出社初日、総務部長が私の履歴書を封筒ごとシュレッダーに突っ込んだ。「お前みたいな底辺の爺が、うちの会社に必要ねえの」と、皆の前で嘲笑いながら。私は52歳の公認会計士。地元では一目置かれる存在だった。だが、この東京の会社では、ただの「しょぼい爺」だったようだ。我慢して引き下がろうとした、まさにその瞬間。廊下の向こうから社長が現れた。すると、あれだけ偉そうだった部長が態度を一変させて媚びへつらい…

出社初日、総務部長が私の履歴書を封筒ごとシュレッダーに突っ込んだ。「お前みたいな底辺の爺が、うちの会社に必要ねえの」と、皆の前で嘲笑いながら。私は52歳の公認会計士。地元では一目置かれる存在だった。だが、この東京の会社では、ただの「しょぼい爺」だったようだ。我慢して引き下がろうとした、まさにその瞬間。廊下の向こうから社長が現れた。すると、あれだけ偉そうだった部長が態度を一変させて媚びへつらい...

出社初日、私は総務部の入り口で立ち尽くしていた。案内に従って挨拶をしたが、社員たちは忙しそうに働いていて、誰もこちらを見ようとしない。

奥のデスクに座っていた男性が、うんざりした様子で顔を上げた。私より少し年下だろう。鋭い目つきが、この人の性格をありありと物語っているようだった。

社員証には「総務部長 岩村」とあった。彼は無言で私を頭の先から爪先まで眺め回すと、雑な口調で言った。

「何の用だ?ぼーっと突っ立ってないで、さっさと要件を言え。俺は忙しいんだよ」

私は気持ちを落ち着け、名乗ることにした。

「本日付で入社いたしました堀田と申します。案内で総務部によるよう言われていたもので」

そう言って鞄から履歴書を取り出そうとした瞬間、岩村部長はまた私を舐めるように見回した。そして、ふんっと鼻で笑った。

「転職者が来るってことは聞いてたが、おいおい、冗談はよしてくれよ。お前みたいなしょぼい爺がうちに転職してくるなんて、こっちは聞いてないぞ」

顔の肉が奇妙に歪み、あからさまな嘲笑を浮かべている。

「前みたいなしょぼくれた爺は知らないかもしれないが、我が社は上場を控えた優良企業でね。そこで働くってなったら、社員も当然優秀な人間であることが第一条件なんだよ」

彼は得意げに語り始めた。

「かくいう俺も、幼稚園から私立の名門に入り、その後も大学まで全て全国に名知られたエリート学校を卒業しているんだ。もちろん、それぞれ優秀な成績でね」

私は困惑しながらも、曖昧に頷くのが精一杯だった。

「これはこれは、それはすごいですね」

すると彼はますます得意げに胸を張った。

「そうだろう。ま、俺なんだから当然の結果だがな」

自慢話はまだまだ続きそうだった。私は早くこの場を離れたかった。隙を見計らって、履歴書を差し出す。

「あの、これ、私の履歴書です。お世話になります。よろしくお願いいたします」

すると、岩村部長は私の差し出した履歴書を封筒ごと引ったくった。そうして唇の端を釣り上げると、中を確かめることもせず、そのまま足元にあったシュレッダーの口に突っ込んだのだ。

「え?」

あまりの出来事に私は固まる。機械音が響き、紙片が舞い落ちる。岩村部長はそれを楽しげに見ながら、勝ち誇ったように笑った。

「履歴書だって?解雇通知書の間違いじゃないのか。というか、お前みたいな底辺の爺が誰に雇われるんだよ。そもそも、これから世界に打って出ようとしているこの会社に、しょぼい爺は必要ねえの」

彼の大声に、周りの社員たちが気まずそうにこちらを見ている。だが、誰一人声を上げようとはしない。私は唇を噛みしめ、怒りを飲み込んで硬い声で言った。

「わかりました。それでは失礼します」

そう告げて背を向けようとした、まさにその時だった。廊下の向こうから、スーツ姿の物腰の柔らかい初老の男性が姿を現した。

すると、あれだけ私を嘲っていた岩村部長が、人の変わったような猫撫で声をあげる。

「社長、おはようございます!」

彼は私を押しのけるようにして男性に駆け寄り、媚びへつらうように話しかけ始めた。

「いやあ、社長、今日もビシッと決まっていらっしゃいますなあ。そうそう、昨日のゴルフも素晴らしいスコアで。やはりできる男は何でもこなしてしまわれるんですねえ」

先ほどまでの態度は何だったのか。その変わり身の速さに、私は言葉を失う。一方、社長は迷惑そうに眉をひそめていた。そして、岩村部長を適当にあしらうと、彼の影に隠れていた私の姿に気づいたようだ。眉間のしわをすぐに解き、人懐っこい笑顔を浮かべる。

