同窓会で、よりによって一番会いたくなかった黒田に絡まれ、ゲーム三昧のダメ人間扱いされた俺。ところがその時、横断歩道の向こうに、ため息が出るほど綺麗な女性が立っていた。黒田がナンパに走る中、その美女は俺の前に歩み寄ってきて、こう言った。「ねえ、のぞみ君でしょ?私、アカだよ。」見違えた幼馴染みのアカは、俺のために黒田に噛みつき、勝ち気な笑顔を見せた。「のぞみ君は、たくさんの人に認められているすご…

同窓会で、よりによって一番会いたくなかった黒田に絡まれ、ゲーム三昧のダメ人間扱いされた俺。ところがその時、横断歩道の向こうに、ため息が出るほど綺麗な女性が立っていた。黒田がナンパに走る中、その美女は俺の前に歩み寄ってきて、こう言った。「ねえ、のぞみ君でしょ?私、アカだよ。」見違えた幼馴染みのアカは、俺のために黒田に噛みつき、勝ち気な笑顔を見せた。「のぞみ君は、たくさんの人に認められているすご...

同窓会に行く途中、俺は早速後悔していた。高校時代に一番会いたくなかった同級生に、よりによって最初に鉢合わせしてしまったからだ。ところがその時だった。「なんだ、あれ?」クラスメートが呆然と立ち尽くす。その視線の先には、超絶美人の女性が立っていた。「久しぶりだね。来てくれなくても、ずっと待ってるから。」そんなメッセージを受け取ったら、行かないわけにはいかないじゃないか。俺はしぶしぶジャケットを羽織り、玄関でスニーカーを履いてドアを開けた。ああ、行きたくないな。同窓会なんて。

俺の名前は清水のぞみ、25歳。卒業して初めての同窓会ということで、グループチャットは「早くみんなに会いたい」という前向きなメッセージで溢れていた。しかし俺は、出席確認の期限ギリギリに「出席します」と送っただけだ。なぜって、高校時代の俺には、かつての同級生に会いたくなるような思い出がなかったからだ。思い出すのは、いつも教室の端で小さくなっていた自分。陰キャだった俺は、暗い3年間を送った。みんなは俺のことを覚えているだろうか。いや、覚えていたとしても、喜ぶ奴なんて誰もいないだろう。

それでも足を会場へ向けているのは、幼馴染みのアカのためだった。保育園からずっと一緒だったアカ。ぽっちゃりした体型にインドア派の白い肌、いつもボソボソと小さな声。そんな特徴のせいで、クラスでは良くないあだ名で呼ばれていた。あの頃の俺にとって、アカは陰キャ仲間で、唯一と言っていい友人だった。そうだ。あいつに会うなら、あれを持っていくか。俺はくるっと回れ右して、来た道を引き返した。その足取りは、自分でも不思議なくらい軽かった。

ところが、横断歩道を渡れば会場であるホテルに到着するという時だった。「おや、陰キャの清水君じゃないか。元気してたっけ?」その瞬間、俺の顔が引きつる。一番最初に会う同級生が、よりによって一番会いたくない奴だなんて。「めちゃくちゃ久しぶりだね。元気だった?のぞみちゃん」その呼び方。黒田はニヤニヤと笑いながら近づいてきた。学生時代の力関係とは、どうしてこうも人を縛るんだろう。「相変わらずさえないっていうか、芋臭いっていうか。全然のぞみちゃんは変わらないな。安心したよ」歯を見せて笑いながら、俺の肩をバンバン叩く元クラスメートの黒田。彼は昔からデリカシーのかけらもなくて、思ったことをずけずけと口にするやつだった。彼のような人間ほど、なぜか勉強も運動もできて、おまけに容姿まで優れていて、当たり前のようにクラスの中心にいる。俺たちはクラスカーストの頂点と底辺にいた。

