「お母さん、病院まで歩いて帰ってもらえますか?」退院したばかりの私に、嫁が言った言葉に耳を疑った。39年間、助産師として3000人以上の命を預かり、息子家族のために朝5時から家事を手伝い、毎月15万円もの仕送りをしてきた。なのに、その日の彼らの顔には、私の健康を気遣う気持ちなど微塵もなかった。何より辛かったのは、息子が「お母さんは強い人だから」と、あっさり嫁に同意したことだった。重い荷物を抱…

「お母さん、病院まで歩いて帰ってもらえますか?」退院したばかりの私に、嫁が言った言葉に耳を疑った。39年間、助産師として3000人以上の命を預かり、息子家族のために朝5時から家事を手伝い、毎月15万円もの仕送りをしてきた。なのに、その日の彼らの顔には、私の健康を気遣う気持ちなど微塵もなかった。何より辛かったのは、息子が「お母さんは強い人だから」と、あっさり嫁に同意したことだった。重い荷物を抱...

病院の廊下で、嫁のリナの声が聞こえた時、私は自分の耳を疑った。
「お母さん、病院まで歩いて帰ってもらえますか?」
退院したばかりの私に、その言葉はまるで氷のように冷たく響いた。
「無理だよ、リナさん。退院したばかりなんだ」
息子の俊助が小さく反論する声が聞こえたが、それは一瞬のことだった。
「だって、タクシー代がもったいないじゃない。お母さん、大丈夫でしょ。リハビリにもなるし」
リナの声には、私のことを考えているのかどうかも分からない、軽い響きがあった。
「そうだね。お母さんは強い人だから。僕たちも仕事で忙しいし」
俊助が同調した時、私の心の中で何かが静かに、しかし確実に砕け散った。
窓から差し込む春の日差しが、急に色を失ったように感じられた。

確かに、私はまだ自分で歩ける状態だった。しかし、退院直後の体に2時間の徒歩は決して楽なものではない。それよりも何よりも、息子夫婦の心ない言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
私は静かに立ち上がり、荷物をまとめ始めた。その時、心の奥底で小さな決意が芽生えていた。

病院を後にしながら、私は自分の人生を振り返らずにはいられなかった。重い荷物を抱えて歩く足取りは確かに辛いものだったが、それ以上に心が重かった。39年前、新人助産師として初めて赤ちゃんを取り上げた日のことを、今でも鮮明に覚えている。あの時の感動と責任感が、私の人生の原動力となった。それから今日まで、3000人を超える新しい命の誕生に立ち会い、数えきれないほどの家族の幸せな瞬間を見守ってきたのだ。

「母さん、今日も遅くまでありがとう」
かつて俊助が幼い頃、私が夜勤から帰ってくると、眠い目を擦りながらそう言ってくれたものだった。あの頃の息子の優しさは、どこへ行ってしまったのだろうか。俊助が結婚してからは、仕事を減らして息子夫婦のサポートに専念した。孫が生まれてからは、週5日、朝5時に起きて息子の家に行き、家事と育児を手伝い続けたのだ。
「お母さんがいなければ、私たち働けませんでした」
リナも最初はそう言って感謝してくれていた。しかし、いつからだろうか。私の存在が当たり前になり、やがて邪魔者扱いされるようになってしまったのは。

立ち止まり振り返ると、病院の建物が小さく見えた。あそこで過ごした日々は、私の誇りであり、生きがいだった。2時間の道のりは、想像以上に過酷なものだった。春とはいえ、午後の日差しは容赦なく照りつけ、退院したばかりの体には堪えた。重い荷物を抱えて歩く私を、すれ違う人々が心配そうに見つめていく。
「大丈夫ですか?タクシーを呼びましょうか?」
親切な若い女性が声をかけてくれたが、私は力なく微笑んで断った。このまま歩いて帰ることに、何か意味があるような気がしたのだ。