「これはこれは、堀田さん。よくぞ我が社に来てくださいました。これからどうぞよろしくお願いいたします」

そう言うや、深々と頭を下げる社長。横で見ていた岩村部長が、困惑したように首をかしげた。

「え?」

私はそんな彼を一瞥し、社長へ向き直った。

「どうも、ご無沙汰しています。社長にお誘いいただき、私のような者でも何かお手伝いできることがあればと思い、こうして参りました。ですが、たった今、私みたいな底辺の爺はこの会社に必要ないと言われまして」

私の言葉に、社長が驚いたように顔を上げる。

「ちょ、ちょっと待ってください。底辺の爺……?そんな失礼なことを口にしたのは誰ですか?いったい誰があなたにそんなことを?」

顔を青ざめさせて問いかける社長に、私はわざと悲しげに目を伏せ、淡々と告げた。

「もうすぐ上場するこの会社で働くのなら、社員本人も当然優秀でなくてはならないと。それゆえ、私のような爺はお呼びじゃないと。手渡した私の履歴書には目も通さず、封筒ごとシュレッダーへ。そちらの岩村部長が」

そう言って、私は静かに岩村部長へ視線を向けた。私の行動を追うように、社長も彼を睨む。あれだけ勢いよく持ち上げていた社長にまで睨まれたとあって、岩村部長の顔からは一気に血の気が引いていった。

「ご、これはこれは、その……ちょっとした思い違いの結果というかですねえ」

油汗を流しながら言い訳する岩村部長。だが、そんな言い訳が通じるはずもなく、社長の顔が徐々に赤く染まっていく。

「岩村!お前、堀田さんに爺とは何事だ!」

耳が痛くなるほどの大音量に、岩村部長は驚いて飛び上がった。それでも懲りずに、小さな声で言い訳を続ける。

「で、ですが、こんなしょぼい爺……平凡なお年寄りに、我が社のような上場企業はあまりにも似つかわしくないかと思いまして」

それを聞いた社長は、今度こそ怒りで顔を真っ赤にさせた。

「お前はバカか?いいか?よく聞け。こちらの堀田さんのお力がなければ、うちはそもそも上場なんてできやしないんだよ」

岩村部長の目は点になっている。社長は深いため息をつくと、子供でも相手にするようにゆっくりと続けた。

「こちらの堀田さんは、公認会計士でいらっしゃるんだ」

「え?こんな爺が……」

思わずといった風に飛び出たその言葉に、社長が鬼の形相で睨む。岩村部長は懲りずに首をすくめた。

社長の言う通りだった。私は長年、公認会計士として地元の企業を裏から支え続けてきた。そして、今目の前にいるこの社長も、実は東京出身で私の後輩にあたる人物なのだ。数年前、彼は自身が経営するこの会社の立て直しを、私に依頼してきた。

当時のこの会社は、経営者自身が経費の流用という不正に手を染めていた。役員たちも自分の立場を守ることにだけ熱心で、社員たちも上層部に嫌気が差し、やる気のないだらけた空気が蔓延していた。業績も最悪で、私が見てきた企業の中でも群を抜いてひどい状況だった。

それでも私は、可愛い後輩のために決意した。まず、原因となっていた経営者を即刻解雇とし、会社の土台作りから手をつけた。役員や社員たちの意識向上にも力を注ぐ。

最初は何も響いていないようだった。それでも私が根気よく社員たちの話に耳を傾け、指導を続けていくうちに、彼らの意識も変わっていった。

「万年最下位もない会社」と周囲から呼ばれていた彼らだったが、そこで働いていた社員たちは決してダメな人間ではなかった。ただ、彼らの規範となるべき上の人間たちが揃って愚か者だっただけだ。

組織改革と共に仕事への情熱を取り戻した社員たちは、一丸となって会社を盛り上げていった。結果、業績は目を見張るほどのV字回復を見せ、誰にも期待されていなかったその会社は、見る見るうちに業界のトップへと駆け上がっていった。

その出来事は「片田舎の会社が起こした奇跡」として、今でも語り継がれている。

「岩村、いくら君でも話くらいは聞いたことがあるだろう」

そう問いかけられ、岩村部長は青い顔をしながらコクコクと頷く。社長は話を続けた。

「私はその時、堀田さんの手腕に惚れ込んだんだ。そして、我が社の上場を目指し、彼を本社の取り締まり役に迎えることにした」

「取り締まり役……」

岩村部長が目を見開いた。私の立場が自身の役職よりはるかに上であることを、今更ながらに知り動揺しているらしい。

そんなにビクビクするなら、最初からあんなことをしなければいいのに。社長も同じことを思ったのだろう。何度目かのため息をついて、諦めの境地で言った。

「堀田さんには、これから本社を含め我が社全体の内部統制や監査体制が上場基準に適合できるよう、みっちり指導していただく」

そう、これが私の転職理由だった。この話を聞いた当初、私は迷っていた。長年住み慣れた地元に愛着もある。この年で転職するのはハードルが高い気もした。だが、地元は過疎化が進み、企業の撤退も相次いでいる。家族とも十分に話し合い、結局私は社長の誘いを受けることにしたのだ。