「黒田君は何か用?僕がどうかした?もしかして、相変わらずイケメンだな、とか?」悔しいが、その通りだった。むしろ昔よりも精悍な顔つきになって、さらにイケメン度が増している。「なあなあ、ブロッサム広告って知ってる?僕って今あの会社で営業の仕事をしてるんだよね」満面のドヤ顔で言う黒田。業界でも五指に入る大手広告会社だ。「で、そっちは昔は教室でゲームばっかしてたけど、まさか今でもゲーム三昧の毎日じゃないよね。」「うん。」「え、マジで?」沈黙する俺を見て、黒田は腹を抱えて爆笑した。「マジで?ってことは引きこもりかなんかなのか?こんな田舎にある実家で今も?」反論しようとする俺に、黒田は全く口を挟ませなかった。「いいからいいから。人生色々あるよね。僕たちまだ25だし。いくらでも再スタートできるって。頑張ろう。」

そうだった。こういうところも苦手だったな。俺が遠い目をしたその時だった。「そういえば、あいつも出席なのにはびっくりしたな。」「あいつ?」「あいつだよ。君と仲が良かったメガネ陰キャの白豚のアカ。」その瞬間、俺の頭の中は爆発したかと思った。無意識に黒田の肩を掴んでいた。自分がどう言われたっていい。しかし、ここにいない幼馴染みを馬鹿にされるのは、自分でも信じられないほど腹が立った。だが、俺に肩を掴まれているのに、黒田は別の方を向いて全くこちらに気づいていなかった。「なんだ、あれ?」ぽつりと呟いて、黒田は立ち尽くしていた。何事かと俺も彼の視線を追うと、横断歩道の向こう、ビルを背に一人の女性が立っている。その姿に俺も黒田と同じく釘付けになった。透き通るように白い肌。緩くウェーブした艶のある黒髪。前髪の下には宝石のように輝く大きな瞳。着ているクリーム色のワンピースからは、しなやかな手足がすらりと伸びていた。「人間だよ。しかもすっごい美人。」興奮した口調で黒田が俺の肩を揺さぶる。「ちょっと行ってくる。」ナンパだ、と言うが早いか、黒田は駆け足で横断歩道を渡った。「はじめまして。一目惚れです。よければこれから僕と食事でも」まるで結婚を申し込むかのように、片膝立ちで美女に手を差し出す黒田。「君、よかったら…」「ねえ、のぞみ君でしょ?」下を向いていた俺は、顔を上げた瞬間、目玉が飛び出るかと思った。なぜなら、交差点の向こうにいたはずの美女が、なんと手が触れそうなほどの至近距離にいたのだから。「お待たせ。遅れてごめんなさい。」「ねえ、怒ってるの?私が待ち合わせに遅れたから。」「怒ってないよ。どうせ道を間違えたとかだろ。」「どうして分かったの?」「そりゃアカは昔から。」その途端、ぼやけていた周囲の音が一瞬でクリアになった。美女はにっこりと大輪の花が咲くような微笑みを浮かべた。「久しぶり」と、すらりと長い指で髪の毛の先をつまんだ。その照れた時の癖はアカだ。

一瞬誰だか分からなかった。あまりに別人すぎる。俺の記憶にいるアカは、眼鏡をした豚だと言われ、的になっていた。丸い顔に太い手足、小さな目。体型を隠すようなブカブカの制服。それが卒業式で最後に見たアカの姿だったのに。「本当にアカだよな。」「そんなに名前を呼ばれると、ちょっと恥ずかしい。」呆然としながらアカと見つめ合う。そこへ慌てた様子の黒田がダッシュで駆け寄ってきた。「おいおいおい。彼女と知り合いだったのか?清水。」無理もないが、黒田も彼女がアカだと気づいていないらしい。ふと意地悪い心が湧いて、俺はわざととぼけて見せた。「覚えていないのか?彼女もクラスメートだったのに。」「クラスメートってことは、今日の同窓会にも…あ、参加するんですか!マジかよ。」頭を抱えて黒田は体をよじらせた。「ごめんなさい。思い出せません。こんな美人を忘れるとは、僕はなんてダメな男なんだ。だけど、ここで再開できたのも何かの縁。一緒に会場へ入りませんか?」再び片膝をついてアカに手を差し出す黒田。だったが、その横をアカは無言で通り抜けた。「え?」決め顔のまま固まる黒田を完全スルーして、アカはにっこりと微笑み、いきなり俺の手をぎゅっと握った。「のぞみ君、早く。同窓会が始まっちゃう。」「え、あか、ちょっ」信号が青になると同時に、アカに引っ張られながら俺たちは駆け足で横断歩道を渡った。