一歩一歩進みながら、私は息子夫婦からの仕打ちを思い返していた。それは決して今日始まったことではなかった。
「お母さん、最近お料理の味が落ちましたね。塩加減がおかしいんじゃないですか」
半年ほど前、リナが夕食の席でそう言い放った時のことを思い出す。30年以上作り続けてきた肉じゃがの味付けは変わっていないはずだったが、リナは箸をつけようともしなかった。
「もう年なんだから、無理しないでくださいね。私たちでもできますから」
そう言いながら、結局は私に全ての家事を押し付けていたリナ。朝5時に起きて息子の家に行き、朝食の準備から始まり、洗濯、掃除、夕食の下ごしらえ。それを終えてから病院での勤務に向かう日々は、確かに体力的にきつくなってきていた。
「母さん、ちょっと疲れてるんじゃない?この前も同じ話したよ」
俊助のその一言が、どれほど私を傷つけたことだろう。確かに疲れていた。でも、それは息子家族のために無理をし続けていたからだ。その感謝の気持ちもなく、まるで認知症を疑うような口ぶりで言われた時の屈辱感は、今でも忘れることができない。

「お母さん、その服装はちょっと…もう少し年相応の格好をされた方がいいんじゃないですか」
リナは私の服装にまで口を出すようになった。清潔で動きやすい服を選んでいただけなのに、まるで恥ずかしい存在であるかのような言い方をされたのだ。
そして2週間前、私が体調を崩して入院することになった時のことだ。
「お母さんが入院?困るわね。誰が家事をするの?」
リナの第一声はそれだった。私の体調を心配する言葉は一つもなかった。
「ま、しばらくは仕方ないか。でも早く退院してくださいね」
俊助も同じような反応だった。39年間、人の命と向き合い続けてきた私が、初めて患者として入院することになった不安や恐怖を、息子は少しも理解してくれなかった。

入院中、息子夫婦が見舞いに来たのはたった一度だけだった。それも滞在時間はわずか10分程度。
「忙しくてなかなか来られなくて」
そう言い訳をしながら、リナはスマートフォンを何度も確認していた。病室での会話もそこそこに、二人は足早に帰って行った。他の患者さんは毎日家族が来ているのに、私のところは誰も来ない。同室の患者さんが同情するような目で見ていたのが、何よりも辛かった。
「大丈夫ですよ。息子たちも仕事が忙しいんです」
そう答えながら、心の中では深い悲しみが広がっていた。

歩き疲れてベンチに座り込むと、通りかかった老夫婦が仲良く手をつないで歩いているのが見えた。お互いを思いやりながら、ゆっくりと歩調を合わせて歩く姿に、私は思わず涙がこぼれそうになった。私には、そんな相手はもういない。夫は10年前に他界し、息子家族からはこんな扱いを受ける。一体、私の人生は何だったのだろうか。
「お母さんって、本当に役立たずになりましたね」
先週、リナに向かっていった言葉が耳から離れない。私がキッチンにいることに気づかず、リビングで交わされた会話だった。
「そろそろ限界かもね。施設とか考えた方がいいんじゃない?」
俊助の返答を聞いた時、私は包丁を持つ手が震えた。まだ68歳。確かに体力は落ちてきているが、まだまだ自立した生活ができる年齢だ。それなのに、もう用済みだと言わんばかりの扱いを受けていたのだ。

ようやく自宅のアパートが見えてきた。小さな1DKの部屋だが、ここが私の唯一の居場所だ。息子の家から追い出されるように帰ってくる時だけ、ほっとできる場所。玄関の鍵を開けながら、私は静かに決意を固めていた。もう、このような扱いを受け続ける必要はない。私には、私の人生があるのだから。
重い荷物を床に下ろし、私はゆっくりと部屋を見回した。質素な部屋だが、ここには私の大切な思い出が詰まっている。壁に飾られた表彰状、助産師として受けた数々の感謝状、そして亡き夫と一緒に映った写真。鏡の前に立つと、そこには疲れきった老女の姿が映っていた。

