「田舎の工場で男親に育てられたからって、野蛮人扱いですか。」婚約者の両親に結婚を拒否され、家を追い出されたその夜、父が静かに言ったのは「そうか」の一言だけだった。翌朝、普段は作業服しか着ない無口な父が、珍しくスーツを着て「仕事で人と会う」と言い残して出ていった。その日の昼、婚約者から一本の電話がかかってきた。「急いで父の会社に来てほしいの。」社長室に飛び込むと、昨日あれだけ俺を見下した両親が…

「田舎の工場で男親に育てられたからって、野蛮人扱いですか。」婚約者の両親に結婚を拒否され、家を追い出されたその夜、父が静かに言ったのは「そうか」の一言だけだった。翌朝、普段は作業服しか着ない無口な父が、珍しくスーツを着て「仕事で人と会う」と言い残して出ていった。その日の昼、婚約者から一本の電話がかかってきた。「急いで父の会社に来てほしいの。」社長室に飛び込むと、昨日あれだけ俺を見下した両親が...

「田舎の工場で男親に育てられたからって、野蛮人扱いですか。」

そう言われた瞬間、俺は言葉を失った。彼女の両親は、たったそれだけの理由で俺の結婚の申し入れを断ったのだ。そして、家を追い出された。

徒歩でアパートに帰るしかなかった。頭の中は真っ白で、足元もおぼつかなかった。

名前は大西。父の大西タケシと二人暮らしをしていた。物心つく前に母を病気で亡くし、父は男手一つで俺を育ててくれた。父は田舎町の小さなネジ工場を経営しているが、経営は決して楽ではない。家は貧しく、父は気難しくて無口だった。

そんな父だから、遊びに連れて行ってもらえたことは一度もない。俺の遊び場はもっぱら工場の敷地内だった。幼い頃から父が働く姿を間近で見て育った影響で、自然と物づくりに興味を持つようになった。エンジニアを目指して工業高校に進学したのも、父の助けになりたいという気持ちがあったからだ。

だが、学生生活を送るうちに外の世界にも興味が湧いてきた。父の工場ではネジしか作っていない。俺は父と同じ道を歩むだけでいいのだろうか。高校卒業の時、思い切って父に相談した。

「父さん、俺、進路を決めかねてるんだ」
「好きな場所で好きなことを極めろ」
「でも、父さんの経営が大変なんじゃないか。俺がいたら手伝えるかもしれないけど」
「そんなこと、お前が心配することじゃねえ。お前はお前のやりたいことをすればいいんだ」

父はそれだけ言って、背中を押してくれた。俺は地元を出て、精密機械を扱う会社にエンジニアとして就職した。

それから10年。俺はエンジニアとして一目置かれる存在になっていた。後輩の指導も任されるようになり、正確な作業を何より大切に教えていた。

ある日、同僚がこんな話をしてきた。

「大西、知ってるか? 大手自動車メーカーが宇宙ビジネス事業部を設立するんだってよ。ロケットと火星探査の開発を始めたらしい」
「すげえ。そういう仕事に憧れるよな」

すると、傍にいた女性社員が口を挟んだ。

「あら、そんな大西君にいい人を紹介しちゃおうかしら。その開発をしてる会社の社長令嬢と同級生なのよ」

まさか、そんな話が舞い込むとは。少しでも近づきになれれば、あの開発に関われるかもしれない。俺はお願いして、飲み会に参加することにした。

当日、会場に行くと学生時代の同級生の飲み会という雰囲気で、完全に場違いだった。来るんじゃなかったと後悔しかけたその時、同僚が一人の女性を紹介してくれた。

「初めまして。菅野リンです。エンジニアさんってすごいですね」
「初めまして、大西です。いやいや、そんなにすごくはないですよ」

リンは俺が想像していたようなお嬢様ではなく、ごく普通の女性だった。気さくで人当たりが良く、肩の力を抜いて話ができた。ロケットや探査機に興味があるはずなのに、結局その話は一切しなかった。それくらい、リンとのおしゃべりがただただ楽しかった。それはリンも同じだったのだと思う。

俺たちは連絡先を交換し、頻繁に連絡を取り合うようになり、すぐに交際に発展した。1年ほどの交際期間を経て、俺たちは婚約した。リンが実家で俺の話を両親に伝えると、好印象だったらしい。俺たちは早めに結婚の段取りを進めることにした。

就職してから仕事が忙しく、父に連絡する機会が減っていた。父も無口で不器用な性格だから、向こうから連絡してくることもない。改まった父への電話は少し気まずくて、緊張した。