同窓会会場で、アカは会場中の視線を集めていた。痩せてスリムになったというレベルの話じゃない。見た目が激変したことで、内面まで別人のようになったというか、堂々と背筋を伸ばして歩く姿はまるでトップモデルのようだ。「マジで綺麗になったよね、野原さん。」近くにいた同級生のつぶやきで、心臓がドキッと跳ね上がる。なんか遠くなったな。俺とアカは、違う世界の人間同士になったみたいだ。情けないことに、俺は逃げた。廊下でジャケットのポケットを探って、中にあったひんやりと硬いものを握りしめる。その正体は、自宅から持ってきた携帯ゲーム機。昔、実家でアカと毎日のように遊んだ思い出の品だ。だが、今のアカは全くゲームなんかには興味がなさそうだ。いや、アカではなく、俺自身がこれを彼女の前に出せない。なんだか自分だけが子供のままみたいで、恥ずかしくて。

同窓会も終盤に差しかかり、あちこちから二次会の話が上がり始めた。するとその時だった。「2人で話したいな。」そんな短いメッセージがスマホに届いた。送り主を確かめるより早く、俺の心臓はドキッと大きくなった。人だかりの中からアカが抜け出てくる。「ごめんなさい。せっかくだけど、今日は帰ろうかと思って。」その何気ない一瞬すら、まるで映画のワンシーンのようだ。その時だった。会場のライトを受けてキラキラ輝くアカの大きな瞳が、窓際にいた俺の方を向く。そして、ぱちっと目があった。「のぞみ君。」ぱーっと輝いた本当に嬉しそうな笑顔で、アカが俺の名前を呼ぶ。俺は全身の血が集まったかと思うほど、一気に顔が熱くなった。そこへ、いきなり割り込んでくる人物がいた。「野原、この後どうだ?一緒に食事でも。」ようやく正気を取り戻した黒田だった。「ごめんなさい。この後は用事があって。」「30分だけ?いや、15分だけでも頼むよ。僕にチャンスをくれないか?」黒田の猛烈な自己アピールが始まる。東京の有名私立大学を卒業して、現在は有名な広告会社で働いていること。自分は絶世の美女にふさわしい男なのだと。「さっき無視したのも、僕に再開して照れたからかな。ショックだったよ。君が陰キャで引きこもりゲームオタクの貧乏人で、何の取り柄もない清水を選ぶなんて。ま、僕は心が広いから、もちろん許してあげるよ。一緒に食事をしてくれるならね。」決まったとばかりにドヤ顔でアカに片手を差し出す黒田。すると、ずっと黙っていたアカがはっきりとした顔で口を開いた。「あの、どちら様ですか?」「え?」アカの返答にポカンと固まる黒田。周囲の同級生たちはプッと一斉に吹き出した。「黒田だよ。黒田。3年間同じクラスで、2年の時は生徒会長もやってた。」「あ、あの黒田君。」「そうだよ。」ようやくアカが思い出したことに、黒田は安心したような表情を浮かべた。だが、次の瞬間、またもアカの言葉で固まることになるのだった。「学校中の女の子に告白して、先生にも怒られていた黒田君。」そう。黒田の女癖と軽い性格は当時から有名で、会場中が笑いに包まれた。すると、その中でアカだけが「ちょっと待って」と、なぜか怒ったような声をあげた。「黒田君、あなたは間違ってる。のぞみ君は引きこもりじゃないわ。何の取り柄もないって言葉も訂正して。だってのぞみ君は、たくさんの人に認められているすごい人だもの。」そう言うと、アカはとあるゲームの名前をあげた。それは国内外で大ヒットを記録したスマホで遊べるRPGゲーム。それを一人で開発したのが現役の大学生だということも、当時は大きな話題となった。