しかし、その瞬間、私の表情が変わった。悲しみに沈んでいた顔に、静かな微笑みが浮かんだのだ。
「もう決めました」
私は鏡の中の自分に向かってそう呟いた。この微笑みは、諦めの笑顔ではない。新たな決意の現れだった。

電話の受話器を手に取り、私は長年お世話になっている弁護士の番号を押した。夫が生前、病院経営に関わっていた関係で、信頼できる法律の専門家との繋がりがあったのだ。
「先生、久保田テル子です。お久しぶりです」
「お、久保田さん。お体の具合はいかがですか?」
「はい、退院しました。それで、相談したいことがあるのですが」
私は淡々と、これまでの経緯を説明した。息子夫婦からの扱い、そして今日の出来事も含めて。
「なるほど。わかりました。実は以前から心配していたんです。久保田さんがあまりにも息子さん家族に尽くしすぎていると」
弁護士の言葉に、私は少し驚いた。第三者から見ても、そう見えていたのだろうか。
「それで、どうされたいのですか?」
「全てを清算したいのです。そして、ある事実を息子たちに知らせる時が来たと思っています」
「ああ、あの件ですね。確かに、もうその時期かもしれません」

私は次に、病院の理事長室に電話をかけた。
「理事長、久保田です。明日の午前10時、お時間をいただけますでしょうか?」
「久保田先生、退院されたと聞きました。もちろん、いつでもお待ちしています」
理事長の温かい声に、私は少し心が和んだ。病院では、今でも先生と呼んでくれる人たちがいる。それは私の長年の功績を認めてくれているからだろう。

電話を切ると、私は押入れから古い木箱を取り出した。この箱には、私たち夫婦の秘密が詰まっている。夫が亡くなる前に、「テルコ、これは君が必要だと思った時に使いなさい」と渡してくれたものだ。箱を開けると、そこには数々の書類が整理されて納められていた。病院の株券、不動産の権利書、そして夫が残してくれた手紙。私はその一つ一つを確認しながら、静かに涙を流した。
「あなた、見ていてください。私、もう我慢しません」
仏壇に手を合わせ、私は夫の遺影に語りかけた。

夕方になり、私はゆっくりと荷物の整理を始めた。39年間の助産師人生で受け取った感謝の手紙、赤ちゃんの写真、そして表彰状。一つ一つを丁寧に箱に収めていく。
「久保田先生のおかげで無事に生まれました。先生の手は魔法の手です。ありがとうございました」
手紙を読み返すたびに、温かい思い出が蘇ってくる。これこそが、私の本当の財産だと改めて感じた。そして、息子の小さい頃の写真も出てきた。初めて立った日、入学式、卒業式。どの写真にも、愛おしそうに息子を見つめる私の姿が映っている。
「俊助、あなたはいつから変わってしまったの?」
写真に向かって問いかけても、答えが返ってくることはなかった。でも、もう過去を振り返っている場合ではない。

夜も更けてきた頃、私は明日の準備を整えた。久しぶりに着るフォーマルなスーツ、きちんと磨いた靴、そして亡き夫から贈られた真珠のネックレス。明日から、新しい人生が始まる。私は鏡に向かってもう一度微笑んだ。その笑顔は、もう悲しみに染まってはいなかった。
寝る前に、私は日記帳を開いた。今日という日を、しっかりと記録しておきたかったのだ。
「今日、私は退院した。そして息子夫婦から歩いて帰れと言われた。2時間の道のりを歩きながら、私は自分の人生を見つめ直した。もう、誰かのために自分を犠牲にすることはやめます。明日、全てが変わります。長い間、本当にお疲れ様でした」
ペンを置いて、私は静かに目を閉じた。明日の朝が来るのが、少し楽しみでもあった。窓の外では、春の夜風が優しく吹いていた。桜の花びらが舞い散る様子を眺めながら、私は深い眠りに就いた。