「父さん、俺、婚約したんだ」
「いつの間に?」

父は俺の爆弾発言にも、大した感情を見せなかった。もっと喜んでくれてもいいだろうに。

「父さんに彼女を紹介したいから連れて行こうと思ってるんだけど、いつがいいかな?」
「そっちに仕事で用があるから、ついでによる」

タイミングが良かった。仕事のついでに来るつもりらしい。俺は、その日にリンを父に紹介することにした。ちょうどその日は、リンの両親に結婚の挨拶に行く日だった。なので、父にはアパートで待ってもらうことにした。

当日、俺は用意していた少し高めのスーツに身を包み、部屋を念入りに掃除した。呼び鈴が鳴り、玄関には父が立っていた。何年かぶりに見た父は少し老けたように感じたが、雰囲気はあまり変わっていなかった。

「父さん、いらっしゃい」
「邪魔する」

父は小さな荷物と、明らかにスーツが入っている袋を持っていた。

「俺がいない間、好きにくつろいでてくれ。でも、彼女が来る時はちゃんとしててくれよ」
「分かった、分かった」

留守番を任せ、俺は美味しいと評判の和菓子を手土産に、リンの実家へ向かった。

高級住宅街に足を踏み入れ、教えられた場所へ行くと、映画でしか見ないような豪邸が視界に飛び込んできた。緊張で震える手で呼び鈴を押すと、リンの両親が笑顔で迎えてくれて、家の中へ通してくれた。

「いらっしゃい。よく来てくれたね。さあ、上がってくれ」

リンの両親はとても丁寧に接してくれた。俺が想像していたような頑固な父親像は、すぐに崩れ去った。毎日スーツを着ているのだろう、立ち振る舞いも堂々としている。俺の心配をよそに、リンの両親はとても優しい人物だった。強い口調で話すこともなく、俺の話に静かに耳を傾けてくれていた。

しかし、話の流れで両親の話題になった時、二人の態度は一変した。

「お母様が早くに亡くなられたそうで。それは苦労なさったでしょうね」
「ええ。父が一人で頑張ってくれまして。だからこそ、エンジニアの道を選んだんです」
「君の真面目さや仕事に対する姿勢は評価している。だが、結婚を認めることはできない」
「え? どうしてですか?」
「理由は簡単だ。田舎のネジ工場で、男手一つで育てられたからだ」
「え?」
「田舎の工場で男親一人なんて、まともな家庭とは思えん。田舎の野蛮人はちょっと無理だな。可愛い娘に暴力でも振われたら困る」

あまりのことに、俺はポカンとしてしまった。リンの両親は勝手な想像で俺を見下していた。

「そんなことを言うなんて最低よ! ケンさんはそんな人じゃないわ!」
「ふさわしい人を紹介してやるから、そんな男とは別れなさい」
「絶対に嫌!」
「親の言うことを聞きなさい! 私たちはあなたの心配をしているのよ!」

リンと両親の言い争いが始まり、俺にはどうすることもできなかった。そして、ついには一人、家から追い出されてしまった。

アパートに帰ると、留守番していた父が待っていた。

「おお、お帰り」
「……ただいま」
「なんだ? どうした?」
「……結婚、認めてもらえなかった」

俺はぽつりと事情を話した。父のことを否定される形になってしまったが、誰かに聞いてほしかった。父は俺の言葉にも表情一つ変えず、黙って耳を傾けてくれた。

「結婚は無理かもしれない」
「そうか」

父はそれ以上、何も言わなかった。息子の婚約者を紹介してもらえると思って田舎から出てきて、それなりに楽しみにしていただろうに。本来なら、この場にリンもいたはずだった。そう思うと、アパートの一室がとても広く感じた。この晩は、父がいつの間にか用意していた酒を二人で飲み明かした。

翌朝、父がスーツ姿で外へ出ようとしていた。

「あれ? 父さん、どこに行くの?」
「仕事で人と会う」

そういえば、父は仕事の関係でこちらに来ていたのだった。リンのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

「言ってらっしゃい」
「お前もさっさと支度しろよ」

俺もだるい体を引きずりながら、仕事へ向かった。二日酔いで頭痛がひどい。仕事をしていれば、昨日の嫌な話も忘れられる。そう思いながら、昼休みになると少し頭もすっきりしてきた。昼食を取っていると、スマホが着信を知らせた。相手の名前を確認すると、なんとリンからだった。