「そのゲームを作ったのぞみさんは、そこにいるのぞみ君よ。」「え?」これには黒田だけでなく、他の同級生たちも一斉に驚きの表情を浮かべた。俺は一切顔出しをせず、性別も不詳で、世間には今年で25歳という情報しか伝わっていない。だって、俺自身が去年までゲーム開発の仕事をしていると両親にも明かしていなかったんだから。ちなみに住んでいるのは都内のマンションで、今日は朝から新幹線に乗って地元まで帰ってきた。俺の元には一気に同級生たちが押し寄せてきた。「すごいね、清水君。あのゲーム俺もやってるよ。」「サインもらってもいい?」さっきまで俺の存在すら気づいていなかったような同級生たちが、俺を褒めたたえ、話をしようと群がってくる。初めての経験に戸惑うやら、気持ち悪いやらで、体が勝手に壁際へ後ずさる。その時、背後から誰かに手を掴まれた。驚いて振り向くと、そこにいたのはアカだった。「走るね、のぞみ君。」そう言うや、アカは俺の手をグイっと引いて走り出した。会場を飛び出し、すごいスピードで廊下を駆け抜け、あっという間にホテルを出る。そして、さっき再開した横断歩道を渡ったところでようやく足を止めた。「はあ…なんでアカは全然息が切れてないんだよ。」「ジムに通ってたからかな。それにスイミングとジョギング。登山も。」「ああ。」言葉も出ない俺に、アカは「やっぱりのぞみ君はすごい」と微笑みかけた。最近は忙しくてゲームをする暇もないが、のぞみの活動は耳にしている。携わったゲームが評判になるのを、まるで自分のことのように嬉しかったと。それを言うなら、俺の方こそだ。俺よりもアカの方がずっとすごい。ここまで激変するには、きっとダイエットや美容など、知れないほどの努力をしたんだろう。「綺麗になったな。」「え?」「ずっと言おう言おうと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。ごめん。」「のぞみ君。」真っ白な肌を淡い赤色に染めて、恥ずかしそうに俯くアカはすごく可愛い。頭の中では言葉はいくらでも浮かんでくるのに。「その、ちなみになんだけど、今は付き合ってる人がいたりとか…どうしてこんな質問をしたのか、後から考えても分からないけれど、聞かなければいけない気がした。」「結婚するの。私。来年、結婚式を挙げる予定。今は準備をしている途中で。」アカは大学を卒業後、父親の元で秘書をしながら、次期社長として勉強している。その関係で結婚相手の男性と知り合ったのだと。結婚を控えた花嫁にしては、どこか寂しそうな顔でアカは笑った。「のぞみ君に会えてよかった。今日はこの報告がしたかったの。どうしても直接顔を見て。」「あ、そ、そうなんだ。そっか。結婚…そうだよな。こんなに綺麗なら、男性に求められないはずがない。よかった。アカが幸せになれそうで。」そう、自分に言い聞かせないといけないくらい、俺は自分でも不思議なくらい動揺していた。「えっと、おめでとう、アカ。」やっとの思いで、一番伝えるべき言葉を絞り出す。「あ、ありがとう。」小さく微笑んで、くるりと俺に背中を向けた。「それじゃあ、元気でね、のぞみ君。」そう言いながら、タクシーを止めるためにアカが片手をあげる。それを見た俺は、気づけば体が自然に動いていた。「アカ?」急に手を掴まれ、アカが目を丸くする。俺も自分の行動に驚きながら、どうにか言葉を絞り出した。「あの、ゲームセンターとか行かないか?駅前の。」