しかし、ここまで説明しても、岩村部長はまだ信じられないものを見るように私を見ている。

「まさか、こんな爺が取り締まり役なんて……」

「おいおい、まだ言うか」

私はもはや笑ってしまいそうになった。確かに私は爺だが、そういう彼も私と似たような年ではないか。

私はそ知らぬ顔で社長へ視線を向けると、鞄から一束の書類を取り出した。

「こちらが、ご依頼いただいた特定の本社社員に対する事前調査の結果報告書です」

「事前調査だと?」

その瞬間、岩村部長がぎょっとした顔をした。だが私は気づかないふりをして、報告書を社長へ手渡した。

「社長のご指摘の通り、コンプライアンス違反に相当する社員が数名見受けられました」

そう、これは私がこの会社に転職するにあたっての最初の仕事だった。社長から依頼されたのは、社員たちの勤務態度及び不正の調査。中にはハラスメント行為や不正行為など、すでに社長の方にまで報告が上がっている社員もいて、今回はそんな疑惑のある社員たちを中心に、私が水面下で調査を行ったのだ。

厳しい顔で報告書をめくっていた社長が、ふと手を止める。そして、ゆっくりと岩村部長を見上げた。

「部下に対する暴言、その他ハラスメント行為、自身の立場を傘に着た不正な会社の金の使い込み、さらには経費の流用まで……。岩村、ここに書かれてあることは事実かね?」

社長の鋭い眼差しに射抜かれ、岩村部長がブルブルと震え始めた。

「で、ですから!これは、私にバカにされたと一方的に逆恨みした、そこの爺があることないこと勝手に捏造しただけで……」

まだ言い訳を続ける彼に、私は冷静に答えた。

「おや、それは矛盾してますね。私があなたに会ったのは今日が初めてです。それなのに、どこをどうしたらこんな書類が作成できるとおっしゃるのですか?だってあなた、先ほどからずっと私と一緒にいましたよね?」

私の指摘に、岩村部長がぐっと言葉に詰まる。そこで私は、彼に最大級の言葉を叩きつけることにした。

「ああ、なるほど。あなたも爺ですからね。都合の悪い事実はすぐにお忘れになってしまわれるのでしょうか?けど、この質問にはすぐに答えられるでしょう」

そう言って私は一度言葉を切り、岩村部長を真正面から睨みつけて、口を開いた。

「同じ爺同士でも、この会社に必要なのは私とあなた、どちらでしょうね」

直後、まるでお化けでも見たかのように、岩村部長はか細い悲鳴を上げた。そして、へなへなとその場に崩れ落ちる。

社長が厳しく告げた。

「岩村、お前にはとことん失望した。周囲へのハラスメントに飽きたらず、会社の金にまで手をつけよって。俺も舐められたもんだな」

「ち、違います!私は悪くない!悪くないんだ!」

床に膝をついたまま、慌てた様子で言い訳を続ける岩村部長。だが、社長は感情の伺えない瞳で見下ろした。

「岩村は、今日で首だ」

解雇を言い渡す声が廊下に冷たく響いた。それから社長は私に再び頭を下げ、ため息混じりに続けた。

「堀田さんには、本当にご迷惑をおかけします」

そんな後輩に、私は静かに首を振った。

「不正を出し切らなければ、上場企業とは名乗れませんからね。微力ながら、これからも上場企業にふさわしいクリーンな組織作りへ邁進させていただきます」

私たちは、廊下にうずくまる岩村部長を一瞥し、その場を去った。

さて、その後のことだ。私の調査が決め手となり、岩村部長には明らかなコンプライアンス違反があったとして解雇となった。事前調査で判明した他の問題社員に対しても、同様の処分が速やかに下された。

それから私は、組織再編や会社の体制作りに尽力した。解雇となった社員たちが課長職以上に集中していたにも関わらず、現場は混乱することなく業務は滞りなく進んだ。問題上司が排除されたことで職場の空気が一変し、社員たちはむしろ生き生きと働き始めた。

やはり、組織は上に立つものの資質が大いに問われる場所である。私は改めてそう思った。

その後、社員たちの頑張りもあり、会社は無事に上場を果たした。株価は上昇し、業績も順調に推移している。

「ありがとうございます、堀田さん。今回の件は全て堀田さんのおかげです」

後日、社長にそう言われたが、言葉を素直に受け取りながらも、私はますます気が引き締まる思いだった。

社長であろうが平社員であろうが、人間が動かしている以上、組織とは生き物である。人の一生と同じで、良い状態がずっと続くわけでもなければ、一度つまずいてしまえば立て直すのも一苦労だ。だが、これから先、きっと訪れるであろう危機を見据え、例えそんな状況に陥ったとしても必ず乗り越えられるよう、この会社の土台を裏から支えるのが私の役目だ。

張り合いと緊張感を持って、私は今日も真面目に仕事へと励んでいる。

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