「もしもし、どうした?」
「悪いんだけど、急いで父の会社に来てほしいの」

俺は状況を飲み込めなかったが、上司に事情を話して早退させてもらい、大急ぎでリンの父親の会社へ向かった。受付に名前を言うと、社員が社長室へ案内してくれた。

社長室に通されると、そこにはリンとリンの両親が待っていた。リンは機嫌が良さそうに微笑んでいたが、リンの両親は顔面蒼白で、油汗まで出ているようだった。

「昨日は本当に申し訳なかった! 完全にあなたを誤解していたわ。ごめんなさい」
「え? 何がどうしたんですか?」

昨日の態度とは打って変わって、俺にひたすら頭を下げてくる両親。状況が理解できず、俺はリンへ視線を向けると、リンはにっこりと笑った。

「君の父上の工場だとは知らなかったんだ。申し訳ない」
「このままだと、我が社が受注している宇宙ビジネスが立ち行かなくなってしまうのよ。お願い、許して!」

両親に泣きつかれる。土下座する勢いで謝られてしまい、俺は何が何だかわからず困惑した。宇宙ビジネスというと、ロケットや火星探査の話だろうか。それで、なぜ俺に謝罪するのか。

戸惑う俺に、リンが分かりやすく説明してくれた。

「今話題になっているロケットと火星探査機があるでしょ。それに、ケンさんのお父さんが作っているネジが使われていたのよ」
「父さんのネジが? そんなすごい話、初めて聞いたよ」

父は元々口数が少ないが、そんな大事なことくらいは話してほしかった。通りで、作業服しか着ない父がわざわざスーツを着てまで仕事の話に来ていたわけだ。

「昨日の話を、お父さんにしたでしょ。そしたら今朝、お父さんが会社に来てくれて、『契約を破棄する』って一言だけ言って、出ていっちゃったの」

さすがは俺の父親だ。いくら無口でも、大手企業に対してそんな態度を取れる人間はそうはいないだろう。

「それにしても、よく俺の父親だって分かったな」
「そりゃあ、顔が一緒だし。昨日今日だったから、担当に問い合わせたらすぐに分かったわ」

すると、リンの父親が縋るような目で俺を見た。

「た、頼む! 君からも、お父様にお願いしてくれないか? これは大事なビジネスなんだ! 君のお父様が作るネジは、世界中のネジから選び抜いた唯一無二のネジなんだよ!」

父親に泣きつかれてしまい、俺は若干諦めつつも、父へ電話をかけた。父はすぐに電話に出てくれた。

俺が「契約社長が破棄を撤回してほしいと言っている」と伝えると、父は一言、「あの野郎の工場のネジは使えないだろうから、破棄してやった」と言った。その返答を二人の両親に伝えると、二人は顔面蒼白になり、床へと崩れ落ちた。その背中には哀愁が漂っていて、なんと声をかけたらいいのか分からなかった。

すると、実の娘であるリンが、追い打ちをかけた。

「当然ね。家柄で人を判断するような最低な人間に、大事な商品を売ってくれるわけないわ」

動けなくなってしまった両親をリンに任せ、俺は父がいるであろうアパートへと急いだ。部屋には、すでに酒を飲んでいる父の姿があった。

「ねえ、本当に破棄しちゃって良かったのか?」
「我慢もんか。ネジが欲しけりゃ、その辺のネジでも使えばいい」

そう口にする父は、最高にかっこよかった。

「おい、お前も付き合え」
「ああ、分かったよ」

父に付き合って酒を飲み始めた。普段は無口な父だったが、今日は珍しく仕事の話をしてくれた。自分のネジのすごいところを延々と語る父親に、俺も飽きずに相槌を打って一晩を過ごした。

その後しばらくして、俺はリンと結婚した。リンは「親子の縁を切る」と言い出し、家を飛び出してきたのだ。実際には多少の交流はあるようなのだが、一度痛い目を見ているため、両親は強く出られなかったのだろう。

そして、リンの紹介で、俺は転職して火星探査機の開発に関わるようになった。この仕事に携わってからというもの、父の作るネジのすごさを痛感した。父の作るネジは、寸分の狂いもない完璧な形状をしていた。リンの父親が言った通り、唯一無二のネジだ。これは全て、父がネジを極めようと努力し続けた結果である。

父は現在、ロケットと火星探査向けに新たなネジを開発しており、これにも大きな期待が寄せられている。働いている場所は全く違うが、俺は火星探査機の開発に関わるにあたり、父のネジを使っている。

父の工場を手伝いたいと思っていたが、まさかこのような形で父と力を合わせることになるとは思ってもいなかった。一度、リンを紹介するために実家へ帰ったのだが、昔と変わらない古い工場があり、そこでネジを作る父の姿があった。それは、父が昔と変わらずここでネジを極め、さらに上を目指しているということに他ならない。

ネジを極める父の背中を追って、俺もエンジニアとして何かを極めた存在になりたいと思う。そのためにも、まずは父のネジを使って火星探査を完成させることから始める。これも一つの「極めること」だろうから。

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