ゲームセンターで一緒に遊んだ後、来た時とは打って変わって、アカは晴れやかな表情で後ろを歩く俺を振り返った。「ありがとう、のぞみ君。元気づけようとしてくれたんでしょ?これがマリッジブルーなのかな?結婚が決まってから、本当は少し不安で。」結婚報告は半分くらいが冗談で、その半分は俺の顔が見たかったんだと、アカはふいに微笑んでまた俺をドキッとさせるのだった。「やっぱり楽しいね、ゲームって。もう大人なのにちょっと恥ずかしいんだけど、また昔みたいに遊びたくなっちゃった。」それを言うか、現在進行系でゲームを作っているゲーム大好きな大人の俺に。「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃ…」「分かってるよ。親父さんだろ?」アカの父親は昔気質な人で、娘の教育にも厳しかった。特にゲームは頭も悪くなる原因だと嫌いして、決して娘に与えなかった。アカがゲームで遊べたのは、勉強会という名目で俺の家に来るか、放課後にゲームセンターへ一緒に行った時だけだった。「勝負するよ。今度。」「え?」「ゲームやりたいんだろう?本当は。」すでにもうポケットに入っていたけど、「今度」という言葉が口をついたのは、また明日に会う口実が欲しかったからかもしれない。「親父さんに見つかって取り上げられても、また貸すよ。なんせ、売るほど持ってるから。」「ありがとう、のぞみ君。また今度ね。」そう言ってアカが今日一番の笑顔を浮かべた時、俺は自分が勝ったことももはやどうでも良くなっていた。また会えることが、ごまかすこともできないほどただ嬉しくて仕方がなかった。

それから次に会う約束の日まで、俺は仕事も手につかないほど浮かれっぱなしだった。そして約束の日。「のぞみ君!」待ち合わせ場所にいる俺に向かって、誰もが振り向くような美女が笑顔で手を振りながら駆けてくる。ラフなシャツとジーンズ姿なのに、なんで同窓会の時と同じくらい可愛いんだ?「お待たせ。今日は道を間違えずに来れました。」「おお、よかった。」得意げな顔も直視できないほどに可愛い。俺は顔を背けたまま、ゲーム機とカセットが入った袋を突き出した。「これ、なるべく隠しやすい大きさのハードと、開いた時間で手軽にできるソフトを選んでみたから。」「うわ、ありがとう。」袋の中を覗き込んでアカが目を輝かせる。すると次の瞬間、思っても見なかった言葉が飛び出した。「ねえ、この後は大丈夫?一緒にお茶でもしながら、のぞみ君とゆっくり話したいな。」「え、それはまずいんじゃないか。」俺の気持ちが揺らぎそうになるからじゃなくて、結婚間際の彼女と二人きりなんて、もしも知り合いに目撃されてしまったら…婚約者さんに悪いし。「いいの?どうせ私たちは…アカ、うん。何でもないの。大丈夫だから。とにかく気にしなくていいから。」アカは半ば強引に俺を近くの喫茶店へと連れて行って、お茶もそこそこになぜか俺を質問攻めにするのだった。「おじ様とおば様はお元気?たまには実家に帰ったりしているの?」「年末年始とお盆くらいかな?元気だよ、二人とも。」「帰った時はどんな話をしているの?例えば東京でどんな生活をしているかとか。」「まあそんな感じかな。ちゃんと食べてるのかとか。あとは、そろそろいい人はいないのかとか。」「いい人?それって恋人のこと?」