翌朝、私は久しぶりにすっきりとした気持ちで目を覚ました。窓から差し込む朝日が、新しい一日の始まりを告げているようだった。身支度を整え鏡の前に立つと、そこには昨日とは違う表情の私がいた。
午前9時50分、私は病院の正面玄関に到着した。見慣れた建物だが、今日は特別な意味を持って見える。
「久保田先生、お元気そうで何よりです」
受付の看護師が笑顔で挨拶してくれた。私も微笑みを返しながら、理事長室へと向かう。
「久保田先生、お待ちしておりました」
理事長室のドアを開けると、温かい笑顔で理事長が迎えてくれた。そして、その隣には昨日電話で話した弁護士の姿もあった。
「では、早速本題に入りましょうか」
私たちはソファセットに座り、重要な話し合いを始めた。
「久保田先生、あなたが当病院の筆頭株主であることを、息子さんご家族はご存知ないのですね」
理事長の確認に、私は静かに頷いた。
「はい。夫が亡くなった時、相続の関係で複雑になるのを避けるため、あえて伝えませんでした。でも、もうその必要はないと判断しました」
夫はこの病院の創設メンバーの一人だった。そして、その功績により、病院の株式の30%を保有していたのだ。夫の死後、それは全て私に相続されたが、私はその事実を誰にも話さず、ただ助産師として働き続けてきた。
「先生の意思は分かりました。明日の朝、私と顧問弁護士が息子さんのご自宅を訪問します」
理事長の言葉に、弁護士も頷いた。
「その際、これまでの経緯と今後の対応について正式にお伝えします。久保田先生の意思により、一切の援助は今後行わないことも含めて」
私は深く頷いた。もう、後戻りはできない。後悔する必要もない。

会議が終わり、部屋を出ようとした時、理事長が優しく声をかけてくれた。
「久保田先生、あなたはこの病院の宝です。どうか、ご自身を大切になさってください」
その言葉に、私は思わず涙が出そうになった。息子夫婦からは、聞くことのなかった温かい言葉だった。
病院を後にして、私は銀行へと向かった。ここでも、重要な手続きがあったのだ。
「久保田様、お久しぶりです。本日はどのようなご要件でしょうか?」
プライベートバンカーの担当者が丁寧に対応してくれた。私の資産状況を知っている、数少ない人物の一人だ。
「息子夫婦への毎月の振り込みを、本日を持って停止したいのです」
「承知いたしました。定期送金の解約ですね。それから、相続に関するご相談も受けた回っております」
私はこれまで、毎月15万円を息子夫婦の口座に振り込んでいた。生活費の援助という名目だったが、実際は彼らの贅沢な生活を支えるためのものだった。
「相続については、別の形を考えています。詳細は後日、弁護士から連絡させます」

手続きを終えて銀行を出ると、ちょうど昼時だった。私は久しぶりに、一人でゆっくりとレストランで食事をすることにした。
「お一人様ですね。窓際のお席はいかがですか?」
若い店員さんがにこやかに案内してくれた。メニューを見ながら、私は自由な時間を満喫した。誰かのために急いで食事を済ませる必要もない。自分のペースで過ごせる時間の素晴らしさを、改めて感じた。
午後3時、私は不動産会社を訪れた。ここでも、新しい人生のための準備を進める必要があったのだ。
「久保田様、お待ちしておりました。ご希望の物件の資料をご用意しました」
私は高級レジデンスのパンフレットを受け取った。セキュリティ完備、医療体制も整った快適な住環境。これまでの質素なアパートとは、全く違う世界だ。
「こちらの物件でしたら、久保田様のご資産なら十分にご購入可能です。しかも、医療従事者は割引も適用されます」
夫が残してくれた不動産と預貯金、そして病院の株式配当。これらを合わせると、想像を超える資産になっていた。ただ、私はそれを自分のために使うことをためらい、息子家族のために使い続けてきたのだ。
「契約の手続きを進めてください。入居は来月からでお願いします」

