その次第で、区別は設けさせてもらっています」
「雑用係りと決めたものへの軽い扱いも、君なりの配慮、と?」
「ああ、はい。いや、ええ」
答えきれない、というのは、自分でもお考えの不十分さが分かっているのか。大森会長は井田にもう一度問い、答えを待った。しかし、課長からこれ以上の答えは出てこなかった。
「思いやり、という言葉は君でも知っているだろう。もう一度、その意味を学んでもらわねば困る」
会長らしい叱責と、厳しい視線。それに晒された課長は、深く頭を下げて黙り込んでしまった。
新体制が発足し、3ヶ月が過ぎた。俺は新社長として忙しく、これまでにはない会社全体の舵取りをしながら過ごしている。同業他社の社長たちとの顔合わせ、主要取引先からの挨拶への対応。社長の顔をどう作っていいのかすらままならない俺は、緊張の連続で気が抜けない。だが、会長の励ましを受けながら、どうにか新しい自分と向き合っている。
異動初日に騒動を起こした井田は、今は地方の工場にいる。会長からの再教育の名を受け、工場で人事管理とは何かを1から仕込み直されているのだ。ただ、たまに耳にする報告では、彼の軽い性格から、まだトラブルが耐えないらしい。このままでは工場勤務も難しくなるのだが、なんとか学びを得てくれることを願う。
どんな人であれ、会社という組織の中で結ばれた縁を軽論じてはならない。俺は社長として、より温かく広い視野を持って生きていかねばならないと考えている。残り少ない会社人生。俺は自分に関わる全ての人への感謝と思いやりを忘れることなく、自分の道を進んでいこうと思っている。