「え?うん。別にいないけどさ。兄貴が結婚して、次は俺かって期待されているみたいで。」「いないの?」「いないよ。な、何なんだよ。さっきから。」俺が少し声を荒げると、アカは「あはっ」と我に帰ったように「ごめんなさい」と肩を落とした。俺は空気を変えようと慌てて自分を指さした。「ほら、中学高校と全然モテなかっただろう、俺。今もそういう話は皆無だよ。ご覧の通り。」「え、こんなにかっこいいのに、のぞみ君。」同窓会の日も聞いたけど、お嬢様育ちのせいか、はたまた彼女自身の性格か、アカは少し価値観がずれている。「もし本当にかっこいいなら、女性の一人や二人に告白されてるだろう。そういうのが一度もなかったって言って…」その後の言葉は続かなかった。俺を見るアカが、驚いたように大きく目を見開いていたせいで。「アカ。」「一度も…じゃあ、返事をくれなかったのは…」「え?」「私、高校3年生の時にのぞみ君に告白した。でも、結局返事をもらえなかった。それって、告白だって気づいていなかったから…」「え?」今度は俺が驚きで目を見開く番だった。「バレンタインの日、手作りのチョコ。『これが私の気持ちだから』って。」「あ、あれって義理じゃなかったのか。てっきり…」アカのチョコは市販品と間違うくらいのクオリティで、声が小さかったため何かを言われた気はしたが、何を言われたかまでは分からなかった。だから、自分が告白されていたなんて夢にも思っていなかったのだ。「まあでも、あれは義理チョコとしても嬉しかったよ。俺を陰キャだってバカにしないで、一緒にいてくれるのはアカくらいだったから。」思い返してみれば、あの頃の俺も暇さえあればアカのことを考えていた。次は何のゲームを一緒にやろうか。その気持ちは、もしかしたら恋だったんじゃないだろうか。もしかしたら、アカが俺の初恋だったのかも。なんて、それはほんの軽口のつもりだった。もう叶うことはないからこそ、笑って済ませることができる。冗談半分の軽口。アカ。その見開いた目から、大粒の涙がこぼれ落ちるまでは。「ごめんなさい。なんだか急に。」「いや、俺の方こそごめん。いきなり変なことを言ったから。」「違うの。」何度も首を横に振りながら、アカは涙をこぼし続けた。そして、日が傾き始めた頃。「帰ろう。アカ。」子供の頃のように、アカに手を差し出す。ようやく涙を止めたアカは、こくんと小さく頷いて、おずおずと真っ白で折れそうなほど細い手を重ねてきた。その瞬間、とうとう俺は自分の気持ちを認めた。自分はアカのことが好きだ。俺は、帰り道の途中、隣を歩くアカに告白した。「好きだよ。今も。昔よりずっと。」「それは見た目が変わったから?」「正直それもあるけど。冗談。相変わらず真面目なんだから。」「のぞみ君。」ようやくかに笑顔を見せて、俺の前で立ち止まったアカは「ごめんなさい」ときっぱり言い切った。自分は結婚するから、俺の気持ちには答えられないと。「分かってる。とにかく幸せになってくれたら、俺はそれで…」「ねえ、のぞみ君。」「え?ゲーム?掛け?」唐突な言葉に俺はポカンとして聞き返した。「これでそれぞれ1回ずつゲームをして、そのスコアで勝ち負けを決めるの。どう?」「でも、ゲームを掛けて一体何を掛けるんだ。」「それはね。」にっこりと笑ってアカは言うのだった。「これから掛けるのは、結婚だと。」