不動産会社を出て、私は夕暮れの町を歩いた。沈んでいく夕日が、新しい明日への希望のように見えた。
帰宅すると、留守番電話のランプが点滅していた。再生してみると、リナからの伝言だった。
「お母さん、明日は朝から来てもらえますか?溜まった洗濯物もお願いします」
相変わらずの調子だった。私の体調を気遣う言葉は、一つもない。でも、もう私は以前の私ではない。私は留守番電話を消去し、電話ケーブルを抜いた。明日の朝、息子夫婦は大きな驚きと共に真実を知ることになるだろう。

夜、私は日記に今日の出来事を記した。
「新しい人生の第一歩を踏み出しました。明日、全てが明らかになります。もう誰のためでもない、自分のための人生を生きていきます」
窓の外では、春の夜風が優しく吹いていた。明日という日が、今から楽しみでならなかった。

翌朝10時、息子夫婦の家のインターホンが鳴り響いた。
「はい。どちら様ですか?」
リナのけだるそうな声が、インターホン越しに聞こえてくる。
「おはようございます。私、桜総合病院の理事長の藤井と申します。久保田テル子様の件でお伺いしました」
「え?お母さんの?」
リナの声が急に変わった。慌てたような、そして不安そうな響きが混じっている。
「はい。重要なお話がございますので、少しお時間をいただけますでしょうか?」
玄関のドアが開き、部屋着姿のリナが顔を出した。その隣には、同じく部屋着の俊助も立っている。
「母さんに何かあったんですか?昨日、退院したばかりなのに」
俊助の声には、心配というより面倒臭そうな響きがあった。
「いえ、テルコ先生はお元気です。本日は別の用件でお伺いしました。中でお話しさせていただけますか?」
理事長の隣には、スーツ姿の弁護士も控えていた。二人の重い雰囲気に、息子夫婦は戸惑いながらも、二人をリビングへと案内した。
「実は、テルコ先生から重要な決定事項について、お二人にお伝えするように依頼を受けまして」
理事長は穏やかに、しかし力強く話し始めた。
「まず最初にお伝えしなければならないのは、久保田テル子先生が当病院の筆頭株主であるということです」
「は?」
リナが間の抜けた声をあげた。俊助も目を見開いて、理事長を見つめている。
「お母さんが株主?何かの間違いじゃないですか?」
「いいえ、間違いではありません。テルコ先生は創業者の一人である久保田教授の奥様であり、現在病院の株式の30%を保有されています」
弁護士が書類を取り出し、二人の前に広げた。そこには、確かに久保田テル子の名前が記されていた。
「そんな…聞いてない」
俊助が呆然と呟いた。
「それだけではありません」
理事長は続けた。
「テルコ先生は病院グループ全体の経営にも深く関わっており、関連施設を含めた資産総額はおよそ30億円に上ります」
「さ、30億!?」
リナが立ち上がり、叫んだ。顔面蒼白になった彼女を、俊助が慌てて支える。
「嘘だ。母さんがそんな…」
「これは事実です。そして、もう一つお伝えすることがあります」
弁護士が前に出て、淡々と告げた。
「テルコ様は、本日を持ってお二人への一切の経済的援助を停止することを決定されました。これまでの毎月15万円の送金も、本日付で停止となります」
「15万円?そんなにもらってたの?」
リナが俊助を見た。どうやら俊助は、金額をリナに隠していたようだ。
「さらに、テルコ様の遺産相続に関してですが」
弁護士は次の書類を取り出した。
「全額を医療福祉関係の団体に寄付することが決定されています。ご家族への相続は、一切ございません」
「そんな…それはあんまりだ!」
俊助が叫んだ。
「僕は息子なんですよ!相続の権利があるはずだ!」
「法的に遺留分というものがございますが、テルコ様は生前贈与という形で、すでに相当額をお渡ししています。これまでの援助金額を計算すると、すでに5000万円を超えています」
リナが床に崩れ落ちた。
「お母さん、そんなお金持ちだったなんて…。それなのに、昨日は…」
俊助も言葉を失った。昨日、退院したばかりの母親に歩いて帰れと言い放った自分たちの行為が、今になって重くのしかかってきたのだ。
「お母さんに合わせてください!謝ります!」
リナが必死の形相で訴えた。
「本当に申し訳ありませんでした!私たちが間違っていました!」
俊助も、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「今すぐ迎えに行きます!」
「いえ、私たちが会いに行きます」
しかし、理事長は首を横に振った。
「テルコ先生からの伝言です。『歩いて来られる距離ですから、会いに来る必要はありません』と」
その言葉を聞いて、二人は凍りついた。昨日、自分たちが言った言葉が、そのまま返ってきたのだ。
「それともう一つ」
弁護士が最後の書類を取り出した。
「テルコ様は高級レジデンスに入居されることが決まっています。こちらは面会が厳しく制限されており、テルコ様の許可なく会うことはできません」
「そんな…お母さん!」
リナが泣き崩れた。30億円という途方もない金額を失ったショックと、自分たちの愚かさを思い知らされた屈辱感で、体が震えていた。
「お願いします!もう一度だけチャンスをください!」
俊助が必死に訴えたが、理事長と弁護士は静かに立ち上がった。
「私どもの用件は以上です。では、失礼いたします」