一万五千点と二千五百点。「あはあ。思いっきり私の負け。」勝負の結果は俺の圧勝だった。「残念だった…」というのに、アカは妙にすっきりとした表情を浮かべて、突然とんでもないことを言い出した。「負けちゃったから、約束は守らないと。なので、結婚しません。」「え?だって、結婚を掛けたんだから。」「うん。」「おいおい。俺は結婚したことないけどさ。結婚ってそんな簡単にやめられるものじゃ…」「分かってる。ちょっと言ってみたかっただけ。」結婚すると俺に報告した時と同じ、どこか寂しそうな顔で笑うアカ。その理由は、彼女の結婚が略式結婚だからだった。「略式結婚?今時って思うでしょ。でもすごくいい条件なの。私が結婚するだけで、あちらが大金を支援してくれるんだから。結婚。」アカの結婚相手は取引先である大手企業の御曹司。アカより10歳も年上の35歳で、そして「苦手な人」だと俯いてぽつりと呟いた。「何回かあったけど、一度も笑わないの。2人になっても喋らないし、話しかけても無視されて。私のことなんて全然興味ないみたい。結婚したくないな…なんて。お父さんには内緒にしてね、のぞみ君。」まっすぐ顔をあげてアカは俺に笑いかけた。その目に涙を浮かべて、口元を振わせながら。「あ、だったら、そんな顔をするくらいだったら、そいつなんかやめて俺にすればいいじゃないか。」そんな言葉が喉元まで出かかったが、略式結婚の意味くらい、アカのいる世界とは無縁の俺にも分かる。彼女たちの結婚にどれだけの多くの人間が関わり、どれだけ今後に影響するのかも。「あ、いや。」顔をあげては何も言えなくて、また俯く。そんな俺を見て、アカはくすくすと声をあげて笑った。「もういいの、のぞみ君。ありがとう。私を元気づけようとしてくれたんでしょ?好きだなんて、嘘までついて。」笑いながら目尻の涙を指で拭うアカ。そして、言うのだった。「本当はね、のぞみ君に婚約者がいることを知っていたの。」「え、こ、婚約者?」「実は見ちゃったの。のぞみ君がとっても綺麗な女の人と歩いているところ。それは3年ほど前のこと。出張で東京に行った時、たまたまのぞみ君の姿を見かけた。声をかけようとしたのだが、俺たちの会話が聞こえて、思わずその場から逃げてしまったのだと。『末永くよろしくお願いします』って。きっとのぞみ君がプロポーズしたんだと思ったの。あの時、やっと私の初恋は終わったんだなって。悲しかったけど、やっと前を向けて…」「ちょっと待って。それは違うよ、アカ。」「え?」こてんと首をかしげるアカに、俺は真相を明かした。「あれは今の会社の人。俺をスカウトに来てくれたんだよ。大学4年の時、すでに開発したゲームをヒットさせていた俺は、大手ゲーム会社から直接『うちで働きませんか』とスカウトを受けたんだ。アカが見たという女性は会社の採用担当者。あの時、ちょうど俺はスカウトの返事をした直後で。つまり、女性は婚約者でも何でもない。同じ職場の仲間として『末永くよろしくお願いします』って意味だよ、あれは。」「嘘?それじゃあ、本当に?」声を震わせるアカに、俺は再び告げる。今度はその顔をまっすぐに見ながら。「好きだよ。もちろん今のアカは綺麗で、気を抜くと見惚れてしまうくらいだけど。でもそれだけじゃなくて、同窓会の間ずっと俺を気遣ってくれた。俺のために、高校の時苦手だった黒田に抗議してくれた。そんな、昔と少しも変わらない優しさが俺は好きなんだ。もしも見た目が昔のままだったとしても、きっと胸を張って言えただろう。好きだよ。したくない結婚なんかやめて。俺と結婚しないか?」「あ…私、のぞみ君はあんな女性が好きなんだと思って失恋したのに。やっぱり諦められなくて。小さい頃からずっと太っていて、自分は痩せられないと思っていたけれど、一念発起してダイエットを始めると、見る見るうちに体重が落ちていって。スリムになると、関心がなかった美容やにも頑張ってみたくなった。だから、自分を変えられたのは、あの失恋のおかげだと…」溢れ出した涙を拭いながら、アカは昔と同じ、俺が好きだった優しい笑顔を浮かべるのだった。「アカが変わったのは、アカの努力のおかげだよ。」「うん。だとしても、ありがとう。私にきっかけをくれて。」「それで、アカ。」「私も、のぞみ君が好き。ずっと好きだったの。優しいところも、すごくゲームが上手なところも。それから、私を特別扱いしなかったところも。」「特別扱い?」「うん。自分の周りにいたのは、自分を社長令嬢としか見ない人ばかりだった。父はゲームなんてするものじゃないと言って、令嬢らしいピアノやといった習い事を強制してくる。同じ年代の子供たちも、容姿を馬鹿にしてくる一部以外は、住む世界が違うからと距離を置いて接してくる。そんな中で、のぞみ君だけは『一緒にゲームしよう』って。あの時、私がどれくらい嬉しかったか。私が初めてなのに全然手加減してくれなかったところも、一度も勝てなかったのに全然悔しくなかった。私を特別扱いせずに接してくれた証拠だから。」それは単に俺が子供だっただけだろうけど。が、俺が世界で一番好きな女性が、本当に嬉しそうな顔で笑うから。

とはいえ、お互いの気持ちを確かめ合ってハッピーエンドというわけにもいかない。俺とアカは後日、ラスボスとの戦いに赴いた。つまり、アカの略式結婚を画策したアカの父親だ。「久しぶりです。清水君か。娘と結婚を前提に交際したいなどと言っているのは、君か。」アカの実家で顔を合わせた途端、ギロリと鋭い目で睨みつけられる。そのはずだ。アカの結婚が破談になれば、会社は支援を受けることができない。「お願いします。俺は娘さんを真剣に愛しています。どうか交際を認めてもらえませんか?」「それが何を意味するのか、君は理解しているのか?」「はい。」背筋に冷たいものが走り、思わず目をそらしたくなる。寒くもないのに、手は勝手に震え始める。その時、不意に隣に座るアカが俺の手を握った。その温かさは、手の震えをぴたりと止めてくれたのだった。そうだ。アカと一緒にいられるなら、俺は他に何もいらない。「大好きなゲームだって捨てられる。今の仕事をやめます。支援の分、そちらの会社で働きでも何でもします。たとえ一生でも。だからお願いします。アカさんとの交際を認めてください。お願いします。」「お父さん。」アカと二人、深々と頭を下げる。何の言葉も帰ってこなくても、少しも怖くなかった。隣にアカがいるから。「もういい。やめなさい。二人とも。」やがて、降参したように静かな声が降ってきた。それに頭をあげると、俺とアカは同時に「えっ」という顔になった。いかめしい不機嫌そうな表情だった目の前にいる男性が、かすかに笑みを浮かべていたからだ。「面白かった。清水君が開発したというゲームだ。アカに進められて、くだらないと放置していたが、先日ようやくな。あんなに面白いものだったんだな。ずっと知りもせずに反対していて、すまなかった。」今度は彼がアカに向かって頭を下げる。「しっかりと覚悟があるなら、支援の件など気にしなくてもいい。仕事をやめる必要もない。あんなに面白いものを作れる君は、これからもふさわしい場所で才能を発揮するべきだ。それに、ただより高いものはないというのはビジネスの常識だからな。」そう言ってくしゃりと笑った顔は、どことなくアカの笑顔に似ている。「それじゃあ、アカ。お前が小さい頃から大人しくて、よく親の言うことを聞く子供だったのに、甘えてしまったな。お前が自分の頭で判断できる賢い子だというのも忘れて、いつの間にか思い通りに操れると勘違いしてしまっていた。心から結婚したいと思う人がいると、初めてお前が自分から何かを欲しがるのを聞いたよ。それに、与えられたものを嫌だというのも、それだけ嫌だったんだな。親の都合で結婚を押し付けて申し訳なかった。お前が決めた相手なら、きっと幸せにしてくれるだろう。二人で幸せになりなさい。」優しく微笑む父を見て、アカの目から一筋の涙が流れる。「お父さん。」親子は固く抱きしめ合って、長年のわだかまりも完全に溶けたようだった。「清水君、娘はとても綺麗になっただろう。」「あ、はい。すごく。」「もしも年を取って綺麗ではなくなっても、変わらず大切にしてくれると私に誓えるか?」「もちろんです。」「そうか。」俺の返事に満足そうに頷く父を見て、アカは涙をぐっと拭って「ありがとう、お父さん」と微笑んだ。

その後、約1年の交際を経て、俺とアカは結婚。俺は会社に掛け合って地元へ戻ることにした。もちろん、アカと一緒に暮らすために。「洗濯とそれから掃除も完了したよ。」「ありがとう、のぞみ君。こっちも明日の朝ごはんの準備はオッケーだけど。」「食事の準備するの、今晩も?」「もちろん。いくらでもしたいよ。日課となれば。」「もう…」呆れたように笑って、それでも「分かった」と頷いてくれるアカ。そして、2台のうち片方のゲーム機を俺に差し出した。「ちょうど私もしたかったところ。今日こそ負けないから。」「望むところだ。負けないぞ。」今日も昼間はそれぞれの仕事を頑張って、夜は家事を分担して片付ける。そしてその後は、一緒にゲームをする。普通の新婚生活とは少し違っているだろうか。けれど、これが俺とアカにとっての幸せの形だ。今日も最愛の人が「楽しいね」と笑ってくれる。それを見て、俺も嬉しくなって笑い返す。そんな日々がこれからも変わらずに続いていくなら、他の何かが大きく変わろうと、俺は胸を張って幸せだと言えるはずだ。

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