二人が立ち去った後、息子夫婦はしばらく呆然としていた。
「どうしよう…。来月のローンが…」
「子供の学費も…」
今まで母親からの援助に頼りきっていた生活が、これから立ち行かなくなることに気づいた二人は、絶望的な表情で見つめ合った。
その頃、テルコは新しい住まいとなるレジデンスを見学していた。
「素晴らしい環境ですね。広々とした部屋、行き届いたサービス。そして何より、自分を一人の人間として尊重してくれるスタッフたち」
これからの生活に、希望が持てた。
「久保田様は、長年医療に貢献されてきた方だと伺っています。私たちも誇りに思います」
施設長の温かい言葉に、テルコは静かに微笑んだ。これが、本来受けるべき扱いなのだと、改めて感じた。

テルコは部屋のベランダから夕日を眺めていた。手には、息子の小さい頃の写真が一枚。
「俊助、さようなら。お母さんは、やっと自由になれました」
写真を胸に抱きしめ、テルコは新しい人生への第一歩を踏み出したのであった。

一ヶ月後、テルコは高級レジデンスの明るいラウンジで、優雅にお茶を楽しんでいた。大きな窓から差し込む朝の光が、彼女の穏やかな表情を照らしている。
「久保田様、今朝はいかがですか?」
専属の看護師が、温かい笑顔で声をかけてきた。
「とても気分がいいですよ。こんなに朝が清々しいと感じたのは、何年ぶりでしょうか」
テルコの言葉には、心からの喜びが込められていた。ここでの生活は、これまでとは全く違うものだった。朝は好きな時間に起き、栄養バランスの取れた美味しい食事をゆっくりと味わう。午前中は趣味の読書や散歩を楽しみ、午後は仲良くなった住人たちとお茶を飲みながら語らう。誰かのために急いで家事をする必要もなく、理不尽な言葉を浴びせられることもない。
「久保田先生、今日の講演会楽しみにしています」
通りかかった住人の一人が声をかけた。テルコは月に一度、施設内で助産師としての経験を語る講演会を開いていた。
「ありがとうございます。今日は、新しい命の誕生の素晴らしさについてお話しする予定です」
3000人以上の赤ちゃんを取り上げてきた経験は、ここでも多くの人に感動を与えていた。講演会の後には、必ず温かい拍手と感謝の言葉が寄せられる。それは、息子夫婦からは決して得られなかった、心からの敬意と感謝だった。

その頃、夫婦の生活は一変していた。
「また督促状が来てる…」
リナが震える手で封筒を開けた。住宅ローンの支払いが2ヶ月滞っており、銀行からの最終通告だった。
「俊助、どうするの?このままじゃ、失うわよ」
「分かってる。でも、急に15万円もなくなったら…」
俊助の表情には、かつての余裕は全くない。母親からの援助に頼りきっていた生活設計が、完全に崩壊していたのだ。
「お母さんに、もう一度お願いしてみようよ」
「無理だよ。施設に電話しても、面会は断られるし」
二人は高級レジデンスの前まで、何度も行った。しかし、セキュリティは厳重で、テルコの許可なしには一歩も中に入ることができなかった。
「お母さん、ごめんなさい」
リナは施設の門の前で、何度も頭を下げた。しかし、その謝罪の言葉がテルコに届くことは、決してなかった。

一方、テルコの元には病院の理事長から定期的に報告が入っていた。
「久保田先生。今月も病院の経営は順調です。配当金は例月通り、ご指定の口座に振り込ませていただきました」
「ありがとうございます。その資金は、若い助産師たちの育成のために使ってください」
テルコは自分の資産を、医療の発展のために使うことを決めていた。特に、次世代の助産師育成には力を入れており、奨学金制度も設立した。
「久保田先生のおかげで、今年も優秀な助産師が5人誕生しました」
「それは素晴らしい。命を預かる仕事の尊さを、しっかりと伝えていってくださいね」

ある日の午後、テルコは施設の庭園を散歩していた。美しく手入れされた花壇には、色とりどりの花が咲き誇っている。
「久保田さん、素敵な庭ですね」
隣を歩いていたのは、施設で知り合った女性だった。彼女も、息子夫婦からないがしろにされ、ここに入居してきた一人だった。
「本当に。でも、一番素敵なのは、ここでは誰もが尊重されているということですね」
「その通りです。年を取ったからと言って、価値がなくなるわけではありませんものね」
二人は顔を見合わせて、静かに微笑んだ。

夕暮れ時、テルコは部屋のバルコニーで日記を書いていた。
「今日も充実した一日でした。朝の散歩で見た桜がとても美しく、講演会では多くの方が涙を流して聞いてくださいました。夕食では、シェフが特別に作ってくれた懐石料理を堪能しました。思えば、あの日、息子夫婦から『歩いて帰れ』と言われたことが、私の人生を変えるきっかけでした。あの屈辱的な言葉がなければ、私は今でも彼らのために自分を犠牲にし続けていたかもしれません。人生は不思議なものです。最も辛い経験が、最も素晴らしい転機になることがあるのですから。今、私は心から言えます。私は幸せです、と。誰かのためではなく、自分のために生きる。それがこんなにも心地よいものだとは思いませんでした。68歳にして、やっと本当の人生を歩み始めたような気がします」
日記を閉じて、テルコは夜空を見上げた。星が美しく輝いている。
「あなた、見ていますか?私、やっと自分の人生を生きています」
亡き夫に語りかけるテルコの顔には、深い満足感が浮かんでいた。

翌朝、テルコの元に一通の手紙が届いた。差出人は、かつてテルコが取り上げた赤ちゃんの一人だった。
「久保田先生へ。私は30年前、先生に取り上げていただいたものです。この度、私も助産師になることができました。先生の奨学金のおかげです。先生のような素晴らしい助産師を目指して頑張ります」
テルコは手紙を胸に抱きしめ、静かに涙を流した。それこそが、本当の財産だと改めて感じた。物語は、ここで一つの区切りを迎える。理不尽な扱いを受けた久保田テル子さんは、静かに、しかし確実に自分の尊厳を取り戻した。30億円という資産よりも価値があったのは、自分を大切にする勇気と、新しい人生を歩み出す決断だった。

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